SAVE Angelina!!【富士見丘アンジェリーナ】
12月3日(日)さわやか杯少女大会の東京都中央大会に進出を逃した富士見丘アンジェリーナが井の頭線富士見ヶ丘駅前の『華の舞い』で納会&クリスマス会を行った。
6年生の参加する公式大会を杉並少女大会(後期)を残すだけになった富士見丘アンジェリーナですが、6年生が抜けた後の来年度はチーム存続の危機となった状態は脱していません。
昨年の第25回さわやか杯少女サッカー大会で東京都3位になり一昨年は関東ガールズエイト大会まで勝ち進んだチームが解散の危機に見舞われようとは思ってもいなかったのが正直な気持ちです。
残った女子4名については富士見丘蹴球団としては男子登録は考えておらず下記3案の中から選択して欲しいとの提案を監督から頂きました。
1.きさらぎ杯で合同チームを結成する他チームへの移籍。
2.自分で選んだ他チームへの移籍。
3.12月末もしくは合同チームで参加するきさらぎ杯終了までに最低人員の11人以上の部員を集める。
女子チームと男子チーム両方で父母でもある私としては思う事は多々ありますが、現状はこの3つの選択肢となります。
そして富士見丘アンジェリーナ存続には3番の期限付きの部員増のみとなりました。
娘たち5年生以下のメンバーは3日(日)に合同チームで参加する高井戸FCレオナスさんの練習に参加をさせて頂きチーム関係者の皆さんから温かく迎え入れて頂き子供たちも楽しく練習をさせて頂きました。
練習後の娘たちの感想も一同に『凄い楽しかった』との事でしたが、移籍の話になると出来れば『富士見丘アンジェリーナ』で試合をしたいと言うのが本心でした。
残った4名中2名は富士見丘蹴球団OBの妹であり、富士見丘蹴球団サッカーを小さい頃から見ていたので『富士見丘アンジェリーナ』でプレー出来ればとの気持ちは大変理解出来ます。
2年生の息子や5年生男子キャプテンも姉が『富士見丘アンジェリーナ』だった事もあり富士見丘蹴球団を選択したように男子・女子双方の存続が富士見丘蹴球団全体の発展に繋がると私は思っています。
娘たち2人も女子チームに誘われた際に宝陽幼稚園時代から同じチームでプレーした男子や顔馴染みがいたので入部した経緯があったので、本心としては『富士見丘アンジェリーナ』の存続を願っているようです。
中学でもプレーを続ける気持ちがある娘も相当悩んでいるようですが、自分が残ることによって先輩たちの築いた富士見丘アンジェリーナが存続するのであればチームに残りたいとのことでした。
現場の担当コーチレベルも『人数が集まれば当然存続したい』との全員一致した意見だったので、5年生以下の父母は昨日から皆さんに部員募集へのご協力をお願いする声を掛けさせて頂く事にしました。
富士見丘アンジェリーナ存続の為に皆さまのご協力をお願い致します。
女子サッカーに興味がありチームに参加頂ける方は
トップの富士見丘蹴球団official Web Site(担当木村)
info@fujimigaoka-shukyudan.com か当ブログ右横の『メッセージを送る』にてお問合せ下さい。
富士見丘蹴球団主催交流試合【2年生・1年生】
12月3日(日)富士見丘蹴球団は都内各2年生チームを招いて交流試合を行いました。
2年生は今月中旬に行われる第5砂町招待大会の前哨戦として良い試合をして欲しいと思います。
そして1年生チームは1学年上の試合を2試合組んでもらって経験を積んで欲しい。
今回の交流試合では息子の出身幼稚園のOBチームである宝陽幼稚園OBサッカー部も参加する事になり息子としては幼稚園時代に一緒にプレーした同級生との久々の再会となりました。
しかし残念なことに富士見丘蹴球団1年生チームの対戦相手が宝陽幼稚園OBサッカー部(1・2年生)と方南サッカーサークル(2年生)となり2年生の息子は出場出来ないようでしたが息子ともう1人の宝陽幼稚園出身の2年生の出場直訴により後半最後の5分間だけの出場が認められました。
試合は10分ハーフの前後半で行われました。
富士見丘蹴球団主催
交流試合【結果】
【2年生チーム】
富士見丘少年蹴球団 ○5-0 油面サッカークラブ
富士見丘少年蹴球団 ○2-1 府ロクサッカークラブ
今日は守備的なポジションでの起用が多かった3トップ
【1年生チーム】
富士見丘少年蹴球団 △1-1 宝陽幼稚園OBサッカー部【1・2年生】
富士見丘少年蹴球団 ●0-2 方南サッカーサークル【2年生】
息子が2年前まで着ていた懐かしい赤いユニホームとの対戦
2年生第1試合の油面SC戦は普段通りのメンバー配置で戦った。
フィニッシュの精度に問題があったが、積極的な攻撃でチャンスは多く試合は進んだ。
後半からはポジションの前後を変えたが問題無く試合を終えた。
第2戦は強豪の府ロクSCとの対戦となったが、前回の府ロク招待大会で3チームに分けていた府ロク各チームを選抜してのベストメンバーでの対戦となった。
前半はトップ2枚をベンチに下げ普段は後目のポジションが多い子供を前線に上げて経験を積ませる試合となった。
試合は押されながらも守備が得意な2人がトップの位置からもプレスをしっかり掛けチーム全体で守れていたが、相手に与えた少ないチャンスを決められ0-1で前半を折り返す。
後半はトップ2人を投入し普段通りの配置で試合に臨み3トップの連動で2点を奪い逆転で府ロクSCに勝利を収めました。
後半の攻撃では3トップの中で後半から投入された2人(中央、左)が上手くポジションチェンジをしながら右トップのドリブラーを上手くフォローしていました。
1対1が強い右トップは縦横無尽にドリブルで仕掛けて行くのが得意なのでトップ中央が右トップの動きを見ながら右サイドに流れる、1つポジションを下げるなどをしてバランスを保ち左トップと良いバランスの攻撃を展開していました。
この前線の3人は低学年世代では徹底的に個人技や1対1の強化をする富士見丘蹴球団の練習ではポジショニングなどの指導を受けてはいませんが、お互いが試合中にコミュニケーションを取り『俺がここに居たよ』『パスはここに出してくれ』『こっちのサイドが戻りが遅い』とかの意見交換をしており良い攻撃を展開する要素にもなっています。
この部分での周りを見る力は2年生チームのレベルは高く1学年上のチームにも勝ると感じます。
試合後には府ロクSCコーチから『うちの子供も4年生まで富士見さんに預けるから育てて貰って5年生で返してもらおうかな』などの冗談を交えたお褒め?も頂いたようです。(もしかすると高学年は負けないよとの意味かも知れませんが・・・)
3試合目は完全にテスト的な布陣となりGKがバック中央、トップ中央、左サイドが後のポジションに入り前後、GKのポジションを入れ替えて臨みました。
試合はピンチも無く0-0で終えましたが、フィニッシュの精度が低く得点を奪えず、守っても3試合目にもなり詰めが甘くなった事により一番悪い出来の試合となってしまいました。
試合を見て思ったのは最近のむさしのJrリーグでプレーしている8人制フルコートに比べ同じ8人ハーフコートの試合になった為、パスなどを展開するスペースの少なさに戸惑っていたように思います。
個人技の部分では狭いピッチでの『トラップが大きく相手にボールをカットされてしまう』『相手に詰める反応が遅れる』などの問題は広いピッチに慣れた弊害だと感じた。
8人制フルコートの試合であれば、多少トラップが大きくても相手にボールが渡らないし詰める反応が遅くてもピッチが広ければある程度の脚力で補えてしまう。
しかし狭いピッチでのこのようなプレーはすぐ失点に結びつく命取りの危険がある。
広いピッチでプレーをする事により周りを見るなどの部分での成長はあるが、基礎技術の部分での失敗が隠れてしまう一面もある事に気付かされた試合でした。
バックに入った2年生守護神も落ち着いたプレーを披露
1年生の試合では2年生との対戦となりましたが、宝陽幼稚園OBサッカー部の2年生チームは女子が多いいとの理由から1年生だけでの試合となりました。
息子の同級生ではある2年生女子は幼稚園時代から運動能力の高い子が多く港区サッカー大会でも女子単独チームで3位(男子:優勝)になる結果も残しており決して侮れません。
そして富士見丘蹴球団の体験練習に来て大活躍した男子2人と1年生男子を含んだチーム構成は富士見丘蹴球団1年生にとっては難しい試合になると思います。
試合は前半からお互いが団子サッカーを展開するが、宝陽幼稚園の最後尾に控える2年生男子が良い守りを見せながらチャンスには前線まで持ち上がっていた。
そして体験練習に来た2年生がDFに上手く身体を入れながら鮮やかなシュートを放ち1点のリードを許してしまう。
幼稚園旧友との試合を楽しみにしていた息子たち2年生2人はコーチの計らいで最後の5分間の出場を許された。
出場の条件としては『チャンスメイクに徹してシュートは打たない』との厳しい条件でしたが、2人とも久し振りの再会とサッカーが一緒に出来る事が嬉しいようでした。
2人の出場に宝陽ベンチのお母さんから『反則!』の声も(笑)
後半は2年生女子の中心選手を揃えた宝陽幼稚園でしたが、前半の男子1・2年合同チームより動きは良かったと思いました。
1点のリードを許して残り5分から投入された2人は徹底的にチャンスメイクに徹してゴール前にラストパスを供給し続けました。
そして同じく宝陽幼稚園出身の富士見丘1年生がゴールを押し込み1対1のドローで試合を終えました。
息子たちは試合後の挨拶で宝陽ベンチの園長先生の前に並んだ時は嬉しそうに笑っていました。
5分間の短い時間とチャンスメイクのみとの条件付でしたが、お世話になった園長先生や同級生たちに成長した自分たちを見せられたと思います。
そして解散危機にある富士見丘アンジェリーナの父母としては数多く来校し楽しそうにサッカーをプレーしていた宝陽幼稚園サッカー部の女子がOBサッカー(小3年まで)後もサッカーを続けてくれることを心から願います。
試合中はずっと笑顔でプレーしていた息子であった。
第2試合は方南2年、富士見丘1年ともに団子サッカーの様相であったが体格に勝る方南2年生が試合を制した。
1学生上の2年生と2試合を戦った1年生チームは試合経験を積む中で『どこかボール貰いやすいか』などを体感し良いポジションを覚え富士見丘蹴球団で徹底的に指導される基礎と1対1を使って欲しい。
以前より周りを良く見てピッチを広く使えるようになった息子
前日のむさしのJrリーグ3年生大会に出場した息子は『今日の試合はチームメイトに試合経験を積ませる』との方針を担当コーチから伝えられ試合の半分をベンチに控えるか守備的なポジションでの出場となった。
元来、息子は前線で張っているトップよりボールを奪いに行けるトップ下が好きなので守備的なポジションで相手に思う存分ボールを奪い、カットしてチャンスの芽を摘んでいました。
前日の高尾までの遠征は2年の息子にとってはハードであったようで帰宅後は夕飯も食べずに寝ていました。
試合では得点こそしていましたが、前日の疲れからかそれともピッチが狭くなったせいかは分かりませんがフィニッシュをバーに何度も当てるなど精度を欠く部分が目立ちました。
しかし3年生の試合でピッチを広く使うことを覚えた息子は府ロクSC戦の後半は周りを良く見て決定的なラストパスを出す余裕が出ていました。
最近、息子と『動き出した時点で周りを見てボールを上げる、出す時点でピッチの反対サイドまで見る』との1回のプレーで2度ピッチを広く見るとのマリノスプライマリー川合監督の指導を聞き自分も実践出来るかと興味を持っていたようで、少し前の試合やヴェルディSSの練習で意識して挑戦していた部分が少しずつ形になってきたようです。
息子たち富士見丘蹴球団2年生チームは12月中旬以降に2週に渡る五砂招待(江東区)もあり、強豪チームが集う大会らしいので日々の練習成果が発揮出来るように頑張って欲しいと思います。
第五砂町招待大会もがんばれ!
富士見丘蹴球団2年生チーム!!
むさしのJr第2節の明暗【富士見丘蹴球団4年・3年】
12月2日(土)富士見丘少年蹴球団4年生・3年生チームはむさしのJrリーグの第2節をが八王子市狭間(京王線)にあるグランドに遠征した。
第1節は強豪である府ロクSCなどとの対戦ながら連勝でスタートした富士見丘少年蹴球団ですが、今日の対戦相手となる南八王子SC、白百合SCも八王子市では古豪であり厳しい試合になると思います。
息子たち2年生2人は3年生チームの補充メンバーとして遠征に帯同させてもらいました。
今回の試合は同じ京王線沿線とは言え高尾駅の1駅手前の遠方となり朝7時集合と長い電車移動と子供たちには厳しい状態での試合となります。
試合は4年生・3年生共に8人制で行われました。
むさしのJrリーグ第2節
4年生大会【結果】
富士見丘少年蹴球団 ○6-0 南八王子サッカークラブ
富士見丘少年蹴球団 ○3-1 白百合サッカークラブ
2節終了時成績
富士見丘蹴球団【4年生】4試合4勝0敗0分
27得点2失点 失点差+25
3バックの両サイドからの攻撃参加がチームを活性化
3年生大会【結果】
富士見丘少年蹴球団 ●0-4 南八王子サッカークラブ
富士見丘少年蹴球団 ●1-4 白百合サッカークラブ
2節終了時成績
富士見丘蹴球団【3年生】4試合2勝2敗0分
10得点11失点 失点差-1
せっかくの決定機を外し流れが相手に行ってしまう。
試合は4年生チームについてはジュニア杯以降に初めて見た試合であったが、3バックの左右が積極的に攻撃参加をし運動量豊富な上下動を見せた。
上がった裏をつかれた場面もあったが、これに関して言えば中盤の1人が戻るなどのチームとしての動きを覚える必要があり、それが出来れば2人の上がりはチームに動きが生まれる。
普段は前がかりになり過ぎないように左右どちらかが残るなどの2人のバランス意識が付けば、追いかける展開で怒涛の攻撃を展開する為のオプションになるだろう。
トップの決定力などの問題はあるものの中盤、バックなどのメンバーが固定されつつあるポジションは安定感が出てきた。
再出発の4年生チームの危なげない試合は見事です。
3年生の第1試合は先発を全員3年生を据えた。
最終ラインで良いカバーリングを見せるキャプテンとエースFWを欠く布陣で挑んだ試合ではあったが、バック中央に入った子の快足を生かしたカバーリング、相手の動きを読む能力など新たな可能性を発見することが出来た。
しかしポジションを試行錯誤している段階のチームはメンバーの特長などを探る為に色々なポジションでの起用となっていましたが、全体的にスピードの無い動きの重いチームであり1年後のジュニア杯までのチーム作りの難しさが伺える。
このチームはサッカーの個人技や基礎運動能力の部分では能力を持っており面白いチームではあるのだが、ゲームでの連帯性が低い為、単発な個人練習のようなドリブル一辺倒になり前線までボールを運び詰まった後に周りのチームメイトを探して出す意識的なパスなどは皆無である。
たまに出るパスも意図では無くスペースに蹴り込む物やクリアーであり、前に出たボールは前線で張っている人間の個人技頼みのサッカーになってしまう。
バック、トップ中央で起用され新たなチームの軸となる活躍
2試合目は攻撃的なポジションに2年生2人を入れ後半途中まで1-1の同点と善戦していましたが、勝ち越し点かと思われたシュートがバーに弾かれてしまいました。
そいして2年生2人を下げもう一度流れを戻そうとしましたが、交代直後のカウンター気味の逆襲で勝ち越しを許しそのまま3点を追加されてしまいました。
2試合目も負けはしましたが、トップに入る事が多かった3年生副キャプテンがゴールキーパーとして見事な飛び出しとガッツ溢れるプレーを見せてくれた。
3年生の場合GKとしての軸が不在で2年生GKを補充することが多かったのですが、3年生副キャプテンがある程度GKの軸になれるようだとチームの背骨となるセンターラインが固まると思います。
以前に比べ3年生相手でも1対1は負けないようになった。
息子たち2年生は1試合目の後半から出場となりましたが、リードを奪われた状況を何とか挽回をしたかったのですが残念ながら得点を奪えず試合終了となってしまいました。
しかし以前に比べアウトを使うようになりスピードのある1学年上の試合でもドリブル突破などのチャンスメイクは出来るようになったと思います。
今日の課題と言えばフィニッシュの精度が悪く積極性に欠けました。
これは2年生チームの常に誰かが走り込んでくれているサッカーへの慣れなのか、パスを出す仲間を見てしまうのである。
今日のような連携が取れていない試合ではもう少し自分で決める積極性が欲しい。
2試合目は先発で出場した2年生2人だが、0-1でリードされた局面でゴール前の密集で足技で4人を抜き決めたシュートはお見事であったと思います。
結局試合はGKの身体を張ったファインセーブなどで1-1で後半まで行きましたが、息子は追加点を奪えず交代しその後3点を失い連敗という結果となってしまいました。
選手権開幕の12月到来【全国高校サッカ-選手権】
いよいよ12月師走に突入しサッカーシーズンのクライマックスを向えます。
Jリーグでは12月2日(土)に長いシーズンの年間チャンピオンが決まる浦和vsG大阪戦が行われます。
そしてJ1・J2入替え戦、天皇杯サッカーと見所満載のプロサッカーですが、もう1つの冬の風物詩である『全国高校サッカ-選手権』も開幕します。
この時期にテレビから流れる選手権のテーマ曲『ふり向くな君は美しい』を聞くとクラブユースでプレーする中学3年生が進路を高校サッカーに変えようかと悩むぐらいに魅力があり感動的な大会なのです。
今年の東京都のAブロック・Bブロック共に白熱した決勝であり、特に都立久留米高は後半ロスタイムの劇的な決勝ゴールで前評判を覆しての全国大会出場を叶えた。
この都立久留米高は少子化の波に飲み込まれ統廃合で来年3月で廃校が決まっている。
そんな中で全国大会出場の切符を勝ち取るところなど、Jリーグの横浜フリューゲルスの天皇杯快進撃を彷彿させる。
私の勤める会社で隣のセクションで働く男子が都立久留米高サッカー部OB(中村憲剛と同期)であるが、等のOB本人も全国出場を勝ち取ったのは驚きであったらしい。
しかし常に彼が言っていた『今の3年には絶対に勝たせてやりたい』言葉が現実になり本当に良かったと思う。
彼から聞いた話では、今の3年生は都立久留米高の廃校が決まっていて後輩が入学してこないのを承知で『久留米高でサッカーをしたい』と言って入学してきた部員です。
都立久留米高サッカー部OBが運営している杉並区のクラブチーム(大宮ソシオJrユース)からも『久留米高でサッカーをしたい』とコーチの母校に数名が進学をして行った。
私は今大会で、この3年生だけの都立久留米高が1試合でも多く一緒にプレー出来るように心から願っている。
がんばれ!都立久留米高サッカー部!!
全国高校サッカ-選手権大会東京都大会
歴代東京都代表一覧*【】内は全国大会成績
第 9回(1926年)暁星中【ベスト4】
第10回(1928年)東京附中(筑波大付)【ベスト4】
第11回(1929年)青山師範(東京学芸大学付)【ベスト4】
第12回(1930年)東京附中(筑波大付)【ベスト4】
第13回(1931年)青山師範(東京学芸大学付)【ベスト4】
第14回(1932年)青山師範(東京学芸大学付)【準々決勝】
第15回(1933年)青山師範(東京学芸大学付)【準優勝】
第16回(1934年)青山師範(東京学芸大学付)【ベスト8】
第17回(1935年)東京附中(筑波大付)【準々決勝】
第18回(1936年)東京八中(都小山台)【1回戦】
第19回(1937年)豊島師範(東京学芸大学付)【ベスト4】
第20回(1938年)豊島師範(東京学芸大学付)【1回戦】
第21回(1939年)青山師範(東京学芸大学付)【ベスト8】
第22回(1940年)青山師範(東京学芸大学付)【ベスト8】
第26回(1947年)都五中(都小石川)【1回戦】
第27回(1949年)大泉【ベスト8】
第28回(1950年)都九高(都北園)【ベスト8】
第30回(1952年)大泉【ベスト8】
第31回(1953年)豊多摩【1回戦】
第32回(1954年)青山学院【1回戦】
第33回(1955年)朝鮮人高【ベスト4】
第34回(1956年)青山学院【ベスト8】
第35回(1957年)私城北【2回戦】
第36回(1958年)暁星【2回戦】
第37回(1959年)教大付(高師付中・筑波大付)【ベスト4】
第38回(1960年)私城北【1回戦】
第39回(1960年)帝京【ベスト8】
第40回(1962年)早大学院【1回戦】
第41回(1963年)私城北【2回戦】
第42回(1964年)帝京【1回戦】
第43回(1965年)帝京【1回戦】
第44回(1966年)帝京【1回戦】
第46回(1967年)帝京【1回戦】
第49回(1970年)帝京【ベスト8】
第50回(1971年)帝京【ベスト4】
第51回(1972年)帝京【ベスト4】
第52回(1973年)本郷【2回戦】
第53回(1974年)帝京【優 勝】
第54回(1975年)本郷【2回戦】
第55回(1976年)帝京【ベスト4】
第56回(1977年)帝京【優 勝】
第57回(1978年)本郷【ベスト4】
第58回(1979年)帝京【優 勝】
第59回(1980年)帝京【ベスト8】
東京Aブロック ・東京Bブロック
第60回(1981年)帝京【ベスト8】・創価【2回戦】
第61回(1982年)帝京【ベスト4】
第62回(1983年)暁星【3回戦】・帝京【優 勝】
第63回(1984年)帝京【優 勝】・暁星【2回戦】
第64回(1985年)修徳【1回戦】・帝京【ベスト8】
第65回(1986年)私城北【1回戦】・暁星【3回戦】
第66回(1987年)帝京【ベスト8】・暁星【3回戦】
第67回(1988年)帝京【3回戦】・暁星【ベスト4】
第68回(1989年)帝京【2回戦】・堀越【3回戦】
第69回(1990年)帝京【3回戦】・暁星【ベスト8】
第70回(1991年)帝京【優 勝】・堀越【3回戦】
第71回(1992年)久留米【1回戦】・帝京【3回戦】
第72回(1993年)暁星【2回戦】・修徳【2回戦】
第73回(1994年)帝京【準優勝】・東亜学園【1回戦】
第74回(1995年)帝京【2回戦】・東海大菅生【2回戦】
第75回(1996年)修徳【1回戦】・国学院久我山【1回戦】
第76回(1997年)帝京【準優勝】・駒場【1回戦】
第77回(1998年)帝京【準優勝】・修徳【3回戦】
第78回(1999年)帝京【ベスト8】・国学院久我山【2回戦】
第79回(2000年)東海大菅生【2回戦】・修徳【3回戦】
第80回(2001年)帝京【2回戦】・国士舘【1回戦】
第81回(2002年)帝京【ベスト8】・国士舘【1回戦】
第82回(2003年)成立(成立学園)【3回戦】・国士舘【2回戦】
第83回(2004年)実践学園【1回戦】・修徳【2回戦】
第84回(2005年)成立学園【1回戦】・修徳【1回戦】
第85回(2006年)暁星(Aブロック)・久留米(Bブロック)
*1回~8回大会までは関西を中心に開催された為、関東からの出場校は無し。
1941年~45年は戦争の為、中止。1946年は関西のみの復活大会を関西地区を中心に実施。
出場回数:1位 帝京(31) 2位 暁星(10) 3位 修徳、青山師範(7) 4私立城北、教大付(4) (3)本郷、国士舘(2)都久留米、成立学園、東海大菅生、国学院久我山、堀越、青山学院、大泉、豊島師範実践学園、都駒場、東亜学園、創価、(1)早大学院、朝鮮人高、豊多摩、都九高、都五中、府八中
がんばれ!秋田豊36歳【Jリーグ】
Jリーグ各クラブは来期契約の有無を選手に通達する期限である11月30日を控え、1部選手の引退、契約満了などを発表した。
今シーズンは30日の期限前から元日本代表の秋田豊【名古屋】奥大介、下川健一、中西永輔、平野孝【横浜FM】高桑大二朗【仙台】などの大物選手の解雇が報じられている。
しかし、この元日本代表の大物選手たちは所属チームからの指導者就任オファーを断り現役続行を希望し移籍先を模索するようだ。
その中でもJ1史上最多出場の390試合を記録しているDF秋田豊(36)は『サッカー選手の寿命が短いという概念を取り払いたい』との理由から現役続行の意思は固い。
秋田豊はJ1に拘らずJ2も視野に移籍先を探っていく予定である。
この秋田選手の『サッカー選手の寿命が短い』というイメージ払拭へのチャレンジには強い共感を覚える。(当の私も寿命が短いと感じている1人であるが・・・)
現在のJリーグ各クラブは健全経営が出来ているJ1ビッグクラブ以外は財政的に厳しく、経理的な採算からベテラン選手の保有が厳しい部分は否めない。
しかし、この財政的な部分を選手の年齢に問題を挿げ替え『選手の寿命』を大義名分にベテラン選手を解雇をているように強く感じる。
クラブが強い立場で主導権を握った契約の中で日本的な企業倫理が働き生まれた勝手な概念である『サッカー選手の寿命が短い』に対して立向かう36歳の秋田豊選手を応援したいと思う。
元来から閉鎖的な日本プロ野球と違い色々なカテゴリーが存在し色々なレベルのサッカープレイヤーがチャンスを得られるのが日本サッカーの良い部分であり、サッカー普及の礎であると私は考える。
三浦知良、城彰二【横浜FC】などの元日本代表がJ2でプレーすることも賛成であり、仮に秋田豊が出身地に近い中部地区の岐阜FCのような地域リーグでプレーするのも大賛成である。(元フランス代表FWパパンのように)
そして今まで世界舞台やトップリーグで培った経験、技術、知識を下部リーグでプレーする若手プレイヤーに伝え、新たなJリーガー、日本代表を1人でも多く育てて欲しいと思う。
がんばれ!日本代表おやじ!!
落胆の練習休み【ベレーザSS】
11月27日(月)今日は味の素スタジアムでの仕事です。
今年春にリニューアルオープンした味の素スタジアム内商業施設の電飾ボックスのメディア制作です。
私の勤める部署では、この手の制作物は大手化粧品メーカーからの百貨店売り場の物が多く新商品発売や年末(クリスマス、ニューイヤー)の衣替えには全国展開での制作になるのです。
最近では一般店舗のアイキャッチとしても使われ、今回ユベントスが採用してくれました。
今回は制作と言うよりもデザインの承認を取る相手がイタリアとの事で思った以上に時間を取られた仕事でした。
しかも今回は相手方からデザイナー指定だったのでパス切りなどの細かい部分でのクオリティーは本望では無いのですが、設置してみるとインパクトはありました。
仕事は少々手こずりましたが月曜日はアミノバイタルフィールドで娘のベレーザSSがある日なので、練習を見るために急いで仕事を片付けました。
しかしアミノバイタルフィールドには娘の姿は無く、家を出発する時間に携帯へ娘からの着信が入っていたので家に連絡をすると娘が『足首が痛くて練習に行けない』『味スタ行きたいんだけどどうしよう?』と困っていました。
私が『走れるの?』と聞くと娘は『ちょっと無理かもしれない』との返答だったので娘に『後で迎えに行くから何時もの整骨院に行きな』と言うと『じゃあ病院に行ってみる』と落胆していました。
毎週、娘が楽しみにしているベレーザSSなので練習を休むと自分で言うぐらいの痛みは相当なのだと思います。
私は1人で人気の少ない味の素スタジアムから家路につきました。
試合の無い日は人気も少なく寂しい飛田給駅
確かに娘は先日の交流戦から練習でもトップ下に入ることが多く試合中も『密集で結構蹴られて足首が痛い』と訴えていました。
しかし日曜日の練習は休みを取って女子サッカー部のある私立中学の公開体験授業にベレーザSSで知り合った友達(バディFC所属)と元気に行っていたので、妻も私も娘の足首の痛みに関しては忘れていました。
行きつけの病院で院長に診てもらった診断では娘の持病が出たようでした。
娘は何度かした捻挫で足首の関節が緩くなっている為、激しいボールの奪い合いなどをしていると関節がずれる事があるのです。
トップ下に入ることによって以前より相手のチェックも厳しくボールの奪い合いも増えたので、少々足首に負担が掛かったようです。
ボランチと違いトップ下はプレッシャーが厳しく肉弾戦にもなる。
今週末には女子担当コーチと来年の事を相談する予定なので、娘はしっかり怪我を治し富士見丘ナジェリーナとして参加出来るかは不明ですが、年始のきさらぎ杯に参加出来るように練習を積んで欲しいと思います。
川崎の宝がピッチを去る【川崎F】
11月26日(日)川崎フロンターレは第33節ホーム最終戦を鹿島アントラーズと戦った。
前節の敗戦で優勝の望みは絶えたが、開幕前の公約『ベスト4入り』を高い順位で達成する為、残り2試合を連勝で終えたいところです。
そして2位を勝ち取れば来期ACLへの道も見えてくるので、決して消化試合ではない一戦です。
ホーム等々力競技場の最終戦となる試合後には今シーズン限りで引退する3選手の挨拶もあり、勝って花道を送り出してあげたいと思います。
今日も息子のサッカー練習を終え競技場に向ったが駐車場が無く、結局は武蔵小杉駅付近からの徒歩で試合開始直前の到着となってしまいました。
左右に揺れるビッグフラッグに強い鼓舞のメッセージを感じる
入場も普段の5番ゲートが満席となり7番ゲートへ誘導された為、試合開始前のビッグフラッグ開閉には参加出来ませんでした。(メインスタンドから写真撮影班として自主活動していました)
3つ(ユニ、10th、元祖2001年仕様)広がったビッグフラッグでしたが、メインスタンドから見ると元祖ビッグフラッグは左右に揺れ広がっているだけの他の2つに比べ自己主張と選手を鼓舞する熱い気持ちが伝わってきました。
後半開始は1Fゴール裏に出没したお馴染みビッグフラッグ
試合は途中経過のプレー精度の部分では消化試合でしたが、気持ち的には勝とうとする物が伝わってきました。
そしてシーソーゲームに終止符を打った『漢・箕輪義信』の魂のヘッドには本当にシビれました。
ゴール後、ベンチ・ベンチ裏に控える引退する3選手に向って指さした『ゴールを捧げる』ポーズにも『漢・箕輪義信』を感じました。
後半ロスタイムの決勝ゴールを引退3選手に捧げる箕輪義信
試合終了後に引退・退団選手との別れを惜しんで真っ先に泣くのは毎年恒例となりましたが、今年の3人には常に全力でプレーし才能の差を埋めようとしてきた箕輪義信と同じ生き方をしてきた選手と同シーズンに磐田から構想外となり川崎に移った今野章の引退なので秘める物は格別なのかも知れません。
川崎の熱き魂『漢・箕輪義信』が3人の精神を受け継ぐ
この勝利で2006年J1リーグ3位以上が確定し、最終節に2位を賭けてアウェーC大阪戦となります。
今日の我が家は娘が私立中学な公開体験授業(妻同行)だった為に試合観戦が出来ませんでした。
息子と私は等々力緑地公園内の駐車場が満車だと予想をしながらも、3選手の引退挨拶を見届けたくて車を走らせました。
今回引退を表明した鬼木達・今野章・長橋康弘の3選手は日本代表になった選手でも無く飛び抜けた身体能力や国際レベルの技術があった選手ではありません。
しかし川崎フロンターレの礎、私のサッカーの価値観、我が家の子供たちのサッカーの手本であった選手たちなのです。
『川崎の宝』であり我が家のサッカー感を変えたプレイヤーである
特に私をボランチフェチに引きずり込んだ『川崎の宝』鬼木達選手の身体能力をカバーする『卓越したテクニック』『出足の早い詰め』『チーム全体を落ち着かせるボールキープ力』などのプレーと精神的な『絶対に諦めないハート』と『一生懸命』さが私のサッカー感を変えました。
そして小さい頃、フロンターレのレプリカユニに7番を入れたいと言っていた娘は少女サッカーを始め無意識ながら詰めの早い泥臭い一生懸命なボランチとなりました。
これは誰が教えた訳では無いのですが、娘のイメージするボランチが潜在意識の中でキャプテン鬼木達だったのだと思います。
引退セレモニーに残り『鬼木』コールをしてくれた鹿島サポ
そして息子はサッカーを始めた2002年~03年に縦横無尽にトップ下でピッチを駆け回るキンちゃんこと今野章選手を見て育った。
チームでは圧倒的に小柄な選手でありなが、石崎監督率いた川崎フロンターレの鬼プレスサッカーの肝であり申し子であった。
靴底が派手な配色のスパイクを履く事が多いキンちゃんは常に動き続け黄色や赤の原色の靴底が常に見える程、全力で走り続けていた。
息子には小さい頃から『上手い奴がサッカー選手になるんじゃなくて、上手くて一生懸命に頑張る人がサッカー選手になるんだよ』とキンちゃんを指しながら話をしてきた。
そして息子も少年サッカーでは屈強な身体も高さも無いが、攻守に一番ピッチを駆け回るようになった。
6年生担当コーチからも『息子さんはとにかく良く走りますね』と言われるが、これも親が教えた訳では無く自分が見たトップ下像が息子の足を動かしているのだと思う。
いつも明るい3人の引退挨拶は涙で言葉を詰まらせる
最後に長橋康弘選手は私にとってはフロンターレそのものであったと思います。
97年のJFLでの初観戦で見せてくれた決勝ゴールから常に川崎フロンターレの右サイド・20番はヤスであった。
建さん、ガミさん、哲生が現役を退きチーム去ってゆく中、10年間変わること無くフロンターレを支えてくれた選手であった。
柔和なルックスに似合わない独特のドリブル、華麗なテクニックを持ちながら自分を殺してしまう性格が良いのか悪いのかは別にして、歴代の監督たちが常に右サイドで使い続けた柔軟性が彼の最大の武器だったのだと思う。
彼の攻撃的才能を知っているサポーターからはパスを外国人に繋ぐ消極的な部分、サイドで守備的になる部分など批判される時もあったが、これらは彼の本望では無くチームの為のプレーだった事は以前TVでのガミさんとの対談で漏らしていた。
現在、常勝チームを目指すスタート地点に立ったフロンターレではあるが、10年間右サイドのポジションを守ってきたヤスには勝利と言う結果とは別に自分の理想のサッカーとの違和感があったようだ。
10年目で選手・サポも世代交代。でも変わらないで欲しい全力!
しかしこの3人が現在J1で活躍をする川崎フロンターレに受け継がれている『一生懸命』『諦めない』精神・チームカラーを築き、そして『J2での苦しみ』を担ってきた選手である。
鬼木達・今野章の後を受け継ぐ中盤である日本代表の中村憲剛、五輪代表候補の谷口博之、長橋康弘の後を継ぐ右サイドの森勇介には彼らの想いも受け継いで欲しいと思う。
J1リーグ第33節試合結果
[得点]
川崎フロンターレ 3-2 鹿島アントラーズ
[勝点64] [勝点55]
[得点者]
【川崎F】51分 中村憲剛、71分 ジュニーニョ、89分 箕輪義信
【鹿 島】21分 野沢拓也、74分 本山雅志
【入場者数】17518人
1年後を目標に新たなスタート【富士見丘蹴球団4年生】
富士見丘少年蹴球団4年生チームが挑戦していたセガサミーフェアプレーカップ 第25回東京都少年ジュニアサッカー大会が2日間(11月18・19日)の大会を終えた。
結果は残念ながら3位パート2位でAブロック12チーム中10位に終わった。
予選リーグで点差以上の完敗を喫したバディSCは決勝で町田JFCを下し堂々の7年連続(2000年~06年)8回目の優勝を果たした。
これから1年、住友信託カップ東京都5年生大会でのリベンジを果たす為、この敗戦を糧に日々の練習を行って欲しいと思います。
セガサミーフェアプレーカップ
第25回東京都少年ジュニアサッカー大会
大会2日目Aブロック3位パート【結果】
富士見丘少年蹴球団 ○3-2 Liberta(4ブロック3位)
富士見丘少年蹴球団 ●1-4 FCトリプレッタ鶴川(10ブロック3位)
------------------------------------------------------------
Aブロック1位パート【結果】
準決勝
町田JFC 2-0 杉並シーダーズ
バディSC 1-0 立川九小SC
決 勝
バディSC 5-3 町田JFC
私は1日目のバディSC戦を観戦しましたが、レベルの差はあるにせよ簡単に例えると『富士見丘蹴球団=ジーコジャパン』で『バディSC=オシムジャパン』のように映りました。
個人レベルでは富士見丘蹴球団にもバディSCに入っても遜色無い部分もあったが、チームとしての総合力は完敗であった。
持ち過ぎに見えるが、相手DFの詰めで持たされているのである。
それは守備に顕著な差が出たが富士見丘がボールを持つとバディSCのディフェンスが詰める、そのディフェンスをかわすと次のディフェンスが詰める。
ボールを少しでもデフェンダーに描きだされれば、もう2~3人目の相手選手がボールを奪って前線に運んで行く。
これに対して富士見丘最終ラインが相手に当たって攻撃を遅らせても後ろにフォローが入ってこない。
その結果、1人が抜かれると簡単にGKと1対1を作られてしまう。
せっかく身体を張って攻撃を遅らせても次のフォローが無い
3本の矢で守るバディSCと1本の矢で守る富士見丘蹴球団である。
これは11人制の慣れなのか8人制サッカーをするにはチームとしての運動量が少ないと感じた。
個人レベルでは決してバディSCに劣らないのはFKなどのセットプレーではチャンスを作り出し得点も奪う。
しかしチーム全体の選手の動きが必要な、流れの中では得点を奪えない。
バディチーム関係者も漏らす『うちは型にはめ過ぎる』は動きと言う部分では確かにあるが、基本的なトラップ、シュートなどのプレー精度に関しては基本がしっかり教え込まれていると思う。(この部分は型にはめしっかり教えて良い部分だと思う)
4年生チームの場合、前線で持ち過ぎとの若手コーチからの指摘もあったが今回のバディSC戦についてはチーム全体の運動量が少なかった部分で意図に反してキープさせられた部分もあったと思う。(フォローが少なく出し所が無かった。)
昔から富士見丘蹴球団は大きなプレイヤーを好む傾向があるようだが、住信カップ、セガサミーなどのここ数試合を見て最終ラインをサイドから1対1で左右に揺さぶられ呆気なく振り切られ失点するシーンを3度以上見ている。
この部分は若手コーチが昨年の創部30周年記念誌で語っていたように、残すべき物は残し捨てるべき物は捨てると言った部分なのかも知れない。
現代サッカーにおいてはカンナバーロ【イタリア】、宮本【G大阪】坪井【浦和】田中【磐田】のようにカバーリングやスピードを重要視する時代である。
大型選手も中沢、松田【横浜M】のように高さとスピードを兼ね備えているのが現代サッカーである。
技術が高いプレイヤーも多く人材も豊富である4年生チームはこれからの1年の練習への取り組み次第で大きく伸びる、それだけの大きな可能性を秘めた素質を持った世代なのだと思う。
息子たち下級生の後輩は憧れの上級生チームの敗戦に少なからずショックを感じているようだ。
このように皆から注目され期待される代表チームには敗戦を糧に更に大きく成長して欲しいと思う。
そして古豪である富士見丘少年蹴球団の復権を果たして欲しいと思う。
フェアープレーカップジュニアサッカー大会4年生大会(歴代優勝・準優勝チーム)
(1~15回西武百貨店・アディダス杯、18~21回ろうきん・フェアープレーカップ、24回~セガサミーカップ)
優 勝 準優勝
1982年 第1回 町田SSSサッカー少年団 緑が丘サッカークラブ
1983年 第2回 くにたち二松SC 高島平サッカークラブ
1984年 第3回 白百合サッカークラブ 本町田SC
1985年 第4回 つくし野サッカースポーツ少年団 白百合サッカークラブ
1986年 第5回 富士見丘少年蹴球団 高島平サッカークラブ
1987年 第6回 高島平サッカークラブ 高尾サッカークラブ
1988年 第7回 高島平サッカークラブ 富士見丘少年蹴球団
1989年 第8回 府ロクサッカークラブ・調布一小SC(両者優勝)
1990年 第9回 みのわ体育クラブ・山崎FC (両者優勝)
1991年 第10回 読売サッカークラブユースS 暁星アストラジュニア
1992年 第11回 高島平サッカークラブ 中北少年SC
1993年 第12回 府ロクサッカークラブ 関原サッカークラブ
1994年 第13回 東大和サッカー少年団 永山フットボールクラブ
1995年 第14回 武蔵ヶ丘フットボールクラブ 町田JFC
1996年 第15回 JACPA東京FC シルクロードSC
優 勝 準優勝
1997年(Aブロック)中北少年SC FRIENDLY SC OURRS
第16回(Bブロック)キンダー善光SC ドリームスSC
(Cブロック)CYDフットボールクラブ 白百合サッカークラブ
(Dブロック)青梅新町FC JACPA東京FC
1998年(Aブロック)FC85オールスターズ 光が丘四小SCカリナーズ
第17回(Bブロック)バディサッカークラブ 下丸子シューターズ
(Cブロック)陶鎔サッカー少年団 小柳小まむし坂SC
(Dブロック)松林少年サッカークラブ ガッツ・ロマニスタ
1999年(Aブロック)砂町FC FC85オールスターズ
第18回(Bブロック)三菱養和巣鴨SS キンダー善光SC
(Cブロック)WATOTO FC 町田JFC
(Dブロック)JACPA東京FC FC明成
2000年(Aブロック)カワイSCウェスト FC85オールスターズ
第19回(Bブロック)バディサッカークラブ 板橋少年SC
(Cブロック)富士FC 町田JFC
(Dブロック)JACPA東京FC JACPA東京FC
2001年(Aブロック)杉並シーダーズ FC85オールスターズ
第20回(Bブロック)バディサッカークラブ 高島平サッカークラブ
(Cブロック)町田JFC 町田JFC
(Dブロック)J青梅新町FC ガッツ・ロマニスタ
2002年(Aブロック)FC春江 城東フェニックスJrSC
第21回(Bブロック)バディサッカークラブ 下丸子シューターズ
(Cブロック)聖ヶ丘SC 白糸台グレミオ
(Dブロック)JACPA東京FC 創価ロケットSC
2003年(Aブロック)MTC美松学園 東東京FCロッキー
第22回(Bブロック)バディサッカークラブ ドリームスSC
(Cブロック)町田高ヶ坂SC 町田JFC
(Dブロック)青梅二小SC 国立SSS
2004年(Aブロック)FC85オールスターズ 東東京FCロッキー
第23回(Bブロック)バディサッカークラブ ミッキーSC
(Cブロック)町田JFC 多摩平ジュニアSC
(Dブロック)若草フットボールクラブ 国立SSS
2005年(Aブロック)バディサッカークラブ 化成小サッカークラブ
第24回(Bブロック)町田高ヶ坂SC 高島平サッカークラブ
(Cブロック)立川九小SC 関二FC
(Dブロック)八王子CBX FC 白百合サッカークラブ
2006年(Aブロック)バディサッカークラブ 町田JFC
第25回(Bブロック)柏レイソル青梅 はむら少年サッカークラブ
(Cブロック)シルクロードSC NPOヴィトーリア目黒
(Dブロック)府中新町FC 練馬FC U-12
そして、この結果を糧にガンバレ4年生チーム!!
最後のタイトルへ向けて再始動【富士見丘アンジェリーナ】
11月23日(祝)富士見丘アンジェリーナが、さわやか杯少女大会決勝トーナメント敗退後初の交流試合を世田谷区立明正小学校グランドで行いました。
さわやか杯準々決勝ではDブロック3位の杉九SCに対して試合終盤まで善戦するなど、やっと目指していたサッカーが出来るようになりましたが、この1年はチーム作りと怪我との格闘でした。
今日の試合も骨折していた6年生2人が戦列復帰を果たしましたが、今度は10番トップ下が足首の故障で欠場となってしまいました。
本当に今年の富士見丘アンジェリーナは怪我との闘いでベストメンバーを組むこと無く年を終えそうです。
今日対戦するBブロック【世田谷区】のアマゾネス明正は昨年の第25回さわやか杯で中央大会1回戦で対戦した相手ですが、昨年も大型選手のいるイメージがあったのですが今年のチームの中心選手も上背のある力強いチームです。
10番トップ下の欠場で新たな布陣で臨む試合で来年1月に開催される最後の公式大会である杉並区少女大会(後期)に繋がる何かを掴んで欲しいと思います。
急造フォーメーションながら守備は見事な出来だった。
交流試合
富士見丘アンジェリーナ △0-0 FCアマゾネス明正
富士見丘アンジェリーナ ●0-3 FCアマゾネス明正
第1試合はさわやか杯準々決勝の杉九SC戦と同じように早い出足で相手のチャンスを潰す事に成功する。
6年生ボランチの相棒は4年生FWが入り右サイド・ボランチで起用の多い5年生(娘)がトップ下となった。
体格を生かした泥臭いタイプのFW4年生はボランチでもそのアグレッシブさを生かしていた。
そして相手のブロック選抜(7番)には元来ボランチである5年生がマークに付き決定的なシュートは放たせないマークを見せた。
しかし急造フォーメーションによりトップ下が下がり過ぎてトリプルボランチになってしまう格好になってしまい、4年生ボランチが強い当たりで相手からボールを奪ってもパスの出しどころが無く良い攻撃が展開出来なかった。
全体的には相手エースの7番をトップ下がマンマークのような形となりお互い攻めどころが無くドローで終わってしまう。
右足首の怪我から復帰して存在感を存分に発揮する6年生
第2試合も同じようなフォーメーションで基本陣形を組みダブルボランチにはキャプテンGK6年生とFW4年生が起用された。
ここでもトップ下が下がりトリプルボランチになってしまう傾向が序盤に見えた。
ボランチに入ったキャプテンGK6年生とトップ下を任された5年生(娘)は昨年度のさわやか杯で都3位に入賞した時のコンビであり、お互い強い当たりとマークで攻撃を止める役であった。
そこに当たりの強いFW4年生が入ったお陰で強固な中盤となったが、トップ下が引き過ぎの感が強かった。
試合途中に足首骨折から復帰した6年生が故障箇所に痛みが出て交代し、その後の接触プレー(ファール)で手首骨折から復帰したキャプテンが同じ箇所を痛めベンチに下がり試合は10人での戦いとなってしまった。
寒さもあるので焦らず少しずつベストに戻して行く事が大事
その後も早い出足でプレスを掛けたが、人数が減った中盤のスペースからミドルシュートを放たれ3失点を繰り返してしまった。
しかし2試合を見た感想では11人揃っていれば以前のような大量失点を早々しないと感じられた。
第1試合なども10番トップ下が居れば勝利を奪える展開にもなれると思うし、相手のブロック選抜にも充分マークを切らさず仕事をさせていなかったと思う。
トップ下でも相手エースを見るとボランチ癖を発揮する娘
娘は初めてのトップ下を任されたが、相手のエース(7番)のマークをボランチが外す事もあって従来のボランチのように徹底的にマークをしていた。
この為、ボランチがボールを奪ってもトップ下が下がり過ぎの為、パスを前に出す事が出来なかった。
そしてプレッシャーの厳しいトップ下ではトラップの大きさは致命的であり、娘がカットしたゴールキックは相手に拾われる事が多かった。
ドリブルでもボランチと違い相手がすぐに摘めてくるのでタッチが少しでも大きくなると相手にクリアーされていました。
時折、サイドに良いパスを出していますが蹴った後のゴール前までの上がりが遅くこれもボランチ癖であると思いました。
以前に比べれば技術的な部分は成長はしていますが、チームの司令塔と言うべきトップ下をプレーする程、精度は高くないと思います。
何とか2試合目の後半は最終ラインの裏側に良いパスを左右に散らしていましたが、今日初め組んだトップとの呼吸はまだまだ練習が必要だと思います。
本人も試合後の感想で『下がり過ぎた』『ボランチ癖が出た』『今まで感覚でプレーしてたから考えるトップ下は難しい』と反省を口にしていました。
ボランチ、サイドでのプレーが多かった娘はトップ下に比べプレッシャーが少ないプレー(トラップ、パス、ドリブル)が多く、最上級生(6年生)になる来年に向けてボランチ、サイドで出来たプレーをトップ下のようなプレッシャーが厳しいポジションで同じように出来るようになって欲しいと思います。
プレッシャーの厳しいトップ下の難しさを改めて痛感した娘
*そして今日行われた第26回さわやか杯少女大会決勝の結果により東京都Dブロック代表は【優勝】NPO法人杉並FC、【準優勝】高井戸FCレオナス、【3位】杉九SCに決まりました。
東京都中央大会に進出した3チームの健闘を心よりお祈り致します。
最後のタイトルを目指して
がんばれ!富士見丘アンジェリーナ!!
卒園生4人目のJリーガー誕生【宝陽幼稚園サッカー部】
11月21日(火)J1リーグ名古屋グランパスエイトの公式発表で来期の新加入選手が発表され、明治大サッカー部MFの小川佳純選手の入団内定が決まった。
この小川佳純選手は市立船橋高校時代の第81回全国高校サッカー選手権大会決勝(国見高vs市立船橋高)で国見高の3連覇を阻止するミドルシュートを叩き込んだプレーが世のサッカーファンには印象に残っていると思う。
この決勝戦には現在Jリーグで活躍する若手選手も数多く含まれており、小川佳純選手も来シーズンから彼らの仲間入りとなった。
国見3連覇を阻止する決勝ゴールを決めた小川佳純選手
第81回全国高校サッカー選手権大会決勝
市立船橋高
FW 10 原一樹【清水内定】 15 カレン・ロバート【磐田】 MF 7 小川佳純【名古屋内定】 8 高橋直也【帝京大】 12 石川航平【国際武道大】 14 鈴木修人【早大】 DF 3 小宮山尊信【順天堂大】 5 大久保裕樹【広島】 6 青木良太【G大阪】 13 増嶋竜也【FC東京】 GK 1 国領浩樹【専修大】
国見高
FW 14 平山相太【FC東京】 7 松橋優【大分】 10 柴崎晃誠【東京V内定】 MF 9 兵藤慎剛【早大】 11 渡邉大剛【京都】 8 中村北斗【福岡】 DF 4 成瀬英二【第一経大】 5 園田拓也【中央大】 3 濱本拓哉【福岡大・七隈トンビーズ】 15 巻佑樹【名古屋内定】 GK 1 関憲太郎【明治大】
この小川佳純選手は息子が通っていた宝陽幼稚園サッカー部出身でありOBでは4人目のJリーガー誕生となる。(山田卓也、南雄太、三田光に次ぎ4人目)
小川佳純選手のサッカーを始めるきっかけが宝陽幼稚園サッカー部であり、その後は御本人の努力と御家族の協力により今回のプロサッカー選手の夢を叶えてのだと思います。
市立船橋高サッカー部時代も東京の自宅から千葉の学校に通う為に御両親が早朝JRの駅まで毎日送迎をするなどの御家族のバックアップもあったと園長先生から聞きました。
園長先生も7歳の幼稚園サッカー部から小3まで在籍した小川佳純選手が卒園生4人目のJリーガーになった事を密かに喜んでいると思います。
小川佳純選手は兄(佳純選手)弟(専修大サッカー部)揃って宝陽幼稚園サッカー部出身であり親交の深い富士見丘少年蹴球団若手コーチからの話では『兄弟そろってサッカーに対する意識が高い』との話でした。
第81回全国高校サッカー選手権大会に優勝した際も母校である富士見丘小学校、宝陽幼稚園に来校し後輩たちに『夢を実現するために』との話をしてくれた事を覚えています。
高校時代に他のサッカー部員が体育コ-スの生徒が大半の中、普通科コースで文武両道を実践し明治大学進学後も弛まぬ努力を続け4年時にはエースNo10番を付けるまでになりました。
そして名古屋グランパスエイトへと進む来シーズンの活躍を我が家全員で応援したいと思います。
★小川 佳純(おがわ・よしずみ)
1984年8月25日、東京都世田谷区生まれ。
1メートル73、67キロ(O型)
ポジション/MF
サッカー歴
宝陽幼稚園サッカー部
富士見丘小(宝陽OBサッカー部)
三菱養和SS(富士見ヶ丘小3年に入団)
市立船橋高校(千葉県船橋市)
明治大学サッカー部(明大商学部)
主なタイトル
全国クラブユースでベスト8(中3)
第81回全国高校サッカー選手権優勝(高3)
代表歴
2005年関東大学選抜














