薄明の世界 二十四話 | 連載小説 ~物語で愛を描こう~

薄明の世界 二十四話

 石田の佐吉……懐かしい名前だな。


 久しぶりだよ、そう呼ばれたのは。


 そう、私が石田の佐吉――猫又だ。


 今更だがね、私は人間に悪さをしたり、食ったりはしないよ。


 そもそも、猫又が人を食うなどありえるはずもない。


 私らはね、数百年という時をかけて猫が妖怪になった姿――だが、食生活は本来の猫と何ら変わりないのだよ。


 しかし、不死というわけではない。私には、死期が近づいているのだ。


 その前に話しておかなければならないことなのかもしれない。


 茶が冷めてしまう。遠慮せずに、呑みたまえよ。


 宗庵和尚が亡くなった時、私はそれどころではなかった。


 時の太閤、豊臣秀吉公が腹心の一人・石田三成さまが処刑されてからというもの、私は散々な流浪の旅をした。


 どんな優秀な人間でも死すときは死すものだ。


 まぁ、それはどうでもいいか。


 徳川家に恨みを抱き、猫又になったわけではないのだ。私は、徳川家にうらみも何もない。


 石田三成さまが亡くなったのは、あの方が官僚肌で戦知らずだったからとしか言いようがない。


 私が猫又になったのは、三成さまのご遺言を果たさねばならないという一身からだったのだろうな。


 ご遺言というのが、とある人物を守ってほしいということだった。


 その人物の名は「蘭」という子どもだった。その子は、不思議な力を持っていた。


 人間にとっても、私たちのような「あやかし」にとっても、非常に危険な子だった。


 陳腐ではあるがね、全てを滅ぼす力を持っていたとしか言いようがなかった。


 身の毛のよだつ思いをしたよ。三成さまのご遺言とはいえ、自分の命だけならばまだしも、今ここで生きている人間や「あやかし」全てにとっての危機がこの蘭という子どもに集約されているのだからね。


 純粋な「悪」というものがどんなものか、分かるかね? 


 ああ、分からないだろうな。


 蘭は、まさに純粋な悪そのものだった。


 そして、私は恐れながらも蘭と共に生きたのだ。


 蘭が私の手元から離れていってしまうその時まで、な。