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Battle Day0-Day262までのあらすじ (登場人物についてはサイドバーを参照してください)

 

 『BattleDay232-Day246あらすじ』Battle Day232-Day262までのあらすじ (登場人物についてはサイドバーを参照してください)  ある日、夜中に電話が鳴る。遼吾を待つコオだったが…リンクameblo.jp

 

 

BattleDay233~ここまでのあらすじ

結局、妹・莉子からは連絡がなく、父の希望していた老人ホームは、せっかくの空いている部屋に入ることができず次の機会を待つことになった。コオはいら立ちを募らせる。莉子ばかり心配する父、同僚のソフィの事故のケア、などはコオを疲弊させ、その中で重症のアレルギー事故をを起こしたコオは、体調とともに心のバランスも大きく崩していた。そして父の誕生日がやってきて、父はケーキを持ってきたコオに、莉子は母と同じ、料理学校に通ったことがあることをとを話す。

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「莉子がお菓子作ってるところなんて見たことなかったけどな。」

 

 コオは控えめに言った。実際、料理が、はっきり言えば下手、というより、単純にやらない、というのがコオの知ってる莉子だった。1年間だけコオと二人で暮らしたことがあるが、彼女がろくなものを作っていた記憶がない。莉子が転がり込んできたとき、実は莉子がご飯でも作ってくれるのを期待していた。修士課程の最終年度で、毎日実験で忙しかったコオは、9時5時でアルバイトをしていた莉子には、そういう時間があるはずだと思っていた。

 今でも少しだけだが、反省しないでもない。やってほしいならやってほしい、といえばよかった。コオは小さいときから莉子と会話するのが苦手だったから、話さなくても、居候である以上それくらいやってくれるだろう、と勝手に期待していたからだ。それにしても、彼女のつくったものは納豆ご飯、卵かけご飯。それくらいしか記憶がない。しかも指先一つ分だけ残して冷蔵庫にいれっぱなしてカビさせたりするのだから、しょっちゅうそれでコオと言い争いになったものだ。

 

 「パン作ったりしてくれたよ。結構立派なのをな。」

 「ふーん。でもやめちゃったんだ。」

 

 何故?とはコオは聞かなかった。莉子が辞めたなのなら、その理由を父に語るはずはまずないだろうし、なんとなく理由が想像できる気もしたからだ。彼女は、母のようにコオをのように、限界を突破するためにあえて無理をする、ということをしない、とずっとコオは感じていた。そんな莉子が、あの頃の母のようにがむしゃらになれたとは思えない。母だって、好きだったからあれほどまでに無理ができた。でも莉子はお菓子作りなんてやったの見たことないもの。

 莉子はいつでも言っていたではないか。《私はお姉ちゃんみたいな崖に向かって突っ込んでいくような生き方したくないから》そんな風に。

 

 コオが昔の嫌な思い出にぼんやりしていると、父はさらに言った。

 

 「でも、仕事はいろいろしようとはしていたみたいだぞ、ピアノの先生辞めた後に。」

 「色々?また学校にでも通ったわけ?」

 「なんて言ったかな、えーと匂いの・・・そうだ。アロ・・・アロマテラピーの資格、とか。」

 「・・・何かは知ってはいるけど・・・」

  

 コオは言葉を失った。 

 アロマテラピー?知ってる。知ってはいる。検定試験があるのも知ってはいるが・・・

  コオには現実出来である、とは到底思えなかった。

 

 「莉子ちゃんは夢見る夢子さんだからなぁ。」

 

 そんな風にのんびりという父の言葉をコオは茫然と聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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BattleDay233~ここまでのあらすじ

結局莉子は連絡がなく、父の希望していた老人ホームは、せっかくのアイテル部屋に入ることができず次の機会を待つことになった。コオはいら立ちを募らせる。莉子ばかり心配する父、同僚のソフィの事故のケア、などはコオを疲弊させ、その中で重症のアレルギー事故をを起こしたコオは、体調とともに心のバランスも大きく崩していた。

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 父の誕生日が来た。物を送っても、もう仕方ないだろう。コオは、甘いものが好きな父に、その日ショートケーキを買った。

 

 父は食べるのが好きだ。コオが週末に持ってくる、僅かなお菓子を楽しみにしている。北寿老健はおやつの時間もあるのだが、父はいつも「あんんなのひとくちで終わっちゃううよ。」と文句を言っていた。かといって、それを施設のスタッフに言うことはない。

 施設の介護士や看護師の話を聞いていても、父は自分でトイレに歩いていくし、特にワガママも言わない、施設としては負担の少ない入所者であるようだ。なんと行っても大半は、自立歩行がままならず車椅子、話ができる人は少数。極端にワガママだったり、明らかな認知症だったりで、父はむしろ優等生だ。

 

 「パパ、誕生日でしょう?おめでとう。今日はちょっと特別なもの買ってきたよ」

 

コオが見せると、いちごのショートケーキに父は目を輝かせた。 

 

 「お母さんが、ずっとお菓子を作ってたじゃないか。」

 「うん。まだ家にあるんじゃないの?オーブンだの何だの。お菓子作りの道具がさ。」

 「莉子ちゃんも、一時期通ったんだよな、お母さんと同じ料理学校に。」

 「へえ。」

 「お母さんみたいに仕事にしようかと思ってたみたいだけど、結局続かなかった。」

 「・・・」

 

 母が、料理学校の先生になったとき母は40代後半だったと思う。もともと好きだったのもあるのだろうが、当時高校生だったコオは、母が今まで見たことのないような熱心さで、講師試験の試験勉強をしていたのを覚えている。実技だけとは行かず、紙のテストももあったのだろう。母は、自分が好きなことにはとてつもない集中力を見せるところがあった。いくつになっても勉強はできる、ただし、勉強するまとまった時間をとること、長く離れていた“勉強“をすることが、どれほど大変なことかを間近にみせられたが、母はあれで良かったのだろう。

 それにつけても、とコオは思う。

 あの母の姿を同じく見ていながら、莉子は母から何も学ばなかったのだろうか。何かをやり遂げようとすれば、無理をしなければならないことがある。たとえ好きな事であっても、あるラインを超える時は苦しい時もある。

 たとえ同じ親の元で育っても、見えているものの解釈の仕方が全く違ったのかもしれない、コオはそんなことを考えた。

 

 

 

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BattleDay233~ここまでのあらすじ

結局莉子は連絡がなく、父の希望していた老人ホームは、せっかくのアイテル部屋に入ることができず次の機会を待つことになった。幸い北寿老健には更に3か月の在所が許可されたが、コオはいら立ちを募らせる。

 そんな頃にコオは職場で小さな傷をつくり、そこからなにかにアレルギーを起こす。

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 コオはとりあえず職場の医務室に行った。抗アレルギー薬でももらえたらいいくらいに思っていたが、職場の医務室は、医務室だと言うのに誰もいなかった。(昼休みだけど・・・職場の医務室って・・・時間ずらして必ず人がいるものだと思ってたけど)

 ここの医務室は基本的に見た目無駄飯食らい、と陰口を叩かれる部署だが必要なときにいないから余計叩かれるのだろうな、とコオは思った。そう思っているうち、医務室勤務の年配の女性たちは揃って帰ってきた。

 

 「どうしました?」

 

うん、まぁ、昼ごはんから帰ってきてすぐ働くの嫌なんだろうけど、露骨にそんな顔しなくてもいいのに、とコオは思った。

 

 「動物のいる部屋で…傷を作ってしまって。それは大したことなかったんですけど、アレルギーを起こしたみたいで。全身かゆいし・・・目の裏とか鼻の中まで腫れ始めて。傷から、アレルゲンが入ったんだと思います。流水であらったけど、1,2分だったし。」

 

 同僚が目をむくほどだったから、看護師資格のある医務室の職員は流石にどれくらいの状態かわかるだろう、と思ったが、全くそんなことはなかった。

 

 「えーっと、今お昼休みかもしれませんが、ここの病院で診てもらえると思いますよ。自分で行ってください。」

 

 コオは丸がついた簡単な地図を渡された。職場周辺の病院の地図のうち、一つに目の前で丸がつけられた。

 

 「・・・はぁ。・・・わかりました。」

 

 結果的にコオのアレルギーはかなり重症だった(らしい)。病院についたときは、病院自体が昼休みだったが、コオをひと目見た途端、にわかに病院内がざわつき、院長が飛んできた。

 

 「あなた!!これアナフィラキシーですよ!!ステロイド点滴!!すぐ用意!呼吸は苦しくないですか!?」

 

 医者は看護師に叫びながら、コオはあれよという間に点滴棒に繋がれた。

 

 「職場から来たって・・・一体ここまでどうやって来たんです。タクシー?」

 「・・・いえ、自転車で。15分?くらいだし。」

 「自転車!?信じられない!!危ないですよ!」

 「医務室に行ったんですけど・・・自分で行ってくださいっていわれたんで。」

 「とんでもない。途中で倒れたりしたら大変なのに・・・」

 

 ステロイドの点滴は劇的に効いて、1時間も立たないうちに、かゆみも、浮腫も急激に収まっていった。ただ、体全体の違和感は、続いていて、医者は、コオに既往症や傷を作った状況などを聞き、今後もエピペン(アナフィラキシー対処用のアドレナリン注射剤)を携帯するように勧めてくれ、更になにか薬をくれた。

 医師は自分の仕事をこなしただけなのかもしれないが、コオは昼休みにも関わらず、すぐに対処してくれたことも医師の言葉も、自分を心配してくれたような気がしてただ、嬉しかった。

 

 この頃コオは、気遣ってもらうことに飢えていたのだと思う。

 毎日泣き暮らし、それでも毎日仕事をする。同僚が事故を起こせば病院までの送迎をし、書類の手配をし、付添をする。でも、仕事場で同僚に驚かれるほどのアレルギーを起こしても、誰も私のことなど心配しない。医務室にさえ放り出される。

 感情に酔っていたとも言える。しかし、何をしても妹莉子のことしか心配しない父にも、事故を起こした同僚のソフィの病院の付添にも、コオは疲れていたし、何よりも離れたかつては自分の心の支えだったはずの家族が恋しかった。

 

 

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Battle Day0-Day262までのあらすじ (登場人物についてはサイドバーを参照してください)

 

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BattleDay233~ここまでのあらすじ

結局妹・莉子からは連絡がなく、父の希望していた老人ホームは、せっかくの空いている部屋に入ることができず次の機会を待つことになった。コオはいら立ちを募らせる。

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 コオは次第にバランスを崩していった。

 もともと、離婚して、一人暮らしになり、泣き暮らしながらも仕事をしていた事自体が驚きなのだ。ただ、たとえ父を通じてでも、理不尽な妹・莉子に対応することは、コオの価値観のバランスを崩すようなことだった。だから、コオには普通の(コオにとっては普通の)会話ができる場所が絶対に必要だった。仕事場は、そういう意味では辛いながらもコオにとっては安全な場所だったはずなのだ。

  けれど、週末の父の面会で、たびたび莉子の仕事のことが話に出るようになってから、コオはひどく仕事に行くのもつらくなってきていた。その頃、事故があった。

 コオは、その日、ぼんやりしていたわけではなかったはずなのだが午前中、昼近くに仕事をしていて小さな傷を作ってしまった。親指の付け根でぽつりと針を刺した程度の小さな傷は、痛みも特になく、コオは流水をしばらくかけ、軽く消毒だけした。別に危険なウイルスを扱っているわけでもないから、これで十分だろう。

 ところが1時間もしないうちに、猛烈に腕がかゆくなってきた。

 

 (あ、アレルギーだ。)

 

 コオはアレルギー体質だ。スギの花粉症がもともとかなりひどかったが、特にこの仕事についてから、花粉以外でも色々なアレルギーが出てきた。しかし、良くも悪くも、慣れがでてしまった。

 1時間もたたないうちに、オフィスの男性社員が目をむいた。

 

 「し、嶋崎さん、なんすかそれ!?」

 「え?あーなんか、すごいかゆいけど。」

 

 鏡を見に化粧室に行き、コオは自分が頭の先から全身が真っ赤にはれ上がっているのを知った。そういえば、昼にランチを食べに行ったとき、何故か食べ物が飲み込みにくくて、食道を通っていかない感覚があって、おかしいと思ったのだ。

 ・・・これはいわゆるアナフィラキシー的なものだ。呼吸には幸いあまり出てないようだけど。でもかゆみはすごい勢いで増してきている。頭皮から始まり全身がじっとしていられないくらいかゆい。いや・・・目もおかしくなってきた。鼻の中も。

 

 (これは・・・まずいかなぁ・・・粘膜に浮腫が出てきたら・・・脱水しそう。)

 

 目の裏、鼻の中。口や気管にも出たら、呼吸に支障が出るだろう。目と鼻の閉塞感が時間とともに明らかにひどくなってくる。

 

 (このままほおっておいて…死んでもいいかなぁ)

 

 コオはぼんやりと思った。

 

 

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BattleDay233~ここまでのあらすじ

結局妹・莉子からは連絡がなく、父の希望していた老人ホームは、せっかくの空いている部屋に入ることができず次の機会を待つことになった。コオはいら立ちを募らせる。

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 父が探してほしいといったのに。

 ここまでやったのに。キーパーソンが莉子だというだけで、ここまで準備したことを無駄するのか。自分はただただ無益に動いただけなのか。

 父が銀行通帳の再発行をコオに頼んだときに、莉子にあっさり通帳引き換え用の書類を渡したりせず、策を弄しててでも一旦手に入れておけばよかった。自分が使うわけではないが、それでも家の財政状況が少しは・・・少なくとも父の年金額、蓄え、等はわかっただろう。お人よしにもほどがある。書類一つ持っていけば手に入るような状態にして莉子に引き渡すなんて・・・なんて馬鹿なことをしたのだろう。

 コオは歯噛みしたが、今更どうしようもない。

 

 「あのさ、もう動けるようにしておいたほうがいいと思うんだけど?どうするの?」

 「いやぁ、莉子ちゃんがうん、て言わないとな。」

 「だから、うんて言うも何も、話をちゃんとしないと、移るに移れないよ?それとも、パパはここを出ることになったらまた家に戻りたいの?」

 「いや、僕は施設のほうがいい。」

 

 そこだけは父ははっきり言うのだ。なのにそこから父の思いは別のところに移っていく。

 

 「あの家は・・・莉子ちゃんが一人になっても住めるように、数年前に屋根を直したんだ。業者に頼んで、まだ20年はいけるように。それから屋根だじけじゃなくて、壁も。だから後40年は住めるんだよ?」

 「うん・・・そしたら莉子も安心して住めるもんね。」

 「そうなんだよ。家賃もかからない。」

 「それは大きいと思うよ。私、この辺、家賃高いからね。家賃なしなら月10万あればそこそこの暮らしができるよ。」

 

 ここまでくると、どうしてもコオは切り込みたくなってくる。だって、コオは家賃を抜いたら、光熱費や通信費を入れたって、6万円超えることは絶対ない。

 

 「月曜から金曜まで毎日働いたらさ、9時5時のやっすい時給の事務職だって10万にはなるよ?なんで莉子はちゃんと働かないの?」

 「一応、働いてはいるよ。」

 「一応、ってアルバイトで、毎日じゃなくてって、それ、食べるための働き方じゃないよ。一人でやってこうとする人間の働き方じゃない。私、遼太を生んだあと、派遣で働いたことだってあるんだよ?それだってもっともらってた。毎日働いてたからね。」

 

 コオはイライラといった。我慢ならなかった。

 

 「それでもさ、例えば体が悪いとか、精神的に病んでるって言うなら、話は別だよ?でもそれならそれで病院に行かなくちゃいけないし、やってけないんだったら、《私はこういうわけでできないからお姉ちゃん助けて》って言わなくちゃいけないでしょ。それを、私がなにかやってもキチガイみたいに責め立てるだけ。そんな莉子のために動くのは嫌だけど、パパが必要だっていうから、莉子にはできないって言うから私は動いてる。なのに、パパは必要な情報を莉子からもらうのさえためらう。何故?何故自分の年金を知るのにそんなに莉子に遠慮するわけ?パパのものじゃないの。」

 

 やりきれない。やりきれない。

 

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 『BattleDay232-Day262 あらすじ』Battle Day232-Day245までのあらすじ (登場人物についてはサイドバーを参照してください)  ある日、夜中に電話が鳴る。遼吾を待つコオだったが…リンクameblo.jp

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 「残念なお知らせです。空いていた、お父様の希望されていた施設ですが・・・埋まってしまいました。」

 

 藤堂から連絡が入った。

 

 「仕方・・・無いですね。結局妹から連絡はなかったんですよね?」

 「はい、・・・もしかして直接妹さんが施設に連絡されているのではないかと思いまして、聞いてみたのですが、施設の方にも、連絡はなかったそうです。」

 「そうですか。・・・次の空きが出るまでにいつでも移動できるようにしておきたいですね…」

 

 これだけ何度も見学や送迎で回ってくれた藤堂にひどくコオは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。見学どころか、連絡すら無いという。これでは、父の老人ホームの予算について話し合うどころではない。莉子が言い出さなければ、ことは進められないのだ。父の通帳を握っているのも、年金を管理しているのも、そしてキーパーソンも、莉子なのだから。

 週末ごとの父への面会は続けていたが、コオは少しずつ、イライラするようになってきていた。

 

 「ねぇ、パパ、あの子仕事してるの?カフェだかなんだかのアルバイトって前は聞いたけど?どれくらい働いてるの?」

 「うーん、毎日じゃ、無いな。」

 「…あのさ、前の会社で何があったのかちょっとしか聞いてないけど・・・甘ったれすぎるんじゃないの?あの子さ、私が最初の会社でうつ状態になってたときに、なんて言ったよ。《そんな事誰だってある、お姉ちゃんだけじゃないんだから、そんな事で辛いとかいうのやめてくれない?》って言ったんだよ?そうだよ、どこに行ったって辛いことはある。私は辛いって、自分の家族に言うことさえ許されずに働いてさ、あんまり辛いからやめたけど、でも食ってかなくちゃならないから、妥協して別の仕事についた。」

 「ああ、お前は頑張ったな。」

 「今の会社に拾ってもらえるまで、自分の学歴とかキャリアからしたら信じられない安月給だったけど、食ってかなくちゃならないから働いたし、私は大学院まで出してもらったからね、ずーっと働いてる。なのにあの子は何?ちょっとパパもお母さんも甘すぎるんじゃないの?」

 

 お前は頑張ったな。

 もっと早く言ってくれればよかったのに。

 母は一度も言わずに死んだ。一度だって褒めてくれたことなんてなかった。授業参観だって母に見てほしくて、意見を言おうと先生に向かって一生懸命手を上げたって、母は“手を上げすぎだ”といった。

 父だって。いつも二人は莉子・莉子・莉子ばかりだ。だから私はあんな家は一人ででて行きたかった。ずっとずっとあの家が嫌いだった。

 

 「もう暗くなる前に帰りなさい。」

 

 父が言う。子供の時と同じだ。聞きたくないことをコオが言い始めると聞いてはくれない。コオの言葉はいつも母を、父をすり抜けていく。 コオが家族を失うきっかけになったあの日だって、ただ「今日は帰りなさい」といったではないか。

 

 自分の中の小さな子どもが、苛立って地団駄を踏んでいる。

 

 コオはふとそんな映像を思い浮かべていた