薄明の世界 二十三話 | 連載小説 ~物語で愛を描こう~

薄明の世界 二十三話

 立ち往生の和尚を宗弦は抱きかかえて静かに寝かせた。


 あまりの体重の軽さに驚きを隠せなかった。


 幼い頃から見ていた和尚は、いつも真新しい袈裟に身を包んでいたため、気がつかなかった。こんなにも小さな身体で世の末から、宗弦の身まで案じていたのだから、その偉大さを感じるのは、困難なことではない。


 宗弦は、寝かせた和尚の首に強く締め付けるように括り付けてある数珠を、ようやくはずした。


 比叡山の秘宝と和尚に言わしめる巨躯の数珠で、使うものの法力を増幅させる力があると、宗弦は和尚から聞き及んだ。


 そのようなものを何故、和尚が所有しているのか宗弦には分からない。


 ただ、その秘宝を和尚から譲り受けたのは紛れもない事実だ。


 宗弦は巨躯の数珠を首から提げて合掌し、和尚の冥福を祈った。和尚の首筋は血が滲んでいた。呼吸ができないほどに強く締め付けたに違いない。


 手放さないように。


 和尚の「覚悟」が伺えた。


 

 


「私は寂しくはありません。父上が申すとおり、私は孤独を知り、それに耐えうるだけの精神が幼き頃から備わっておりました。心配せず、安心して成仏なさりますよう」




 宗弦は言葉が途切れた。


 涙が声すらも押し戻している。





「せめて父上を抱きしめ、涙を流すくらいご容赦くださいませ……」






「今生の別れは済みましたか、宗弦さま」






 宗弦は、その声に反応して綾のほうへ顔を向けた。






「泣いておられるのですか」






 綾は静かに、宗弦に近づいた。


 冷たい空気が流れ、宗弦の頬に触れる。


 綾が持つ、独特の雰囲気とでも言えるだろう。


 綾の肩には佐吉の姿がある。


 やはり、佐吉は綾の手先だったということか――。


 少しでも信頼した自分が惨めだ。情けない。






「さあ、佐吉。おまえの力を見せておあげなさい」







「冗談はよしてくだせぇ、綾さま。俺ぁね、あんたさまを止めに来たんですぜ」







「ほう、若い猫又風情が私の邪魔をするというのか?」






 宗弦はその時、綾から発する気配に違和感を感じた。






「三成さまがご逝去なされ、数百年、途方に暮れていた俺を拾ってくれた恩は忘れてませんぜ。ですがね、俺ぁ、あんたのやり方が気に入らねえ。どうしちまったっていうんだ、綾さま。あんた、そんな人間じゃなかったじゃねえか。まるで、別人……」





 言いかけた佐吉を肩から引き摺り下ろし、地面に叩きつけた。





「これで分かったろう、宗弦さんよ。こいつぁ、綾さまなんかじゃねえ。亡霊なんかじゃねえんだ!!」




 咳き込みながら、佐吉は宗弦に訴えた。


 それを耳にした宗弦は、呆然と綾を見つめることだけで精一杯だった。