薄明の世界 第一話
「あなたは何故、私を殺したの?」
足のない女は静かに呟くと、視線を下に向いてすすり泣く。宵闇に照らされて、女の姿が不気味さを増している。長い髪は顔までも覆いつくし、まるで蛇が怪しくうごめいているように見える。長い髪から僅かに見える目は鋭く、凍り付いているように冷たい。
ゆらゆらと揺れる肢体に、存在感はない。
霊というものを信じないわけでもない。戒律を破った身であっても、自分が僧侶であることに代わりはないのだから。
怨霊として自分の前に現れたのだろうかと、宗弦は罪の意識に苛まれた。
宗弦は床から身を這い出すことができず、上半身を起こすことが精一杯だった。
金縛りにかかっている。
高僧であれば、それこそ日常の中で身体を起こすような感覚で、金縛りを破ることは可能だろう。
だが、宗弦は僧になって間もなく破戒を犯している。僧侶としての力は全くといっていいほどない。
瞬きすら、苦痛を感じる。
怨念とはここまで人を虐げることのできるものなのか。
宗弦は改めて、怨霊という存在を認めざるを得なくなった。
そして、ここにいる怨霊こそ心より愛し認め合いながらも宗弦が殺した女だった。
「憎かったわけではない。仕方がなかったのだよ、綾」
その女の名を呼んだのは久しぶりだった。
綾。
最初で最後に愛した女の名。