「言葉では語れない領域のことを、なぜ、こんなに熱意を持って言語化できるんですか?」
どうやら彼女から見ると、セッションをやっている最中の私は、すごく熱意を持った人物に見えたらしい。
それで、少し考えてから、私はこう答えた。
「言葉で表現するのは難しいけど、あえて言葉にするなら、気持ちいいからじゃないかな」
「気持ちいい」という言葉は、たった5文字で表された言葉に過ぎないけど、直に感じている気持ちよさは、「気持ちいい」という5文字で表せるほど浅はかなものではない。
だから、この気持ちよさは、到底言葉で表現できるものではない。
でも、私はこの気持ちよさを四六時中感じながら過ごしている。
たとえば、風呂の湯船に浸かっているだけで、とろけるほど気持ちよくなるし、体をボディブラシで洗っている時も、頭をジャンプーしている時も気持ちいい。
風呂から出てバスタオルで体や頭の水分を拭いている時も、その後、ベッドに横たわりながら音楽を聴いたり、Netflixでテラスハウスを観て大笑いしたりしている時も気持ちいい。
そして、部屋の灯りを消し、眠りに落ちるまでの間もあまりに気持ちよくて、知らぬ間に眠りに落ちてしまう。
そして、この気持ちよさは、新型コロナの感染が拡大して会場が借りられなくなり、思うように講座を開けなくなった今も、まったく消えることなく、ここにあり続けている。
今、ブログを書いているこの瞬間も気持ちいい。
だから、なぜ、非二元(ノンデュアリティ )のセッションをこれだけ熱意を持ってやっているのかと聞かれれば、「私が知る限り、これほど気持ちいいものは他になく、人に何か伝えたいことがあるとするなら、これ以外のものはないと思えるから」ということになろうか。
人生に起こる出来事につられて、苦悩している人、落ち込んでいる人を見かけたら、私はこんなふうに声をかけたくなる。
これ、試してみなよ。
その場で即、気持ちよくなるからさぁ。
僕はドラッグを一度もやったことないから、ドラッグでぶっ飛んだ時の快楽は知らないけど、非二元性のこの気持ちよさを体感するのに、ドラッグなんて必要ないから。
つまり、特定の何か(物質)に依存する必要もないし、それを買うためのお金もいらない。
しかも、この気持ちよさを一度知ったら、ほんと、何かに頼って得られる一時的な快楽なんて、どうでもよくなっちゃうから・・・と。
ここでドラッグについて少し語っておくと、日本ではドラッグの依存症になった人に対して、依存症を断ち切るリハビリが行われているが、どれだけ治療やリハビリを施しても、再びドラッグに手が伸びる可能性は極めて高い。
でも、アメリカには、長年、ドラッグにハマっていた人たちが、非二元性(ノンデュアリティ )のプレゼンスの気持ちよさを知り、ドラッグに頼る必要がなくなった人たちがいっぱいいる。
(そして、その人たちが非二元のプレゼンスについて伝えていたりする)
なぜなら、ドラッグによって得られる快楽は一時的なものだが(それ故、ドラッグの常習性が増すことになる)、非二元性のプレゼンスからもたらされる気持ちよさは、いつでもここにあるものだからだ。
みんなが探し求めているのは、この気持ちよさであって、この気持ちよさを言葉で表現することはできない。
でも、どうすればこの気持ちよさを感じられ、その逆に何が始まるとこの感覚が消えて苦しみを感じだすのか、というメカニズムなら、私はよく知っている。
だから、私はセッションで、その時点でなんらかのつらさを感じているクライアントさんに、その場でその苦しみから自由になれる方法を伝え、言葉では表現できない気持ちよさをクライアントさんに直接体験してもらうようにしている。
これ以外に、言葉では到底表しきれないこの気持ちよさを人に伝えられる方法などあり得ないから。
おそらく、こんな思いが、先日のセッション中、「熱意」となって現れていたのではないかと、私には思える。
お知らせ
新型コロナの外出自粛要請が解除されるまで、非二元(ノンデュアリティ)のプライベートセッションは、電話でのみお受けしています。

