ベルリンから こんにちは!
  • 11Mar
    • ベルリンから北ドイツへの旅路の穴場@ベルリン個人ガイド

      ベルリンから今日はベルリン観光ガイド後藤裕起子です。今日もブログに立ち寄っていただきまして有難うございますお客様のお声はここをクリックコロナウィールスも去ることながら、青空が広がっていくと、私の場合とてつもなく旅行への憧憬が沸いてきます読者の皆様はいかがですか?さてこの画像は、旧市街がすっぽりユネスコ文化遺産に指定をされているリューベック塩の倉庫と右奥に見えているのがホルスタイン門この門の中は博物館になっていてハンザの女王と言われた最盛期の時代が偲ばれます。リューベックは飛び地になっていてバルト海の沿岸もリューベックに属します。沖まで出ると、大海が眼前に広がり、夕方トラべムンデ港を豪華客船で出航すると、翌朝にはスウェーデンのマルメに到着。そんな海路リューベックからスェーデンまでの海上では海賊が交易の船を襲っていたそんな時代もあったんです。。本日は、ベルリンから北ドイツへ、また北ドイツからベルリンへのルートのうちゆき子のお勧めをご紹介一つ目は、リューベックでした。先日、とある大旅行会社の企画の方がうちのお客様としていらっしゃいました。北ドイツを中心に新しいルートをお考えのようでした。。まず、ベルリンからハンブルグに一気に足を運んでしまうのはもったいないおいしいワインを半分飲み残しちゃうって、そんな感じしちゃいます。。春になると決まって北ドイツでは、アブラナの黄色が絨毯を敷き詰めたごとく見事に広がっている畑が視界に入ってまいります。これも見逃せないシャッターチャンスとなることでしょう。二つ目のゆき子のオススメがシュヴェリン城リューベック・ハンブルグ共に車で1時間の距離ベルリンまでは高速道路を飛ばして2時間程この見事なお城には、1000年の秋霜が凝縮されています。973年、その頃ここ東欧を制覇していたスラヴ民族の紋章とか刻まれているんです。中は見学できますし、お庭も広く、様々な様式がご覧になれます。シュヴェリンには7つの湖があるほど土地が低く、湖に囲まれたお城の景色は絶景です。おしゃれなレストランもございます。どうかお時間をたっぷりご用意くださいませ。あ〜、コロナだなんて言っていてはもったいない気が致しましたよ。時は流れていくんですものねっもう二度と帰ってこない2020年の春。お客様だけの贅沢なドイツのご旅行お作りして20年になリます。どうかお気軽にお問い合わせくださいませ。ブログへのご訪問有難うございました

  • 28Feb
    • コロナウィールスに見る!ドイツ人気質@ベルリン観光ガイド

      ベルリンから今日は!観光ガイドの後藤裕起子です。ベルリン・ポツダム・マイセン・ドレスデン・ライプチッヒ・ワイマールなどなど東ドイツを中心に観光ガイドを承っております。お客様のお声はここをクリックもうドイツに30年以上も住んでいるので、ドイツ人のリアクションというのは目を瞑っていても想像ができるようになりました。別にそんなの自慢にも何にもならないのですが、、。世界中を今震撼とさせているコロナウイールス日本のお客様からもお問い合わせが来ております。その情報によりますと、もう日本は明けても暮れてもその話題で持ちきりだとか、、。何と言ってもお隣の中国が発生源ですもの。対岸の火事なんて言っていられないですよねでは、ここドイツの反応は今3人感染した方がいらして、そのうちのお一人はイタリアのミラノから帰国されミラノで伝染してしまったらしいんです。それが2日前の話でした。患者さんはすぐに隔離され、最低2週間は外部と接触しないようにしているらしい。30分毎のラジオのニュースで同じニュースを流していました。しまいには、あたらしい情報がないので、私はチャンネルを切り替えましたよ。そんな中、今日のラジオでの解説に耳を傾けていると、「パニックになっても仕方がない。みんながみんな感染しても病死をするわけではない毎年インフルエンザで亡くなる人だって残念なことですがたくさんいるわけなんです。そんなに特別なことではない。」まあなんと堂々としたご意見なんでしょう。これは4年前のクリスマス市に突っ込んできたテロリストのテロ事件の時と似ています。あの時も、ラジオのインタヴュアーの方が「あなたは、もうクリスマス市には来たくないんじゃないですか?」とクリスマス市の訪問者にマイクを傾けると、すかさず「あんた、悪いけどね〜あたしゃこんなことにはビクともしないよ。また孫を連れてきますよ。これは私たちの文化の一つだから、テロリストなんかには譲れないわよ」この筋金入りのドイツ人スピリットドイツの多くの職場では遅まきながら、今年のバカンスが話題に上ってきているとのこと。遠出はしないまでもヴァカンスのためにお仕事をなさっているドイツ人の方々ですもの。これだけは譲れないんでしょう、、ねっいつまでもコロナウイールスにビクビクしててもキリがないのでしょう。。    私も心の中のスイッチを切り替え、スペインに行ってくることにしましたよ。。

  • 11Dec
    • 真っ只中!世界最大の平和の祭典クリスマス@ベルリン観光ガイド

      西ベルリンにあるシャルロッテンブルグ宮殿がなんともピンク色に染まりました!読者の皆様ベルリン観光ガイド後藤裕起子のブログにお立ち寄りいただきありがとうございます。観光ガイドのサイトはここをクリック昨日お客様のお供でシャルロッテンブルグ宮殿の前のクリスマス市に行ったとき、いつもの宮殿がお色直し、、、しかもピンクメルヘンチックでこれはこれで素敵でした。。ベルリンには70以上ものクリスマス一が出ます。ベルリンってやっぱり広いのですね〜。一つ一つの市場の雰囲気、売っている商品、出し物も特徴がございます。例えばここシャルロッテンブルグ宮殿の前では、珍しいところでは、フィンランド特産の焼いたシャケもありました。華やかな力強い響きがクリスマスにぴったりの吹奏楽器の演奏も聞けたんですよ。ヨハンセバスチャンバッハのクリスマスオラトリオ思わず思い出して、なんだかじ〜んって  ねっただ、残念なことに、お客様ご所望のご趣味にあったレース編みはありませんでしたポツダム広場のクリスマス市で見たかな〜なんて、お別れした後、思い出したりして、、。時遅し。。クリスマス一のハシゴをすれば見つけることもできたんでしょうのに、、。クリスマスのお祝いは1ヶ月もの長〜い間続いていきます。場所によると、1月1日まで開いているところがあるとか。。2000年の星霜をかけて培ってきたヨーロッパに今もなお生きるクリスマスの祭典世代を超越してきたこのクリスマス。。平和の心って、永遠に続いて行くのかもしれません。ベルリンを始め東部ドイツのご観光のプランガイディングを承っております。なんでもお気軽にご相談はここをクリック。

  • 08Nov
    • あの大歓喜ベルリンの壁の崩壊から30年@ベルリン観光個人ガイド

      ベルリン観光個人ガイド後藤裕起子のブログにようこそお問い合わせはここをクリック30年前には船の上の橋の上でソ連のスパイとアメリカのスパイが交換されていたこの画像は今年の夏、日独平和交流、平和旅のお客様をゲットした画像です。ポツダムの東に横たわる湖上を走る渡し船。30年前には、ここは東西ドイツの国境だったっていうことは、湖を自由に走ることは自分の命との引き換えだったんです。ということは、お客様はもう射殺をされていたか、運が良ければ監獄へぶちこまれていたか〜国家秘密警察に常に監視され、思想をチェックされていた旧東ドイツ旧東ドイツの人々は第二次世界大戦後ソ連の支配下に置かれ、始終共産党の大御所の顔色を見ながら生活をしなければならなかった。。戦後西ドイツを支配していた米英仏の3国とソ連の経済的・政治的関係に深い亀裂が入ってしまったそんな中、武力で自由な発言や行動を鎮圧していった共産党のやり方に嫌気のさした東ドイツの人々が西へどんどん亡命したんですね〜250万近くの東ドイツの住人が西ドイツへ亡命したそこに壁を作り、「今日から、西ベルリンへは行けないぞ〜」ということで壁を作り通行を阻止したんです。このベルリンの壁は28年間の長い間存在しました。自由が欲しい 1989年11月9日にビザが下りて東西の通行が許されました。。これがベルリンの壁の崩壊の原点になっています。そして、壁のあった28年よりも長い壁の崩壊から30年という星霜が。。ドイツは政治的には、EUの牽引力となり一生懸命引っ張っているのですが、ドイツ人は今何を考え、どんな問題が起きているのか。お客様に惜しみなくこの30年をお話しさせていただいています。ベルリンの壁崩壊30年の佳節を迎えた2019年11月9日を中心にたくさんの催し物がここベルリンでも用意されていますドイツの首都ベルリンは独自の道を歩んで30歳まだこれから、、。ベルリン観光はどうかお任せください。まずはお客様のお声をお聞きくださいませ。祝、ベルリンの壁の崩壊30年

  • 01Jul
    • ベルリン封鎖解除から70年の佳節@ベルリン観光ガイド

      ベルリン観光ガイドの後藤裕起子ですhttp://berlin-kankougaido.comお客様のお声はここからゲット心にもなくご無沙汰致しております。お暇をいただいていた間に、なんとベルリンは狂天気に見舞われ、昨日の日曜日は最高気温が40度まで上がり、1週間前にも38度まで上がるという、歴史的な記録四季を通して涼しいベルリンですが、天気が狂気に変わり絶え間無く吹き出す汗をぬぐいながらの観光ガイドでした   さて、今年はベルリン封鎖が解除されてから70年の佳節を迎えます。ベルリン封鎖ってなあにという方がほとんどではないでしょうか?この写真の飛行機がその時大活躍したっていうわけなんです。。第二次世界大戦後ここドイツは、連合国という美名のもと米・英・仏・ソ連の4カ国に支配されるようになります。今日世界中で問題になっている核戦争はこの戦争中に生まれたもの。。この世界を二分化していく東西の冷戦はベルリンの壁の崩壊まで続いて参ります。さて、この戦後4カ国に分割占領されていったドイツを舞台に起きた大問題。東側を占領したソ連と西の米・英・仏との間に激しい対立がおき、その間1948年2月に西ヨーロッパの3カ国はソ連邦とは別に管理していく方針を固めました。それに激怒したソ連はこの連合国から脱退し、4月にベルリンの交通遮断を発表その上、西ヨーロッパの3カ国が西ドイツだけの単独通貨改革を行い、6月18日以降、空路を除き他の陸路を完全に封鎖してしまったんです。その当時、ベルリンは戦後の回復がまだ遅々として進まず、西ドイツから食料・燃料などが運ばれて来てベルリン子達はそれで生活をしていたんです。陸上が封鎖されると食べるものもないし、時に極感の冬では薪をくべて暖を取らない限りは、凍え死んでしまう。。そんな中、米・英・仏の空輸の強行手段をとり、食料や燃料、衣料品、薬品など生活に必要な物資を翌年1949年5月12日まで飛行機で送り続けた。その史実をベルリン封鎖って言うんです。。封鎖が解除された暁には何が待っていたかこの東西の冷戦に亀裂は深くなるばかり、、、1953年には、ベルリン人が立ち上がり、6月17日通りで大デモンストレーションを繰り広げ、歴史的な東ベルリン大暴動にまで膨れ上がっていきます。この反スターリン運動は全東ドイツに燎原の火のごとく広がり、少なくとも全東ドイツの600箇所で、多くの暴動が起きました。1838人が負傷し、5100人ぐらいが逮捕されたと言われています。歴史は繰り返されると考えるドイツの歴史家読者の皆様はどんなふうにお考えでしょうかこの話の続きはまた次の機会にお話しさせてくださいねっ本日もブログにご訪問頂き誠にありがとうございました

  • 12Apr
    • 耳でエスプレッソを聴く?ベルリンコンサートハウス@ベルリン個人観光ガイド

      どもっす。。ベルリン観光現地個人ガイド旅のデザイナー後藤裕起子です♪専用車のご用意もございますhttp://berlin-kankougaido.comアムステルダム在住も含めると、欧州在欧35年になってしまいました。。上のサイトでは、ベルリンを中心に東ドイツの観光ハイライトも沢山アップしております青空が広がっているベルリンから今日はGWの前後にベルリンご観光をお考えの皆様へとっておきの?情報をお伝えいたします。この上の画像は、ベルリンで一番美しいと言われているジェンダルメン広場。このジェンダルメン広場も何度か当ブログで触れさせて頂きました。この建物は、コンサートハウスと言われるドイツのミケランジェロカールフリードリッヒ シンケル築時代がすでに1800年代に入り、古典主義の時代であったので、ドイツ語ではクラシチスムスという型式そうなんですロココの後のギリシャの昔に帰れ〜っつうわけでしたこのコンサート会場はもうすばらしいんです。ここでなんと8€だけのエスプレッソコンサートが開催されているんですよ。エスプレッソコンサートっていうから、このコンサートの名前だけがそうなのかなって思ったら、実際にコンサート開催後コーヒーが無料で頂けるんですこのしがない世の中インクルードなんです。。もう感激しちゃいましたよ。。コンサートは1時間弱の正味45分。私の訪問した時は、お若い音楽家でピアノとチェロのアンサンブル。。もうステキでした。耳からもカフェインがじわ〜っと、、 ネ。。4月・5月の開催予定日はざっとこんな感じです。4月17日 水 14時4月24日 水 14時5月1日 水 14時5月8日 水 14時5月15日 水 14時     5月22日 水 14時     また、この赤い絨毯を上がって行くとそこにホールがございます。このホールは外側から見学が可能です。ここはエスプレッソコンサート会場ではございませんが、せめて中のお城の様な仕様が垣間見れるって言う訳。。本日はお役立ち情報でした本日も当ブログにお立ち寄り頂きありがとうございました

  • 16Feb
    • おすすめベルリンからの日帰り観光ポツダム@ベルリン観光個人ガイド

      どもっす。。ベルリン観光個人ガイド後藤裕起子です♪専用車で細かく大胆にご観光http://berlin-kankougaido.comベルリンを中心に東ドイツの観光情報をたくさんアップしています本日のお題は、「お勧めベルリンからの日帰り観光ポツダム」でございます。夕陽が背中から追いかけて来るようなそんな瞬時をゲットしたのが上の画像です。ベルリンから自転車でも行けるポツダム南西ベルリンから森の中をチャリンコで駆け巡り湖の畔を吹っ飛ばし1時間でポツダムに着いたことがありました汗ポツダムには小さなアムステルダムと呼ばれているオランダ地区といわれているところがあります。アムステルダムに3年程住んだことのある私には、まるでふるさとに帰った様な近親感を覚えるこの地区。1733年から1742年までに築かれたこのオランダ地区には当時123件もの家があったのだそうです。うなぎの寝床って言われる、例のアムステルダム独特の細長い家。。フリードリッヒ大王のお父さんのフリードリッヒヴィルヘルム1世がプランを作り、息子が実際に建築したと言われています。ここブランデンブルグ州にはこれっという山がなく、何処までも平野が続いており、地平線のかなたに太陽が沈んで行く初めてオランダで見た地平線。眼下に水平線があり、後ろを振り向くと遠くに山が連なっているそんな日本の景観と全く違い私にとっては圧巻でした。まるでアフリカのサバンナにでもいる様な自然に包み込まれ、自然と自分が一体になっている大ロマンを感じました。お客様へのガイダンス以外にもポツダムには仲のよいドイツ人のお友達も住んでいて四季を問わずよく訪問します。ブランデンブルグ州の州都ポツダム近郊の町村を入れると人口50万。町の中は静かで落ち着いています。欧州の町街はどこかで例えば地理的な条件が似ているすると文化の一端が伝わっているんだな〜っていう発見が嬉しいまた、日本人の方には、ポツダム宣言という忌まわしい言葉も学校生活の中で一度は聞かれたことがあるはず。。そのポツダムなんですけれど、ポツダム会談の様子がツェツィリィエン宮殿の中で1945年の夏に開催されました。ドイツの戦後の後始末をするという目的で開催されたポツダム会談ポツダムのガイドはお任せください。ガイディングライセンス付きで惜しみなく難解な歴史をわかりやくお話しさせていただいております。ベルリン観光のお問い合わせはどうかお気軽になさって下さいね。http://berlin-kankougaido.com本日も当ブログにお立ち寄り頂きありがとうございました

  • 04Feb
    • 現代建築の権化グロピウスってどんな人?ベルリン観光個人ガイド

      ベルリンからこんにちは!ベルリン観光個人ガイド後藤裕起子です本日のお題は、「現代建築の権化グロピウスってどんな人?」でございます。本年は現代建築モダニスム建築の権化 バウハウス創立からちょうど100年の記念の年1919年にワイマールに創設された新しい建築学校それがバウハウスの始まりだったのです。創設者の一人であるグロピウスは初代校長先生でした。グロピウスは、1883年ベルリンに生まれたベルリン子。おじさんはドイツの3大建築家カール・フリードリッヒ・シンケルの弟子であったマルティングロピウス。ということから、建築に関してはすでに幼い時から見聞きしており、興味を持っていたんですね〜。そもそもこのバウハウス、現代建築の構想はこのバウハウスから発信されたと言っても過言ではなく、これは建築、工芸、デザインを統一させた新しい教育方針だったんです。今では、一つランプを見ても、様々なデザインがありますが、このデザインと機能がマッチしたものこの粋を新たに構築していった学校教育をグロピウスはビルトアップしていったんですね。。1903年〜1907年の間ミュンヘンやベルリンの工科大学で建築を学びました。そのあと、ベルリンのおじさんの建築事務所で働き、そこでは、鉄鋼とガラスを使った新しいモダニズム建築を提唱した、ミース・ファン・デル・ローエとはここで出会ったそうです。歴史上偉大な人は必ず偉大な人との出会いがありお互いに触発されていくんですよね〜ところで、グロピウスは華麗な男性歴を持っていた大作曲家グスタフマーラーの妻であったアルママーラーと結婚します。その後、愛が破綻し離婚への道を辿らなければならなかった。。そんな宿命の嵐にも出会ったんですね〜。近代建築の四代巨匠の一人と言われるヴァルターグロピウスは、このバウハウスの教育理念を世に問い1919年から1928年まで尽力致しました。その後、ベルリンの事務所で集合住宅建築に携わり、ドイツはナチ党の向かい風が強くイギリスに亡命した後、アメリカで大きく活躍して行きます。

  • 24Jan
    • 揺れ動くEU丸@ハンザ同盟の昔にすでにあったEU経済共同体. deベルリン観光ガイド

      どうもっす。。ベルリン観光個人ガイドを承っております後藤裕起子です♪http://berlin-kankougaido.com弊社ご利用のお客様のお声は、ココをクリックしてみてくださいねっええ〜っ、もうすでに見たからもう見ないまた新しいお客様のお声をアップいたしましたさて、本日のお題は、「揺れ動くEU丸@ハンザ同盟の昔にすでにあったEU経済共同体」でございます。現在大きく注目されているのが、イギリスの行方もうお若い方たちの落胆は大きく、EUの中に大きく亀裂が入ったかと思いきや、イギリス人には、特別にEUに入れるパスが支給されるとか離婚決定した人たちがまた、よりを戻すっていうことなのでしょうか。。なんだか意味が分かりかねるのですが、、、。ベルリンからハンブルグにお客様をお迎えに行き、そこから車でリューベックにご案内したことがございます。あんた、そんなとこまで出稼ぎに行ってんねんお客様のためなら、例え地の果てまでも。。しかも、何回も、、、ネ!お客様により色々です。ドイツの新幹線もいいのですが、ヤッパリ専用車で、ス~イス~イと移動なさりたいお客様もいらっしゃるって言う わ け!このハンザ同盟を結んでいた時代、リューベックは、ハンザの女王と呼ばれ、ここに裁判所があったんです。何故王様ではなく女王か??女好き???な~んちゃって 苦笑これはドイツ語の成せる業。町というドイツ語に付く名詞は、女性名詞、なもんで、女王と言われているんです。な~んだ、ってがっかりしないで下さいよ。ここリューベックは、バルト海の海の玄関口。車があると、バルト海までひとっ走り。海岸線をドライブすることができます。ところで、上の画像は、ハンザ同盟を結んでいた時のコッゲと呼ばれていた船。なぜ、ハンザ同盟を結んだのか。。海賊に立ち向かうため、欧州中に経済同盟を結んだんですね。社会保障も既にあったんですよ。。お ど ろ き!バルト海の海岸に佇むと、遠く海賊のでたそんな時代にタイムスリップ。。おっと~またアタシの妄想癖がはじまってきました 汗ここらで、ヤメトコっと。。リューベックからベルリンまでの観光プランをお作り致します。あなたとあなたの大切な方だけのために ネ。お気軽にお問い合わせ下さいませ。リューベックの見所はここをクリック!人類の持つ大ロマン。そんな新しい発見をなさりたい方へ。タダの観光じゃつまんないと思われる方、お問い合わせは無料ですので、先ずはお試しください!

  • 23Jan
    • 博物館の島での発見が嬉しい!ドイツロマン主義のカスバー・ダヴィット・フリードリッヒ

      ベルリンから今日はベルリン観光個人ガイド後藤裕起子です。http://berlin-kankougaido.com弊社ご利用のお客様のお声はここをクリックベルリンの壁の崩壊から30年を迎え、佳節をお祝いするベルリンの2019年も幕を開けました今年もベルリンからのニュース発信、サボりながら頑張って行きたいな〜んて虫の良いことを思っておりますが、ご愛顧どうかよろしくお願いいたします。なんと、ここのところマイナス0度以下という気温が続くベルリン観光ガイドも暖かい地方からいらっしゃったお客様には震えるような寒さが。。と申しましても、ベルリンにはすでにユニクロさんが数店舗網お出しになっていますので、いざという時にはヒートテックが物を言う便利さご安心くださいねっさて、本日は博物館の島のご紹介をさせてください。博物館の島には5つの有名な博物館が肩をひしめかせて建っております。日本からのお客様も欧州での一般教養である絵画にも精通されていらっしゃる方も増えてきました。先日のお客様には、博物館の島にあるアルテナショナルギャラリーをご紹介させていただきました。ドイツロマン主義の代表的な画家であるカスパー・ダヴィット・フリードリッヒ1774年ではスェーデン領であったエヴァースヴァルトに生まれた彼は、その後デンマークの美術学校で絵画を学びます。上記の絵画は、「樫の森の修道院」という彼の代表作の一つです。なんとも言えず悲哀感があり、メランコリーなタッチ・色を特徴とする彼の作品には、生い立ちの抹殺しきれない悲しい過去が大きく影響していると言われています。この絵画も荒れ果てた修道院が雪の中に建っており、暗闇の世界を感じます。13歳の頃、氷で覆われていた湖で遊んでいたところ、弟が亀裂に入り溺死をしたその深い悲しみが全体に感じられますよね。彼の絵画をご存知の方は少ないかもしれませんが、ここ欧州では大人気の画家です。日本の常識と欧州の一般常識は必ずしも一致しない逆に言えば日本人が誰でも知っているような仏教は中国・韓国から日本へやってきたなんていう史実をご存知の欧州の方も少ないのですから、、。気にしないでください笑ってなわけで、気楽に今年もドイツの一般常識に迫ってまいりま〜す

  • 09Nov
    • 29年前!今日11月9日がベルリンの事実上の崩壊の日@ベルリン観光ガイド

      29年前の今日1989年11月9日が事実上のベルリンの壁崩壊の日です読者の皆様、ベルリンから今日はベルリン観光個人ガイド後藤裕起子です。http://berlin-kankougaio.com弊社ご利用のお客様の喜びのお声をぜひお聞きください。忘れもしない29年前私はすでに旧の西ドイツに住んでおりました。29年前の11月9日の午後8時のドイツ国営テレビ放送ARDのニュース番組Tagesschau で見た光景は、画面一杯に旧東ドイツの人々が、ある人は狂喜の歓声を上げ、ある人は大粒の嬉し涙を流しながら、ある人はトラビーを運転しながら、検問所を通過し西ベルリンへ向かっている大ドラマでしたそれを西ベルリン側では、たくさんの人が検問所を抜けたところに立ち、とどまるところを知らぬ心からの拍手で迎えていたんです。旧のソ連を筆頭とする東陣営旗手を振って西の陣営の先頭を行っていたのがアメリカこの東西陣営の最先端にあったのが、西ベルリンであり、東ベルリンであったのです。地理的に分断されたベルリンは、人々の心も分断され、東西全く違う教育を受けなければならなかった。。それにも増して多くの方の家族が分断され、親戚にも思うように会えなくなってしまったという、大変な悲劇だったのです。このベルリンの壁が崩壊したことの意味それはそれは大きな影響を世界中に及ぼして行きました。そのベルリンの壁が来年で崩壊30年の佳節を迎えます。当ブログでも徐々にベルリンの壁が作られた背景ベルリンの壁がもたらしたもの壁崩壊30年に及ぶドイツのあり方などなど、特集を組んで参りますので、どうかご期待くださいませ。ベルリン観光ガイドはどうかお任せ下さい。

  • 01Nov
    • 大いそがし〜のパン屋さん・ベルリンのクリスマス@ベルリン観光個人ガイド

      ベルリン観光個人ガイド後藤裕起子です弊社ご利用のお客様がご感想を寄せて下さいました。クリスマスが1ヶ月の長きにわたり続きます。その1ヶ月の間、いったい誰が一番忙しいとお思いになりますか教会の牧師さん?ご家庭の主婦の方々?お店の店員さん?もみの木を売ってる植木屋さん?ドイツには子供達が歌うクリスマスの歌がたくさんございますが、その中でも美味しい焼きお菓子をたくさん作るクリスマスのパン屋さんが一番忙しいよねっ っていう子供たちの大好きな歌がございます。あまり知られていないのが、ドイツはパンの国だっていうこの事実ここプロイセン王国の首都であったベルリンにジャガイモがやってきたのは、18世紀の初め。。主食はそれまでパンだったんですね。ドイツには、パンの種類がそれこそ沢山あり、話によると地方ごとに違うものを集めると1000種類クリスマスにはこの種類がもっと多くなるんです。ドレスデンから始まったと言われるクリストシュトレンというケーキがございます。クリストシュトレンにはドライフルーツを入れ1ヶ月の間生地を寝かせる人もある。。なんと気の長いことでしょう。私のお友達は、生地を1年間寝かしていましたお目覚めになった 笑焼いた生地は、もう絶品もの。。ひとくち口に入れたらこれぞまさしく フルーツパンもう美味しくって、美味しくって。程よく絡み合ったラム酒が効いていました1年前から次の年のクリスマスのことを考えてパンを焼くなんて心がこもっているんでしょうそれこそ伝統の中の伝統ですねそんな気合の入ったドイツのクリスマスの焼き菓子皆様もどうかお試し下さいませ。

  • 31Oct
    • 音楽が郷愁を誘う・ベルリンのクリスマス@ベルリン観光個人ガイド

      ベルリン観光個人ガイド後藤裕起子ですhttp://berlin-kankougaido.com弊社ご利用のお客様の声はここをクリックしてみてくださいね本日のお題は、「音楽が郷愁を誘う・ベルリンのクリスマス」でございます。もう1年も前になっちゃうんですね〜。ちょうどベルリンコンコルディア合唱団のクリスマスコンサートに富山県からバッハアンサンブル富山さんがご招待を受けご一緒に素晴らしいコンサートを開かれたんです。そんなの初耳ですって富山県では有名なお話のようです。バッハの故郷でバッハを歌う快挙でしたベルリンの地元の方もバッハアンサンブル富山さんの正確なドイツ語と美しい歌声にしっかり魅了されていましたプログラムは、JSバッハのみならず、同時代のバロック音楽を共に築きあげたヘンデル、モーツァルトのアヴュルムコルプス、メンデルスゾーンのハルク・ザ・ヘラルドジョンルターのクリスマス・ララバイに至ってはうっとりと流れるメロディーに身を委ねていましたよ。バッハアンサンブル富山さんには、最高のクリスマスプレゼントを頂きましたキリスト教を基盤としたヨーロッパ文化のベースを司っている音楽世界音楽史を通して、クリスマス程崇高で甘美な音楽に満たされた祭典はないでしょう。。民衆的な祝いとしてのクリスマスが各地、各国において以前の異教的なお祭りや地方的な習慣に結びついていったので、クリスマスの時に歌われる歌には枚挙にいとまがなく、どこの教会でも街角でも、時にクリスマス市場においてもこの歌声、演奏が人々の郷愁をかきたて、行くは人々の平和を願う心に結びついて行くんですよね。。クリスマスは世界中をつなげていく平和の大祭典ですベルリンクリスマス市の無料お問い合わせは、ここからどうぞhttp://berlin-kankougaido.com本日も当ブログにお立ち寄りいただきまして誠にありがとうございました。

  • 28Oct
    • 見事な光の祭典ベルリンクリスマス市@ベルリン観光個人ガイド

      文化と人を繋ぐベルリン観光個人ガイド後藤裕起子ですhttp://berlin-kankougaido.comお客様のお声はここをクリック欧州人の心の故郷1ヶ月に渡り延々とお祭りが続くクリスマス市今年2018年の開催期間は11月26日から12月31日までクリスマス市の何が私達の心を惹きつけて虜にしてしまうのかきっとドイツ人にしてみれば、幼い頃両親に連れられて訪れた市での様子が脳裏にまざまざと蘇ってくるんでしょうね。。美味しそうな焼きソーセイジの匂いや、くるみを焼いたり栗を焼いた香りや、暖かそうな手編みのマフラーや帽子、ストリートオルガンから流れてくる「もみの木」の馴染みのあるメロディー暗い夜空にキラキラ光るイルミネーションまさに5感を通して、、この1ヶ月以上にも渡る光の祭典を満喫しているんですよね。。年間を通しての市民参加の一大イベントそれがドイツクリスマス市です。このクリスマス市は、本来子供達のために作られているそうなのですが、難しいことは抜きにして、子供はもちろん大人も十分に楽しめるのがベルリンのクリスマス市光の祭典それがクリスマス市の見どころでもあるのですあなただけのベルリンご滞在のプランをお作りしています。ワガママを思いっきりプランに盛り込む名人お気軽にお問い合わせ下さいませ。お問い合わせはこちらからどうぞhttp://berlin-kankougaido.com本日も当ブログにお立ち寄りいただきまして誠にありがとうございました

  • 26Oct
    • 待ち遠しいベルリンクリスマス市ポツダム広場@べルリン日本人観光ガイド

      晩秋のベルリンから今日はベルリン日本人観光ガイド後藤裕起子です。http://berlin-kankougaido.comお客様のお声はここをクリックもう足踏みして待ちたくなるのがドイツのクリスマス市訪問本日のご紹介はポツダム広場ポツダム広場でのクリスマス市はそれこそ多彩基本ポツダム広場自体が広〜い広場なんですね見所は、ベンツの開発したデービス側とソニーの開発したソニー広場の2箇所に分かれます。この二つの市のキャラもえらく違う、そんな違いが楽しめるここポツダム広場ベンツ側で例年人気なのが、チロル地方のクリスマス市山小屋風のお店がなんとも言えぬクリスマスの郷愁を誘います。エルツ山脈の有名な木彫りのお人形も毎年お目見えしてます。。中でもよく知られているのがくるみ割り人形また小高い幅の広い滑り台がセットされ、そこではタイヤに乗って人工氷を滑るお若い方、お子様に人気のソリ滑りもございます。片やソニー広場の方では、霞の中から現れた天使が踊るダンスは思わず美しさに見とれてしまいます。このダンスは、上演時間が決まっているので寒い中待つこともないんですね。伝統とモダンなクリスマス市のコントラストが通りを挟んでご覧になれるポツダム広場のクリスマス市お問い合わせは無料です。http://berlin-kankougaido.com無料お問い合わせをご利用下さいませ

  • 21Oct
    • お役立ち情報@見所!多彩なベルリンのクリスマス市

      ベルリン観光個人ガイド後藤裕起子です。http://berlin-kakougaido.comお客様のお声はここをクリック10月も半分が過ぎ去り、あの猛暑が嘘のように消え去ったベルリンから今日は。。読者の皆様お元気でおすごしでしょうか?今や日没が18時。お仕事を終えたお日様はさっさと帰路につき、暗くなるのが瞬くうち、、11月の声が聞こえてくると、もうクリスマスのお祝いが近ずいているのを実感するのがここドイツです。本日は、欧州で最も見応えのあるドイツのクリスマス市。就中、人気のベルリンのクリスマス市のご案内です。2018年のクリスマス市は、11月26日〜12月31日ベルリンの中でも最も人気のあるのがジェンダルメンマルクトなぜこの市が人気なのかまずヨーロッパで一番美しい広場と言われているのがここジェンダルメン広場ドイツ教会、フランス教会、間にあるコンサートハウスの建物が調和しあい、なんとも言えないエレガンスな雰囲気をかもし出しています。クリスマス市は、毎日11時にオープンし22時まで楽しむことができます。その中でも、聖夜12月24日は11時から18時まで大晦日12月31日は翌日2019年元旦の早朝1時まで基本的に市場には無料で入れるのですが、ここは1€しかし11時〜14時の間はフリークリスマス市では様々な品物が売られています。クリスマスツリーやお部屋に飾る飾りはもとより、食品も昨年はバイエルン地方のパンとワインそれに合ったチーズを好みの大きさに切ってもらいカンパ〜いグリューワインというあったかい赤ワインの中にハーブが入っており中でもシナモンの香りが食欲を注います。ベルリン個人ガイドがお客様のお好みに合わせてクリスマス市をご紹介、お供させて頂きます。お気軽にお声掛け下さいませ。お問い合わせはこちらからどうぞhttp://berlin-kankougaido.com本日も当ブログにお立ち寄りいただきまして誠にありがとうございました

  • 13Sep
    • ベルリンお役立ち情報国際マラソン9/16@ベルリン観光個人ガイド

      ベルリンからこんにちは!ベルリン観光個人ガイド後藤裕起子ですお客様のお声はここをクリックhttp://berlin-kankougaido.com9月16日(日)に世界でも人気のベルリン・マラソンが開催されます。これに伴い,14日(金)から17日(月)にかけて,ベルリン市内各所にて交通規制が敷かれます。なので市内のあらゆるところにで入りにくくなるため、今まで使わなかった方も をお使いになるため、交通渋滞やバスなど公共交通機関の遅延の可能性も出てまいります。ちなみに、予定されていますのは、 9月16日(日)にベルリン・マラソンが開催されるほか,前日の15日(土)もベルリン市内において様々な関連イベントが行われます。(1)9月15日(土)  キッズ・ラン(午前11時スタート)  ミニ・マラソン(午後3時10分スタート)  インラインスケート・マラソン(午後3時30分スタート)かっこいい〜颯爽と (2)9月16日(日)  ハンドバイク(選手)マラソン(午前8時50分スタート)  車椅子マラソン(午前8時56分スタート)  ハンドバイク(一般)マラソン(午前8時59分スタート)  ベルリン・マラソン(午前9時15分以降,レベルに応じて10時5分まで4回に分けてスタート)スタート及びゴール地点となる6月17日通りを中心に,マラソンコースとなるベルリン市内の主要幹線道路では早いところでは、14日の午後から交通規制が敷かれますので要注意本来は、9月の一番最後の日曜日と決まっていたのですが、今年は、10月3日のドイツ再統一の日のお祝いをベルリンで行うため、2週間はやめたと今朝のラジオで放送していましたよ。このベルリンマラソンには、往年の高橋尚子さんが2度続けて優勝されたそんな日本勢の足跡も残っている世界でも人気のマラソン大会です。日本頑張れ〜

  • 29Aug
    • 歌声が繋ぐ心と心!ベルリン合唱の夜長@ベルリン個人ガイド

      ベルリン観光個人ガイド後藤裕起子です。http://berlin-kankougaido.comお客様のお声はここをクリック今日も当ブログにお立ち寄りいただきまして誠にありがとうございます。めっきり過ごしやすくなったベルリンから今日は本日のお題は、「歌声が繋ぐ心と心!ベルリン合唱の夜長」でございます。お役立ち情報として9月1日の大きな音楽イヴェントのご案内をさせていただきますねっここのところ夜長尽くめ今度は合唱の夜長です。ベルリンには登録された合唱団というのは1500もあります。合唱のジャンルもこれまた多岐にわたっており、クラシック、民謡、ジャズ、ポピュラーと、、。スタイルも混声があったり同性であったり、合唱団の規模も大きかったり小さかったり前年は3人のアカペラアンサンブルもあり素敵でした 場所: Reformationskirche Berlin-Moabit Beusselstraße 35, 10553 Berlin 最寄りの駅: S Bahn Beussel Strasse 時間: 9月1 日18 時〜 9月2日午前 1時 ベルリン在住女声アンサンブル (和)さんもご参加になるようです。 乞うご期待 国際色豊かなベルリンならではの合唱の夜長 どうかお楽しみ下さい。 入場料金は無料です。。

  • 23Aug
    • ベルリンお役立ち情報「博物館の夜長」@ベルリン個人ガイド

      ベルリン観光個人ガイド後藤裕起子です。http://berlin-kankougaido.comお客様のお声をぜひお聞き下さい本日も当ブログにお立ち寄り頂きまして誠にありがとうございます。来たる8月25日土曜日の夜18時から日曜日の早朝2時まで恒例の「博物館の夜長」が開催されます。ベルリンには、なんと175もの博物館、美術館が存在します。そのうちの80館を上記の開催時間内に見て回ることができます。中では、通常ご覧になることのできない音楽のポレ前途があったり、今年のハイライトは、新博物館Neues Museumの中の高い階段式になっているホールがあり、そこにブレーキダンスの舞台が立ち、無料でお楽しみいただけるそうです。博物館と博物館をシャトルバスが走り、色々な経路がありますので、バスの経路を使えば短時間で次の博物館に到着が可能です。因みに気になる入場料金は、大人がお一人様 18€子供・年金保持者の方は12€どうかご利用くださいませ。無料お問い合わせはここをクリックhttp://berlin-kankougaido.com

  • 13Aug
    • 57年前の今日!ベルリンに東西を分断する壁が作られた@ベルリン観光個人ガイド

      急に晩夏を感じさせるベルリンから今日は!人と文化を繋ぐベルリン観光個人ガイド後藤裕起子です。http://berlin-kankougaido.comお客様の生のお声をお聞き下さいませ本日のお題は、「57年前の今日!ベルリンに東西を分断する壁が作られた〜ぁ」でございます。お陰様であのヒステリックな酷暑も去り、涼風が心地よく、夜もぐっすり眠れるようになりましたさて、当ブログにお立ち寄りいただき誠にありがとうございます。上の画像は、1985年のまだ壁があった時のシロモノ。その当時自分の仕事でアムステルダムに住んでいた私は日本から遊びにやってきた両親と一緒に、ベルリンの壁を観に飛行機で西ベルリンのテーゲル空港へ飛びました。そして、観光バスでベルリン市内を観光したんです。この写真は西ベルリンからゲットした物で、ブランデンブルグ門の上にある勝利の女神の像はお尻を向けていますよねこの壁は、1961年8月13日から構築されて行ったんです。いきなり、特令が出され、遮断されてしまいました。崩壊するまで28年もの長い間、ベルリンの西側と東側を分断していた壁は、約156Kmあったと言われています。だもんで、お隣さんとうちの敷地の間に壁を作ったなんていうちゃちなものではなく、西ベルリンをすっぽり囲っていたベルリンの壁。深刻なもの、だってこの壁を越すなんていることがあれば、それは命と取り替えになっていたんです。悪魔の存在、そのものでした覗き見なんて以ての外しかし、この壁に対する恐怖感も、当時を知る西ベルリン、東ベルリンの方々の話を聞くと、壁に対する温度が違うのにびっくりします。逃げようという気持ちがさらさらなかった西ベルリンの人にとってみれば、生活する分には、なんら支障の無かったベルリンの壁っていう感覚も無きにしも非ず。しかし、第二次世界大戦後、徹底的に戦争を起こしてしまった「負の克服」に尽力してきた西ベルリン、西ドイツの人にしてみればこの共産主義の持つ「不自由さ」は、彼らには許せない人権蹂躙だったようです。ベルリンから欧州、世界の現代史は始まって行きました。その連合国の元支配されていた西ベルリン時代の政治的な動きがわかる博物館がございます。Alliierte Museum第二次世界大戦後のベルリン・なかんずく西ベルリンの様子がお知りになりたい方にはおススメです。ベルリンの壁は、世界で東西の陣営の亀裂が始まったその最先端にあった第二次戦争のオトシゴ的な意味を持っていたと言っても過言ではございません。お客様のお持ちのお時間でガイディングプランをお作りいたします。まずは、お気軽にお問い合わせ下さいませ。http://berlin-kankougaido.com人と文化を繋いで行く・ベルリン観光個人ガイドは弊社に、どうかお任せ下さい。