非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」 -43ページ目

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

昨日のノンデュアリティのフォローアップ講座には、鹿児島、熊本、金沢、軽井沢から、「私も相手もいない非二元」を直接体験をしにきてくれた。

今回の講座では、私が2年前に経験した父親のイビキが鳴り止んだ話を、久々に語った。

大阪に帰省中、夜、眠ろうとした時、隣の部屋から「ゴーゴー」と響く父のイビキの音が聞こえてきた。
いつもの私なら、隣の部屋に行って、父の鼻をつまんでイビキを止めていた


でも、この日は、イビキの音を聞いている私がいなくなっていて、今、存在しているのはこの音だけであり、静寂の中にゴーゴーという音が現れては消え、また現れては消えていくことに気づいた。

イビキの音を出している父親もいなければ、この音を聞いている私もいない。

あるのは、静寂とゴーゴーの音だけ。
それに気づいた時、ゴーゴーという音は、静寂の中に吸い込まれるかのように静かに消えていった。

昨日、この話をシェアした後、「そして今あるのは、ゴーゴーというイビキの音ではなく、この時計のチクタクという音」と語りながら「この音を聞いている私がいないこと」を伝えると、秒針が刻んでいたチクタクという音も消え、時計を見てみると、秒針の動きも止まっていた。

なんでこんなことが起こるのかと、不思議に思う人もいるけれど、存在しているのは、静寂であり、あらゆる音であるという存在の両面性に気づくと、現れていたものは静寂に戻っていく。

形なきものが、あらゆる形となって現れている神秘さを、昨日の講座では音を通しても、みんなに体験してもらえて、すごく楽しい一日になった。

そして、懇親会の席で、「金沢でもこの非二元のワンデイ講座をやろう」いう話が持ち上がり、「やるかやらないかを決められるような私はいない」という話をしてお開きとなった。

お知らせ
2月開催のノンデュアリティ・エクスペリエンスのテーマは、「愛、自由、幸福」で、先行割引は1月31日までです。


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自分を嫌ったり、自分を愛そうとしたり。
他人を嫌ったり、他人を愛そうとしたり。
 
はたまた、
他人から愛される自分になろうとしたり、他人から嫌われてもいいと思える自分になろうとしたり。
 
二元性でしか物事をとらえられない思考は、いつもせわしなく、愛を求めて動きまわっている。
 
私には私の意志があり、他人には他人の意志があって、それぞれ自分の意志によって動いている。
 
この思い込みから、人は分離感や孤独を感じ、この先、どんな自分になれば、再び「一つ」になれるかと、夢見ている。
 
しかし、愛、幸福を探し求めている個人の私など、二元性の思考が創りあげた偽の自分に過ぎない。
 
愛、幸福を探し求めて、ああでもない、こうでもないと、何十年も悩み続け、改良を試みてきた自分が架空の存在だったと気づいたとき、人はどうしようもなく笑い転げる。
 
そのバカバカしさに、脱力が起こり、笑いが止まらなくなる。
 
でも、笑っているのは、見かけ上は人に見えても、そこにはもう、自分と他人が別々に存在していると思い込んでいた「私」はいない。
 

お知らせ
2月開催のノンデュアリティ・エクスペリエンスのテーマは、「愛、自由、幸福」で、先行割引は1月31日までです。

人がタラレバの話をするのは、これまでの自分はどこかで間違った選択をしたけど、正しい決断、選択ができるようになレバ、未来はもっと良くなるはず。
という、タラレバ思考によって創られている。

 

タラレバ話のもとになっている前提条件そのものが、タラレバ。

思考というものは、たいてい「タラ」と「レバ」の言葉を用いて記述された物語に過ぎない。

私たちが実際に経験しているのは、物語ではない。

それでも思考は、「あなたがもっとこうすレバ」という条件をつくりだしては、夢物語の中に「私」を誘い込む。

あの時、私が、ああ言わずにこう言っていタラ、今頃、私はこうなっていたはず。


あの時、あの人があんなことをやらなけレバ、今頃、私はこうなっていただろう。


私が、あらゆることに感謝できるようになっタラ、きっと幸運に恵まれるようになる。

私がうまく瞑想できるようになレバ、私はもっとナチュラルに生きられるようになるだろう。  

私がハイヤーセルフとつながれるようになレバ、より直感的に動けるようになるだろう。


私が嫌われる勇気を持てたら、人からの評価を気にせず、もっと自分らしく生きられるようになるだろう。

私がもっとお金を稼げるようになっタラ、お金の心配をせずに優雅に暮らせるようになるだろう。

こうしたタラレバ思考の全てが、「全体から切り離されて、私が個人として存在できタラ、個人の自由意志によって、未来をより良いものに変えられる」という分離の思考によって支えられている。

その空想がどんなものであれ、タラレバ思考そのものには、なんの問題もない。

ただ、自分の未来は、自分の計画や自分の行動(もしくは他人の協力)によって決まり、何をやり何をやらないかを決断しているのは私(もしくは他人)、と疑うことなく信じ込んでいるなら、常に、決断を間違えたら将来が大変なことになるというプレッシャーにさらされ、人生が重苦しくなる。

そして、思い通りに事が運ばなければ、「なぜ、あの時、あんな選択をしてしまったのか」と自責の念にかられるか、相手の行動や決断を非難して、タラレバ思考が止まらなくなる。

でも、決断や選択をしている個人など、実際には存在していない。

見かけ上、その人が自分で決めて行動しているように見えても、それをやるかやらないかを決めた個人の自由意志などない。

見かけ上、その人がタラレバの話をしているように見えても、その内容を考え出している思考の主体者はいない。

タラとレバの言葉によって創作されたおとぎ話が、自然に現れでてきているだけ。

お知らせ
2月開催のノンデュアリティ・エクスペリエンスの先行割引は、1月31日までです。

元旦に、ブログのアクセスランキングを気にしていた75歳の父が、「できれば1位になりたい」と言ったので、それからちょこちょこ父の釣船店のブログをいじり続けている。

1月3日時点のランキングと比較すると、アウトドア部門で20位→10位、釣り部門で49位→21位(釣船店のブログとしてはトップ)になった。

20日くらいでここまできたので、本格的な釣りシーズンに入る頃には、どこまでランクアップしているか、かなり楽しみになってきた。

大変なことは、毎日、続けられないけど、ちょこちょこできることなら、毎日、無理なく続けられる。

英語の学習だって、これと同じで、私は毎日、モスバーガーで紅茶を飲みながら、ちょこちょこ洋書を読み続けている。

ブログと違って読書には、変化を示してくれるランキングがない。
でも、その代わり、収入の額が成果が出ていることを如実に現してくれている。

ちょこちょこを積み重ねると、わずか数ヶ月でとんでもないことが起こる。
そのちょこちょこのとんでもなさを伝えたくて、私は今年から、英語脳とビジネス脳をつくれる学習ストラテジー講座を始めた。

お知らせ
私と一緒に、ちょこちょこと学習を積み重ね、英語とビジネスの分野で、これまでにない学習成果を経験したい方は、3月の学習ストラテジー講座にご参加ください。
1月27日(金)まで、先行割引中です。
「非二元(ノンデュアリティ)」と「スイミング」の共通点。
それは、本を読んでわかるものでも、考えてマスターできるものでもないということ。

泳げるようになりたければ、実際に水につかって練習するしかない。
水泳に関する本を熟読して、手のかき方、息継ぎの方法を知り、それを誰よりも詳しく理論的に説明できるようになったところで泳げるようにはならない。

非二元もこれと同じで、非二元の本を何冊読んでも、非二元の話を何度聞きに行っても、それは言葉による理解度を高めているだけで、生とは切り離されてしまっている。

非二元は、哲学でも、理論でもない。
それは、存在であり、生そのものだ。

それは水泳と違って、マスターできるようなスキルでもない。

人は、「生きているのは個人の私」という夢の中で、苦しみから抜け出そうと光を探し求めている。
自分のしっぽをつかまえようと、くるくる同じところを回り続ける犬のように、思考の渦の中に巻き込まれ、出口を探している。

泳げるようになりたければ、本を置いて水につかり、スイミングスクールの先生の指導に従って泳いでみればいい。
そうすれば、水と自分が別々でないことがわかる。

これと同じように、ぐるぐると回り続ける思考のループから抜け出したいなら、非二元の本を置いて、生の感覚の中にダイブしてみればいい。

スイミングスクールの先生が、誰よりも先にプールに飛び込み、「さあ、慣れ親しんだ地上から離れて水の中に入ってきてごらん」と誘うように、非二元のティーチャーたちも、あなたを誘っている。

何かを知ろうともがき続けるその思考の世界から足を離して、ここに飛び込んでごらんよと。

飛び込めばわかることだけど、ここには底がない。
つかめるプールサイドもない。
「底を打ったら上昇が始まる」という概念上のU理論も存在していない。

生に、行き止まるような底はない。
頭打ちするような天井もない。

あるのは永遠のフリーフォール。
底もなく、つかめるものもない、この自由落下の気持ち良さは、理解を手放し、ダイブしてみなければ経験できない。

お知らせ
生の気持ち良さを直接感じてみたい方は、非二元のプライベートセッションか、ノンデュアリティ・エクスペリエンスにご参加ください。
今日は、心理カウンセリングや引き寄せの法則に精通した大阪の女性と電話で非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやった。

ずっと探求の苦しさが続いていて、今日こそ真実を知ってラクになりたい、ということだったので、「苦しんでいるのは答えを探し続けている私だ」と冒頭伝えてから、セッションを始めた。

そして、セッションが終わる頃、真実を知りたがっていた彼女はいなくなり、生だけが残って、その生が非二元のフリートークを楽しみ始めた。
もうそこには、彼女も矢沢大輔も存在しておらず、笑い話だけが自然に現れ出てきた。

そして、最後に彼女はこう語った。
「私が聞きたかった話は昨日のトランプ大統領の演説ではなく、この話だった」と。

この言葉は、まるでアメリカを変えられる「誰か」が現実に存在していると思い込んでしまった人々の夢物語を、一撃にして笑い飛ばしてしまうに充分な生の爆撃花火だった。

色鮮やかな生の花火は、いつも打ち上がっている。
この花火から、切り離されて存在している人も物も存在していない。
何かを変えられるような誰かなんて、そもそも存在していない。

あるのは、いつも花開き続けるこの一つの生だけ。
その生は、既に完璧であり、何も隠してはいない。
生はいつも開けっぴろげ。

その生の美しさを見失える個人の私など、どこにも存在していない。

お知らせ
分離の幻想が崩壊すると、生のフレッシュさをダイレクトに感じながら生きられるようになります。
興味のある方は、非二元のプライベートセッション、またはノンデュアリティ・エクスペリエンスにご参加ください。
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非二元のプライベートセッションのご予約

・2月26日(日)開催  ノンデュアリティ・エクスペリエンス

非二元のフォローアップ講座


今日は、NLP(神経言語プログラミング)のトレーナーと電話で非二元のセッションをやった。

 

セッション中、「統合」「タイムライン」といった言葉が出てきた。

 

何かを統合しようとしている「誰か」もいなければ、統合されなければならない部分的な「何か」も存在していない。

 

タイムラインで語られているような未来、現在、過去という時間も存在していない。

 
存在しているのは、そういった概念ではなく、生の感覚であること。
その感覚は、直接感じられるものであることを確認していった。
 
あるのは、この生の感覚であって、二元性の言葉で語られていることは、すべて概念によってつくられた架空の物語に過ぎないからだ。
 
セッションが終わる頃、彼女は、「これまで自分自身がやってきたと思っていたことも、あると思いこんでいたものも、崩壊し始めてきている。これが覚醒?」とつぶやいた。
 
物語は、それが物語である以上、事実が明らかになれば、こんなふうに簡単に崩壊しはじめる。
でも、リアルに存在している「生」はけっして崩壊したりしない。
生はは絶対なるもの。
これは一度たりとも、壊れたことがない。
 
この生から切り離されて存在していると思い込んでいる、架空の「私」だけが、その孤独、分離感に耐えきれず、統合を求め、よりよい未来を求めて、どこかにたどりつこうと、必死でもがき続けているだけ。
 
でも、そんな私など、夢物語の中の主人公に過ぎず、実際には一度も存在したことはない。
 
お知らせ
分離の夢物語が崩壊すると、生のフレッシュさをダイレクトに感じながら生きられるようになります。
興味のある方は、非二元のプライベートセッション、またはノンデュアリティ・エクスペリエンスにご参加ください。
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非二元のプライベートセッションのご予約

・2月26日(日)開催  ノンデュアリティ・エクスペリエンス

非二元のフォローアップ講座

こんばんは。矢沢大輔です。

いつもブログをお読みいただき、ありがとうございます。

今日は、2月末に開催する非二元のワークショップのご案内です。

人は、愛を求め、自由を求め、幸福を求めて生きています。

ところが、皮肉なことに、これらを求めている限り、愛、自由、幸福は隠されてしまいます。

なぜなら、愛、自由、幸福は、求めて手に入れられるものではないからです。

今回のノンデュアリティ・エクスペリエンスでは、これについて語るとともに、探しに行かなくてもいつもあり続けていた愛、自由、幸福の感覚を直接体験いただきます。

詳細・お申し込みはこちらから
1月31日(火)まで先行割引中です。
人は、2、3歳の頃に、全体から切り離されて存在している「自分がいる」と思い込みはじめる。
 
私は体の中にいて、体を動かしているのは私。
この思い込みも、この時期から強化されていく。
 
一度も確かめられることなく、当然のように信じられてきたことだが、「個人の私がいる」というのは思い込みであり、ストーリーに過ぎない。
 
存在しているのは、個人の私ではなく、全体。
生きているのは、肉体ではなく、生。
 
苦しみや悲しみは、「全体から切り離されて存在している私がいる」という思い込みから綴られていくストーリーの中のもの。
そのストーリーがどれだけ真実のように思えても、それは創作されたストーリーに過ぎない。
 
ストーリーの中の私は、完全性を見失い、不完全さを感じている。
生の気持ちよさを見失い、別の何かでその不快さを埋めようともがく。
再び、全体に戻ろうと、全体を探す。
 
でも、そんな個人の私など、どこにも存在していない。
 
あるのは、生。
ストーリーは、生が見ている夢。
 
その夢から覚めれば、ストーリーは落ち、生のフレッシュさがたちまち全てを埋め尽くす。

 

 

お知らせ

見失われたように思える生のフレッシュさを、再び感じてみたい方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。

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非二元のプライベートセッションのご予約

・2月26日(日)開催  ノンデュアリティ・エクスペリエンス

非二元のフォローアップ講座

日本人が英語を何年学んでも、使えるようにならない理由。

それは英単語の意味を丸暗記しようとしたり、英文の意味を日本語に訳して理解しようとしていたからだ。

昨日の講座では、単語を暗記しようとしなくても、一定のストラテジー(手順)に従い、英文を音読していれば、自然に言葉を覚えてしまう機能が脳に備わっていることを体験してもらった。

人の脳は、どのような単位で言葉の意味をつかみ、記憶しているのか?

これは、認知言語学の分野で研究されていることだが、私が興味があるのは学術的なことではなく、それをどう実践的に英語学習に活かせるかだ。
そして、昨日こ講座では、私が実践して効果を確認できた学習方法を初公開した。

すると、今朝、さっそく、昨日の講座に参加された方から、メールが届いた。
昨日、音読しただけの30単語が、今朝、目覚めると全部覚えられていたという知らせだった。

外国語は、1年くらいの学習でマスターできるものではない。

だから、外国語を習得するために何が一番大事かといえば、毎日、無理なく学習を続けられるようになる学習戦略(ストラテジー)ほど重要なものはないと私は考えている。

これまで、どれだけ英単語を記憶しようとしても覚えられなかったのは、脳の記憶力に限界があるからではなく、学習の方法を間違っていたから。

正しい学習ストラテジーに則って、毎日、音読を繰り返せば、誰の脳でも、英単語を無理なく覚えられることを、昨日の講座で皆さんに実感してもらうこができて、この講座を始めて本当に良かったと感じている。

そして、昨日の講座には、兵庫から関西学院大学の先生も参加してくださった。

先生はこれまで、記憶術などを学び、いろんな方法を使って語彙を増やそうと努力されてきた。
でも、どの学習も脳に負荷がかかりすぎて、継続できないという問題を抱えたままだった。

しかし、昨日の講座で、これまでの学習法では、なぜ、継続学習できなかったかの根本的な解答が見つかり、スッキリした表情をされていた。

そして、「学生たちにもこのことを伝えられる」と喜んでもらえた。

私が日々、実践している学習法が、このようにして関学の先生を通じて若い学生たちにも伝わっていくのか、と思うと私自身の学習意欲もますます上がっていく。

お知らせ
覚える努力なく、英語脳とビジネス脳をつくれる学習ストラテジー講座
次回の開催は3月12日です。