楽に生きられるお手伝い 心理カウンセラー 岩崎風水  -33ページ目

楽に生きられるお手伝い 心理カウンセラー 岩崎風水 

都内でカウンセリングをする岩崎風水のブログです。

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今日は一日引きこもって書類作成の事務作業。

ワークショップのスケジュールも組んでいます。



原稿を書く傍らのブックレビューなので、文体が固くなってカッチカチ^^;。






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先日、出所者を集めてのイベントを考えていたのですが、


友人がイベントの説明文に


「過去に何を犯してきたかを問わず、出所者を受け入れます。」


と記入しました。





この言葉自体は誰かを責めるものではないのですが、

「はて?」

と、引っかかりました。


確かに、刑務所に入る人は刑罰を受ける罪をなした人です。




それを一概(いちがい)に漢字どおりに「罪を犯した」と認めていいのでしょうか?



そこに私は、刑務所に入ったことのない人の驕(おご)りを感じたのです。




確かに、国の裁判を経て、刑の言い渡しを受ければ、「罪を犯した。」とするのが一般的です。



保護司や支援者の中にでも、出所者に対し、


「あなたは昔は悪いことをしたけど、これからは……。」


と、いう言い回しをします。




その裏には[私は罪を犯していない。」という優位性を感じます。



出所者からみたら、それこそ前科の重みを感じてしまう

「断罪の言葉」として取られます。



「罪を犯した。」と、自覚に至る道は、強制できるものではないのです。


矯正させるものでもないです。


そこは本人が体験を通して学ぶしかないと思うのです。


ひとつ、ユゴーの書いたレ・ミゼラブルという100年以上前の本から、私の中に残る名言を紹介します。


主人公男の名はジャン・バルジャン。


貧困に耐えられず、たった1本のパンを盗んだ罪で19年も服役していた。


19年もの刑の長さは、自由への渇望から脱走を繰り返し、刑期が加算されたからです。


徒刑囚として行き着いた教会で、ミリエル司教に食事を御馳走になります。


その夜、教会の銀食器を盗んで警察官に捕らえられます。


警察官にミリエル司教は言います。


[食器は彼にあげたものです。この銀の燭台も持って行く約束でした。」


ジャン・バルジャンは、ミリエル司教に出会って「良い人になる」ことを誓います。


この、ミリエル司教の言葉を思い出すのです。


以下引用です。


   ☆   ☆   ☆


「聖人になること―それは例外である。


正しい人になること―これが規則である。


迷い怠け罪を犯してもよいが―正しい人になりなさい。


罪をできるだけ少なくすること―これが人間の掟である。


まったく罪をおかさないこと―それは天使の夢である。


地上にあるいっさいのものは―罪を免れない。


罪は引力なのである。」


   ☆   ☆   ☆


最後の「罪は引力なのである。」


という言葉を私なりに解釈すると、

―罪は、ほかの罪も引きつける。

―罪は、すべてのものが持っている。

―罪は、意識しないとあることに気が付かない。


と出てきます。

誰しもが、罪を犯しています。


生きることとは、誰か、又は何かの命を分け与えられて存在することです。

命を奪って糧としていても、刑事事件としては罪を問われなかったに過ぎません。

もう少し丁寧に言えば、刑法では「構成要件該当性が無かった。」と言います。


だからといって罪がないわけではなく、常に罪を犯しています。


それでも私は、罪をできるだけ少なく過ごそうと心がけます。


生きる上で重ねる罪は良い行い(善行)を繰り返して心の清掃を重ねます。


仏教では誰にも悟られずにに善い行いを重ねることを「陰徳を積む。」と言います。


誰かに評価されないで善行を積むのです。



自分で「善い行いをした」と口にして誰かに伝えてもそれは既に「陰徳」ではなくなります。


私は、魔が差したとき、善い行いをひけらかし、悪い行いを隠したがります。


そういう魔が差したときの気持ちを改めるためにも、陰徳を積むことを心がけています。






私自身、ミリエル司教のような優れた師に出会えることができました。


私は、誰しもが自己の成長のためにも様々な人と出会えれるように祈っています。





コゼットのイラストが表紙の角川文庫判。







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文体どころか、


肩までこってカッチカチだ(オチ)。
昨日、友達にテレホンカードを貰った。



出所が近い受刑者に郵送で差し入れる。





もちろん出所した後でしか使えない。




刑務所に設置された固定電話から電話をかけることもできるが、日時、相手、要件、が明確でないと許可されず、許可されたこと以外を話すと電話は強制終了される。

電話代は、受刑者の所持金(領置金)払いである。

また、許可自体が稀な、電話運用をしない施設もある。




>
テレホンカードの裏には私のphsの電話番号入り。







PHSゆえ、携帯電話よりはテレカの減りは緩やか(  ̄▽ ̄)v。


でも、コールがあっても自転車移動、会議やセラピー中だったりして出られないこととがある。

「公衆電話から着信」

と表示されるコールは、だいたい出所者から。

出獄許可証という網走監獄デザインのテレカは指の少なめな元ヤクザの叔父貴に貰った。


刑務所に差し入れる為のデザインに見えてならない( *´艸`)。






出所者の中には逮捕時からの料金未払いで電話を持てない人も多く、テレホンカードは現金と同価値の人が多いです。

一般的な人のテレホンカードの使いみち。

①50度未使用ならば、どこかの金券ショップで200円位で売却できる。

②固定電話の支払いに50度未使用500円として使うこともできる。手続き面倒。

③ホームレス支援団体などへの寄付。


岩崎に寄付すると、今回と同様に塀の中に差し入れに使われます。

使いみちに困ったものはくださいな。

岩崎寄付先。
 〒168-0064 東京都杉並区永福町4-3-2共同事務所Y方
 獄中者の家族と友人の会 相談員 岩崎 風水 宛



私は、受刑者が改心するきっかけは、
人との出会いと、読書にあると思います。




刑務所内で使われる
「あやまちはもう再び」
という
押し付けがましい音声放送教育よりも、
自発的に読む本のほうが受刑者の糧になると思い、
この本を選びました。





「もう殺さない ブッダとテロリスト」
サティシュ・クマール著



仏教の経典にも出てくるアングリマーラの話。

アングリマーラは、ブッダと出会い、剣を捨てた。


加害者と被害者、差別する人とされる人、

その両者の壁を乗り越えるための仏教の心の話である。





アングリマーラは、カースト以下の不可触賤民として描かれ、
屈辱と差別に苦しみ、反逆の徒(テロリスト)となる。




暴力に依存し、力と支配を求めるようになる。





アングリマーラとは、「指で作った首飾り」の意味。

襲った相手から指を切り取り、自分の首に掲げる。



復讐と殺戮の日々の中、ブッダと出会い、
殺されてもかまわないという無私の心に改心して以来
布教に努め非暴力の人アヒムサーカと呼ばれるようになる。





布教に努めるアヒムサーカだが、
その過去がアングリマーラだと知られ、
殺された遺族たちにより、
王の前で裁判を受ける。


因果応報といえばそれまでだが、
アングリマーラの生育歴を見れば、
なおのこと悲しくなる。





「たとえアングリマーラが縛り首になったとしても、
私の夫の命が取り戻せるわけではないのです。」

--------アングリマーラに殺された夫人の言葉



そして、アングリマーラ(アヒムサーカ)は過去の罪と、それにかかる罰を受け入れていく。


殺人鬼だった過去。

布教に努めた日々。

相反する行為の中で、

過去との和解を持って、自己の同一性を取り戻す。




暴力は感染する。


親から暴力を受けた子は、
同じように子に暴力をふるう。


虐げられたものは、
更に自分より劣るものを見つけて虐げる。



暴力的な環境から生まれたものは、
周りに対して粗暴な振る舞いをする。

暴力の連鎖は変え難い。


ただし、それは自分の行動に責任をもつことによって変えられる。


「親がアル中だったから、自分もアル中になった。」

「両親が貧困だから、自分も貧困のままだ。」

「刑務所に入ったのはあいつのせいだ。」


自分が未熟な少年ならば、
そういう言い訳しても社会が許してくれる。

事実実際、受刑者は成年であってもそういった状態です。

そこに甘んじて自己責任を放棄するのもいいが、

この言葉自体、呪縛です。





私自身、こう書いているのは呪縛を解くためと、自己の戒めのためです。

誰のせいにもせず、自分の責任で自由に生きていきたい。




私は内省を深めるためもあって、

今も刑務所内の受刑者と文通を続けています。

 

基本、差し入れ冊数は

 

どの刑事施設でも一日につき、

差し入れ者一人あたり三冊まで許可。

 

 

と思っておけばいいです。

 

 

差し入れおすすめ本は、

 

やはり

 

本人が選んだものが一番

 

です。

 

 

 

それがわからない事情のときは、

 

「いつも読んでいる情報誌」

 

「本人が部屋に持っていた本人の身近な本」

 

をおすすめします。

 

 

 

 

今までいた日常を身近に感じられるよう、

 

いつもと変わらないものを

 

差し入れてあげてください。

 

 

 

 

 

サッカーが好きならサッカー雑誌を。

 

車が好きなら車の雑誌を。

 

漫画が好きなら漫画を。

 

 

 

 

獄中に身を置く人は、


 

 

その差し入れの経緯にも思いを馳せます。

 

 

 

ブックオフで100円で買える本でも嬉しいものです。

 

 

差し入れ方法は

 

スマートレターはコスパがよく、文庫2冊は入り、手紙も入れて180円で送付できます。

 

大きさ    25cm×17cm
厚さ    2cmまで
重さ    1kgまで
料金    税込180円
差出場所    郵便窓口 ポスト

 

 

また、レターパックライトならA4判サイズなので使いやすく、A5判2冊は入ります。 文庫なら軽く4冊入ります。360円。

 

 

サイズ    340mm×248mm
(A4ファイルサイズ)
厚さ    3cm以内
重量    4kg以内
追跡
サービス    あり

 

 

レターパックプラスなら厚さの制限がないので、

 

村上春樹の「1Q84」の3冊セットも難なく入ります。

 

510円。以下のリンクのセットだと少し安いです。

 

 

 

村上春樹著 「1Q84」3冊セット。

厚さ制限がないレターパックプラスは、小箱のように膨れていても郵送できるのです。

 

 

 

また、上記のアマゾンのようなショッピングをできる方は、本人に直接配送できます。

 

 

私は、東京拘置所に発送するのに、

 

発送住所として、以下のようアマゾンに

 

登録して発送しました。

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

住所

 〒124-8565 東京都葛飾区小菅1丁目35−1 岩崎風水 より

 

氏名 

 受取人(勾留中) 様

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これで収入を得るなどの営利目的はないので、無事、差し入れできています。

 

 

以上、ブックレビュー、本紹介の前に、これを書き留めておきます。

 

次回から獄中図書オススメブックレビューを書いていきます。

 

忙しくて本が読めないひとも、このブログを読めば楽しく学べるようにしていきます。

 

 

 

どくしゃになってね…

 

って、学びたい人がいるのか疑問です。

 

 

2017年7月3日の各社のニュースから。
 
鹿児島県大崎町で1979年に男性(当時42)の遺体が見つかった「大崎事件」で、殺人と死体遺棄の罪で服役した原口アヤ子さん(90)の再審開始を認めた鹿児島地裁決定について、鹿児島地検は3日、即時抗告する方針を固めた。
 
とのこと。
 

 
 
再審請求が認められた時点で予想はできたけど、
齢90のおばあちゃんの再審請求を認めず即時抗告した検察。
 
検察官のバッジのデザインは
 
「検事には霜の如き厳格さばかりでなく陽射しのような暖かさも必要」
 
 
と言われますが
 
カンカン日照りの今日の天気のように厳しい
 
ですね。
 
 
 
大崎事件は、
共犯者の自白の信用性が疑われた事件です。
共犯者は、知的・精神的障害者の傾向があったそうです。
 
 
自白の信用性について、真っ先に浮かんだ本が
 
浜田寿美男さんの著書
 
「「自白」はつくられる 冤罪事件に出会った心理学者」
です。
 
 
 
自白がどう作られるかは、他の多くの冤罪事件と同じように、刑事の巧みな利益誘導があり、脅迫があります。
 
 
 
また、被疑者にとっては人生で始めての取り調べですが、捜査機関は毎日が取り調べのプロ。
スキルも経験も違います。
 
 
 
取り調べの過程では、脅迫だけでなく、
 
 
「お前の為を思って言ってるんだ。
早く吐いて楽になれ。
黙っていたら、魂が汚れて天国に行けねえぞ。」
 
 
 
 
と、ドラマに出てくる、カツ丼を出されて人情刑事に諭されるシーンのようなことがよくあります。
(ここ10年ほどは、そのシーンを連想し、カツ丼などの刑事の手弁当による食料供与はなくなりました。)
 
 
 
これに対抗するのは「黙秘」なのですが、
黙秘権についても、
 
 
 
「やましいことがあるから黙秘をしている。」
「黙秘をするから犯人に違いない。」
 
 
 
と、「黙秘権を正当な権利と思う思想」
から揺さぶって破壊していきます。
 
 
 
そして、やってもいない事件の自白をしたら、それこそあとが大変になります。
 
 
 
「認めたほうが楽になる。」
 
という、自殺に及ぶ鬱患者のような心境から、
 
「私がやりました。」
 
 
と言ったが最後、
 
鬼の首を獲ったように捜査機関は喜びます。
 
 
 
 
それからすぐに捜査機関はこぞって補強証拠の確保に動きます。
 
 
 
 
本人しか知り得ない証拠を、秘密の暴露(ひみつのばくろ)と言います。
 
 
秘密の暴露とは、刑事事件等で、取調べの際に
被疑者が真犯人でしか知るはずのない事項を自白することです。
 
 
 
「被疑者か真犯人しか知るはずのないこと」、
それは、
「捜査機関も捜査の段階である程度わかってること」。
 
 
 
それを、「秘密の暴露」とするため、
空欄問題の答えを教えるようにヒントばかりを本人に伝えます。
 
 
 
回答欄
「凶器に使ったのは○○です。」
 
 
刑事からのヒント
「手で持てる大きさだよな。」
「かんたんに手に入るものだよな。」
「色は暗めだったよな。」
 
 
 
ヒントから、本人に答えを何個か言わせ、捜査状況と矛盾のない正解が出たら、
それをもって、「秘密の暴露があったもの」とし、調書にします。
 
 
 
刑事が調書を作り(員面調書)、検察官が調書を作り(検面調書)、
本人も周りにいわれるままに自筆します(自認書)。
これが補強証拠となります。
 
 
憲法38条2項に、
「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。」
とあります。

これは、補強証拠を要する、ということの根拠です
 
 
さておき、原口アヤ子さん(90)、すでに刑期を終えたとはいえ、ご高齢ですね。
 
検察は、このお年寄りに即時抗告して、国家という威厳を守りたいのでしょうね。
 
 
つくづく、権力の怖さを感じます。
 
 
あと、大崎事件そのものは遠方とのこともあって、直接の支援はしたことありません。
事件について細かく言えないです。ごめんなさい。(汗)

 

朝、「願いごとー」と叫びつつ、作業工場や居室棟を回る担当の刑務官。

 

それに対し、受刑者は手を上げるなりして要望と、

 

願箋が欲しい旨を伝える。

 

願いごとのうち、殆どの要件は願箋を提出する必要がある。

 

刑務所という枠の中での「願いごと」であるため、

 

通常の人が抱くような「願いごと」は、一切叶わない。

 

 

法務省の管轄である拘置所と刑務所は、

ほぼ同じルールで運営されている。

 

 

未決勾留の拘置所でも居室棟に担当刑務官が毎朝「願いごと」を聞きに来る。

 

 

 

自分の称呼番号と苗字を言い、

 

「特別官本貸与願い2枚、

同封願い1枚ください。

信書に同封するものは切手です。」

 

と、告げる。

 

施設によってまちまちだが、

願箋がもらえる日は種類によって曜日が違う。

特別官本貸与願いなら金曜日、

同封願いなら月・水・金曜日と言った感じ。

 

 

 

その初日の日中に、文庫本サイズの用紙「願箋」に右手人差し指で指印を押す。

 

初日の作業を終え、夕食後の余暇時間にそれに記入する。

 

二日目朝、担当刑務官にそれを提出する。

 

二日目夕方、その願箋の許否判断が告知される。

 

許可なら、4日目か5日目あたりの次の発信申請該当日の朝に切手を同封して手紙を発信できる。

 

 

 

願箋願箋願箋願箋願箋願箋願箋願箋願箋。

 

 

 

すべて刑務所の要望はこれがないと進まない。

 

 

 

一日に願箋を10枚位もらうと、

 

他の受刑者から「願箋魔」の称号が得られる。

 

 

 

ちなみに、10枚もらうときはこんな感じ。

 

同封願い1枚、

面会時宅下げ願い1枚、(面会者に自己所有物を渡す手続き)。

特別完本貸与願い2枚、(月2冊まで貸与が許可されるため)。

挿絵挿入許可願い1枚、(便箋小口にイラストを書きたいとき)。

英語使用許可願い1枚、(HAPPY BIRTHDAYなど英語を使うとき)。

面会時物品携行願い1枚、(面会室にノートやボールペンを持ち込むため)。

面会時間延長願い1枚、(訴訟用務であろうが、一般面会の延長は許可制となる)。

特別購入許可願い1枚、(切手その他、緊急か学習用に必要な物品を購入するため)。

領置金特別使用許可願い1枚、(自分で持っているお金「りょうちきん」を使って特別に物品を買う支払いにも許可がいる)。

 

 

 

 

また、刑務所には文字の読めない人、

文字を書くのがすごく苦手な人がいるが、

かんたんに刑務官による代筆は認められない。

 

 

受刑者は他国で育っていたり、視力が弱かったり、

小学校に通える家庭環境ではなかったりするのだ。

 

 

よって、文字の書けない人は願箋をかけない。

 

 

受刑者も、字を書くことが苦痛ゆえ、願うことから諦める。

 

 

それこそ、7つの玉を集めて神龍を呼び出すくらい難題な願いごとである。

 

 

 

なんか、この作品は、ドラマや映画のほうが有名らしい。

私はドラマや映画を見る機会がなかったため、原作の小説しか知らない。

 

 

原作の波乱万丈な松子は読んでいて楽しい。

 

 

また、この表紙はデザインが秀逸ゆえ、ハードカバーをおすすめする。

 

 

 

 

 

なぜ、小説を読むのか?

 

 

私は、多様性を学ぶために読む。

私は普段から人の生き様を見るのが大好き。

 

 

 

人を殺そうが、刑務所に入ろうが、

相手の精一杯生きた軌跡がわかるのが嬉しい。

 

 

今、相談員やカウセリングサービスをしているのもそれが好きだから。

 

 

また、女性刑務所について書かれており、

その交友関係が出所後も続いているのが面白い。

 

 

原作のあらすじはこんな感じ

 

       

 

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

この作品は、「幽遊白書」のように、主人公の死亡時から物語は始まる。

 

53歳で殺害され,河原で遺体で発見された川尻松子。

 

 

大学生の親戚の男が松子について調べだすと、周りからは「嫌われマツコ」と呼ばれていた。

 

 

と、出だしがそんな感じだからこの題名。

 

松子は福岡で育ち、中学教師となります。

 

しかし教え子の現金窃盗事件を隠したことで辞職に追い込まれます。

 

どんどん身を落とし、家を出た松子は小説家希望の八女川を愛し同棲していましたが、

八女川は自分の才能のなさに幻滅し、松子の目の前で電車に轢かれて亡くなります。

 

そのあと八女川の友人・岡野と松子は恋愛関係になりますが、

岡野は妻子のある身で、松子は遊ばれて捨てられます。

 

その後も流れに流れて特殊浴場のソープ嬢となった松子は、努力して店のトップになります。

 

風俗業界のスタイルが変わり、店を移ることや当時の男の不貞を知り、諍いとなってその男を刺殺します。

 

玉川上水で松子は自殺しようとして、また別の男に踏み留められます。

 

そこで知り合った理髪店店主・島津に優しくされ、松子はつかの間の幸福な暮らしを送りました。

しかし捜査の手がのび、松子は警察に逮捕されます。島津は松子に「待つ」と言いました。

 

8年間の服役生活でした。

 

刑務所の様子もよく書かれています。

 

松子は島津の手助けになるべく理容師の資格を取ります。

 

出所した松子はその足で島津の店に行きますが、島津は既に家庭を持っていました。

 

失恋した松子を慰めたのは、同じ囚人仲間だっためぐみです。

 

ストリッパーからAV女優と転身しためぐみは結婚して逞しく生きており、松子とめぐみは友情をはぐくみました。

 

そんなころ松子は、やくざになった元教え子・龍と再会します。

松子が教員のときにかばった教え子です。

 

龍は中学時代から教師の松子のことがずっと好きだったと打ち明けました。

松子はその純粋な愛が嬉しくてたまりませんでした。

やっと幸せな暮らしが望めそうな矢先、龍が逮捕されてしまいます。

 

 

また独りの生活に戻った松子は、アパートに閉じこもってアイドルを追いかける生活をしました。

部屋の中でアイドルをテレビで見ながらコンビニで買ってきたジャンクフードを食べる生活で太った松子に、

めぐみが職を紹介しようと名刺を渡します。

 

その後、松子は。。。

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 

オチまで書きそうになったので留めます。

 

フォレスト・ガンプ/一期一会がそうであるように、

人生を謳歌して酸いも甘いも経験し尽くした作品です。

 

 

一度きりの人生をどう生きるか?

そう作品に問いかけられます。

 

 

塀の中の文通相手も、この本に負けずと多くの経験をしています。

 

子供の大学のためにATM強盗をした。

 

簡単に稼げるから詐欺をした。

 

早く働きたかったから、薬を使った。

 

 

一見、罪名や刑期からは思い知れないことを聞けます。

 

あと、この作品、異性で身を持ち崩すことにも共感が持てます。

 

私も、持てない割に異性の問題が多くあったものですから(苦笑)。

 

 

 

文庫は上下巻に分かれているから、差し入れるなら1冊のハードカバーかなー。

 

 

著者の入江杏さんは、


世田谷一家殺人事件の被害者遺族です。

 


 

相談員の私との構図だけ見れば、
 

 

「加害者側の支援者」
      と、
「被害者側の支援者」
      です。

 

 

 

私は、加害者と被害者という対極にあっても、

入江さんの活動を身近なものと感じています。

 

 

 

事件は、あらゆるラベルを付けをされ報道されます。

それに翻弄される報道被害をたくさん見てきました。

 

 

 

報道被害によって人の抱く悲しみと混乱の感情は、

被害者も加害者も分け隔てなく抱くものです。
 

 

 

 

入江さんは、多くの報道被害を受けました。

 

押しかけるマスコミ。

近隣者による推測や風評。

 

誤報や事実と確認されていない事を決めつけた報道。

事実を故意に編集し誇張した報道。

 

それらが被報道者の生活基盤、人間関係、名誉などを破壊します。

 

 

 

この本は、報道被害に苦しんでいる獄中者の家族にもぜひ読んでいただきたいです。

 

また、刑事施設の収容者にオススメします。
 

 

入江さんは、悲しみについて思いを馳せる会ミシュカの森を10年以上続けています。

 

そこには、喪失の悲しみを抱いた方がたくさん訪れます。

 

 

事件後から現在に至るまで学びを重ね、

 

事件事故、

自死遺族や終末期ケア、

被災者支援など、

 

多方面の社会活動に携わる中で、

 

「当事者だけを囲い込んで

悲しみを背負わせてはならない。」

 

 

と感じるようになったそうです。


当事者以外の人が、

 

「あの人たちの悲しみは自分には関係ない」

 

という距離を作ってしまわないためにも、

或いはどう関わっていいかわからず、

 

罪悪感を抱きつつ、見ないふりをしてしまわないためにも、

 

 

 

 

 

この本は、悲しみという感情にどう向き合うかの教科書です。
 


 

 

心に響きます。
 

 

収容者の心を動かす一冊になればと思い、紹介します。

 

 

刑務所の職員はまず、受刑者に対し、
 

「事件を反省しろ。二度と同じことをするな。被害者の気持ちを思え。」
 

と、強要します。
 

 

 

刑法28条には、
 

「懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるときは~仮に釈放することができる。」
 

とあります。
 

この「改悛の状」を穿ってみれば、


「仮釈放が欲しければ、『反省している』と言うしかない。」
 

のです。

 

選択肢を持てないので、「強要」です。
 

 

 

ある無期囚は手紙で私に
 

 

「被害者は、私を殺したいほど憎んでいるだけ。和解はできない。」
 

 

と告げました。
 

 

 

これでは、自分の感情に向き合うことができません。

 

 

 

たしかに、被害者と加害者の和解はとても難しいです。


それぞれの個人が思う気持ちがあり、相容れない感情もあります。
 

それでも、共通する悲しみがあります。
 

この本は、その悲しみの受け容れ方に気づかせてくれる本です。
 

 

ここ最近、「寄り添う。」という言葉が独り歩きし、


綺麗で安く見られがちな言葉にも思います。

 


それに比べたら入江さんの文体は正直で読みやすいのです。
 

 

 

 

 

アマゾンからはこちらから購入できます。

 


楽天からはこちらから。

 

 

この本は私の中で、

 

 

ドストエフスキーの[死の家の記録」、

 

オスカー・ワイルドの「獄中記]、

 

アレクサンドル・デュマの[モンテ・クリスト伯」

 

 

 

といった監獄を書いた古典の名著に並びます。

 

 

 

 

 

 

刑務所内のことが分からないくて不安な人は

 

これを読んでください。

    

      

 

 

鬼才花輪和一による名著。

「刑務所の中」
 

花輪さんは、1994年に逮捕されました。

 

違法改造拳銃の所持で収監されたときの記憶を漫画化したものです。

 

 

 

 

20年近く前の作品ではありますが、

 

現在の刑務所と大差ない生活

 

が描かれています。

 

 

懲役3年の実刑判決。

 

私は、当時の銃に対する状況が判決を重くさせたと見ています。

 

 

 

ソビエト連邦が崩壊し、

 

規律が緩んで金に困ったロシアの軍人が

 

北海道沿岸で銃器の密輸を頻繁に行っていました。

 

 

 

札幌県警も銃器不所持追放に力を入れていました。

 

 

 

捜査機関も手柄を取ろうと、

 

花輪さんが持っていた改造銃に

 

ある程度の武器としての能力がある

 

として逮捕したのです。

 

 

 

ひとえに、

 

公共の安全・風俗(公序良俗)のための逮捕

 

です。

 

 

 

この判決が間違っているとは言いませんが、

 

 

当時の風紀・風潮から判決・量刑も変わりうるのです。

 

 

 

S県警の腐敗が明るみに出るのは、

 

これよりもう少し先の時代ですね。

 

 

 

 

こうして、花輪さんは服役しました。

 

 

 

判決の状況はさておき、

 

懲役刑の生活は誰しも同じです。

 

 

 

 

さて、この作品。

 

花輪さんが、刑務所内のあらゆる体験を

 

「マンガ」

 

という芸に昇華させた作品です。

 

 

 

表紙を見てもわかるように、

 

現場を知っている人しか書けない作品です。

 

 

 

 

 

スーツがハンガーにかけてあることから、

 

裁判継続中の被告人の独居室です。

 

 

札幌拘置所ですね。

 

右に積んであるのは、下から敷布団、掛け布団、毛布、シーツ及び枕です。

 

 

毛布に関しては、自衛隊で使うものと全く同じものが使われています。

 

ここでは見えないものの、毛布の品質タグに並んで製造年度が書いてあるのですが、

昭和に製造された毛布が多いです。

 

 

 

布団の色はお茶漬けのパッケージのような色

 

 

でしたが、

 

 

 

2005年頃からピンクと桜色のシマシマです。

(↑この■の並び、色がついているのですが、一部の環境では見えないらしい)

 

 

また、背中と奥の壁にあるパイプは

 

壁際にあるスチームヒーターの蒸気が通過する管です。

 

雪国の札幌ゆえに、収容者が死なない程度の空調があります。

 

 

 

 

 

こうして、表紙だけでも、刑務所のたくさんの状況がわかります。

 

 

 

 

読み始めると、それ以上の情報量に驚きます。

 

 

 

食事に関すること、

 

 

動作時限に関すること、

 

 

懲罰の体験、

 

 

出所前の受刑者の心情、

 

 

悪巧みをする雑居室、

 

 

刑務官に好かれるメリット、

 

 

軍隊行進のときの掛け声、

 

 

たまに与えられる甘い物の美味しさ。

 

 

 

 

現在刑務所の各部屋に置かれている冊子

 

 

「被収容者の生活の心得」

 

 

よりも、収容生活に関して詳しくなれます。

 

 

 

かと言って、この本は「生活マニュアル」ではなく、「コミック」です。

 

 

滑稽で笑える作品です。

 

 

 

活字で読む刑務所の話はよくあります。

 

それを原作に漫画化したものもあります。

 

テレビドラマでも刑務所の映像は出てきます。

 

 

それらを超える、よりリアルなものとして、この漫画があります。

 

 

刑務所内でも喜怒哀楽があり、生活があります。

 

 

塀の中という「狭い世界」の奥ゆかしさを感じる本です。

 

 

これを手にとって読むことで

 

 

 

「刑務所に入るようでは

人生終わってしまう、

死んだほうがマシ」

 

 

 

 

という考えが消えますように。

 

 

中の人へはコンパクトな文庫判があります。

 

中古ですが、初版発行はこちらの青林工藝舎の本です。

 

 

 

DVDにもなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

ペタしてね 

今回は、過酷な生活を余儀なくされている

 

獄中者とその家族と友人の心の支えになるような本を、

 

岩崎の独断と偏見から紹介します。

 

 

 

刑務所に差し入れるもよし、

 

家族や友人が読むも良いです。

 

 

 

一冊目。

 

「食う寝る坐る永平寺修行記」

 

野々村馨 著

 

 

 

永平寺では座禅の仕方といった明らかに重要不可欠なものから

 

歩き方、

 

食事方法、


トイレの仕方や

 

歯の磨き方

 

といった日常生活にかかわるものまで

 


開祖道元が書き残した、詳細なルールがあります。
 

 

 

 

その厳しく細かなルールは、あたかも刑務所の規律を思わせます。

 

 

 

2年目の雲水(修行僧)が暴力を持ってそれを新入の雲水に叩き込みます。

 

 

 

ノンフィクションの文学賞まで受賞した本なのに、

 

この本は、しばらく絶版になっていたようです。

 

 

思うに、総本山での暴力が明るみに出るのがまずい、という配慮かと。

 

 

 

永平寺と、刑務所の生活はよく似ています。

 

刑務所は、強制的に収容されるところです。

 

永平寺は、出家する覚悟があって自発的に行くところです。

 

大きな差はこれくらいです。

 

共通点は多いです。

 

 

粗食。

 

永平寺はこの本の中では、栄養失調から脚気になります。

 

刑務所も栄養失調と冬の寒さから、しもやけになります。

 

 

 

髪型。

 

男子刑務所は、バリカンで丸刈りです。

 

永平寺は、カミソリで剃髪です。

 

 

 

 

私物も制限されます。

 

 

 

 

狭い場所で共同生活する文化上、暴力は身近にあります。

 

 

 

 

ひとは、

 

刑務所にいることが辛いのではなく、

 

刑務所にいると思うことが辛いのです。

 

 

 

刑務所が修行の場、と思えれば苦行も糧となります。

 

 

今が一番つらいと思っている獄中者が

 

 

より辛い修行を進んで受けている雲水がいることを知れますように。

 

 

 

世界の広さを、この本からも学べますように。

 

 

 

アマゾンと楽天でネットから買えるようにリンクを置いておきます。

 

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