エゴを敵視する必要のなさ | 非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

厚労省が公表した新型コロナの全国クラスターマップによると、日本には感染拡大の基点となった15の施設が存在することになっている。

しかし、このマップには、どういうわけか、感染者が700人あまり出たクルーズ船の事例が抜け落ちている。
(省かれた理由が、700名という数が小規模には当たらず、大規模だからということなら、なぜ、大規模感染を省いて伝える必要があるのか、その意味がまったく不明)

そして、クルーズ船内の環境は、先日、発表されたウイルスが感染しやすい場所の特徴を3つとも満たしている。

(1)換気の悪い密閉空間
(2)多くの人が密集していた
(3)近距離(互いに手を伸ばしたら届く距離)での会話や発声が行われた

感染が拡大しやすい船内で2週間に渡る待機を命じ、国内最大の感染拡大を生み出しながら、この事例はマップから省き、より小さな感染拡大施設に目を向けさせようとする意図は何なのか?

感染が各地に広がった今、このようなマップを見せられても、私たちにできることは何も変わらず、頻繁な手洗いとマスク着用ぐらいしかない。
(そして、予防のためのその消毒液やマスクさえ、私たち生活者には回ってこない状況が続いているのに、こんなマップを今、公表することにいったい何の意味があるのか?)

もし、公表した意図が、「私たち政府が指示、命令したことは何も間違っていない。
問題は、私たちではなく、あちらの人たちだ」ということなら、それはエゴのつぶやきだ。

こうして、エゴは、自らの外側に問題をつくり出し、自らを守ろうとする。

でも、エゴを悪者にして敵視する必要もない。

エゴがやれることといえば、せいぜい「私は正しくて、間違っているのは私以外の誰か」という程度のでっちあげ。

この主張を鵜呑みにしなければ、何の害もない。

つまり、主張者(エゴ)の正当性を訴える主張に過ぎないと分かっていれば、エゴの主張には何のパワーもない。

お知らせ
「新型コロナウイルス」という名前があるからと言って、新型コロナウイルスという固定された客観的物質が存在するわけではない。
なぜなら、ウイルスに限らず、あらゆるものが変化し続けているから。
その証拠に、科学者たちが、どれだけ新型コロナの正体を突き止めようとしても、いまだにその正体をつかめない。
もし、このまま予定通りに4月のウェイクフルネスを開催できるなら、この辺りの話から始めようと思っています。
また、(非二元)のプライベートセッションを受けたくても、新型コロナの感染が気になり、外出を控えたい方は、この時期、電話でのセッションをオススメしています。