マーラーの学友で、彼に多大な影響を残したといわれている、夭折の天才作曲家ハンス・ロット。彼が残した「最高の習作」である交響曲ホ長調は、何人の音楽ファンの心を揺さぶり、躍らせたのだろうか。マーラーより2年早く生まれ、25歳の若さでこの世を去り、長きに亘って不遇にもその作品は忘れ去られ、日の目を見ることはなかった。それをシンシナティ・フィルが1989年に蘇演・録音し、徐々に音楽ファンの間で認知されるようになってきた。
この交響曲の魅力とはなにか・・・。二十歳そこそこの年齢で書き上げたということ。それが60分におよぶ大作であること。マーラーのサウンドが垣間見えること。師のブルックナーの面影も見え隠れしていること。終楽章はさながらブラームスの第1番の交響曲であること。彼が「表現したい事」のアマルガムとなってしまっていること。ブラームスがこの作品を酷評したということ。この作品以外、多くが彼自身によって破棄され、いくつかの作品しか現存していないこと。地味に活躍している楽器がトライアングルであること(笑)。等など、その魅力は数え切れない。
マーラーは学生時代にロットと親しく、この作品にインスピレーションを受けたのは間違いなく、長生きしていれば、ロットは間違いなく大作曲家となっていただろうし、マーラーの作品にも大きな影響を与え、もしかしたら今日のマーラー像も大きく変わっていたかもしれない。研究家の小宮正安氏はロットの作品を『「未熟」と「鮮烈」』と表現しているが、それこそが彼の最大の魅力といえるかもしれない。
現在、ロットの交響曲は演奏会でも取り上げられるようになってきた。日本では沼尻竜典指揮/日本フィルが2004年に初演。その後、アルミンク指揮/新日本フィル、寺岡清高指揮/大阪シンフォニカーが定期で取り上げ、アマチュアまでもが演奏している。海外に目をやると、ネーメ・ヤルヴィがベルリン・フィルでこの曲を取り上げたこともある。その息子のパーヴォは2010年2月に蘇演の地・シンシナティで、4月にはフランクフルトでこの曲を演奏。年々、その演奏機会は増えて来ている。
録音もいくつか残されている。蘇演したサミュエル指揮/シンシナティ・フィル、セーゲルスタム指揮/ノールショピング響、ラッセル=デイヴィス指揮/ウィーン放送響、レイヤー指揮/モンペリエ国立管、ヴァイグレ指揮/ミュンヘン放送管、リュックヴァルト指揮/マインツ国立歌劇場フィル、などが現在でも比較的入手がし易い。どの演奏も彼の魅力を存分に表現しているといえる。
サミュエル盤はまさに「記念碑」だ。セーゲルスタム盤は実に重厚で朗々としており、この作品を世に知らしめる最大の功績を残したといえる。セーゲルスタムらしい気卯壮大な音楽造りが功を奏した典型的な好例だといえる。レイヤー盤は深みは全くないが、いい意味でフランスのオーケストラらしくあっさりしている(「軽い」という意味ではない)。ヴァイグレ盤は滋味深い演奏で国内盤のライナーは国内で入手可能な最高のロットに関する文献のひとつともいえる。ラッセル=ディヴィス盤はウィーンの香り漂う、個人的には最も理想的な音色だ。そして、女流指揮者のリュックヴァルト盤は実に堅実。どれも魅力的なオーラを放っている演奏だ。
是非とも、ハンス・ロットの魅力を多くの方に味わっていただきたい。一度聞けば、彼の魅力に気付くことができるだろう。マーラーやブルックナー、ブラームスが好きな方にも是非聞いて頂きたい。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ゲルハルト・サミュエル/シンシナティ・フィルハーモニー管弦楽団[1989年3月録音]
【hyperion:CDA66366(輸)】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
レイフ・セーゲルスタム/ノールショピング交響楽団[1992年3月録音]
【BIS:CD-563(輸)】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
デニス・ラッセル=デイヴィス/ウィーン放送交響楽団[1998年8月録音]
【CPO:999 854-2(輸)】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
フリードマン・レイヤー/モンペリエ国立管弦楽団[2000年10月録音]
【naive:AT20001(輸)】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
セバスティアン・ヴァイグレ/ミュンヘン放送管弦楽団[2003年12月録音]
【ARTE NOVA:BVCE-38080】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
キャスリン・リュックヴァルト/マインツ国立歌劇場フィルハーモニー管弦楽団[2004年3月録音]
【ACOUSENCE:ACO-CD 20104(輸)】