がんばれ少年・少女サッカー! -199ページ目

いざ少年サッカーへ【息子とサッカー④】

2005年3月 宝陽幼稚園サッカー部での1年を終えた息子は結局、期待が大きかった割には幼稚園世代の3大タイトル(ヴェルディ主催大会・昭和記念公園全国大会・関東村卒園記念大会)を逃し幼児サッカーに終わりを告げた。
強かったと言われた娘たちの世代(02年3月卒園組)は関東村卒園記念大会を見事に制し東京都No1に輝いたが、息子たち世代(05年3月卒園組)は参加する大会での評判や評価は高かったが、決勝トーナメントまで進みあと一歩のところでタイトルを逃した。

そして、息子たちは幼児サッカーから少年サッカーへとステージを移す。

112101

関東村で行われた卒園試合でK太くんとの最後の2トップ
宝陽幼稚園の近隣はサッカーが大変盛んな地域であり、幼稚園を境に北に杉並区立富士見丘小学校、南に世田谷区立武蔵丘小学校が位置する。
宝陽幼稚園サッカー部に在籍する卒園生は主に富士見丘蹴球団をメインに武蔵丘SC、烏山北FC、高井戸東SC、バディSC、MIP FCと進んで行く。

宝陽幼稚園が輩出したJリーガー3名の山田卓也【C大阪】南雄太【柏】三田光【新潟】は当時全盛期だった世田谷区の武蔵丘SCに進んだ。
驚くことにこの半径数キロの地域にある少年サッカーチームが杉並区、世田谷区の4強を占め、富士見丘蹴球団武蔵丘SCバディSCの3チームは全日本少年サッカー大会東京都代表経験があるチームです。
この中から殆どの子供たちがチームを選び、小学校3年生までプレー出来る宝陽幼稚園OBサッカー部(週1回土曜日)と併せてプレーすることが多いのである。
この頃の息子は母親が心配するぐらいにサッカー中心の生活であり(私の毎週末のJリーグスタジアム通いも加担し)母親としては『こんなに没頭出来る物が見つかって良かった』と思う反面『この子からサッカーを取ったらどうなるんだろ』との心配も出てきた。
そんな親の気も知らず息子は熱心に小学校生活での自分のサッカースケジュールを組んでいた。
小学校に入ったら毎日サッカーが出来ると思っていた息子の予定は月曜日のプール以外はすべてサッカーの予定となっていた。
母親の説得で水曜日は小学校の友人と遊ぶ日に決め、火木金土日をサッカーに費やす為の息子のサッカークラブ選びが始まった。(ヴェルディ大会での一件で親への相談は無し)
息子が第1候補としていたのは幼稚園入園前に一緒にサッカーしていたK吾くんが所属するバディSCであった。
練習は週3日間で家からも一番近いクラブであり幼稚園やヴェルディSSの同級生もいるクラブである。
そして第2候補が富士見丘少年蹴球団である平日2回+土日と週4日の練習は息子には魅力であり、姉が4年になる4月には宝陽幼稚園OBサッカー部を終え女子チームである富士見丘アンジェリーナに入部する事が決まっていた。
娘の世代で幼稚園サッカー部を牽引していたT君(インドネシアに家族で転勤)、Y君、N君などの顔なじみが在籍し1学年上には4人のOBサッカー部ちの掛け持ちの子が在籍していた為、親しみは一番あるチームであった。
バディSCから分裂したMIP FCにも興味があったが、発足間もない新興クラブで他のクラブのようなホームグランドが無い為に練習場所が日替わり、週替わりのジプシー的なクラブであった。
この部分は子供が通う事、親が送り迎えをする事を考えた結果選択肢から外した。
MIP FCは幼稚園サッカー部の強力2トップのパートナーだったK太君が烏山北FC1年生途中で辞め移ったチームである。
息子が入部していれば一緒にプレー出来たと思うと少々残念ではあった。
高井戸東SCには1歳上の幼稚園OB、武蔵丘SCには娘の同級生が在籍し父上(FC町田OB)がコーチをしていた関係(現在チームから離れている)で幼稚園時代に誘われていた。
結局、息子は悩んだ末に姉が入部予定だった富士見丘蹴球団を選択した。

103001

富士見丘蹴球団の低学年の指導はとても良いと思う。
これでクラブで週4日間、ヴェルディSS1日とプールと自由な日と1週間のスケジュールが決まった。
しかし富士見丘蹴球団に4月から入部する為の説明会で、息子が驚く内容を聞かされた。
週4日間の練習が息子が入部する年度より週3日間と練習日が1日減るとの事であった。
これには週5回のサッカーを楽しみにしていた息子も『何で!』『嘘つき』と怒り、泣き母親に『じゃあバディにも行く』と言い始める始末であった。
息子には土日の練習と夏合宿が重なる富士見丘蹴球団、バディSC、宝陽幼稚園OBサッカー部の3チームの中から1チームを選んでと言っており平日1日の練習の穴埋めにバディSCに通うのは現実的では無い為、よみうりランドのヴェルディSSを週2回に増やし息子には約束の週5日間サッカーを納得してもらった。

112102
結局は週2日よみうりランドへ通うことになってしまった・・・・
そんな経緯でお世話になる事になった富士見丘蹴球団ですが、チームのイメージとしては娘の同級生(男子)お母さんから言われた通りとにかく1年生から対外試合は多く、それでいながらポジションを決めずに自由に子供たちのサッカーをさせてくれる印象があります。
2年生になった現時点でも個人技と1対1の練習に大半の時間を費やし、試合では子供たちを型に填める事無く自分たちで考えるように仕向けてくれてます。
コーチ陣も決してオーバーコーチングにならず『自分だったらどうする?』と問いかけ、子供たちの出した答えに『こんな選択肢もあるよ』とアドバイスをしてくれる。

090901
低学年、女子の指導に関して言えば富士見丘蹴球団の選択は本当に正解だと思います。(高学年男子の評価は経験が無いので不明)

激戦を制しYN招待大会を優勝【富士見丘蹴球団2年生】

富士見丘少年蹴球団3年生・2年生チームは府中市のサッカーチームYNキッカーズが主催するYN招待オータム杯2006大会(会場:府中市立日新小学校)にお招き頂きました。
富士見丘小学校がある杉並区は朝から小雨が降りはじめる天候でしたが、大会会場の府中市は何とか天候は持っていました。
しかし午後から天候が崩れる見込みの為、開会式を中止して試合予定を早めての大会進行となりました。
大会は3年生が11人制、2年生が8人制でありましたが集合時点で3年生8人、2年生11人だった為、3年生の試合に2年生3人を交代で補充メンバーとして参加させる事になりました。
前回のYNキッカーズとの試合も3年生の参加が不足していた為、息子たち2年生は自分たちの試合を終え3年生の試合に出場と昼食も食べず休む間も無く連戦となり、3年生3試合に対し2年生は炎天下での3年生の試合フォローで1人4~5試合出場と3年生以上の過酷な状況になりました。

そして2年生3試合目(皆その日4~5試合目)は皆が足が止まって苦戦を強いられたのを覚えています。
今日の試合は招待大会なので、中途半端な出場では無くしっかり腰を据えて落ち着いた試合にして欲しいです。

111902
試合は前後半20分3年生大会11人制、2年生大会8人制で行われました。


YN招待オータム杯2006
2年生大会
【結果】

富士見丘少年蹴球団 △3-3 松が谷FC

富士見丘少年蹴球団 ○4-3 N.W.FC

富士見丘少年蹴球団 ○2-0 YNキッカーズ


1位 富士見丘蹴球団 2勝0敗1分 勝点7 9得点 6失点 +3
2位 N.W.FC       2勝1敗0分 勝点6 8得点 7失点 +1
3位 YNキッカーズ   1勝2敗0分 勝点3 6得点 6失点  0
4位 松が谷FC     0勝2敗1分 勝点1 7得点11失点 -4

111903

YN招待オータム杯2006
3年生大会
【結果】

富士見丘少年蹴球団 ●1-2 松が谷FC

富士見丘少年蹴球団 ●0-3 N.W.FC

富士見丘少年蹴球団 ●1-3 YNキッカーズ


1位 YNキッカーズ   2勝1敗0分 勝点6 7得点 4失点 +3
2位 N.W.FC      2勝1敗0分 勝点6 5得点 2失点 +3
3位 松が谷FC      2勝1敗0分 勝点6 4得点 4失点  0
4位 富士見丘蹴球団 0勝3敗0分 勝点0 2得点 8失点 -6

111905

2年生大会は第1試合の松が谷FCに対して3-0でリードを奪った前半終了時点で同時進行でリードを許していた3年生大会に前半2得点のトップと無失点で抑えていたGKを補充メンバーの交代として送り出す。
2年生と同じ松が谷FCに1点リードを許していた3年生は2年生トップの右サイド突破からゴール前に出したクロスを押し込み同点に追いつくが、試合終了間際に最終ラインのクリアを奪われGKとの1対1を冷静に押し込まれ1-2で敗れた。
2年生の松が谷FC戦は後半3失点を喫し3-3の同点で終わってしまった。
2試合目のN.W.FC戦は前の試合で担当コーチが審判担当だった為、子供たち主体のアップとなったが試合前に集合した時点で1試合目終了後に上着も着ないでアップも不完全な状態の子供たちはどこから見ても身体が冷え切っていた。
その状況が影響して開始早々に2失点を喫する。
2年生チームは負けが少ないチームなのでリードを許す事も少なく観戦している親たちは2点のリードにかなり動揺していたようですが、子供たちはいたって平常通りのプレーであり逆に身体が温まって動きは良くなりました。
前半のうちに2点を返し同点で試合を折り返し、後半開始早々に逆転に成功しました。
試合終了間際に失点し2試合連続ドローかと思われましたが、終了直前に右トップがサイドをドリブル突破し豪快に蹴り込み勝利を収めました。試合後N.W.FCのベンチでは『富士見丘2年は凄いな!』『ゴール前で2~3本ぐらいパス繋いで崩すし、クロスが上がるとしっかり反対サイドが上がってきている』との評価と驚きを与えられた事は良かったと思います。

111907

勝負強い2年生攻撃陣が激闘の熱戦に終止符を打つ!
3試合目のYNキッカーズは前回の交流試合での対戦で分の良い相手ですが、28番には手こずった印象がありました。
しかし3試合目にしてやっと3年生の試合も全て終わり補充メンバーを出すことの無い2年生ベストメンバーでの試合となりました。
前半から得点を重ね危なげないシーンも無く今日一番安定した試合で勝利を収め、YN招待オータム杯2006を制し優勝を果たしました。
今回の大会はベストメンバーで戦えないと苦戦をするような比較的レベルの高い大会だったので、このようなレベルでのシーソーゲームが色々学ぶ事が出てくるのだと思います。
松が谷FC戦の3-0から追いつかれてのドローでは攻撃の組み立てと指示による修正、守備での声の連携の重要性を学び、2試合目のN.W.FC戦では試合前の準備の大切さを痛感したと思う。
そしてしっかり準備しメンバーが全員揃ってのYNキッカーズ戦の完勝は子供たちに良い勉強になったと思います。

111910

3年生の試合に参加しても活躍出来るようになった2年
3年生は試合に集まったメンバーも8人(後から合流1名)と体調不良、怪我等で試合が組め無い状態に加え集合場所への遅刻が出た為に出発が遅れ、第1試合の予定を主催者にお願いし第2試合に変更するなどの問題が出てしまった。
3年生のチームカラーであるのびのびした自由奔放さが、悪い方向に出てしまった大会であった。
彼らの試合は普段の富士見丘小で行われる練習で見られる習慣が表れた内容に見える。
自由奔放な彼らの試合はポジションが重なり、個人技主体の団子サッカーとなる。
最終ラインではゴール前での不用意な中へのドリブルでボールを奪われ失点を繰り返す。
今日の試合を見てシンプルに行くべき場面とそうじゃない場面の判断が自由奔放でもあった。
身体能力的に優れた子も多いので、この判断、統制、集中力が出てくれば一皮剥けるのだと思う。

111908

グランドが狭く課題の大きなサイドチェンジは出来なかった。

息子は2年生の狭いピッチでは広い展開が出来なかったが、最終ラインの裏へ出すパスは良かったと思う。
トップに入った1試合目はサイドを使った大きなワンツーで前半2得点を上げ、後半は担当コーチから『3年が負けているから点を取ってこい』との指示で3年生の試合への出場となりました。
右トップに入った3年生の試合では投入直後にサイドから突破し中央に良いボールを入れ同点弾をアシストしていました。
この得点はピッチを広く使う、周囲を良く見るとの今日の課題が出来た事により中央に走り込んできた3年生トップに上手くグランダーのボールを入れる事が出来ました。
その後も右サイドから最終ラインとGKの間に良いボールを入れていましたが、コースは良いのでもう少しボールの強弱の精度を上げれば得点に結びつくと思います。
このパスも息子が課題としている物で最終ラインの裏のスペースにキーパーが飛び出せないスピードでボールを入れるを目標にしています。
言い始めた頃よりはコースはかなり精度が上がりましたが、後は走り込む色々な相手に合わせたボールを入れてやれるかです。
最後の試合は自分が一番希望する中盤の中央に入りましたが2-0とリードした後は下がり気味で守備的になってしまいました。
最近はトップに入る事も多かったのでせっかく希望ポジションに入ったのでもう少し積極的に行って欲しかったと思います。

111909

3年の試合でも攻撃的なスピードは通用するようになった。
3年生の試合に出る事は2年生の相手とのプレーより厳しい環境となり良い経験となることは間違い無いのですが、部員が増えた最近では欠席者の人数合わせ的な呼ばれ方なので、常に一緒にプレーしていないので連携を取るのも大変なようです。
そうなると必然的にトップなどに入り張っているポジションが多く、2年生の中盤に入るとトップで張っている癖から運動量が少なく見える事があります。
息子にはケース・バイ・ケースでもう少しトップ、中盤での動き方に工夫をしてもらいたいと思います。

111904
大会優秀選手の表彰式は試合より緊張して見える(笑)

111906

最後まで本当に頑張りました!
2年生チーム優勝おめでとう!

111901
皆、雨中の試合お疲れさま。

そして今日の課題に取り組もう!

ジュニア大会連敗で3位パートへ【富士見丘蹴球団4年生】

富士見丘蹴球団4年生チームが挑戦しているセガサミーフェアプレーカップ 第25回東京都少年ジュニアサッカー大会の大会1日目が府中市少年サッカー場(関東村)で行われた。
大会初日は3チーム総当りのリーグ戦を行い明日の順位決定戦トーナメントのパート分けをします。
富士見丘少年蹴球団4年生チームには古豪復活が出来るように頑張って貰いたいと思います。

111801

杉並、世田谷の区境に位置する両チームのダービーマッチ
試合は前後半25分8人制で行われました。


セガサミーフェアプレーカップ
第25回東京都少年ジュニアサッカー大会
Aブロック予選C組リーグ
【結果】

111805

連動性がありフォローの早いバディSCの守備陣に苦しむ前線

富士見丘少年蹴球団 ●1-2 国立SSS(15ブロック3位)


富士見丘少年蹴球団 ●1-5 バディSC(5ブロック2位)

111802
強豪バディに一矢を報いたFKで1対2に追い上げるが・・・


1位 バディSC    2勝0敗 7得点2失点
2位 国立SSS    1勝1敗 3得点3失点
3位 富士見丘蹴球団0勝2敗 2得点7失点
111804
最終ラインが当たって攻撃を遅らせた後のフォローが無いFSC

第1試合は残念ながら富士見丘小学校の学校行事で観戦することは出来なかったが、強豪の国立SSSに先制しながら試合の終盤に逆転を喫してしまう結果となった。
第2試合も大会6年連続優勝を果たしているバディSCとの対戦となった。
前半4-1とリードされレギュラーメンバーを下げた後半も1-0で終え5-1の完敗となった。
試合を見て感じるものは多々あったが、大会途中でもあるので控えたい。
ピッチサイドのバディSC父母会会長(次男が4年生チーム)と会場で話をしたが、この世代は2チーム作っても都大会へ進出出来るのぐらいの選手層だとの事です。
しかし、富士見丘蹴球団もセットプレーで得点するなどは個人技術では強豪バディSCに通用する部分も見れたが、流れの中で得点出来なかったようにチームとして大きく劣った部分があったのは否定出来ないと思う。
バディ会長が指摘するように『子供を少々型にはめすぎる』傾向はあるもののトラップなどの個人技術、連動制があるチーム全員の運動量、オフ・ザ・ボールの動き方などは学ぶべき事が多いと感じた。
そして富士見丘蹴球団が大舞台から遠のいていたせいか、先日の5年生大会の高井戸東SC地区ベスト4進出、今大会の杉並シーダーズ、東伊興SSSの大会1日目1位通過のような、ここ一番での勝負強さが不足しているのかも知れない。
富士見丘蹴球団は2年連続で大会2日目を3位パートで迎えることになったが、最後まで諦めず自分たちの力を発揮して今後に生きる何かを得る大会として欲しい。


セガサミーフェアプレーカップ
第25回東京都少年ジュニアサッカー大会

大会1日目【速報】


Aブロック予選リーグ成績*赤字は東京第4ブロック代表
A組リーグ 

1位杉並シーダーズ 2位MIP FC 3位FCトリプレッタ鶴川Jr
B組リーグ 

1位町田JFC 2位さいわいFC 3位FCエスペランサ
C組リーグ
1位バディSC 2位国立SSS 3位富士見丘少年蹴球団
D組リーグ
1位立川九小SC 2位FC芹が谷東京 3位Liberta
--------------------------------------------------------------------
Bブロック予選リーグ成績
A組リーグ
1位高島平SC 2位ブルーファイターズ 3位坂浜SC
B組リーグ
1位羽村少年SC 2位多摩SC 3位ペガサスFC
C組リーグ
1位東伊興SSS 2位城北アスカ 3位パリオーレ日の出
D組リーグ
1位柏レイソル青梅 2位永山FC 3位弥生SSS
--------------------------------------------------------------------
Cブロック予選リーグ成績
A組リーグ
1位バディSC江東 2位トリプレッタ渋谷 3位多摩平JrSC
B組リーグ
1位NPOヴィトーリア目黒 2位大和田SC 3位TTK・SC
C組リーグ
1位小菅SC 2位渋谷東部JFC 3位久米川小FC
D組リーグ
1位シルクロードSC 2位ヴァロールSCイースト 3位化成小SC
--------------------------------------------------------------------
Dブロック予選リーグ成績
A組リーグ
1位ドリームス品川SC 2位光が丘キッドSC 3位府ロクSC
B組リーグ
1位府中新町FC 2位東一FC 3位大沢FC
C組リーグ
1位練馬FC・U-12 2位EFCロケッツ 3位下丸子シューターズ
D組リーグ
1位関前SC 2位飛田給FC 3位練馬小SC
--------------------------------------------------------------------

111803

大会最終日も最後までガンバレ!

そして今後に生きる何かを得て欲しい!!


C代表チームが挑む決戦【富士見丘蹴球団4年生チーム】

いよいよセガサミーフェアプレーカップ 第25回東京都少年ジュニアサッカー大会が今日から府中市少年サッカー場(関東村)で開催されます。(11月18~19日)
富士見丘少年蹴球団C代表チーム(4年生以下)の大会1日目はAブロックC組で登場します。
大会初日の今日が登校日(学習発表会)となってしまった富士見丘小学校ですが、何とかメンバーの発表スケジュールを調整しながら無事に全員が大会に参加出来ることになりました。
Aブロックは町田JFC、MIP FC、バディSC、立川9SC、国立SSS、トリプレッタ鶴川と強豪がひしめく状態ですが、まず初戦の国立SSS戦(11:40~)を大事に戦い勢いに乗って欲しいと思います。
そして5ブロック2位通過のバディSC戦(13:20~)は予選通過順位(富士見丘蹴球団1位)は全く参考外であり、近年の実績からすれば大きく差をつけられている相手なので、第1戦に勝って勢いを付けて戦いたい相手です。
富士見丘蹴球団の幼稚園クラスから一緒にプレーする子供が大半のC代表チーム(4年生以下)なので、長年培った『あうん』の呼吸で強豪に立向かって欲しいと思います。

110900
自分たちを信じて、がんばれ!

富士見丘少年蹴球団C代表チーム!!

変則ミニゲームで課題克服へ【ヴェルディSS】

11月17日(金)今日は我が家に急遽水周りの工事が入るなどのトラブルで妻が立会い、私が仕事を終えた後に息子のヴェルディSSに付き添うことになった。
まだ11月中旬ではあるが、陽が落ちるとよみうりランド山頂はやはり寒い。

111701

やっぱり陽が落ちると下界より寒いよみうりランド山頂
そんな中、今日も熱心なヴェルディサポの方々が選手の出待ちをされていました。本当にご苦労様です。
今日のヴェルディSSへは息子の完璧なタイムテーブル通りの引率で我が家からよみうりランドまでの最短時間での到着となりました。
息子は何度か1人でランドまで通ったお陰で、全ての交通手段(京王線・市営バス)の時刻表や乗車位置までまったく無駄の無い道のりを習得し、妻から託された私の引率を自信持って1つ1つ説明しながら(まるでツアーガイド状態)練習場まで連れて行ってくらました。

自分の頭に入ったタイムスケジュールを時刻表を見て確認

111702

着替えから練習の準備までしっかり出来るように成長
今日は担当の大野コーチがなでしこジャパンのアジア競技大会(ドーハ2006)前の合宿、壮行試合で不在だった為、娘(ベレーザ味スタスクール)も毎週お世話になっている南山千明コーチといつもの川上直子コーチ【共にベレーザ】が練習を見てくれる事になりました。

111706

大野コーチの代役は娘もお世話になっている千明コーチ
練習前に息子が壁に向ってプレスキックの練習をしていると、何気なく通り過ぎる千明コーチが息子のセットしたボールを奪い笑顔でドリブルして行く。

月曜日のベレーザSSは高学年の女子相手で厳しい面が見られる千明コーチですが、息子たち低学年の相手は常に笑顔でサッカーを楽しませてくれます。
息子の練習を久し振りに見て感じたのは『スピードが付いた』『基礎技術が上達した』であった。

111703
息子の写真を撮ると最近またスピードが付いたと実感する
今日の練習前の息子との約束は『ピッチを広く使う』『自分と反対サイドも良く見る』です。
息子の場合、富士見丘蹴球団2年生チームで中盤の中央に入る事が多いいが、DFの裏へ通す縦へのパスは上手いのだが意図的にサイドチェンジをするような大きな展開をしない傾向があった。(縦が詰まれば当然左右に振って攻撃を展開するが)
今日の練習はいつものコーディネーション練習を終えた後のミニゲームを普通と違った方法で行いました。

111704

センターサークルに背を向けたゴールでの変則ミニゲーム
今日のゴールはセンターサークルに背を向け設置されエンドラインより少し前に置かれました。
これによりカウンターでの独走からの流し込むシュートや遠くからの入ればラッキー的なロングシュートが打てなくなります。
サイドを駆け上がって背を向けたゴールを過ぎたらサイドから中央に切れ上がりセンターサークルに向いてシュートを放つ。

なかなか得点を奪えない両チームの均衡を破る息子のゴール

111707

2年生全員の中で一番最初のゴールを決めて喜ぶ息子
このミニゲームは息子に意図的に左右に振って攻撃を展開させるようになり、偶然ではあるが息子にとっては大変に勉強になるミニゲームであった。

111705

後半は下がった位置からパスをサイドに上手く散らす。

帰りも自信満々の息子に引率されて帰路につきましたが、久し振りに息子のヴェルディSSを見ることが出来ました。

明後日は富士見丘少年蹴球団2年生チームは府中市のYNキッカーズ招待大会に参加するで、息子には今日の練習の成果を出して広い展開のサッカーを見せて貰いたいと思います。

息子のチーム選択【息子とサッカー③】

宝陽幼稚園に入園し3年目となり息子が待ちに待った幼稚園サッカー部(月・水・金)とヴェルディSS(火)のサッカー漬けの生活となった。
幼稚園年少組の頃から休み時間は園庭にある他の遊具には目もくれず、年長サッカー部員に混ざってサッカーボールを蹴って遊んでいた息子であったが、やはり揃いのユニホームを着込んでの練習は格別だったようだ。

111602

ヴェルディで教わる小技は息子にとって刺激的な練習
そして週一回のヴェルディSSで担当コーチとして出会った大野忍、近賀ゆかり【日テレベレーザ】両コーチの教えてくれるテクニックに刺激され息子のサッカーは進化して行った。

卓越した個人技、テクニックを持つ大野コーチ、スピード系でサイドを駆け上がりタイミングの良い攻め上がりを見せる近賀コーチと異なるタイプの女子サッカー選手を体感した息子はスクールの無い日は、ひたすら教わったプレーを復習していた。
そしてこの時期に刺激を受けた存在が幼稚園サッカー部のチームメイトであるK太君の存在であった。

111603

幼稚園通算96得点のK太君(左)と95得点の息子(右)
ドリブラータイプの息子に対し彼は決定力が高い点取り屋であり、右利きの息子に左利きのK太君であった。
体型も田中達也タイプの息子と永井雄一郎タイプで手足が長いK太君(共にプレーは全く足に及ばない例えであるが・・)と何から何まで対照的な2人であった。
2人はお互いが意識するライバルであり良きパートナーであった。

幼稚園の練習で2人の1対1は永遠に決着が着かないのではと思わせるぐらいにお互いが突破し、阻止する繰り返しであった。
K太君も息子との対戦を楽しみにしていたようで、列の順番がずれて対戦出来ないと分かると前に並んだ友達に頼んで息子とマッチアップする順番に変わって貰っていた。
1年間の練習、試合を通してお互いの特長を知り尽くし共存する術を覚えた2人の試合は決して団子サッカーにならず、他のチームメイトと起こる味方同士のボールの奪い合いなどは皆無であった。
この世代の宝陽幼稚園サッカー部は強かった娘の世代に勝るとも劣らないとの評価を受け、全体的なバランスでは娘の世代のチームより良いのでは無いかと園長や先生に言われていた。

111606

優勝の原動力として2人で仲良く表彰式でカップ・賞状を貰う
息子たちのチームも夏の第15回港区ちびっこサッカー大会で優勝を皮切りに交流試合などを連戦連勝で勝ち進んだ。
そして幼稚園サッカー部の3大タイトル(ヴェルディ主催大会・昭和記念公園全国大会・卒園記念大会)の1つであるヴェルディ主催のポカリスウェット杯の時期がやってきた。
この大会は私たち夫婦にとって1番嫌な気の重い大会である。
ヴェルディ主催ポカリスウェット杯は稲城市近郊の多摩地区のサッカークラブ、幼稚園サッカー部と首都圏の強豪サッカークラブ、幼稚園サッカー部を招いての大会となる。
当然ながらヴェルディSS年長クラスは2チームを編成し参加するが、息子の通う宝陽幼稚園サッカー部も毎年大会に招待されているのである。
第1回大会となった娘の世代もヴェルディSSと幼稚園サッカー部を掛け持ちしていた3名中2名(娘は問題外)を巡って親同士が険悪な雰囲気になった事があった。
その際は3名(A1人B2人)ともヴェルディに参加し見事Aチームが大会を制した。
宝陽幼稚園サッカー部も決勝トーナメントへ進出したものの中心的存在の2人を欠き敗退してしまった。
ヴェルディ大会参加が決まった頃から息子がどっちのチームで参加をするのかが、お母さん達の話題でありストレートなお母さんは妻に『まさかヴェルディで出ないわよね~』と意思を伝える人もいた。
私たち夫婦の率直な意見は『幼稚園での大会は何回もあるので1つぐらいヴェルディで参加しても良いかな?』であったが、プレーするのは本人であるので大会参加チームは息子の判断に任せた。
そして息子は宝陽幼稚園サッカー部の赤いユニホームを着て大会に参加した。

111605

息子は赤いユニホームを着てヴェルディ主催大会に参加
この年の宝陽幼稚園サッカー部もA・Bの2チームで参加することになり息子とK太君擁するAチームは危なげない試合で決勝トーナメントに進出しBチームも引分けはあったが決勝トーナメント進出を果たした。

宝陽幼稚園サッカー部Aチームの試合をグランド横で見ていた他チーム関係者と大会運営の人からは『宝陽Aは強いぞ!ヴェルディに勝つかもな!』との話も聞かれ程の完勝を収めた。

しかし決勝トーナメントではヴェルディSSとの準決勝を前に宝陽幼稚園サッカー部Aチームは伏兵さいわいFCの前に終了間際の逆転負けを喫した。

111607

ヴェルディSSとの対戦前の敗退にかなり凹んだ息子
大会を終えた宝陽幼稚園サッカー部はよみうりランドでの現地解散となり、息子は1人残って決勝進出を果たしたヴェルディSSの戦いをサイドラインの応援席で見守った。
宝陽幼稚園サッカー部がヴェルディSSに勝てると信じていた息子は対戦を前に敗退した事が本当に悔しかったようで、ヴェルディSSの友人たちが戦う決勝を見ながら人目を憚らず泣き続けていた。

そしてそのヴェルディSSも決勝で試合終了間際のカウンターでトリプレッターの前に沈んだ。
試合後ヴェルディSSの友人たちに『お前がこっちに出ていたら優勝出来たのに』と言われますます落ち込む息子でした。
よみうりランドからの帰り道に息子は私たちに『なんでヴェルディで大会に出ろって言ってくれなかったの?』と突っかかって来た。
息子は姉がヴェルディでこの大会に参加した事を言い出し私たちに文句を言い出したのである。
私は息子に対して『誰が選んだんだチームだ?』と声を荒げた。
そして息子に『自分が選んだことが上手く行かなかったからって文句を言うな』『負けるのが嫌だったら自分で何が一番良いか良く考えて選べ』そして『そんな文句を言う奴は親が選んだチームで負けたら親のせいにするだろう』と一喝してしまった。
息子としては自分が選んだ幼稚園チームの結果、ヴェルディSSの友達から言われた言葉に対して消化しきれない気持ちから出てしまった発言なのだと感じた。

111601

元チームメイトK太君とは小学生になっても熾烈な1対1を展開
息子は『ヴェルディでの次の試合はいつあるの?』と聞いてきたので、私は『試合はもう無いよ。次はヴェルディJRに合格しないと緑のユニホームを着て試合は出来ないんだよ』と答えた。
息子はその事実に残念がりながら『僕もっと上手くならないと』と言い、いつのまにか眠りに就きました。
彼の中で何か明確な目標が出来た2004年11月であった。

初めてのサッカークラブ【息子とサッカー②】

息子は念願のサッカークラブへ幼稚園に通う前に入る事が認められ、近所の公園に週1回サッカーを習いに行くことになった。
場所は家から歩いて5分も掛からない京王線の線路沿いにある公園であった。

111501

息子が初めて入ったサッカークラブは近くの公園で練習
妻は娘が通うよみうりランドへの付き添いだった為、お婆ちゃんが孫の希望を叶え寒い公園に連れて行ってくれた。
入部早々の息子がぶち当たった壁はサッカーの技術では無く皆とのコミュニケーションであった。
娘に比べ言葉の遅かった息子にとっては、たった1歳と言えども幼稚園で友達とコミュニケーションを毎日とっているチームメイトとはボキャブラリー(言語数)が絶対的に少ない為、特に幼稚園年長・年中の子供とは上手く意思疎通が出来ませんでした。
これはコーチとも同じで練習メニューも身体を使っての説明は理解出来るものの言葉での説明は理解出来ない状態が幼稚園入園するぐらいまで続きました。
そんな息子に『サッカー上手いね』『いっしょに練習しよう』と声を掛けてくれる身体の大きな子がいました。
その子は幼稚園クラスでは群を抜いてサッカーが上手く、いつも練習相手として息子を指名しとても可愛がってくれてました。
クラブが実施する大会(学年別大会)では年齢が違う為、一緒に試合は出場出来ませんでしたがチーム最年少の息子をとても面倒を見てくれました。

111502
初めての大会で優勝を飾りますますサッカーの虜に
息子は毎週この少年との1対1の練習を楽しみ、いつかは勝てるようになりたいとサッカーの練習に通いました。
家の中でもボールを肌身離さず妻が『お風呂よ』と声を掛けると息子は素っ裸でドリブルをしてバスルームに駆け込んで行く。
朝起きて寝るまでの間は殆どサッカーボールを足で扱いながら生活し、ボールを抱いて寝る生活を続けていました。
練習に通い慣れ少年のお母さんと仲良くなった妻から話を聞くとこの身体の大きなKくんは息子の1歳年上であり初対面の頃は幼稚園年少だったのです。

111503
息子が最初に出会ったサッカーの師匠Kくん(写真奥)
息子が初めて練習に参加した時点で年長・年中を差し置いてクラブで一番上手かった彼を目標に息子は2年数ヶ月をそのクラブで過ごしました。
年少の最後の方は何とかKくんと互角の勝負が出来るぐらいに成長しました。
息子が練習以外で公園に遊びに行った際もKくんは小学生の彼の兄(娘の同級生)や友達に『この子は小さいけどサッカーは凄い上手いから仲間に入れてあげて』と言って小学生のサッカーに入れてくれました。
この頃から超人見知りの息子が人と付き合う時のきっかけがサッカーになり、サッカーであれば年上の小学生でも仲間に入れて貰えることを覚えました。
自分ではなかなか見知らぬ子を誘って遊ぶことが出来ない息子が、公園に行ってボールを蹴りリフティングをすると公園でサッカーをしている見知らぬ子供から大学生までが『一緒にサッカーしない』と誘ってくれることを覚えた。
そして2年数ヶ月が経ち息子が年長になりKくんは小学生になりました。

021103
今年の大会で師匠Kくんと初顔合わせでマッチアップ(やはり大きい)
杉並区在住のKくんは通うべき富士見丘小学校では無く家に一番近い世田谷区の小学校に越境していきました。
息子は年長になり幼稚園サッカー部の活動が始まり、念願だった『ヴェルディでサッカーをやりたい』を叶える為、クラブを辞め姉と一緒にヴェルディ・サッカースクールへ通い始めました。
息子の初めてのサッカー師匠であるKくんも小学校入学と同時にクラブを辞め強豪クラブであるバディSCに籍を移しました。
彼と出会い息子はますますサッカーの虜となりました。
そしてもっとサッカーが上手くなれるようにと新たな環境(幼稚園サッカー部・ヴェルディSS)へ歩み始めた2004年6歳の春であった。

サッカーとの出会い【息子とサッカー①】

息子が少年サッカーと出会ったのはよみうりランドのヴェルディSSに通う姉の付き添いに行った時であった。(Jリーグ観戦はお腹の中にいたときからしていたが)
言葉を覚える前から常に家に転がっていた1号球をドリブルして廊下で遊んではいたが、団体競技としてのサッカーに触れたのは姉が同級生の男の子に混ざってボールを蹴っていた、よみうりランドだったと思う。

111401
娘が通っていた頃のよみうりランド 女の子を捕まえサッカーの相手に
幼稚園年長の子供たちが楽しそうにボールを蹴りグランドを走り回る姿を見てグランド横のスペースで同じようにドリブルをしていた。
1対1では母親や娘の友達の妹を相手に同じようにパス交換をし姉の練習が終るのを待っていた。
2001年息子が2歳、娘が5歳の春であった。
夏が過ぎ娘の通う幼稚園サッカー部も休日になると他のサッカークラブなどを招いて対外試合を行うようになった。
幼稚園のサッカーグランド横で応援する親たちは子供の活躍に一喜一憂し大きな声援を送っていた。
その年のある日、言葉もたどたどしい2歳の息子が妻に『僕もヴェルディでサッカーをやりたい』と生まれて初めて明確な意思を伝えてきた。
ヴェルディ・サッカースクールは姉が入る前は年中児童からのクラスがあったのだが、2000年頃から年長児童からのクラスになってしまい、ましてや幼稚園に入園前の2歳の息子を受け入れてくれるサッカークラブもスクールも無く妻は一生懸命『幼稚園に入ったら行けるサッカークラブがあるみたいだから我慢して』と息子を説得しました。
しかし息子の意思は固く『サッカー習いたい』の一点張りで、その話になると普段は物分りの良い息子が大粒の涙を流しながら『サッカー習いたい』と訴え続けていました。

それから数週間経った頃に近くの公園でサッカーを教えてくれているクラブ(違法?)があり体験練習のビラを配っているとの話を聞き、チラシを貰った幼稚園のお母さんからそのチラシを頂きました。
しかし、募集対象が幼稚園年少から小学生となっており幼稚園入園前の息子は参加資格がありませんでした。
妻と相談し体験練習に行き、その場で断られれば頑固な息子も納得してくれるだろと休日に体験練習が開催されている公園へ行きました。

111400
キックオフの瞬間に息子の抑えていた何かが解き放たれた
そこには幼稚園から小学校までの子供たちが集まり楽しそうにミニゲームをしていた。
その中心で大きな声の元気なコーチが子供たちを盛り上げ、子供たちも笑顔でボールを追いかけていた。
ミニゲームが中断し、その元気なコーチが私たちに『体験練習に参加の方ですか?』と尋ねてきたので私たちは『うちの息子がサッカーに興味があるのですが、まだ幼稚園入園前なんです』と言うとコーチは『大丈夫ですよ』と答え息子に『じゃあ一緒にサッカーしてみよう』と言い肩を抱きながら小学生などがいるコートに連れて行ってしまった。
そして笛が鳴った瞬間に何かから解き放たれた息子は猛然と小学生のボールを奪いに走って行く。
そして我が家の廊下で鍛えたドリブルでゴール前に行き見事にゴールを決める。(GK無しのミニゲーム)
その後もコーチが驚くぐらい小学生相手に猛プレスを掛けてはボールを奪い楽しい体験練習を終えました。
練習後にコーチから『これだけ出来れば幼稚園クラスに混ざっても充分出来ますよ』『入会の意思があれば連絡下さい』と電話番号と入会書類を渡された。

111402
幼稚園クラスに入れてもらい念願のサッカークラブに

そして息子の念願だったサッカークラブへの入部が幼稚園入園前に実現した。

娘の楽しい時間【ベレーザSS】

11月13日(月)今日は仕事で味の素スタジアムで打ち合わせでした。
4年ほど前に当時の東京スタジアムの担当になった時には遠い・寒い・何も無いの3重苦でした。
そんな仕事場も娘が味の素スタジアムのベレーザSSに通うようになってからは、打ち合わせ後に娘の練習を見るなどの機会に恵まれるようになり楽しい仕事場となりました。

111302
11月半ばの寒い観客席はたった1人で独占状態です
鈴鹿F1の仕事が終わってからは味の素スタジアムでの仕事が空いて娘の練習を見る機会がありませんでしたが、これから2~3週間はまた飛田給での打ち合わせなどが多くなるので月曜日が楽しみです。
今日も施設に設置する案件のデザインを起す為の採寸を行い、寒い甲州街道沿いの歩道を歩いていると横に自動車が止まり私に向って手招きをしている。
道でも尋ねられるのかと思えば、それは義父であった。
義父は娘がベレーザSSに遅刻しそうになって味の素スタジアムまで慌てて車で送ってきたらしい。
そして仕事中の私に『練習場に孫を送ってきたから、帰りは宜しく』と言って帰っていった。
私はその時点では仕事中だったので、17時30分過ぎになり仕事を切り上げ娘が練習するアミノバイタルフィールドに向う。
前回練習を見に行った際は観客席に付添いの親御さんがいましたが、今日は私が到着した時点で観客席は1人という状況でした。
練習を見学し30分して寒さが厳しくなり付添いの親御さんたちの少ない理由が身に染みて理解した。(当初は見学予定が無かったのでコート無しでの練習見学・・)
しかしグランドで練習に励む娘たちは防寒着を脱ぎ捨てシャワーを浴びたかのように汗をかきながらボールを追いかける。
そして練習後は楽しそうに皆で大騒ぎして駅まで歩いて行きます。

111301
別れるまで6人みんな話が尽きること無く楽しそうに帰って行く
今日の京王線組みは2人少ない6人でしたが、はじめて付き添って帰る私には相当騒がしく感じました。
しかし練習後で疲れているはずの皆が楽しそうで何よりです。(周りの人に迷惑だけ掛けなければ、少々騒がしくても良いんじゃない)
残念ながら娘が望んでいた『皆と駒沢で対戦したい』の夢は潰えてしまいましたが、都大会進出を決めたコスモスやまだ予選途中の皆には頑張って駒沢まで進出して貰いたいと思います。

むさしのJrリーグは連勝スタート【富士見丘蹴球団4年・3年】

11月12日(日)富士見丘少年蹴球団4年生・3年生チームが参加するむさしのJrリーグが富士見丘小学校で開幕した。
リーグ戦初日の相手は共に府中に活動拠点を置く府ロクSCとエルマーズFCの2チームとの対戦となりました。
4年生・3年生チームは昨年同様に府ロクSCとの開幕戦となりましたが、府ロクSC4年生チームは住信カップ5年生大会にレギュラー4人が補充メンバーとして抜けている為、来週のセガサミーカップ東京都ジュニア大会を目前に控えた富士見丘少年蹴球団4年生チームにとっては物足りない試合になってしまうかも知れません。
3年生の対戦2チームは共に府中市民大会3年生大会でベスト4に入ったチームなので富士見丘少年蹴球団3年生チームには良い経験となる試合と思います。

111211

セガサミーの最終調整になる試合で全員が出場を果たす。

試合は4年生・3年生共に8人制で行われました。

むさしのJrリーグ第1節

4年生大会【結果】
富士見丘少年蹴球団 ○12-0 府ロクSC


富士見丘少年蹴球団 ○ 6-1 エルマーズFC

111210

どこからでも崩せるのはタレント揃いの4年生の強み!


3年生大会【結果】
富士見丘少年蹴球団 ○ 5-2 府ロクSC


富士見丘少年蹴球団 ○ 4-1 エルマーズFC

111215

2試合目の失点はPKのみでコーチからも一定の評価

試合は女子のさわやか杯少女大会があった為、富士見丘蹴球団3年生と府ロクSCの対戦は見られずに終わった。
4年生は来週の東京都ジュニア中央大会を前にした最終調整試合との位置づけからチーム全員を出場させたが、まったく危なげない試合展開で2試合を終えた。
3年生チームは前線に2年生を配置し後方に3年生で固める布陣で初戦を戦った。
これは3年生チームのトップが1試合目を欠席し2試合目からの出場となり、もう1人のトップは怪我で欠場となった為に前線に2年生を配置した布陣となった。
強豪の府ロクSC【3年生】には今年の初めに対戦をしたが、その時は2年生チーム(現3年)が2勝1敗、1年生チーム(現2年)が2勝1分と共に勝ち越しており、直近の対戦である青梅FCジュニア招待3年生大会(3・2年合同)では引分けと決して分の悪い相手ではありません。
試合は全得点を補充メンバーである2年生が挙げ、守っては3年生の強固な守備が反撃を2点に抑え勝利を収めた。
息子たち2年生は3年生のロングフィードからチャンスを得ての得点を奪いましたが、上級生ならではの長いボールには走り込み易いようです。

111214

3年生バックス陣のスピードとパワーは見事です。

2試合目は途中参加の3年生トップを1つ下げた場所で使い前線は1試合目同様1トップの布陣となった。
ここでも4得点を挙げ、守っては3年生最終ラインがPKの1点に抑え完勝を収めた。
2年生補充メンバー5人も試合に出場したが、攻撃的なポジションに配置された為、思った以上にチームに貢献は出来たと思う。

しかし走り込む攻撃的ポジションでは通用はするが、受けて立つ守備的なポジションではスピード、フィジカル共に3年生には通用しないと感じた。

111212

冷静にキーパーの頭上を越すループには息子ながら驚かされた。

2年生の息子は2試合共に1トップで先発出場しましたが、観戦出来なかった1試合目の府ロクSC戦では3年生担当コーチとの約束通りハットトリックを達成したようです。
試合前に担当コーチから言われた『1トップだからどんどん1対1で仕掛けてシュートして欲しい』とのリクエストにも答えたらしく娘の試合会場から戻った私に『内容的には全く問題なしです。試合前の約束をしっかり守ってくれました』とのお言葉を頂きました。
合同で活動する事の多かった3年生チームですが、夏の青梅FC招待3年生大会以降は部員も増え3年・2年の合同試合はありませんでした。
今回のむさしのJrリーグも8人制のリーグなので本来は3年生単独チームでも戦える大会なのですが、次の世代に経験を積ませ継続的強化を図るため意図的に下の学年から5人を補充しています。
以前も同じようなケースで私の存在に気付かない父兄の方が『何で3年の試合で2年が出て3年がベンチなんだ!』と機嫌が悪そうに観戦されていたので、当然3年生がベンチに控える中での先発出場には結果を出さないと控えに回った3年生、父兄から不満が出るので、3得点の結果には正直に胸を撫で下ろしました。
2試合目のエルマーズFC戦は普段3年生チームでトップを張るFWが試合参加をしましたが、布陣は府ロクSC同様に息子が1トップに入り3年生トップは1つ下げた場所での起用となりました。
この状況も2年生の親としては居心地の悪い状況でありましたが、息子は1対1で落ち着いて前に出たキーパーの頭上を越えるループシュートで先制点を奪いました。
2点目は後方に配置された3年生からのロングフィードが裏を突かれ必死に戻るキーパーを追い抜き走り込んだ得点でした。
3年生からの長いボールに走り込みだけのゴールでありますが、最後まで良く追ったと思います。
後半になり3年生担当コーチとの2度目の約束を果たすべく3点目を狙いましたがGKの脇を抜いたシュートはポストに当たり得点には至らずお役御免でベンチに戻りました。
結果としては2試合の1トップ起用で5得点と3年生トップを1つ下げての試合出場に対する面目を保つだけの活躍は出来たと思います。
次回のむさしのJrリーグ3年生大会は残念ながら2年生が強豪チームが集う大きな招待大会に参加する予定らしく、2年生からの補充メンバーは無いようです。

111213

3年生同士のフィジカルコンタクトは激しくスピードもある!!