テレビドラマ『天下御免』はなぜ不滅の金字塔なのか | 天地温古堂商店

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あと数年、早く生まれていれば。

一瞬だが、そう思うことがある。

1971(昭和46)年10月から1972(昭和47)年9月まで、金曜日の午後8時から放送されたテレビドラマがあった。

『天下御免』

時代劇である。
主人公は平賀源内。
演じたのは、山口崇

脚本は、早坂暁(1929〜2017)。


知る人ぞ知る不朽の名作だ。
私は当時小学4年生だったか、5年生だったか。
一家にテレビ一台の時代。親が昭和ヒトケタといえば、チャンネルはナイターかプロレスか。
もう少し早く生まれていれば、もう少しよい条件で、もう少し大人びたアタマで観ることができたろうに。

しかし、山本直純作曲の調子のよい軽やかなテーマ曲と、時代劇らしくない登場人物たちを妙に覚えているドラマである。

多くの場合、そんな不運な状況でも、あとからビデオを見たり再放送を見たりで、曖昧だった名作の記憶を再入力できたりする。

ところが、残念ながら『天下御免』のビデオテープは制作者であるNHKには1本も残ってはいない。

かろうじて、主人公の平賀源内を演じた山口氏が個人的に録画していた第1回と最終回が現存し、NHKアーカイブスの番組公開ライブラリーで公開されているという状況だ。
また、全話のシナリオが書籍になって販売されているが品切れ状態。

まさに、幻のドラマだ。

ドラマ『天下御免』は僕の原点。
早坂暁さんが書かれたシナリオ集はバイブルです。
いつか僕もあんなドラマが書きたい!
NHKで書きたい!


そう言っているのは、脚本家・三谷幸喜氏だ。
三谷氏はその望みを、後年、実現している。
2018年放送の正月時代劇『風雲児たち~蘭学革命篇~』は、登場人物がかなりかぶっている。おそらく望みをかなえたのではないか。
ひょっとすると手がけた大河ドラマのどこかにも『天下御免』の影響があるかもしれない。

『天下御免』とは、いったいいかなるドラマだったのか。

江戸、宝暦・天明年間。
老中・田沼意次の時代を舞台とし、平賀源内を主人公に、江戸時代のゴミ問題や公害問題、受験戦争など江戸と昭和どちらにも通ずる社会問題を風刺した新しい時代劇と注目を集めた。

足軽の子として生まれ、やがて蘭学者、発明家として世に知られるようになる「早く生まれすぎた天才」平賀源内を山口崇が演じた。
脇を固める剣の達人・小野右京介を林隆三が演じた。こちらは「遅く生まれすぎた剣豪」だ。
これに盗賊・稲葉小僧がからむ。演じたのは秋野太作。
当時はみんなほとんど無名の若手俳優だった。
上層部からは、本当に大丈夫かという声も出たというが、チーフディレクターの岡崎栄氏は新しい時代劇をつくるのだからと、これを突っぱねた。

始まってみると、ユーモアと機智にあふれた脚本と型破りの演出で、当時の時代劇を知る者たちの度肝をぬいた。

たとえば、第6回放送の冒頭。
長崎から江戸に着いた源内一行は、現代の東京・銀座の歩行者天国の人混みの中を闊歩している。
チョンマゲ姿の源内が突如出現した銀座は大混乱。
別の回では、当時の東京都知事(美濃部亮吉)もゲスト出演し、背広姿で公害問題を語っている。

視聴率平均が約30パーセントと人気を博し、1年間全46話が放映された。

 

『天下御免』の平賀源内(演:山口崇) NHKアーカイブスより

演出の岡崎氏は、

平賀源内という自由で大風呂敷で破天荒な人物を取り上げておいて、ドラマはおざなりというのでは申しわけない。

と果敢に新たな試みにチャレンジした。

そもそも、チーフディレクターのところへ企画が来たときは、〝普通の時代劇〟の予定だったという。
主人公は、平賀源内と決まっていて、脚本は早坂氏はメインでなく三番手の作家だった。
脚本のメインはまず橋田壽賀子氏が決まっていたという。ほかにも佐々木守氏がいた。

橋田氏はのちに渡鬼のほか朝の連ドラ、大河ドラマの常連脚本家となる。
佐々木氏は、ウルトラマン、柔道一直線、刑事犬カールなどアニメや子ども向け番組の脚本が多かった。

しかし、事情があって早坂氏だけが残った。

早坂氏はのちに、『夢千代日記』『花へんろ』という傑作を書く著名な脚本家だが、その出世作が『天下御免』だった。

岡崎氏はいう。

でも、結局は早坂さん一人になってよかったと思います。彼は原稿を書くのはめちゃめちゃ遅いんだけれども、できあがったものはすごく面白い。ですから、脚本がギリギリになってきたとしても、安心して待つことができました。

BGMに「365歩のマーチ」や「兄弟仁義」を使い、歌舞伎のような象の着ぐるみを出したり、銀座のホコ天を源内一行が歩いたり…。
実験劇のように面白さ満載で、歴史バラエティの元祖の評もあった。

一方、一見すると、時代劇で欠かせない時代考証の制約をある意味取り払ってしまったかのような印象を受けるが、早坂氏は

時代考証はきちんとやりました

と話している。
シナリオ本の後書きにも、時代考証担当の稲垣史生氏とともにしっかりと考証をしたことが書かれている。

江戸にもゴミ捨て場があり、ゴミをどこへ捨てるかで大騒ぎがあった、ということも稲垣氏の話から早坂氏が着想を得た。

早坂氏は、これを現代と変わらない「ゴミ戦争」として描くことができると考えた。それならばということで、美濃部都知事にも出てもらうことになったという。

 


『天下御免』の脚本家・早坂暁 NHKアーカイブスより
 

早坂氏はいう。

時代劇の中に現代が入ってくるのではない。
現代の中に時代劇が入ってくるのだ。


主演の山口崇も後年、

カツラを被った現代劇という感覚だった。

と話している。

早坂氏は、

現代日本人の原型は江戸時代に醸成されたと感じている。
300年近く密封され出来上がった日本人像は、明治以降の近代化でも世界大戦の敗戦のショックでも変わらない。
現代の日本のあちこちにチョンマゲをつけた日本人がうようよしている。

『天下御免』は、いまの日本人の心の中に住んでいるちょんまげのドラマだ。

というのだ。

『天下御免』は痛快時代劇とか歴史バラエティという括り方がある一方、早坂氏の考える『天下御免』の実像は、実はちがうところにあるようだ。
早坂氏は、いうのである。

笑いはあっていいのだけれど、笑いと同量の悲しみがある。笑いを表地(おもてじ)にすれば、同じほどの悲しみの裏地を付けなければならない。

つまり、

僕は面白くしようと思って描いたことは一度もないですよ。
シェークスピアにしたって、ぜんぶ悲劇ですよ。悲劇を描いているんだけど、喜劇なんです。
悲劇と喜劇を背中合わせでやっていくところが面白いんですよ。


そういうのである。

歴史上の人物と世相を現代に重ね合わせ、それまで誰も見たことのないような時代劇を世に送り出した。
しかも、それは喜劇と背中合わせの悲劇なのである。


『天下御免』の主な出演者たち NHKアーカイブスより

そんなシーンが最終回にある。

『天下御免』のもう一人の重要人物は田沼意次(演:仲谷昇)だ。
劇中の田沼意次は賄賂政治を横行させた悪人ではない。
立場は違うが源内と同志的な存在だ。

ドラマの源内は、こう主張する。

いま、ようやく鎖国の扉が押し開けられて、新鮮な風が、いま日本の中に流れ込んでこようとしている。
ところがその自由な風をおそれる人々がいるんだ。
なぜ、おそれるのか。
それは、自由の風で民衆が目を覚ますのが恐ろしいんだよ。

彼らにとって民衆はいつまでも眠っていてほしい。いつまでも愚かでいてほしいんだ。
だから敵が次の手をうってくる前に遮二無二に日本の窓を開け放してしまうんだ。
その一手なんだよ。


源内と老中・田沼のシーンには、ふたりのひたむきでストレートなやりとりに心が激しく動くのだ。
ただただ、すばらしい。
源内を演じる山口崇のカラッとして湿り気のない演技がそう感じさせているのだろうが、これはほんとうは喜劇ではない、悲劇だと。

源内
敵は私だけ攻撃を仕掛けているとは思いません。ほかにも一斉に攻撃の矢を放つでしょう。将軍家にも、そしてあなたにも。だから急いでください。

田沼
将軍のそばには私の息のかかった者でかためてある。

源内のいう敵とは、反田沼派の黒幕・一橋治斉だ。
歴史上、徳川吉宗の孫で11代将軍家斉の父にあたり、田沼を賤しき者として嫌いその政策を苦々しく思っていた。
表向きは田沼の権勢を静観しながら、その追い落としを狙っている。

源内
いまいちばん大事なことは、田沼さん。一刻もはやく自由化政策をすすめることです。
敵の陰謀が成功する前に、このよどんだ日本列島に自由でさわやかな風を送り込んでください。あなたが追い落とされる前に。


百姓、町人、職人、漁師、それから下積みのさむらい、女たち。この国を支えている者たちに、自由のすばらしさを味わせてください。
田沼さん、それがあなたの真の味方になるはずです。
それ以外にあなたの勝つ方法はないと考えてください。


田沼
そうだろうか。
百姓や町人が私の力になるだろうか。


それを聞いて源内の顔色がかわる。

源内
じゃああなたはいったい誰のために鎖国をやめようとしているんですか。

田沼
もちろん国のためだよ。この日本という国のためだ。

源内
田沼さん。日本という国は、将軍がいなくても幕府がなくても、さむらいがなくても大丈夫、日本です。
しかし、百姓、漁師がいない国がはたして日本でしょうか。それが国でしょうか。
いや、それは国のぬけがらです。


田沼はしばらく沈黙してから、応じる。

田沼
古くさいと笑われるかもしれないが、源内さん。私には幕府も将軍もない日本は考えられないんだ。
城へいってくる。


と、席を立つ。
源内は田沼を見上げて、言うのだ。

源内
田沼さん。心中大いに不満です。
心中大いに不満ですが、いまはあなたを励ますしかない。
将軍のためでもけっこう。自由化政策を急いでください。


田沼
ありがとう。

このシーンはこれで終わる。

このあと、田沼は登城し将軍に思い切った政策を言上する。

徳川幕府のために開国を、と。

しかし、田沼は突然、一橋治斉に呼び出され、老中解任と謹慎を命ぜられる。
みだりに外国と通じ、わいろをもって人事を決したという理由で。

 

田沼意次 Wikipediaより

現実の歴史と同じように田沼意次は失脚する。
現実の平賀源内は、周知のごとく、人を殺傷し投獄され、破傷風により獄死している。

『天下御免』の源内は。
獄死したということにして葬式まであげ、実は自らが作った気球に乗って国外へ…、というエンディングだ。

むろん、それでも誰も文句は言えまい。
『天下御免』はカツラを被った現代劇なのだから。

 

平賀源内 Wikipediaより 

源内は、もし令和のいまだったらいったい何を斬るのだろう。
政治とカネか、宗教とカネか、処理水問題か、安保法制か、マイナンバーか、はたまた性加害問題か。

早坂氏の言葉を噛みしめて…。
三谷さん、平賀源内に堺雅人なんぞをキャスティングして、令和版『天下御免』で勝負してはいかがだろうか。




【参考】

早坂暁『天下御免』(勉誠書房)

春日太一『大河ドラマの黄金時代』(NHK新書)

『早坂暁と「NHKドラマ」』(NHKアーカイブス) ほか