わたしたちの城
イースター前にオーダーしていた、娘のベッドが今日入手できた!
すでに、子供たちは、わたしたちが寝る部屋ではなく、子供部屋にある息子さんのベッドで2人で寝ていたのだが、いかんせん狭いので、新しいベッドを待ちわびていたのだ。
彼は、そのためにわたしたちが日本に滞在していたときから、従来物置部屋と化していた子供部屋のペースを確保するべく、だいぶ荷物を整理していたのだが、昨日、ほとんど満杯状態になっている地下の物置スペースも片付けて、残りの荷物を地下へ運び、ようやくもうひとつベッドが置けるスペースができあがったのだった。
そういえば、元奥さんが最近急遽アパートを出なければならなくなったとわかったときに、彼女の荷物の一部をその子供部屋に置かせてもらえないかと頼んできたらしいが、彼は、「今はK(息子さん)とM(娘)の部屋として使っているから、それは許可できない。」ときっぱり断ったそうである。
そもそも、彼女の買い物好きからここまで物があふれかえる事態に陥っているわけだが、、、。別居する前から、しょちゅう息子さんにおもちゃを買ってきていたので、使わない玩具だけで幅をとっている有様である。
それで、帰宅するなり、彼は早速ベッドを組み立て始めたのだが、娘は期待まんまんである。
彼は夕飯食べることも忘れて、ねじを回すことに没頭しつづけた。
そして夜8時。
ようやく完成!!
娘はうれしくてしょうがないらしく、早速適当なものをかき集めて、ベッドの傍らに自分の机をセッティングし、ワインボトル置きの枠組のたたんだものを梯子にみたてベッドにかけるなど、自分の空間造りをしはじめた。
娘は、前のアパートにいるときから、自分のスペースを欲しており、わずかなスペースを確保してはスーツケースやダンボールで仕切り、自分の机などをセッティングしていたのだ。
自分のベッドというよりは、「自分の城」をもてたことが何よりも喜びであったのである。
徐々に、わたしたちの生活が構築されてきている、という感じがする。
ソファーを直したり、荷物を整理したり。
少しずつ、わたしたち4人の場所ができてきている、という感じがする。
彼は、しょっちゅうわたしが描いた絵を眺めては、
「僕はこの絵が好きだ。」
といってくれる。
似た感覚をもった人との生活は、本当に愉しいものである。
朝から弁当作り、子供の入浴、朝食の用意、洗濯、帰宅しては買い物、夕飯つくり、洗濯干し、片付けなどなど、怒涛の毎日であっても。
外国での困難(2)
それにしても。
こういうときに、外国にいるとものすごい不安を感じる。
というか、やっぱりいちいち何でもエネルギーを必要とさせられる。
住居を探すのもそのひとつだし、子供のことで市にかけあったりなど、何でも日本とはシステムが違うし、ことばの壁でやりとりが何倍もハードである。
去年は、請求書と認識できなくて支払いをしていなかったら、携帯電話も止められてしまった。銀行口座から自動引き落としされているとばかり思っていたから。
今は、ほとんどの件で彼が助けてくれるので、前ほどハードではなくなったが、今回の病気はさすがに夜中だけあって彼も眠ってしまい不安にかられた。
日本人と結婚している指導教官のひとりと、国際結婚の問題について話したのだが、この国の文化に固執したりせず国際間の違いに対しても寛容に受け止めている彼は、国際結婚を前向きにとらえており、
「確かに考え方や文化が違うことは厳しいこともあるかもしれないけど、だからこそそれを言い訳にすることもできるんじゃない。国が違うんだから、すれ違ってもしょうがないって。」
「でも、やっぱり、外国人であるほうは、厳しいと思う。外国に住むってエネルギーが必要とされるから。」
「確かにね。僕も日本に住むとなったら、厳しいかもしれないなぁ。」
まぁ、日本は英語が通じにくいしね。
もっとも、奥さんは格別に英語力に長けていたからこそ、距離も一層に縮まったそうである。
指導教官と違って、この国の典型的なタイプである彼は、わたしがこの国の言語は習得してないが文化を好感をもって受け入れていることに対して好ましく思っているようである。
この国の現代アートに興味をもち、ドラマを関心をもって観、典型的な食べ物を好んで食べている。お昼の定番であるオープンサンドも好きである。
元奥さんが、なまじこの国の文化をほとんど拒絶していただけに。
だけどそれはたまたま、この国の文化がわたしの好みにあったというだけで、やっぱり自分とは違うものを受け入れるのはハードなことなんだと思う。
彼は、元奥さんの国にものすごく惹かれて、何度も訪れた。
確かに寺院などの建物は美しいと聞いているし、食べ物はおいしいし、わたしの友達が持ち帰ったその国の高山民族のひとたちが造ったという緻密な刺繍細工を目の当たりにしたときには、雷に打たれるほどの衝撃を受けた。あまりにもデザインが細かくて色彩が美しくて、それは見事な工芸品だったから。
だけど、一方で、その国の刹那主義でギャンブル好き、お酒好き、パーティ好き、カラオケ好きという嗜好からは、彼はあまりにも遠すぎた。
観光で文化の表面的な部分をみるのと、生活の基礎となっている本当の文化を受け入れるのとではまったく違う。
わたしも、この国のアートは気に入っていても、育児観など根本的なことがことごとく違うのに辟易し、すりあわせていくのが本当に大変だった。
でも、指導教官が言うように、同じ国だからこそ、違いを認めるのがもっと大変なこともあるかもしれない。
わたしは、夫とすりあわせていくことを、あきらめた。
外国での困難
おかしいと思ったのは実は昨日のことだった。
しかしすぐにその変調が消えたので何事もなかったように過ごした。
今日。
家に戻ってからしばらくして、トイレで激痛を感じた。
「ヤバイ。間違いなくあの病気だ。」
と確信した。
出産直後にも同じ病気に罹患したからである。
英語で、「cystitis」。
英語名は知らなかったが、ここが細菌感染して痛みを感じると訴えたら、彼はすぐに理解してくれた。
「ああ、よくある病気ね。特に女性が。」
彼も英語名はわからなかったようであるが。
しばらくは水分をたっぷりとって、痛みもそれほど強くはなかったので、パソコンで論文の修正をかけられるほどの余裕があったのだが、徐々に痛みは強くなってきて、いてもたってもいられないほどに。
それで怖くて飲めなかった外国製の抗生物質を、藁をもつかむような思いで飲んだが、ちっとも痛みは緩和されない。
もう12時を過ぎて、さすがに彼も睡魔に襲われたが、わたしは眠くても痛くて眠れないのである。
くそー
病気名は確信していて、薬さえあれば治る類の病気なのに!!
「明日ドクターの予約をとるから、朝まで待ったらいいよ。」
待てるぐらいだったら苦労はしないよ。
ああ、日本だったら、夜間病院にかけつけて、処方箋をもらえるのに!
ここでは、そもそも、夜に疾患した場合、どうすればよいのかもわからない。
しかし、たとえ夜間診療をやっているところがあっても、これごときの病気で緊急医療を受けられるか確信がない。
風邪で40℃の熱が出ても病院に行く人は少ないほど、よほどのことがない限りは病院に行かないお国柄である。
一応朝まで待つ覚悟で1時間ほど家の中をウロウロしていたが、いよいよ痛みは増すばかりで1時間さえも長く感じるようになったので、近所の深夜営業している処方薬局に行くことに。
処方箋なしでは薬がもらえなくても、薬剤師さんになんらかのアドバイスはしてもらえるかもしれない。
いざとなったら、タクシーで病院に行くくらいの覚悟で、辞書片手に薬局によろよろと向かった。
「あの~、わたしこういう病気にかかったと思うんですけど(辞書でcyctitisを指して)、、、英語ですがわかりますか?どうも細菌感染したらしくて、痛みがひどいんです。」
「ああ、その病気ね。わかるわよ。」
「やっぱり、ドクターの処方箋がないと、薬はもらえないんですか?」
「そうよ。夜でも開いている病院があるから、まず緊急コールに電話してどこへ行ったらいいのか指示を仰いでもらって。」
「でも、、わたし電話がないので、代わりに電話してもらえませんか?」
それで薬剤師さんに電話してもらうことに。
携帯電話はちょうどなくしてしまっており、これから彼の家に戻るのもしんどかったのだ。
すると、
「前にも同じ病気にかかったことがある?」
「尿に血は混ざっている?」
などの質問をされ、最終的には、
「今、薬を出します。そのかわり、効果がなかったら、すぐにドクターのところに行ってね。」
やったーーーー!!
どうやら、罹患した経験があることから、わたしの認識はほぼ正しいということ、その薬自体はそれほどリスクの大きなものではないことから、緊急コール先の病院の人とのやり取りだけで、薬処方の許可が下りたらしかった。
これごときの病気で夜間診療で受け入れることもなかろうという判断もあったのかもしれない。
いずれにしても、病院に行っても、問診と尿検査ぐらいで、その結果だってすぐに出るものでもない。
ちなみに、わたしが出産後にかかったときも、すぐに尿検査の結果は出ず、問診だけの判断で抗生物質を処方してもらったところ、それですっかり治ったのである。
午前2時。
薬を飲み、すぐに効いたわけではないが、徐々に痛みはやわらぎ、3時ごろようやく眠れた。
人間ドラマ
わたしもこの国に来る前からずっとアンデルセンには関心を寄せていて、去年の夏には生誕地まで行ってアンデルセン博物館を観に行ってきたのだが、かなり苦境な人生を歩んだ人であることがわかった。
このイースター休暇中には、アンデルセンのドラマもやっていた。
青年になったアンデルセンが劇作家を目指して首都の街に上京したものの、誰にも相手にされず、しかし幸いにして王室と強いコネクションをもつ人に出会い、王室奨学金を獲得して小学校から教育を受けなおすといったストーリーである。
全体的に暗いタッチのドラマなのだが、なぜか何かを感じずにはいられない、深く考えさせられる良質なドラマだと思った。
彼とつきあうようになってから、この国のドラマを観るようになったのだが、日本のドラマよりもこちらのドラマの方がわたしの好みである。
なんていうのかな。
日本のドラマって、何でも紋切り型というか、キャラクター設定があまりにも単純すぎるきらいがあるように思う。
いかにもいい人とか、いかにもイヤな人とか。
なんだか、現実にはありえないタイプが多い。
それと、現実にはありえない現象とか。
例えば、シンデレラのようなストーリーも多くあるけれど、普通あんなに他人に傷つけられたら、まともな性格を保つのは難しいと思う。
それに対して、こちらのドラマは、もっと現実的。
悪役というものが存在しない。
人にはみんないい部分悪い部分があり、そしてそういう性質には必ずバッググラウンドがある。そのひとそのひと個人の過去が、その人格形成に影響を与えていることを緻密に描いている。
ひとりひとりのキャラクターに、ものすごく共感を覚えるのである。
アンデルセンのドラマでは、主に小学校の先生との関係性が話の中心となっていたのだが、どうしても夢見がちですぐに想像の世界に入ってしまうアンデルセンと、きちんとした教育を受けさせるべく厳しく当たる先生との間に飛び交う感情が、実に生々しく描かれていた。
アンデルセンは王室の奨学金を得ているので、いくら本来要求されている学業の進捗がはかばかしくなくとも、先生は直接アンデルセンを罰することはできない。
けれども、借金や妻との問題などで深刻な状況にある上に、創造性に乏しく、アンデルセンの才能を認識しながらも自身が得られない能力に嫉妬の念をもってしまう先生は、アンデルセンのもっとも大事な友達を手にかけてまでもアンデルセンを傷つけようとする。
アンデルセンの代わりに罰当番をさせられた大事な友達は、その仕事のせいで結核をこじらせて死んでしまう。その友達は、友達ができにくいアンデルセンの唯一の理解者で、唯一アンデルセンの才能を心から賞賛していた。死んでしまったときのアンデルセンの表情たるや筆舌に尽くしがたいものがあり、わたしも涙が出そうになってしまった。
けれども、一方で先生の感情もオーバーラップする。
アンデルセンに対する嫉妬の念。
それは、わたしのもつ感情の一部に近いものがある。
わたしも、彼の元奥さんに嫉妬していた。
語学学校に行かなくともこの国の言語を習得してしまったすばらしい語学センスや、免許をもってないのにすぐにマニュアルタイプの車を運転できてしまう新しい技術を獲得する際のすばやさ。
いずれもわたしにはない能力である。
なんでも新しいことをやるには人の何倍も労力を必要とする不器用な人間。それがわたしである。
自分は自分だと言い聞かせながら、実に流暢にこの国の言語を話す彼女の声を聞くだけで、身震いしてしまう。
わたしは、自分がいい人間だなんて、これぽっちも思っていない。
自分の中にある醜い感情も、しっかり認識している。
ドラマがあった夜、ひとしきり彼とドラマについて語り合った。
そして彼も、こういう現実的なドラマこそ、共感を覚えるといった。
彼もまた弱い人間で、それを痛いほど認識している。
だからこそ、こういう人間の生の感情を描いたドラマに、心から涙するのである。
問題発生
イースターの飾りつけ
**************
とても幸せな気分だった、イースター最終日の夕方。
ある電話でそれも見事にふっとんだ。
またまた彼の元奥さんが、住居のことで問題を抱えたのである。
彼女が1月3日に彼のアパートを去ったあと、年末ぎりぎりでみつけたアパートに暫定で入居したものの、1ヶ月12万円というバカ高さのために、わたしたちが住む市の公営住宅のウェイティングリストに名前を入れようとしたものの、市民じゃないということで断られ、彼のお父さんが交渉にのぞんだものの、翻意されてそれもかなわず。
それが、彼女は又貸しで直接の店子でないのだが、実はそのアパートは第三者に貸すことは禁じており、大家から3月いっぱいで退居することを命じられ、急遽彼のご両親の住所でわたしたちの市に住民登録し、公営住宅の入居を申し込むことに。
で、近く市役所で入居申請をしようという状況であったのだが、今日、なんとドアの鍵穴が替わっていて彼女が入れなくなってしまったとのこと。
どうやら、彼女に又貸しをしていた女性が急遽アパートに戻ってきて鍵穴を変えたのではないか、と。
そこでアパートの管理会社や警察などに対応をせまろうとしたものの、あいにく今日は休日でどこも閉まっており、困り果てた彼女は彼にどうしたらよいのか電話をかけてきたのだった。
とはいえ、彼もどうしたらよいのかわかるはずもなく、ただもう一度アパートに戻って、又貸しをした女性に接触するほかないのでは、とアドバイスをしたのだそうだ。
結局、彼女はその女性とコンタクトをとることができ、とりあえず荷物を移動させることにしたそうだ。
そしてその荷物は一部、彼のご両親宅に保管することになったそうである。
なんとばかげた話なんだろうと思う。
禁じられている又貸しまでして、しかも3ヶ月間もの家賃の前払いまでさせておきながら、勝手に鍵も変えるとは。
しかし、彼女も彼女だ。
確かに、鍵を変えられたのはショックだったとは思うけれど、今月中に出て行かなければならないことはすでに知らされていたことであり、そのデッドラインまであと3日しかないというときに、荷物のことなど実際の問題をまったく着手していなかったのだから。
あと3日でアパートが見つかるとでも思っていたのだろうか。
そもそも、彼のアパートを出る前に、公営住宅に申し込めばよかったのだ。
彼いわく、彼もセパレートが始まってそれを勧めたものの、彼のアパートよりも立地条件が悪いという理由で、彼女は拒否したそうだ。しかし、実際にはわたしの通う大学の近所で、決して立地条件が悪いということは決してない。きっと、数ヶ月で彼のアパートで小さい部屋をゲットできると期待していたからだろう。
結局、彼のアパートはいまだ順番がまわってこらず、次にチャンスがくるのもいつになるかは未定だ。
ぎりぎりになって新聞広告でみつけたアパートをゲットしたものの、それがとんでもないくわせものだった。
案の定、彼は彼女の電話で疲弊しきってしまった。
彼のお父さんがさんざん、「これはもはやおまえの問題ではない。おまえはこの件ではもう彼女を助けることができない。ほかの人にまかせればいいだけのこと。」と説得しても、真剣に悩んでしまう。
それが彼なのだ。
2日ぐらい前に彼が言ったこと。
「彼女は、僕のことを愛していなかった。でも、僕は優しいからね。きっと彼女にとって都合のいい人間だったのだろうと思う。それで結婚を決めたのだろうね。」
実際に母国で出産することを画策して、妊娠を隠し、だますようにして母国に行ってそのまま滞在したり、病気になりながらも決してこの国の病院には行こうとせず、だまって母国への飛行機のチケットを入手して母国で長期療養したり、育児放棄を抜きにしても、たくさんの問題を抱えすぎた。
でも、最終的に浮気まではばからずにするようになったが、決して離婚は切り出さなかった。
婚姻関係を継続していることで、彼女が少しでも自分に愛情をもっているのかもしれないと一縷の望みをかけていた彼はずっと尽くし続けてきた。
彼女への愛を完全に喪失した今でさえも、援助を拒むことはない。
繊細の心をもっていて、ドラマや映画でもいちいち感動してしまう彼の人柄をわたしは心から愛している。
その一方で、これからもあまりにも不用意な彼女に、わたしたちの生活がわずらわされるのではないかと不安も感じている。
イースター休暇
彼のお父さんにもらった、イースターエッグ。
うさぎのぬいぐるみが抱えるかごにチョコレートが入っている。
***************
幸いにして、イースターは初日を除いて前日いい天気に恵まれた。
土曜日のあとの2日間はそれぞれ、近所の湖の散策と、美術館訪問に費やした。
今まで、天気の悪さと寒さで長時間外で過ごすことができず、自ずと室内遊びに興じることが多かったが、やっと外で遊べるようになり、子供たちにとってもいい時間が過ごせるようになったと思うのである。
湖では白鳥らにパンをちぎってあげては興奮したり、何かを棒でとろうとチャレンジしたり、木登りをしたり。
散策では、しょっちゅう立ち止まってはきれいな石を採集するのに夢中。娘は黒曜石をみつけるのが得意である。
テレビが大好きな子供たちであるが、やっぱり自然に触れるのが子供たちにとってたくさん学べるいい機会になりうると思う。
テレビは基本的に一方通行的に情報を与えられるのみであるが、自然の中では子供が主体的に何かを見つけ感じることができる。
どうやったら、水の上に浮かんでいるものを引き寄せることができるのか、いろんな道具を使ってトライし、どれが適切なのか学ぶであろう。
どんなところだったら、快適に転がり落ちることができるのか、植物の種類や土をみてわかってくるだろう。
その効果なのかどうか。
彼の息子さんが描画を始めるようになったのである。
今まで彼に何かを描くのをせがむばかりだったのに。
いずれにしても、2人いることでお互いに刺激を与え合っているのかもしれないが。
特別なことは何もしていないイースターであったが、とても充実した5日間だった。
共同作業
座椅子をはずしたソファーの枠組みで遊ぶ子供たち
***************
今日はイースターの中日。
唯一お店の開く日である。
したがって、街は活気づいており、どのお店も人でごった返していた。
そんな日に、わたしたちにはやりたいことがあった。
それは、ソファーの修理に必要な材料調達である。
以前、友達を招待したときに、折れた足は直したのだが、実は座るところの真ん中に大きな穴もあいており、それも直したい、と。
どうやら、中に入っているスプリングの一部が金属疲労で折れており、それが原因で穴が開いてしまっているらしかった。
したがって、その折れた部分を取り除いてワイヤーで補強し、なおかつ穴のせいでビリビリに破れてしまっている表面の布も交換することにしたのだった。
しかし、ソファーに使えるような丈夫な布などなかなかなく、カーテン売り場のところで唯一代替できそうな厚手の布をみつけた。
色はカーキー色でイマイチだったものの、それは値切り品であり、別の色の布をオーダーするとなると3.5倍もの価格がするという。1メートル5,000円である。
6メートル欲しかったのでオーダーはあきらめ、その値切り品をゲットした。
夜、早速作業を開始した。
彼はスプリングの修理、わたしは布の裁断と縫製をした。
実際縫製に関しては、布があまりにも厚くて重いので、一人が押さえてなければならず、二人がかりで仮縫いをした。
そしてミシンで縫製したあと、彼がソファーの土台に縫製したカバーをかぶせて細かい間隔で釘を打ち、布を土台に固定したのだった。
かれこれ4時間の作業であった。
しかし、今まで穴をかくすために毛布をかぶせており、それがなくなっただけでもかなりすっきりした。
決して完璧な出来とは言えないまでも、その成果だけで大満足であった。
というか、共同で作業することが、単純に楽しい。
そのソファーは、もう2年前から壊れていたそうである。
しかし、雑誌を入れて折れた足を支え、毛布で穴をかくしてごまかしてきた。
きっと、修繕する余裕もないぐらいの生活ぶりだったのだろう。
基本的に彼ひとりで子供の世話も家事もこなさなければならなかったのだから。
目の前のことをこなすだけで精一杯だったのだと思う。
それが今、やっと生活も落ち着いてきて、家に手をかける余裕も出てきたといえる。
というかわたしも、彼となら、いろいろやってみたいなぁと思うことがあるのである。
ベランダをきれいにして食事できるようにしたり、
外でバーベキューをしたり、
植物を育ててみたいと思ったり。
今までは単なるタスクだった家のことが、楽しいイベントのひとつにもなっている。
32回目の誕生日
朝起きたら、彼と娘が誕生日ソングを歌ってくれ、そのあとプレゼントをくれた。
おととい、彼は早めに娘を迎えに行き、プレゼントを買いに行ってくれていたのだ。
プレゼントは、ハートのネックレスとワイン。
わたしがお気に入りのネックレスを、日本にいたときに誤ってパーカーのポケットに入れたまま洗濯機にかけて壊れたのを覚えていたらしかった。わたしがひどく落ち込んでしまったので、そのかわりに、といって選んでくれたのだろう。
それに自作の絵を添えてくれてうれしかった。
娘なりにわたしを喜ばせようという心遣いがうれしかった。
そして、彼もまたわたし以上に誕生日を楽しみにしてくれたのがうれしかった。
わたしの希望で、昼間にこの国きっての現代美術館へ。
作品のみならず、建物といい、外の景観といい、作品とそれをとりこむ環境との融合が素晴らしい美術館で、わたしのお気に入りなのである。
そして彼もまたアートに対する感性が高い。
そんな彼と一緒に美術鑑賞もまた一興である。
、、が、案の定子供たちにとっては絵画鑑賞は退屈になってしまい、ゆっくり鑑賞する間もなく早足で通り過ぎることに。
そのあとの昼食が何よりの楽しみであったらしかった。
ビュッフェでは、彼がイースターにちなみ、ラムの料理を頼んでくれた。
わたしはラムは苦手だったのだが、この料理はおいしかった。
イースターなど馴染みのうすい行事であったので、たとえクリスチャンでなくとも、卵の飾りつけをしたり、卵型のチョコレートを用意したり、特別料理を食べたり、イベントを楽しむことができるのはうれしい。
ちなみに、彼はキリスト教よりも仏教に共感を覚えるらしいが、いまだキリスト協会の会員だそうで、宗教税も払っているそうである。ほとんどの国民がしかり、だろうと思うけれど。
ただし、当然であるが、結婚などで教会で式を挙げるときには、会員でなければ使わせてもらえないそうである。
まぁ、イベントがあるからこそ、宗教が続いているともいえなくもない。というか、今ある文化のベースでもあるから、信仰心がうすれても、決して排除できない必須のものであろうと思う。
そのあとは外で、子供たちは思い切り遊んだ。
海に向かって、2方向からの長いスロープがあり、それがまた素晴らしい景観を創っているのだが、そこで転がる遊びを何回も何回もやっていた。
家に戻ってから、今度は彼のご両親宅へ。
今日は、わたしがご馳走を用意する予定になっているのである。
そのため、昨日の晩は下ごしらえもしておいた。
彼のご両親は、子供たちのために、イースターの卵を用意してくれたのである。
わたしたちが買ったものよりもずっとずっと立派なもの。
うさぎのぬいぐるみがもっている藤籠に大きな卵型のチョコレート。
とても高価そうだったので恐縮すると、
「こういうことが楽しい。」
といってくれたのである。
子供がいるから、あれこれ用意するプロセスがあって、イベントを楽しめる、と。
そういうふうに、いつも子供がいることを楽しんでくれることがありがたかった。
子供たちを彼とお父さんにお願いして、早速夕飯作りに取り掛かった。
メニューは、
グリーンサラダ
春雨スープ
マカロニグラタン
餃子
である。
グラタンの中味と餃子のタネは昨日の晩のうちに作っておいたものの、餃子のタネを皮に包む作業が思いのほか時間がかかり、トータルで一時間半くらいかかった。
そのかたわら、お母さんが誕生日ケーキを作ってくれているのを横目でみながら。
このケーキ、日本のデコレーションケーキに似ている。スポンジケーキをカスタードクリームやフルーツソースをはさみながら3段重ね、トップにホイップクリームをかけて食べるのである。
とはいえ、パン屋やケーキ屋さんでお目にかかることはほとんどない。
誕生日でしか食べないケーキだそうで、おそらくどこでも家庭で用意するのだろう。
たまたま娘の誕生日会でデコレーションケーキを作ってもっていったのだが、それは正しかったのである。
またまた誕生日ソングを歌ってくれ、食事をした。
幸い、舌にあったようでよかった。
ケーキもおいしかった。
いつもよりもずっと幸せな誕生日だった。
兄弟のような関係性
最初は時差ボケがひどくて早い時間に眠くなってしまい、そのまま泊まるケースが続いたのであるが、すでに落ち着いている今も、娘が泊まることに固執しているのと、わたし自身自宅に帰るのが面倒になっているのとで、そのまま泊まってしまっている。
こうも一緒にい続けると、もはや家族のようで、離れるのはさびしいものがある。
この国に来てあまり文句を言うこともなかった娘も、やはり家族というものを欲していたのだと思うほど、彼らといるときには満足気な表情をみせるのである。
子供たちはとても楽しそうに一緒に遊び、やはり家に子供がいるというのはいいことなのだなぁ、と思うのである。
しかし、いいときばかりではない。
ケンカが絶えないのである。特にものの取り合いで。
生後8ヶ月から保育園で過ごしてきた娘は、一人っ子とはいえど、常に他人の存在を認識しながら社会性を育んできたと思っていた。
でも、保育園は、しょせん家族の代わりにはなり得ないのである。
保育園では友達に対して気を遣う娘が、彼の息子に対しては我を通しつづけるのをみて、やっぱり保育園の友達と兄弟は違うのかもしれない、と思った。
今朝も、そのもめごとで激しく叱ってしまった。
ふとしたことから小さなリュックをみつけ、それにお弁当を入れてもっていきたいと二人で争い始めたのだが、結局娘が奪ってしまった。
ところが、彼がもうひとつ小さなリュックをみつけたところ、かわいいちょうちょうの刺繍がほどこしてあるもので、娘はそちらの方が欲しくなってしまった。もちろん息子さんもそちらに執着し、先に最初のリュックを奪った娘を抑えて息子さんにちょうちょうのリュックを与えたところ、娘は逆上。
わたしが必死に、前作ってあげたリュックにちょうちょうの刺繍をつけてあげるからと説得しても一向に納得せず、ついには息子さんがリュックを譲ってくれたにもかかわらず不機嫌なまま。
ついカーっときて、
「だったら、リュックなんてもっていかなくてもいい!なんでちょうちょうつけてあげるって言っているのに納得しないの!もう刺繍なんてつけてあげないからね!」
と叱り飛ばしたら案の定大泣きしてしまった。
本当はわかっている。
ちょうちょうのリュックが欲しいという欲求を受け入れられなかったことに納得できなかったこと。
どんなに妥協策を挙げても、無駄だってこと。
しかし、だからといって、今回は娘の欲求を認めるわけにはいかなかった。
だって、最初のリュックを奪ったのは娘で、もう片方の方が気に入ったからといってそれを翻意させるなど、虫がよすぎる。
もっとも、それが兄弟の関係性の難しさなのだろう。
わたし自身、経験しているだけに、それがよくわかる。
彼の息子さんとは本当の兄弟ではないが、あまりにも身近すぎるだけに、不満も生じやすい。
とりあえず、手作りのリュックにビーズでちょうちょうをつけてあげることにしたが、これからこういう問題が起きたときにどうしたもんかなぁと思っている。
娘にとって、究極の味方はわたししかいないから。
イースター休暇
正確には、24日からの5連休なのであるが、学校は19日から休みなので、それにあわせて休む人も多い。
イースターはキリストの復活祭で、新しい誕生を象徴するものとして、卵とニワトリがそのアイテムとなっている。
蕾がついた枝に、卵細工物をぶるさげるのが典型的なイースターの飾りつけなのであるが、この卵の絵柄は非常にかわいらしい。
しかしイースターは、宗教を別においても、春の訪れを象徴するお祭りである。
日本でいうところの、春分の日のようなものであろうか。
ちなみに、この国特有の慣習として、子供が好きな友達の名前を伏字にした手紙を親に送り、親がその名前を当てられなかったら子供に何かをプレゼントする、というのがある。
突然、送り主のない手紙がきたときには面食らったが、彼にその手紙の内容を訳してもらって合点がいった。
しかし、すでにわたしも彼も彼のお父さんも、子供たちへのプレゼントとして、卵型のチョコレート菓子を用意してある。
彼が買ったものは既に食べてしまい、わたしが買ったものは、陶器の卵カップとプラスチックのスプーンがついたバービーとピーターラビットのチョコレートであるが、カップとスプーンはもう使われている。
なんとなく、幸せだなぁ、と思った。
春の訪れもうれしいことのひとつだけど、こうして季節の移り変わりを一緒に感じることのできる人を得たことがうれしい。
クリスマスも年末年始も楽しかったし、イースターなど今までろくに楽しんだことのないイベントを一緒に過ごすことができることもうれしい。
休暇があるたびにさみしい思いをしていたのが、今は逆に楽しみになっている。
夏休みの計画も着々と進んでいる。
浜辺の近くで、自炊できる別荘を借りる予定なのである。
一緒に創り上げていくような、、、
その喜びをわかちあっているような感じがする。
