かつて、といってもそれほど昔の事ではないが、タクシーに乗るときに客の方が恐縮していた時代があった。タクシーは客にとって命を預けた密室なのだ。ドライバーは選べないし、しかも自宅まで送ってもらったりして素性もばれてしまうから、立場は極めて弱い。
編集者にとって取材や深夜の足としてタクシーは欠かせないので、比較的頻繁に利用するのだが、いまでもボクは昔の癖で1,000円未満の距離を乗るときに“近くて申し訳ないんだけど…”と言い添えてしまう。
運転手の聞こえよがしな
“チッ” という舌打ちを聞きたくないからだ。もちろん、いまはそんな運転手はいなけど。バブルのトラウマ。
東京の法人タクシーに限っていえば、乗車して不愉快な気持ちになることは以前に比べて格段に少なくなった。これほど短期間に劇的に変わったサービス業も珍しいのではないだろうか。ギョーカイの事はよく分からない。自浄作用はもちろんあると思うけど、泣く子も黙る旧・タクシー近代化センターの協力指導の話を運転手さんによく聞かされた。いまは東京タクシーセンターと名称を変更して、サービス向上を目指している。
それでも、じつは以前から気になっていたことがある。
車内に必ず常備されている“エコーカード”だ。これは言ってみればクレームカードで、乗車して不愉快な思いをしたときに申告する手段として用意してある。
それなのに、このカードの設置位置はたいていが運転席側にあるのだ。
もしおっかないドライバーに出会ってしまったとき、彼の顔のすぐ脇にあるエコーカードは取れないでしょ。降車側ドアのあたりにあれば、降りるときにこっそりピックアップして“告げ口”できるのに。
昨日深夜に乗った運転手さんに聞いてみた。
エコーカードをとっていく人いる?
「いますよ、特に女性が多いですよ」
それ、緊張するよね。
「いや~、怖いっすよ、下手したらクビですからねぇ」
どんなクレームが多いの?
「女性の場合は、料金ですね。降車するときにガチャってメーター上がったりするとき。それと、ルートですね。あとは返事をちゃんとするとか」
メーターは仕方ないよなぁ。
「ルートは乗車していただいたときに、必ず確認をするようにしています。会社の指導も厳しいですから」
クレームが付くとどうなるの?
「センターの講習を受けるんですよ。まる一日つぶれます。しかも、3,500円!」
え?
「講習料を払うんです」
なるほど。どんな時にクビになるの? セクハラとか?
「あ、それは一発でダメですね、言葉だけで。あとはもちろん料金のごまかしとか」
エコーカードがここにあると取っていったとき、運転手さん、気がつくよね?
「もちろん! しばらくドキドキしてますよ~」
クレーム付けないから、参考のためにもらってイイ?
「あ、もちろん。どうぞ、どうぞ」
と言うわけで、初めてエコーカードを入手。
“ご乗車ありがとうございました。下記事項にご記入の上、乗務員の挨拶、ことば遣い、安全などについて該当個所に○をつけてご投函下さい。”とある。
乗車日時、乗車区間、支払料金と、行き先についての返事があったかどうか、道順確認を復唱したかどうか、降車時の挨拶やお礼をしたか、安全運転だったか、についてと、自由記入の欄。クレームは、ここに書くのか…。
表に返すと、あれ? 宛先が、タクシー会社の営業管理課だ…。な~んだ、センター宛じゃなかったんだ。もっとも強力なクレームカードだと思っていたら、何となくサービス向上のアンケート葉書の趣。ほとんど意味ないんじゃないかな。いつも気になっていただけに拍子抜けした感じだ。
そこでネットで調べてみたら、
東京タクシーセンター
のホームページに、苦情受け付けのフォームがあった。
タクシーのサービス向上のためには、ここを使うのがイイかも。会社名とか車番などが書かれている領収書をちゃんともらって、悪いところは悪いと伝えましょう。タクシーには命を預けているんだからね。
どんな業界でも、最近はクレームの受付はしているが、トラブル回避の意味合いが強いような気がする。どんな小さな意見でも積極的に収集した方がいいと思うんだけどな。黙って去っていく客より、「わざわざ文句を言ってくれる」という人は貴重な存在だ。
タクシー業界でも、たまにボールペンとアンケート用紙を渡されたりすることがある。
でも、そんなイベントよりも、マイナスの意見を日常的に集めていける仕組みを持っておいた方が手っ取り早くサービス向上に繋がると思う。文句を言いやすい仕組み作り。まずは、エコーカードを降車ドア近くに移動したらどうだろうと思ったりする。