BRAVE戦略会議
先日は、深夜までBRAVE三郷のオフィスで戦略会議。
会議中に、なぜ皆さんこんなにもすごい笑顔なのかはご想像におまかせしますが(笑)。
議題は、今度の日曜日に行われる7月の試合出場選手の壮行会と、8月28日の『BRAVEファイト』、そして9月13日の『ワクチンファイト』について。
今度の日曜日は、
7/21ディファ有明のDEEPに出場する金田選手、芦田選手、金子選手、そして、7/28グアムでのPXCに出場予定のハヤト選手、川中選手、そして、7/22.23.24の全国少年少女レスリング大会に出場するキッズレスラーたちの壮行会。
公開スパーや、バーベキューなどもおこないます。
8月26日の『BRAVEファイト』については、金網の配置や出場選手の確認などのお話を。
9月13日の『ワクチンファイト』については、出場選手の選考や、ポスター制作などのお話を。
魅力的でワクワクしそうなカード編成にしたい。
今回の会議中に出していただいたお茶菓子は、こちら。
バルクスポーツのビッグホエイ。
会議中にカタボらないようにしないといけないからね。。(笑)。
さすが!格闘界の王道を行くBRAVEらしい!
9月のワクチンファイトに関して、ケルビンがさかんに、弟子、弟子と言っているが、一体何人で日本を襲撃しようと思っているのか?
まさかケルビンがサイパンで主宰するMMAジム“マリアナエリート”の軍団全員で乗り込もうなんて考えているんじゃないだろうな?
獣単身での日本降臨なのか?
それとも軍団での日本殴り込みなのか?
どちらにしても、なめられたらおしまい。
返り討ちにしないと。。。
短時間勝負で撃沈
午前7時前に到着するが、ジム内は、すでにかなりたくさんの人たちがトレーニングに励んでいる。
いつも思うのだが、日曜日のその時間に鍛えてる人たちって、一体、何時からトレーニングしているのか?というよりどういう生活サイクルなのかが気になる。
今回は和田さんが昼と夜とダブルヘッダーでキックの興行が入っていたので、午前中、2時間だけ集中してやりましょうということに。
1時間はリフティング各種で瞬発系のトレーニングを。
そしてもう1時間は、スクワット、デッドリフト、ベンチプレスを。
高重量を2時間に濃縮してやることってかなりキツイ。
筋肉や呼吸が回復しないうちにドンドン次をこなさないといけないので。
最初の1時間のリフティングだけでも、高重量だと、もう脚に来てしまって何かにつかまっていられないと立っていられない状態になるのだが、すぐにその脚を使うスクワットへと移行。
首の前と後ろでバーを持つやり方で、フルスクワットで。
80、100、120キロ。
すでにもう立っていることすらできないのだが、すぐに今度はデッドリフトを100、120、140、160キロ。
立ってられないのに、なんで160キロが持ち上がるのかは、自分でも不明。
人間の身体ってこんなに不思議にできているのか。。!?
でも160キロを10回持ち上げた瞬間に身体ごと持って行かれ、床にひとりDDT状態に。。。
そこから身体が動けなくなったが、すみやかにベンチプレスへと移行。
インターバル無くすぐにベンチプレスを80、100、120、100、80キロ。
そして腹筋で終了。
2時間とはいえ次々襲いかかるメニューに全力疾走で立ち向かったが、短時間勝負に撃沈。
この日はそのまますぐにジムを退散し、昼にはもう帰宅。
身体が動かなくなったため、真っ昼間から和室で横になる。
これは自分が種から育てたもの。
今、庭ではこのかすみ草が満開。
自分も満開になりたい。。。
虹をかけよう!
背中の出血跡や腫れがやっと無くなり、スッキリ回復。
皮膚は、やっぱり食事(栄養)と睡眠なのかも。
あとは、身体の中。
全身整えていこう。
みそ味がおいしいですよと勧められて。家で作ってみた。
一食で、ニラ2把と、キャベツ丸ごとひとつ。
それをOHANAかごさんからいただいたいもから作製した栄養ドリンクを飲みながらガッツリと。
これから本格的に頑張って、必ず虹をかけるから!
いろいろ大変なことも多いけど、
皆さんからいろんな気持ちをいただいて、
いろんな人と出会えて、
いろんなビックリすることや感動することの連続で、
ここ数年間というものが、生涯で一番楽しいです。
皆さん、ありがとう。。
http://www.youtube.com/watch?v=PSIZ-ymWCIQ
俺は待ってるぞ!
ケルビンザビッグヒット。
自分との対戦こそ待ったをかけていたケルビンだが、先日のやり取りの中で、特筆すべきことがひとつだけあった。
それは、今回自分が出場を要求した際に、「その大会は世界の子供たちを救うための大会か?」と聞いてきたこと。
「モチロンだ、今回も、収益で世界の子供たちにワクチンを寄付するんだ!」と自分が返答すると、それならばと出場を快諾。どうやらそれが彼の大前提にあるようだ。
男だな、ケルビンザビッグヒット。。。
ケルビンは、自らも育った児童養護施設(サイパン版ちびっこハウスか?)にファイトマネーを寄付したり、定期的にそこを訪れて子供たちと交流を深めているサイパンの英雄。
まさにサイパン版“あしたのジョー”だ。
自身も、決して生活が豊かなわけではない。
試合の無い時期は、バーやクラブのバウンザーをして生活している。
だが、明日の自分の生活よりも、施設の子供たちを最優先に考えているのだ。
以前、どうしてそこまで子供たちへのそうした気持ちが強いのか?と聞いたことがある。
ケルビンいわく、「自分もそうしてもらって生きることが出来て、今の自分があるのはそのおかげだから、自分もそうして生きていきたいんだ。。。」と。
まだ28歳だぞ!この人!
28歳の頃に、自分がそういった思いを持ち、生きていたかというとそれはNOだ。
だから、ケルビンを越えるには、そういった人間の部分から越えていかないと、ケルビン越えにはならないんだ。
もし自分がケルビンと闘っていなければ、自分はそういうことが素通りしてそのまま年だけ取っていっていたに違いない。
そういう部分を気づかせ学ばせてくれたことに関して、自分はケルビンに非常に感謝している。
そういった牧師さんや神父さんのような頭脳を持ち、時として抑えが利かない猛獣のように大暴れする。
片手でFACEBOOKを手馴れて扱いながら、もう片方の手で木の実や雑草をむしり取って食べる。
神秘に包まれ理解不能なことが多いが、英雄が英雄たる確固たるゆえんがそこにあるのだ。
ケルビンザビッグヒット!もう一度、その勇姿を日本で見せてみろ!
俺は待ってるぞ!
ケルビンのプロモーション映像→(http://www.youtube.com/watch?v=8XdwV1SUl90
)
もう一度俺と闘え!
先日、宮田先生と協議してきた9月13日の新宿FACEでの大会。
自分の直訴で、収益で世界の子供たちにワクチンを寄付する大会になった。
大会名『ワクチンファイト』。
ファイティングエイド同様、よろしくお願いします。
そこに、前回自分と対戦したサイパンの英雄“ケルビンザビッグヒット”を、もう一度引っ張り出して、けりをつけたい。
しかし先日、その旨をケルビンに連絡したところ、雲行きが怪しい。
返答が想像以上に冷ややかだった。
『お前は前回俺に負けているだろう!だから今度は俺の弟子と闘え、もしそいつに勝ったらその次は考えてやってもいい。』と。
そして、『俺には倒しがいのあるような強い選手を用意しろ。』と。
たしかにケルビンの言い分は正論だが、はいそうですかわかりました、とは素直にきけない。
一か八か、ケルビンのマネージャーの、Tatsu“the preist”F 氏に直訴して、七月某日、ケルビンとの再戦を要求しに、サイパンに殴りこんできます。
「もう一度俺と闘え!」と。
待ってろよ、ケルビン。
相手は、獣軍団。何をしてくるかわかわない。
ちゃんとした交渉になるのだろうか、いや、やはり力づくの交渉になるのだろうか。。。
いろいろ応援してくださっている皆さん、長らくお待たせいたしました。
頑張ります!
◎ケルビンとの対戦に至った経緯◎
2010年5月にワクチン寄付のためのファイティングエイドという大会の開催が決まり、自分の試合出場も決定、対戦相手として自分はまだ見ぬ未知の強豪がいそうなサモア系やミクロネシア系に非常に興味があった。そしてアメリカ人の友人から、サイパンにすごい強豪選手がいるぞという情報を得る。
http://ameblo.jp/fightingaid/day-20100327.html
その友人からの情報はケルビンザビッグヒットという名前と一枚の写真のみ。電話番号もメールアドレスも住所もわからない状態だが、何とか探し出して交渉をと自分と松永氏はサイパンへと飛ぶ。
http://ameblo.jp/fightingaid/day-20100328.html
写真と名前だけをたよりに、この人どこにいるか知りませんか?という昔の刑事ドラマの聞きこみバリの古典的な戦法を駆使して炎天下のサイパンをふたりで歩きまわる。そして、今日は日曜日だからマニャガハ島に遊びに来るんじゃないか?というなんともアバウトな情報にすがり、マニャガハ島に渡りそこで待ち伏せするという大の大人が何やってんだというような戦略を実行。しかし待ってもケルビンは来ない。やっぱりこんなアナログなブッキング方法じゃ無理なんだ。。。と、あきらめかけた頃、なんと、写真のケルビンがそこに現れる。大会の意図を説明し、自分との対戦を要求したところ、快諾。対戦が実現することに。
http://ameblo.jp/fightingaid/day-20100329.html
試合当日を迎えるまで、気合いを入れて毎日練習。しかし、あの時の一度の口約束だけでケルビンが日本に本当に来るのかが心配な毎日。ケルビンははたして男の約束を果たすのか?前夜、ケルビンが成田に到着との連絡が入り、気持ちは一気に、来るかどうかの心配から対戦することへの不安へと変化。
http://ameblo.jp/fightingaid/day-20100507.html
このように奇跡と奇跡がいくつも重なり合うような形で、本当に対戦が実現。
試合は、2R、肩固めで自分の敗戦。
そしてその半年後、自分は宮田和幸先生の主宰されるBRAVEへ入門し、イチから再出発。
ケルビンとの再戦を目指す。
立ち止まってはいられない
少しだが身体に変な感じが続いていたので、近所の整骨院に行ってみることに。
診ていただいたら、結構、各所が壊れる直前にきていたことが判明。
脚に関しては、ふくらはぎが肉離れしかかり、腓腹筋や腓骨筋の筋膜も剥離しかかり。足首の靭帯も伸びている。
首から鎖骨を経て肩にかけての辺りにも骨のズレが。
前腕の筋肉も硬直が慢性化している。
幸い、仕事や生活には全く何の支障も出てなかったので、全然わからなかった。
腰も、筋肉が硬直して大変な状態になっているとのことだが、自分としては全然痛くもないしおかしくもない。なんかデッドリフトの時に引きにくいなあと思ったくらい(笑)。
強固な肉体と自負していたが。。残念。
そういう状態になっていたとは。。。
ブレーキとアクセルどっちもベタ踏みしながら突っ走って来たから、しわ寄せが来たか。
でももういろいろ決まって来たので、後戻りはできない。
敵に照準をセットし、今まさに本領発揮していくところだから。
逆に、今わかって良かった。
災い転じてじゃないけど、これから日常的にケアーしながらトレーニングして、身体の状態をむしろ今までよりも良い状態にもっていこう。
先日、宮田先生から正式発表があったが、8月26日、BRAVE三郷で『ブレイブファイト』決定。金網でおこなわれる。
そして、9月13日、新宿FACEで『ワクチンファイト』という闘い。
そして後日正式発表の9月某日に同じく新宿FACEでビッグな興行。
立ち止まってはいられない!
屋上で鍛える
自宅の屋上。
建築当時、大工さんにゴリ押しして作ってもらった。
自分の家は、地面から60センチ土盛りして建てて、かつ、一階も二階も天井までの高さが2.7メートルに設定しているので、屋上に上がるとマンションにしたら四階か五階くらいの高さになる。
なので、見晴らしもいいし、風も気持ちいい。
8畳くらいのスペースだが、だいぶくつろげる。
簡易ベットを置いていて、たまに日光浴も。
ちなみにこの1枚は2年前の真冬(1月)の写真です。。。(笑)。
自分が、自宅に屋上を作ったのは、高山善廣さんの影響を受けて。
何年か前、週刊プロレスで、高山さんがご自宅の屋上を日光浴されたりダンベルされたりという目的で使用しているとご紹介されていた。
その生活スタイルにすごく憧れた自分は、自宅を作る時には絶対に屋上を作って自分も同じように使いたいと心に決めていた。
そしてそれが実現。
ダンベルも、いつでもカールできるようにスタンバイ。
35キロずつ。
自分はカールはこの重さが今はいっぱいいっぱい。
かつて、ラジャライオンという身長2メートル30くらいのパキスタン?の選手がジャイアント馬場に異種格闘技戦で挑戦した。ドキドキしながら試合を見たのを今でも覚えている。
試合後、その選手は全日本プロレスに入門したのだが、結構細身であるにもかかわらず、道場で80キロずつのダンベルを楽にカールしていたという。
その逸話は小橋健太さんからうかがったのだが、小橋さんは、身長の高い人、つまり肘から先の長い人はダンベルのカールが強いと分析されていた。
そろそろいい季節。
屋上でもガンガン鍛えよう。
屋上で絶叫していると、近所に不審に思われるかもしれないが(笑)、
太陽浴びて、屋上でトレーニングするのはとても気持ちいい!
ゼロ年代
上井文彦さんが本を出版されることになったと、先日、何かの記事で読んだ。
上井さんが新日本プロレスでマッチメーカーをされるようになった2002年頃からのお話ということで、自分も非常に興味を持って楽天ブックスに早速予約注文をした。
届くのを待っている間、なんと、当の上井さんから自分にメールが。
「今度本を出します。いろいろ書いてますので、出たら本屋さんで立ち読みでもしてみてください。それから、また東京に行く機会があるのでその時はお食事でもしましょう。」と。
「そんな、立ち読みなんて、、、ご出版されたのを知って、もうすでに本は注文いたしましたよ。」とお返事をすると、上井さんは、そうですかあ!と、とても喜んでおられ、上井さんが上京される際にはまたお食事でもしましょうとお約束した。
数日後、その本が楽天ブックスから届く。
タイトル「ゼロ年代」。
上井さんが新日本プロレスのマッチメーカーになりそこから紆余曲折を経て今に至る2000年代を書いたものだ。
サブタイトルが、“狂想のプロレス暗黒期”で、本の表紙も真っ黒だったので、それだけでもどんなことが書かれているのかおおよそのイメージがついた。
上井さんから、「完読したら、感想を聞かせて下さい!」というリクエストをいただいている。























