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so what(だから何なんだ)

人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、ドローンを見たら、誰でも有人にできないかと考えるものです。

 

日本でも万博に間に合わせるなんて宣伝していましたね。

 

ところが全然進みません。

 

NHKで空飛ぶ自動車に取り組む企業について報道していましたが、ぼくの目から見るとお粗末すぎました。

 

NHKたるものがなんでこんな番組を作ったのでしょう?

 

夢を追う姿を見せるため?

 

しかし、その夢は実現しないことが分かりきっているのにも関わらずです。

 

ぼくがこの試みに反対なのは実にシンプルです。

 

飛ぶためには重力に逆らって上向きの力(揚力)が必要です。

 

ヘリコプターはそれだけの力を出せるエンジンがあるからそれができるのです。

 

小型で軽量で大出力のエンジン。(タービンエンジンがほとんど)

 

ドローンは電気モーターを使いますが、自重を持ち上げるだけのパワーが足りないのです。

 

だからたくさんのモーターとプロベラを付ける。

 

3人乗り試作機のテストフライトの様子を放送していましたが、やたらでかい。

 

3人乗りのヘリコプターとあまり変わらない。

 

実に不格好。

 

それでも3人ぶんの体重を持ち上げるにはかつかつ。

 

それじゃ「乗り物」としては不完全なのです。

 

上空は乱気流の塊です。

 

不安定になった時、余剰のパワーが必要なのです。

 

パワーがかつかつじゃダメなんです。

 

番組の映像を見る限り、パワーの問題を解決していないのは明らか。

 

開発スタッフの中に航空力学の専門家もいないようだった。

 

いるのは夢を語る人間だけ。

 

もっと問題なのは、どこの馬の骨か分からない外国人に好き勝手に言わせていること。

 

「日本人はリスクを取ろうとしない」なんて言わせている。

 

オマエに日本の文化論を語る資格があるのか?

 

スッゲェ〜腹が立ちました。

 

まだまだ言いたいことはありますが、NHKは正論を言わずに逃げている。

 

それがいちばんの問題です。

 

ダメなものはダメと何で言わない?

 

二人乗りで最先端を走っていたドイツのプロジェクトが破産した。

 

なぜ破産したか?

 

資金不足だと説明されていました。

 

ドイツにできなくて何で日本にできるのか。

 

空飛ぶクルマは金食い虫なのです。

 

なぜか?

 

航空法をクリアしなければならないからです。

 

垂直離陸できる乗り物はヘリコプターがあるじゃないですか。

 

ヘリコプターは乗り物としての完成度が高いのです。

 

アメリカ大統領も乗るし、天皇も乗るのです。

 

確かに騒音はひどい。

 

だけれども、安全なのです。

 

飛行中にエンジンが停止しても、滑空(オートローテーション)できるのです。

 

空飛ぶクルマはできません。

 

パラシュートを付けるしかないのです。

 

・・・・・・・

 

他にも言いたいことはあり、これまでも言ってきました。

 

空飛ぶクルマは電気自動車と同じ根本的問題を抱えています。

 

電池の問題をクリアしない限り実用に耐えないのです。

 

軽くて大出力で短時間で充電できる。

 

この壁を越えない限り夢物語なのです。

 

電気自動車でさえクリアできていないのに、何で空飛ぶクルマが可能なのでしょう?

 

・・・・・・・

 

NHKはチャレンジする姿を描きたかった?

 

不可能なのは分かっていても?

 

それって罪作りなだけじゃないですか?

 

空飛ぶ車 映像

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、昨日はずいぶん飲んでしまいました。

 

缶ビール1パック(6缶)2.1リットル。(;^_^A

 

一人で生活しているとストップをかける人がいないので、ついつい飲み過ぎてしまいます。

 

しかも、昼間っから飲み始めるのです。

 

もうれっきとしたアル中ですが、この先は廃人への一本道。

 

だれか止めてくれぇ〜〜。🫷

 

・・・・・・・

 

まだまだ先だと思っていたハワイ旅行もあと半月。

 

レンタカー以外は予約済みで、海外旅行保険、ESTAも取得済み。

 

そうそうSIMの手配が終わっていない。

 

ぼくのスマフォはeSIM非対応なので、物理SIMを購入しなければならない。

 

カーナビでスマフォを利用するので、Wi-Fi環境lは必須。

 

どこに行くかはカミさん任せ。

 

ぼくは観光について何も予習していません。

 

Youtubeでハワイチャンネルでも見るか。

 

ハワイ旅行のティモン、アロハ

 

 

 

・・・・・・・っということで、今日はようやく風が収まったので、ウッドデッキ上でバーベキューをしました。

 

ウッドデッキでバーベキューとビールを楽しむ

 

自分の別荘で屋外バーベキューをするって、男のロマンですよね?

 

えっ?そんなことで男のロマンを軽々しく語るなって?

 

軽井沢の別荘ならまだしも、親の残した川崎市のアパートを多少リフォームしたぐらいで気安く別荘を語るなって?

 

そうですね。

 

周囲に広がるのは白樺の林じゃなくって、団地ですからね。(^^ゞ

 

皆さんが思い描く別荘とはずいぶんかけ離れた環境ですもんね。

 

あえて反論は致しません。

 

・・・・・・・

 

話題を変えて。

 

しかし今日は天気がいいですね。

 

昨日までは強風が吹き荒れていた東京。

 

うって変わってほぼ無風の快晴です。

 

屋外バーベキュー日和であることには何の疑いもありません。

 

こんな小市民のささやかな楽しみを奪わないでくださいね。

 

トランプさん、プーチンさん、シー・ジンピンさん。

 

・・・・・・・

 

なんか別荘から話題が急に逸れましたね。

 

じゃあ、逸れついでに話を続けます。

 

アンタらの自己顕示欲のおかげで世界はどれほど迷惑を被っているか。

 

そこんところを自覚してほしい。

 

国のためと言いながら、君たちには子供を殺す権限などない。

 

政治はゲームなんかじゃない。(オッ!)

 

政治はディールでもない。(オッ!)

 

君たちが信じる宗教に、子供を殺していいなんてことが書かれているはずがないでしょう。

 

書かれているのは隣人を愛せよ。

 

殺すな。

 

嘘をつくな。

 

盗むなでしょう?

 

何で君たちは自らの宗教に反することをしながら、平然としていられるのか?

 

思い上がるな!(オッ!)

 

いかなる宗教もそんなことを君たちに許してはいないことは断言できる。

 

なんで?

 

なんで君たちは子供が死ぬことに無神経でいられるのか?

 

子供だけではない。

 

死体袋に納められた無数の死体を見て何も感じないのか?

 

彼らに何の罪があるのだろう?

 

単に自由を求めただけじゃないか。

 

君らは自己保身のために人を殺すのか?

 

間違っている。

 

為政者たちは君の自己保身という弱点を巧みに突くのだ。

 

頼むから非武装の国民に向かって引き金を引かないでくれ。

 

これは宗教や道徳じゃなく、君の良心に関わることなんだから。

 

・・・・・・・

 

あれっ?

 

一人バーベキューでずいぶん酔っ払っていますね。^m^

 

ウン、酔っ払っています。

 

でも、ブログとしてこのまま残しておきます。(^^)/

 

バーベキューを楽しむクマとステーキ

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、久米宏さんが亡くなりましたね。

 

彼はTVの寵児の一人ですね。

 

これまでのアナウンサーとは違い「個性」を前面に出しました。

 

「ザ・ベストテン」で才能を示し、「ニュースステーション」でアナウンサーのイメージを覆しました。

 

それまでのアナウンサー像はNHKが頂点でした。(今でもそうでしょうが。)

 

アナウンサーは個性を前面に出さないのが暗黙の約束でした。

 

ところが、彼は個性を売り物にしたのです。

 

しかも、アナウンサーは誰かの代弁者でしたが、アナウンサーである彼が番組を仕切ったのです。

 

驚いたことに、彼は番組内で同僚を「呼び捨て」にしていたのです。

 

番組を引き継いだ古舘伊知郎が大失敗だったのは、同じ頭の回転が早くて早口のアナウンサーでも根本にある「志(こころざし)」が違っていたのです。(それでもよくTV朝日は古舘を使い続けましたよね。)

 

・・・・・・・

 

彼をTVの寵児と言いましたが、他に誰がいるでしょうか?

 

タモリ、さんま、たけしが御三家だそうですが、どれもお笑い出身ですよね。

 

いまのTV界はバラエティー番組が席巻していて、どれもMC(Master of Ceremonies)が番組を仕切っています。

 

そのほとんどがお笑い出身であることは驚きというより異常です。

 

昔と違って多くのアナウンサーがフリーとして局から独立していますが、その前例を作ったのが久米宏氏だったのではないでしょうか。

 

一歳ちがいの逸見政孝氏もそうでしたが。(48歳没)

 

個性を前面に出すことが生命線のお笑いと司会のプロであるアナウンサー。

 

なかなか厳しい勝負ですね。

 

ON AIRサインとレトロマイク

 

 

 

・・・・・・・っということで、Covenantとは(正式な)契約, 協定, 誓約という意味だそうです。

 

アフガニスタン戦争ではアメリカ軍は多くの現地人通訳を雇ったそうです。

 

タリバン側とすれば、彼らはアメリカ軍に協力する「裏切り者」で、本人どころか家族まで皆殺しにしたそうです。

 

それだけのリスクを負わせる代わりに、アメリカは彼らに永住権を与えると約束しました。

 

この映画はその約束(コヴェナント)を守っていないじゃないかと告発するのが主題です。

 

 

主演のジェイク・ギレンホールは警官や兵士の役をさせると上手いです。

 

監督のガイ・リッチーも、彼らしい捻りのないシンプルなメッセージとして伝えています。

 

通訳を演じたダール・サリムというほぼ無名の役者が、やたら存在感のある演技をしていました。

 

ギレンホールより彼の方が主役みたいな活躍。

 

アメリカ人はこの映画を見て「禊(みそぎ)が済んだ」と思うのでしょうか?

 

いまだに約束を果たさず、アフガニスタンを見捨てたのはアメリカ人なんですけどね。

 

なぜ題名をpromiseとかcontractとせずにcovenantとしたのか。

 

神と人間の約束という意味もあるからです。

 

★★★★★

 

ジェイク・ギレンホール、映画「Guy Ritchie's Covenant」のシーン

 

 

・・・・・・・っということで、一度だけイランに行ったことがあります。(1978年)

 

イラクのバスラというところで仕事をしていましたが、同僚の父親が亡くなったとの連絡が来ました。

 

彼は長男だったため、葬儀に参加するため急遽帰国することになりました。

 

ぼくの任務は彼をテヘランまで連れて行き飛行機に乗せること。

 

もちろんぼくはイランに一度も行ったことがありませんでした。

 

国境を越えアバダーンからテヘランまで飛行機というルートです。

 

インターネットどころか事前情報も全くなく、行き当たりばったりでした。

 

本当に困難の多い旅でしたが、最後は駆け足でギリギリJALに間に合いました。

 

帰りも大変で途中で一文無しになり、国境を真夜中に歩いて越える始末。

 

まさしく冒険譚でしたが、そのときぼくには神様がついていると確信しました。

 

そんな一泊二日の短い経験でしたが、イランについての印象。

 

・・・・・・・

 

悪い意味でアメリカ化していたこと。

 

何をするにも金を要求されました。

 

うまく言えないけれど、何か不満を抱え民心が荒んでいるように感じました。

 

石油の恩恵を得て国は裕福でしたが、極端な貧富の差があるのは明らかでした。

 

国民が等しく貧乏なイラクに帰ってホッとしたことを覚えています。

 

その時はまだパーレビ国王が独裁体制を敷いていて、あちこちに彼の写真が飾ってありました。

 

オイルショックで国内は不安定になり、しばらくして戒厳令が発令されました。

 

ぼくが訪問した1年後パーレビは亡命することになります。

 

・・・・・・・

 

イランが今大変なことになっているようです。

 

禁止さてているデモが各地で同時多発的に発生し、とうとう革命防衛隊が群衆に向かって実弾を発射しているとのこと。

 

100体以上の死体袋が並べられている映像を見て、ゾッとしました。

 

イラン革命の時、パーレビ時代の高官や軍の上層部が捉えられ、片っ端から死刑になりました。

 

イランの新聞には毎日生前の顔と死後の顔が並べて掲載されていたそうです。

 

特派員が最初は不快だったけど、そのうち慣れて人は死ぬとこんな人相になるんだとしか感じなくなったそうです。

 

今回も同じことが繰り返されるのでしょうか。

 

誇り高きペルシャの末裔であるイラン人。

 

どうにでも捻じ曲げて解釈できるイスラム法を捨て、民主主義国家になるなんて無理なのでしょうか?

 

パーレビの息子が存命で、復帰を画策していると聞いて驚きました。

 

またアメリカの悪い面だけが出たあの時代に戻るつもりなのか?

 

イランの指導者と国旗

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、これもNHKBSの番組、前回はピアノ調律師に焦点を当てていましたが、今回(?)はピアニストに焦点を当てています。

 

参加資格は16歳以上30歳以下です。

 

皆んな若いです。

 

有望なピアニストを「発掘」するのがこのコンクールの大きな目的だからでしょう。

 

見る前から分かっていることですが、みなさん「技巧」がある。

 

すると、どうなるかというと「解釈」の優劣を争うことになるのです。

 

どれほどショパンの意図を正しく理解しているか?どれほど深く理解しているか?

 

違うんですね。

 

そもそもショパンに意図があったでしょうか?

 

ショパンに理解して欲しい何かがあったでしょうか?

 

ピアニストが競っているのは、ショパンの曲をどれほど自分のものにしているかなんですね。

 

ある女性ピアニストが言いました。

 

「ショパンに恥ずかしくない演奏をしたい」と。(記憶があやふやで間違っているかも知れませんが。)

 

ショパンがこのコンクールを聞いたら、どう思うでしょう?

 

スッゲェ〜でしょうね。

 

まずピアノという楽器の完成度が当時と違います。

 

ピアノが演奏者のタッチを正確に奏でることができます。

 

それと演奏者の技術の進化。

 

ショパンは相当な技巧派でした。

 

最先端の技術を追い求めました。(案外見逃されている点ですが。)

 

自分が作曲した曲を聴いて、へぇ〜こんな解釈もあるんだと驚くと思います。

 

ということは、演奏に「正解」はないのです。

 

いつも感じるのですが、芸術とは一旦作者の手から離れると、一人立ちするんですね。

 

その芸術に触れた鑑賞者が自由に自分なりの解釈をする余地を与えるのです。

 

ですからピアニストが言った言葉は、ショパンが楽譜に残したものを見逃さずに演奏できたという点においては正しいわけですが、どう解釈するかはショパンに遠慮する必要はないのです。

 

コンクールですから、採点者が優劣を決めます。

 

意地悪な言い方ですが、採点者の人生観や美学とどれだけ一致させられるかが勝敗を分けるのです。

 

だから若手のピアニストに限られているのです。

 

経験が多すぎたり、個性が強すぎては優勝できないのです。

 

・・・・・・・

 

ぼくの古いブログ仲間にピアノが上手い主婦がいます。 

 

ときどき彼女は演奏をアップしますが、上達途中です。 (ゴメン🙏)

 

でも、透明感があるのです。

 

ショパンがあなたのピアノのそばに座って、ニコニコしながらあなたの演奏を聴いているシーンが思い浮かびます・・・と印象を伝えました。

 

自分で言うのも変ですが、これこそ音楽の本質であり、あるべき姿でしょう。

 

彼女は自分の透明感を持っていて、それを聴く人はその透明感に感動するのです。

 

間違いなく彼女はショパンの音楽の中にいる。

 

音楽に正解がないことを、ぼくらは知っている。


それでも人は今日もショパンを弾く。

 

5年後のコンクールを楽しみにしながら。(ぼくは聴くだけですがね。(^^ゞ)

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、人間は哺乳類の一種であり、動物に分類されます。

 

ただ動物の中でやたら知能が発達しているのがその特徴です。

 

そう、賢い動物なのです。

 

その賢さによって肉体の弱点を補っているのです。

 

クマに出会ったら人間がどうなるかを今になって思い知らされています。

 

そう、人間は弱い動物なのです。

 

・・・・・・・

 

死について考えることがあります。

 

生きている限り、いつかは死ぬ。

 

その死ぬということを知っているのは人間だけじゃないか?

 

人間以外の生き物は今を生きることに必死で、今の先には死が待ち構えているなんて知らないのではないか?

 

人間はなまじ知能があるばかりに、死を考えざるを得ないのではないか。

 

そこに人間の不幸があるのだと。

 

これまでぼくはそう考えていました。

 

・・・・・・・

 

いや、そうじゃないんじゃないか。

 

動物こそ死を切実に感じながら毎日を生きているのではないかと気づいたのです。

 

むかし飼っていた犬(雄犬)がいました。

 

本当ぉ〜にバカな犬でした。

 

まあ、そこが可愛かったのですが。

 

最後は姿を消してしまいました。

 

あんなバカな犬だったのに、飼い主に死体を晒すことはなかったのです。

 

カミさんの実家で飼っていたモコちゃん(雌犬)も、最後の力を振り絞って散歩を要求しましたが叶いませんでした。

 

そう、よく考えてみれば動物は弱肉強食の世界で生きているので、死とは隣り合わせです。

 

それを忘れてしまっているのは人間の方なんです。

 

人間はなまじ頭がいいばかりに死を恐れ、死とは何かを考えます。

 

いっぽう動物たちは、いつでも突然の死を受け入れる覚悟を持って今を生きているのです。

 

 

 

 

・・・・・・・っということで、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを聴きました。(NHK 4k)

 

すごくハッピーな気持ちになりました。

 

正直言うと、これまでは退屈な音楽会と感じていました。

 

なんたってヨハン・シュトラウスがメインですからね。

 

シュトラウスいいなって思うようになったのは、歳をとったせいだからかな?

 

それもあるけれど、世の中が殺伐になってきたからじゃないかな?

 

特に下品なTが暴走しまくって、世界がどんどん悪い方向に向かっていくように感じます。

 

今年の指揮者のコメントは、社会は分断されているけれど、音楽の力によって世界を一つにしようと語ったのは、やはり世界中の人たちが同様に殺伐とした気持ちになっている証拠だと感じましたよ。

 

ヨハン・シュトラウス2世(1825–1899)が生きた19世紀のウィーンは今と同じように殺伐としていたことは去年のブログに書きました。

 

読み返してみると、危うく同じことを書いてしまうところでした。(;^_^A

 

この時代のオーストリーやドイツは、「ビーダーマイヤー(Biedermeier)」と呼ばれているそうで、1)大きな理想は語るな、2)家庭と娯楽に逃げろ、3)政治は危険だという空気のことだそうです。

 

シュトラウスの音楽は、「哲学」せず「啓蒙」せず、「問題提起」もしません。

 

ただ、世界はひどいが、踊れるじゃないかに徹しています。

 

ベートーヴェンやブラームス、ワーグナーのように深刻に考えさせることはしません。

 

もちろんシュトラウスは意図的にそうしているのです。

 

Tが世界を引っ掻き回している今だからこそシュトラウスの音楽は心に染みるのです。

 

19世紀の人々も同じ気持ちだったのです。

 

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートが始まったのは、ドイツにオーストリーが併合された翌年の1939年からだそうです。

 

第二次世界大戦が始まった年です。

 

どれほど人心が荒廃していたことか。

 

NHKのゲストの女性がコンサートを聴き終わって、涙を流しながら今年ほど感動したことがないと、取り乱しながら語っていたのが印象的でした。


アンコールで「美しく青きドナウ」が始まると指揮者が観客に向き直って新年の挨拶をするのも、「ラデツキー行進曲」で観客が拍手をするのも、ウィーンの聴衆の特徴であるいつまでも拍手が鳴り止まないのも、毎年のお約束ごとです。

 

ぼくも涙が出てきました。

 

全くのマンネリなのですが、世界中のファンが待ち侘びる「偉大なマンネリ」と言えるでしょう。

 

「紅白歌合戦」もマンネリですが、変にいじくらず原点に戻って必死に男女が競えばいい。(^^)/

 

・・・・・・・っということで、朝風呂はいい。

 

それもベッドから抜け出し、パジャマを脱いだらそのままドボンできるのがいい。

 

それを可能にするためには、湯沸かしの予約時間設定機能が必要。

 

この別荘生活が始まってはや4ヶ月、初めて説明書を読んだ。(;^_^A

 

あった、予約機能がついていた。

 

早速セットしてみたが、追い焚きを予約できるか書いていない。

 

あくまでお湯張りから始めることしか説明がない。

 

ひょっとして起きたら、お湯が溢れてた・・・なんてことがあるかも知れない。

 

大丈夫でした。(^^)/

 

6時にセットしたので、これから理想の朝風呂生活が始まります。

 

・・・・・・・

 

キッチンの流しについている蛇口が気に入らない。

 

一応ストレートの泡が出るが、シャワーにもなって欲しい。

 

それより何より不満なのは、先端を引っ張り出せるホース機能がない。

 

お分かりのように、食器を洗うにも、シンクに広がった野菜くずを流すのにも、ホースがどれほど便利なことか。

 

そこで、説明書を引っ張り出してみたら、なんとゾウの鼻の部分(スパウトというらしい)が取り換えられると書いてあるのだ。

 

蛇口の根本から交換かと思い込んでいたので、費用が抑えられる。

 

注意しなければならないのは、JF-SE6とSP6の2タイプあること

 

ホースが引き出せるのはSP6のほうです。

 

初めてヤフーショッピングで買いましたが、こちらは送料がかかるのね。

 

初めての利用だと500円引きのクーポンが使えるので、5,300円で購入できました。