NOTEを更新しました。
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2025年はお世話になりました。
個人の内的なことや考察などを勝手気ままに綴っていた本ブログですが、キリスト者のなかでも、教派をこえて読んでくださっている方がおられて、読者の方から何人も実際にお会いしたときに声をかけられ、恐縮でありました![]()
まあ、特定の界隈に渡って出入り、交流させてもらっている人間は私を除いてほとんど聞いたことがないので・・・。
とかく、この記事を読んでくださっている画面の向こう側お一人お一人のために、祈らせていただきとうございます。
これまでの活動報告なのですが、
ここ数年間は、私の家庭と教友の家庭をで交互に「家庭集会」を開催しておりますが、
カトリック、プロテスタント、幕屋関係なく、集まり、
聖書を読んだことのない方、心に傷を負った方が導かれ、あたたかい雰囲気の中で神の霊に触れる現場にいさせていただくことができて、本当にこれは神様の力以外の何者でもないと感じております。
『17歳から楽しむ聖書』の著者である石田平和さんにも来ていただき、
旧約から新約までの救いの物語、
というよりも、今ここがエデンなのであるということを伝えられ、
大きく聖書の読み方に驚くばかりでした。
私自身、職場のことで、本当に心身限界をきたし、
詩編の140編、141編・・・ダビデの呪いというか怒り憎しみのような祈りを、神の前で毎日毎日大声で祈っていました。
心が、自我で一杯になり、神の前に出られない、祈れないときに、
教友、、、とりわけ、ご婦人の祈りが、まるで聖母の取次のように感じられ、
その祈りのエネルギーは、永遠に私の魂のうちに生き続けております。
思い出すだけで、感謝で泣けてきます。
また、「こんな悲惨な人生があるのか」という友がおりますが、
神への恨みや、憎しみの中にあり、
日々祈ることを伝えました。
祈られた私が、今では、日々祈る側になっています。
すべての活動を「私」がやっていたとしたら、まあほとんど何もできなかったでしょうし、誰も集まらなかったでしょう。
支えてくださった信仰の諸先輩方のおかげです。
本当に、「使徒行伝」の家庭でのパンの分かち合いや祈り、ものと心の共有さながらの現場、です。
もし、「ちょっと覗いてみたい」という方がいらっしゃれば、是非、遊びに来てください。
非常にこの前の集会で印象的だったのが、
「キリスト教というともっといろんなことを勉強したり、日曜日に礼拝いかないといかない、いろんな戒律のあるものかと思っていた」と言われたことなのですが、
本質としては、神様に対して「天のお父様」と親しく呼びかけて声を聞くこと、交わること、これでいいんですよ、
と言われ、その方の目がぱっと開かれたようになったことでした。
生活スタイルや儀式やコミュニティとしての「宗教」が壁になっていることはすごく大きい。
だけれども、いっしょにご飯を食べて、話をして、
親しく神様、神様と呼びかける・・・
そういう仲間がいること。
辛いときしんどい時は、ちゃんと助け合うこと。
これでいいんじゃないですかね、と思うわけですよ。
それこそ、祈ることすら馬鹿らしい、抵抗があるんだったら、
そうじゃなくて、いっしょにしゃべってご飯食べるだけでも立派な「宗教」(笑)ですよ。
塾講師の仕事に従事させていただいている私ですが、
フリースクールの場を使わせていただけることになったので、
コーチングやイエナプランを取り入れた教育の場をつくっていきたいと思っています。
それぞれが、個別に、協力しながら、
探求的な学びをすすめていける場です。
あとは、自分の中にある使命やミッションを生き生きと生かして最高の自分を生きるための教育をしていきたい。
一緒ごはんや合宿をしながら、生きる力や人を信頼する力を取りもどしていくそんな、
天の国が開けるような学び舎をつくっていきたい。
もう一点が、
「一緒ごはん」の「関西支部」(?)じゃないですけれど、
「多拠点生活」の家をつくりたいと思っています。
ここで、生きづらさを抱えた若者たちが、
いっしょごはんをして、しばらく寝泊まりして、自分を回復させていく。
しかし、問題はお金・・・。
活動を見て、知って、寄付をしてくださる方がいれば、すごく嬉しいと思いながら、
新年頑張りたいと思っています。
noteに記事を書きました。
noteをやっています。