家事と呼ばれるあらゆる仕事を私は結構好きな方だと思ってきた。

自分のペースでできるし、自分の好きな家の中のことだし

しかし、若い頃からずーっと、苦手な家事が3つある。

 

掃除機をかけること。アイロンをかけること。ミシンをかけること。

 

この3つの共通点は

「かけること」

ではない。

 

ある日、友人がズバッと言った。

「それって、出し入れが嫌いなんじゃないの?」

 

図星だった。

私は気づいたのだ!出し入れが嫌いなのだ!

 

掃除機を出してコードを繋ぎ電源を入れて掃除し、終わってから片付けるよりも、

雑巾を濡らして床を拭き掃除する方が好きなのは、そういう理由に違いない!

 

それから20年以上が経ち、私はこの3つの家事を克服した!

 

田舎に来て家が広くなったので、ミシンを置くスペースが作れた。

今は置きっぱなしのミシンをいつでもかけることができる。

 

アイロンは、掛けなければならない服を殆ど着なくなった。

裁縫をする時に、こればっかりはアイロンとアイロン台を出してきてかけるのだけれど、

洗濯の後くしゃくしゃになった服のアイロンをかけるわけではないのであまり苦にならない。

 

掃除機は、コードレスになった。

壁にコードレス掃除機が立てかけてあるので、思いついた時すぐに掃除機が掛けられる。

最近初めて毛の長い猫を飼ったので、結構まめに掃除機をかける。

 

結局は、ストレスをなくすことが重要だ。

家の中を使いやすく工夫し、やらなければならないことからストレスをなくし、少しでも楽しめるように心がけること。

 

因みに、最近の台所には食洗機が、もっとも注目度の高い選択肢としてついてくる。

家を建てる時、私は迷わず食洗機は付けなかった。

何故なら、これほど私に不向きなものはないからだ。

食器を食洗機に入れて、綺麗になったら食洗機から出して、仕舞う。

出し入れの嫌いな私には全くそぐわない。

そして家事の中でトップクラスに好きな食器洗いという家事を私から奪うとんでもない機械なのだった。

今夏、NHKのドラマを見て、それから小川糸の本を数冊読み、

やっと『ライオンのおやつ』を読みました。

 

感想は、結構原作通りにドラマは作られていたな。

 

本は、ラストの、雫が亡くなった後の部分が好きになれなかった。

そこを除くと、雫目線で、死と向き合っていく話で、

なんて言うのかなぁ、

すごく面白かったとか、すごく惹かれたとか、良かったとかではないのです。

 

テレビドラマの時も、よかった部類には入っているのだけれど、

なんか手放しで「よかった!」って言えない。

 

それはテーマが重くて何が正しいと言えない領域の話だからなのだろうか?

 

ドラマを見た後、最初に読んだ小川糸さんの本が、

『あつあつを召し上がれ』という短編集で、この本が素晴らしかった。

私は基本的に長編小説の方が好きです。

何故なら、本の世界に入るのに、それなりに時間が掛かるのだから、

いい本なら尚更、ずーっとその世界に浸っていたい。

ところが、この短編集は、どの話もスッと中に入れてくれて、

驚くことに、読み終わってから全ての話をクリアに覚えていて、

タイトルを見れば話も登場人物も思い出すことが出来た、

とにかく傑作の短編集です。(オススメです!)

 

それと比較すると、別の本は、嫌いじゃないけど、手放しにいい本!とか

面白い!とかオススメとか言えない。うーん。

 

ここで、以前このブログに書いた、テレビドラマの方の『ライオンのおやつ』の感想をコピペして読んでみます。

 

【ライオンのおやつ】

ライオンの家というホスピスにやってくる。その地に来て登場する人々が、なんとなく芝居がクサイ、またはうるさい。化粧が濃い。マドンナ役は鈴木京香でない方が良かったし、あの髪型はまったく意味不明。と、とにかく主演の土村芳以外は、邪魔な芝居をたくさんしてくれるのだけれど、だんだん気にならなくなる。ホスピスという重いテーマで、先がないというか、先が分かっている、ある種、何も起きないドラマだから、わざと化粧や芝居を濃くしたのだろうか?

 当初、毎回誰かが亡くなっていき、その人が希望したおやつが出てくるという流れには正直参った。けれど、だんだん主役の話が中心になっていき、よくなって行った。ただ、話のメインになる、おやつが不味そうなのだ! どこかのパン屋で買ってきたコロネ、普通に売っている芋羊羹、大量生産で作られたお菓子に見えて、そこに手作りの優しさが見えない。朝ご飯やお弁当はきちんと美味しそうに作られているのに、どうしてメインのおやつがこの扱いになってしまったのだろうか?(ミルクレープのみ手作り感あり)

 ライオンの家のセットはとても素敵だった。どこかの島の白い家…と思っていたら、少し遅れて放送開始した【漂着者】というドラマで同じセットを使用していて、それが新興宗教の館のような使い方だったので、すっかりがっかりしてしまった。

 こう書いてきたら、なんだからつまらないドラマみたいだ。ドラマとしてのインパクトはあり、楽しみなドラマだったのに。原作小川糸の本を読んでみたいと思っている。果たして彼女の本の世界観がきちんと伝わったのだろうか?が疑問。

 

おおおーっ

 

原作の良かった点は、前述の通り、ラスト部分を除き、特に前半なのだけれど、死と向き合ってホスピスに来た雫、雫目線で、出会う人々、出会う出来事、その感想。そして変化していく雫の気持ち。そのどれを読んでも、心がとても穏やかで平和なんです。雫が何かを見て、経験して、何かを感じる度に、ふわ~っと微笑んでしまう。そんな空気感。

 私は、これが原作の世界観だったのではないかと、感じました。そして、テレビドラマは、原作通りに描いたようで、そのふわ~は、感じられなかった。

 それが私の感想です。

 

読後感想、観賞後の感想などは、その時の鑑賞者の精神状態なども作用するので、人によって違うものだと思うし、私自身でも違うタイミングで見たら違うと思う。違う役者が演じたら違く見えるように。

 

原作とか脚本とかベースがあって、それを映像化する時、演出家はその世界観をそこに再現すべく、タクトを振るのだと思う。でも、こちらは多くの人が参加する総合芸術であり、あらゆる微細なことによって左右されてしまうものなので、非常に難しく、だからこそ面白い。

先日ドラマで、「無人島にひとつだけ持っていけるものがあるとしたら何がいいですか?」

という問いかけがあった。

ドラマの中では、「お母さん」という子どもが多く、

お母さんは、モノじゃないだろう!ってなオチでした。

 

お母さんは、本当に大人気で、私が生徒たちに出していた

「大切なモノをイメージしてください」から始まるエチュードでも

いつの間にか、圧倒的な一番人気になり、

(お母さんはモノじゃないよなぁ〜)とそもそもの目的を達することに困難を感じていた。

因みに、お父さんは殆ど出てきません。

最近つとに増え始めたのが、(現金)で、

そんなモノを大切なモノとして選ぶような人には、

そこから始まる演技、イマジネーションに限界を感じさせられました。

 

話は戻って、無人島。

それから何となく、私だったら何を持っていきたいかなぁ〜とぼんやり考えていて、

ふと、思い当たった!

 

(書くモノ)

これは正確には(紙と鉛筆)なので、ひとつではないのだけれど、

とにかく書くということが出来れば良いと心から思ったのだ。

 

最近は、PCやスマホのせいもあるのだろうが、文字を書かない人が増えたと言う。

キーボードを叩くでも、頭の中にあるモノを文章化しているのならば良いと思うけれど、

学生を止めてから30年、40年経った人たちの中に、文章を書けないと宣う方が結構いることを最近知った。

私は、頭の中にあるさまざまなことを文章化することでかなりすっきりしているように思うが、

書かない人は、どうやって頭の中のさまざまなことを整理しているのだろう????

6年前、田舎への移住を考えていた頃、

田舎に行ってのんびり自由に暮らすようになったら、自分探しをしようと心に決めていた。

 

ふと、気づいたのだ。

若い頃の私は(つまり本当の私は)こんな性格ではなかった、と。

 

長く業界で仕事をするうちに、

そこで仕事や人間関係をうまくやっていくために、

随分と自分を変えて生きてきたように感じる。

 

仕事をしている以上は、その社会でうまくやっていかなければならないし、

社会生活を送る上でも、とにかく人間関係をスムースにしないと面倒なことになる。

つまり生きにくくなる。

だから、人は多かれ少なかれ、他人に合わせたり、自分の本質的なところを隠したりしている。

 

私は、自分の心に嘘はつかないし、表裏の極端に少ない人間だ。

と、思っているけれど、

人に合わせるのも得意である。

 

田舎に行って、それほど一生懸命稼がなくて良くなって、

そうしたら、好きな人とだけ付き合って、自分らしく生きていけるに違いないから、

(自分探し)昔の本当の自分を取り戻そうと試みた。

 

朝ヨガをやりながら、身体がリラックスしてくると、心もリラックスできる。

そんな時、本当の自分を見つめてみる。

心が緩んでくるので、自由に時間を飛び、人生を遡ることができる。

そして、

実は、結構落ち込んでしまったのだ。

 

本当の私は、「ネクラ」だった。

本当の私は、もっと「オクテ」だった。

本当の私は…。

 

あまりいいことが出てこない。

そして、考えることを止めた。

 

自分探しは、もうしなくてもいいのかも知れないと最近思っている。

そもそも、どれが、どのタイミングの自分が本当の自分なのか、もう全然分からない。

生まれた時が、本当の自分のような気がするけれど、

育ち、生きてきた流れの中で、積み重なっていったことを全て持ち合わせているのが、「自分」だ。

 

勝手に、私はこんなじゃなかったと思ってみただけで、

実は、今ここにいる私が唯一無二の、一番自分らしい「私」なのかも知れない

先日のマジョリティにはなれない。から引き続き、納得のいかない商法について

 

ネットで買い物をすると、ネットでたくさん宣伝メールが届く。

適度に「メールは要らない」にチェックしているつもりだけれど…届く。

 

よく見かけるものに下記のようなものがある。

「何万人の方が使用しています!」

「何万個売れています!」

つまり多くの方が既に購入済みであることを宣伝文句として使う。

 

これは、以前詐欺師の脚本を書く時に勉強した商法に出てきたので、

それなりに効果のある商法なのだろう。

 

特にネットで購入する際には、商品を手にとって確認することが出来ないので、

多くの方が購入して実際に使用していることで、安心感が得られ、

この商品は大丈夫なのではないかと思うのだろう。

 

しかし、

洋服でも見かける。

「このパンツは2万本売れました!」

「28000本突破!」

 

つまり、それだけの人が同じものを着用しているということ。

これが宣伝文句になることが私には不思議でならないのだ。

 

全く知らない、例えば化粧品のメールがやってくる。

「オールインワン!これひとつでOK!4万個売れました!残りわずか!」

そうすると私は、まず思ってしまうのだ。

(そんなに売れて良かったねぇ。じゃ、私が買う必要はないわね)

洋服なんて論外。

同じモノを着ている人がたくさん街を歩いている可能性があるということでしょう?

 

それでも効果があるから、この文章は広告に使われている。

(みんなが使っているならいいものに違いない!)

(みんなが使っているから安心だわ!)

そうやって購入する人が少なからずいるということだ。

いや、少なからずではなく、商品を並べてみた時に、売れている方を選ぶ人が多いということなのだと思われる。

 

不思議だ。

小学生や中学生なら、好きな子とお揃いにするとか、

今は、人と同じでないと仲間外れにされるとかあるだろうが、

大の大人が、どうして、自分の判断基準ではなく、

他の多くの、知り合いでもない人々が使用しているからと言って、

それを良いものと判断するのか。

私には理解出来ないのだ。

 

ま、良いんですけど、ね。

 

 

 

 

先日TVで、都会の炊き出しに初めて来たと言う30代の男性を見た。

仕事を失い、住むところがなくなり、初めて外で寝たという若い男性もいた。

 

そんなニュースを見ると、田舎にくれば良いのに、って思う。

 

昔からホームレスの人たちは都会に集まる。

そもそも、その日暮らしで仕事を得ようと考えた時、都会に仕事があったからだろう。

そして、今も都会にいた方が仕事があると考えているからだろう。

確かに、仕事の量も、単価も都会の方が上だ。

ただ、暮らすためにもお金が掛かるので、果たしてどちらが暮らしやすいのかは価値観の問題。

 

ホームレスのみならず、母子家庭とか、

コロナのせいで金銭的に生活苦を感じている若い人は、田舎にくればいいと心から思う。

 

TVを見ていた時に、まず思ったのは、

我が家の庭だけでも歩けば、食べられる木の実や、野草がたくさんある。

とにかく田舎はお金がなくても、(体力があれば)食べるものには苦労しない。

人々は親切で、一人暮らしでも、当人が心がければ寂しい思いはしない。

若い人はあちらこちらで重宝されるから、人付き合いをしていれば食べるものに困らない。

農業は人手不足で海外から労働力を得ているのだから、

賃金が安くても構わないなら、仕事もあるし食べられる。

そう、食べられるのだ。

 

炊き出しには行かなくて済む。

 

現実には、我が村のように寒冷地の場合は、住むところが暖かくないと辛いことになる。

でも、もっと過疎化の進んだ村ならば、誘致しているので、住むところも用意してくれたりする。

余っている土地はいくらでもあるから、貸して貰って野菜を作ることができる。

若ければ、元気ならば、炊き出しに並ぶよりも、田舎に行って労働した方が、

間違いなく心豊かな暮らしができる。

 

人は困った時、目先のことにしか頭が回らない。

でも、目先のことを考えながら、長い将来のことも考えないと、結局は何も解決しない。

景気が良くなれば仕事を得られるだろうけれど、

結局は日々働いて、ギリギリの生活を強いられるのならば、

人生思い切ることが重要。

 

ネットで調べれば、若者に対して補助している移住推進の地域は少なくないはず。

若いうちに、若いからこそできる、大きな一歩を踏み出してみたらいいと思う。

 

 

私はアンチエイジングという言葉が嫌いだ。

アンチ  anti   反対、対抗、排斥

エイジング  aging     年をとること。

 

つまり歳を取ることに対抗する。

 

もしかしたら、日本で普通に使われているその言葉の意味は違うのかもしれないけれど、

英語を使っている以上は、そういう意味に取られる。

 

なぜ、年をとると言う、世界で唯一平等なことに抗ってしまうのだろう。

と思ってしまうのだ。

 

世の中は不平等だ。

人種、金力、権力、美貌、環境、

全てが不平等であるが故に、貧富の差があり、自由度に差がある。

貧しい家庭に生まれたことにより、金持ちの家に生まれた人と生涯に渡り差がついてしまうこともある。

人の命さえ、お金や権力の力で、(多少)引き伸ばせたり、短くなったりすることもあるだろう。

 

それでも、年をとって、人はみんな死んでゆく。

その年齢に多少の差があっても、

どんなにお金と地位があっても150年も200年も生きることは今の所不可能だ。

 

毎年ひとつ年をとる。

世界中の人間が平等に、1つずつ年をとる。

それは数の問題でもあるけれど、

肉体的、頭脳的、美貌的、精神的な成長であり、退化である。

 

私が美しいと思うのは、「年相応」であって、

50歳や60歳以上になって、若い子と争う美貌を求めている人は、

正直気持ち悪く見える。

 

誰もが若く見られたい。

誰もが美しくありたい。

 

そうなのだろうか?

実際、そうらしい。

だから、この言葉が普通に使われ、

それを宣伝文句にした化粧品やその他のグッズが販売されている。

 

不思議だ。

いえ、頭では理解できているんですよ。

でも…

やっぱり私は、マジョリティには入れないことが多い。

 

だからブログで呟いているわけです。

若い人たちと関わって仕事をしていると、色々相談されることがある。

家族のこと、好きな人のこと、仕事のこと

話は長くて尽きない。そして、よく泣く。

色々話を聞いている時、(そういえば、そんな下らないことで悩んでいたなぁ)と自分の若い頃を思い出したりする。(←失礼)

若い頃は、本当に悩みが多い。

だから、1人で悩んでいると、とっても辛くなることも多い。

誰か話せる相手がいる場合は、まだ良いのだと思う。

 

たくさん悩んで、解決しようがしまいが、誰もが同じように年を取っていく。

一番大きな、どうしようもない問題を解決してくれるのは「時」しかない。

悩むのは悪いことではないけれど、絶望だけはしないでください。

 

「時」が経てば…

 

 

例えば、肉体的な悩み

① 髪の毛が多くて強くてまとまりがつかなくて、サラッサラの美しい髪の人が羨ましい。

年をとると、誰でも髪の毛は細くなるので、ある時期、サラサラになります。

元々、サラサラで細い人の方が、どんどん細くなって薄くなって、取り返しがつかなくなったり、

セットが決まらなくなったりします。

 

② 骨太で、筋肉質で、タンクトップを着ても似合わなくて、鎖骨が美しく出ている細い人が羨ましい。

年を取ると、何よりも重要なのは、骨の丈夫さです。これは年と共に失われていくので、取り返しがつかない。

健康第一は頭では分かっているはず。丈夫が何よりです。

 

なあんてことを聞いても、なるほど!👍なんて納得する若い人は殆どいないだろう。

つまりは、みんな年をとってから気づくわけです。

若い頃の悩みと、年取ってからの悩みが、結構逆転していることに。

 

何よりも大切なことは、その年の時にしか出来ないことを、我慢しないでトライしていくことだと思う。

悩みながらも、トライして、失敗して、それでもやらなかった時よりも良かった。

と思えるのも、年を取ってからだわね。

選挙に行ってください。

興味があろうが、無かろうが、

政治家に失望していようが、入れたい政治家がいなかろうが、

選挙に行ってください。

 

優れた政治家は存在します。

私たちにそれを選ぶ能力があるかどうかはともかく、

少なくとも、多くの政治家は、政治家になる時、

政治家になっていない私たちよりも、国のこと政治のこと考えたはずです。

 

だから、好きな政治家が見つからない時は、

嫌いな政治家の対抗馬に入れてください。

 

投票率が飛躍的に上がると、政治は変わります。

 

私は、投票率が国民の100%になって(それに近くなって)

現政治家がアワアワするのを見てみたい!

死ぬまでに、見てみたい。

 

そしたら、彼らはもっと真剣にやってくれます。

自分の選挙区のことばかりではなく、

国民と国全体を見るようになってくれます。

 

だから、選挙に行ってください。

 

選挙、楽しいのにな。

行かないなんて、もったいないな。

2021年7月から9月(頃)に放映されたテレビドラマ

 

今回チェックしたドラマは【ナイト・ドクター:シェフは名探偵:彼女はキレイだった:プロミス・シンデレラ:ハコヅメ~たたかう!交番女子~:ただ離婚してないだけ:八月は夜のバッティングセンターで:緊急取調室第4シリーズ:推しの王子様:イタイケに恋して:家族募集します:漂着者:ひきこもり先生:コールドゲーム:超速パラヒーローガンディーン:ボイスⅡ110緊急司令室:ライオンのおやつ:TOKYO MER走る緊急救命室 僕の殺意が恋をした(計19作品)】

 

楽しみなドラマがなかったけれど、どうしようもなくつまらないわけでもないドラマをそれなりに楽しみました。今回からは、頑張って感想短めにします。とても良かった作品のみ情熱的に感想を書けたらいいなと思っています。

 

2021夏  MYアカデミー賞

 

作品賞  【シェフは名探偵】 テレビ東京

 

     (次点:【ハコヅメ~たたかう!交番女子~】日本テレビ  【ライオンのおやつ】NHK)

 

主演女優賞  戸田恵梨香【ハコヅメ~たたかう!交番女子~】

 

 達者な人ですが、今回は全く芝居しているようには見えず、普通ではできない微妙な演技があり(だから演技ではなく本人そのものに見える)何よりも優しい女性ぶりが素敵でした。

 

     (次点:二階堂ふみ【プロミス・シンデレラ】 永野芽郁【ハコヅメ~たたかう!交番女子~】)

 

主演男優賞  鈴木亮平【TOKYO MER 走る緊急救命室】

 

 とても素敵で、落ち着きがあり頼り甲斐のある医師ぶり。こんな医者がいたら、安心して全身任せられますって感じでしたね。

 

     (次点:眞栄田郷敦【プロミス・シンデレラ】 中川大志【僕の殺意が恋をした】)

 

助演女優賞  萩原みのり【ただ離婚してないだけ】

 

 ただただ素晴らしかったです。教養がなく、育ちも貧しい女性が、不倫にもかかわらず本気で人を愛し、愛しているが故に、バカゆえに、彼の言いなりで、最悪の状態に入っていくのだけれど、彼女の愛情の深さだけは変わりなく伝わってきました。今後、彼女が出演する作品は絶対に見ます!

 

     (次点:鈴木保奈美【ひきこもり先生】 平原綾香【家族募集します】)

 

助演男優賞  該当なし

 

 (次点:橋本じゅん【家族募集します】甲本雅裕【ただ離婚してないだけ】三浦翔平【ハコヅメ~たたかう!交番女子~】)

 

 

気になる役者

   大原優乃【ただ離婚してないだけ】(これは芝居なの?そのままなの?)

  【シェフは名探偵】に何人かいたのですが、名前をチェックしきれず…

 

脚本賞  田中真一【シェフは名探偵】

 

    (次点:根本ノンジ【ハコヅメ~たたかう!交番女子~】)

 

演出賞  安里麻里【ただ離婚してないだけ】

 

制作(キャスティング)賞  【シェフは名探偵】

 

美術賞  該当なし 

  (【彼女はキレイだった】と【推しの王子様】の会社のセットがなんとなく似ていましたね。こういうのが今の若者たちの流行り? こういうところでお仕事したいのかなぁ?

 

音楽賞  今回もチェックしきれず(音楽が記憶に残らず、本当にダメな私)

 

 

全体の感想(敬称略)

 

【シェフは名探偵】

 名探偵なんて言うから、事件を推理して解決していくのかと思ったら、誰かが死ぬような事件は全くなかった。嬉しい予想外。

 フレンチを食べに来る客の関係性や問題を見つけ出し、推理し、お節介にも解決していくシェフ三舟、そこで働く人々、みんないい人で、暖かくて、少し間抜け。

 その推理に至るきっかけから、解決までの工夫とアイデア、そしておしゃれ感。脚本もおしゃれで素敵だったし、解決していく流れの中で、音楽をうまく使ってフランスっぽい雰囲気を出してみたり、些少のことにこだわってみたり、最終的には作っている人々の意向が、このドラマならではの雰囲気となって、この店の空気をこちら側に伝えてくれた。素晴らしい作りのドラマだった。

 微妙な音楽の流し方、止め方、好きだったな。

 ちょっと無駄に感じられるギャグが多いのだけれど、それはこの従業員たちの愛嬌ということで、そのくだらないやりとりから、真にフランスっぽいおしゃれ感のあるシーンへの切り替えがうまく行っていたので、何も問題は生じない。

 キャスティングが素晴らしかった。毎回登場するゲストが、有名な役者でないことが多く、(少なくとも私が名前を言えない人が多かったのだけれど)その人たちが、役に合っていて、自然にその人のドラマに引き込まれる。最近どのドラマをみても同じ役者ばかり出ている感じだったのだけれど、あまり記憶にない役者さんたちが、これほど素晴らしくドラマに溶け込んでいると、こちらの方が間違いなく引き込まれる。先入観がないからだ。そして、無名でも役者として美しく、芝居の達者な方がいくらでもいるのだから、キャスティングには、この番組のように努力をして欲しいと心から思った。

 最終回、ソムリエ金子が毎回読む俳句のようなものを描いた短冊が、店の片隅に飾ってあったのも、(それが映っていた短さからして)思いつきだけではない、とても繊細なドラマ作りだと感じた。

 

 制作、美術、脚本、音楽、音響、誰が良いのか判別つきませんが、これは結局は演出家の力なのだと解釈させていただきます。原作も読みたいと思います。脚本も演出も時々変わるので、誰とは書けません。

 

【ハコヅメ~たたかう!交番女子~】

 原作もいいのでしょうが、脚本も素晴らしく、楽しめるし、感動できるドラマになっていました。そして、登場する役者たちがとても魅力的に映りました。

 脚本、根本ノンジは、笑いのセンスも素晴らしい。当初それほどなかったギャグが、回を追うごとに増えていったのは、役者たちのキャラをつかんで描きやすくなったのでしょう。

 主演の戸田恵梨香と永野芽郁のやりとりは凄まじく、愛らしい女性警察官だったし、それが回を追うごとに素晴らしく絡み合って、とても微笑ましくいつまでも見ていたいいいバランスだった。最近芝居が型通りになりつつあった三浦翔平が久々に魅力的な役者に戻ってくれた。達者な山田裕貴、モロツヨシは、それぞれ魅力的なシーンを作り上げてくれたし、時々しか登場しないレギュラー陣もいつになく魅力的だった人が多い。芝居ができなくてただ、怒鳴っているだけの千原せいじが、ハマり役だった。

 役者は、役にハマった時、そして脚本が素晴らしい時、ドラマの中で生き生きとして、うっかり芝居がうまく見えます。それはもちろんその人に魅力があるからでしょう。

 めちゃくちゃギャクを連発して、警察官のレベルを下げておきながら、実は根っこの部分に重い事件を引きずっているので、ドラマがただ単に軽い方には流れていかない。そして、登場人物が魅力的に生きているので、ずーっと見ていたいという気分にさせられるし、感動して泣かされる。是非、パート2を作って欲しいドラマです。

 

【ライオンのおやつ】

 ライオンの家というホスピスにやってくる。その地に来て登場する人々が、なんとなく芝居がクサイ、またはうるさい。化粧が濃い。マドンナ役は鈴木京香でない方が良かったし、あの髪型はまったく意味不明。と、とにかく主演の土村芳以外は、邪魔な芝居をたくさんしてくれるのだけれど、だんだん気にならなくなる。ホスピスという重いテーマで、先がないというか、先が分かっている、ある種、何も起きないドラマだから、わざと化粧や芝居を濃くしたのだろうか?

 当初、毎回誰かが亡くなっていき、その人が希望したおやつが出てくるという流れには正直参った。けれど、だんだん主役の話が中心になっていき、よくなって行った。ただ、話のメインになる、おやつが不味そうなのだ! どこかのパン屋で買ってきたコロネ、普通に売っている芋羊羹、大量生産で作られたお菓子に見えて、そこに手作りの優しさが見えない。朝ご飯やお弁当はきちんと美味しそうに作られているのに、どうしてメインのおやつがこの扱いになってしまったのだろうか?(ミルクレープのみ手作り感あり)

 ライオンの家のセットはとても素敵だった。どこかの島の白い家…と思っていたら、少し遅れて放送開始した【漂着者】というドラマで同じセットを使用していて、それが新興宗教の館のような使い方だったので、すっかりイメージが落ちてしまった。

 こう書いてきたら、なんだからつまらないドラマみたいだ。ドラマとしてのインパクトはあり、楽しみなドラマだったのに。原作小川糸の本を読んでみたいと思っている。果たして彼女の本の世界観がきちんと伝わったのだろうか?が疑問。

 

【ただ離婚してないだけ】

 すごいドラマでした。漫画が原作とは思えません。

 前半は映画のような作りで、重厚感も世界観も美しい描写もあり、そこに萩原みのりの名演技があって目が離せなかったが、途中から、犬のように男を飼い出したあたりから、ちょっと厭になった。気づくと演出家が変わっていた。

 当初と最終回も演出して、脚本も担当していた安里麻里。どこから、どの回が、脚本や演出が変わったのかはっきりは分からないのだけれど、少なくとも、前半彼女が演出していた時のカメラワークは、映画的な部分があり、演出の好きな作品を作っている感じだった。美術も主に使われる台所は非常に無機質なのだけれど、家の外観はごく普通の家。演出を感じる作品だったので映画的だったのかもしれない。ところが、途中から単にドロドロと残酷なことが繰り返させるドラマに感じられてしまった。

 テーマは、何度も何度も繰り返される主演の男の言葉「俺は何度も思い出す…」なのだと思う。どうしてあんなことが起こってしまったのか?あの初めの殺人の日。それが発端で、恐ろしいことがグルグルと雪だるま式に増えていく。その恐ろしさを描きたかったのではないのか? それなのに、暴力的な恐ろしさの方が勝ってしまったことが残念。(龍平、いい作品に的役だったよー!個人的なコメント失礼)

 先入観とは恐ろしいもので、当初、殺人がバレそうになる時、相対したチンピラは、深水元基演じる佐野だった。主演側から見ている私は恐ろしくて仕方がないのだけれど、その後、そのボス格として杉本哲太が、ヤクザの大親分みたいな感じで登場する。彼の芝居はそれはそれは素晴らしいのだけれど、杉本哲太がやっているので、なんとなくそれほど酷いことにはならないのではないだろうかという安心感を持ってしまう。そう言う意味でもキャスティングやロケセット選びは重要だ。

 

【それ以外のドラマ】

 どれも楽しんで見ましたが、来週が楽しみな作品は殆どなかった。嘘ばっかりで、そんな医者はいないだろうし、そんな状況は無理だろうと思わせるのだけれど、そのテンションで引き摺り込まれた【TOKYO MER】素晴らしい緊張感でずーっと引っ張ってくれた。同じようにテンションで持っていく【ボイスⅡ110緊急司令室】は、サイコって言うんですか?あまりにも残虐で、流石に途中からみるのをやめました。こういうドラマが作られるのは、こういうのを好きな人がたくさんいるってことなんでしょうね、やっぱり

 ちょっとラブストーリーで、だから何?というドラマの数々が、どうも中途半端でした。【彼女はキレイだった】【プロミス・シンデレラ】【推しの王子様】【ボクの殺意が恋をした】関わる人間の少なさ、世界の狭さ、その中でドラマを展開すること、ちょっとドラマづくりが雑に感じます。こうなるとどうしても出演する役者の魅力だけで引っ張るしかない。そう言う意味では、これでどうやって1クール持たせるの?って最初から無理だと思われた【ボクの殺意が恋をした】は、主演二人が妙に似合っていて美しくて魅力的だった分、良かったかもしれないけれど、中川大志と新木優子が大好きな私としては、もっといいドラマで共演して欲しかった。【プロミス・シンデレラ】は、初回を見ていじめ感覚の奴隷感覚のドラマに吐き気がするほど嫌な感じを持ったけれど、主演の眞栄田郷敦が段々いい子ぶりを見せて行って、結局は彼の魅力で持たせてしまった感じ。

【ナイト・ドクター】は、そういう意味で出演者に魅力がなく(他のドラマで魅力的だった子達もことごとく魅力なく)あまりみたいと思わなかった。何よりも脚本が説教くさい! そんな若いドクターに年配の患者が病気以外のことで説教されてもなーと。【家族募集します】も説教くさいドラマで、こんな家族いいよねぇから始まって、結局それは解散して、何を言いたいのか、言いたいことから逃げたのか、取り立てて感動もなくがっかり。スポンサーのairdogの撮り方があざとすぎて、入れたいならばどうしてもっと工夫しないのだろう?と、頭をひねってそういう努力をしないと雑な作品作りに見えます。木村文乃合っていないのか、全くよくないです。配役をもっと工夫した方がいいと思います。仲野太賀で一番期待していたドラマだっただけに本当にがっかり。

【緊急取調室】は、井上由美子脚本でしっかりしているので、安心して見られますが、このドラマの天海祐希はどうしてこんなに力が入ってるの?(ずーっと徹底してこの役作りです。文句ではありません)【ひきこもり先生】の佐藤二朗もちょっと力入りすぎで、対して鈴木保奈美は、いつもと違って美しくなく、優しそうで、でも心の中は蠢いていることが伝わってきて素敵だった。

 最後にひとつだけ【イタイケに恋して】(1話だけ見ての感想です)とてもわかり易くレベルの低いドラマになってしまっていたので、少し感想を書きます。

 主演の渡辺大知、菊池風磨は、最近他のドラマで見てとても達者で素敵な役者だと思っていたけれど、こうして、主演となってしまうと、助けてくれる強力な脇役もいないので、ドラマにならない。セリフをただ正しく喋っているだけでは、ドラマにならないのです。わかり易いところでは、石井杏奈が、同じように芝居をやっていて、「シェフは名探偵」では、あんなに素敵に見えるのに、このドラマではただ遊んでいるだけにしか見えない。

 芝居は総合芸術です。そして主演が落ちると、全体のレベルが落ちる。製作費が落ちるのかスタッフのレベルも低い様子。必然役者の芝居は引き立てられることがない。

 まず、脚本が浅はか。美術は、舞台セットが凝っているように見えて、何の統一性も説得力もなく、センスも感じられない。AIの機械に至っては何十年前のドラマ?とさえ感じさせてしまう。照明も雑なのか、ハレーションが主役の顔に当たってしまったりしていた。

 センスがないということは、雑ということでもあり、もっと繊細なドラマ作りをして欲しいと思うけれど、これも製作費がないと出来ない。

 では、どうしたらいいのか? 

 役者は作品を選ぶべき。成功作も失敗作も顔が出てしまっているのは役者だから、結局は役者の身に降りかかってくる。ちょっと売れてきてもなるだけ主演をしない方がいい。脇役をやっていた方が、いい作品に出演できるし、必然、いい役者と共演できたり、いいスタッフと一緒にお仕事できることになる。