きっかけは、デザイン。 | デジタル編集者は今日も夜更かし。

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出版社に在籍していながら、仕事はネット、携帯などデジタル企画のプロデュース。

もし雑誌をやっていたら記事にしたかもしれない様々なネタを、ジャンルにこだわらずコラム風に書いてみる。アナログ志向のデジタル編集者は、相も変わらずジタバタと24時間営業中!

typewriter

昔々の話。
オリベッティ社の“赤いValentineに憧れていた。
赤いバケツ型ケースに入れて持ち運べるポータブルタイプの手動タイプライターで、斬新なイタリアンデザインは和風な意匠に囲まれて畳生活をする子ども心に衝撃的だった。
Valentineは、今、ニュ-ヨ-ク近代美術館のパーマネント・デザイン・コレクションに入っているとか。(design / Ettore Sottsass and Perry King 1969)

当時、日本語変換のできるワープロなんて代物はSF作家も想像できない時代で、タイプライターはアルファベットと一部の記号しか打つことができない。つまり英文を打たなければ使い道はない。だから英語の勉強を口実に、両親に執拗にねだった。
それに憧れのタイプライターは自然と英語が上手くなる魔法のツールのように思えたのだ。

手軽なパーソナルユースとはいっても、そこそこ高価な代物である。インクリボンも消耗品でランニングコストもかかる。そこで、Valentineはあきらめて、たぶん少しだけ安かったブルーのModel315typeを買ってもらった。

教科書の英文をタイプしたり、ローマ字でカードを作ってみたり、“活字”を素人が自在に扱える快感に酔っていた。学校の公式文書が手書きのガリ版刷りだった時代だ。まるで書籍のような書類を作れるという喜びは、今ではもう想像もできないだろう。

結局、英語は上達しなかったけど、おかげでキーボードの配列には十分に慣れた。ワープロの時代を経て、いま、パソコンのキーボードはほとんど不自由なく打つことができる。
何しろ、手動タイプライターのキーは重くストロークが深くて、しっかりと印字するためにはそれなりの指先の力が必要で、中途半端なキーポジションだと打刻するときにハンマー(個々の活字をセットしたバー)が絡みついてしまうのだ。早く打つためには、確実なタイプが必要だったのだ。

もし、タイプライターに出会わなければ、両親が与えてくれなければ、もしかしたらキーボードをタイプするためにそれなりの習練が必要だっただろう。もしかしたらキーボードアレルギーで、いまの仕事をしていなかったかもしれない。魅力的なデザインには、底知れぬ影響力がある…かも。

赤いValentineではないけれど、30年以上前の樹脂製タイプライターは今でもなかなか趣がある。インクリボンは乾いてしまって、もう何も印字できないけれど、思い出のオブジェとしてリビングに飾っている。息子のわがままを聞いてくれた両親にも感謝。