日本人はどうして「お涙頂戴」的な「泣き泣き」な旋律が好きなのか・・・。自分もそのひとりでもあるので、否定するつもりはもちろん無い。時として、そういう音楽が無性に聴きたくなるときがあるのが人間なのかもしれない。
今日紹介する作品も「泣き泣き」の旋律が印象的である。ヴィターリのシャコンヌだ。
自分としては、バッハのシャコンヌと並んで好きな曲のひとつであり、詩情溢れるヴァイオリンの悲哀とも感傷的とも言えるメロディアスな響きは、聴く側の心に強く訴えかけてくる。逆に言うならば、この曲を演奏して聴き手の心に訴えかけられない演奏家であれば、その演奏家にはヴァイオリンを持つ資格は無いといってもいいだろう。
今日紹介する五嶋龍の演奏もまた、泣けてくる。高橋博子の絶妙なオルガンの伴奏も特筆に価するが、彼の音楽的成長を物語るに難くない説得力に満ちた演奏を繰り広げている。彼の音楽家としての成長を楽しみにさせてくれる一枚といえるだろう。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
五嶋龍(Vn)/高橋博子(Org)[2005年6月録音]
【DG:UCCG-1252】
クラウディオ・アバドについて、わざわざここで細かい生い立ちを書く必要はないであろう今を生きる巨匠のひとりである。そんなアバドのデビュー盤を紹介しようと思う。
ウィーン・フィルと残したベートーヴェンの7番と8番の交響曲である。1966年と68年に録音したもので、後に残したウィーン・フィルやベルリン・フィルの録音とはひと味もふた味も違う演奏を聞かせている。マエストロ・アバドを敬愛する自分にとっては、なかなか衝撃的な録音だ。予想に反して落ち着きを払い、滋味な演奏といえるが、当時のベートーヴェンの演奏スタイルを考えると、全体的にスピード感には溢れている。若さ故の迸るものはあまり感じられないものの、数年前に録音したベルリン・フィルとの演奏を聞いてしまうと別人のような印象をもうけるが、要所では今に通じる片鱗をも垣間見ることができる。アバドの指揮者としての第一歩を刻み付ける録音としては大変興味深く、他の録音と聞き比べると彼の大きな変容ぶりを窺い知ることができる一枚だ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
クラウディオ・アバド/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団[1968年11月録音]
【DECCA:PROA-202】
児童劇『発明家と道化師』のために作られた作品から10曲を選んで組曲に纏めたものが、カバレフスキー最大の傑作といわれる組曲『道化師』である。田舎を転々と回る喜劇団の物語を題材としており、児童劇ならではの楽しさにあふれた作品といえる。今日では第2曲の『ギャロップ』でその名を馳せているが、この組曲もまた聴き応え十分である。大戦中に彼が残した愛国心に溢れた作品や戦意高揚のために書かれた作品は、それはそれで仮面を着せられたカバレフスキーの世界ともいえるが、ここで聴く世界こそ、彼の本来の姿なのではないかと痛感させれれる。まさに、名曲である。
サヴァリッシュの演奏も実に快活で、歯切れの良い活気に満ちた楽想を充分に楽しむことができる演奏を繰り広げている。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
ヴォルフガング・サヴァリッシュ/バイエルン国立歌劇場管弦楽団[1987年11月録音]
【EMI:CAPO-2012】
華麗なる吹奏楽の響きを紹介したい。シエナや東京佼成ウインドの演奏もいいが、アマチュアながらにして、実にハイレヴェルな録音を毎年繰り出している土気シビックウインドオーケストラの録音だ。
日本のアマチュア吹奏楽団のレベルの高さは有名ではあるが、その中でも際立っている存在といえるのが土気シビックといっても過言ではない。このCDに収録されているどの曲にも共通して言えるのが、各奏者の演奏水準、アンサンブル能力の高さであり、そこから紡ぎ出される歌心と、吹奏楽特有の迸るリズム感は実に秀逸。
狂詩曲『ノヴェナ』やシーゲート序曲に始まり数多くの吹奏楽の名作を残しているアメリカの作曲家、ジェイムズ・スウェアリンジェン(James Swearingen)が書いた『不滅の光』で聞かせる快活で表情豊かな演奏は、この作品の演奏効果を最大限に生かしたものといえ、手本となるに相応しい快演である。アマチュアだからこそ感じられる、音楽に対する素直にして真摯な姿勢も音楽に表出しており、ぜひ聞いてもらいたい団体といえる。併録されている「フェスティバル・ヴァリエーション」も、アマチュアとは思えない冴えたリズム感覚に脱帽である。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
加養浩幸/土気シビックウインドオーケストラ[1998年3月録音]【CAFUA:CACG-0085】

最近、関西の吹奏楽界が熱い。それを証明する一枚のアルバムがこれだ。『真島俊夫の世界』という副題がつけられたフィルハーモニック・ウィンズ大阪の第6回定期演奏会のライブ盤だ。吹奏楽ファンにはいまさらの説明は必要ないだろうが、クラシックファンには若干馴染みが薄い作曲家でもある真島俊夫の魅力を大阪の迸る才能の息吹で堪能できる一枚だ。


真島の代表作が「これでもか!!」と言わんばかりに溢れるこの録音。ナヴァル・ブルーに始まり、三つのジャポニズム、オーメンズ・オブ・ラブに宝島(後者2曲は和泉宏隆作曲)。彼の作品の魅力ともいえる親しみやすいサウンドとアレンジの妙はこの録音では存分に楽しむことができ、ライブならではの躍動感がまたこの作品群の魅力を存分に引き出しているといえる。須川展也を始めとする豪華なゲスト奏者も華やかさを一際演出しており、休む暇無く、聴き倒してしまう一枚だ。

『三つのジャポニズム』は真島を代表する吹奏楽曲であり、日本が世界に誇ることのできる作品でもある。「鶴が舞う」「雪の川」「祭り」と題された3つの日本的な要素を、吹奏楽という西洋音楽の中で表現することに成功した好例であり、海外の楽団もがこの作品をしばし取り上げる理由が頷ける。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
真島俊夫/フィルハーモニック・ウインズ大阪[2008年10月録音]
【四つ葉印:YGMO-1006】

メンデルスゾーンが残した8巻の無言歌は作曲年代の幅は広いもののその作風は一貫して詩情溢れる歌心が満開の作品の数々といえる。20歳から23歳の頃に書かれた作品が集まるこの第1巻はその美しさは全8巻の中でも際立っていると感じる。第1番から『甘い思い出』『後悔』『狩りの歌』『ないしょの話(信頼)』『不安(眠れぬままに)』『ヴェネツィアの舟歌第1』という表題が付され、第3番の『狩りの歌』はピアノの発表会で耳にすることが多い作品でもある。『狩りの歌』もそうだが、それ以外の作品も、ひと際抒情的で静謐な世界が美しさを際立たせているといえ、ここで紹介する田部京子の演奏がまた繊細なタッチで描かれており、実に素晴らしい。お勧めだ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
田部京子(Pf)[1993年4月録音]
【DENON:COCO-70450】
この曲を聴くだけで、多くの人が楽しい気分になる。そんな曲は広く見渡してもそう多くはない。
ウォルト・ディズニーが生み出した世界一ともいえるエンターテイナー、ミッキーマウス。今となっては彼のテーマソングのような気もしなくはないが、実はこの曲、映画から生まれたものではない。アメリカのテレビ番組『ミッキーマウスクラブ』で使われたのが始まりとされ、作曲はジミー・ドッド(Jimmie Dodd)であり、当時のディズニーの音楽をかなりの数手掛けたシャーマン兄弟ではないのだ。
そんなこんなでいつも思うが、不況知らずのディズニーワールド…さすがである。その原点を物語るには最も適ったディズニーの音楽のひとつといえるだろう。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
アーサー・フィードラー/ボストン・ポップス・オーケストラ[1971年or1975年録音]
【DG:UCCG-9357】


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
エリック・カンゼル/シンシナティ・ポップス・オーケストラ[1988年12月録音]
【TELARC:CD-80196(輸)】

武満徹の音楽は、時として美しすぎる程に美しい。そんな彼の作品をジャズ・トロンボーン奏者の角田健一がビッグバンドに編曲し、録音している。実に耳に心地よい響きであり、BGMとしても寵愛できそうな演奏だ。


「白い朝」「MI・YO・TA」「小さな空」「青春群像」・・・、武満の映画音楽や放送音楽(いわゆる大衆向けの作品)の代表的な佳品の数々は、この編曲ではちょっと行儀が良すぎる気もしなくはないが、それは武満への角田健一なりの敬意の表れではないかと感じずにはいられない。もっと「ジャズ」をしてもいいのではないか・・・、とも感じる録音かもしれないが、自分はこれはこれで「あり」だと思う。『小さな空』でも然り、TBSのラジオドラマのために書かれたこの曲を、ア・カペラ版とビッグバンド版で聴き比べると、、ビッグバンド版の録音の面白さを感じる事ができるだろう。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
角田健一ビッグバンド[2008年4月録音]
【角田健一ビッグバンド事務所:KTBB-006】


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
関屋晋/晋友会合唱団[1992年9月録音]
【PHILIPS:438 135-2(輸)】

マーラーの学友で、彼に多大な影響を残したといわれている、夭折の天才作曲家ハンス・ロット。彼が残した「最高の習作」である交響曲ホ長調は、何人の音楽ファンの心を揺さぶり、躍らせたのだろうか。マーラーより2年早く生まれ、25歳の若さでこの世を去り、長きに亘って不遇にもその作品は忘れ去られ、日の目を見ることはなかった。それをシンシナティ・フィルが1989年に蘇演・録音し、徐々に音楽ファンの間で認知されるようになってきた。
この交響曲の魅力とはなにか・・・。二十歳そこそこの年齢で書き上げたということ。それが60分におよぶ大作であること。マーラーのサウンドが垣間見えること。師のブルックナーの面影も見え隠れしていること。終楽章はさながらブラームスの第1番の交響曲であること。彼が「表現したい事」のアマルガムとなってしまっていること。ブラームスがこの作品を酷評したということ。この作品以外、多くが彼自身によって破棄され、いくつかの作品しか現存していないこと。地味に活躍している楽器がトライアングルであること(笑)。等など、その魅力は数え切れない。
マーラーは学生時代にロットと親しく、この作品にインスピレーションを受けたのは間違いなく、長生きしていれば、ロットは間違いなく大作曲家となっていただろうし、マーラーの作品にも大きな影響を与え、もしかしたら今日のマーラー像も大きく変わっていたかもしれない。研究家の小宮正安氏はロットの作品を『「未熟」と「鮮烈」』と表現しているが、それこそが彼の最大の魅力といえるかもしれない。
現在、ロットの交響曲は演奏会でも取り上げられるようになってきた。日本では沼尻竜典指揮/日本フィルが2004年に初演。その後、アルミンク指揮/新日本フィル、寺岡清高指揮/大阪シンフォニカーが定期で取り上げ、アマチュアまでもが演奏している。海外に目をやると、ネーメ・ヤルヴィがベルリン・フィルでこの曲を取り上げたこともある。その息子のパーヴォは2010年2月に蘇演の地・シンシナティで、4月にはフランクフルトでこの曲を演奏。年々、その演奏機会は増えて来ている。
録音もいくつか残されている。蘇演したサミュエル指揮/シンシナティ・フィル、セーゲルスタム指揮/ノールショピング響、ラッセル=デイヴィス指揮/ウィーン放送響、レイヤー指揮/モンペリエ国立管、ヴァイグレ指揮/ミュンヘン放送管、リュックヴァルト指揮/マインツ国立歌劇場フィル、などが現在でも比較的入手がし易い。どの演奏も彼の魅力を存分に表現しているといえる。
サミュエル盤はまさに「記念碑」だ。セーゲルスタム盤は実に重厚で朗々としており、この作品を世に知らしめる最大の功績を残したといえる。セーゲルスタムらしい気卯壮大な音楽造りが功を奏した典型的な好例だといえる。レイヤー盤は深みは全くないが、いい意味でフランスのオーケストラらしくあっさりしている(「軽い」という意味ではない)。ヴァイグレ盤は滋味深い演奏で国内盤のライナーは国内で入手可能な最高のロットに関する文献のひとつともいえる。ラッセル=ディヴィス盤はウィーンの香り漂う、個人的には最も理想的な音色だ。そして、女流指揮者のリュックヴァルト盤は実に堅実。どれも魅力的なオーラを放っている演奏だ。
是非とも、ハンス・ロットの魅力を多くの方に味わっていただきたい。一度聞けば、彼の魅力に気付くことができるだろう。マーラーやブルックナー、ブラームスが好きな方にも是非聞いて頂きたい。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ゲルハルト・サミュエル/シンシナティ・フィルハーモニー管弦楽団[1989年3月録音]
【hyperion:CDA66366(輸)】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
レイフ・セーゲルスタム/ノールショピング交響楽団[1992年3月録音]
【BIS:CD-563(輸)】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
デニス・ラッセル=デイヴィス/ウィーン放送交響楽団[1998年8月録音]
【CPO:999 854-2(輸)】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
フリードマン・レイヤー/モンペリエ国立管弦楽団[2000年10月録音]
【naive:AT20001(輸)】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
セバスティアン・ヴァイグレ/ミュンヘン放送管弦楽団[2003年12月録音]
【ARTE NOVA:BVCE-38080】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
キャスリン・リュックヴァルト/マインツ国立歌劇場フィルハーモニー管弦楽団[2004年3月録音]
【ACOUSENCE:ACO-CD 20104(輸)】
『タイタニック号の沈没』で知られるイギリスの作曲家・ギャヴィン・ブライアーズの初期の傑作を紹介したい。
一度聴いて拒否反応を起こした人には、なかなかわかってもらえないのだが、聴き続けていると知らぬ間にブライアーズの世界に引き込まれている。浮浪者が歌う短い賛美歌が抑揚をつけながらひたすらに繰り返され、オーケストラの伴奏が追加される。ブライアーズ独特の静謐な世界を、この音盤で体験していただきたい。
元気なときに聴いてもあまり効果がないかもしれない。物思いに耽りたい時、悩みあぐねている時、そんなときに聴くとショック療法のような効果が得られるかもしれない。そんな人、聴いてみてください。無性に今、この曲を堪らなく聴きたい自分がいる。ある意味「癒し系」かもしれない逸品だ。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
トム・ウェイツ[1993年録音]
【Point Music:438-823-2(輸)】