「この店は、あんた達にくれてやるから、とっととここから出ていっておくれ」
哲夫を睨む文江さんの迫力は、木島さんにも勝るとも劣らない。
「ふみちゃん、それはいけねえ」
文江さんが、俺たちのために決心したことは明白だ。いずれ、店を手放す羽目になっていたかもしれない。が、それは今ではない。文江さんのことだ、きっとあらゆる手を打っただろう。
俺たちがしゃしゃり出たばっかりに、却って文江さんに辛い思いをさせてしまった。
そう思うと、俺はやりきれない気持ちになった。木島さんは、もっとだろう。声からも、それが伝わってくる。
だが、戦闘に備えて、油断はしていない。
どれだけ、修羅場を潜ってきたんだ。
この二人は、俺の想像を遥かに超えている。
「いいんだよ。どうせ、遅かれ早かれ、こうなっていたんだから。店なんて、またどこかでやり直せばいいことだし」
「フン」
文江さんの言葉に、哲夫が鼻で笑った。
「アニキ、命拾いしたな。本来なら、ここまで俺をコケにした奴は許しちゃおかねえんだが、このババアが店を明け渡すというんだったら、昔のよしみに免じて勘弁してやらあ。さあ、とっとと出ていきやがれ」
勝ち誇ったな顔をして、哲夫がドアを指差す。
「そうはいかねえ」
そうくると思った。
これは、血を見ずには収まらないだろう。
短い人生だったな。
そう思いながら、俺は木島さんの横に並んだ。
「素人は、すっこんでな」
いかにも邪魔だといわんばかりの言い方だ。
確かに、素人の俺がいたんでは足手まといになるだけだ。それだけじゃなく、俺に怪我をさせたくないという気ちも、もちろん入っている。どちらかというと、そっちの方が強いに違いない。
それはわかるが、俺だけが陰に隠れているわけにもいかない。
「すみません。邪魔にならないよう、頑張ります」
声が震えないよう、努力した。
「バカだな、洋ちゃん」
木島さんは、もうどけとは言わなかった。
「あまえら、つくづくバカだな。このババアとどういう関係だか知らないが、他人のために、命を張るなんてよ。ほんと、バカだ」
哲夫は呆れている。
「ああ、バカだ。だがな、クズよりはましだろ」
言ったのは、木島さんではなく、この俺だった。
哲夫が、一瞬呆気に取られた顔をする。木島さんと文江さんも、びっくりした目で俺を見ている。
なんでそんなことを言ったのか、自分でもわからない。気が付いたら、口に出ていたのだ。
きっと、俺は、正真正銘のバカなんだろう。
「ほざきやがって」
我に返った哲夫が、凶悪な面相に変貌した。
素人の俺にコケにされて、よほど頭に血が上ったに違いない。
「構わねえ、やっちまえ」
配下に号令をかけ、哲夫が一歩引いた。
とことん卑怯でクズな野郎だ。
なぜ、木島さんは、こんな奴に目をかけていたんだろう。
バカな奴ほど可愛いというが、それかもしれない。
哲夫を除く七人が、手に手にナイフを構え、じりじりと俺たちに迫ってくる中、俺はそんな他愛もないことを考えていた。
幸いなことに、店内は狭いので、俺たちに相対しているのは三人だ。
「半分は、道連れにしてやる。死にたい奴から、かかってこい」
静かだが、凄みのある声だ。
七人は、木島さんの迫力に圧されて、なかなか手を出してこない。
「どうした、こないのだったら、こちらからいくぜ」
木島さんが、ずいと一歩踏み出した。
合わせるように、七人が一歩下がる。
「ビビるんじゃねえ。挟み撃ちにしちまえ」
哲夫の言葉に、三人がカウンターを乗り越えて、俺たちの後ろに回った。
「木島さん、前を」
いかな木島さんでも、前後から攻められてはどうしようもないだろう。木島さんが前の奴らを片付けるまで、微力ながら、俺が後ろの奴らを相手にしようと思った。
俺は、カウンターの椅子を見た。重すぎて、振り回せそうにない。
「直ぐに片付ける。それまで、死ぬなよ」
「わかりました」
その自信はない。が、今はそう答えるしかなかった。
「やれ」
哲夫の号令で、七人が一斉にナイフを振り上げる。
いよいよか。
俺の頭に、にゃん吉の顔が浮かぶ。
と、そのとき、入口から威圧感のある声が聞こえた。
「そこまでだ」
みんなが、一斉に入口を見る。
俺は、びっくりした。木島さんと文江さんも、ぽかんと口を開けている。
そこには、スーツ姿のおっさんが三人立っており、その真ん中に、安藤さんがいた。後ろに、制服警官を何人も従えている。
「秋田、おまえを、恐喝および殺人未遂の現行犯で逮捕する」
いつもの安藤さんとは違い、凛とした声が響く。
安藤さんが合図をすると、制服警官がどやどやと雪崩込んで来て、哲夫と、そこにいたチンピラの全員をふん捕まえて、手錠をかけた。
「よう、とんだ災難だったな」
哲夫達を連行して警官が出ていったあと、一人残った安藤さんが、俺の肩にぽんと手を置いた。
「あ、安藤さん」
俺は、それだけ言うのがやっとだった。
まさか、風采のあがらない冴えない中年サラリーマンだと思っていた安藤さんが、刑事だったなんて。
それも、マル暴?
一番似合わないじゃないか。
人って、つくづく見かけによらないものだ。
「あんた、マル暴だったのか」
木島さんの言葉に、安藤さんがうなづいた。
「別に、隠してるつもりではなかったんですがね」
「俺も、ヤキが回ったかな。まったく気付かなかったぜ」
木島さんは、安藤さんが刑事だったことより、それを見抜けなかった自分にショックを受けているようだ。
俺のような素人は別にして、ヤクザは特殊な技能を備えている。それは、どんな格好をしていようが、警察を見抜くという嗅覚だ。
ずっと住まいを同じにして顔を合わせいるのに、特に、にゃん吉が来てからというものは、よく一緒に酒を飲んだりもしているのに、まったく気付かないなんて、木島さんが落ち込むのも無理はない。
「それだけ、木島さんが一般市民になったとういうことですよ」
笑って答える安藤さんは、真人間になったという言葉は使わなかった。安藤さんも、木島さんのことが好きなのだろう。
「あたしも、警察の人間だったらわかるという自信はあったんだけど、あんたがねえ」
文江さんも、木島さんほどではないにせよ、少なからずショックを受けているようだ。
「警察にも、いろんな人間がいるってことです」
安藤さんが、はにかむような笑みを浮かべながら、いつもの安藤さんの口調で答えた。さきほどの、凛とした声はまったく影を潜めている。
「世間は広いねえ」
文江さんが、深いため息をつく。
CIAが開発したカプセル型爆弾(コードネーム:マジックQ)が、内部の裏切り者の手により盗まれ、東京に渡る。裏切り者は、マジックQを赤い金貨という犯罪組織に売り渡そうとしていた。CIAの大物ヒューストンは、マジックQの奪回を、今は民間人の悟と結婚して大阪に住んでいる、元CIAの凄腕のエージェントであった、モデル並みの美貌を持つカレンに依頼する。
加えて、ロシア最強の破壊工作員であるターニャも、マジックQを奪いに東京へ現れる。そして、赤い金貨からも、劉という最凶の殺し屋を東京へ送り込んでいた。
その情報を掴んだ内調は、桜井という、これも腕が立つエージェントを任務に当てた。
カレンとターニャと劉、裏の世界では世界の三凶と呼ばれて恐れられている三人が東京に集い、日本を守るためにエリートの道を捨て、傭兵稼業まで軽軽した桜井を交えて、熾烈な戦いが始まる。
裏切者は誰か、マジックQを手にするのは誰か。東京を舞台に繰り広げられる戦闘、死闘。
最後には、意外な人物の活躍が。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その場から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2018年お正月特別版(前後編)
これまでの長編小説の主人公が勢揃い。
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大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
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そこに書かれた文字の意味を理解する度に、敏夫は変わってゆく。
すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
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