夢の続き
物を書いていると、案外自分がどんな人間だったのかということを再認識することがあります。
実は暗い人間だな~と思ってみたり、らしくないことを表現してるな~と思ってみたり。
登場人物にしても、「あ、もしかしてこういう人間になりたいのか? あこがれてるのか?」
という、自らの深層心理(?)を探っているような錯覚に陥ることも、しばしば。
自分をさらけ出しているような気もします。小説を書くということは。
それも、私にとってという限定だとは思いますけれどね。
私が、物を書き始めたのは中学生の頃でしょうか。元々、小学生の頃から読書感想文を書くことが好きな、少し変わった少年でした。
「国語」の先生に恵まれたとも言えるかも知れません。とにかく、国語が大好きでした。
自分で物語を想像していくというのは、何か未知の世界に踏み込んでいるような感覚でしたね、そのころは。プロットも何も知らなかった当時ですから、話は逸脱し、酷い場合は主人公が物語の最後で変わっているという意味の分からないものまでありました。
それでも楽しかったんです。
高校に入ってから、しばらくの間物語を書くということをやめていた時がありました。自分が書いたものに疑問を感じて、本をたくさん読むようになりました。
とにかく、涙もろかったですね(今も、ですが)
本を読んでも映画を見ても、感動するという謳い文句があるものを見れば、自然と涙が出てくるような。
悲しくなくても、涙は出ます。
悲しくても、涙は出ます。
嬉しくなくても、涙は出ます。
嬉しくても、涙は出ます。
涙を流すということは、とても大事なことかもしれませんね。
案外すっきりしたりする。
私自身、自分が書いた作品を読んでもらって涙を誘い、「何かすっきりした」なんて言ってもらいたいなという想いがあります。
物を書くことで、自分を再認識した上で自分自身に引く時すらありますが――夢に描いた続きを全うしていきたいな。
それが、どういう形で現れるとしても。
後悔だけはないように、続けていきたい。
書き続けていきたい、と。
小説「薄明の世界」は、明日更新します。
少し、休憩。
仕事のこと、小説のこと。
今日は考える日となりました。
転職を考える今日この頃。
小説に関して、限界を感じている今日この頃。
二つを言えば一つを失う。
慎重に、一つを追えば得ることができる……のだろうか?
薄明の世界 第五話
宗弦は禅清寺の中へと進んでいく。境内へ向かう途中には、鐘がある。人々に「刻」を伝えるものだが、小坊主だった宗弦にとっては遊び道具の一つだった。一度だけ、和尚に黙って無断で鐘を鳴らしたことがあった。
真昼に鳴らす鐘の音は正午を知らせるのだが、宗弦は日も明けない早朝に鳴らした。禅清寺の鐘の音を聞いた人々は困惑した。一度たりとも狂いを見せたことのない早朝の、「昼」を知らせる禅清寺の鐘の音に当惑した挙句、騒動が起こるという前代未聞の事件を起こしてしまったのだ。
その時、町を治める領主たる大名まで出向いた。こんなに大事になるとは思いもしなかった宗弦は和尚に泣きっ面で謝罪をした。
宗弦はその時の和尚の顔を忘れられない笑顔だった。
「いたずらは人を育てるものだ。善悪の判断を、身をもって体験することができる。今回、おまえのしでかしたことは、限りない悪だ。それは分かるな? 二度としないと誓えば、咎めはしないし、むしろ褒めてやりたいくらいだ」
何故、いたずらを褒められたのか、宗弦には寺を出て破戒の僧になった今でも理解できなかった。
記憶が循環し、脳を混乱させ、当時が昨日のごとく瞼の裏に焼きついて蘇る。
宗弦は、師である禅清寺の住職の後を追うように歩く。
着いた場所は、境内の奥にある離れだった。
一度は世話をした人間とはいえ、破戒僧を境内にあげるのはもってのほかだと考えたのだろうか。
離れは六畳一間の小さな部屋だった。
宗弦が小坊主だった頃には、なかったはずだ。
記憶を奥底から引き出しても、この離れのことは思い出せない。
和尚に促され、宗弦は用意された座布団の上に正座した。
上座に座する和尚の顔をまともに見られない。
沈黙が続き、部屋の支配権を広めていく。迫りくる闇に飲み込まれていくような感覚だった。だが、宗弦は恐怖が迫るような体験を幾度となく経験している。
今更、慄くことはなかった。
「何年ぶりになるかな」
沈黙を破ったのは、和尚だった
「八年でございます。こうして、再び和尚の顔を拝むことができようとは、思いもしませんでした。愚かな咎人である私をどうぞ、蔑んでくださりませ」
宗弦は平伏したまま口を動かした。
「そうか、八年か。あの鐘のこと、覚えているか?」
「はい。今しがた、前を通りかかった時に思い出しました」
「あの時は領民に咎められ、殿にしかられ、寺の信用はがた落ちだった」
「存じております。若気の至りと申しましても、言い訳のできぬことをしでかしました」
「ありゃあ、わしもしてみたかったのよ」
「は?」
突拍子のない和尚の言葉に、宗弦は思わず顔を上げた。
八年という月日を一瞬にして垣間見た気分だった。元々、細身だった和尚の顔は少しやつれ、信仰心、慈悲、仏の道に情熱を注いできた力のある眼は、どこか遠くを見つめているように思える。和尚の年老いた様を真新しい黒い袈裟が拍車をかけている。
宗弦は、自分の所為のように感じた。禅清寺の住職、宗庵和尚は孤児を見つけては寺へと招き、小坊主として扱っていた。その中でも五指に入るほどの寵愛を受けた宗弦は、宗庵和尚を師と仰ぎ、父と慕い、自らも仏の道を目指すようになった。
宗弦もそんな孤児から小坊主になった部類の人間だった。
「正確で間違いのない鐘の音を一度狂わせ、安穏と生きる者たちに喝を入れてやりたいと思ったのだよ。だからこそ、あの時おまえを褒めたのだ」
「ですが、私の所為で和尚はお殿様からお叱りを受けたではありませぬか」
「おまえがやらなければ、どのみちわしがしていたことだ。おまえがやったからこそ、お叱りはあの程度で済んだのだよ。全てがおまえの所為ではない。そう――破戒をしたことも同様であると、わしは信じておるがの」
「殺めたことは私の意志に変わりはありませぬ」
鐘の音と人を殺めるということは、あまりにも違いすぎる。比べ物にもならず、詭弁で語ることすら許されない。僧であるならば、尚更のことだ。
「沖浦家に女中として奉公していた女、だったか」
「ご存知だったのですか」
「おまえのことは全て見通していた。孤児が増えてこの寺に小坊主が溢れた頃にあって、わしはおまえが一番のお気に入りだった。そう、息子のように」
今日も
小説を書く。
毎日書くと決めて、書いている。
行き詰ったり、投げ出そうかと思ったり。
それでも、書くことが好きなのだ。
下手でもいい。
伝わりさえすれば。
心に響けばいい。
そういうものを書いていきたいと、毎日思っているから。
心は人の全て。
そこに何かを打ちつけることこそ
自分にとっての「小説」なのだ。
薄明の世界 第四話
昼間、宗弦は呆然と外を歩いた。
どこに向かっているわけでもない。ただ、住まいである長屋に居たくなかった。
このようなことは初めてだった。綾と共に暮らした長屋を引き払わず、住み続けていたのは、彼女を棄てるような真似をすることができなかったからだ。
今は、居たくなかった。
外を歩けば、様々なものを見ることができる。
刀を差しながらも、みすぼらしい格好をした浪人らしき男が足早に歩き、どこかの商家の娘が煌びやかな着物を帯びて足音高らかに歩く。歩様は人それぞれ違えど、皆が皆生きている。
人生の目的を失い、死んだ目をして地べたに横たわり、身体を起こす気力を失った世捨て人ですら生きていることに変わりはない。
生きている、生きている、生きている。
死んでいるものなど、いるわけもない。
宗弦の足は無意識に、ある寺へと向かっていた。
禅清寺――。
かつて、宗弦がいた寺。
小坊主の時分から世話になり、僧として一人前になるまで住み込んでいた。
ここには宗弦の師である住職がいる。
寺の門前で、宗弦の足が動かなくなる。先へ進めないのではなく、先へ進んではならないと誰かに囁かれているようだった。
今更、どのような顔で住職に会えば良いというのだろうか。
破戒の罪を犯した宗弦を相手にするほど、住職も暇ではないだろう。この周辺では高僧と崇められている人物だ。
不肖の弟子を笑顔で迎えるほど、お人好しではない。ただ、慈悲深い人だ。
どうしても期待をしてしまう。
憮然とされてもいい。
師の顔を見たかった。
「そろそろ来る頃だろうと思っていた。入っておいで、宗弦」
その期待は現実のものとなった。
宗弦は夢を見ているような気分で、言われるがまま禅清寺の門を数年ぶりにくぐった。
薄明の世界 第三話
相変わらず、上半身を起こしたままで、それ以上の行動を制限され続けている宗弦は、綾を見据えた。
紛れもなくかつて愛した女であるが、その面影はどこにも見つからない。
老婆のような姿をした綾は、別人そのものだった。
綾は太陽だった。
枯れかけた雑草だった宗弦に水を与え、芽吹かせた。雑草に過ぎなかった宗弦に花を咲かせた。綾と出会ってから明らかに自分が変わっていった。嫌な気分ではなかった。むしろ、僧として無駄のない生活をし、無駄のない行動をしてきた宗弦にとって、未知の世界に踏み込んだようだった。
広い世界だ。
自らに楔を打ちつけ、自由を棄てていたことを思えば、そういった戒めすら馬鹿馬鹿しく思えた。
多大な影響力を持っていた魅力的な女。
共に生活をするようになり、その思いは日々強くなっていくばかりで、宗弦は僧であることに疑問を感じていた。
それでも、綾を棄てて僧を選んだのは紛れもない事実だ。
所詮、何を見て何を感じだとしても、経験にはならない。何も行動を起こしていない宗弦には経験が全くない。つまり、僧であることを棄てれば、自分であることも棄てるようなものだった。
宗弦はどうしてもできなかった。
自分であることを棄て、生きていくことなど出来やしない。
それは、変えようもない自分という人間。
「私を棄て、私とあなたの子を棄て、あなたは何を得ましたか? 果たして、高名な僧になれたのでしょうか」
「人を殺めた時点で、私は破戒僧の身だ。既に高名な僧にはなれまい」
「それがあなたの選んだ、僧というものの道というのですね。私は恨めしく思いまする……かわいい我が子すら殺めたことを、私は許しませぬぞ」
「許さなくていい。恨み、怨念を抱き、呪い殺すがいい。おまえの思うとおりにさせよう。だが、その暁には黄泉の国へ行け。成仏するのだ」
「……私は恨みも呪い殺しもしませぬ。あなたに地獄を見せましょうぞ……」
生暖かい風が宗弦の寝床を通り抜ける。
強く吹きぬけた風に、宗弦は目を伏せる。
宗弦が目を開けたのは、ようやく風が止んでからだった。
その時、既に目の前に綾は忽然と姿を消していた。
薄明の世界 第二話
「私を恨んでいることだろうね、綾」
上半身を起こしたが、身体は動かないまま。それでも、口だけは達者に動くらしい。
綾の意思か、はたまた僧としての最後の力か。
背中に冷たいものを感じた。
居たはずの場所に綾がいない。
宗弦はすぐさま、自分の後ろに移動したのだと察知した。
「ええ、お恨みもうしあげていますとも。宗弦さま。あなたが裏切ったばかりに、私はこのような無様な姿でこの世に残されてしまったのですから」
綾の手が宗弦の頬に伸びる。
冷たさは頬から入り込んで全身へと、それは病魔に冒されるようにするりと、何の障害も受けずに入り込んでいった。
やがて冷たさは痛みに変わっていく。
絶えかねた宗弦は表情をこわばらせる。
「冷たいですか? 痛みを感じますか? 生きている証拠ではありませんか。ああ、羨ましい」
「何を望むというのだ。何をすれば、おまえは私から離れてくれるというのだ」
「あんなに愛してくださったのに。何故、そのように疎まれるのか」
成立しない会話が、それから何度も何度も繰りかえされた。
宗弦は静かに眼を閉じ、平静を求めた。
これは夢だ。
夢でしか有り得ない。
綾が霊として目の前に現れるなど、絶対にないことだ。
例え、怨霊としてでも目の前になど現れるはずがない。
(綾は私のことなど眼にしたくないはずだ。子を宿した綾を殺したのだから)
愛しているはずだったのに。
薄明の世界 第一話
「あなたは何故、私を殺したの?」
足のない女は静かに呟くと、視線を下に向いてすすり泣く。宵闇に照らされて、女の姿が不気味さを増している。長い髪は顔までも覆いつくし、まるで蛇が怪しくうごめいているように見える。長い髪から僅かに見える目は鋭く、凍り付いているように冷たい。
ゆらゆらと揺れる肢体に、存在感はない。
霊というものを信じないわけでもない。戒律を破った身であっても、自分が僧侶であることに代わりはないのだから。
怨霊として自分の前に現れたのだろうかと、宗弦は罪の意識に苛まれた。
宗弦は床から身を這い出すことができず、上半身を起こすことが精一杯だった。
金縛りにかかっている。
高僧であれば、それこそ日常の中で身体を起こすような感覚で、金縛りを破ることは可能だろう。
だが、宗弦は僧になって間もなく破戒を犯している。僧侶としての力は全くといっていいほどない。
瞬きすら、苦痛を感じる。
怨念とはここまで人を虐げることのできるものなのか。
宗弦は改めて、怨霊という存在を認めざるを得なくなった。
そして、ここにいる怨霊こそ心より愛し認め合いながらも宗弦が殺した女だった。
「憎かったわけではない。仕方がなかったのだよ、綾」
その女の名を呼んだのは久しぶりだった。
綾。
最初で最後に愛した女の名。