クレイグ・ガレスピー監督、マーゴット・ロビー、セバスチャン・スタン、アリソン・ジャネイ、ポール・ウォルター・ハウザー、ジュリアンヌ・ニコルソン、ボヤナ・ノヴァコヴィッチ、マッケナ・グレイス、ボビー・カナヴェイル出演の『アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダル』。2017年作品。PG12。

 

第90回アカデミー賞助演女優賞(アリソン・ジャネイ)受賞。

 

 

Siouxsie And The Banshees - The Passenger

厳しい母親ラヴォナ(アリソン・ジャネイ)に育てられて幼い頃からフィギュアスケートの才能を発揮してきたトーニャ・ハーディング(マーゴット・ロビー)は、アメリカでは女子で初めてトリプルアクセルを成功させてオリンピックを目指して練習に励むが、恋人でDV男のジェフ・ギルーリー(セバスチャン・スタン)とくっついたり離れたりを繰り返し、やがて母親とも距離を置くようになる。そして1994年のリレハンメル冬季オリンピックの出場者が決まる全米選手権で世界中から注目を浴びる事件が起きる。

 

お馴染み映画評論家の町山智浩さんの作品紹介を聴いて面白そうだな、と思っていました。

 

スポーツとかオリンピックに疎い僕もトーニャ・ハーディングは知ってるし、リアルタイムで大会の模様を観ていた記憶もあるので、あぁ、もうあれから24年経つんだなぁ、と妙な感慨に耽ったりもして(1990年生まれのマーゴット・ロビーはシナリオを読むまでトーニャ・ハーディングのことを知らず、この話が事実に基づいているとは思わなかったんだとか)。

 

知ってるとはいっても詳しくはないし当時もトーニャ・ハーディングに特別関心はなかったけど、確かに今振り返ればかなりキャラの立った、というかとんでもないアスリートでしたよね^_^; オリンピックにはこれまでにも問題児がいろいろいるけど、“ヒール(悪役)”としては申し分ない人だったよなぁ、と。

 

当然「ナンシー・ケリガン襲撃事件」の顛末が描かれるのだろうし、トーニャの母親がまたなかなかの鬼母っぽいので、似たような題材の他の映画を思い浮かべながら観始めたのですが。

 

面白かったですよ(^o^)

 

なるほど、こんないきさつがあったのか、とNHKの「アナザーストーリーズ」を観てるような気分になったり、フィギュアスケーターの凄さをあらためて感じたりもして。

 

全米フィギュアスケート選手権やリレハンメル五輪のこと、その後ハーディングがどのような人生を歩んだのかは多くの人がすでに知っているのでネタバレも何もないんですが、それでも一応物語の展開について知りたくないかたは以降は映画の鑑賞後にお読みください。

 

 

主演のマーゴット・ロビーは今や『スーサイド・スクワッド』のハーレイ・クイン役でお馴染みだけど、劇中では彼女がスケートリンクで見事な滑りを見せる。

 

トリプルアクセルも飛んでみせるし、あまりに上手だからこれはどう考えても吹き替えなんだけど、でも顔の部分をどんなに凝視しててもしっかりマーゴット・ロビー本人なので、VFX頑張ってるなぁ、と。ご本人もスケートの猛特訓をしたようですが、劇中でマーゴット・ロビーが演じるトーニャが見せるトリプルアクセルはVFXによって描かれているそうです(そもそもトリプルアクセルをキメられる代役がいないので。そんな人は五輪に出られるレヴェルだからw)。

 

もちろん、現実には演技中にあんなキャメラワークは不可能だから映像に手が加えられているだろうことは想像がつくんだけど、本人が滑ってるようにしか見えないんですよね。これはなかなか見応えありました。凄い人数の観客もVFXだったんですね。

 

 

 

鬼母と娘の関係やプロによるパフォーマンスを視覚効果で女優の顔に差し替えた撮影など、ナタリー・ポートマンが主演した『ブラック・スワン』を思い出します。

 

時々表情がナタリー・ポートマンに似てる時もある

 

鬼母ラヴォナを演じたアリソン・ジャネイはオスカーを獲得したし、先ほど書いたように僕は母と娘の関係に注目していたんですが、映画の中盤以降、トーニャが母親の暴力に堪えかねて実家を出てからはラヴォナはウェイトレスとして働くダイナーのTVで娘の活躍を観ている程度で、意外と出番は少ないんですね。インパクトは強烈だけど。

 

 

 

アリソン・ジャネイ演じるラヴォナとご本人。まんまやんけ(肩のインコが)w

 

紛れもなく彼女はトーニャの人格形成やその人生に多大な影響を与えてはいるんだけれど、終盤は予想通り「ナンシー・ケリガン襲撃事件」と出場を果たしたオリンピックの模様が結構な長さを占めるので母娘の直接的な接触はなくて、一連の事件のあとに連日マスコミに追われるトーニャの許をラヴォナが訪れる場面で母と娘の物語はクライマックスを迎える。

 

これまで娘を褒めることもなく「あの子は叱ると伸びるから」と言って歪んだ教育(という名の虐待)を行なってきた母が、ついに娘に「あなたを誇りに思う」と労いの言葉をかけたと思ったら…というあの場面は、ほんとにあんなことやったんなら凄まじいですが、ちょっと出来過ぎな気もする(劇場パンフレットにもあの場面についての解説はなかった)。

 

結局、最後まで母は娘が求めた「愛」を与えなかった、ということを示すには効果的な場面でしたが。

 

ちなみに、実際にトーニャ・ハーディングは母親と現在まで連絡を取っていないそうです。おそらく母ラヴォナというのは、トーニャにとって思い出したくない記憶が詰まった存在なんだろう。

 

トーニャと結婚するもののDVを繰り返して別れることになるジェフ・ギルーリー役のセバスチャン・スタンは「アベンジャーズ」シリーズでウィンター・ソルジャー改めホワイトウルフことバッキー・バーンズを演じてる人ですが、ハーレイ・クイン役のマーゴット・ロビーとはそれぞれマーヴェルとDCコミックスのキャラの共演ということになりますな。

 

 

 

 

セバスチャン・スタンは好演していたしマーゴット・ロビーともお似合いだったけど、実際のジェフ本人は映画よりももっと軽薄そうな感じの優男で、こういう男が妻に暴力を振るっていたというのは、なんかいかにもだな、と思う。彼の言い分ではトーニャの方も充分手を出したりショットガンぶっ放したりしてますが^_^;

 

 

 

 

映画のセバスチャン・スタンはまだ真面目で誠実に見えるんだよね。真性のDV野郎っぽくない。

 

まぁ、暴力振るう人間なんて見た目からだけではなかなかわからないものだけど。

 

あと、若い頃のトーニャ・ハーディングの顔ってちょっとエイミー・アダムスに似てたなぁ、と(現在は似ても似つきませんが)。もちろんエイミー・アダムスの方がはるかに美人だけど、似た系統の顔だと思う。

 

エイミー・アダムスが『ザ・ファイター』(これも鬼母を描いた実話ベースの映画でした)で演じたヒロインとハーディングのイメージが重なるんですよ。口が悪くて、暴力的な環境で育ってきた人特有のやさぐれた雰囲気とかが。

 

エイミー・アダムスがもうちょっと若かったらトーニャ役を演じていたかもなぁ、なんて思いました。

 

いや、マーゴット・ロビーもよかったですよ。彼女がヒロインだからこそ僕はこの映画に興味を持った部分もあったので。

 

 

嘘泣き、とも言われた例の靴ヒモの場面

 

顔はトーニャには似てないけど(身長もトーニャ・ハーディングは150cm台で小柄だが、マーゴット・ロビーは165cm以上ある)、目尻がキュッと上がった顔が若い頃のジョディ・フォスターを思わせる。

 

ジョディ・フォスターが『告発の行方』(1988)で演じた、やはりあまり裕福ではない環境で生きてきた“ビッチ”感丸出しの女性像と通じるものがある。

 

さっきからいろんな女優さんを例に挙げて何が言いたいのかというと、マーゴット・ロビーはいつかオスカーを獲るだろうなぁ、ということです。本人にその気とポテンシャルがあることがよくわかりました。惜しくも受賞は逃したけど、今年のアカデミー賞にもノミネートされましたし。

 

ただ、セバスチャン・スタンと同様、この映画でのマーゴット・ロビーはまだどこか優しくて甘い部分があって、ほんとのクズになりきれてないんですね。それは敢えてそのように演出してるんだと思いますが。

 

『ザ・ファイター』がそうだったように、ほんとにクズな人間をリアルに描いてしまうと共感が難しいんですよ。だから僕はこの映画のようにまだ救いがありそうに描かれているぐらいが安心して観ていられる。この映画を楽しめたのはそういう理由からです。

 

さて、この映画はトーニャがケリガン襲撃を「知らなかった」という前提(なんとなくそのあたりはボヤかしている)で描いているけど、元夫のジェフも元ボディガードのショーンも「トーニャは知っていた」と証言している。

 

もしトーニャが本当に事件に直接関与していたのなら、話は全然違ってくるんですよね。確かに彼女自身はスケートのことで頭がいっぱいで何も知らなかった可能性もあるけれど。

 

トーニャが審査員たちに不当に低く評価されていたように描かれていることに疑問を呈する人たちもいるようなので、あくまでもこれは本人がこう主張している、ということで。真相は藪の中。

 

映画の中では、トーニャはもちろん、ジェフさえもほんとは襲撃などするつもりはなくて、ジェフの昔からの友人で自称・諜報員のショーンが暴走してやったということになっている。

 

ポール・ウォルター・ハウザーが演じるトーニャのボディガード(映画の中ではガードしてる場面がないのだが)、ショーン・エッカートはあまりに胡散臭いキャラなので「映画用に創作したんじゃないか」と思ってたら、エンドクレジットの本人の映像を見て実在の人物のほぼ完コピだったことがわかって笑った。

 

 

 

最後の画像はショーン本人

 

人の良さそうな老いた両親と同居しながら真顔で自分のことを「世界を股に掛けて活動する諜報員」とか言ってる時点でかなりキテるし、なぜかトーニャに殺人予告の手紙を送って(意味不明過ぎる)怯えさせたり、バカの友人を使ってナンシー・ケリガンを襲わせたり、どう見ても完全なキ○ガイ。

 

映画を観ていると、すべてこいつのせいじゃん、としか思えないんだけど、じゃあ、なんでこんなやっかいな電波デブとジェフはツルみ続けるのかまったく不可解だし、すでに離婚していたジェフがトーニャにちゃんと確認もせずに勝手にケリガンに脅迫状を送ろうとするのも変だ。

 

そのために貧乏なはずなのにショーンに大金を払うのも。

 

なんか全部ショーンのせいにしてるような感じで、釈然としない。

 

トーニャも、ナンシー・ケリガンに脅迫状を送ろう、みたいな話になった時点で普通なら止めるでしょ。ライヴァルとはいえ、かつて同じ部屋に泊まって一緒にイケナイこともやった仲の相手への妨害工作に抵抗がなかったり、それを見て見ぬふりするような人間はやはりどこかおかしい。

 

トーニャも含めてすでに全員刑罰を受けているので過去のこととしてもうこれ以上の追及はされないのかもしれないけど、この映画を観て安易に、真相はこうだったんだ、などと思わない方がよさそう。

 

別に確証があるわけじゃないし、これは勝手な想像だけど、トーニャ・ハーディング本人はどちらかといえば映画の中の母親ラヴォナに近い感じの人だったんじゃないだろうか。今はどうだか知らないけど、少なくとも90年代当時は映画の中の彼女以上にもっと口が悪くて狡賢くて暴力的だったのではないかと(その後、恋人への暴行容疑で逮捕されてもいるし)。無意識のうちに嫌いだった親に似てしまうということはある。

 

娘がまだ幼い頃から気に食わないことがあれば平気で暴力を振るい続け、腹立ち紛れにナイフを投げてその腕にぶっ刺したり、人に金を掴ませて競技会場でわざと罵らせたりする(これも事実なのかどうかわからないが)ラヴォナの常軌を逸した行動は、僕にはトーニャの暗黒面の投影に思える。

 

怪物だったのは母か娘か。それとも両方か。

 

これは、鬼母に虐待されてきたために本当の愛を知らずに人を傷つけてまで夢を果たそうとする呪われたフィギュアスケーターの物語なのだろうか。

 

愛を知らなければ、それがなんなのか気づき学んで身につけるまでに他の人よりも時間がかかってしまう。人によっては死ぬまで理解できないままだったりもする。

 

現在、トーニャ・ハーディングは夫や子どもとともに幸せに暮らしているということだし、あのオリンピックをめぐる騒動も死人が出たわけではないので昔話として語れるのかもしれないけど、メダルを獲らなければならない、というプレッシャーは(経済的な事情もあったのだろうけど)ここまで人から心の余裕を奪うものなのか、と思う。

 

少し前に観たインド映画『ダンガル きっと、つよくなる』を思い出したりもした。トーニャの「4位の選手にスポンサーはつかない」という台詞は、「金(きん)を獲らなければ忘れられる」という『ダンガル』の台詞にも繋がる。

 

『ダンガル』は娘たちが父親のスパルタ教育によってレスリングの道に進む実話を基にした話で、この『アイ, トーニャ』と似てる部分もあるんだけれど、ヒロインのその後の運命は両者で見事なまでに分かれるんですよね。

 

「父の愛」が肯定的に描かれていた『ダンガル』と、成功へのきっかけを与えもすればその教育の影響によってチャンスを奪いもした「母の愛」をどこか皮肉に描く『アイ, トーニャ』。

 

思えば、『スーサイド・スクワッド』のハーレイ・クインもジョーカーによるDVによって人格が代わったという設定だった。マーゴット・ロビーはトーニャ・ハーディングを演じるべくして演じたということかもしれない。

 

ハーレイ・クインが主役の『スーサイド~』のスピンオフ映画も作られるそうなので楽しみです。

 

トーニャの幼い頃を『gifted/ギフテッド』の子役マッケナ・グレイスが演じていて、出番は少ないけれど着実に売れっ子ぶりを発揮してます。

 

 

 

 

僕は劣悪な家庭環境を理由に暴力を正当化するのが大嫌いなのでトーニャ・ハーディングにもその母親にも共感も同情も覚えませんが、それでもこの映画には親の影響の大きさをあらためて考えさせられたし、人は本当の愛情を知らないと人を愛せないのだということを痛感しました。

 

それから、オリンピックに出るような選手たちがいかに凄いのか、ということをトーニャ・ハーディングの姿を通して逆説的に教えられた気もした。

 

トリプルアクセルを成功させるのがどれほど難しいかということも(トーニャ・ハーディングは女子では史上2番目。1番目は伊藤みどり。これまで女子選手での成功者は8名のみ)。

 

行動には大いに問題があったけれど、トーニャが優れた才能を持ったフィギュアスケーターだったことは間違いない。

 

「アメリカは憎むべき敵をすぐに作り出すの」というトーニャの台詞。

 

彼女はまさしくそれを体現した存在だった。氷上のプリンセスから悪役へ。

 

ビル・クリントン(モニカ・ルインスキーとの不倫を取り沙汰されていた)と並んで当時アメリカでもっとも有名だった女性、トーニャ・ハーディング。

 

 

 

 

人々の興味如何で英雄にもなれれば、たやすく夢が潰えもする。

 

彼女の存在とトリプルアクセルは人々の記憶に残り、彼女自身はスケートリンクから去った。

 

ここに映し出されていたのは、愚かだけどどこか滑稽で哀しくもある、そんな人間たちの姿でした。

 

 

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