「留美さんが無事で安心しました。それにしても、今日は凄かったですね」
夜も更けて、慌しかった日が終わろうしていた頃、神人が留美の部屋を尋ねていた。
朝から東京へ出かけていたのだが、爆弾騒ぎで交通が麻痺していたため、やっとの思いで帰ってきたと告げて、留美の様子を見に来たのだ。
「私は、ニュースでしか見ていないけど、とても悲惨だったみたいね」
「悲惨なんてもんじゃありませんよ。爆発の跡地をいくつか通ってきましたが、そりゃあもう、無残なもんです。僕は、戦場になんて行ったことはありませんが、戦場よりも酷いんじゃないですか」
神人は顔を伏せながら、痛ましげに語った。神人の表情は、亡くなった人を悼む気持ちで溢れていた。そんな表情を見せる神人が電子の悪魔本人だとは、留美にわかろうはずがなかった。
だが津村は、探るような視線を神人に向けている。
「ところで、留美さん。犯行声明を見ましたが、コンピューターで人間をマインドコントロールするなんて、本当に出来るんですか?」
神人が、さも不思議そうな顔をして尋ねてくる。
「可能なんでしょうね。事実、世界中で一斉に、これだけの騒ぎを起こしているんだから」
「何だか、頼りない返事ですね。留美さんは、コンピューターのことには詳しいんでしょう」
「どうして、そう思うの?」
「だって、こんなにいっぱいコンピューターが揃えてあるじゃないですか」
神人が、部屋中に置かれたコンピューターを見回しながら答えた。
「コンピューターを沢山置いているからといって、必ずしも精通しているとは限らないわよ」
留美は、はぐらかすように笑った。相手が誰であろうと、留美は自分の力を誇示したりはしないし、今やっていることを喋るほど軽率でもない。
「本当ですか? じゃあ留美さんは、このコンピューターで何をしてるんです?」
神人が、疑わしげな顔をする。
「お仕事よ。壊れたディスクを復元したりしているの」
「そうなんだ」
神人は、それ以上、留美の仕事を詮索しようとはしなかった。
「さあ、もう遅いから帰りなさい。神人君も、今日は疲れているでしょ」
留美に言われて、明るい声で「お休みなさい」と挨拶をして、神人はあっさりと引き上げた。
「どうも、気になる」
神人が出ていったあと、津村がぽつりと呟いた。
「神人君のこと?」
「ああ。いくら隣が空いとったとはいえ、あいつが越してきたタイミングが、あまりにも良すぎる」
「そんなの偶然でしょ」
留美が笑った。
「それだけやあらへん。あいつには、生活の匂いがせんのや。それにな、普通の人間やったら、あの惨状を生で見てきたんやったら、あないに淡々とはしてられへんはずや」
「淡々とはしていなかったでしょ。痛々しい顔をしていたじゃない」
「それや。普通、あんな惨状を生で見たんなら、何も喋る気にならんか、少なくても蒼ざめた顔くらいはするやろ。あるいは、興奮して喋りまくるか。そやけど、奴はえらい淡々としとった。まるで、原稿だけを読むアナウンサーみたいにな。奴らも痛々しい顔はしてみせるが、どこか人事やないか。しかしな、生の現場を見たとなると話は別や。留美ちゃんも、今日のニュースを見たやろ。どのチャンネルでも、現場で実況しとるアナウンサーが、あないに人事みたいな言い方しとったか?」
津村に言われて、留美は今日観たニュースの数々を思い出した。
確かに津村の言う通り、現場からの実況では、アナウンサーの顔は、一様に蒼ざめて引き攣っていた。何とか言葉を絞り出しているという感じだった。
それに比べて、局内から放送している番組のアナウンサーは、悲痛な顔はしていたものの、現場のそれとはまったく違っていた。
「な、わかるやろ」
留美の顔色を見てとって、津村が続ける。
「俺はな、刑事を長年やっとったが、殺人現場の目撃者で、あないに冷静な奴はおらんかったで。みんな、蒼ざめてまともに証言できへんか、興奮してもて早口で喋りまくるだけかや。冷静に証言する奴は、ほとんどが犯人やったわ」
「じゃあ、津村さんは、神人君が電子の悪魔だというの?」
津村の話しを聞いても、まだ留美は、神人が電子の悪魔だとは信じられないようだ。
「そうは言うてへん。そやけど、どうもあいつには、引っ掛かるものがあるさかい、ちょっと調べてみるわ」
そう言って、困惑の表情を受べている留美の肩を軽く叩いた。
CIAが開発したカプセル型爆弾(コードネーム:マジックQ)が、内部の裏切り者の手により盗まれ、東京に渡る。裏切り者は、マジックQを赤い金貨という犯罪組織に売り渡そうとしていた。CIAの大物ヒューストンは、マジックQの奪回を、今は民間人の悟と結婚して大阪に住んでいる、元CIAの凄腕のエージェントであった、モデル並みの美貌を持つカレンに依頼する。
加えて、ロシア最強の破壊工作員であるターニャも、マジックQを奪いに東京へ現れる。そして、赤い金貨からも、劉という最凶の殺し屋を東京へ送り込んでいた。
その情報を掴んだ内調は、桜井という、これも腕が立つエージェントを任務に当てた。
カレンとターニャと劉、裏の世界では世界の三凶と呼ばれて恐れられている三人が東京に集い、日本を守るためにエリートの道を捨て、傭兵稼業まで軽軽した桜井を交えて、熾烈な戦いが始まる。
裏切者は誰か、マジックQを手にするのは誰か。東京を舞台に繰り広げられる戦闘、死闘。
最後には、意外な人物の活躍が。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その名から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2018年お正月特別版(前後編)
これまでの長編小説の主人公が勢揃い。
オールスターキャストで贈る、ドタバタ活劇。
大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
そんな時、敏夫は不思議な体験をする。
幻のようなマッサージ店で、文字のポイントカードをもらう。
そこに書かれた文字の意味を理解する度に、敏夫は変わってゆく。
すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
夜の世界に慣れていない、ひたむきで純粋ながら熱い心を持つ真(まこと)と、バツ一で夜の世界のプロの実桜(みお)が出会い、お互い惹かれあっていきながらも、立場の違いから心の葛藤を繰り返し、衝突しながら本当の恋に目覚めてゆく、リアルにありそうでいて、現実ではそうそうあり得ない、ファンタジーな物語。
ふとしたことから知り合った、中堅の会社に勤める健一と、売れない劇団員の麗の、恋の行方は?
会社が倒産し、自棄になっていた男の前に現れた一匹の黒い仔猫。
無二の友との出会い、予期せぬ人との再会。
その仔猫を拾ったことから、男の人生は変わっていった。
小さな命が織りなす、男の成長と再生の物語。
奥さんが、元CIAのトップシークレットに属する、ブロンド美人の殺し屋。
旦那は、冴えない正真正銘、日本の民間人。
そんな凸凹コンビが、CIAが開発中に盗まれた、人類をも滅ぼしかねない物の奪還に動く。
ロシア最凶の女戦士と、凶悪な犯罪組織の守り神。
世界の三凶と呼ばれて、裏の世界で恐れられている三人が激突する。
果たして、勝者は誰か?
奪われた物は誰の手に?