彼 の離婚
彼が、ようやく先週、離婚申請を提出した。
この国では、基本的に、セパレートしてから6ヶ月以上待たないと正式に離婚を申請できないことになっている。
しかし、セパレートも実質離婚と同じようなものであり、同居は最長で3ヶ月しか認められないが、衝動的な離婚を防ぐため、本当に離婚してもいいのかどうか考える期間を設けているということなのだろう。
彼は、8月末にセパレートが成立しているので、2月末には離婚申請ができる権利を得ていたが、1年以上たつまでは、離婚には妻と夫両者の同意が必要であり、元奥さんが用意しなければならない書類がなかなか揃わなかったため、今に至ってしまったのである。
まぁ、セパレート期間は、単に別の人と結婚できないというだけで、婚姻関係はすでに消失しており、それほど離婚に固執する必要もないわけだが。
正式に離婚が成立するのは、概ね8週間後だそうである。
なんとこちらでは、離婚専門の機関があり、市役所ではなく、そこにセパレートおよび離婚を申請しなければならない。
8週間かかるというのは、本当に離婚における合意書が妥当かどうか審査するために、それだけの期間を要するそうだ。
つまり、夫婦両方の収入、財産等を調べ、平等に経済分割がされているかなどを調べるそうである。また、親権で揉めた場合にも、法的話し合いのアレンジをその機関がしてくれるそうである。
本当に、日本となんていう違いだろうと思う。
日本では、戸籍謄本の作成には時間がかかるが、離婚に伴う夫婦間の事情については、行政は一切関与しない。
わたしたちの合意書など、元夫が自ら作った、法的効力などいかにも発揮できなさそうな貧しいシロモノである。
元夫がたとえ養育費支払いをしなくとも、政府は何も助けてくれるわけではない。
わたしのお気に入りのサイトの管理者である、シングルマザーの方は、結局元夫の退職で養育費支払いは途切れたままだそうだ。
仕事を辞め、引越しもしてしまったそうで、居所がまったく把握できないとのこと。
失踪されてしまえば、養育費支払いの請求が、手段としてまったくなくなってしまう。
こっちは、住民総番号制のおかげで居場所の把握が容易であり、支払いが滞ったとしても政府が肩代わりして請求してくれる。
ちなみに、こっちでは、親権の分割が普通であり、離婚したとしても、養育の責任をシェアすることが多い。
そうでなくとも、子供のために、できる限り両方の親に会えるように努力するようである。
日本では、親権に固執しないどころか、離婚後は会うことも放棄したり、もしくは親権を持つ側が拒否することも結構あるのに。
こっちでは、たとえ感情的な交錯があったとしても、できる限り夫婦および子供誰もが幸せになれるような環境作りに努力しているような気がする。
彼が、元奥さんに対して、いくら養育能力に劣るとはいっても、好意的に彼女の面会要請を受け入れるのは、何よりも息子さんのためを思ってのことである。
そして、いくら彼女がさんざん散財したとはいえ、今でも経済援助をしているのは、彼女が働きながら教育を受け、いずれは安定した職につけるための支援をしたいがためである。
離婚は好ましくないが、それでも、そういう結果になった以上、どうにかして前向きな将来を築いていきたい、そういう意図が根底にあるような気がする。
なんていうか、、、責任を果たすっていうかな。別れても、家庭を築いた上で生じた結果に対して、責任を負うというか。
そういう姿勢を、政府が促しているような気もする。
悪い結果を受け入れ、その上でどのように進めばいいのか、時にはそういう発想も必要だと思う。
悪い結果になるまいと無理して阻害するよりも、その事実を認めることも大事というか。
さもなくば、そういう不安定な状態のまま、とまってしまうであろう。
日本では、過失を咎められる社会であるから、なかなか本質に向き合うことができず、問題がさらに悪化してしまう傾向にあると思われる。
子供のために、離婚しないでいることが、かえって子供を苦しめていることもある。
リトアニア出張
国際会議で発表するために、リトアニアに行ってきた。
正直なところ、旧共産圏という偏見もあって、不安も多々あったのだが、予想以上に楽しい旅だった。
ビリュニウス空港。
国際空港であるにもかかわらず、日本の地方空港並みの小ささ。
降りてすぐにパスポートコントロール、1レーンしかない荷物受け取り場があって、すぐに出口。売店、レストランもなく、まずここでものすごい不安が。交通手段もなく、タクシーで中心地へ。空港の近くはボロボロの家や廃墟らしき建物も見られ、やはりここは旧ソビエト連邦の国なのだと思った。
しかし、思ったよりも街は整備されていた。
でも、真新しい建物と、ボロボロの建物の混在に、ある種不思議な雰囲気が。。。
学会会場であるホテルは、最近建てられたらしく、とてもきれいだった。
目の前にあるショッピングモールも、真新しい。
急速な経済発展を感じた。
街の中心地も、最近整備されたのか、とてもきれいだった。
しかし、100年建築物が多い国に住んでいる身としては、違和感が。。。
日本のお台場みたいな感じ?神戸でいえば、神戸駅付近の感じに近い。
学会会場。
ホテル内もすばらしくきれい。
ウェルカムパーティで知り合った人たちと、毎夜飲んだくれていました。
この若い2人は、わたしと同じ博士課程の学生。
同じヨーロッパでも、学生が置かれる状況などはまったく異なり、意見交換で白熱。
連日午前様でした。
学会では、不幸にしてほとんどの参加者が教授クラスの方々。学生ももっと参加させればいいのに、という意見で合致。若いうちに、いろんな体験をして、刺激を受け、その後の仕事にもいかせられる。
ちなみに、彼女のテーマが、元夫のテーマに近く、いろんな意味で興味をもった。
なぜか、街にスコットランド人が多くみられ、バーで思わぬ合流。
隣国であるベラルーシにサッカーの試合を応援しに行くために、この街を経由しているとのこと。
皆、民族衣装であるスカートみたいな服を着ており、自国に対する熱い想いを感じた。
2人と市内散策。
観光というよりは、ショッピングしたりお茶したり。
それが妙に楽しかった。
お土産たち。
琥珀や、木細工のかわいい品物がたくさん。
カフェ。
ほとんどのレストラン、カフェが洗練されていてびっくり。
内装がものすごく凝っているけれども、しっとりした雰囲気でとてもいい感じだった。
それでいて、値段はものすごく安い。
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もちろん、学会で得るものも大きかったけれど(笑)、予想外にリトアニアを愉しむことができ、それがうれしいおまけだった。
それも、パーティで知り合った、仲間のおかげかもしれない。
連夜の作業
保育園のサマーフェスティバルにもっていく春巻き。
食べ物は持ち寄りなのである。
しかし、手間がかかるし材料費も高いので、決めてから後悔した。
ポテトサラダにすればよかった。。。。
ルッコラとアボガドのサラダとか。
ソーセージ焼くだけ、とか。
まぁ、日本でいうところのバザー、もしくは納涼祭に近いイベントであろう。
とはいえ、こっちではせいぜい食べ物を用意するぐらいなので、負荷は全然軽いのだが。
日本の保育園では、バザーの実行委員長になってしまい、頻繁に会合や準備に夜出かけなければならず、しかもバザーの1週間前は連日準備で多忙を極めた。
それと比較したら、こっちでは親の出る幕はほとんどないに等しい。
しかし、ここんとこ夜は作業続きで、ろくに寝ていない。
春巻きも2日がかりの作業だったが、学会の準備とか、論文の直しとか、顧客獲得のための資料作りなどなどやることが山積みで。
それに引越しの作業も始めているし。
多忙くらいがちょうどいいのかもしれないが。
余計なことを考えなくてすむし、実は不安でしょうがなくなるほどの小心者なのである。
初めての海外一人旅である。
時は金なり
日本の顧客獲得の作戦会議で、同僚と話して思ったのだが、こっちの国は、日本よりも時間に対する意識が強い。
時給が高いし、勤務時間が終わればさくさく帰る。
ものすごく自分たちの権利を守る意識が強いのだなと思っていたけれど、そうではなく、常に効率の高さを求めている。
例えば、装置について。
新しい装置を買うかどうか決めるときに、まず考慮するのはその値段であろう。でも、こっちでは、従来の装置よりも新しい装置で時間の短縮を図れるのだったら、たとえ多少のコストがかかってもいとわない。
人の労働時間にもコストがかかるとみなしているからだ。
彼女がコラボレートしている日本の企業に訪問したとき、研究員自ら車で迎えに来てくれたことに驚いたそうだ。
わざわざ高給の研究員が時間を割いて迎えにくるよりも、タクシーをよんだ方が安いのではないか?と思ったからだ。
もちろん、日本の企業は給料が成果によって反映されるようになり、いくら本業以外のことで時間を割いて残業しようが給料は変わらないといったところなのだが、だからこそ時間に対する意識が希薄になるのでは?と。
同じ成果が得られるのだったら、どれほど時間がかかってもいい。
そういう意識になってしまうと、どうしても効率が悪くなってしまう。
例えば、こっちはミーティングも長くて30分。
要点を絞ってディスカッションするので、非常に短い時間で結論が得られる。
そして、余程のことがない限りは出張もほとんどしない。
電話やメールを駆使してできる限り意志の疎通をはかる。
出張すると、移動だけで1日費やしてしまうことも多々ある。
交渉にしても、少しでもダメと認識したら、即座に無理と判断し、それ以上は粘らない。
「時は金なり。」
それを、地でいっている。
自分を受容してくれること
どうも、ストレスがたまっていたようだ。
最近、毎晩のように、彼に愚痴をこぼしつづけていた。
でも、ちっともすっきりしない。
言いたい不満すべてぶちまけているのに、イライラはなくならないのだ。
昨日も、いつものように彼にぐちぐち言っていたのだが、なんですっきりしないのか、わかってきた。
わたしは、わたしが抱える不満や問題を、彼に解決して欲しいのではなく、ただわたしが感じていること思っていることを受け入れて欲しかったんだってこと。
男って、女よりも、感情よりは現実的に考える性をもっていて、ありがたいはずの提案もしてくれるのだが、そういう対処は余計イライラさせるのである。
だって、問題を解決できるのは、本人でしかないから。
問題が明確になっている場合、例えば経済的に困っているとか、課題で困っているとか、そういうやるべきことがはっきりしているときには、助言も有効に働くが、精神的な問題は本人でしか対処しようがない。
具体的な不満としては、元奥さんをみると胃がキリキリしてきたり、彼が他の人と話すときにわたしの目の前でも現地語で話すために会話に参加できないことがさびしかったりするのだが、ストレスはそこからだけではない。
おそらく、この国に住み続けるかもしれないという可能性が濃厚になってきた今、仕事や語学など、さまざまなことがプレッシャーとなって、ささいなことでも、感情を揺さぶられるようになったんだと思う。
3年という期限でここの国に滞在する意向をもっていた以前は、たとえ言葉ができなくてうまく人と交われなくても、テレビや新聞などを理解できなくても、それほど問題には感じていなかった。
どうせ日本に帰ったら、また日本の友達と交流できるし、日本の文化を思いきり享受できるし、別にここの言語を習得しなくたっていずれはまた充実した生活が送れるのだからいい、ぐらいの感覚だった。
仕事だって、日本に帰ればなんとかなる、ぐらいの思いがあった。
当然、彼はそういうわたしの不満を聞くことによって、今後はできる限り英語で話すとか、語学勉強には自分も協力するとか、仕事もできる範囲で探すことを手伝うとか、いろいろ言ってくれるんだけども、物理的な対処については、わたし自身どうするべきか明確にわかっていて、彼に直接問題に対してどうこうして欲しいわけではない。
ただ、そういう外国で永住するかもしれないという可能性に伴う不安を少しでも理解して欲しかった。
最後には、泣きながら、
「サジェスションを与えるのではなく、ただわたしのきもちを受け入れて欲しい。わたしを理解してくれる人がいるという自信が、今後の物理的な対処への力となりうるから。」
と訴えたら、さすがに彼もしゅんとしながら、
「うん。わかった。君が僕に本当に望んでいることがわかった。」
と理解してくれたようだった。
泣いたせいもあるのだろうか。
そのあとは、妙にすっきりした。
ディスカッションではなく、感情のやり取りを望んでいたんだなって気づいた。
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徹底的に集中して、直しが入った論文一本を修正し、また別の論文一本を書き上げて、まとめて2本の論文を指導教官に送った。
今度のリトアニアで開催される学会の準備を手かげた。
わたしがやろうとしている顧客獲得のための営業について、同僚とディスカッションした。
味方がいる限り、前に進んでいける。
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彼もまた、離婚を決心する直前、あまりにも元奥さんとの関係が悪化して苦しいとき、その感情を吐き出せる人を欲していたという。
もちろん、彼のお父さんは相談相手ではあったが、決心していないのに勝手に弁護士との面談のアレンジをするなど現実的な対処をされてプレッシャーを感じるばかりだったとか。
それよりも、そんなボロボロの自分を受け入れてくれる人がいる。
その事実が自信へとつながり、自分を大切にするための決断を、ほかの誰でもない、自分みずから下すことができるのだ。
つきあう前、わたしの
「あなたは本当に結婚しているの?」
という質問がきっかけとなって、堰を切ったかのように今までの結婚生活について2時間にわたって滔々と語りだしたときには、ああこの人はただ耳を傾けてくれるひとが欲しかったんだなと思ったのだけど、その存在は本当に大きい。
ある意味で、恋愛相手よりも、そういう相手をお互いに求めていたのかもしれない。
今を愉しむ
友達のブログを読んで、状況の激変に対してとても柔軟に受けとめている彼女の姿勢に、我が身を省みさせられた。
先週末、彼と彼のお父さんと雑談しているとき、例のごとく元奥さんの話題になったのだが、お父さんは、
「でも、ときどきわたしたちは将来のことを考えすぎて、今の瞬間を生きていないような気がする。」
と言い、なんとなく理解できるような気がした。
別に、元奥さんのように、刹那的に生きたいとは思わない。
やっぱり、ある程度は備える必要もあると思うし。
でも、将来のことを心配しすぎるのも、今の瞬間をかみしめていないような気がして、それはそれでもったないないような気もするからだ。
妊娠して結婚して東京を出たのも、
地方都市に引越しが決まったのも、
海外で仕事を得たのも、
彼と出会って離婚したのも、
すべて予測していなかった事態である。
どんなに入念に予定をたてていたところで、突如何が起きるかわからない。
そのときそのときで柔軟に状況を受け入れ、やっていくしかないのである。
わたしは、さんざん彼に対して、どうして相手をよく見極めもせずに、結婚し子供を得たのか、さんざんなじったけれど、そういう過程があるから今があるわけで。
きっと、子供を得なかったら、わたしと出会うこともなかっただろう。
その結果、今いろんなものを背負いこんでもいるわけだが。
元奥さんが、頻繁に息子さんを引き取る予定を変えるので、その度に振り回されるし、息子さんの発達に懸念を覚えたり。
それでも、きちんとした生活習慣を与えたり、プールに行って水に慣れるように働きかけたり、問題を取り組むごとにいろいろ考えさせられ、毎日遅くまで彼とディスカッションして、真剣なんだけどそれはそれで楽しい部分もあったりするのだが。
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投稿論文の直しが、大幅に入った。
わたしの原稿は、いつものごとく真っ黒である。
ちょっと落ち込む。
こんな表現力不足で、本当に働くことができるのか、不安になるからだ。
でも、この国に残りたいという意思がなければ、そこまで深刻にも悩まなかっただろう。
英語力を向上させることにも、これほど躍起になることもなかったかもしれない。
だからこそ、表現も、構成ももっとよくしたい、と思う。
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営業のための手紙を、日本語と英語版両方書いた。
どのようにしたら、日本とこの国の距離のデメリットを超えてでも、日本の顧客をひきつけることができるのか、考えに考えた。
改めて、日本語の難しさを認識した。
はっきりいって、いい返事を期待していない。
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友達のように、もっと、わくわくと、「今」を愉しむことができるだろうか。
親の姿勢の影響
彼は、また息子さんのことで、保育士とのミーティングがあったそうだ。
さまざまな問題も改善がみられるものの、注意に対して耳を傾けないことに対しては、依然として改善されていない、と指摘を受けたそうだ。
息子さんは、大人に対してあまり敬意を払っていない、というか、いくら叱っても注意してもそれを聞き入れないところがある。
あくまでも、自分のペースを貫こうとする。
3歳だったら自己中なのは当然だが、自分の意志を主張して反抗するというのではなく、何も言い返しもせずに無視する感じ。彼が大声で怒鳴っても、ヘラヘラ笑いながらやんちゃを続けるのである。
今日も、保育士が、ガラスをもっていて両手がふさがれた状態なのに、足に息子さんががしがみついてきて、思うように歩けず危ない思いをしたと。それを説得しようとしても、なかなか理解してくれずにしがみつくのをやめてくれなかったそうだ。
なんていうのかな。
ただ楽しいことを追求したいというだけではなく、その前に相手が見えていないような感じがするのである。
わたしは、息子さんの問題は、まわりの甘やかしすぎの教育にあると思っていた。
でも、彼の話を聞きながら、それだけではないような気がしてきた。
息子さんが、大人に対して敬意をもたないのは、元奥さんの彼に対する態度のせいではないか?と。
もう、ずいぶん前のことになるが、つきあいだして間もないころ、つい遅くなってそのまま彼の家に泊まった。
元奥さんは朝方帰ってきて、そのまま自室にこもって寝ていたが、8時ごろにみんな起き出すとさすがにうるさくて眠れなくなったせいか、2時間ぐらいしか寝てないのに起きてきた。
わたしはすぐさま帰りたかったが、娘が息子さんと遊ぶのに夢中になってしまい、なかなか帰れずにいた。
そしたら、元奥さんは、彼にいろんな命令をしだし、いつもはぐうたらな彼もしゃんとして、植木鉢の皿を用意して並べたり、キッチンの床を拭き掃除したり、棚の上のホコリをふき取ったり、とにかく次から次へと命令されるがまま彼はそれに素直に従い、ひきりなしにふってくる労働をこなしていた。
ものすごくショックな光景だった。
別に男性に家事をやらせることではなく、彼を召使のように扱っているところが。
そして、それに対して一言も反論せずに、大人しく従っている彼の態度に。
もちろん、奥さんは、かけらも彼に対して敬意をもっていない。
彼は、息子さんの手前、あえて衝突をしないようにしていたという。
「でも、それで本当に息子さんにいい影響を与えていたと思う?奥さんが、あなたを奴隷のように扱っているのを見せるのが?あんなに力関係がはっきりしているのを見て、息子さんがあなたに敬意をもたなくなるのは当然じゃない?お父さんが命令に素直に従っているのを見れば、ああお父さんを尊重する必要もないんだな、って判断してしまうでしょう?いつでも、お母さんの方が正しいって思うよ。」
そして、そんな奥さんの態度を、息子さんに見せてきたのがいけなかったのだと思う。
人を人と思ってない態度。
あんなありえない光景を、息子さんは日常的に当たり前のように目の当たりにしている。
人を尊重しないこと無視することが、取るにたらないこと、たいしたことではないこと、と認識してしまったのではなかろうか。
娘も、当然、思い通りにならない子供である。
けれども、無視はしたことがない。
「イヤ」という意思表明を力いっぱいしてきた。
そして、わたしも自分の意志を素直に表明してきた。そんな激しいやり取りをしながら、関係を構築してきたのである。
相手が無視したり、自分を低くみたら、それに対して意義を立てたり、怒ったりすることは、人間として当たり前の権利である。
どんなに衝突することがあっても、やっぱり自分を大切にすることが大事なんだと思う。互いに当然の権利を行使しあう、そういう関係性を見せることが必要なんだと思う。そうでなければ、正しい関係がどうあるべきなのか、知らないままであるだろう。
それにしても。
いくら、自分に養育の能力に劣っていると認識し、100%親権を放棄したところで、元奥さんが息子さんの本当のお母さんであることには変わりがないし、変えられない。
養育の責任を負う必要がない立場になったにせよ、息子さんに大なり小なり影響を与えているんだってこと、少しでも理解して欲しいが。
というか、もう息子さんがどう発達していくかどうかも、もはや関心がないのが問題なのだが。
経済問題
お金にまつわるショックなこと
1) わたしのお気に入りのサイトを運営されているシングルマザーの方が、元ご主人からの養育費および慰謝料の振込みが途絶えてしまったとのこと。
2人のお子さんがおられ、しかも障害児がいるために働くこともかなわず、実につつましく暮らしておられたのに、メインの経済基盤となっていた養育費が途絶えてしまうとは、本当に心痛む記事であった。しかも、何もかも覚悟の上で離婚したわたしと違って、彼女の場合は逆に元ご主人の浮気、借金が原因で離婚されている。
この国では、もし養育費が途絶えた場合、国が肩代わりをして養育費を暫定で支払い、国が支払い者に対して請求することになっている。住民総番号制のため、全員きっちりと情報が管理され、逃げも隠れもすることができず、職場が変わろうが、居場所はあっという間につきとめられるからこそ、可能なことであろう。
それに対して、日本は、養育費を払わないケースが多いとのこと。離婚と同時に、養育の責任まで放棄する人が多いせいもあるだろうが、これに対して看過するのはいかがなものかと思う。
基本的に個人の問題とされ、もし養育費の請求をする場合には、弁護士を雇い、法的な手段をとらなければならない。それが面倒で、諦める人も多いようだ。
というか、日本って、個人のアイデンティティを絶対的に示すものがないから、なにもかも面倒。なんで、子供の姓を変わるのに、親権をもつ側の戸籍に自動的に移らないのだろうか。家庭裁判所の許可をいちいちとらなければならないのだろうか。
日本では物義をかもしていたが、わたしは番号制に強く支持する。名前変わっても、住所が変わっても、市役所にいけばすべておしまい!銀行、免許、保険等々面倒な手続き一切ありませんから!養育費が途絶えたら、市役所に行けばすぐに国から支給されますから!
2) 同じ国に滞在している日本人の方のサイトをみて、税金控除が認められず、手取り30万円強になってしまうことに対して、クレームを書かれていたこと。
わたし、今まで30万円弱で8万5千円の家賃を払い、3万5千円の保育料を払って、生活していたんですが!今は、パートタイムに変わったので、20万強くらいで、子供一人育てている。
だからといって、不満があったわけではない。もっと苦労されている方もおられるし。
わたしも、最初はきつかったけど、外国暮らしを日本の感覚でやっていくには限度があると思う。こっちは税金高いから贅沢できないし、日本で当たり前のように享受していた文化にも乏しい。でも、そのかわり、病院行っても無料だし、子供は歯医者が無料だし、何よりも勤務時間が短い!高税金だけのメリットも享受しているのだ。
価値観、考え方を変えていかないと、異なる環境に適応できないであろう。
だけど、人間って、もらっているものに対しては当然と思うのに、自分が与える側になるととたんに神経質になるから、勝手なものである。
3) 同棲を始めても、保育料の減額措置がとられないことが判明したこと。
普通の家庭では、結婚しているかどうかにかかわらず、兄弟がいる場合に減額措置がとられる。しかし、子供の両親が異なる場合には、その条件に該当しないとのこと。
同棲を始めたら、わたしと彼のトータルの収入が考慮され、今まで受けていた保育料の減額措置、育児手当金の特別給付はなくなるにもかかわらず!
どうやら、この国では、離婚しても、子供の親権を両親間でシェアするのが普通で、また親権の割合を小さくもつ方に養育費の支払いが義務付けられていることが、その理由の背景になるかと思われる。
でも、わたしたちの場合は、わたしには養育費の支払いがなく、彼に至っては100%親権があるのに養育費をもらうどころか、逆に彼が元妻に送金しているという状況なのである。
確かに、たとえ減額措置がなくとも、なんとかやっていける心積もりはある。
けれども、何が悔しいって、普通の家庭よりも経済的に厳しい状況にありながら、子供たちの両親を異にするからといって、保育料の減額に該当しないことである。
もっとも、実際に市役所に住所変更する際に、相談するつもりではあるのだが。もしかすると、特別に減額措置が認められるかもしれないし。
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政治や経済に一切関心をもたなかった元奥さんが、唯一関心をもっていたのは、難民問題。
あまりにも手厚い難民措置に対して、憤慨していたそうである。
「働いてなくとも、同等の暮らしぶりが得られる」ことに。
自分は、「働いていないのに、経済的な保障を得ながら、なおかつ家事育児のほとんどをやってもらっていた」立場であったにもかかわらず。
努力とかおかまいなしに、理不尽なものである。
モチベーションときっかけ
今、娘の保育園で流行っているキャラクター。
わたしには、全然かわいいと思えないのだが。
あまりにも息子さんばかり、元奥さんとか彼女のお母さんから何かもらってくるので、彼が娘を不憫に感じ、このキャラクターのファイルを買ってくれたのである。それからというもの、友達からもらってきた便箋をきれいに整理して、ファイルを大切に使っている娘である。
友達からもらってばかりいるので、逆にお返ししなくてはと思い、週末に招待された友達の誕生日プレゼントを一緒に買いに行ったついでに、娘にこの便箋を買ってあげた。
わたし自身、こういう何かを集めることに没頭した時期があるので、非常に理解できるのだが、、、
娘も、もはやそういう時期なのか、と。
きりがないので、こう買い与えるタイミングとかが難しい。
土曜日に、400円のカタログだけを買ってあげたのだが、眺めるとすべて欲しくなってしまうようである。
とりあえずは、7月の息子さんの誕生日のときに、娘にもプレゼントとして買ってあげるつもりだが。
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それにしても。
家族ってこうだったんだなぁ、と今つくづく思う。
娘と2人きりのときは、一人暮らしの延長のようなもので、あまり家族という意識がなかったけれど、日本で元夫と一緒に暮らしていたときは、やっぱり常に忙しかったような気がする。
娘だけだったら、食事とかも手抜きできるが、夫がいると大食いだけに、それなりの量を用意しなければならないし、洗濯物の量も多い。
あとは、家も大きいから、それなりにメンテナンスが必要だったり、自治会がらみの用事があったり。
夫がらみのつきあいとか、、主に親戚のことではあるが、その用事があったり。
今もまた、ひとつひとつはささいなことなのだが、やることが激増した。
彼の親戚のお祝いでプレゼントやカードを手作りしたり、夏のバカンスのために車の運転の練習をしたり、彼の両親宅の庭いじりをしたり、冷蔵庫の掃除をしたり。
すぐ足りないものが出てきて買い物もちょこちょこしなければならず、毎日まとまった夕食のメニューを考えなければならない。
そして。
ここに滞在しつづける準備もぼちぼち始めようとしている。
正式に元のアパートを引き払って彼の家に移ること、語学学校に通うこと、仕事を得ること。
この夏は、ものすごく忙しくなりそうである。
確かに、彼と出会わなかったら、良きにつけ悪しきにつけ、このような日々はありえなかっただろう。
元夫についてもしかり、ではあるが。
楽しいことばかりではない。
面倒なことも、苦痛なことも伴うことだってある。
実際に、正式に移るとなると、物理的な引越し作業だけではなく、この国では同棲がほとんど婚姻関係とみなされるので、税金や子供への援助金も異なってくるため、市役所で話す必要も出てくる。
また、語学学校にしても、どんなに勉強に注力しても、プログラムを終了させるのに2年半はかかるといわれている。仕事の片手間にやる身としては、一体どれだけの時間がかかるかわからない。
仕事に関しては、どうも、わたしの苦手とすることを乗り越えなければならないようだ。語学などの技術の問題ではなく、性格の問題。
彼と出会わなかったら、きっとパートタイムにも切り替えずに、娘の就学のことも考えて、来年の春には日本に帰り、東京で就職するか、もしくは夫の住む街に戻るか、いずれにしても、プロジェクトが終わり次第、一刻も早く日本に帰る心積もりであることは確かだろう。
ここの言語を覚える必要もない。娘の教育について悩むこともない。仕事だって、この国に比べたら、日本の方が格段に容易に決まるであろう。わたしのテーマが、今産業界でホットな分野だけに。少なくとも、経済的な問題でナーバスになることもない。
ここでの生活は、わたしの人生の中の「よき思い出」としてだけ、刻まれることになっていたかもしれない。
けれども、彼と出会ったことで、問題が生じるがゆえに、さまざまなモチベーションが駆り立てられている。
研究でも、今、4つぐらいのプロジェクトを抱えつつあるが、それも、やはりここでの将来の道につながることを意図してのこと。内容が広ければ広いほど、誰かが拾ってくれるかもしれないという可能性が高くなるからだ。もし、日本で就職することだけを考えるのであれば、そこまで無理をせずに、無難にドクターを取得することだけに専念していただろう。
語学だって、息子さんとのコミュニケーションに必須のものだから。今でも、片言の現地語を話さざるをえなくなっている。
忙しいと言いながら、なんとなくわくわくしている日々である。
この国のお弁当。
サンドイッチ+フルーツ+野菜+ドライフルーツかチーズというのが普通。
日本とのあまりの違いに当初は驚いたが、今はもう日本式は作れないです。というか、保育園なのに弁当持参なんて!!
いとこ訪問
クラッシックな椅子
彼のいとこにお呼ばれして、子供たちも一緒に4人でうちから1時間半かかる街まで出かけてきた。
それほど親戚づきあいがあるわけではないが、その彼Aとはわたしたちも頻繁に会っている。今までは、Aが彼の両親宅に来て、それに合わせてわたしたちも両親宅に行って一緒に夕飯を食べるというパターンであった。
今日、Aの32歳の誕生日で、それでわたしたちが招待されたのである。別にパーティをするわけではないが。
わたしは、この国のことばが話せないので、やはり現地の人とコミュニケーションをとるのが苦手であるが、Aとは、同じ年齢(2ヶ月違い)であること、専攻が化学であること、同じ博士課程の学生であること、趣味が自転車で旅行することなど共通点が多いので、比較的馴染みやすかった。というか、話すネタがあるというか。(笑)
しかしその彼も、この度めでたく博士課程が修了し、無職状態となっており、わたしが働く大学近くのレストランでアルバイトとして働いているそうだ。
わたしも人事ではないのだが、研究職は本当に厳しいと思う。
Aは、数ヶ月後に、今まで働いていた研究所で雇用されるとにらんでいるが、パーマネントポジションではなく、Aのサラリーは研究所から直接給付されるのではなく、ヨーロッパ財団などどこかしらか資金を調達しなければならず、決して給料が常に保障されている立場ではない。
つまり、教授などの学生を指導するポジションとは違って、研究だけに没頭できる立場ではあるが、財団への応募者は多いためにいつも資金が獲得できるとは限らず、よほどの需要見込みがないと、その研究をするチャンスが与えられないのである。
まぁ、いずれは、彼が研究者として復帰できることを期待している。
わたしと彼が興味を持ったのは、Aが恋人を得るためのノウハウを学ぶコースのテキストをもっていたこと。
興味深々で少しだけ読んだけれど、レストランではおごらないとダメとか、プレゼントはこうするべきとか、そういう表面的なノウハウではなく、自分自身を見つめ直すような、自分の魅力とは何だろうかと考えさせるような内容であり、意外とちゃんとしたテキストなのかも、と思った。
それにしても驚いたのは、この国でも、そういう需要があるんだということ。
Aは、32歳にして、今までまともに恋人を得たことがないらしいが、本人は至って飄々としていて、あまりそれを卑屈に思っていないようであるのに、やっぱり関心はあるのね、と。
というか、この国の男性は、日本の男性よりも、コミュニケーションが上手で、恋人を得るのをそれほど困難としないのでは、と勝手に思っていたけれど、決してそうではない。
やはりそれを困難とする人もいるのだ、と。
自分に自信がないから、自分を大切にできない。
これは、日本人に限った問題ではない。
ちなみに、Aのお母さんは、彼のお母さんの姉なのだが、彼のお母さんが先に結婚するとき、式に出席しなかったそうである。
おそらく、自分がシングルである上に、ボーイフレンドもいないことを惨めに感じたせいではないか、とのこと。
そういう感情もまた、ここの国でも存在するのだ、、、
皆、自分は自分と、自分のペースで生きているような気がしたので、それも意外だった。
もっとも、自分に合う恋人を得るというのは、ある意味運も要求されるから、恋人が欲しい欲しいと思ってもそう簡単にはいかないだろう。
けれども、自分を見つめ直すという意味で、コミュニケーションについて学ぶことには意味があると思う。
そして、恋人に限らず、誰かと交わるということは、人生を豊かにもするだろう。
普遍的な事実の伝達だけではなく、他人の考え方や感性に触れて省みさせられる。何かを学ぶ契機にもなりうるのだ。
わたしの場合、何の意図もなしに再評価を始めて、自分についてじっくり省みる機会を得たけれど、同時に他人の深層心理に触れて、いろいろ共感を覚えたり、あるいは刺激を受けることも多く、なんていうか、、、人を好きになったような気がする。
それまで、大なり小なり人をカテゴリーで見ていた部分もあったけれど、それだけでは言い尽くせない、細かい感性のひとつひとつを認識したから。
それから、若い人、とても年上の人、男女問わず、いい出会いをするようになったと思う。わたしの親友のひとりは、10歳年上である。
彼が、わたしを既婚者と認識しながら、なぜわたしとコンタクトをとろうとしたのか聞いたら、「恋愛感情ではなく、友達としてでも、人と関係をもちたかったから。」とのこと。
それは、よくわかるような気がする。
Aも、いい出会いがあることを祈る。
とても子供好きな彼のいとこ














