読んだり観たり聴いたりしたもの -89ページ目

BLOOD+/桂明日香

例によって職場で拾った本。1巻だけ読む。

原作はアニメ。昔一度だけ放送を見た事があるが正直あまり覚えてなかった。

よくある、気合いでやり抜くバトルもの、の印象。
人類を破滅させる程の強大な敵が現れて、特殊能力を持つ主人公の少女が、敵を乱れ舞う刀で斬り倒す。翼手と呼ばれるその敵を倒せるのは彼女だけ。世界の命運は、兵器としての宿命を背負って生まれた彼女にかかっているのだ、という様なよくある話。

沖縄、基地、米軍なども絡んでくるので、その辺りをどれだけ活かした話なのか、という点は興味ある。
それ以外は典型的な感じ。

最近少々考えるのだが、バトル物が、すぐにもうお腹いっぱいとなってしまって、なかなか貪欲に楽しめないのは、やはり加齢による衰退なのだろうか。何かを楽しめるという事は、間違いなく能力である。どんな物だろうと、何かを楽しめる人は、それを楽しめない人に比べ、絶対的に素晴らしい。楽しめない作品が悪いのではなく、基本的には受け手が狭量なのである。全知全能の神がいたなら、きっとありとあらゆる作品を楽しみ、愛でるだろう。あいにく人の身では、とてもそこまでの事はできないので、残念ながら自分が楽しめなかった作品は、偏見でこき下ろしながら諦める他ない。


桂明日香
BLOOD+

PS/サンパギータ やるドラ/SCE

ちょうど1年前になるだろうか、やるドラシリーズ第一弾ダブルキャスト をプレイしてかなり楽めた記憶がある。
久々に、という事で先日からシリーズ次作をプレイした。素直に第2弾でも良かったが、第3弾の本作を妻がチョイス。まあ、作品間の関連は無いので、どれからプレイしても問題はない。

やるドラシリーズとは、Production I.G製作のフルボイスアニメーションで展開するサウンドノベルで、PSでは全4作が出ている。

実は、前回ダブルキャストのプレイ後に、やるドラシリーズで最高傑作との評を見てしまっていた。という事で覚悟はしていたが、評判通りこのサンパギータのデキは若干落ちるようであった。

やはりシナリオの出来不出来が重大な要素になるだろう。この話の先が気になる。設定が気になる。もう一度見たい。そういう興味を惹くシナリオやキャラや世界観を有してないと、なかなか何度も同じ話を見ようとは思えないものだ。例えそれがプレイヤーの選択によって微妙に変化していく世界であったとしても。

主人公は大学生。そしてヒロインは記憶喪失のフィリピーナ、マリア。降りしきる雨の中、裸足で逃げるマリア。裏社会でのマフィアの抗争に翻弄されるマリアを、主人公は助ける事ができるのか。
照りつける太陽、揺れるサンパギータの花。マニラで見た夕焼けの美しさ。という様なイメージの作品である。雰囲気は悪くないと思うのだが、もう少しドラマがあればなあ、という感じ。

またしばらくしたらシリーズの別作品をプレイしよう。


SCE
サンパギータ やるドラ

はやぶさ/HAYABUSA

近所の商業施設で客寄せの無料上映会があったので妻と観に行ってきた。

140分と長尺だったが、パイプイスで尻が痛くなるのも気にならないほど、大変面白かった。
単なるドジョウすくい映画だとばかり思っていたので、意外なほど丁寧に作ってあって驚いたのだ。

もちろん類い希なる名画というわけではないが、一般的なはやぶさファンが観るはやぶさ映画としては十分に及第点だろう。もっと、偉業・感動!さあ泣け!という押しつけがましさを想像していたのだが、意図して押さえ気味なあっさり演出で、優等生的な筋立てで変に脚色しておらず観ていて安心感があった。

はやぶさの科学的業績でもなく、プロジェクトの組織力でもなく、個人の才能でもなく、ひとりの人間として「情熱」を持つ事、持ち続ける事の大切さ素晴らしさ、に焦点を当てた様な作りに感じた。

であるので、全くのゼロからこの映画を観た人には、技術的な詳細や、はやぶさの状況などについてちょっと理解しづらかっただろうと思う。先行していたのぞみにもかなりスポットを当て、のぞみは火星には行けなかった、だが失敗じゃない「成果」なんだ、というメッセージを強調していたが、ちょっと分かりにくいプロットだったかも。

はやぶさの7年の長きにわたるプロジェクト。そもそもの研究会から数えたら十数年。それだけの期間になると、プロジェクトを最後まで見届けられない人も出てくる。そういう想いの行き場を丁寧に掬って描いていたのは良かったと思う。

変化が乏しい帰還前の長旅シーンの後に、回収班のギャグシーンを入れて寝かけた観客の目を覚ますなど、構成も工夫してるなと思った。笑うところで笑い泣くところで泣いていて、観客の反応も良かったと思う。

川口さんをモデルにした、川渕PM役の佐野史郎が意外と良かった。あと、コマンド通信係の人の淡々とした演技が印象深く、それ故その人が最後に泣いている姿が特に記憶に残った。

最後、回収カプセルからのビーコン受信は、シーンとして入れるべきだったと思う。

他のはやぶさ映画はどんな切り口なのか、ぜひ機会があったら観て比べてみたい。

はやぶさ/HAYABUSA

世界をやりなおしても生命は生まれるか?/長沼毅

最近、こういう大げさに煽るタイプのタイトルが増えたが、タイトル詐欺のような気がしないでもない。確かに表題の問いを検証する内容は含まれている。だが、それがメインではない。素直に、名は体を表せ、と言いたい。
この本なら素朴に、「非常識生物学講義 ~高校生と生物学者の破壊的セッション」ぐらいが相当だろう。広島の高校へ乗り込んでの、数日間の集中講義を起こした本だからである。

出版ありきの出前講演、という気配が漂いすぎて、やや興ざめ。
著者の語る常識を覆す生物学のお話の数々は、一般でも前知識無しで楽しく読めると思う。ライブ感を上手く活かして文章化してあるのでサクサク読めるところも長所だろう。


長沼毅
世界をやりなおしても生命は生まれるか?

旅するウナギ 1億年の時空をこえて/黒木真理 塚本勝巳

一冊丸ごとウナギの本。

長らく謎に包まれていたウナギの産卵について、ようやく世紀の発見があったというニュースはまだ耳に新しいが、そうした発見をきっかけに編まれたのであろう、鰻の博物誌としての集大成と言える書籍である。この身近な魚の生物学的な詳細な解説から始まり、類い希なる食材として世界中でどのような調理や漁の歴史を経てきたか、また文化に与える影響も民芸から絵画文学まで、本当に「鰻」と名の付く事物は全て集めましたという勢いだ。

ほぼ全ページフルカラーの美しい本である。写真集・絵本として眺めるだけでも堪能できる作りだ。

日本人の鰻好きは、多分そうだろうとは思っていたが、ヨーロッパでもかなり親しまれていたというのは知らなかった。確かに、eelと言えば、ゲームでもモンスターとしてしばしば登場する名前である。カルドセプトでは人気クリーチャーの筆頭だし、懐かしいところではハイドライドの水路でさんざ苦しめられた思い出が。
これも知らなかったが、鰻にはかなり寿命の長いものがいるという。男性が自分の背丈より長そうな、非常に太くて巨大な鰻を抱えている写真が載っており、たしかにこれならモンスターに見えるな、と思った。

ちなみに、日本の鰻はマリアナ海溝付近で、ヨーロッパの鰻はサルガッソー海で産卵する。海で育ち川で産卵するサケ類とは逆の回遊性を示し、海で生まれ川や沼で育つのだ。人の生活圏から隔たった場所で産卵するため、つい最近その事実が分かるまで全く謎に包まれていたのである。鰻の卵や生まれたばかりの稚魚を見た者など誰もいなかったため、鰻は泥から生まれる、と欧州では長らく信じられていたほどである。

黒木真理 塚本勝巳
旅するウナギ 1億年の時空をこえて

スラムダンク 26巻/井上雄彦

さていよいよ山王戦の前半も佳境へ。

この巻のヤマは、なんと言っても花道のガンメンシュートだろう。つまりは、ツキに恵まれた湘北の絶好調が続く、という事。
三井の3Pは決まるわ、ゴリはダンクするわ、流川は沢北に負けず華麗に舞うわで、ハルコではないが、「勝てるかも…?」と固唾を呑む。
そして花道。試合中でもめきめきと上達していく様は素晴らしい。そして、そういう花道を上手に乗せてコントロールするゴリのテクニックも、やはりメキメキ上達か。

河田兄弟、非常に味があっていいなあ。弟ガンバレ。

2点リードで折り返し、さあ後半戦だ。

後半も2巻ぐらいかけて描くのだろうか。全31巻の残りあと5巻。すると、山王に勝って、残りあと3巻。高校最強の山王に勝てば実質全国制覇だから、あとは決勝で当たる海南にさくっと雪辱して、湘北よ、花道よ、成長したな、とか言わせて終わり、という感じか。
それとも、激闘山王戦の後半をあと5巻かけて描くのか。それでもいいな。

次巻も非常に楽しみである。

スラムダンクの過去エントリ

井上雄彦
スラムダンク 26巻

どうすれば「人」を創れるか アンドロイドになった私/石黒浩

例によって、アンドロイド研究の第一人者、石黒センセの本。新刊らしかったので手に取った。

内容は、著者の代表的な業績を振り返りながら、過去から現在まで、何を問い、何を求めて研究してきたかを、エッセイ風の軽めのタッチで語ってゆくものである。
非常に読みやすく面白いので、石黒さん初めて、という人に特にお薦めしたい。

著者の研究テーマを簡単に説明すると、ロボットの機能的な工学研究ではなく、AI的な研究でもなく、もっと人文寄りの、アンドロイドと人間のコミュニケーション、相互認知の研究となるだろう。

あなたが社会において他の人間と関与する際、その存在を「人間」と認知し、それにふさわしいコミュニケーションを取るはずである。
しかし、ぬいぐるみと関与する際には、対「人間」とは大分異なった振る舞いをするだろう。では、ペットの犬ではどうか?そしてロボットではどうなるか?
あからさまに機械然としたロボットには、人はよそよそしいかも知れない。しかし、ロボットの外見をどんどん人間に似せて精巧に仕上げていったらどうか。振る舞いも人間らしい所作を行わせ、感情のこもった声で、豊かな表情とともに会話させたらどうなのか?もしも完全に人間と見まがう究極のアンドロイドには、人は人間として接するはずである。ではアンドロイドを人間と見なさない、「境界」はどこにあるのか。何があれば人はそのその存在を「人間」と見なすのか。

著者は、双子のようにうり二つなジェミノイドと呼ぶ、精巧な遠隔操作アンドロイドを製作し、それをもちいて人間とコミュニケーションすることで、一体何が起きるのかをつぶさに調べてきた。

もちろん現在の技術では、どんなに精巧に作っても、目の前にいるのが人間ではない、ということはすぐに分かる。それでも、それが分かっていながら、それを通して、本人とコミュニケーションを取る時、目の前のジェミノイドを、本人そのものと感じる事ができる。逆に、ジェミノイドを操作する人間は、カメラを通してジェミノイドと相手が対話するのを眺め、そこで対話しているのは自分自身であると感じる事ができる。
こうした感覚を生み出すためには、実はアンドロイドにはそれほど精巧さは必要がない、という事が分かってくる。それを実証するために、要素を簡素化し、女性をモデルとしたジェミノイドFを開発する。

ジェミノイドFは平田オリザ作演出で世界初のアンドロイド演劇に出演し、大変好評を博した。やっぱり見に行けば良かったなあ。本書でその内容を詳しく読んで大変悔しく思った。もし次回があれば必ず観に行きたい。
アンドロイド演劇では、ジェミノイドFの人間離れした程の美しさ神々しさが評判になったという。しかし、それはある意味、人間を越えてしまっている。人とアンドロイドの間に、ある種の断崖をもたらしてしまう。
そこで著者は、人が人として認知する事ができるギリギリの要素までに削ぎ落とした、テレノイド、を開発する。それは、大人のようにも子供のようにも、男にも女にも見える、髪も手足の指先もない、てるてる坊主のような抱っこ人形のようなアンドロイドだった。

写真で見る限りあまりかわいげの無さそうな姿である。一般の人も初見では「気持ち悪い」「不気味だ」という声が半数以上挙がったという。しかし、一旦、遠隔操作されるテレノイドを抱いて会話してもらうと、ほとんど全ての人が、「かわいい」「楽しい」と感想を漏らすという。本当の子供と話しているようだ、と涙を流すお年寄りまでいたという。

著者は、ここから、コミュニケーションにおいて重要な要素が、本人のイメージの投影であるとする。誰にでも見えない、そして誰にでも見える、要素を削ぎ落としたテレノイドは、コミュニケーションの当人が、いかようにもイメージを当てはめやすい。遠隔操作している人の声から想像する姿をそこに見いだすのだ。可愛い声なら可愛い姿を、綺麗な声なら綺麗な人を、テレノイドに見いだすのだ。そして一旦そうしたイメージの認知が成立すると、不気味なテレノイドの表情も、そうしたバイアスが掛かって見えてくるのである。
人間は、他人を、目で見た姿として感じているのではなく、想像力や経験などによる様々な補正を加えた上で感じているのである。
しかめ面で怖い顔の男性には近づきがたい。しかし、その人が優しく話し、破顔一笑するところを一度でも見た事があれば、同じ造形の同じ表情を見ても、受け取る印象は全く異なってくるのだ。

こうした知見はゲーマーとしても見逃せない所だろう。想像を残す余地のある表現。汎用的な表現から自動的に個性を見いだす人の特性。大変興味深い話である。

腹筋運動で減量したり、ジェミノイドとの整合を保つために美容整形したりと、著者の根性には感服した。

石黒浩
どうすれば「人」を創れるか アンドロイドになった私

ぼく、オタリーマン。2/よしたに

妻が借りていたのでついでに読んだ。

あれ、このシリーズの1巻は読んだかな。読んでないような。立ち読みしたような。とにかく記憶にない。

以前読んだ、理系の人々 に比べたら圧倒的に詰まらなかった。

作者の本職はSEで、IT業界特有のハードワークと本人の自虐やMっ気、そして露出趣味をごたまぜにしたテイストであるが、なかなかピンとこなかった印象。

オタの自虐は変なプライドの裏返しというニュアンスがどうしても臭ってくると言うのが理由の一つ。
二つ目は、勤めもやってたけど、自営の方が長くなってしまったし、そうしたサラリーマンとしての肌感覚がもう薄れてしまった、という事なのかも。

よしたに
ぼく、オタリーマン。2

スリープトラッカー プロエリート

さて、すっかり4時間半熟睡法 が馴染んで、もはや体質といって良いほどに習慣化してきた昨今、スリープトラッカー の発売元、ウェザリージャパンからメールが届いた。

なんでも、スリープトラッカーのデータ分析ソフトがアップグレードしたとの旨。
まさか前のエントリで酷評したことが影響した訳ではないだろうが、それではと、ダウンロードとインストールをしてみた。

何という事だろう。

なんだこれ、というレベルなのである。

正直、メーカーは、このソフトでユーザーに一体何をして欲しいと思っているのか、さっぱり分からなくなった。

誤解の無いように言っておくが、「ソフトの出来映え」は、そこそこ良いものだ。高校生レベルだった前のバージョンとは異なり、これは商用製品として金を取れるレベルである。STとの連携はJavaで動作環境が広く、クラウドを意識したwebベースの作りとなっている。インターフェイスなどデザインは無駄に力を入れたものだ。起動や保存など動作がかなり軽快になったのも素晴らしい(と言うか当たり前の事である)。
グラフやチャートで表示される睡眠分析結果に、初見の人は感嘆を漏らすだろう。

しかし、それがなんだというのか。昨日の睡眠の質がグラフで一目瞭然だからどうだというのだ。世界の人々と睡眠スコアを比較できたからと言って何だというのだ。

昨日の睡眠の質が良かったか悪かったかなど、グラフにしてもらわなくても、昼の2時頃、あるいは夜も更けてから、もしくは起き抜けの気分一発で、誰でも手に取るように実感できる事だ。そんなところに力を入れても意味がないのである。

そんな事よりもユーザーが本当に知りたいのは、よりよい睡眠を得られる「生活習慣」である。
一昨日は睡眠の質が良く、昨日はダメだった。何が違ったのか。何が原因か。
それを探るためのソフトではないのか?

当然、新ソフトにも生活習慣の記録やメモ機能はある。しかしまるでおまけみたいな扱いになり、しかもクリックして別ウインドウを開かなければ表示されず、もちろん一覧表示機能など無い。

facebookなどソーシャル系との連動もばっちりで、非常に格好良く作ってある。
しかし見栄えばっかりで、中身のソフトとしての本質はスカスカである。

開いた口がふさがらないとはこの事だ。これなら、まだ前のバージョンの方がましである。
前のバージョンならまだ、ローカルに保存したデータをCSVで入出力できた分、力業でどうとでもできる余地があったろう。

ということで、やっぱりちゃんとした物が欲しければ、暇を見て自分で作るしかないようだ。

ハレグゥ/金田一蓮十郎

例によって職場でゲットしたマンガの消化。こちらは4巻までを拾う。

メタ系ナンセンスギャグストーリー漫画。

主人公はジャングルで育った(?)中学生ぐらいの少年ハレ。そして相棒(?)のどう見ても人間じゃ無さそうな少女グゥ。ハレの母ウェダが遺産相続で兄から命を狙われているという事で、ジャングルを出て実家に向かうところから物語は始まる。
いきなり同行する事になったジャングルの仲間達数人と自家用機で飛び立つが、パイロットが兄に買収されていたため、一行は無人島に不時着。いきなり波瀾万丈の物語が幕を開ける…。

多分このエントリを読んでいる人はさっぱり設定や展開が分からないだろうと思うが、もちろん、これを書いている私もさっぱり設定が分からないのだ。コミックスには何の説明もない。さらには開始数ページで一挙に十数名のキャラが和気藹々で、覚えきれない見分けられない。

と言うのも、「ジャングルはいつもハレのちグゥ」という10巻の漫画がまずあり、このシリーズはその続編なのである。まずそっちから読めよ、という事なのだ。

しかし、設定などを推測しながら読んでみたが、意外と面白かった。
何が良いって、やはり、不思議少女(?)であるグゥが凄く魅力的なのである。

漫画全体としては、いかにも月刊少年ガンガン、という感じの設定&絵柄&ギャグで、そうした方向としては割合レベルが高い作品だと思う。

わざわざ買ってまで、という事はないと思うが、もし手に入れば前作からじっくり読んでみたいと思う。

金田一蓮十郎
ハレグゥ