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デジタル編集者は今日も夜更かし。

出版社に在籍していながら、仕事はネット、携帯などデジタル企画のプロデュース。

もし雑誌をやっていたら記事にしたかもしれない様々なネタを、ジャンルにこだわらずコラム風に書いてみる。アナログ志向のデジタル編集者は、相も変わらずジタバタと24時間営業中!

vintage_wine

50年前のワインを開けてしまった。
赤ボ-ヌ 1級アンリ・ド・ヴィラモン。

じつは、ボクは酒を飲まない。
理由は簡単で、アルコールにからっきし弱いのだ。身の程を知らない学生時代には、マジで何度か死にそうな目にもあったし、失敗もした。その後、それなりにトレーニングをしたけれど、結局、体質は変わらなかった。
それでも友人や仲間と飲みに行ったり、酒の席に同席するのはわりと好きで、周囲のペースに合わせて自分を高揚させる術も自然に身に付いた。おかげで、2次会、深夜2時までなら、初めての人はボクが飲んでいないことに気がつかなかったりする。
一時期、六本木の飲み屋やクラブにボク自身は飲むことがないボトルをあちこちの店にキープしてあったほど。(ボクが、味ではなくてボトルのデザインで選ぶので飲み助たちには不評だったけど…。ブラントンとかメーカーズマークとか。)

だから、料理やコーヒー、スイーツにはやたらこだわるのに、酒にはとんと疎いのだ。
そんなボクだけれど、あるお祝いの席のプレゼントに1955年のワインを選んで購入し、その日に開けて一緒に飲んでしまった。
ワイン通の方々なら、一言もの申したい選び方、飲み方だろうけど、飲まないボクにとって今回重要だったのは1955年という年。その氏素性は知ったこっちゃない。
さすがに予算を限定して探す50年前のヴィンテージとなると、それほど選択の余地はない。ネット検索やリアルショップに相談して、すぐに手に入る2本見つけて、ラベルの年号が見やすい方を選んだ。ハハハ。知らない、というのは強い。

いろいろと調べてみると、なるほど、アンリ・ド・ヴィラモンというのは、シャトーではなくてセラーなんだ、とか、ボーヌとはブルゴーニュの村の名前で、とか分かってくるのだが、いかんせん下戸なのでそれ以上の興味にはつながらない。
また、古いワインは1~2週間、澱を沈めるために立てて静かに置き…、などと飲み方の指示もあるが、まあ、そんなこともあまり重要には感じられない。

お祝いの席は、旅先の、とある温泉のとある旅館。
畳の上の漆塗りの座卓に燦然と輝く1955年製のワイン。お祝いに駆けつけた風呂上がり&浴衣姿のメンバーの前で、下戸のボクは100円ショップで手に入れたソムリエナイフを駆使してシコシコと開けた。仲居さんに用意してもらったフツーのワイングラスに注ぎ分けて乾杯!
ワイン通なら、この過程でもギャッと叫んで一言言いたいだろうが、下戸のサプライズプレゼントだから仕方がないのだ。

せっかくなので、飲めないボクも舐めてみる。
おお! 思いのほか美味い(^^
ず~っとボトルのなかで眠っていたのに、フルーティな香りは新鮮なブドウを思い起こさせるほどで、舌の上にはほんのりと甘ささえ感じるではないか。もっと酸味とかえぐみがあったり、重たかったりするのかと思ったら、とっても豊かで優しい味がする。
美味いね、これ。

50年もの間、細心の注意を払いながら熟成させこの美味さを維持してきた多くの専門家の人たちには、選び方も飲み方も、もしかしたら飲み手も意に沿わないかもしれない。もったいなくて、申し訳ないことをしたかもしれない。
でも、漆塗りの座卓を囲んだ浴衣姿のみんなが、ボクが知らない1955年当時の話題で盛り上がり、思いを馳せ懐かしんだ。ニコニコと喜んでいた。
ちゃんと美味しくいただいたし、何より楽しかった。だからワイン通の皆さま、怒らないでね!

umbrella

傘を持って歩くのがめんどくさい。
朝から降っていれば諦めもつくが、午後の降雨確率が70%程度ではたいてい持って行かない。折りたたみ傘ならバッグにも入るけど、律儀な準備周到さがどうにも小心な気がして性に合わない。

そこでボクは、会社の置き傘をあてにして4本の傘をローテーションしているのだが、朝降って午後晴れる、朝晴れているのに帰宅時には降っている、と、うまい具合に周りはしない。当然、いつかはどちらかに偏る。横断歩道の黄色い旗ならまとめて移動できるが、置き傘はそう簡単ではない。

でもじつは、4本の傘のうち、決して置き傘にはしないお気に入りの傘が一本。数年間探し続けて、一昨年、新宿の伊勢丹で見つけた。
探していたのは、とにかく細い傘。しっかりと大きくて、巻いたときにとにかく細い傘が欲しかった。
売り場で、イチバン細い傘はどれですか?と聞いて、この傘に会えた。
傘のブランドなんてまったく知らないのだが、英国紳士御用達、1860年から続くR.J.Royal & Sons社製の“FOX Umbrella”と店員は誇らしげに説明してくれた。500円のビニール傘に比べればベラボーに高価だけれど、ボクは即決、即購入。

それほど苦労をしなくても、自然にピシッと細く巻ける。ほとんど柄の部分と同じ太さ。とてもスマートなフォルムで、美しい。持って歩いてもバランスが良くて、長いのにじゃまな感じがしない。もちろん開いたときもブルーのピンストライプが上品で、傘として完璧なのだ。

ところが購入したときに、伊勢丹の店員さんが一言、「あの…この傘は、土砂降りの時にはささない方が…。少し漏ります」。英国の霧雨仕様なので、日本の風土にはあまり向かないのだとか。どうりで、なかなか出会えなかったわけだ。「それでも、よろしいでしょうか?」と聞かれたが、当然、承知で購入した。実際に使っていて、雨が漏ってきた経験はいまだにないが、それはそれでちょっと残念だったりもする。

玄関の傘立ては、陶製の一般的なタイプから、キューブ型の小さなものに今年買い換えた。これは14センチ角の小さなスペースに、大人用の傘が9本安定して立てておくことができる。朝の時間のないときに、持って出る傘を選ぶのにも探しやすく取りやすい。ホワイトを選んだが、この“CUBE CASA KEEPER” にはポップな色が揃っていて、梅雨の玄関が楽しくなる。

他にも探し続けている“雨グッズ”がある。
それは、雨靴。Gパンやチノパンにも似合う、男性用のクールでキュートな雨靴はないだろうか。靴のなかでソックスが濡れているのは最悪な気分。女性用だと、短靴、長靴とも様々なバリーエーションが見つかるのだけれど。
もしそんな雨靴に出会えたら、気分良く梅雨を乗り切れるのに。

kirawarematsuko

問答無用のタイトル買い。
映画を撮る中島哲也監督も「まず題名にやられました」と発言している。
あらすじ紹介とタイトルから、かなり重たい満足感があった桐野夏生『グロテスク』のような展開を想像して怖いもの見たさもあって読み始めたのだが、読後の感想はかなり異なるものだった。

転落人生、のち、殺人事件の被害者となった叔母の一生を、お気楽大学生がたどるうちに見つけたものとは…だし、“嫌われ松子”…だし、つらい運命を歩んでしまった女性が主人公という意味では、『グロテスク』と似ている。
しかしあちらが人生の救いのなさで読ませる凄みを帯びた小説であったのに対し、もしかしたら、この小説、結構ハートウォーミングな読後感だったりする。

昭和の閉鎖的な田舎で起きた事件をきっかけに松子の人生は転がり落ち始めるのだが、彼女が殺された後にその存在を知らされて生き様を調べ始める甥っ子は、今を生きている。その時代の書き分けがうまくて、裁判記録や証言から見えてくる部分は、松本清張の骨太な小説を彷彿とさせる。一方、次第に松子の生き方に影響を受け始める甥っ子とそのガールフレンドのストーリーは、今時の青春小説の軽さ、爽やかさがあり、生前は重なることのなかった松子と甥という二人の主人公がキチンと小説のなかに収まっている。

じつはこの松子、特別にイヤな奴ではない。確かに“嫌われ松子”ではあるけれど、嫌っていたのは閉鎖的な風土と時代に生きた一部の人間だけだ。
人生のなかで、どちらに転んでもおかしくないというシーンは多々ある。あの時、あれをしていれば、若しくは、していなければ…、というシーンは、ボク自身にもいくつか思い浮かぶ。
ちょっとした無知、性格の弱さで、松子はいくつかの岐路で判断を誤る。誰もが陥る可能性のある転落の人生に、作者はちゃんと救いの手を差し伸べている。

こんなタイトルなのに、そしてタイトルを裏切らない内容なのに、最後にはとっても優しい気持ちになることができた。


■ 嫌われ松子の一生(上・下) / 山田 宗樹 ■

*余談だが、本当に余談だが、この文庫版の巻末の解説は、読む前はもちろん、読後もいっさい読む必要はない。こんな最低な解説は初めて。いまでも不愉快だ。

Hydrangea

東京も梅雨入り目前のカウントダウン。

田んぼのある地方なら待ちこがれる恵みの季節。
都市生活者には不要だけれど、それでも空梅雨には水不足の憂き目にもあう。
日本の四季のなかに組み込まれたこの雨期を回避できないなら、イヤな季節と嘆く前に、楽しみを見つければいい。

アマガエエルやカタツムリのように雨そのものが楽しくなればいいのだが。

たとえば、差したくなるような傘を今のうちに用意する。履きたくなるような長靴を手に入れる。
きっと、それだけで最初のひと雨が待ち遠しい。

たとえば、映画『雨に唄えば』(1952年)を見れば、きっと、雨の中で歌いたくなる。
成就しつつある恋の喜びを押さえきれずに、びしょ濡れになるのもかまわずジーン・ケリーが思わず歌い踊る主題歌“Singin' in the Rain”♪。見た者もまた、踊りだしたくなる幸せなシーンだ。

5月はカーネーションの花束を飾った近所のアパートのプレートのディスプレイ を、シルクフラワーの紫陽花に変えた。花の季節は少しずれるが、同じブルーの朝顔を添えて。

以前はなんの興味も持てなかった紫陽花の美しさに気がついて、ボクは、少しだけ梅雨が楽しみになっている。
通勤電車の車窓から見える紫陽花は、週毎に、天気毎に色が変化して飽きない。陽光のなかで見る花の色の鮮やかさ、雨に濡れた葉の瑞々しさ。
イチバン好きなのは、雨上がりの日射しに照らされて光るブルーの群生。
紫陽花の原産国は、日本。酸性土壌の日本に元からあったのは、写真のようなブルーの紫陽花だ。アルカリ土壌が多い欧州に渡り、ピンク系や花弁の大きなタイプに改良されたという。元来、日本の四季から生まれた梅雨の花だ。

晴れの日ばかりじゃつまらない。適当に雨が降って、絶妙のタイミングで晴れる日があって、その後にくる夏の日を待てば気分も次第に盛り上がる。ギンギラの夏は待ち遠しいけれど、梅雨もまた、悪くない。

cool_biz

NHK『日曜討論/与野党本格論戦 郵政民営化は是か非か』でのへんてこな光景。
スーツ着用の司会のNHK解説委員の前に、中途半端な“軽装”の国会議員4名が並ぶ。

与謝野馨氏(自由民主党政務調査会長)、仙谷由人氏(民主党政策調査会長)、小池 晃氏(日本共産党政策委員長)は、上着なしノーネクタイ。井上義久氏(公明党政務調査会長)だけは、なぜかネクタイのみ。阿部 知子氏(社会民主党政策審議会長)は、ストライプの開襟シャツに上着といういつもの社民党女性議員ルック。みんな変。

環境省命名の“クールビズ”。地球温暖化対策のパフォーマンスで、環境省は「多くの人が取り組めば、ネクタイや上着なしは失礼という意識も消える」というし、小池環境相79年第二次オイルショックのときの“省エネルック”が失敗したのは、格好悪かったからだというが、今回も十分に格好悪いよ~。

しかも、テレビでみるとスゴク非礼な感じがする。
何でだろうと考えてみたら、本来はスーツ着用であるべきところを暑いので失礼してます、って感じの服装になっているのだ。
まるで下着姿でテレビに出ているみたいに見える。国会や省庁内で上着を脱ぐのは勝手だが、それは身内の工夫。

ホリエモンの服装を批判する年長者は多かったし、ボクも彼のセンスを認めるつもりはないが、彼は彼なりに元々上着やネクタイを前提としないTシャツやパンツで人前に出ていた。女のコの見せブラや、ローライズのお尻からはみ出るTバックのパンツだって、ちゃんと他人の目を意識している。
意識をしたドレスダウンはファッション上級者向きの技である。今までスーツという制服しか着てこなかったおじさんたちには難しかろう。ポロシャツやTシャツなら、似合うとか似合わないかはあるにしても、納得できるのだが。官房長官の記者会見も、中途半端だよな。あえていえば、見苦しい。

裸の王様にならないようにみんなで教えてあげようよ、と思いつつどうでもいいやの小ネタ。地球温暖化対策という、本来の目的はどこへやら。パフォーマンス先行は79年当時と変わらない。来年はどうせ、ね。

incense

トイレで、香を焚く。

部屋で香を焚くときは、コーン型を使うことが多い。
香炉や小皿の上で燃やせるのは便利なのだが、底辺に近づくにつれて煙の量は多くなり、何より最後にまあるく燃え残るのが気になる。

スティック型は、折って燃焼時間を調節できたりして便利なのだが、安全に使えるスタンドがなかなか見あたらないのが玉に瑕。香立てはなんだか辛気くさいし、トレイタイプは素材やデザインに素敵なモノが多いけど、灰が周りにこぼれたりする。

渦巻き型は、長時間安定して燃えるが、蚊取り線香のようでたたずまいが好きではない。

で、トイレ。
長時間滞在する場所ではないので、火をつけて放っておいても安全なのが第一。
いろいろと探して、トイレに最適な組み合わせは…
マサラタイプのお香と、ヴィレッジバンガードで見つけたボトル型のインセンススタンド。

マサラというのはチャンプルーみたいな意味かな。インドのカレー料理のスパイスはいろいろ混ぜてマサラというし。竹ひごの芯材にパウダー状のブレンドしたお香を塗布して作られたもの。ドンキなどでよく見かけるタイプで、安くて香料の強いものが多いような気がする。部屋にはチト強烈すぎるので、だから、トイレ向き(^^
スタンドに代わるボトルタイプは、ヴィレッジバンガード以外で見かけたことがない。
これは、普通のガラス瓶に模様がプリントしてあって、底の方に2か所、空気取りの小さな穴が開いている。
そのボトルの口から、マサラ香の竹芯を上に逆さに瓶のなかにぶら下げて焚くのだ。下から火が上がるから途中消えることはない。最後までちゃんと燃えてくれる。それに、ボトルのなかだから安全。灰も瓶の中にたまる。

芳香剤もいいけど、数種類を用意していろいろな香りが楽しめるインド香が楽しい。いまのお気に入りは、20本200円で買ったストロベリー。甘い香りが、思いがけずトイレに合うのだ。

donor

ほぼ一年前、ボクは骨髄移植のドナーになった。

骨髄バンクに登録して約10年、2回目の適合通知でようやくチャンスをもらったのだ。
91年末の骨髄バンク設立から13年間(1992年-2005年3月実績)で累計ドナー登録者約26万人。そのなかで延べ6,341人が骨髄提供をしている。2.4%の、選ばれし幸せ者だ。ボクもようやくその仲間に加わることができた。

骨髄移植は、白血病などの血液難病の患者さんの命を救うための非常に効果的な方法のひとつだが、白血球の型(HLA)が適合しないと移植をすることはできず、患者さんが公平に移植を受ける機会を得るためには、30万人のドナー登録者が必要だという。

ボクが登録をした10年前、ドナー登録者は、5万人しかいなかった。
それが啓蒙活動、ボランティア意識の変化や小説・映画などの影響もあって、登録者はようやく20万人を超えた。それでも、まだ10万人足りない。

検査やら自己輸血のための血液採取やら、弁護士立ち会いの最終意思確認やらにも出向かねばならず、ひとりの患者さんの命を救うためだから、それだけドナーの負担は大きい。
骨髄幹細胞採取手術は、全身麻酔だし、導尿カテーテル入れられるし、4日間程度は仕事を休んで入院しなくてはいけないし、退院後もしばらくはまともに歩けないほど痛いし、ボランティアだから当然なんの報酬もない。

でもね、それを超える喜びがドナーにはある。
昨年手術の日程が決まったころ、“セカチュ―”の試写を見て映画に感動した知人が、「でも、あなたは亜紀ちゃんを救えるんだね」というメールを会場から送ってくれた。
ね、これだけでうれしいでしょ?

あれから一年経って、腰に4か所あった採取の跡も薄れてしまった。鏡で見るとなかなかキュートだったのに。術後は半端じゃなく痛かったはずなのだが、その記憶もあやふやになってきた。
それでも、提供をしたという満足感は今でも変わらない。これは、一生ものの幸せな記憶。

骨髄提供をすると、その後一年間ドナーとしての登録は保留となり、提供はできない。
先日その保留期間が過ぎて、登録意思確認の書類が届いた。
気持ちは決まっていたけど、もう一度ゆっくりと考えて、やっぱり登録を継続することにして、今日返事を投函した。
ボクにまたチャンスが来るかどうかはわからないけれど、あと、10万人。

骨髄移植のドナーには危険も伴うから手術には家族の同意が必要だ。それに、なんといっても痛い。もちろん、ずっと選任のコーディネーターがついて、十分に説明やサポートをしてくれるのだが、せっかく適合ドナーが見つかっても、家族の反対にあって提供に至らない例もあるという。
だから、ボクは安易にドナー登録を勧めるつもりはない。自身の絶対的な健康が必須だし、責任も重い。
あちこちのブログを見ていると、AD SPACEに、日本骨髄バンク/ドナーズネットの広告がでていることに気がつかれることだろう。少しでも興味があったら、覗いてみてほしい。ドナーにならなくても、命を救うためにできることはある。
ボランティアは、幸せのお裾分け。できることからね。
もちろん、手を貸してあげるべき存在は、白血病の患者さんに限らない。

でもね、骨髄移植でイチバン幸せを感じているのは、ボクを含めて約6,500人のドナーなんだと思う。気持ちイイよ。

*もし、興味があったり、登録したいけど不安がだったりする方がいたら、タイトル下のメールアイコンからメッセージください。何でも正直にお答えします。
写真は、手術直後。まだ半覚醒状態。生まれて初めての、手術、入院、点滴です。
netWalkman

今日、netウォークマンを忘れた。
携帯とウォークマンとIDカードは忘れちゃまずいだろ…と、振り返れば、すでに家から300メートル。不動産案内基準では、往復7分半。
会議の時間が迫っていたので、仕方なくそのまま駅に向かった。

いつもはバックグラウンドミュージック付きで見る風景も、今日は効果音なしの生音だ。
スズメがさえずる。遠くで救急車のサイレンが聞こえる。どこかの学校でチャイムが鳴っている。木々の葉がこすれる音がする。
ちょっと新鮮な気持ちになっていた。

通勤電車でつり革につかまりながら、いつものように本を開いて読み始めたら、ウムム、これが集中できない。

短い駅間なのに、ご乗車ありがとうございます&朝のご挨拶から始まって、携帯マナー、痴漢は犯罪ですに、不審者・不審物を見つけたときの対応法、おまけにパスネットのセールスまでして、次の停車駅の紹介までのべつ幕なし車掌がしゃべり続ける。どうせなら不審者や不審物の見分け方まで教えてくれると助かるのに。車内を見回せば、不審者があちらこちらに乗っている。
子どものぐずる泣き声と、母親のなだめる声が聞こえるが、全然説得力がない。パリパリの海苔がウリのコンビニおにぎりを苦労して制作する音には鮭とご飯の匂いが混じり、J-POP、クラシック、ジョーダン系まで様々な携帯着メロは中途半端に2小節半ばで途切れて気持ち悪い。

ボクは、“おばさん”を同時に喋ることのできる人たち、と密かに規定している。おばさんは、年齢や見た目の問題じゃない。
普通、会話は言葉のキャッチボールだ。ところがおばさんの手にかかると、これが言葉のお手玉に早変わり。3人寄れば、4コくらいのお手玉が常に飛び交っていたりする。さすがに年の功、それでも見事にお手玉が落ちることはなく、会話が成立する。端から見てると、誰から誰に言葉が投げられて、誰がキャッチしたかは皆目わからないが、本人たちの間ではキチンと会話が成立したりするから、これもはた迷惑。

大学生の知ったかぶり会話も聞きたくないし、上司と一緒のサラリーマンの見え透いたお追従も、部下らしい女のコに武勇伝を語る先輩社員も気持ち悪い。もちろん、携帯電話でバイトに遅れる嘘の言い訳なんかも聞きたくない。電車、遅れてなんかいませんよ~。

日頃、周囲からの雑音をすべてシャットアウトしてくれる音楽に代わって、今日はいろいろな音を聞いた。おかげで通勤の楽しみ読書は全くできず。
そういえば、もうひとつ気がついた音。ヘッドフォンから漏れる例のシャカシャカ音、あれって、かなり迷惑な騒音だな。。明日から、気をつけよう。

joze

犬童一心監督の『ジョゼと虎と魚たち』(2003年劇場公開)を見た。
CATVのザッピング視聴が常なのでWOWOWのリピート放送なのか他のチャンネルなのか不明なのだが、2回ほど途中から偶然に見て、あらためてWOWOWの番組表で放送予定を確認をして最初から見直した。

イイ!
ひねた女のコ役の池脇千鶴が、セツナイくらいに可愛くて、上手で、むちゃくちゃイイ。
フツーの大学生を演じる妻夫木聡が、ホントに普通っぽくて、キレイで、イイ。
泣きそうで泣けないギリギリの切なさと、リアルに描かれた非現実的な設定もイイ。
へー、こんな良い映画があったんだ…、と正直得した気分だった。

原作は、20年前の田辺聖子の短編小説。
こんな素敵な映画の原作は、果たしてどんなイメージを見せてくれるのか。
田辺聖子を読むのは久しぶりだったのだが、『ジョゼ~』は期待以上に素敵な掌編だった。映画のクリエイティブと、熟練した小説の技。それぞれの表現方法の粋を見ることができたような気がする。

で、田辺聖子さん。
彼女の作品を昔々に読んだ時は、その世界観に共鳴できなくて、その後久しく手にしなかった。短編集『ジョゼと虎と魚たち』は、20年前に出版されているが、だから今まで読むことはなかったのだ。
年齢が“お聖さん”の世界に近づいてきたからだろうか、今回は他の短編もことごとく面白くて、続けて数冊を読んでしまった。

田辺聖子さんはもともと語彙の多いところに、小説のなかでも大阪弁を駆使するモノだから、その表現するニュアンスの幅は倍以上に広がる。言葉の持つ魅力だ。
映画で池脇千鶴が使う大阪弁は、不幸な境遇をオブラートに包んだり、絶望的な状況をユーモラスに語り、見る者に逃げ道を用意してくれたりする。これは、原作の持つ魅力でもある。

『ジョゼ~』も、その次に選んだ短編集『不倫は家庭の常備薬』も恋愛の物語。順風満帆ストレートとは言えないけれど、時代や世代を超えた恋愛の真実が詰まっている。
読み始めた当初は、これって男にとって都合のいい話ばかりじゃないか…、と思ったのだが、考えてみれば、女性も対等の欲望を持ってそれをさらけ出したときは、男にとって都合の良いことは、すなわち女性にとっても都合の良いことなのだ、と気がつく。
もしかして、世の女性たちは、みんなこっそり(?)お聖さんを読んでいたのだろうか。
ボクが手を出さなかっただけで、彼女は人気作家だし、読んでいたんだろうな…。
若い人も、そうでない人も、江國香織や渡辺淳一を恋愛の教科書としているのなら、恐るるに足らぬ。
しかし、パートナーのライブラリーにおせいさんがあったとしたら…、それはちと覚悟が必要ですぞ、ご同輩。

いやはや、しかしおもしろい。
いまボクは、今さらながらに、“不道徳な”田辺聖子に夢中です。


■映画『ジョゼと虎と魚たち』公式ページ

*トレイラー(予告編)も各種見られるがリンク切れも…。くるりの主題歌『ハイウェイ』もいい感じ。

■DVD『ジョゼと虎と魚たち』■

*Amazonでもトレーラーが見られるようになってます。

■『ジョゼと虎と魚たち』/田辺聖子■
*オトナの女性の出会いや別れを中心に。危うくエロチックな表題作は秀逸。

■『不倫は家庭の常備薬』/田辺聖子■

*ホントにそう?そうかもしれない、いやそんなことはないよね、やっぱり…。そんな感じの夫婦の小説集。

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会社の先輩が筋肉断裂寸前の肉離れを起こし、現在松葉杖で通勤中。
ゴルフや草野球が原因と言うわけではない。
信号待ちをしていて、青に変わって一歩を踏み出した途端、ふくらはぎに石をぶつけられたような衝撃があって歩けなくなったという。
別の先輩は、体調不良で病院に行ったら、糖尿病と判明。いつ昏倒してもおかしくない数値だということで精密検査を受けた。入院はギリギリ免れたけれど、グルメ&大食漢の先輩は、かわいそうなことに食餌療法を厳命されている。
直属の上司は、昨年、永年の持病根本治療のために2週間の手術入院をしている。

ボクのプロジェクトスタッフ(フリー&コラボ企業所属)はほとんど20代で元気なはずなのだが…
アシスタントのAクンが鎖骨を折った。深夜、念願のアポイントが取れて自転車で駆けつけ、その成果を報告しようと片手に携帯を握りしめていたため、段差でこけたのだ。
映像制作プロダクションのBクンは、なんと結核で隔離入院! ガタイのデカい若者だが、夜を徹しての編集作業が続いていた。
携帯コンテンツ企業のCサンは、疲労による免疫不全で高熱を出しダウン。当初風邪だと思っていたが、復活に数日を要した。
編プロのDクンは…、逃げ出した。

み~んな忙しい。ガンバル人ほど、忙しい。
忙しいから、自分の健康や体調に気を配るのは後回しになる。ストレスも溜まる。
なんのために働くのか、自分にとって何が大切なのか、考えてみなくちゃね。


先週からアントクアリウム でアリンコを飼っている。水分と栄養補給を兼ねた半透明のブルージェルに、アリが巣を作る様子を観察できるというイタリア製のインテリアグッズ(じゃないか…でも、キレイ)。
7匹の小さなアリを庭で捕まえて放り込んだら、大騒ぎ後しばらくしたら落ち着いて、こそこそと相談したあと30分後には穴を掘り始めた。
小さい癖によく働く彼らは、見る見るうちに掘り進める。時には掘ったジェルを連係プレイで運び出したり、周囲を偵察して別の場所にトライしたりと、なかなか楽しい。
でも、ちょくちょく覗いていて、気がついた。
こいつら(悪名高い)働きアリなのに、集合して休んでいる時間の方が長いんだ!
実際、働くときは集中的にグワァと働く。しばらくすると、1~2匹の偵察隊を除いて、作ったばかりの巣の一か所に固まってじっとしている。
女王アリがいないから彼らの仕事はひたすら穴を掘るだけで、あまり生産性はないのだが、それでも本能的にやるべきことはきちんとやる。でも、しんどくなったらちゃんと休む。メーカーの情報によれば、この閉ざされた環境で、アリンコは半年から2年を生きることができるという。

ボクは、いたって健康。
それなりに忙しいし、それなりにしんどいけど、この数年風邪すらほとんどひいていない。先週、久しぶりの歯痛に泣きそうだったけど。
たぶんサボり方が上手で、気分転換もうまくできているんじゃないかな。特に健康に気をつけていることはないんだけど。
健康だと仕事も楽しいし、モチベーションも維持できる。
それでも、ちゃんと休めるときは休まなくちゃね。



Roentgen

※Aクン骨折のレントゲン写真! 見事に折れていた、と聞いたので、ちょうだい!と頼んだら病院からもらってきてくれた。スキャンして文字入れて、会社のパソコンの壁紙にしていたら、バイトの女のコに「悪趣味です(×_×)」と冷たい目で言われてしまった。ボクら編集者の性(さが)として、病気もケガも、貴重なネタなのだ…。ちなみにAクンはこの状態にコルセットで出社して仕事を続け、手術をせずに1ヶ月でほぼ完治。人間のカラダってスゴイ。