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爪と指先


これまた久しぶりに、今日は親友のライブに。


僕の爪が常に深爪状態で、
僕の指先の皮がカチコチの状態の頃、
よく一緒に演奏をしていたギタリストのライブに。


eart@吉祥寺Strings


true-eart
※画像粗くてスイマセン。


今夜はアコースティックセットということで、
ヴォーカル+ギター+ウッドベースのトリオ。

いい具合にこじんまりとして、
いい具合に年季の入った、
ジャズバーというか、なんというか、
要は、いい感じのハコ。


目まぐるしく過ぎていく時間の中で、
ふと立ち止まって、空を見上げてみる。

そんな時間を許してくれているような、
やさしく、あたたかな音楽。


カオルさんの相変わらず奥行のある声と、
関口氏のメロディアス(安っぽい表現でゴメンナサイ)なギターに、
今回はウッドベースのまぁるく温かい音が絡んで、
なおのこと、やさしい空間が広がっていた。

ウッドベースは、個人的に、最もやさしい音が出せる楽器だと思ってる。
そういえば最近、その音色から遠ざかっていたな、と。




音楽は、この世に存在していなくても、
生きていくことはできるかもしれない。

でも、これだけ広い世界で、様々な人種がいる中で、
その姿形は様々であっても、唯一と言っていいほど共通するものこそが、
僕は「音楽」だと思う。


それぞれの文化であり、
それぞれのやり方で、感情を訴える手段であり、
それぞれのやり方で、人生に彩りを加えるものなんだ。


だから、音楽は、この世に存在していなくても、
生きていくことはできるかもしれないけれど、
きっと幸せな暮らしをしていく上では、
人が人らしく過ごしていくためには、
「必要」なものなんじゃないかな。




ライブに行くたびに、いつも思う。

彼らは、きっと日々大変な努力を重ねながら、
努力だけでは報われないことも、きっとたくさん経験しながら、
それでも笑って、楽しそうに演奏をしている。



僕は、どうなんだろう。
幸せそうにしているかな。
楽しそうに、仕事できているかな。


最近ライブから遠ざかっていたことすら、
忘れてしまっていた生活の中で、
毎日幸せを感じてはいるけれど、
忙しさにかまけて、笑うことを忘れてないかな。
楽しさを感じることに、マヒしてないかな。



今、僕が楽しそうに仕事できていないのであれば、
それはきっと、甘えがでている証拠。


自分で選んだ道。

この先を進んでいけば、
きっと笑い皺がくっきり刻まれて、
幸せそうな顔したおじいちゃんになってるって、
そう思って選んだ道。


道の通じる先を決めるのは、自分自身。
まだまだ頑張りが足らない。


僕にとってライブは、楽しい戒めの時間なんだ(笑)。





今、人並みに伸びた爪と、
すこし柔らかさが出てきた指先の皮に、
笑われないように、もっと頑張っていこう。






今日のお供『ふたり / eart』

久しぶりの更新

いや、ブログじゃなくて。


いや、ブログもなんだけど。


そう、ヤフーのことです。


まぁ、仕事の話です。






Yahoo!のインデックス更新が、3ヶ月振りに起こりました。

Yahoo!の検索結果というのは、Yahoo独自のアルゴリズムによって、
それぞれのキーワードごとに順位づけられたサイトが並んでいます。

要はYahoo!の独断と偏見により、
検索に使用されたキーワードと関係性が高そうだと判断された順に、
検索結果の表示順位というのは決められていくわけです。

んで、インデックス更新というのは、
その評価の仕方を変えて、もう1回順位を見直そう、
というもので、これまではおよそ35~40日周期で来ておりました。

ところが、Yahooの検索システムがBingに変わるなんていう報道と同じくらいの時期から、
ぴたっと更新が止んじゃったもんだから、
もう更新はしないんじゃないかってくらい言われてた訳です。

んで一昨日、忘れた頃に(忘れてないけど)インデックス更新が行われたと。



検索エンジンの性格を考えると、
いかに2ページ目に行かせないか、
要は1ページ目の離脱率が重要な指標になってくる。

PVにしろ、滞在時間にしろ、
短い方がいいっていう、珍しいモデル。

短い方が、1ページ目でユーザーが望む情報を
提供できているってことになる。

それが、検索の「精度」。




ただ、その「精度」の重要性は、
検索がもたらすビジネス上の収益効果の観点から、
GoogleほどYahooは重要視していないように思う。



『検索』という機能がビジネス上生み出す収益としては、
最も大きいのがYahoo・Googleともに、検索結果連動型広告。
いわゆる「リスティング広告」、のはず。

クリックするたびに課金が発生するモデルで、
いかに多くのユーザーにクリックしてもらうかが、
収益増減のキモとなってくる。

そのために一番単純な手段が、
まずは多くのユーザーに検索をしてもらうこと。

だから、より多くのユーザーに検索を利用してもらうためには、
検索結果の精度を高めていく必要がある。



ただ、YahooとGoogleの収益構造を考えた場合、
Yahooの方が検索に依存する部分というのは、
Googleと比較すると少ない、と思う。

行動ターゲティングやブラパネみたいに、
いわゆる純広告の存在が、
YahooとGoogleの広告収益の最も大きな違い。


純広告の価値は、いかに多くのユーザーの目に留まるか、
つまり掲載するページのPVが指標になってくる。

だからYahooは検索結果に知恵袋への動線を設けたり、
不動産や中古車みたいに、
Yahooがポータルとしてコンテンツを持っているものに関しては、
1位よりも上位に特別枠を設けたりする。

まぁYahooはリスティングよりも、
純広告を重要視しているってことだろう。



さらに、徐々にGoogleがシェアを伸ばしているとはいえ、
日本ではまだYahooのシェアの方が大きい。

そしてさらにさらに、検索の「精度」を意識しているユーザーは、
たぶんそれほど多くないんじゃないかって思う。

普段使用する検索エンジンを色々と試すっていうユーザーは、
たぶんそれほど多くないんじゃないかな。
だから、YahooとGoogleの精度の違いそのものに、
気付きにくいんじゃないかと思う。




昨今のYahooの検索結果を見ていると、
どうにも解せない結果になっていることが多い。

なんというか、失礼な言い方だけど、これが上がってくるの?
っていうサイトが上位に上がっているキーワードが、
チラホラ散見される。


悪質なSEO業者によるスパム的な行為が度重なった挙句の、
現状のような気がしなくもないけれど、
逆にだからこそ、スパムにならない方法で、上位にいるべきサイトを、
上位に表示させる仕事が、意味を成すのだと思う。



「精度」を意識するユーザーがそれほど多くないのであれば、
順位がユーザーに与えるイメージへの影響は、
ものすごく大きなものになってくる。


あらためて、検索結果に表示される順位の重要性を、
認識しようと思った次第。





今日のお供『光の方へ / eart』

できる方法・できない理由


土俵際。

ギリギリの踏ん張りどき。

難関な課題にぶつかったとき。




どうすればできるかを考えるか、

できない(できていない)理由を考えるか。




似ているようで、異なる気がする。

前者は方法をゼロベースで発想し、
後者は原因追究を徹底する。

どちらもすごく大事な点。




でも、ギリギリの踏ん張り時では、

前者の考え方の方が、ゴールにたどり着く最後の一歩が踏み出せる気がする。



精神論になってしまうけれど、
前者は「できる」と信じる強さがあり、
後者はできない理由がそのまま言い訳になる恐れがある。
たぶん。



もちろん、どちらの視点も必要で、
後者は本質的な解決には必ず必要な思考だけれど。




ギリギリの状況で、どちらの思考スタイルを選択できるか。
その差は結果に結びついていく気がする。




どうすればできるのか。

どうすれば成果を出せるのか。






努力を評価されるのは、義務教育まで。
って、何かの漫画に書いてあったっけ。



普遍で不変の思い。



遅ればせながら、8月。

初速の重要性の話をするには、やや出遅れ気味。
継続の重要性の話をするには、やや先取り気味。

ということで、まぁ自由に書こうかと。




先日、ふとしたきっかけで、
自分が就活をしている頃の思いが蘇った。

たぶん、マッキンとボスコンという単語を見たからだと思う。


どちらも大学時代に憧れて、一度は入りたいと思った会社。
(マッキンに関しては、説明会には行ったなぁ)



当時の僕は、経営コンサルと接客業の、
どちらの道を選ぶかで結構揺れていて。

大学のゼミの教授が某シンクタンク出身だったこともあり、
色々と話を聞いたところ、
やっぱり「新卒」が「経営者」の課題解決を行うということに
疑問を感じて、コンサルの道は選ばなかったのだけど。


実際に「当事者」になって課題に向き合う経験が
積みたいという思いは強かったし、
何よりやっぱり接客がやりたいっていう思いが強かった。


で、前職の道を選んで、入社1年経つ頃にWeb専任の仕事について。
非常にいい経験を積ませてもらったと思う。



今はSEOのコンサルタントとして働いている。
こうしてみると、運命と呼ぶのか、
なんとも不思議なめぐり合わせ。



で、よく接客とコンサルって、
全然違うんじゃないかと言われるんだけど、
僕の中では根っこは同じで。

ひとつの、強い思いにひもづいている。


だから接客でも前職のような接客スタイルの
会社を選んだわけだし。



その思いは、これまでの経験の中で、
どんどん磨かれて。
どんどん肉付けがされていって。
同時にどんどん削ぎ落とされていって。


たぶん、大学時代の頃の漠然とした思いと比べれば、
だいぶ姿や内容が変わっているのだろう。




だけど、同時にそれは、
僕の中で、当時から全く変わっていない。




近くで見れば、色々な凸凹があって、
きっとこれまでの数年間で色々と形を変えているのだけど、
遠くから見れば、結局何も変わっていない、というか。




ブレない思いっていうのが確実に存在している。





普遍であり、不変である思い。




その思いを実現させるために、
僕は考えることと行動することをやり続ける。





『誰かの役に立ち、自分自身が付加価値として存在すること』





それだけの人生、かもしれないけれど、
これはこれで、結構幸せなもんなんだって。







今日のお供『ドア / eart』

Black or White


男島の50%を占める二人。

O城氏とO成氏。

ニアミスな名前は、時に混乱を呼ぶ(個人的に)。



で、何やら今日はフットサルに行ってきたとのこと。


それも15時~17時の時間帯。

さっきの写真のように、雲ひとつない青空の下で。



当然、↓こうなります。

true-黒い二人

※左側のO成氏は、人工の黒さもMixされてるとのこと。




僕の向かいに座る、真黒に日焼けした二人。

心なしか、ちょっと視界が暗くなった気さえする。



SEO戦略コンサルティング局は、全15人中、男性6名。



奄美帰りのI戸MGRを加え、真っ黒3人。

基本、日に焼けても真っ赤になって終わる自分含め、真っ白3人。

情勢は50:50。




特に僕が座る男島は、白黒がはっきりと二分されている。

対面に座って、真っ向勝負。




さぁ、白黒はっきりさせようじゃないか。


雲をつかむような話


太陽が西の方に沈み始めた頃。

雲がほとんどない、晴れ渡った青空。


その中で、ポツンと浮かぶ雲、ひとつ。




掴んでみました。



true-雲



厳密に言うと、摘まんでみました。



ふわっとした、実体がそこにあるような、ないような、不思議な感触。

それでいて、少しだけ冷たくもあって。

ものすごくやらわかく、繊細な氷を触っている気分。


・・・な、気がする。




ひとつだけ浮かんだあの雲は、どんな気分なんだろう。



さみしそうにも見えるけれど、

同時に、この広い、青く澄み切った空を独り占めして、

のびのびと羽を伸ばしているようにも感じる。



まるで、よく晴れた休日の午前中、

やわらかな日差しが刺す中で、

一つの車両に一人しかいないくらい空いてる電車に乗ったときのように。



まるで、いつもよりちょっと大きなホテルのベッドで、

右から左へゴロゴロと回転したときのように。



その空間が、自分だけのものになったかのように、

のびのびとしている姿は、僕にはハッピーなように映る。




色々な雲と結びついて、自分の意思と関係なく、空全体を占領して。

まるで何かの怒りを表現するかのように、

強く、冷たい雨を降らせ続けるよりも、

よっぽど雲自身も、幸せそうに感じる。



集中豪雨とかやってないで、

さっさと解散して、

それぞれが、信じられないほどきれいに澄んだ空を、

のびのびと満喫すればいいのに。





雨の重要性を理解しつつも、

そんなことを考えて歩いた日曜日。




明るい内に活動するのも、たまには悪くないか。





今日のお供『Brightday / vusik』

気分転換



ふいにデザインを変えたくなって、変えてみた。



めっきりデザインのこととか考えなくなってしまって、

まったくアイデアが出てこなくなってる自分に気づいた。



もともとデザインセンスは高くないとはわかっていたけれど、

それでもデザイン性に優れているものに触れる機会を、

積極的に増やしていたことで、多少なりとも補えている部分はあった。

・・・と思う。



何事も反復。

高めようとする意識。

現状に満足してしまったり、

反復練習を怠ってしまったり、

自分の基礎体力づくりをさぼってしまったら、

衰えていくだけなんだ。



そのスピードはまさに、

上り坂と下り坂の違い。




むぅ、頑張らねば。

【こおる】に関する考察


原則として、僕はお酒が飲めない。

だからお酒のことや、飲みの場に関する知識が乏しい。

とはいえ、飲みの場に参加することはもちろんあるから、

「飲みの場」と書いて「戦場」と読むような光景を、

見たことはある、と思う。



そんな中で、いつも不思議に思うことがある。



「こおる」




飲みの場には、「こおる」と呼ばれるものが存在する、
というのは、さすがの僕でも知っている。


どこかで聞いたことのある旋律にのせて、
ハイテンポのリズムで展開されるそれは、
時に戦いの合図であり。
時に魔物を目覚めさせる呪文であり。

僕にとっては、いわば「死刑宣告」のようなもので、
ドラクエでいえば「ザキ」であり、
FFでいえば「デス」である。



「こおる」に関して、いつも驚かされ、不思議に思うのが、
その多様性と、普及率の高さである。

一つのフレーズをメロディにのせて、ひたすらリフレインさせるもの。
「ララバイ」を彷彿とさせるような、なんか「ラライ」っていってるもの。
「何と仰いましたか?」のような、質問からはいるもの。
「ごちそうさま」という言葉の大切さを教えてくれるもの。

などなど、本当に多様なものがあり、且つそれを多くの人たちが知っている。
誰が教えてくれたわけでもないだろうに、出身も、性別も、年齢も違う人たちが、
共通言語のように知っている。



誰が最初に言い出したのか。
誰が最初にその歌詞を書いたのか。

おそらく「自分だ」という人は何人か存在するだろうし、
そしてそれが正解かどうかを判断できる人は存在しないだろう。


要は、今世に出ている「こおる」の約3割程度は、
私が創出したものである、と言い切ったところで、
証明できるものがない反面、否定できる根拠もないのだろう。


個性的なものが生まれ、
それが普及し、
やがてスタンダードになり、
また新しい個性を求め、
新しいものを創出する。


そのサイクルが繰り返され、
こうも多様な「こおる」が生み出されていったのではなかろうか。




先日の社員旅行で、改めてこの多様性と普及率を実感した。
そのほとんどを、僕は聞いたことがなかった。


この世に、知らないことはまだまだある。
改めて、そのことを実感した。






金曜日のこんな時間に、何を考えているんだか。







今日のお供『Calling / B'z』

実家に帰るたび思うこと

以前も書いたけれど、僕の両親は、
僕が小5のときに離婚していて。

それ以来、母が父親役と母親役を兼務して、
祖母が、祖母役と母親役を兼務して、
深い愛情の下、僕を育ててくれた。

兄は兄で、僕にとって良い教師であり、
時に良い反面教師であり(笑)。
いずれにしても僕は、兄の影響を強く受けて育ってきた。

今は結婚して、子供が一人。
僕にとって甥にあたる彼を育てる兄の姿は、
いつのまにか立派な父親になっていて、
すごいな、と素直に尊敬している。


父とは普通に仲が良く、それなりによく会うし、
まるで年の離れた友人のような感覚で、色んな話をした。
※父と母が未だ仲がいいってのも、なんだか不思議だけれど(笑)

たぶん、思春期みたいな時期に一緒にいなかった分、
父とはぶつかることもなく。だから今も父との間には、
なんのわだかまりもないのかな、と思ったりする。
いわゆる反抗期みたいな時期は、存在しなかったし。


父には再婚された方との間に女の子が二人いて。
とてもかわいい、かわいくて仕方ない僕の二人の妹だ。

最近は忙しくてあまり会えていないけれど、
再婚された方を含めて、昔は良く会っていた。

15才下と18才下の妹も、僕によくなついてくれて、
僕も「育てる」という責任感がない分(笑)、
手放しでかわいがっている。

僕が30才になったとき、15才という年齢を迎えた彼女が、
どういう目で僕という存在を見るのか、
少し不安ではあるけれど。



こんなことを書くと、
なんだか赤裸々に身の上を語っているように思われるけれど、
僕にとってはこれが普通の世界で、
こういう家庭環境しか知らないから、
この手の話をすることに対して、抵抗感もまったくない。

ま、スタンダードな家族構成ではないことはわかっているけれど。




兄は両家にとって初孫だったらしく、
特に父方の家によくかわいがられていたそうで、
母方の、一緒に暮らしている祖母からしたら、
すこし寂しかったらしい。

それで僕が生まれたときは、
自分が一番この子をかわいがるんだとばかり、
全力で愛情を注いでくれたみたい。


だから今でも祖母は、いつでも僕のことを心配して、
いつも母に、僕が元気でやっているのか、
ちゃんとご飯を食べているのかって確認してるらしい。



僕が実家に帰るたびに、
やっぱり上記と同じ質問を僕にして、
「大丈夫だよ」と僕が笑えば、
「そうかい」と少し安心した顔で笑う。

深く、いっさい打算のない、純粋な愛情を感じる瞬間。



これまでの人生、たった27年間といっても、
なんだかんだ、本当にいろんなことがあった。

それでもきっと、いつだって幸せを感じていられたのは、
自分が一度だって、不幸だと思ったことがないのは、
そういう深い愛情が存在していることを、
無意識の中で、いつも感じていたからじゃないかな。


そして、これまでの人生がそうであったように、
これからの人生も、きっといろんなことが起きると思う。
単純に長さだけを考えれば、もっといろんなことが起きると思う。


それでもきっと、やっぱり常に幸せを感じていられるんだろう。
きっとこの深い愛情は、僕の中で途切れることがないし、
仮にどんなことがあったとしても、僕の中で生き続けるだろうから。






もう80才を超えて。
あちこちに老いが現れていて。

耳が遠くなっていたり。
いつのまにか、ずいぶん小さくなっていたり。



時間には限りがあるって。
それが現実なんだって。
そんなことはよくわかってる。



だから僕は、言える限りのありがとうを、
彼女にたくさん伝えようと思う。


直接伝えられる回数は、ひょっとしたらもう、
そんなに多くないかもしれない。


それでも、僕の人生が続く限り、
言える限りのありがとうを、伝え続けよう。



いろいろな親孝行の方法はあるけれど、
何より僕はまず、彼女に向ける表情が、
常に笑顔であるように。
常に幸せそうな顔であるように。


彼女がくれた愛情を、しっかり受け止めたよって、
伝わるような表情と言葉を彼女に贈ろう。



そして、僕からの愛情もしっかりと伝えよう。

愛情を伝えることの大切さを、教えてくれたのだから。




おばあちゃん、まだまだ元気に、長生きしてください。

そして、彼女と二人で暮らし、忙しく働きながら、
彼女を支えている母さん、いつもありがとう。

なかなか顔をみせられず、申し訳ないけど、
僕は元気にやっています。





実家に帰るたびに、いつも思う。

僕は、

僕が知る限り、もっとも幸せな家庭に生まれ、

僕が知る限り、もっとも深い愛情を注がれている、

僕が知る限り、もっとも幸せな人間だと。




心からの、心の底からの感謝を、二人に。


成果とはなんじゃい


昨日は一日ゆっくり休み、
今日はさくっと仕事をして、久々に実家へ。

池袋から東武○上線に乗って、下ること約45分。

モバイルの勉強にと購入したソフトバンクの携帯で、
初のモバイルエントリと意気込むも、
未だ操作方法に慣れず、
45分経っても書き終わらないまま、駅に到着。

初のモバイルエントリはお預けになりました。



その間ずっと考えていたのが、
どうやったら成果をだせるか、ということ。

要は、やっぱり仕事の話。



ECサイトを除く、多くのサイトにおいては、
コンバージョン=売上ではなく、
コンバージョンはあくまで、売上に至るプロセスであり、
重要な指標(KPI)のひとつであることは間違いないけれど、
コンバージョンが上がれば売上が上がるかといえば、
100%YESではない。


じゃ、どーすれば成果が上がるのか、と考えると、
コンバージョンの中にも、
売上につながるコンバージョンと、
売上につながらないコンバージョンがあって、
前者の傾向を分析することがすごく重要になってくる。



ただ、残念ながら多くの場合、
コンバージョンから売上までは、
Web解析ソフトでは解析しきれない部分になり、
Webサイトへの流入から売上までを、
トータルで解析している企業は少ないんじゃないかと思う。



これは想像の域を出ないことではあるのだけれど、
そのマーケットにおけるセグメンテーションがしっかりと行われ、
それに伴ったブランディングを行い、
競合優位性がはっきりとユーザーに伝えられている企業ほど、
売上につながるコンバージョンと、そうでないものとの間で、
Webサイトへの流入経路、特に流入キーワードにおいて、
明確な違いが出るんじゃないか、と考えている。


要は、売上につながりやすいキーワードはこれ、
っていうものが、ある程度見えるんじゃないかと。



それが見えてくると、ひょっとしたらSEOにおいて、
ビッグワードの順位に売上が左右されにくい集客構造を、
構築することが可能なんじゃないかって、思ってみたりする。



つまり、ビッグワード1つのコンバージョン数が仮に月間30件で、
そのうち売上につながるコンバージョンが5件だったとすれば、
月間12件しかコンバージョンにつながらないけれど、
売上につながるコンバージョンは6件あるというキーワードの方が、
成果は大きい。

後者のようなキーワードを見つけ、集客を強化できれば、
大きな成果を生み出すことができるんじゃないだろうか、と。



なんていうと、ビッグワードの順位に対する
コミット感を疑われてしまうかもしれない。

もちろん、ビッグワードの順位を上げる重要性は十分認識しているし、
先の例で言えば、とはいえ月間5件の売上につながるコンバージョンを、
捨てる手はないだろうと思う。


それに現段階では、売上につながったか、そうでないかの判断を
することが難しい分、上記の論理は、所詮絵に描いた餅。

まずは何より、売上につながったかどうかはさておき、
コンバージョン数を増やしていくことが命題であることには違いない。



とはいえ、それでも意識しておきたいのは、
クライアントの売上が「いつ」発生するものなのかを把握し(当然だけど)、
その売上につながりやすいキーワードが他にないかどうかを、
常に想像するということ。



今の流入キーワード構成に穴がないかどうか、
常に疑いの目を持って考えることで、
視野が固定化されることを防げるのではないかと。




いつか、流入から売上までを追える解析ソフトに、
出会えないかなー、と心から思ってみる。




今日のお供『真夏の果実 / サザンオールスターズ』