モチベーションときっかけ
今、娘の保育園で流行っているキャラクター。
わたしには、全然かわいいと思えないのだが。
あまりにも息子さんばかり、元奥さんとか彼女のお母さんから何かもらってくるので、彼が娘を不憫に感じ、このキャラクターのファイルを買ってくれたのである。それからというもの、友達からもらってきた便箋をきれいに整理して、ファイルを大切に使っている娘である。
友達からもらってばかりいるので、逆にお返ししなくてはと思い、週末に招待された友達の誕生日プレゼントを一緒に買いに行ったついでに、娘にこの便箋を買ってあげた。
わたし自身、こういう何かを集めることに没頭した時期があるので、非常に理解できるのだが、、、
娘も、もはやそういう時期なのか、と。
きりがないので、こう買い与えるタイミングとかが難しい。
土曜日に、400円のカタログだけを買ってあげたのだが、眺めるとすべて欲しくなってしまうようである。
とりあえずは、7月の息子さんの誕生日のときに、娘にもプレゼントとして買ってあげるつもりだが。
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それにしても。
家族ってこうだったんだなぁ、と今つくづく思う。
娘と2人きりのときは、一人暮らしの延長のようなもので、あまり家族という意識がなかったけれど、日本で元夫と一緒に暮らしていたときは、やっぱり常に忙しかったような気がする。
娘だけだったら、食事とかも手抜きできるが、夫がいると大食いだけに、それなりの量を用意しなければならないし、洗濯物の量も多い。
あとは、家も大きいから、それなりにメンテナンスが必要だったり、自治会がらみの用事があったり。
夫がらみのつきあいとか、、主に親戚のことではあるが、その用事があったり。
今もまた、ひとつひとつはささいなことなのだが、やることが激増した。
彼の親戚のお祝いでプレゼントやカードを手作りしたり、夏のバカンスのために車の運転の練習をしたり、彼の両親宅の庭いじりをしたり、冷蔵庫の掃除をしたり。
すぐ足りないものが出てきて買い物もちょこちょこしなければならず、毎日まとまった夕食のメニューを考えなければならない。
そして。
ここに滞在しつづける準備もぼちぼち始めようとしている。
正式に元のアパートを引き払って彼の家に移ること、語学学校に通うこと、仕事を得ること。
この夏は、ものすごく忙しくなりそうである。
確かに、彼と出会わなかったら、良きにつけ悪しきにつけ、このような日々はありえなかっただろう。
元夫についてもしかり、ではあるが。
楽しいことばかりではない。
面倒なことも、苦痛なことも伴うことだってある。
実際に、正式に移るとなると、物理的な引越し作業だけではなく、この国では同棲がほとんど婚姻関係とみなされるので、税金や子供への援助金も異なってくるため、市役所で話す必要も出てくる。
また、語学学校にしても、どんなに勉強に注力しても、プログラムを終了させるのに2年半はかかるといわれている。仕事の片手間にやる身としては、一体どれだけの時間がかかるかわからない。
仕事に関しては、どうも、わたしの苦手とすることを乗り越えなければならないようだ。語学などの技術の問題ではなく、性格の問題。
彼と出会わなかったら、きっとパートタイムにも切り替えずに、娘の就学のことも考えて、来年の春には日本に帰り、東京で就職するか、もしくは夫の住む街に戻るか、いずれにしても、プロジェクトが終わり次第、一刻も早く日本に帰る心積もりであることは確かだろう。
ここの言語を覚える必要もない。娘の教育について悩むこともない。仕事だって、この国に比べたら、日本の方が格段に容易に決まるであろう。わたしのテーマが、今産業界でホットな分野だけに。少なくとも、経済的な問題でナーバスになることもない。
ここでの生活は、わたしの人生の中の「よき思い出」としてだけ、刻まれることになっていたかもしれない。
けれども、彼と出会ったことで、問題が生じるがゆえに、さまざまなモチベーションが駆り立てられている。
研究でも、今、4つぐらいのプロジェクトを抱えつつあるが、それも、やはりここでの将来の道につながることを意図してのこと。内容が広ければ広いほど、誰かが拾ってくれるかもしれないという可能性が高くなるからだ。もし、日本で就職することだけを考えるのであれば、そこまで無理をせずに、無難にドクターを取得することだけに専念していただろう。
語学だって、息子さんとのコミュニケーションに必須のものだから。今でも、片言の現地語を話さざるをえなくなっている。
忙しいと言いながら、なんとなくわくわくしている日々である。
この国のお弁当。
サンドイッチ+フルーツ+野菜+ドライフルーツかチーズというのが普通。
日本とのあまりの違いに当初は驚いたが、今はもう日本式は作れないです。というか、保育園なのに弁当持参なんて!!

