非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」 -13ページ目

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

今日は、朝からカフェで、非二元(ノンデュアリティ )の対面セッションを2本続けて行い、今、帰宅した。

 
1本目は、緊張感が強過ぎて、この10年間、自分の緊張をやわらげるために、いろんな所に通ったものの、まったく改善できなくて行き詰まっていた女性とセッションをやった。
 
はじめに「今も緊張してる?」と訊ねると、彼女は「緊張してます」と答えた。
続いて「なんで、この10年間、苦んできたのか、理由がわかる?」と訊ね、その後、緊張がいつまでもなくならないことが問題ではないことを指摘し、「ところで、今、緊張している?」と訊ねると、緊張がやわらいでいることに、彼女は気づいた。
 
そして、緊張感だけでなく、あらゆることが自分のコントロールの範疇を超えて、ひとりでに起こっている現実を、ダイレクト・エクスペリエンスの手法を使って彼女に体験してもらった。
 
本当の自分が、緊張感を含めて(「緊張感をどうにかコントロールしたい」という思いも含め)、すべてをあるがままに歓迎していた存在だったこと気づくと、彼女はもう何もしゃべることなく、だだだだ安堵感に浸り切りだした。
 
緊張感からの解放は未来にある。
何かの努力の末に、緊張感からの解放は訪れる。
 
その思い込みが、真っ赤な嘘であることに彼女が気づけたところで、セッションを終えた。
 
お知らせ
非二元ファシリテーター養成コースの参加要件を一部変更し、ウェイクフルネスを受けていない方でも、非二元のセッションを2回受けていただければ、受講いただけるようになりました。
ウェイクフルネスを受けられなかった方は、養成コースの開催日までに、電話か対面で、非二元の再セッションをお受けください。
 
10月21日(月)〜11月4日(祝)の間は大阪に滞在していますので、梅田のカフェで対面セッションを行います。
 
 
 

明日の「非二元ファシリテーター養成コース 実習編」では、精神的な苦しみの中にいるクライアントに対して、何を試すように促すと、その場で意識のシフトが起こってラクになり、苦しでいた理由を自ら認識できるようになるのか、その導き方(ダイレクト・エクスペリエンスの方法)を練習してもらう。

 
精神的な苦しみを感じている時、マインドは苦しみから逃れようと、活発に動き続けている。
 
場合によっては、「思考を止めたい」という不可能な考えに取り憑かれ、ますます思考が止まらなくなる循環に陥っている可能性さえある。
 
しかし、非二元(ノンデュアリティ )の気づきの存在に気がつくと、思考の回転は自然にゆるみ出す。
 
誰に試してもらっても、必ず思考はゆるみ出し、それまで閉じ込められていた分離の視点から抜け出て、非二元のプレゼンスから、自分が囚われていた思い込み(苦しみの原因)を見れるようになる。
 
比喩的な表現になってしまうが、非二元の入口には金庫のようなダイヤル付きの扉があり、ダイヤルがきちっと合えば、非二元に通じる扉はすんなり開く。
そんなイメージで捉えてもらうと、わかりやすいかもしれない。
 
そのダイヤルの合わせ方をクライアントに教えてあげれば、ファシリテーターの仕事は、ほぼ完了する。
 
ただし、ダイヤルを合わせるのは、ファシリテーターではなく、クライアント自身なので、クライアントが感じている感覚を訊ねながら、何度かダイヤルを回し直してもらう必要もある。
 
どう導けば、クライアントがすんなりダイヤルを合わせられるようになるか。
 
ここがファシリテーターの腕の見せ所となるので、明日は、この導き方をじっくり練習してもらおうと思っている。
 
お知らせ
10月20日、京都で初開催の「非二元入門」、1席キャンセルが出ましたので、受付を再開しました。
また、10月21日(月)〜11月4日(月)の間は大阪に滞在していますので、梅田のカフェで対面セッションを行います。
 

昨日は、沖縄の女性と東京のカフェで非二元(ノンデュアリティ )のセッションをやった。

 
彼女には、東京で会社を経営している息子さんがいて、その息子さんの病状と経営状況を心配して、たびたび東京にやってきていた。
 
彼女は、息子さんの病状が回復し、経営に専念できるようになれば、自分の心配もなくなり、やっと落ち着けると思い込んでいたが、「問題は、息子さんの病状ではない」と私が伝えると、彼女は少し驚いた。
 
そして、ダイレクトパスの手法(通常の瞑想とは異なる非二元の瞑想法)を使って、その場で非二元のプレゼンスを体験してもらった。
 
どんな感じがしましたか?
と訊ねると、「不思議な感覚です」と答え、彼女は息子さんの病状にかかわらず、自分が平和でいられることに物凄く驚いた。
それと同時に、この平和は、息子さんの病状の回復からもたらされたものではない無条件さに、彼女は気づいた。
 
「でも、この安らぎを感じられるのは、今だけじゃないですか?」
「セッションが終わって矢沢さんと別れたら、また元の状態に戻って不安になり、YouTubeで、私はいない、誰もいない、何も存在していない、と語っている動画を見て、気をまぎらわせる、いつものパターンに戻りませんか?」と彼女は再び、不安がった。
※彼女が実際に観ていたのは非二元のプレゼンス(存在)に関する動画ではなく、「私」をはじめ、あらゆる現れを否定する考え(肯定か否定かの片方=二元論)を語っている動画で、現れを否定するこの極論(二元論)を信じたなら、それは同時にプレゼンス(存在)の否定となり、虚無感に陥りかねないので、要注意。
 
そこで、「そのような不安がもし起きたなら、さっきと同じように、あらゆることをあるがままにしておいてください。
その後、不安な気分をまぎらわせるために、これまでのようにYouTubeに逃避するることになるか、YouTubeを見ないようになるかは、その時になればわかります」と伝えると、彼女は「私が本当に出会いたかったのはこれです。やっと探していたものに出会えました」と彼女は喜んだ。
 
そして最後に「今日、経験したように、幸福や平和は、特定の状況からもたらされるものではないことを知らなければ、今後、息子さんの病状がたとて回復したとしても、今度はお孫さんの健康状態が気になって仕方がなくなり、一生、心配が絶えない人生が続いてしまうところでしたね」と私が伝えると、「ほんと、そうなるところでした」と彼女は笑い、息子さんが暮らす東京の家へと戻って行った。
 
お知らせ
非二元のセッションができるようになるファシリテーター養成コースの開催は11月16日、17日です。
 

マインドは、「私には◯◯が足りない」と言って、その足りない◯◯を手に入れようと動き出す。

◯◯が手に入れば、足りないものがなくなり、満たされると思って。
 
この「不足」から生じるマインドの動きのことを「エゴ」という。
 
エゴは、いろんなものを手に入れたがるが、何を手に入れても、心が満たされるのはいつも一時的で、けっして完全に満たされることはない。
 
「お金が足りない」と感じている人は、より多くのお金が手に入れば、その時、自分は完全に満たされるはず。
そう思って一生懸命お金を手に入れる活動に勤しむのだが、たとえ思い通りに大金を手に入れられたとしても、その喜びは長続きせず、まだ何かが足りない、何かが欠けている、という感覚にさいなまれ、じっとしていられなくなる。
 
「私には理想のパートナーがいない」
「私はまだワクワクできる仕事に出会えていない」
「私には若さや健康が足りない」
「私はまだ悟っていない」
 
エゴはこんなふうに「何かが足りてない」「何かが変わらないと、私は幸せになれない」とあなたをはやし立て、くたびれ果てるまであなたを動かし続ける。
 
しかし、プレゼンスの完全性に気づいたなら、何かが足りないという考えも修正されることなく、現れ消えることが許され、足りないものを探し求めるエゴの動きも自然に消滅する。
 
お知らせ
非二元ファシリテーター養成コースの先行割引は、今月末30日(月)までです。

 

関連記事:現実(非二元)の美しさ

来月、京都で初めて「非二元入門」を開催することになり、以前、私のセッションを大阪で受けてくれた京都在住の女性から、こんなメールが届きました。

京都での開催、本当に嬉しいです!!

言葉ではうまく言えませんが、非二元プライベートセッションを受けた日の帰り道、街が輝いていて、見慣れた梅田の街が、まるで別物のようで、初めて見た街のように見えました。

とても心地良かったです。

転職とか、時間の束縛から自由になりたいという願望がなくなると、ちょっと最初は頼りなく感じましたが、なんだか和やかで、軽ろやかです♪

他の非二元の講座も、京都開催があれば、すっごーーーーく、嬉しいです!!!

(メッセージはここまで)

このメッセージを読んでいて、まさに「日日是好日」だなと感じ、ご本人に許可をいただいて、全文を掲載させてもらいました。

私自身、朝、目が覚めると、部屋の光景が見えだすのですが、机や机の上に置かれたペリエのペットボトルが、まるで絵画のように美しく見え、「こんな美しい絵を描いたのは誰なのか」と息を呑み、しばらくベッドに横たわったまま、部屋の光景や窓から見える空の景色に見惚れる時間が増えました。

見惚れていると、景色を見ている私(主体)と私に見られて景色(客体)の二元性(分離)は消えて、美しさだけになります。

この美しさは、状況によって見え隠れするような二元性の美しさではなく、いつもあるもの。
存在そのものの美しさです。

あるのは、この美だけ。

「いつも見慣れた部屋の光景でしょ!」なんて評価は過去の記憶と比較してしか現実をとらえられない思考によるもので、現実(非二元)の美しさは、そんな二元性の思考に曇らされたことなく、いつもここにあります。

お知らせ
来月20日に京都で開催する「非二元入門」は既に満席となりましたが、4席だけ増席可能となりました。
参加ご希望の方は、お早めにお申し込みください。
また、10月中旬(10月19日までの期間)は大阪に帰省しますので、梅田で対面セッションを行う予定です。
今月末には、セッションをお受けできる日時を決め、ウェブページにて日程をお知らせします。

先週末から「非二元ファシリテーター養成コース」の実習編が始まった。

 
非二元のセッションの前半部で、いつも私がクライアントに確かめていること。
どんな望み(wanting )を持っているかを聞き出し、次にどんな質問をすると、その望みが健全な望みか、それとも苦悩を生みだすエゴ的な望みかを識別できるようになるか?
 
さらには、クライアント自身が自分が苦しむ原因がわからないままでは、これからもデコボコだらけの夜道を懐中電灯も持たずに歩き続けるようなもので、これからも人生につまづき続けるだけなので、苦しみの原因を自ら認識できるようになること(デコボコ道に光が当たること=覚醒)がどれだけ重要なことかを理解できるようになるセッションの進め方を練習した。
 
多くの人は、「自分の望みが叶えば、その時、自分は自由になれる」と疑うことなく信じ込じているけれど、アジャシャンティが語ったように「真の自由(リバレーション)とは、個人的な望み(エゴ)からの自由であること」をクライアント本人が気づけるようになるセッションをできるようになるには、まずはファシリテーター自身が全てをあるがままに受容している開いた存在(オープンネス)であること。
 
そんなことを確認して、1日目の実習編を終えた。
 
お知らせ
昨日、非二元のプライベート・セッションに関して、対面と電話では、どんな違いがありますか?という質問を受けました。
内容的に違いは何もありません。
電話でのセッションは、主に遠方にお住いの方のためにやっています。
ですから、どちらにしようか迷われている方は、交通費などを考慮してお決めください。

先週末は「スマホで英語を話せる脳をつくれる科学的学習法」を開催した。

 
英語指導を仕事にしている男性をはじめ、日本酒の魅力を海外の人たちに伝えたくて英会話を学んできた女性、外国人観光客が多い京都の百貨店に勤めている女性、矢沢永吉の熱狂的ファンの男性などが参加してくれた。
(この日は矢沢の日(8月30日)の翌日だったので、休憩時間に永ちゃんの曲を流して過ごした)
 
冒頭、日本人が6年英語を学んでも話せるようにならない日本の英語教育の問題点(英単語の意味をバラバラで記憶する/英文を和訳する/カタカナ発音など)を指摘し、どのように学習の仕方を変えると、大人になってからでも数ヶ月の訓練で英語を話せるようになるかを伝えた。
 
また、京都から来てくれた女性は、私のことをはじめは「非二元」を検索していて知り、非二元を伝えている人が、なぜ英会話の学習法を教えているのかを不思議に思い、参加してくれた。
 
英語は「言語」なので、マインドが言語をどう処理して意味を理解しているのか、その機能を知っていれば、日本語を先に覚えた日本人が、英語を学ぶ際に、先に覚えた日本語をどう活かして学習を進めれば、スムーズに英語を話せるようになるかがわかる。
 
その一方、非二元(ノンデュアリティ )は、言語を処理しているマインドの機能によってつかめるものではないので、頭を使って非二元を理解しようとガンバるほど、非二元性を直接体験できなくなる。
 
でも、世の中には、非二元とは何か?を言葉で伝えようとしている人たち(概念的に非二元を理解している人たち)が少なからずいて、その人たちがYouTubeを使って自論を披露すると、それを観た人たちまで、非二元を概念的に理解できるものだと思い込んでしまう。
 
でも、非二元を頭で理解しようとしても、概念的な知識がどんどん増えるだけで(思考がとめどなく回り続けるようになるだけで)、日常生活や人間関係、仕事において感じていた問題や重苦しさが、消えることはない。
つまり、まったく機能しない(役に立たない)。
 
多くの日本人は、英語を6年学んでも、英語を話せるようにならない。
「非二元」を知っても、それをマインドで理解しようとして、いつまでも核心に至れない。
 
英語においても、非二元においても、的外れなことをやり続けている限り、そのガンバリが機能する(役に立つ)ことはない。
 
だから私にとって、英語はマインドを使って理解できるもの、非二元は直接体験(ダイレクトパス)によって理解できるもの、という違いはあるけれど、どちらにおいても「機能しない」アプローチには興味がない。
 
やってもやっても話せるようにならない日本の英語教育と、修行、苦行をどれだけ重ねても非二元性に気づけない日本の宗教的アプローチは、どちらも機能しない点において、同じトラップにはまり込んでいる。
 
仕事とは、英語で言うと「workする(機能する)」ことなので、やっても機能しないことをやり続けているなら、それは「仕事をしている」とも「学んでいる」とも言えない。
 
だから、私にとっての仕事(機能)は、機能しないことを機能するように、その方法やアプローチを教えることで、この機能(働き)はひとりでに起きている。
 
お知らせ
次回の英語講座は、12月か1月に開催する予定です。

先週末の「お金を求めて働きつづける欠乏サイクルからの解放」では、「このままでは将来、お金が足りなくなる」という恐れ(エゴ)から、新しい職業(仕事)を得るために私がどれほどの時間とお金を使い果たしかをお話しした。

 
コピーライターであったにもかかわらず、コーチング会社が仕掛けた誇大広告にまんまと引っかかり、百数十万円を投資してしまったこと。
その後も、アメリカ発の様々なメソッドを学んだものの、何をやっても生計を立てられるようにならなかったこと。
 
そして、非二元(ノンデュアリティ )に出会ってから、自分がやってきたことが、二元性(幻想)の「幸せのレシピ」に基づくもので、現実(非二元)を捉えそこねたそのレシピに従ってどれだけ前進を試みても、回り車の中を走り続けるモルモットのように、真の幸福にたどり着けないこと。
より多くのお金、より良い仕事を求めて走り回る動き(エゴ)こそが、生命との不調和、摩擦を生み出す動きで、その動きが消えると、生命の順調な流れだけになることをお伝えした。
 
追伸
「会社は仕事をする場所だ」とみんな思い込んでいるけれど、実際は「権力争い」「出世争い」など、エゴの生き残りのための争いに大量のエネルギーが放出され、仕事をする(機能する)場にはなっていないケースが多い。
 
でも、私が知っている非二元(現実)に目覚めている禅師は、仕事の場においては一部上場企業の会長の職につき、周りの社員を本源に向かわせる働きをされている。
 
生命の活動は、「禅寺」「会社」という限られた空間に縛られることなく自由。
 
この禅師の存在を知らなければ、私の活動も知らず知らずのうちにもっと限定されていた気がしている。
 
お知らせ
10月20日(日)に京都で初めて非二元の講座を開きます。
 

「非二元(ノンデュアリティ )に目覚めるのに、どれくらい時間がかかりますか?」と時々、質問される。

 
非二元性の気づきは、時間や距離が存在しているように感じる三次元ではなく、時間も距離もない無次元のものなので、「時間はかからない」としか言いようがない。
 
だから、非二元に目覚めるのに、時間をかけて、ああでもないこうでもないと思考を重ねる必要はない。
目覚めることを目指して、さまざまなワークに取り組む必要もない。
 
もし、それをやっているなら、非二元の扉は閉じる。
 
なぜなら、非二元を目指すマインドの動きこそ、エゴ(自我)を活気づかせている動きだからだ。

非二元は、現存(プレゼンス)であり、自己そのものであり、それに気づけるのは今以外にない。
 
では、なぜ、非二元のセッションを行うのに、私は80分もかかっているのか?
 
その理由は、本当の自己ではないセルフイメージ(良いイメージであれ、悪いイメージであれ)を自分だと勘違いしている人が多く、その誤解を解くのに、少々の時間を要するからだ。
 
お知らせ
京都で初開催の非二元入門の受付を開始しました。
 

複数の体や物質が、それぞれバラバラに存在している。

あなたが、この分離の考え(唯物論)を信じ切っているなら、宇宙(世界)はその通りに反応する。
「自分と他人」「自分と世界」の分離を証拠づけるような考えにばかり意識の焦点が当たり、「分離」がリアルなものに見えてくる。
 
でも、これは「信じ込み」によって起きている一種の催眠状態(幻想)に過ぎない。
 
だから、あなたがもし、苦しみや、焦り、落ち着きのなさをリアルに感じているなら、分離感から派生した何らかの考え(幻想)をいまだに信じこんでいることになる。
 
しかし、体や物質がそれぞれバラバラに存在しているという考えは、一つの考えに過ぎない。
その考えを信じ込むことをやめれば、宇宙はありのままの姿を現す。
 
「二つのもの(複数性)がない」という非二元がリアル(現実)で、複数の体や物がバラバラに存在しているという考え(唯物論」が非現実な幻想であったことがはっきり認識できるようになる。
 
追伸
今日、ここで語ったことは、「思考は現実化する」というアメリカの新興宗教の教えとは、何の関係もありません。
思考は思考に過ぎず、思考以外のものにはなり得ないからです。
ここで言っているのは、どんな考えであれ、その考えを信じ切れば(信仰されれば)、その思い込みを裏付けるような証拠ばかりが見つかり、その考えが事実のように思えてくる、という思考がつくりだしている幻想のカラクリを指摘しているに過ぎません。
ですから、あなたが「思考は現実化する」という考えを本気で信じたなら、「悪いことを考えてしまったから、現実化してしまったんだ」「これからは良いことだけを考えるようにしよう」という、思考の渦にどんどん囚われるようになり、思考を調整することに一生を捧げるような人生が現実の人生のように思えるようになります。
でも、これも思考を信じることから始まった幻想に過ぎません。
 
お知らせ
京都の町屋カフェでの「非二元入門」のお申し込み受付を開始しました。