作曲家、團伊玖磨は『筑後川』に代表されるようにその地その地の特徴を活かした合唱作品を数多くの作品を残している。そんな彼が、居を構えていた神奈川・横須賀市の市制75周年を記念して委嘱を受けたのが組曲《横須賀》である。これもまた、横須賀の歴史と文化を聴く「音楽絵巻」の様相を呈した作品であり、50分にも及ぶ大曲である。


作品は5楽章から成り、さらに細かく8つの章から構成されている。順に「1.序奏 ふるさとよ」「2.黒船来たる」「3.衣笠城跡」「4.谷戸の物語」「5.祭(虎踊り)」「6.白きかもめ―弟橘媛命追慕」「7.コンニチハ―港で」「8.終章 この手で」と題されており、横須賀の風物をふんだんに取り込んだ力作であり、終章には團作曲の横須賀市歌の旋律が登場する。


横須賀市内では、毎年演奏される機会に恵まれてはいるものの、演奏時間の長さやあまりにも地域に特化しすぎていることや、管弦楽と混声合唱、児童合唱、バンダも加わる大規模な編成を必要とすることから、横須賀外で演奏されることは滅多にない作品といえる。


ここで紹介する録音は市制90周年の記念事業の一環で催された公演のライブ録音であり、作曲者自らが指揮をしている。地元の力を結集した大熱演といった感じであり、團のディスコグラフィーのひとつとして持って置いても悪くはない記念碑的な作品であり、録音である。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
團伊玖磨/横須賀芸術劇場合唱団/横須賀少年少女合唱団/ヨールカ児童合唱団/神奈川フィルハーモニー管弦楽団[1997年2月録音]
【横須賀芸術劇場自主制作:CRD-1134】

日本を代表する作曲家、團伊玖磨(1924~2001)が残した数多い合唱曲の中でも圧倒的な人気と知名度を誇る『筑後川』を紹介する。


團伊玖磨の作品群の中で特徴的なのは、都市名や地方の風物など、地方・地域の特色を活かした作品を数多く残している点だ。この『筑後川』はその先駆けであり、この作品の成功が彼にそのような作品を委嘱する団体が増えた理由といっても過言ではない。


『筑後川』は福岡県久留米市で活動する久留米音協唱団の委嘱により作られたもので、源流から河口までを辿る「音の風景画」といえる内容だ。「みなかみ」「ダムにて」「銀の魚」「川の祭り」「河口」の5つの部分から成っており、風光明媚な日本情緒に溢れた憧憬を存分に表現している。終曲の「河口」は、合唱経験者ならば誰もが一度は耳にした事があるだろう。


ここで紹介する管弦楽版は新進気鋭の指揮者、山田和樹が指揮をしている。第4曲「川の祭り」で聞かせる躍動感は山田の師である小林研一郎を彷彿とさせるパッションを感じる事ができる。もちろん、山田の魅力であるカンタービレも全曲に亘って堪能できる演奏だ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
山田和樹/東京混声合唱団/東京交響楽団[2010年3月録音]
【EXTON:OVCL-00425】

今日はアメリカの作曲家、アーロン・コープランド(1900~1990)の名曲『アパラチアの春』を紹介する。
初演時は、小編成のオーケストラによる演奏だったものを、作曲家自ら大編成のオーケストラのための組曲版に編曲したものだ。話の舞台は、アパラチア山脈の麓の若い開拓民とその花嫁の結婚式と披露パーティーで、時は春。音楽はまさに、アパラチア山脈の美しさを的確に捉え、そのパッションと盛んな喜びを如何なく感じることのできる作品といえる。ちなみに、「アパラチアの春」の初演の際に舞台セットは、彫刻家のイサム・ノグチがデザインした事は有名な話しだ。
バーンスタインの演奏については、想像に難くないだろう。2つの録音共に、アパラチアの風景を壮大かつ劇的に描き上げているが、とりわけ、後半部のシェーカー教徒の讃美歌の美しさはロス・フィルの演奏が際立っている気がする。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィルハーモニック[1961年10月録音]
【SONY CLASSICAL:SRCR 9945~6】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
レナード・バーンスタイン:ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団[1982年7月録音]

【DG:POCG-9573】

フランスの作曲家、エマニュエル・シャブリエの小品を紹介したい。
常に作品には諧謔的な要素を孕んでいて、どこか心が和む事が多々あるシャブリエの作品。ここで紹介する『楽しい行進曲』もまさにその典型といえる。
若いころに作曲したピアノ曲をオーケストラ用に編曲したもので、発表当初は「フランス行進曲」と題されていたという。ユーモアに富んだ旋律と、流麗な中間部。短いながらも変化に富んだタイトルの通り、「楽しい」行進曲だ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ジョン・エリオット・ガーディナー/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団[1996年3月録音]
【DG:447 751-2(輸)】

ドビュッシーが作曲した『夜想曲』を紹介する。

『夜想曲(ノクターン)』という名前の作品はピアノ曲等ではよく耳にすることが多いが、ドビュッシーの作品はオーケストラのための作品である。曲は3つの曲から構成されており、それぞれ「雲」「祭り」「シレーヌ」と題されている。そもそも、「夜想曲」という題名はアメリカの耽美主義の画家、ホイッスラーの同名の絵画シリーズから着想を得ており、音楽的にはその経緯からも組曲として捉えられるべき作品だ。

3曲の中でもとりわけ印象的なのが第3曲の「シレーヌ」である。神秘的な雰囲気に包まれ、冒頭から女声合唱によるヴォカリーズが「月の光を移す波間に見えるシレーヌ」というギリシア神話の世界を精妙に表現している。後に成功を収める交響詩『海』へと通ずる、音響空間を兼ね備えた作品といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

クラウディオ・アバド/ベルリン放送合唱団/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団[1999年9月録音]

【DG:471 332-2(輸)】

第一次世界大戦従軍中に右手を失ったピアニストの依頼を受け作曲された、ラヴェルのピアノ協奏曲を紹介する。

ラヴェルが作曲したピアノ協奏曲は生涯で2曲あるが、その作曲時期は同じ時期であり、作品の内容も「ジャズの要素を多分に取り入れている」点で同じ性格を持っている。相違点といえば、両手なのか片手なのか、という点だけといっても過言ではない程だ。

曲は単一楽章であり、続けて演奏される3つの部分から構成されている。コントラバスとコントラファゴットによる重々しい序奏がなんとも暗澹たる空気を醸し出しているが、曲がその空気に支配されるというわけではない。ピアノのカデンツァの後には、ジャスの要素を感じさせるリズムが印象的だ。ラヴェルらしい色彩感覚に優れたオーケストレーションとピアノの技巧を存分に味わうことのできる作品で、ピアノが片手だけで演奏されているとは思えないほどに、ボリューム感は満載だ。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

クラウディオ・アバド/ミシェル・ベロフ(Pf)/ロンドン交響楽団[1984年2月録音]

【DG:POCG-7105】

組曲『惑星』や、吹奏楽のための第1組曲があまりにも有名なイギリスの作曲家、ギュスターヴ・ホルスト(1874~1934)の作品を紹介する。
あまりにも強いインパクトを誇る組曲『惑星』の印象が強いホルストだが、実は合唱音楽を得意とする作曲家でもあった。
ここで紹介する『イエスの賛歌』もまた、彼が残した合唱作品を代表する作品。曲は2部構成になっており、それぞれ「前奏曲」「賛歌」と題されたこの作品は20分を超える大作となっている。
冒頭、トロンボーンのシンプルな旋律から始まる。さながら教会音楽の雰囲気を身に纏い、その単旋律が他の楽器へと引き継がれていく。その後、女声合唱が加わり、男声合唱へと引き継がれる。その間、曲は静謐な世界に終始しており、静かな神秘的なままに第1部は終わる。第2部は一変、壮大な神を讃えるまさに「まさに」賛歌である。とにかく、ホルストらしいどこか「宇宙的」な空間を感じさせる音響効果がそこはかとなく曲全体を包んでいる。第2部の最後も静かに曲を閉じる点も、ホルストらしい演出となっている。とにかくホルストの面目躍如ともいえる佳品である。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
リチャード・ヒコックス/ロンドン交響合唱団/ロンドン交響楽団[1990年6月録音]
【CHANDOS:CHAN 241-6(輸)】

ジャズ・クラリネット奏者で長年に亘り日本のジャズ界を牽引してきた北村英治(1929~)は、80歳を超えても衰えを一切感じさせないパフォーマンスで今も、聴き手を魅了し続けている。そんな彼を尊敬し追いかけ続けてきたのが、谷口英治であり、そんな日本のジャズ・クラリネット界の人気を二分している「英治」二人が会したセッションがこの録音である。


北村が残したオリジナル作品『さつきに寄せて』を2本のクラリネットが奏でるのだが、スイング・ジャズでありながら全く古さを感じさせない今を生きるモダンなジャズの佇まいといえる。まさに「モダン・スイング」の王道ともいえるかもしれない。他に併録されている演奏も然りだが、北村、谷口両者の互いを尊重しあい、引き立てあう紳士的な演奏となっているのが聴いていて自然と笑顔に包まれる暖かい空気が何とも心地よい。
二人の演奏を際立たせている、右近茂のテナー・サックス、片岡雄三のトロンボーンも一線で活躍しているだけあり、聴き手を呻らせてくれる。これこそ、語り継いでほしい名盤だ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
谷口英治(Cl)/北村英治(Cl)/右近茂(Ts)/片岡雄三(Tb)/袴塚淳(Pf)/ジャンボ小野(B)/山下暢彦(Ds)[2009年6月録音]
【ART UNION:ARTCD-115】

ロサンゼルス・ギター・カルテットが残した伝説の名盤『LABYRINTH』の中でも、とりわけ人気の高かった一曲、ギター四重奏のための『バントゥー』を紹介する。録音当時、メンバーの中心的人物の一人だったアンドリュー・ヨーク(1958~)が作曲したもので、ギターを打楽器さながらに駆使したパーカッション奏法で、ギター・アンサンブルの可能性を大きく広げた名曲である。
ちなみに、タイトルの「バントゥー」とはアフリカ中南部に広がる民族の事であり、音楽を聴いているだけでその地の光景が目に浮かぶ程に、ノリはアフリカ的だ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ロサンゼルス・ギター・カルテット[1994年or1995年録音]
【DELOS:DE 3163(輸)】

ベルリオーズに交響曲『イタリアのハロルド』という作品がある。この作品の姿を知るには作曲の経緯を知ると実にわかりやすい。

ヴァイオリンの名手、パガニーニがヴィオラのストラディヴァリウスを手に入れ、そのヴィオラを駆使した作品をベルリオーズに依頼したのが事の発端だ。自分の腕とストラディヴァリウスを誇示するべく、超絶技巧に溢れた作品を期待して作曲途中のベルリオーズを訪ねたものの、第1楽章の草稿を見て、あまりにもパガニーニの意に反する内容だった為、ベルリオーズが依頼とは別に続きを短期間に書きあげたのが、ヴィオラを主人公に見立てた標題交響曲、まさに『イタリアのハロルド』である。ちなみに筋書きは「恋人に裏切られた主人公が山中を放浪していると山賊と遭遇。戦いの末に敗れ命を落す」というもの。

曲自体はそんな作曲の経緯もあり、ヴィオラの見せ場は乏しく、ヴィオラをどのような扱いをするかで指揮者のセンスが見えてくる。ここで紹介するデュトワの録音はあまりヴィオラ独奏を前面に押し出すような演奏ではない。逆に控えめで、地味にも思えるほどに内向的にオーケストラとの対話を繰り広げている。
デュトワとモントリオール響の色彩感覚は相変わらず絶妙であり、フランスものを演奏した時の彼らはフランスのオーケストラ以上にフランス的であり、この録音の代表的な名盤といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

シャルル・デュトワ/ピンカス・ズッカーマン(Va)/モントリオール交響楽団[1987年録音]

【DECCA:455 361-2(輸)】