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自然や芸術 食など美を 遊び心で真剣に

染めと織の万葉慕情80
  よりよい紐解け我妹
   1983/10/21 吉田たすく


 紐の歌のつづきです。
 先週につづいて巻十二にのっているからひろって見ます。別れぎわに
二人して結びあった紐は一人して解く事はありませんでした。
 又あう日のためにこの紐は結びつづけているものです。”別れを悲しぶる歌“の中の一首

  白たへの
   君が下紐
     我さへに
    今日結びてな
     あわむ日のため

 白たへのあなたの下紐を“われさへに”私まで手を添えて、今結びまし
ょう。
「二人して結び紐を一人して われは解き見じ」という歌のように、二人が二人の手と手で互に結びあう場面のようすが見えるようです。 そし
て再び、又お逢いする日のために、とっています。
二人の間にゆえあって逢えない日が長くなって、来ますと、恋しい逢い
たい気持ちがむねにこみあげて来るのです。 このせつない思いを忘れさせてくれる草がありました。“忘れ草”です。

 真夏の白雲の浮かぶ青空の野によじれ咲く真っ赤な花びらの「カンゾウ」の花です。 この花を身に付けると、憂えを忘れる草と信じられていたのです。
  わすれ草
   わが紐につく
     時となく
    思ひ渡れば
     生けるともなし

 わすれ草をわが下紐にくっつけて、恋を忘れようとしているけれども、
ききめなく忘れられなくひっきりなしに恋しく思っていると、生きてい
る心持ちもしないから。という歌もあります。

この歌とは反対に、二人の出逢いがあって“早く紐解け、とか"さあさ
紐解きな”といった歌もあります。

  明日よりは
   恋ひつつあらむ
     今夜だに
    早く初夜(よい)より
     紐解け我妹

 これは七夕の夕、牽牛が女に逢っての床入の歌ですが、明日からは又
天の川をへだてて別れ別れになってしまい、互に恋いつつ一年間すごさなくちゃならないから、今夜はよいのうちから紐解きなさいよ織女さんよ、
とたのしい会話が空から聞こえてくるようです。

 つぎの歌は女の家に男がたづねた夜の問答歌です。

  ただ一人
   寝れど寝かねて
     白栲の
    袖を笠に着
     ぬれつつぞ来し

  雨も降り
   夜もふけにけり
     今さらに
    君行かめやも
     紐解き設(ま)けな

 ひとり寝にねつかれず、「袖を笠にしてたづねて来たよ」「雨も降ってるし夜もふけて来たからあなた今更かえらんかっていいじゃないの。さあ下紐解いて寝る仕度をしましょうよ」と万葉当時のよぱいの(結婚)のよう
すがしのばれるのです。

       (新匠工芸会会員、織物作家)






染めと織の万葉慕情79
  結びし紐を解かめやも
   1983/10/14 吉田たすく

 紐の歌のつづきです。
 先週の歌は巻十二の中の歌でしたが、まだ紐の歌がありますのでひろっ
て見ました。

 海石榴市(つばいち)の
  八十(やそ)のちまたに
    立ち平(なら)し
   結び紐を
    解かまく惜しも

 この“つばいち”は、ずっと前の歌にも出た地名です。今も奈良にその名ののこる小さな村があるそうですが、万葉時代には大変にぎやかな「市」が開かれていた町で、いくつにも分かれた辻があって、今でいえば東京銀座の四丁目にあたるところだったのでしょう。名の通り椿の木が植えてあったそうです。 万葉だけでなく「かげろう日記」にもその”つばいち”の宿に泊って、さまざまな人達が往来する様子をその宿のしとみ戸のすき間から見ている事が記されています。
 その“つばいち"はかつて歌垣が開かれていたようでして、つばいちの八十のちまたで、男女が恋歌をうたいながら、地を踏みならして踊りをおどったのでありましょう。

 恋歌がまとまっていっしょになったカップルが、うま寝のあとの別れに下紐を結びあったのです。その紐を解いてしまうのは惜しいと詠っていますが、この場合の“解く”は二人して解くのでなく、つばいち”ではじめて二人になって結びあった紐ですから、今度いっしょになるまで結んでおいて、勝手に自分一人で解きすててしまうのは惜という意味だろうと思います。(思いすごしかもしれませんけれど)

 二人して
  結びし紐を
    ひとりして
   我は解き見じ
    直に逢うまでは

 という歌もありますので、そうであったのかも知れません。
 巻第九の歌ですが同じように“直に逢うまで"を詠った歌もあります。

  我妹子が
   結びてし紐を
     解かめやも
    絶えば絶ゆとも
     直に逢ふまでに

 これは長く逢えないので、二人して解くチャンスにめぐりあいません。
結んでくれた紐はよれよれになって切れそうになっても、直に妹に(彼氏
に)逢うまでは解きませんよ。と、恋のはげしさを詠っているのです。
 ところがこんなに長く逢えなくて下紐が糸のみだれになるのを予想して、縫いなおすよう針を持たせている歌もあるのです。

 草枕
  旅の丸寝の
    紐絶えば
   吾が手と付けろ
    これの針持し

 妹の彼に対する愛情というのでしょうか。 こんなにしてまで二人のちぎりの思はつながっているのです。それにしても、長い間逢えないのはなさけないことです。

  針はあれど
   妹しなければ
     付けめやと
    我を悩まし
     絶ゆる紐の緒

 わたしが居なければ自分でなおしなさいと、わたしてくれた針はあるけれども、切れては私をなやますこの下紐だわいなあ。はやく逢いたいも
のだと、 なげくのです。

           (新匠工芸会会員、織物作家)




挿絵の花

ジョウロウホトトギス

実家の庭に咲いている花です。

山陰地方には無い花ですが、父か母が何方かに頂いて庭に植えたのですね。

 植物学者の牧野富太郎が25歳の時に高知県で見つけ余りの美しさに上臈(宮中の貴婦人)と和名を付け、その絵が日本郵便切手にもなってるそうです


染めと織の万葉慕情79

  結びし紐を解かめやも

   1983/10/14 吉田たすく

 

 

 紐の歌のつづきです。

 先週の歌は巻十二の中の歌でしたが、まだ紐の歌がありますのでひろっ

て見ました。

 

 海石榴市(つばいち)

  八十(やそ)のちまたに

    立ち平(なら)

   結び紐を

    解かまく惜しも

 

 このつばいちは、ずっと前の歌にも出た地名です。今も奈良にその名ののこる小さな村があるそうですが、万葉時代には大変にぎやかな「市」が開かれていた町で、いくつにも分かれた辻があって、今でいえば東京銀座の四丁目にあたるところだったのでしょう。名の通り椿の木が植えてあったそうです。 万葉だけでなく「かげろう日記」にもそのつばいちの宿に泊って、さまざまな人達が往来する様子をその宿のしとみ戸のすき間から見ている事が記されています。

 そのつばいち"はかつて歌垣が開かれていたようでして、つばいちの八十のちまたで、男女が恋歌をうたいながら、地を踏みならして踊りをおどったのでありましょう。

 

 恋歌がまとまっていっしょになったカップルが、うま寝のあとの別れに下紐を結びあったのです。その紐を解いてしまうのは惜しいと詠っていますが、この場合の解くは二人して解くのでなく、つばいちではじめて二人になって結びあった紐ですから、今度いっしょになるまで結んでおいて、勝手に自分一人で解きすててしまうのは惜という意味だろうと思います。(思いすごしかもしれませんけれど)

 

 二人して

  結びし紐を

    ひとりして

   我は解き見じ

    直に逢うまでは

 

 という歌もありますので、そうであったのかも知れません。

 巻第九の歌ですが同じように“直に逢うまで"を詠った歌もあります。

 

  我妹子が

   結びてし紐を

     解かめやも

    絶えば絶ゆとも

     直に逢ふまでに

 

 これは長く逢えないので、二人して解くチャンスにめぐりあいません。

結んでくれた紐はよれよれになって切れそうになっても、直に妹に(彼氏

に)逢うまでは解きませんよ。と、恋のはげしさを詠っているのです。

 ところがこんなに長く逢えなくて下紐が糸のみだれになるのを予想して、縫いなおすよう針を持たせている歌もあるのです。

 

 草枕

  旅の丸寝の

    紐絶えば

   吾が手と付けろ

    これの針持し

 

 妹の彼に対する愛情というのでしょうか。 こんなにしてまで二人のちぎりの思はつながっているのです。それにしても、長い間逢えないのはなさけないことです。

 

  針はあれど

   妹しなければ

     付けめやと

    我を悩まし

     絶ゆる紐の緒

 

 わたしが居なければ自分でなおしなさいと、わたしてくれた針はあるけれども、切れては私をなやますこの下紐だわいなあ。はやく逢いたいも

のだと、 なげくのです。

 

           (新匠工芸会会員、織物作家)

 

備忘録として

 

ラベッタラオチアイやその他池下のレストランストリート

 

 

カウンター12席テーブル4

 

スタッフも板場カウンター内に5名 ホール担当に5名ぐらいいてすごく多いと思う。 (実際は調理人は12人位ホールは10人位で常時6人くらいらしい)それくらい流行っている店という事なんだろう。

 

スパークリングワイン

ロータリブリュット

 

先付け

鱧の酢の物

カステラ卵

フワフワ

野菜サラダ ジュレ

蛸と胡麻豆腐の胡麻味噌和え

 

どれも普通の味

 

 

「店主笠原おすすめ 鬼レモン」という日本酒カクテル

 

日本酒ベースだけど日本酒の味がしない ただの甘味を抑えたレモンサワーだね

 

太刀魚フライ

福神漬けのタルタルソース

カレー塩

ライム

 

太刀魚フライ 味は普通では塩がしっかり効いていてそのまま何も付けない方が良い辛さなので、ライムだけかけて食べる。

 

福神漬けのタルタルソースもそれなりに美味しいが、塩辛いので残念ながら、カレー塩も必要かない。

 

 

ワイン3種飲み比べ1500円

値段が値段なので遊びで注文

・南仏のピノノワール

・南仏のカベルネ・ソーヴィニヨン

・カリフォルニアのカベルネ・ソーヴィニヨン

何がおすすめか 何も感じない お値打ちで飲みやすいという意味かも。

 

 

大葉のかき氷 いいね 好みがすごく別れるだろうが野の味がする

 

椀物

海老と枝豆の真丈 賀茂茄子

賀茂茄子が美味い

真丈は美味しいけど枝豆を入れたことでエビのプリプリ感が消えて味が薄まり、並の味になっている。

 

 

お酒石鎚 夏純 槽絞り

 

 

お造り

真鯛 金目 イサキ

水茄子 コウシンダイコン 野菜の胡麻油和え(野菜の名前を聞いて忘れてしまった)

 

刺身のツマは、新生姜と昆布の和えたもの

新生姜が生きすぎてとても美味しい。でも辛くてお造りに乗せられない。それだけを少しづつ口に入れる

旨い

 舌がピリピリ

 酒がその上を流れ いいね!

 

刺身醤油は煮切り醤油

これだけで旨みがあるいい醤油だこの味なら何に付けても美味しくなる良いしょうゆ

 

 

鱸のバター醤油

隣は赤身の魚のタルタルかと思ったら、トマトの昆布和えだった😅

 

塩昆布をいろいろ使われているが、とても賢い 塩昆布を使えば必然的にグルタミン酸が沢山あります旨みが十分出るので他が弱くても誤魔化せる。 誤魔化すというのは失礼な言い方ですが、上手に美味しく作る方法です。

でもね、つまんない。

 

鶏と分葱と椎茸の茶碗蒸し

上に大根をフードプロセッサーにかけたものが乗り、その下にちゃわんむしになっている

 

とうもろこしご飯

とうもろこしの素直な美味しさだけでなく醤油、バターか生クリーム 粉山椒が入った様なミックス味。

若い人の気を引く様に様々入れられているのかもしれないが、

余分なものを入れずにとうもろこしを少し増やし粗塩で作ればもっと美味しいだろう。

 

おしんこは、胡瓜の浅漬けといぶりがっこ

 

胡瓜の浅漬けはフレンチでも何にでも合うが、いぶりがっこはそうはいかない。癖がある旨みなので逆にサラッとしたもの等に合うのに今日の様にミックス味のピラフっぽいご飯にはちょっと違うだろうと思う。

ご飯の共でなく、酒のアテとしてこの時にあるのであれば正解だが。 日本酒はもう空だ。

汁は赤出しかと思った

 

 

ご馳走様でした。

 

このお店の店名は「賛否両論」で、もっと尖った料理や味を想像し、期待するのですが、実際は可もなく不可もなく

料理全般程々美味しく卒がない、 けど、それだけ。 それが良いのかもしれませんが。

近場にあってちょっと食べるにはいい店

 

なによりも、食材の持っている味を活かして美味しくする料理が一番だね。

 

 
[住所]愛知県名古屋市千種区高見2-1-12 ナゴヤセントラルガーデン 

地下鉄池下駅から徒歩約5分。セントラルガーデン並びの一番奥。

池下駅から471m


[営業時間]11:3013:00 13:3015:0018:0022:00
[定休日]月曜日

先日 当代きっての蕎麦名人の一人、阿部孝雄氏の箱根の竹やぶへいきました。

 蕎麦好きならば知らない人はいない、当代きっての名人の一人、阿部孝雄氏。「手挽き、手打ち、石臼挽き自家製粉」を世に定着させた方で、亀有「吟八亭 やざ和」、明治神宮「玉笑 」、東長崎「手打蕎麦 じゆうさん」など数多くのお弟子さんを輩出され、まぎれもない現代蕎麦の功労者です。

その奥様と息子さんがやられている箱根店です。

 阿部孝夫氏の人物についてと、建物、個人ギャラリーについては竹やぶ①~③で紹介していますのでそちらをご覧ください。

今回は蕎麦料理です。

 

今日のテーブル

 

今日の蕎麦

 新潟塩沢産

 

旅三昧 3500円

 あらびきそばがき

 せいろ(十割蕎麦)か田舎せいろ

 にしんそば(小)

 甘み 水あずき

 

 鄙願(1合) 2500円

 

鄙願 久しぶり。

 辛口日本酒の最高峰とも言える味で美味しく蕎麦によく合うが、小売店では販売していないので、こういう良い蕎麦屋に行かないとなかなか飲めない酒です。

 

 鄙願が置いてある店では必ずと言って良いほど注文する。

 上品な辛口で蕎麦の味を邪魔する事なく、側でサラッと合わせる味わいのいい酒だ。

クセがなくきれいでさらっと辛口

 

ハゼ石入りの灰釉の陶器に

 たっぷりな氷と 山から摘んできた瑞々しい擬宝珠に、水引 

 谷川の縁の様に涼を呼ぶ あしらい なかなか良いね

 

徳利も涼しそう

グラスのぐい呑みがいいね  ちょっとドームっぽいアールデコか

  素朴な手書きの木が良い

 

 

 

 供は 山葵の茎 茗荷酢漬け 新生姜 

 

どれもいい味

 

ゼンマイのごま油煮

これも旨い

 

鄙願のサラッとした辛みがいい感じ

 

粗挽き蕎麦がき

何も付けないで一口

  美味い

 

甘くてプチプチっと大粒粒子がつぶれる

旨い!

中々難しいつくりだ。

  いい蕎麦だ

 

先回7月は「粗挽きなのに上品で綺麗な旨み。ここまで粗挽きならもっと甘味があってもいいのだが、出過ぎることもなくバランスが良い。」と書いたが、今回は随分と甘みがあり熟した感じ これは旨い!。

 

蕎麦がきのつゆは甘くなくて良い

 

今日の蕎麦は成田産とのこと

田舎せいろ

やや細打ち

少しざらつき

ツルツルと飲みこむような喉ごしを楽しむ世界とは違い、蕎麦を楽しむ味。

 

せいろ 十割蕎麦

腰はある

田舎の方が甘い

主に何もつけないか、塩で食べているが、

蕎麦つゆは関東風の辛口だが丸い味わい。いい味 美味しい。

 

たっぷりな氷と 山から摘んできた瑞々しい擬宝珠に、水引 

 谷川の縁の様に涼を呼ぶあしらい

 

 

蕎麦湯はトロトロの別製ではなく、やや濃い目の蕎麦湯だった 

 

にしんそば

 

普段 鰊蕎麦を注文することはないが、今回はセットに組み込まれていた

ところがどうだ、つゆがすこぶる旨い

いい蕎麦だ。

 身欠き鰊などどうでも良いが身欠き鰊を出汁につけることで、ニシンオイルと鰊の旨みが汁に混ざり旨みもアップする。

この後 鰊を取り去って、生湯葉を少しと浅葱だけで蕎麦一口出されたら最高だろうね。

 

甘味

水あずき 冷茶

 

さすがですね どれも美味しかった。

 

  数年後、旨い蕎麦と共に、阿部孝雄氏のあたらしいどんな作品ができているか楽しみに伺おうと思います。

 …………………………

 

鄙願

新潟の酒屋さん、「酒・ほしの」の星野稔さんと造り手の酒匠・平田大六さんが「一生に一度でも、心底うまいなぁと、しみじみ実感できる酒を飲んでみたい」と言う悲願から二十年がかりで作り上げたプライベートブランドで、市販はされていません。

 鄙願(ひがん)というお酒は季節限定で、
春・・・鄙願 時分の花
夏・・・鄙願 打ち水
秋・・・鄙願 程々
冬・・・鄙願
とサブタイトルがつく。すべて飲んでみたいとは思いますが、なかなか入手は困難です。

 その変わった建物は遠くからでもなんじゃッと思わせる変わったもので先回はその建物を載せましたが、今回はギャラリーです。

 

 エントランスから建物へ、どこからみても阿部孝雄ワールド。大きなキノコや動物、色とりどりのオブジェやモザイク画、割れた皿やビー玉を埋め込んだアプローチなどあの柏本店を更に派手にした感じで、とても変わっていますが、ギャラリーはその集大成。

 

食事をした後、奥様とへ「柏の竹やぶへ初めてお邪魔したのは、今から34年前で、さまざまなオブジェにびっくりしたことや、恵比寿や六本木のお店にも数回お邪魔していることなど」をお話しし、昔の話やこの箱根のお店についてお話を伺いましたが、阿部孝雄氏は、今は講演などもあり店には出ないが、とても元気で、こちらに時々来て何やらいつも作っている。以前よりは作風が変わってきているが。とおっしゃられました。

その後、普段は灯りを落として閉められているギャラリーを見られますかとおたずねになり、ぜひお願いしますと、拝見させていただきました。

 

 

どうだ この面白さは

 

 

 

 

 

 

いかがですか 面白い世界ですね。
なによりも作っている本人が一番楽しいでしょうね
 阿部孝雄氏現在79歳 その世界はどんどん広がっています。
  数年後、旨い蕎麦と共に、あたらしいどんな作品ができているか楽しみに伺おうと思います。
 

 

竹やぶ箱根店の旨い蕎麦については次回書きますね。

 

…………………………………………

阿部孝雄氏

昭和19(1944)年、新潟県生まれ、十八歳の時、集団就職で上京。二年後、「池の端藪蕎麦」に入店。一年十ヵ月の修業の後、昭和41年、千葉県柏駅前に「竹やぶ」を開業。五年後、道路拡張のため移転を余儀なくされ、一年間休業。この間に手打ちを学ぶ。翌年柏駅前のビルのワンフロアで営業を再開。昭和57年、自然に囲まれた環境を求め、手賀沼を見下ろす丘へと店を移す。駅前時代から始めていた石臼による製粉をさらに深化させ、玄そばからの自家製粉に着手。その後も手挽きの田舎そばなど新たなそばの世界を打ち出してニューウェーブの旗手と評判を得る。平成5年に「恵比寿竹やぶ」を開店(平成15年3月閉店)、平成14年は三店目となる「箱根竹やぶ」をオープン。平成15年4月、六本木ヒルズに「六本木竹やぶ」を開店(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

今の世は
 採る人もなき
    山栗も

  いにしえよりの
    たいせつな幸
  

 栗は生でも食べられ、長期保存も出来る素晴らしい食糧。

 縄文時代は 1万2000年という有史以来最長の時代ですが、縄文時代の食物調査で花粉量検査をすると、驚いたことに縄文初期から日本各地で栗花粉がどんどん増えていって一番多いそうです。
縄文人は栗の特性をつかみ、保存できる食糧確保の為に栗の木を増やしていったのです。
 そう日本最古の栽培植物でした。
栽培というと米を思う方が多いと思いますが、米が日本に来る何千年も前に栗栽培は始まっていたのです。

物語のある料理
 「野の花料理・恵那の野山の 蕎麦懐石」は3週間以上前に予約を頂いていますが、
三週間もお時間をいただくのは、今の季節の恵那を感じ食べていただきたいから。

予約をいただくと恵那の野山へ旬の幸や飾る花を探しに行き、来られる日に合わせたお品書きなどを考え、料理を用意していきますが、
 自然相手ですからもう枯れていたり早すぎたり、昨年あった場所にはもうなくて、目を付けていた山の幸も猪や山鳥などに先に取られてしまい、お品書きを変更ということばかり。

 今回もまた予約を頂き、早速車で郊外の山の方へ出かけました。
コスモスの群生や曼珠沙華等が咲いている横を車で更に奥に。
 山柿を見つけましたが、まだまだ青く小さな実で使えません。

  代わりに山栗がありました。
栽培品と違い取れる時期も短く 今だけ

栗のイガは針よりも鋭利でちょっと触るだけでとても痛い。すぐにチクッと刺され
 採っている最中に 後ろからは藪蚊が寄ってきて大変です。

今年は暑さが厳しく活動できなかったのかこの時期になって急に藪蚊が多くなっているようです。
数カ所刺されて 痒い痒い。

前門の虎 後門の狼ではなく
 前門のイガ後門の藪蚊ですね

山栗は小さく剥くのが大変なので現代人は誰も採りません。

 写真の大きな栗はスーパーなどで販売している栗の中でもやや小型のものですが、私が山で採ってきた山栗はその六分の一から十分の一しかありません。

栽培して剥くのも楽な大きな大味の栗を食べて 自然の栗の美味しさを忘れています。

 採ってきたばかりの山栗は、もう20年ほど前からやっている方法ですが、冷蔵庫で2〜3週間程、氷温で寝かせて栗に冬を感じさせ、春の発芽の為の甘みをじっくりと出させてから使います。
山栗はそのままでも栽培された栗より甘みも旨味も濃いのですが、これで更においしくなります。
(0℃でたった2日間置くだけでも糖度は2倍、20日以上置くと糖度は3、4倍になります)

じっくりと寝かせて甘味の充分出た山栗の殻を剥きますが、
小指や人差し指の先位の 小ささで剥くのは本当に大変。

 剥いた栗は、数日間 半乾燥させて更に味を少し凝縮させてから蒸します。(蒸すのは、湯掻くと大切な旨味も出てしまう為)
蒸した後しばらく乾燥させ、低温のオーブンで1時間以上焼いて完成です。

恵那の秋が凝縮した濃厚旨味の山栗は、その他の野山の自然な幸や、手挽きの日本一超粗挽き十割蕎麦と共に

 「野の花料理・恵那の野山の 蕎麦懐石」で味わっていただきます。

今年の6月18日に訪問して また再訪 箱根の昼食はここに限る。

 

 その変わった建物は遠くからでもなんじゃッと思わせる

入り口が上と下の2つあり、どちらから入るかで印象が大きく異なります。

「竹やぶ」阿部孝雄さんの世界観を感じられるのは、「下」の入り口であり、初訪問の場合は絶対に「下」から訪問する方が楽しい。

 

 外観はどこからみても阿部孝雄ワールド。近くへ行くと大きなキノコや動物、色とりどりのオブジェやモザイク画、割れた皿やビー玉を埋め込んだアプローチなどあの柏本店を更に派手にした感じで、とても変わっている。店内もやはりここも阿部孝雄ワールド全開でした。

 

 

 

 

今度は上の入り口から

 

 

 

 

店内へ

 

 

食事をした後、奥様とへ「柏の竹やぶへ初めてお邪魔したのは、今から34年前で、さまざまなオブジェにびっくりしたことや、恵比寿や六本木のお店にも数回お邪魔していることなど」をお話しし、昔の話やこの箱根のお店についてお話を伺いましたが、阿部孝雄氏は、今は講演などもあり店には出ないが、とても元気で、こちらに時々来て何やらいつも作っている。以前よりは作風が変わってきているが。とおっしゃられました。

そのご、普段は閉められているのですがギャラリー見られますかとおたずねになり、拝見させていただきました。

 

 

今回はあまりにも変わった阿部孝雄ワールドを建物のアプローチから店内までさまざまな写真を載せましたが、ギャラリーと肝心の蕎麦は次回書きますね。

先日 当代きっての蕎麦名人の一人、阿部孝雄氏の箱根の竹やぶへいきました。

 

竹やぶ箱根店にいくのなら、まず、阿部孝雄氏と柏本店について少し触れたいと思います。

 

 蕎麦好きならば知らない人はいない、当代きっての名人の一人、阿部孝雄氏。「手挽き、手打ち、石臼挽き自家製粉」を世に定着させた方で、亀有「吟八亭 やざ和」、明治神宮「玉笑 」、東長崎「手打蕎麦 じゆうさん」など数多くのお弟子さんを輩出され、まぎれもない現代蕎麦の功労者です。

 

 20歳の時に池之端藪蕎麦で修行し、なんと22歳で柏駅前に「竹やぶ」を開店、当時、皆無に等しかった手打ちそばの打ち方を学び、また、柚子切り、芥子切り、蓬そばをはじめ五百種類以上の変わりそばを創作し、ただひたすらにそば職人としての道を猛進。

一時期、店を閉めた機会を利用して日本各地の旨いそばを訪ね歩いたそうですがそれがかなり勉強になったとか。

 

 

 私が竹やぶを知ったのは、今から34年前。東京に住んで新規アパレルを立ち上げた年です。千葉県柏市に「竹やぶ」という凄い蕎麦屋があるというので、蕎麦好きとしては“行かなければ”と、時間を見つけて電車とタクシーを使って出かけました。

 「竹やぶ」は、手賀沼を一望する小高い丘の上にあり、竹林に抱かれた大きな日本家屋。近くへ行くと大きなキノコや動物、色とりどりの置物やモザイク画が並び、見ているだけで面白く、お店に入る前から店主のおもてなしがはじまっている感じで、阿部孝雄氏の手作りの和と不思議な摩訶不思議なパラレルワールドです。

 

 

 フランスのオートリーブという村にあるシェバルの城をモチーフにしたという古瓦を葺き、割れた皿やビー玉を埋め込んだアプローチや店の内装にいたるまで意匠のおもしろさに驚きました。

(シェバルの城はフランス リヨン。そこから、車で約1時間30分ほど南に下った場所に、「シュバルの理想宮(Palais ideal du facteur Cheval)」と呼ばれるたった一人の郵便局員が33年という長い年月をかけて作った「理想宮」という素晴らしい建造物があります。

 そこは、先日私が訪れた三重県の山奥の広大な陶芸彫刻空間 「虹の泉」にも似た不思議な場所にも似ています。)

 

 竹やぶの特別変わった建物や店内ですが、食べる蕎麦はとても美味しい。

しかし建築やオブジェの主張が強すぎて何を食べたかは斬円ながら記憶の中には残っていません。

 

 美味い蕎麦で蕎麦通もよく通った「竹やぶ」と店主の阿部孝雄氏は、当時メディアでもよく取り上げられていました。

 

 

 

 そして1993年 恵比寿店オープン(2003年に閉店)。蕎麦屋らしからぬ素っ気ないコンクリート外觀と、外からの光をシャットアウトした店内、前衞的なオブジヱの飾られた店内はとても変わった空間でしたが、恵比寿というロケーシヨンに合つているのか雜誌等のメデイアでよく取り上げられていました。

 

 2003年六本木ヒルズオープンでは「竹やぶ」は破格の賃料で誘致されとても話題になりました(2011年に閉店)。

柏本店、恵比寿店、六本木ヒルズ店についてはそれぞれ数回行っていますが、2002年にオープンした阿部孝雄氏の手作り建築の箱根だけはまだ未到でした。

箱根店は広い敷地に店主「阿部孝雄」ワールドが広がっており、柏店同様に先代の店主「阿部孝雄」が割れた皿やビー玉を埋め込んだアプローチや店の内装にいたるまで意匠のおもしろさが感じられます。そして現在もまだ増殖中です。

 

次回 箱根竹やぶについて書きます。

…………………………………………

 

阿部孝雄氏

昭和19(1944)年、新潟県生まれ、十八歳の時、集団就職で上京。二年後、「池の端藪蕎麦」に入店。一年十ヵ月の修業の後、昭和41年、千葉県柏駅前に「竹やぶ」を開業。五年後、道路拡張のため移転を余儀なくされ、一年間休業。この間に手打ちを学ぶ。翌年柏駅前のビルのワンフロアで営業を再開。昭和57年、自然に囲まれた環境を求め、手賀沼を見下ろす丘へと店を移す。駅前時代から始めていた石臼による製粉をさらに深化させ、玄そばからの自家製粉に着手。その後も手挽きの田舎そばなど新たなそばの世界を打ち出してニューウェーブの旗手と評判を得る。平成5年に「恵比寿竹やぶ」を開店(平成15年3月閉店)、平成14年は三店目となる「箱根竹やぶ」をオープン。平成15年4月、六本木ヒルズに「六本木竹やぶ」を開店(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

 

 

 

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蕎麦屋の歴史

蕎麦屋の発祥は豊臣秀吉の大阪城築城の時にさかのぼるといわれています。
江戸時代から現代まで続く老舗蕎麦屋の系列は、江戸そばの、「のれん御三家」と呼ばれる「藪」「砂場」「更科(さらしな)」があり、もうひとつ「長寿庵」の四系統あります。

 その後、昭和になり蕎麦の世界を大きく開いて行った片倉康雄の足利・一茶庵、阿部孝雄氏の竹やぶ、高橋邦弘氏の翁グループ、服部隆氏の名古屋・沙羅饗などが時代の寵児となって蕎麦界をひろめました。

これらについては私のブログで「蕎麦の種類(2) 蕎麦屋の系列による分類」というタイトルで2016年7月10日に書いていますので、ご興味を持たれましたらご覧ください。

 

http://foo-d.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-829b.html

 岐阜県山県市にある知る人ぞ知るジビエの名店  摘草料理「かたつむり」情熱大陸で紹介された予約困難なお店で、8月にもう年内は予約が取れないという。

今回は7名で行きました。

到着すると、ごく普通の一軒家。

中に入ると民家を改造したダイニングにテーブルと椅子、

横の棚には獲った動物の頭蓋骨が並んでいる

クマの手

 

 

飲み物

ニューイングランドIPSのクラフトビール 

IPAとはIndia Pale Ale(インディア・ペールエール)

フルーティーでジューシーな香りと風味、苦みを抑えた柔らかな飲み心地が特徴です。

 

つきだし

 うなぎの骨唐揚げ

 里芋

 宿儺カボチャ

 枝豆湯掻いてバーナー

 海老

 

 

郡上鮎

 いい味 頭からいただく

 

猪柄肉煮物

  オクラ セロリ

 

 

 

イノシシハム サラダ

 

オリーブオイルの粒

キャビアオイル

 

稚鮎と猪の竜田揚げ ししとう 茗荷 トウモロコシ

 

天然鰻

 何種類かあって大きめの560g すごく太くて大きい。

 

身が厚く 養殖物の様な雑味がなく綺麗な味で脂も乗りいい味でした

とてもうまい

 

 

ここで 冷蔵庫の日本酒を拝見

 結構良いものがありそう。

 

だけど次の鹿のことを思い 赤ワインを

2種類出されたが、ビオワインを選ぶ。

 

アン 2017 ナタリーノ・デル・プレーテ

ネグロアマーロ 100%(樹齢80年超の古樹が植わる区画のブドウ)

無農薬無肥料の自然栽培 無濾過

 

 

サラダ

 

鹿ロースの刺身 漬け

ねっとり サラッと美味しい 旨い!

 

 

あかやまどりだけ

炙り握り

赤山鳥茸の炙り握り

 どう見ても肉の様ですが、とろと刺身こんにゃくを合わせた様な柔らかいとても変わった食感でしたが、美味しかったですね

初体験 ポルチーニの様な香り

軟らかくトロに近いけどトロより軟らかく刺身こんにゃくに近く少し弾力があり微かに繊維感があり独特な柔らかさ

後で分かったことですが、ポルチーニの仲間だそうです。

 

ここで

マムシは美味しいがと 生きたものを見せられた

今回は女性も一緒なので、一応お断りしたが、

美味しいと言われたが、食べた方が良かったかな。

 

 

真鴨の鉄板焼き

真鴨は近くの沼で獲ったものをご自分で羽をむしり処理したもので、

くどくなく素直な鴨

いい味だ

 

熊も

下手なところで食べると結構臭いのですが、ある程度のレベル以上のお店は美味しいのに、こちらは今まで食べた中で一番綺麗な味で上品な良い味でした。

 

 

 

鍋の後は おじや

 

 

デザート

 

ばんとう

森の香りの水ジェリー

 

どれもとても美味しい料理でした。
 

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摘草料理 かたつむり

岐阜県山県市長滝502

 

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 魚に限らず、生きものの体の中に残った血は腐敗や臭みの元になり、美味しく食べるにはしっかりとした血抜きが必要で、活き締めや神経締めなど、魚の心臓がまだ動いているうちに、太い血管を切って海水に入れたりしておいしさ、鮮度を長持ちさせようとする動きが増えています。

しかし、血を抜くということはその体を巡っていた強烈な個性も奪うことであり、美味しくなってもただ美味しいだけで、旨みやアクがなく、個性が無くなって、その魚の本来の旨さを消してしまっていることが多い。なんか水っぽくなってしまったものが多いです。ビジネス上、長持ちさせる為、一般の人を喜ばせるには良いかもしれませんが、味のわかる漁師はそんなものは食べないと思いますし、本当の魚のおいしさを消すことであり、余分なことをせず、その魚の個体の中から美味そうなものを選ぶ眼力で、一番あった調理法で本来の味を大事に食べたいと思います。

  ジビエも最近の流行とともに食べられる店も随分増えていますが、血抜きをしすぎていたり、獣の年齢がいきすぎていたり、まだまだ選ぶ眼力のできていない店が多い中で、このお店は、熊にしろ鴨にしろ、ここまで美味しく出せるその個体を選ぶ眼力の鋭さ、さらに肉を見ての処理・熟成の能力たるや、他では真似できないとても素晴らしいものでした。


結構高価な料理でしたが、これはその眼力代金ですね。

 どれもとても美味しくいただきました。

 

今年は岐阜ジビエの予約の取れない三大有名店、山形市の「かたつむり」、10月には瑞浪市の「柳家」、11月に恵那市の「いろりの郷奈かお」と、うまく予約が取れたので、3軒食べ比べができるので、とても楽しみです。