薄明の世界 第二話
「私を恨んでいることだろうね、綾」
上半身を起こしたが、身体は動かないまま。それでも、口だけは達者に動くらしい。
綾の意思か、はたまた僧としての最後の力か。
背中に冷たいものを感じた。
居たはずの場所に綾がいない。
宗弦はすぐさま、自分の後ろに移動したのだと察知した。
「ええ、お恨みもうしあげていますとも。宗弦さま。あなたが裏切ったばかりに、私はこのような無様な姿でこの世に残されてしまったのですから」
綾の手が宗弦の頬に伸びる。
冷たさは頬から入り込んで全身へと、それは病魔に冒されるようにするりと、何の障害も受けずに入り込んでいった。
やがて冷たさは痛みに変わっていく。
絶えかねた宗弦は表情をこわばらせる。
「冷たいですか? 痛みを感じますか? 生きている証拠ではありませんか。ああ、羨ましい」
「何を望むというのだ。何をすれば、おまえは私から離れてくれるというのだ」
「あんなに愛してくださったのに。何故、そのように疎まれるのか」
成立しない会話が、それから何度も何度も繰りかえされた。
宗弦は静かに眼を閉じ、平静を求めた。
これは夢だ。
夢でしか有り得ない。
綾が霊として目の前に現れるなど、絶対にないことだ。
例え、怨霊としてでも目の前になど現れるはずがない。
(綾は私のことなど眼にしたくないはずだ。子を宿した綾を殺したのだから)
愛しているはずだったのに。