薄明の世界 第二十六話
その姿、その声、そしてその眼。
忘れようとも忘れることのできなかった綾そのものだった。
宗弦はその姿を見るなり、近寄ることも微笑みかけることも出来ず、ただ下を向くばかりだった。
何も出来るはずがない。
化け猫にすら見放され、切り払われようとしていた自分を綾はどうみているだろうか。
「佐吉、ご苦労様でしたね。宗弦様を守って欲しいという私の願いをずっと聞き続けていてくれたことを感謝します」
「もったいねえ、綾さま。あっしは大好きな綾さまのために我武者羅になっていただけで……」
佐吉は甘えるただの猫と化していた。
姿も黒猫に戻り、眼を細めながら綾の足に顔を摺り寄せていた。
「ただ少しやりすぎです。その数珠の封印、まだまだ解いてはなりません」
「申し訳ありやせん。しかし、宗弦さんをお守りするにはそうするしか馬鹿なあっしにはおもいつきやせんでした」
「これからも宗弦さまをお願いね、佐吉」
「あい」
綾の歩は確実に、宗弦へと向けられていた。宗弦は眼を背ける。合わせる顔などどこにもない。
例え、蘭と名乗る何者かが綾に憑いたことを知ったからといっても、綾をこの手に賭けた事に変わりはない。
二度と逢えないと想っていた綾が目の前にいるということを受け入れられず、宗弦はただ頭が真っ白になり、両手こぶしに力が入る。
信じてはならぬ。
払え。
悪霊でなくとも、成仏できぬ愚かなる霊に変わりはない。
払え。
信じてはならぬ。
まるで宗庵がそうつぶやいているように。
ただ、宗弦は大数珠に手をかけた。