デジタル編集者は今日も夜更かし。 -7ページ目

デジタル編集者は今日も夜更かし。

出版社に在籍していながら、仕事はネット、携帯などデジタル企画のプロデュース。

もし雑誌をやっていたら記事にしたかもしれない様々なネタを、ジャンルにこだわらずコラム風に書いてみる。アナログ志向のデジタル編集者は、相も変わらずジタバタと24時間営業中!

sekaijuu ga amedattara


いま、会いにゆきます』や『恋愛写真』を紡いだ優しい言葉で、3つの救われることのない物語が展開する。
残酷でダークで、未来がない。それぞれのストーリーの主人公には、それぞれ個人的な理由の切なさがあり、それはそれで“市川拓司”なのだけれど、決して読む者の共感を求めていない。


初出を見ると、それぞれ『Separation』以前に書かれた(書き始めた)初期の作品のようなのだが、一般の読者とすれば『弘海-息子が海に還る朝』の次の作品なのだ。こりゃ、いかんのじゃないか?と思わず唸る。市川拓司の新作だ~と待ち焦がれて読み始めると、心が沈む。


市川拓司氏のブログを読んでいたら、それでも、この作品が書かれた意味がなんとなく分かったような気がした。

雨が降ったら、軒下に逃れればいい。でも、もし世界中が雨だったら? 逃げる場所はないでしょ?
ボクは小説のなかにあるこれらの言葉には頷けないが、この小説は、逃げ出す術(すべ)を持てない人々の世界が描かれている。
もし逃げ出せないのなら、ボクはお気に入りの傘をさせばいいと思っているし、だいたいが雨の日に外に出かけないという選択肢もあると知っている。あるいは、もっと積極的に濡れて楽しめばいい。


久しぶりに東京は雨が続いている。梅雨が少し戻ってきた。
もうずいぶんと前に庭の柏葉アジサイが立派に花をつけていたのだが、ここ数日で、ようやく精気を取り戻した。雨粒が外灯に光り、たっぷりとした重さに花の房が垂れ下がる。
マイナスのイメージをプラスに。
この小説を読んでいる最中は、見事にどんよりと作品に飲まれてしまった心は、でも、すぐに立ち直った。
だからといってあえて雨降り続きが続けと願うわけではない。
次こそは、切なくて心温まる市川拓司氏の恋愛小説が読みたいな。


■世界中が雨だったら/市川拓司■


ryuusei_wagon

父の日に、携帯でeカードを送った。
いいオトナが、父親にカードを贈るなんてちょっとヘン?
しかも添えたメッセージは、

母の日に比べて、どうにも分が悪いけれど、
尊敬と感謝の気持ちを贈ります。

躊躇なく書いて、躊躇なく送った。

最近携帯メールを自在に使いこなす父からは、即座に絵文字てんこ盛りの返事が来た。
メッセージに対しては、「半可通!?」と書いてある。半可通? 利いた風なことを言うな、ということか。素直に受け取れないところが、父と母の決定的な差。かわいくない。

幼いころ、夜も更けてから帰ってくる父親をスゴイと思っていた。まだ闇を恐れていたホントに小さな小さなころの話。外にコツコツと革靴の音が聞こえてくると、なぜか父だと分かった。駅からの道程は暗い夜道で、その闇を走り出しもせず、堂々とした足音を響かせてゆったりと帰ってこられる父をそれだけで尊敬していたのだ。
小学生のころ、父がトイレに入って小便をするときの音をスゴイと思っていた。ボクがおしっこをすると、チョビチョビという音しかしないのに、父の小便はジョボジョボジョボとぶっとい音がした。それだけで偉いと思っていた。
スキーを担いで出かけていく父を格好いいと思っていた。ジャンプもできるの?と聞くと、できるさ!と当然のように応えた。スゲーと思った。
ね?昔から、ボクはあなたを観察し、尊敬していたのだ。そして、その延長線上にいまの父がいる。

オトナになる過程で息子にとっての父の存在はライバルとなり、超えるべき最初のハードルとなる。諍いがあったり、確執が残ったり、会話が途絶えたり、それは男が男になるためには避けられない旅立ちへのシミュレーションだったりもする。
そういった時期をそれなりに通り過ぎ、自分の記憶のなかにあるかつての父の年齢を初めて超えたとき、息子として父親とどう向き合うのか。そんな事を考える時期が男にはやって来る。照れくさいけれど、それからも長い付き合いが続くのだ。息子に息子ができても、つまり孫ができても父親は父親なのだ。

重松清の『流星ワゴン』は、38歳の主人公が、38歳当時の父親と出逢うファンタジーで、帯には、「僕らは、友達になれるだろうか?」とある。
事故で亡くなった若き父親と小学生の息子が駆る旧式のHONDAオデッセイに、主人公と若き日の父親が乗り合わせる。オデッセイは時空を超えて、二組の父子の過去や現実を訪れる。若き親子はオデッセイの事故で亡くなっているし(つまり幽霊)、やりきれない現実から逃避して死も覚悟した主人公と、現実世界では死期が迫っているその父親という不思議な組み合わせの四人は、“人生のやり直し"の可能性を求めて旅を続ける。

泣かせどころ満載で、素直になればなるほど、心を裸にすればするほど、泣く。
死者と生者が語り合ったり、現在と過去を行き来したり、それって小説として狡くないか?と昨今のファンタジーに多い手法に少々の疑問も持つのだが、まあ、それも素直になれば許してもイイか…。ホントはオトナの男に読んで欲しいけれど、つまり男のための小説のような気がするのだけれど、この方法しかなかったのかな、とやはり少しだけ残念。

2年前の父の誕生日に、両親の結婚当時の写真をデザインしてプリントしたTシャツを作ってプレゼントした。もちろん、二人ともいまのボクよりも遙かに若い。
母はきれいだし、父もなかなかスマートでお似合いのカップルだったようだ。
誕生日当日には無理矢理着せて写真を撮ったが、その後、着ているのを見たことがない。

この二人が出会って、恋をしたから、いまのボクがいる。ね、ちゃんと、感謝だってしているんだ。

■流星ワゴン/重松清■


bonkura

縄のれんをかき分け、カウンターの隅のスツールに腰をおろしながら、オヤジさん、いつものっ、と声を掛ける居心地の良さ。オトナの特権。
少しだけ憧れるけど、ボクにはいわゆる馴染みの店、というのがほとんどない。

求めているのは居心地の良さよりも、新しい発見、新鮮な刺激。
毎日のように新しい店ができる。新しい味やサービスが提案される。
せっかくなら、東京で起こるすべての出来事を体験したい。
世間のすべてを知っているわけではないのに、定住の場所を決めたくないのだ。
100%の満足を得るための飽くなき欲望…。
しかし正直に言えば、ちょっとお疲れ気味な今日この頃。そろそろ馴染みの店が欲しいかも。

宮部みゆきさんの時代小説を久しぶりに読んでみると、いやはやなんとも心地よい。
それはまるで、馴染みの店のいつもの席に腰を落ち着けたような居心地の良さに似る。
個性が際だつ主人公や脇役の絶妙の布陣。物語性を重視しながらもそこここにちりばめられたミステリーの布石。時代考証に沿った小粋なセリフと流れるような文章。安心して読み進めることができるのである。
さすがに安定したベストセラー作家の力量。

新しい才能が次から次へと登場する小説の世界。新鮮な表現や、新時代の言葉、想像もしなかったようなテーマ。新人も、新刊も、見逃すわけにはいかない。話題の小説には目を通したくなる。そのなかから、肌に合うお気に入りの作家に出会うのは、読書の大きな楽しみのひとつだ。

でもアタリもあればハズレもあるのは、お店探しも小説も同じだ。話題にはなっているけれどウムムな小説ばかりが続くと、居心地の良い馴染みの小説、安心できる小説に帰りたくなる。
宮部みゆきの小説は、時代物もSFも現代小説も、ボクにとってはハズレなしの佳作ばかりだ。
ほんの数ページを読むウチに、行間から声が掛かる。
やあ、久しぶり。どこで浮気してたのさ?
ちょいとあちこち覗いてたんだけどね、宮部さん、元気だった? プハーッ、やっぱりイイねぇ、落ち着くねぇ。ここの煮込みはやっぱ最高だよ、みたいな…。

だから逆に、彼女の作品の場合、新刊が出たからといってすぐに飛びつく事もない。疲れたときに購入して読む。どれを選んでも、いつ読んでも、身も心も委ねながらの安心読書が保証されているからだ。
そんなワケで、発表から5年、文庫化されて1年が経つ『ぼんくら』を、ボクの心の都合でいま読んだ。もちろん、改めて感想を書くほどのこともない。だって、当然のことながら面白いんだもん。


■ぼんくら(上・下)/宮部みゆき■

live

金曜日深夜にライブでハッチャけるつもりで一週間がんばったのだが、自らの意志で参加断念。

“ageHa EXTRA meets JHETT”@studio coast

JHETT a.k.a. Yakko for AQUARIUS、倖田來未、Sowelu、Heartsdales、LISA、Rinko Urashima…、MC/ia、Guest DJ/MURO、DJ KAORI…AND MORE!!!!!と、大好物が勢揃い。噂では、さらにサプライズなゲストも用意されていると聞いていた。
興味のない人には、まったく意味のないラインナップだろうけど、オリジナルだけではなく参加アルバムまで探して聴いているボクにとっては垂涎のスペシャルナイト。

それでも、過酷な一週間を乗り切ったカラダに、23時ドアオープンのミッドナイトPARTYを朝まで楽しむだけの体力は残っていなかった。
20時、食事をしている最中にリタイアを決断した。週末に仕上げなくてはいけない仕事が残っている。

どれほど仕事が忙しくても、深夜までかかっても、その足でドライブに出て気分転換できた時期があった。
徹夜続きなのに、少しの時間ができたら遊びに出かけた年頃もあった。次の日の事なんて、考えもしなかった。若い頃の方が、もしかしたら未来に鈍感だったのかもしれない。

仕事そのものに対するモチベーションも、遊びに対する熱意も、気がつかないうちに拡散していく。視野が広くなって接する情報が増え、責任や興味の対象は次第に拡大していく。選択肢が増えるということだ。
その上、オトナになると結果の予測シミュレーションを日常的に繰り返す。
そして、体力や気力を冷静に見極め、無茶をしなくなった。気持ちは、昔のママ。でももう、若くはない。失敗も、後悔も、あまりしなくなった。これは、つまり、成長した、ということか。
なんて、つまらない…。

INVITATIONのカードを捨てられないくらい残念だけど、それで良かったのだ、と納得している自分がいる。後悔はしていない。スペシャルゲストは誰だったんだろう…と思いつつも、プレゼン資料を作るためにキーボードを叩いている。Heartsdalesのアルバム『super star』を聴きながら。やっぱり、ちょっと寂しい。

echo_card

かつて、といってもそれほど昔の事ではないが、タクシーに乗るときに客の方が恐縮していた時代があった。タクシーは客にとって命を預けた密室なのだ。ドライバーは選べないし、しかも自宅まで送ってもらったりして素性もばれてしまうから、立場は極めて弱い。

編集者にとって取材や深夜の足としてタクシーは欠かせないので、比較的頻繁に利用するのだが、いまでもボクは昔の癖で1,000円未満の距離を乗るときに“近くて申し訳ないんだけど…”と言い添えてしまう。
運転手の聞こえよがしな“チッ”という舌打ちを聞きたくないからだ。もちろん、いまはそんな運転手はいなけど。バブルのトラウマ。

東京の法人タクシーに限っていえば、乗車して不愉快な気持ちになることは以前に比べて格段に少なくなった。これほど短期間に劇的に変わったサービス業も珍しいのではないだろうか。ギョーカイの事はよく分からない。自浄作用はもちろんあると思うけど、泣く子も黙る旧・タクシー近代化センターの協力指導の話を運転手さんによく聞かされた。いまは東京タクシーセンターと名称を変更して、サービス向上を目指している。

それでも、じつは以前から気になっていたことがある。
車内に必ず常備されている“エコーカード”だ。これは言ってみればクレームカードで、乗車して不愉快な思いをしたときに申告する手段として用意してある。
それなのに、このカードの設置位置はたいていが運転席側にあるのだ。
もしおっかないドライバーに出会ってしまったとき、彼の顔のすぐ脇にあるエコーカードは取れないでしょ。降車側ドアのあたりにあれば、降りるときにこっそりピックアップして“告げ口”できるのに。

昨日深夜に乗った運転手さんに聞いてみた。

エコーカードをとっていく人いる?
「いますよ、特に女性が多いですよ」
それ、緊張するよね。
「いや~、怖いっすよ、下手したらクビですからねぇ」
どんなクレームが多いの?
「女性の場合は、料金ですね。降車するときにガチャってメーター上がったりするとき。それと、ルートですね。あとは返事をちゃんとするとか」
メーターは仕方ないよなぁ。
「ルートは乗車していただいたときに、必ず確認をするようにしています。会社の指導も厳しいですから」
クレームが付くとどうなるの?
「センターの講習を受けるんですよ。まる一日つぶれます。しかも、3,500円!」
え?
「講習料を払うんです」
なるほど。どんな時にクビになるの? セクハラとか?
「あ、それは一発でダメですね、言葉だけで。あとはもちろん料金のごまかしとか」
エコーカードがここにあると取っていったとき、運転手さん、気がつくよね?
「もちろん! しばらくドキドキしてますよ~」
クレーム付けないから、参考のためにもらってイイ?
「あ、もちろん。どうぞ、どうぞ」

と言うわけで、初めてエコーカードを入手。
“ご乗車ありがとうございました。下記事項にご記入の上、乗務員の挨拶、ことば遣い、安全などについて該当個所に○をつけてご投函下さい。”とある。
乗車日時、乗車区間、支払料金と、行き先についての返事があったかどうか、道順確認を復唱したかどうか、降車時の挨拶やお礼をしたか、安全運転だったか、についてと、自由記入の欄。クレームは、ここに書くのか…。
表に返すと、あれ? 宛先が、タクシー会社の営業管理課だ…。な~んだ、センター宛じゃなかったんだ。もっとも強力なクレームカードだと思っていたら、何となくサービス向上のアンケート葉書の趣。ほとんど意味ないんじゃないかな。いつも気になっていただけに拍子抜けした感じだ。

そこでネットで調べてみたら、東京タクシーセンター のホームページに、苦情受け付けのフォームがあった。
タクシーのサービス向上のためには、ここを使うのがイイかも。会社名とか車番などが書かれている領収書をちゃんともらって、悪いところは悪いと伝えましょう。タクシーには命を預けているんだからね。

どんな業界でも、最近はクレームの受付はしているが、トラブル回避の意味合いが強いような気がする。どんな小さな意見でも積極的に収集した方がいいと思うんだけどな。黙って去っていく客より、「わざわざ文句を言ってくれる」という人は貴重な存在だ。
タクシー業界でも、たまにボールペンとアンケート用紙を渡されたりすることがある。
でも、そんなイベントよりも、マイナスの意見を日常的に集めていける仕組みを持っておいた方が手っ取り早くサービス向上に繋がると思う。文句を言いやすい仕組み作り。まずは、エコーカードを降車ドア近くに移動したらどうだろうと思ったりする。

typewriter

昔々の話。
オリベッティ社の“赤いValentineに憧れていた。
赤いバケツ型ケースに入れて持ち運べるポータブルタイプの手動タイプライターで、斬新なイタリアンデザインは和風な意匠に囲まれて畳生活をする子ども心に衝撃的だった。
Valentineは、今、ニュ-ヨ-ク近代美術館のパーマネント・デザイン・コレクションに入っているとか。(design / Ettore Sottsass and Perry King 1969)

当時、日本語変換のできるワープロなんて代物はSF作家も想像できない時代で、タイプライターはアルファベットと一部の記号しか打つことができない。つまり英文を打たなければ使い道はない。だから英語の勉強を口実に、両親に執拗にねだった。
それに憧れのタイプライターは自然と英語が上手くなる魔法のツールのように思えたのだ。

手軽なパーソナルユースとはいっても、そこそこ高価な代物である。インクリボンも消耗品でランニングコストもかかる。そこで、Valentineはあきらめて、たぶん少しだけ安かったブルーのModel315typeを買ってもらった。

教科書の英文をタイプしたり、ローマ字でカードを作ってみたり、“活字”を素人が自在に扱える快感に酔っていた。学校の公式文書が手書きのガリ版刷りだった時代だ。まるで書籍のような書類を作れるという喜びは、今ではもう想像もできないだろう。

結局、英語は上達しなかったけど、おかげでキーボードの配列には十分に慣れた。ワープロの時代を経て、いま、パソコンのキーボードはほとんど不自由なく打つことができる。
何しろ、手動タイプライターのキーは重くストロークが深くて、しっかりと印字するためにはそれなりの指先の力が必要で、中途半端なキーポジションだと打刻するときにハンマー(個々の活字をセットしたバー)が絡みついてしまうのだ。早く打つためには、確実なタイプが必要だったのだ。

もし、タイプライターに出会わなければ、両親が与えてくれなければ、もしかしたらキーボードをタイプするためにそれなりの習練が必要だっただろう。もしかしたらキーボードアレルギーで、いまの仕事をしていなかったかもしれない。魅力的なデザインには、底知れぬ影響力がある…かも。

赤いValentineではないけれど、30年以上前の樹脂製タイプライターは今でもなかなか趣がある。インクリボンは乾いてしまって、もう何も印字できないけれど、思い出のオブジェとしてリビングに飾っている。息子のわがままを聞いてくれた両親にも感謝。

  tango

「風と光を呼び込むために。」 で書いたモビール熱が継続中。

大型タイプの“Black Rhythm”は、月明かりの入る天窓の正面に位置を決めて、ゆったりと揺れている。音楽や言葉のリズムとはまったく異なる自然のリズムで。
たかが風に揺れるもビールではあるけれど、その動きは複雑で、予想がつかない。
窓から入る風、人の移動、部屋の空気の対流など、思いもかけない要因でモビールは揺れる。

モビールを眺めていると、人は日常的に、瞬間の後を予測しながら生きていることに気がついた。
たとえば雑踏のなかでは正面からくる人の動きを無意識のうちに予測をして、右に避けるか、左に行くか、それともまっすぐ進むかを予測して歩いている。角を曲がるときは、その先に何があるかを、じつは予測している。もしかしたら自転車が走ってくるかもしれないからちょっと注意しながら歩みを緩めるけど、崖っぷちであるはずはないので、足下を見ることはない。日常生活は予定調和。

数コのパーツががそれぞれ一本ずつの糸でバランスをとるモビールは、それぞれのゆらぎの原因が異なり、それが乗算されることで、個が全体に、全体が個に影響を与えて揺れている。高度な技術とデザインで、それらの条件を忠実に再現したフレステッド・モビールは、だから美しい。

欲しいとは思っていたけど本社のホームページでしか見ることのできなかった“Tango ”を売ってるネットショップを見つけてしまい、もう、辛抱できなかった。確信犯的衝動購入(^^ゞ

“Tango”のサイズは約800×1050mm。やはりでかい。グラスファイバーのバーとプラスチックの組み合わせで、やはりデンマークのフレステッド・モビールズ社製だ。黄色いバナナのような、ヨットの帆のような先端が同じ方向から空気の流れを受けても逆に回転したりする。

とりあえず、リビングの片隅に設けたパソコンデスクのコーナーに吊してみた。
ゆったりとゆっくりと、眺めているボクの心の底にある傲りをあざ笑うかのように、予測不能のゆらぎを繰り返す。逆に、予測をしても無駄だという諦めに、ボクの精神はとってもリラックスするのだ。

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普通の家にあって、ボクの家にないもの。
それは、たとえばカーテンと、シーリングタイプの照明。

家の窓は、庭に面したリビングの大きなガラス戸も書斎の小さな窓も、すべてブラインドで、天気のいい休日の午前中なんかにスリットから射し込む太陽の光がとってもきれいだったりする。
家の照明は、リビングだけではなく、寝室もキッチンも玄関も、ぜ~んぶ天井に埋め込まれたダウンライト。それと壁を照らす間接照明が家の灯りのすべてだ。これは光源が直接目に入らず、落ち着いた雰囲気を保てる。

ところが、もちろん良いことばかりではない。
普通ではない、ということは、それなりの犠牲と覚悟が必要となるものなのだ。

カーテンではなく、ブラインドにしたイチバンの理由は、部屋をスッキリと見せたかったということ。カーテン生地のドレープは厚みを持っていて、視覚的に部屋を狭く見せるのではないか、と考えた。実際、幅の狭い明るい色の羽を使ったブラインドは、閉じても圧迫感が少ない。微妙な外光のコントロールも、カーテンよりたやすい。
しかし、まずホコリがたまりやすく、その上、目立つ。掃除もしにくい。調節バーが折れたり羽が曲がったり、メカニカルな故障もある。
何より、カーテンなら新しい柄を買ってきて掛け替えれば模様替えも容易だが、ブラインドはぴったりサイズを特注しなくてはならないので、コストも手間もかかる。

雰囲気重視の場合、暖色系の電球で統一すれば、どんな部屋でもそれなりに見えるものだ。
本当はフロアスタンドの照明と併用するつもりで、控えめ照明をデザインしたのだけれど、ところがなかなか適当なものが見つからない。欧州製には素敵なフロアスタンドが多いけれど、今度は価格がとんでもなく高い。書斎やキッチンでは補助的な照明も併用しているけど、夜のリビングでの手元作業は、ダウンライトの真下に移動しなくてはならない。

最近、手に入る照明器具のデザインバリエーションも増えてきた。ネットショッピングをしていると、デザイン系インテリアショップなどですごくキュートな照明器具に出会ったりする。しかし気軽に購入できる比較的安価で魅力的なデザインの照明は、工事不要の引っ掛けシーリングのタイプがほとんど。家には取り付けることができない。

多数派であれば、カーテンにしても、照明器具にしても、自ずと選択肢は多く用意されている。しかし個性を発揮するには、その自由度には限界があってボクには狭すぎる。
逆にオリジナリティにこだわると、コストと手間がかかる事を覚悟しなくてはならない。最初に家をデザインしてから、10年が経った。そろそろリフォームを考える時期なのだが、インテリアに関して得られる情報も、入手できる商品も、大きく変わってきた。何より、ボク自身の嗜好もライフスタイルとともに変化してきた。
昼間の光や風と、夜の灯りと、これからどう付き合っていくのか、ゆっくりとリフォームを考えてみる。
そんなときは、今の控えめな照明が心地よかったりもする。
やはり当初のプランの通りに、フロアスタンドを探してみようか。

sofa

犬、特に大型犬を室内で飼っている家では、たいていソファーを愛犬に解放するか否かで論争になる。と、思うのだがどうだろう。

ソファーは、リビングにあってリラックスできる唯一の居場所だ。
一人暮らしの若造が用意するのは、彼女とイチャイチャしながら座れる適度に狭苦しいタイプだろうし、功成り名を遂げた人物なら、高級革張りの豪華ソファーで来客にアピールしたいかもしれない。でも、ボクはソファーにはひたすらリラクセーションを求める。

以前使っていたソファーは連結できるタイプで、オトナ5人がずら~っと並んで座れるように快適レイアウトして、ゴロリと横になって快適だったのだが、長年使っていたのでクタクタにくたってしまった。
次はひたすらでかいソファーが欲しくて、何年か適当なものを探し続けていた。
ようやく、新宿アクタスのバーゲンで見つけたのが、現在のソファー。
一応3人掛けのようなのだが、縦に伸びた部分はちょっとしたシングルベッドくらいの幅があって、そこに横になると始終寝不足気味のボクは、すぐに眠ってしまう。粗い目のしっかりした布張りのなかには、堅めのクッションと羽毛が入っていて、ベッドよりも快適なくらいなのだ。
今度のソファーは、ちょっとやそっとではくたりそうにない。ボブ・サップと曙と小錦が三人連れ立って遊びに来ても、大きさ、丈夫さとも、たぶんウエルカム。ダイジョーブ。

そこで、愛犬ソピア。
理想をいえば、このソファーの上でソピアとイチャイチャしたい。ひざの上に顔を乗せて、イビキをかいて眠るソピアのアタマを撫でていたい。それこそ、究極のリラクセーション。くつろぎの極致だと思うのだが、我が家のルールでは、犬がソファーにあがることはまかり成らぬ、ということになっている。ソピアも小さい頃からそう申し渡されているので、律儀にフローリングの床に座りながら、ボクのひざにアゴを置き、撫でておくれと上目遣いにボクを見る。鼻面から目頭にかけて爪で掻きながら撫でてあげると、目を細めて幸せそうな顔をする。
まあ、仕方ない。それでも十分にリラックス。ソファー+ソピアは、ボクの週末の必須リラックスアイテムなのだ。

Michael Lue

昔々、まだ壁掛けテレビがSFだった時代。
日本の住環境では大型テレビも部屋の角に置かれるから、薄型は普及しない、とボクは予測していた。

ブラウン管テレビは、大型になってもその三角に出っ張って必要となる奥行きが部屋の角にちょうど収まるから、邪魔にはならない。
逆に、壁掛けテレビを掛ける壁のスペースなど家の中にはないではないか、と思っていたのだ。そんな予測はプラズマや液晶の大型テレビの普及で見事にはずれたが、しかし、薄型テレビを購入したお宅のリビングはどんな配置をしているのか、ちょっと気になる。

子どもの頃を思い出すと、家の南側は、たいてい大きな窓や縁側が開き、太陽をいっぱいに受け入れていた。その他の壁は、ほとんどタンスや棚や、大型家具で埋め尽くされていて、広い壁面なんてどこにもなかった。日本の伝統建築も柱を中心とした造りだから、障子や襖で仕切られていて、壁面は元々少ない。その少ない壁面を埋めていたのは、カレンダーや状差しで、ご先祖様の写真なんて鴨居の上にずらり追いやられるのが定番だったりする。これは、ドラマや映画でしか見たことないけど…。

ボクは、自分の家のデザインをするとき、まず絵を掛けられる大きな壁面が欲しかった。
南側には頻繁ではないけれどクルマが通る道路がある。敷地に余裕はないから南側に大きな庭がとれるわけでもない。だったら、道路に面した南側を壁で塞いでしまえ!という乱暴なリクエストに建築家は応えてくれた。陽光は斜めにカットされた南西側から十二分に射し込む。

リビングの南面は写真の通り、大きな壁。
そこには、優しい天才/マイケル・ルーの大きなセリグラフ(シルクスクリーン)“QUARTET IN THE COUNTRY”を飾った。犬好きなのに、なぜか猫の絵。結構でかい。
リビングには他にも壁面を大きく取っているので、数点の絵をあちこちに掛けている。
見て楽しいし、ギャラリーで選ぶのも楽しい。掛け替えれば、その楽しさも絵とともに変わる。家具よりもリビングに変化をつけやすい絵やポスターだけど、な~んにもない壁がなければ、楽しめない。

だから、ボクは、最初に広い壁にこだわった。
壁には、時にモビールの影 が映る。虹のかけら が飛び交う。

この壁に、でっかいテレビを掛けちゃうのは、なんだかもったいない。