夢の続き
物を書いていると、案外自分がどんな人間だったのかということを再認識することがあります。
実は暗い人間だな~と思ってみたり、らしくないことを表現してるな~と思ってみたり。
登場人物にしても、「あ、もしかしてこういう人間になりたいのか? あこがれてるのか?」
という、自らの深層心理(?)を探っているような錯覚に陥ることも、しばしば。
自分をさらけ出しているような気もします。小説を書くということは。
それも、私にとってという限定だとは思いますけれどね。
私が、物を書き始めたのは中学生の頃でしょうか。元々、小学生の頃から読書感想文を書くことが好きな、少し変わった少年でした。
「国語」の先生に恵まれたとも言えるかも知れません。とにかく、国語が大好きでした。
自分で物語を想像していくというのは、何か未知の世界に踏み込んでいるような感覚でしたね、そのころは。プロットも何も知らなかった当時ですから、話は逸脱し、酷い場合は主人公が物語の最後で変わっているという意味の分からないものまでありました。
それでも楽しかったんです。
高校に入ってから、しばらくの間物語を書くということをやめていた時がありました。自分が書いたものに疑問を感じて、本をたくさん読むようになりました。
とにかく、涙もろかったですね(今も、ですが)
本を読んでも映画を見ても、感動するという謳い文句があるものを見れば、自然と涙が出てくるような。
悲しくなくても、涙は出ます。
悲しくても、涙は出ます。
嬉しくなくても、涙は出ます。
嬉しくても、涙は出ます。
涙を流すということは、とても大事なことかもしれませんね。
案外すっきりしたりする。
私自身、自分が書いた作品を読んでもらって涙を誘い、「何かすっきりした」なんて言ってもらいたいなという想いがあります。
物を書くことで、自分を再認識した上で自分自身に引く時すらありますが――夢に描いた続きを全うしていきたいな。
それが、どういう形で現れるとしても。
後悔だけはないように、続けていきたい。
書き続けていきたい、と。
小説「薄明の世界」は、明日更新します。