菊川は、藤岡を幼い頃からの親友だと言った。だとすれば、年齢も藤岡と同じで、二十代後半だろう。どこの組織に属しているか知らないが、そんな若い菊川が、なぜこれだけの情報を持ち、沢山の部下を使うことが出来る立場にあるのだろう。
考えられることは、一つしかない。
菊川はキャリアなのだ。その中でも、エリートなのだろう。留美は、菊川が大型のコンピューターと人員を手配できたわけが腑に落ちた。
そうなると、新たな疑問が湧いてきた。
「菊川さんて、随分権力をお持ちのようだけど、なぜ、ご自分で運転していらっしゃるの?」
素直に、菊川にぶつける。
「工藤さんがどう思っているかわかりませんが、確かに、ある程度の権限は持っています。でも、自分が乗る車を人に運転させて、自分は後ろでふんぞり返っているなんてのは、僕の性に合わないんですよ。それに余人を交えず、工藤さんと話をしたかったってのもありますし」
そう答えたあと「なあに、こう見えても僕は運転が得意なんで、工藤さんは大船に乗ったつもりでいてください」おどけた口調で付け足した。
「別に、菊川さんの運転を心配しているわけじゃないわ」
菊川の言い方がおかしかったのか、留美がクスリと笑う。
「やっと、笑いましたね。その方が、工藤さんにはお似合いだ」
軽く言ったあと、菊川の口許が引き締まる。
「僕は、奴の力を見くびっていた」
それには返事をせず、留美は無言で菊川の横顔を見つめた。
留美の視線を感じたのか、菊川がチラと留美を見る。その顔には、自嘲の笑みが浮かんでいる。
「あの時、奴を殺そうと思えば殺せたんです。五人が一斉に撃てば、いくら奴でも避けられなかったでしょう。しかし、奴にはいろいろ問い質したいことがあった。それで、奴を捕まえようとしたんですが、五人とも返り討ちに遭ってしまった。五人は武器を持っていたにもかかわらず、奴は素手で、一瞬のうちに五人を倒してしまった。そんな奴を、藤岡はたった一人で追い詰めたんです。よほど、工藤さんを守りたかったんでしょう。僕は、あいつの気持ちを決して無駄にはしません。何としてでも、工藤さんを守ってみせます」
感情を露わにしている今の菊川は、電話での落ち着いた声を出していた時とは、まるで別人のようだ。
そんな菊川を見て、最初に感じたおぞましさはなんだったんだろうと、留美は思った。
いずれにせよ、留美は自分のために、これ以上他人が犠牲になるのは、もう真っ平だった。
今度神人君が現れたときには、自分の手で始末をつける。
そう思い、腰に挿した拳銃に、そっと手をやった。
「取り上げたりしませんが、それを使うのは、極力避けてください。僕は、工藤さんを人殺しにしたくない。たとえ、相手が悪魔であってもね」
前方を見たまま、菊川が言う。
留美はギョッとして、拳銃から手を離した。
「何のことかしら?」
内心の動揺を押し隠して、とぼけてみせる。
「誤魔化さなくてもいいですよ。あなたが、拳銃を持っていることは知ってますから」
菊川が平然と答える。目は、相変わらず前方を見つめたままだ。
「…」
留美は驚きのあまり、言葉を発することができないでいた。
「僕はね、あの時、あなた達の後をずっと尾けていたんです。折をみてあなた達と接触し、対応策を話し合おうと思ってね。しかし、どうしたことか、途中から、津村さんは車のスピードを上げた。尾行を見破られたと思った僕は、慎重になって、少し間を置いたんですが、それがいけなかった。今思えば、ノートのバッテリーが切れかかっていたんですね。あなた達が、慌てて電気店に入っていくのを遠くで見た時にわかりました」
菊川が、一度言葉を切った。何かを思い出すように、遠い眼をしている。その顔には、無念さが滲んでいた。
「僕が着いた途端、爆発音が聞こえたんです。急いで中へ入ってみると、あなたは、倒れた津村さんを抱きかかえていた。そんな状況であなたと接触しても、ただ混乱させるだけだと思った僕は、あなたに接触するのをやめて、暫く見守ることにしたんです」
何かを吹っ切るように言って、留美を横目で見て、微笑んだ。
「だから、あなたがシェルターに向かう途中で銃を拾ったことや、山中で射撃訓練をしていたことも、すべて知っているってわけです」
「そうだったの。私、全然気付かなかった」
「失礼なことを言うようですが、あなたのような素人に簡単に気付かれるようじゃ、僕の商売は成り立ちません」
菊川が、愉快そうに笑う。
津村の死で動揺していたとはいえ、銃を拾うところや射撃訓練まで見られていたというのに、留美はまったく気が付かなかった。
これが菊川でなく神人だったら、一体自分はどうなっていたのか。いくら菊川がプロだとはいえ、自分の行動を逐一見張られていても全く気付かなかったたことに、留美は自分の鈍感さを呪った。
留美が唇を噛んだとき、車は神人の襲撃を受けることもなく、無事目的地に到着した。
CIAが開発したカプセル型爆弾(コードネーム:マジックQ)が、内部の裏切り者の手により盗まれ、東京に渡る。裏切り者は、マジックQを赤い金貨という犯罪組織に売り渡そうとしていた。CIAの大物ヒューストンは、マジックQの奪回を、今は民間人の悟と結婚して大阪に住んでいる、元CIAの凄腕のエージェントであった、モデル並みの美貌を持つカレンに依頼する。
加えて、ロシア最強の破壊工作員であるターニャも、マジックQを奪いに東京へ現れる。そして、赤い金貨からも、劉という最凶の殺し屋を東京へ送り込んでいた。
その情報を掴んだ内調は、桜井という、これも腕が立つエージェントを任務に当てた。
カレンとターニャと劉、裏の世界では世界の三凶と呼ばれて恐れられている三人が東京に集い、日本を守るためにエリートの道を捨て、傭兵稼業まで軽軽した桜井を交えて、熾烈な戦いが始まる。
裏切者は誰か、マジックQを手にするのは誰か。東京を舞台に繰り広げられる戦闘、死闘。
最後には、意外な人物の活躍が。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その名から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2018年お正月特別版(前後編)
これまでの長編小説の主人公が勢揃い。
オールスターキャストで贈る、ドタバタ活劇。
大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
そんな時、敏夫は不思議な体験をする。
幻のようなマッサージ店で、文字のポイントカードをもらう。
そこに書かれた文字の意味を理解する度に、敏夫は変わってゆく。
すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
夜の世界に慣れていない、ひたむきで純粋ながら熱い心を持つ真(まこと)と、バツ一で夜の世界のプロの実桜(みお)が出会い、お互い惹かれあっていきながらも、立場の違いから心の葛藤を繰り返し、衝突しながら本当の恋に目覚めてゆく、リアルにありそうでいて、現実ではそうそうあり得ない、ファンタジーな物語。
ふとしたことから知り合った、中堅の会社に勤める健一と、売れない劇団員の麗の、恋の行方は?
会社が倒産し、自棄になっていた男の前に現れた一匹の黒い仔猫。
無二の友との出会い、予期せぬ人との再会。
その仔猫を拾ったことから、男の人生は変わっていった。
小さな命が織りなす、男の成長と再生の物語。
奥さんが、元CIAのトップシークレットに属する、ブロンド美人の殺し屋。
旦那は、冴えない正真正銘、日本の民間人。
そんな凸凹コンビが、CIAが開発中に盗まれた、人類をも滅ぼしかねない物の奪還に動く。
ロシア最凶の女戦士と、凶悪な犯罪組織の守り神。
世界の三凶と呼ばれて、裏の世界で恐れられている三人が激突する。
果たして、勝者は誰か?
奪われた物は誰の手に?