7冊目。「レ・ミゼラブル」ヴィクトル・ユーゴー。 | 楽に生きられるお手伝い 心理カウンセラー 岩崎風水 

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今日は一日引きこもって書類作成の事務作業。

ワークショップのスケジュールも組んでいます。



原稿を書く傍らのブックレビューなので、文体が固くなってカッチカチ^^;。






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先日、出所者を集めてのイベントを考えていたのですが、


友人がイベントの説明文に


「過去に何を犯してきたかを問わず、出所者を受け入れます。」


と記入しました。





この言葉自体は誰かを責めるものではないのですが、

「はて?」

と、引っかかりました。


確かに、刑務所に入る人は刑罰を受ける罪をなした人です。




それを一概(いちがい)に漢字どおりに「罪を犯した」と認めていいのでしょうか?



そこに私は、刑務所に入ったことのない人の驕(おご)りを感じたのです。




確かに、国の裁判を経て、刑の言い渡しを受ければ、「罪を犯した。」とするのが一般的です。



保護司や支援者の中にでも、出所者に対し、


「あなたは昔は悪いことをしたけど、これからは……。」


と、いう言い回しをします。




その裏には[私は罪を犯していない。」という優位性を感じます。



出所者からみたら、それこそ前科の重みを感じてしまう

「断罪の言葉」として取られます。



「罪を犯した。」と、自覚に至る道は、強制できるものではないのです。


矯正させるものでもないです。


そこは本人が体験を通して学ぶしかないと思うのです。


ひとつ、ユゴーの書いたレ・ミゼラブルという100年以上前の本から、私の中に残る名言を紹介します。


主人公男の名はジャン・バルジャン。


貧困に耐えられず、たった1本のパンを盗んだ罪で19年も服役していた。


19年もの刑の長さは、自由への渇望から脱走を繰り返し、刑期が加算されたからです。


徒刑囚として行き着いた教会で、ミリエル司教に食事を御馳走になります。


その夜、教会の銀食器を盗んで警察官に捕らえられます。


警察官にミリエル司教は言います。


[食器は彼にあげたものです。この銀の燭台も持って行く約束でした。」


ジャン・バルジャンは、ミリエル司教に出会って「良い人になる」ことを誓います。


この、ミリエル司教の言葉を思い出すのです。


以下引用です。


   ☆   ☆   ☆


「聖人になること―それは例外である。


正しい人になること―これが規則である。


迷い怠け罪を犯してもよいが―正しい人になりなさい。


罪をできるだけ少なくすること―これが人間の掟である。


まったく罪をおかさないこと―それは天使の夢である。


地上にあるいっさいのものは―罪を免れない。


罪は引力なのである。」


   ☆   ☆   ☆


最後の「罪は引力なのである。」


という言葉を私なりに解釈すると、

―罪は、ほかの罪も引きつける。

―罪は、すべてのものが持っている。

―罪は、意識しないとあることに気が付かない。


と出てきます。

誰しもが、罪を犯しています。


生きることとは、誰か、又は何かの命を分け与えられて存在することです。

命を奪って糧としていても、刑事事件としては罪を問われなかったに過ぎません。

もう少し丁寧に言えば、刑法では「構成要件該当性が無かった。」と言います。


だからといって罪がないわけではなく、常に罪を犯しています。


それでも私は、罪をできるだけ少なく過ごそうと心がけます。


生きる上で重ねる罪は良い行い(善行)を繰り返して心の清掃を重ねます。


仏教では誰にも悟られずにに善い行いを重ねることを「陰徳を積む。」と言います。


誰かに評価されないで善行を積むのです。



自分で「善い行いをした」と口にして誰かに伝えてもそれは既に「陰徳」ではなくなります。


私は、魔が差したとき、善い行いをひけらかし、悪い行いを隠したがります。


そういう魔が差したときの気持ちを改めるためにも、陰徳を積むことを心がけています。






私自身、ミリエル司教のような優れた師に出会えることができました。


私は、誰しもが自己の成長のためにも様々な人と出会えれるように祈っています。





コゼットのイラストが表紙の角川文庫判。







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文体どころか、


肩までこってカッチカチだ(オチ)。