トゥルーフレンズの事件が終息してから、二ヶ月が過ぎた。
岡本が流したワクチンにより、トゥルーフレンズとその痕跡は完全に抹消されてしまっていた。
岡本が自殺してから二週間というものは、マスコミ各社やネットではその話題で持ちきりだった。来る日も来る日も、同じような情報が流され、岡本の生い立ちから奥さんの写真まで、すべてまる裸にされてしまっていた。
岡本が住む近所の住人や岡本の同級生は、幾度顔を隠してテレビに登場したことだろう。
しかし、その騒ぎも徐々に沈静化してゆき、今では遠い過去になってしまった。時たま思い出したように、どこかのマスコミが小さく取り上げるだけである。
マスコミもいい加減なもので、世間が飽きるまでさんざん取沙汰しておきながら、視聴率が取れなくなると、途端に見向きもしなくなる。
彩華が言った通り、岡本の願いは空しかった。
マスコミは、ただワイドショー的に取り上げるだけで、岡本の望んでいた、現代のモラルの低下や、歩きながらスマホを見る危険性については、それほど取り上げなかった。政府や警察も、なんら規制を設けることをしていない。
そのせいであろうか、トゥルーフレンズが話題になっていた頃は、さすがに歩きながらや駅構内、電車の中でスマホや携帯をいじる人間が少なくなっていたが、今では喉元も過ぎて、完全に元に戻っている。
どうやら人間は、都合の悪いことは直ぐに忘れてしまう動物のようだ。加えて、反省することもなければ、教訓を得ることもしない。これでは、同じ過ちを繰り返すのも無理からぬことである。
東京都内に、細田信雄という引きこもりがいた。
裕福な家庭に生まれ、一人っ子のせいか、幼少から甘やかされて育ってきた。努力と勉強が嫌いで、大学も金だけで入れるような大学に、親が無理して入学させた。そのような三流大学を卒業後、何とか零細企業に潜り込んだものの、わずか一ヶ月で会社を辞めてしまった。
親に怒られたことのない信雄は、社会人としての洗礼(といっても、ごく当たり前のことだが)に耐え切れなかったのだ。以来、信雄は二年の間、自分の部屋からほとんど出ようとはせず,四六時中パソコンに噛りついていた。
毎日、母親が食事を運んでくるが、それにはあまり手を付けず、もっぱら、スナック菓子とコーラで生き永らえている。昼夜逆転の生活に運動不足、そしてそのような偏った食生活のせいで、信雄はぶよぶよと太り、全身脂ぎっていた。
風呂にもあまり入らないため、部屋の中は腐った生ゴミのような悪臭がこもり、キーボードは脂でぬめぬめと光っている。
信雄は、自分の不甲斐なさをすべて世の中に押し付けて、ネット上の様々なサイトで誹謗中傷の書き込みを繰り返しては、何とか精神のバランスを保っていた。
信雄の書き込みは、芸能界やスポーツ関係は言うに及ばず、政治や教育問題や宗教問題、それに企業情報など、幅広く展開していた。
信雄のハンドルネーム『正義の使者!月光マスク』は、炎上を煽るのを目的として悪意を持って書き込むため、いくつものサイトから締め出しを喰らっていた。
トゥルーフレンズ事件の時は、寝る間も惜しんで色々なサイトに「歩きながらスマホをいじっている奴なんて、死んで当然だね」とか「犯人バンザイ」とか「政府は何をしてるんだ、無能な政治家共め」などと、思想も信条も待たぬ書き込みを繰り返しては悦にいっていた。
今日も面白そうな情報を求めて、サイトの中を泳ぎ回っていたが、あるサイトで信雄の手が止まった。
そのサイトは「人間の愚かさについて語ろう」というタイトルが、禍々しい血のような赤い文字で大きく表示されていた。ご丁寧なことに、タイトル文字も血が滴るようなイメージで構成されている。
信雄は何年も磨いていない、歯垢だらけの黄色い歯をむき出してニヤリと笑うと、そのサイトの紹介文を熱心に読んだ。
そこには「人類がいかに愚かな生き物か、どうすれば人類の愚かさを改めることができるか、あなたの意見を聞かせてください。最も優れた投稿者には、偉大な栄誉とあなたの最も望む物が与えられます」と書かれてあった。
信雄はここぞとばかり、自分が抱いている不満や世の中への恨みを書き込んでいった。そして「もはや愚かな人類を改めさせることは不可能だ。ここまでくれば、破滅させるしかない」という文章で締めくくった。
入力した文章にざっと眼を通して満足気に頷いた信雄は、これも、脂でヌメヌメしているマウスで、送信ボタンをクリックした。そして直ぐにそんなことなど忘れたように、新たなる攻撃目標を探してネットの中をさ迷い始めた。
いつものように、軽い気持ちで投稿した信雄だったが、触れてはならないものに自分が触れてしまったとは、この時の信雄は、まったく気付いていなかった。
信雄は、悪魔が拡げた網に、自ら絡んでしまったのだ。そのために、地獄の業火に焼かれることになろうとは、今の信雄には知る由もない。
CIAが開発したカプセル型爆弾(コードネーム:マジックQ)が、内部の裏切り者の手により盗まれ、東京に渡る。裏切り者は、マジックQを赤い金貨という犯罪組織に売り渡そうとしていた。CIAの大物ヒューストンは、マジックQの奪回を、今は民間人の悟と結婚して大阪に住んでいる、元CIAの凄腕のエージェントであった、モデル並みの美貌を持つカレンに依頼する。
加えて、ロシア最強の破壊工作員であるターニャも、マジックQを奪いに東京へ現れる。そして、赤い金貨からも、劉という最凶の殺し屋を東京へ送り込んでいた。
その情報を掴んだ内調は、桜井という、これも腕が立つエージェントを任務に当てた。
カレンとターニャと劉、裏の世界では世界の三凶と呼ばれて恐れられている三人が東京に集い、日本を守るためにエリートの道を捨て、傭兵稼業まで軽軽した桜井を交えて、熾烈な戦いが始まる。
裏切者は誰か、マジックQを手にするのは誰か。東京を舞台に繰り広げられる戦闘、死闘。
最後には、意外な人物の活躍が。
歩きスマホの男性にぶつかられて、電車の到着間際に線路に突き落とされて亡くなった女性。早くに両親を亡くし、その姉を親代わりとして生きてきた琴音は、その名から逃げ去った犯人に復讐を誓う。
姉の死から一年後、ふとしたことから、犯人の男と琴音は出会うことになる。
複数の歩きスマホの加害者と被害者。
歩きスマホに理解を示す人と憎悪する人。
それらの人々が交差するとき、運命の歯車は回り出す。
2018年お正月特別版(前後編)
これまでの長編小説の主人公が勢揃い。
オールスターキャストで贈る、ドタバタ活劇。
大手の優良企業に勤めていた杉田敏夫。
将来安泰を信じていた敏夫の期待は、バブルが弾けた時から裏切られた。家のローンが払えず早期退職の募集に応募するも、転職活動がうまくいかず、その頃から敏夫は荒れて、家族に当たるようになった。
そんな時、敏夫は不思議な体験をする。
幻のようなマッサージ店で、文字のポイントカードをもらう。
そこに書かれた文字の意味を理解する度に、敏夫は変わってゆく。
すべての文字を理解して、敏夫は新しい人生を送れるのか?
敏夫の運命の歯車は、幻のマッサージ店から回り出す。
夜の世界に慣れていない、ひたむきで純粋ながら熱い心を持つ真(まこと)と、バツ一で夜の世界のプロの実桜(みお)が出会い、お互い惹かれあっていきながらも、立場の違いから心の葛藤を繰り返し、衝突しながら本当の恋に目覚めてゆく、リアルにありそうでいて、現実ではそうそうあり得ない、ファンタジーな物語。
ふとしたことから知り合った、中堅の会社に勤める健一と、売れない劇団員の麗の、恋の行方は?
会社が倒産し、自棄になっていた男の前に現れた一匹の黒い仔猫。
無二の友との出会い、予期せぬ人との再会。
その仔猫を拾ったことから、男の人生は変わっていった。
小さな命が織りなす、男の成長と再生の物語。
奥さんが、元CIAのトップシークレットに属する、ブロンド美人の殺し屋。
旦那は、冴えない正真正銘、日本の民間人。
そんな凸凹コンビが、CIAが開発中に盗まれた、人類をも滅ぼしかねない物の奪還に動く。
ロシア最凶の女戦士と、凶悪な犯罪組織の守り神。
世界の三凶と呼ばれて、裏の世界で恐れられている三人が激突する。
果たして、勝者は誰か?
奪われた物は誰の手に?