・・・・・・・っということで、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを聴きました。(NHK 4k)
すごくハッピーな気持ちになりました。
正直言うと、これまでは退屈な音楽会と感じていました。
なんたってヨハン・シュトラウスがメインですからね。
シュトラウスいいなって思うようになったのは、歳をとったせいだからかな?
それもあるけれど、世の中が殺伐になってきたからじゃないかな?
特に下品なTが暴走しまくって、世界がどんどん悪い方向に向かっていくように感じます。
今年の指揮者のコメントは、社会は分断されているけれど、音楽の力によって世界を一つにしようと語ったのは、やはり世界中の人たちが同様に殺伐とした気持ちになっている証拠だと感じましたよ。
ヨハン・シュトラウス2世(1825–1899)が生きた19世紀のウィーンは今と同じように殺伐としていたことは去年のブログに書きました。
読み返してみると、危うく同じことを書いてしまうところでした。(;^_^A
この時代のオーストリーやドイツは、「ビーダーマイヤー(Biedermeier)」と呼ばれているそうで、1)大きな理想は語るな、2)家庭と娯楽に逃げろ、3)政治は危険だという空気のことだそうです。
シュトラウスの音楽は、「哲学」せず「啓蒙」せず、「問題提起」もしません。
ただ、世界はひどいが、踊れるじゃないかに徹しています。
ベートーヴェンやブラームス、ワーグナーのように深刻に考えさせることはしません。
もちろんシュトラウスは意図的にそうしているのです。
Tが世界を引っ掻き回している今だからこそシュトラウスの音楽は心に染みるのです。
19世紀の人々も同じ気持ちだったのです。
ウィーンフィルのニューイヤーコンサートが始まったのは、ドイツにオーストリーが併合された翌年の1939年からだそうです。
第二次世界大戦が始まった年です。
どれほど人心が荒廃していたことか。
NHKのゲストの女性がコンサートを聴き終わって、涙を流しながら今年ほど感動したことがないと、取り乱しながら語っていたのが印象的でした。
アンコールで「美しく青きドナウ」が始まると指揮者が観客に向き直って新年の挨拶をするのも、「ラデツキー行進曲」で観客が拍手をするのも、ウィーンの聴衆の特徴であるいつまでも拍手が鳴り止まないのも、毎年のお約束ごとです。
ぼくも涙が出てきました。
全くのマンネリなのですが、世界中のファンが待ち侘びる「偉大なマンネリ」と言えるでしょう。
「紅白歌合戦」もマンネリですが、変にいじくらず原点に戻って必死に男女が競えばいい。(^^)/

