世界中が雨だったら/市川拓司 | デジタル編集者は今日も夜更かし。

デジタル編集者は今日も夜更かし。

出版社に在籍していながら、仕事はネット、携帯などデジタル企画のプロデュース。

もし雑誌をやっていたら記事にしたかもしれない様々なネタを、ジャンルにこだわらずコラム風に書いてみる。アナログ志向のデジタル編集者は、相も変わらずジタバタと24時間営業中!

sekaijuu ga amedattara


いま、会いにゆきます』や『恋愛写真』を紡いだ優しい言葉で、3つの救われることのない物語が展開する。
残酷でダークで、未来がない。それぞれのストーリーの主人公には、それぞれ個人的な理由の切なさがあり、それはそれで“市川拓司”なのだけれど、決して読む者の共感を求めていない。


初出を見ると、それぞれ『Separation』以前に書かれた(書き始めた)初期の作品のようなのだが、一般の読者とすれば『弘海-息子が海に還る朝』の次の作品なのだ。こりゃ、いかんのじゃないか?と思わず唸る。市川拓司の新作だ~と待ち焦がれて読み始めると、心が沈む。


市川拓司氏のブログを読んでいたら、それでも、この作品が書かれた意味がなんとなく分かったような気がした。

雨が降ったら、軒下に逃れればいい。でも、もし世界中が雨だったら? 逃げる場所はないでしょ?
ボクは小説のなかにあるこれらの言葉には頷けないが、この小説は、逃げ出す術(すべ)を持てない人々の世界が描かれている。
もし逃げ出せないのなら、ボクはお気に入りの傘をさせばいいと思っているし、だいたいが雨の日に外に出かけないという選択肢もあると知っている。あるいは、もっと積極的に濡れて楽しめばいい。


久しぶりに東京は雨が続いている。梅雨が少し戻ってきた。
もうずいぶんと前に庭の柏葉アジサイが立派に花をつけていたのだが、ここ数日で、ようやく精気を取り戻した。雨粒が外灯に光り、たっぷりとした重さに花の房が垂れ下がる。
マイナスのイメージをプラスに。
この小説を読んでいる最中は、見事にどんよりと作品に飲まれてしまった心は、でも、すぐに立ち直った。
だからといってあえて雨降り続きが続けと願うわけではない。
次こそは、切なくて心温まる市川拓司氏の恋愛小説が読みたいな。


■世界中が雨だったら/市川拓司■