薄明の世界 第二十一話
「行くぞ……莫迦猫!」
「佐吉でぃ! 石田の佐吉たぁ俺のことよ!」
「なんだって!? おまえが石田の佐吉?」
「豊太閤殿下の腹心が一人、石田三成さまからもらった名前だ、ありがたく呼びやがれ」
「ええい、今そのことについてとやかく聞いている暇はない! 宗庵和尚救出が、第一だ!」
「おうよっ!!」
宗弦は、禅清寺の門を走り抜けて綾の気配を探って場所を特定する。
「中庭に間違いないな」
「そう、だな」
「どうした、急に元気がなくなったぞ。佐吉」
「いや、なんでもねえよ」
宗弦は、佐吉の様子が気になったが、中庭へ急ぐ。鐘の前を通り過ぎると、すぐそばが中庭となる。寺の造りとしてはかなり大きいほうだが、走ってしまえば何のことはない。
ただ、体力に自信のない宗弦は、息切れをしている。
「なんでえ、だらしがねえな」
「悪かったな……だが、見つけたぞ。綾!!!」
「あら、宗弦さま。わたくしを追ってきてくださったのですか? ……珍しい猫も連れて」
綾は意識のなくした宗庵和尚の胸倉を掴んだまま、後ろを振り返って宗弦と佐吉を見据えた。死んだ目と口の端を怪しく上げた笑みが、綾の持つ怨念を強調しているかのようだった。
「宗庵和尚を離せ!」
叫んだと同時に、佐吉が宗弦の懐から降りる。
斬られ、失ったはずの右前足が、しっかりと地面に落としていた。
「綾さま……」
佐吉は、そう言うと静かに綾へと近づいていった。