連載小説 ~物語で愛を描こう~
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薄明の世界 第二十七話

 宗弦が数珠を握る様を見て、綾は微笑んだ。


 何故微笑むのか分からずに、宗弦はただ当惑するばかりだった。


 再び殺そうとしているのだぞ。


 今度は、魂すら滅ぼそうとしているのだぞ。


 何故、微笑みかける?






「私があなた様を愛しているがゆえにございます」





 綾は答えた。当然のように。






「もう抱きしめることも抱きしめていただくことも出来ませぬが……」






「おまえはもう戻ってこないのだな、綾」







 宗弦は話を逸らすように言った。









「私の身体は蘭と共に在ります。あの子は寂しがり屋で一人ぼっち。私がいなければなりません」







「だからおまえはその蘭という子供の犠牲になったというのか! 自らの命をも天秤にかけなければならなかったのか!」








「そんな私を愛してくださったのは、あなた様だったと信じております」


薄明の世界 第二十六話

その姿、その声、そしてその眼。


忘れようとも忘れることのできなかった綾そのものだった。


宗弦はその姿を見るなり、近寄ることも微笑みかけることも出来ず、ただ下を向くばかりだった。


何も出来るはずがない。


化け猫にすら見放され、切り払われようとしていた自分を綾はどうみているだろうか。





「佐吉、ご苦労様でしたね。宗弦様を守って欲しいという私の願いをずっと聞き続けていてくれたことを感謝します」





「もったいねえ、綾さま。あっしは大好きな綾さまのために我武者羅になっていただけで……」





佐吉は甘えるただの猫と化していた。


姿も黒猫に戻り、眼を細めながら綾の足に顔を摺り寄せていた。





「ただ少しやりすぎです。その数珠の封印、まだまだ解いてはなりません」






「申し訳ありやせん。しかし、宗弦さんをお守りするにはそうするしか馬鹿なあっしにはおもいつきやせんでした」






「これからも宗弦さまをお願いね、佐吉」






「あい」







 綾の歩は確実に、宗弦へと向けられていた。宗弦は眼を背ける。合わせる顔などどこにもない。


 例え、蘭と名乗る何者かが綾に憑いたことを知ったからといっても、綾をこの手に賭けた事に変わりはない。


 二度と逢えないと想っていた綾が目の前にいるということを受け入れられず、宗弦はただ頭が真っ白になり、両手こぶしに力が入る。


 信じてはならぬ。


 払え。


 悪霊でなくとも、成仏できぬ愚かなる霊に変わりはない。


 払え。


 信じてはならぬ。


 まるで宗庵がそうつぶやいているように。


 ただ、宗弦は大数珠に手をかけた。

復活。

ブログを再開したいと思っています。


これから、以前のように更新をしていきたいと思っていますので


よろしくお願いいたします。

欲しいもの

 自分自身が描く「物語」ということに関して、考えを改め始めた今日この頃です。


 「自分」にしか描けないものがある――この世界には、必ずある。


 そんなことを思いながら、いざ書こうとしても何も生まれてきませんでした。これからも、きっと「構え」てしまうと何もでてこないことでしょう。


 奥深いもの。


 そんな一言で済まされるものではないような気がします。


 何を伝えたいのか?

 

 何を以って作家たりえるのか?


 自問をすれば、無限に出てくるような気がします。


 迷いは、更に「物語る」ことを止め、執筆するどころか思考回路すら止めてしまうこともあります。


 考えれば考えるほど、深みにはまって脱出経路を忘れてしまいます。


 物を書く以上、読者の皆さんを意識しなければならないと思っています。


 そういう、意識が必要かと思います。


 しかし、自分は意識すれば意識するほどに筆が止まります。


 矛盾してますね~。


 こんなことだから、駄目なのでしょうね~。


 自信があれば、払拭できるのかもしれません。


 自信があれば。自信が欲しい。

生活環境の変化

仕事のほうが変わりました。

再就職をしたというわけです。


仕事のほうにまだまだ慣れず、毎日のように更新することが

叶わなくなりました。


なるべく、更新していきたいと思いますので

よろしくお願いしますね。


尚、仕事が慣れてきましたら元通り、更新しようと思っております。



薄明の世界 二十五話

 「ええい、やめぬか!」



 

 綾は声を張り上げ、佐吉を掴まえて喉元を強く締め付けた。苦しげな表情を浮かべているが、その心根はいたって穏やかだと言える。その原因を知ることは、宗弦には叶わないことだ。しかし、助けるに及ばずであることは明白だった。


 


「一体どういうことだ、佐吉」




 宗弦は混乱しながら、佐吉に応えを求めた。


 綾は綾ではない。


 疑念を抱いたことは、間違いではなかった。


 亡霊と化せば、理性を忘れて本能がままに「目的」を達成せんがため、姿なき姿で行動をする。


 亡霊となった綾の目的は、自分に死へと導く道しるべとなることだとばかり宗弦は思っていた。当然の報いであると、疑いもしなかった。


 身篭る綾を目の前で、助けもせずに見殺しにした。


 その事実は、変えられようもない。




「綾さまから離れやがれ……お蘭」





「見破られたというわけか」





 瞳孔と口を大きく開き、慄くほどの表情で佐吉を見る綾。生前の綾ができるはずもないような表情だ。むしろ、人間がこのような表情をすることすら想像だにできない。

 

 苦悩の表れか、歓喜の表れか、どちらとも取れない感情が綾の身体と精神を蝕んでいっているようだ。





「もう少し、楽しんでいたかったがな。人間には憑きやすいのだ。そこの人間、宗弦といったか。知らぬだろうがな、この女を殺したのは、おまえなどではない。この女が身篭った子どもに憑いた余だ」





「てめえ!!」





 佐吉は二、三歩後ろに下がって猫又の得意とする変化をして見せた。佐吉が変化した姿とは思えないくらいに聡明な顔立ちの侍で、その右手には刀が握られている。





「三成めの話を聞いておらなんだか、佐吉。所詮、人間が鍛えた刀など余には利かぬぞ?」





「誰がてめえを斬りつける為の刀だと言った?」





「では、そこの堕落した僧侶を切りつけるための刀か?」 





「その通りよ!!」





「佐吉!?」




 宗弦は、思わぬ佐吉の言葉に驚くが、足が地に吸い付いているように動かなかった。


 宗弦は、巨躯の数珠を首から取り、斬撃に備えて盾とした。


 膨大な法力を蓄えるであろう巨躯の数珠であろうと、刀の斬撃には耐えられないだろう。覚悟の上で宗弦は巨躯の数珠を頭上に掲げた。





「おやめなさいっ!!」




 佐吉の刀が巨躯の数珠に触ろうとした瞬間、声が聞こえた。


 宗弦にとっても佐吉にとっても、その声は懐かしいものだった。

薄明の世界 二十四話

 石田の佐吉……懐かしい名前だな。


 久しぶりだよ、そう呼ばれたのは。


 そう、私が石田の佐吉――猫又だ。


 今更だがね、私は人間に悪さをしたり、食ったりはしないよ。


 そもそも、猫又が人を食うなどありえるはずもない。


 私らはね、数百年という時をかけて猫が妖怪になった姿――だが、食生活は本来の猫と何ら変わりないのだよ。


 しかし、不死というわけではない。私には、死期が近づいているのだ。


 その前に話しておかなければならないことなのかもしれない。


 茶が冷めてしまう。遠慮せずに、呑みたまえよ。


 宗庵和尚が亡くなった時、私はそれどころではなかった。


 時の太閤、豊臣秀吉公が腹心の一人・石田三成さまが処刑されてからというもの、私は散々な流浪の旅をした。


 どんな優秀な人間でも死すときは死すものだ。


 まぁ、それはどうでもいいか。


 徳川家に恨みを抱き、猫又になったわけではないのだ。私は、徳川家にうらみも何もない。


 石田三成さまが亡くなったのは、あの方が官僚肌で戦知らずだったからとしか言いようがない。


 私が猫又になったのは、三成さまのご遺言を果たさねばならないという一身からだったのだろうな。


 ご遺言というのが、とある人物を守ってほしいということだった。


 その人物の名は「蘭」という子どもだった。その子は、不思議な力を持っていた。


 人間にとっても、私たちのような「あやかし」にとっても、非常に危険な子だった。


 陳腐ではあるがね、全てを滅ぼす力を持っていたとしか言いようがなかった。


 身の毛のよだつ思いをしたよ。三成さまのご遺言とはいえ、自分の命だけならばまだしも、今ここで生きている人間や「あやかし」全てにとっての危機がこの蘭という子どもに集約されているのだからね。


 純粋な「悪」というものがどんなものか、分かるかね? 


 ああ、分からないだろうな。


 蘭は、まさに純粋な悪そのものだった。


 そして、私は恐れながらも蘭と共に生きたのだ。


 蘭が私の手元から離れていってしまうその時まで、な。


 


 

薄明の世界 二十三話

 立ち往生の和尚を宗弦は抱きかかえて静かに寝かせた。


 あまりの体重の軽さに驚きを隠せなかった。


 幼い頃から見ていた和尚は、いつも真新しい袈裟に身を包んでいたため、気がつかなかった。こんなにも小さな身体で世の末から、宗弦の身まで案じていたのだから、その偉大さを感じるのは、困難なことではない。


 宗弦は、寝かせた和尚の首に強く締め付けるように括り付けてある数珠を、ようやくはずした。


 比叡山の秘宝と和尚に言わしめる巨躯の数珠で、使うものの法力を増幅させる力があると、宗弦は和尚から聞き及んだ。


 そのようなものを何故、和尚が所有しているのか宗弦には分からない。


 ただ、その秘宝を和尚から譲り受けたのは紛れもない事実だ。


 宗弦は巨躯の数珠を首から提げて合掌し、和尚の冥福を祈った。和尚の首筋は血が滲んでいた。呼吸ができないほどに強く締め付けたに違いない。


 手放さないように。


 和尚の「覚悟」が伺えた。


 

 


「私は寂しくはありません。父上が申すとおり、私は孤独を知り、それに耐えうるだけの精神が幼き頃から備わっておりました。心配せず、安心して成仏なさりますよう」




 宗弦は言葉が途切れた。


 涙が声すらも押し戻している。





「せめて父上を抱きしめ、涙を流すくらいご容赦くださいませ……」






「今生の別れは済みましたか、宗弦さま」






 宗弦は、その声に反応して綾のほうへ顔を向けた。






「泣いておられるのですか」






 綾は静かに、宗弦に近づいた。


 冷たい空気が流れ、宗弦の頬に触れる。


 綾が持つ、独特の雰囲気とでも言えるだろう。


 綾の肩には佐吉の姿がある。


 やはり、佐吉は綾の手先だったということか――。


 少しでも信頼した自分が惨めだ。情けない。






「さあ、佐吉。おまえの力を見せておあげなさい」







「冗談はよしてくだせぇ、綾さま。俺ぁね、あんたさまを止めに来たんですぜ」







「ほう、若い猫又風情が私の邪魔をするというのか?」






 宗弦はその時、綾から発する気配に違和感を感じた。






「三成さまがご逝去なされ、数百年、途方に暮れていた俺を拾ってくれた恩は忘れてませんぜ。ですがね、俺ぁ、あんたのやり方が気に入らねえ。どうしちまったっていうんだ、綾さま。あんた、そんな人間じゃなかったじゃねえか。まるで、別人……」





 言いかけた佐吉を肩から引き摺り下ろし、地面に叩きつけた。





「これで分かったろう、宗弦さんよ。こいつぁ、綾さまなんかじゃねえ。亡霊なんかじゃねえんだ!!」




 咳き込みながら、佐吉は宗弦に訴えた。


 それを耳にした宗弦は、呆然と綾を見つめることだけで精一杯だった。

薄明の世界 二十二話

 猫又の佐吉は、何かに取り付かれたように綾の元へと歩いていった。その目は明らかに意識をなくし、操られているようだ。佐吉の行動を見て、宗弦は何故か嫌な予感がして、何度も佐吉の名を叫び続けたが、まるで反応はなかった。


 綾が佐吉に気を取られている隙に、宗弦は和尚の下へと走っていく。





「和尚、しっかりしてください」



 


 何度も和尚に声をかける。何者かにすがるがごとく。神仏に祈りを捧げても和尚は目を開けて語りかけてくれることはないだろう。神仏は万能ではない。高尚な教えを説いても、その手を貸してくれることは全くない。

 

 比叡山の高僧でも、人に息を吹き返させるなどできやしない。


 ただ、宗弦は和尚のこの姿に涙が溢れた。常々、息を引き取るならば畳の上が良いと言っていた和尚が望む望まないにかかわらず実際に選んだ場所は、「空」だった。


 立ち尽くし、絶命している。


 目はしっかりと綾を睨み据え、宗弦が譲り受けたはずの数珠を右腕にくくりつけて合掌している。


 僧となるべくして生まれた僧とは、この人のことを言うのだろう。





「和尚……どうして私に一言、言ってくださらなかったのです。死ぬ時は、必ず私に言ってくれるとやくそくしたではありませんか。何故、黙って死んだのです」





 悲しくはなかった。


 強いて言えば、悔しかった。最初で最後、宗庵和尚は宗弦に嘘をつき、約束をやぶった。


 悔しくてたまらなかった。しかし、それも自分の所為なのだ。和尚の所為ではなく、綾の所為でもなく、自分の至らない結果だ。


 和尚を責めるのは、間違っているのかもしれない。




「申し訳ありません、父上」





 宗弦の瞳から、涙が溢れてこぼれた。


 これまで、ずっと幼い頃から和尚の、皺の多い手に抱きしめられてきた。初めて、宗弦は自ら和尚を抱きしめる。

 

 初めて抱きしめた父の身体は予想以上に、細々としていた。袈裟のおかげで着太りをしていただけで、決して健康体などではなかった。


 この老体を蝕み続けていたのは、自分が破戒僧になったという罪だったかもしれない。


 謝っても謝りきれない。


 贖罪など見つかりもしないだろう。だが、和尚は笑って許してくれるはずだ。


 そういう人間だから。





「いい子だ、宗弦。おまえは賢い。そして、おまえは孤独を知っている。孤独は寂しいことではない。それを頭に据え置いておきなさい、愛する息子よ」




 昔、和尚が言った言葉が頭の中で蘇り、宗弦に語りかけた。


薄明の世界 第二十一話

「行くぞ……莫迦猫!」






「佐吉でぃ! 石田の佐吉たぁ俺のことよ!」






「なんだって!? おまえが石田の佐吉?」







「豊太閤殿下の腹心が一人、石田三成さまからもらった名前だ、ありがたく呼びやがれ」







「ええい、今そのことについてとやかく聞いている暇はない! 宗庵和尚救出が、第一だ!」







「おうよっ!!」









 宗弦は、禅清寺の門を走り抜けて綾の気配を探って場所を特定する。







「中庭に間違いないな」





「そう、だな」





「どうした、急に元気がなくなったぞ。佐吉」





「いや、なんでもねえよ」






 宗弦は、佐吉の様子が気になったが、中庭へ急ぐ。鐘の前を通り過ぎると、すぐそばが中庭となる。寺の造りとしてはかなり大きいほうだが、走ってしまえば何のことはない。


 ただ、体力に自信のない宗弦は、息切れをしている。






「なんでえ、だらしがねえな」






「悪かったな……だが、見つけたぞ。綾!!!」







「あら、宗弦さま。わたくしを追ってきてくださったのですか? ……珍しい猫も連れて」





 綾は意識のなくした宗庵和尚の胸倉を掴んだまま、後ろを振り返って宗弦と佐吉を見据えた。死んだ目と口の端を怪しく上げた笑みが、綾の持つ怨念を強調しているかのようだった。





「宗庵和尚を離せ!」






 叫んだと同時に、佐吉が宗弦の懐から降りる。


 斬られ、失ったはずの右前足が、しっかりと地面に落としていた。






「綾さま……」





 佐吉は、そう言うと静かに綾へと近づいていった。

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