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わたしのコレクション&アイテム

ここでは、私の数有るコレクションを紹介いたします。

今までに集めた数多くのコレクションの思い出話も取り混ぜて、紹介いたします。(*^_^*)



原付とは、50CC、法定速度30Kmの二輪あるいは三輪。つまり、一時間、仮に信号も何も無い道路なら確実に30Kmは、走れるはず。

これは、ケロキチ君が、まだ原付きの免許しかない頃のお話。
ケロキチ君、バイト先の店長の愛車の三輪スクーターを借りた。(この三輪スクーターには二輪にない装置。パーキングブレーキが付いている。)要するに、店長が店にいる間だけ、レンタルしたわけだ。ケロキチ君の事だから、やはり、ただですむわけが無かったのであった。

ケロキチ君、バイト先から約30キロ先の街まで、ソロツーリングを計画。法定速度の30キロ走行なら、悪くても一時間半あれば着くはず。そう、我々なら「はず」であるが、ケロキチ君にそんなものが通じるはずがない。バイト先がある、私鉄の駅ビルを出発したのが10時前 最初の連絡は30分後。我々はどこまで進んだのだろうと思っていたら、なんと、店に入って来たではないか。「パーキングブレーキが外せません。」ケロキチ君、30分も、パーキングブレーキと格闘していたのだ。これには店長、呆れ返るばかり。昨日、あれほど教えたのに。いかに聞いていなかったが露呈してしまったケロキチ君。それから、ようやく出発し、お昼過ぎに連絡が。それは私鉄の駅からだったが、その駅名は、我々を驚愕のどん底に叩き落とすには十分過ぎた。だって、その駅、バイト先から10キロないんだから。計算すると一時間あたり5キロ進んだだけ。あと25キロだぞ、このまま行けば 単純計算で5時間、帰って来るに、7時間、合計12時間である。頭、痛~い!いま昼だから帰りは夜中ではないか!店長は、スクータ・u梹ハ・・w)しで、最悪、徒歩で帰らなければならなくなるわけである。連絡しおわるとケロ
キチ君、移動開始。次の連絡は午後3時。いきなり情けない声で「店長~!僕、どこにいるか、わかりませ~ん!」
店内関係者といっても、店長と自分だが、目が点になった。一桁国道(国道一号線から九号線のことね!)をずっと走ればいやでも目的地なのだが、何を考えやがったか、このケロキチ野郎。交差する三桁国道(国道100号~ってことね!)へ左折し、今、山の中の田舎道だと。うわぁ、こいつ、デタラメにもほどがある。大体、道路標識を見れば何処に行けるとか、どの辺りとか、わかるではないか。このケロキチ君に、このような感覚があろうはずもなく、ただただ、電話の向こうで、うろたえている様子だけが、ひしひしと伝わってくるではないか。もう・・・、笑うしかない。「ギャハハハハ、馬鹿やんコイツ!」とはいえ、なんとかせねば三輪スクーターは、戻って来ない。時折、電話させての遠隔操作で、帰宅させたのであった。

こんな奴がB〇☆なんてドイツ製バイクに乗ってるなんて、考えただけでも、恐ろしい。

もひとつ、いっとく!
モーターショーに自分とバイト二人と店長とケロキチと乗り合わせで、行きまして、車は私所有のAE86のGTVだったんですなぁ。で、カーテレビなんぞ付けてました。その帰り際、例のケロキチ君、テレビが見たいなどとほざきまして、「シティハンターを見せてくれ」と。車内ではモーターショーの話で盛り上がっとるちゅうのに。で、コイツ、缶コーヒーかなんか持ってて、テレビに夢中になって、ちょいとこぼしたんですわ。その時の一言が車内の80%を凍り付かせたんですわ。
「あっ、僕のズボンが!」って。
回りがサーッと引いていくのわかりましたね。店長が「おまえさぁ、人の車汚しといて、いきなり心配するのは自分のズボンかよ」って言われたけどケロキチ君、なんのことだか理解する頭があるはずもなく、気まずい空気が流れてましたね。そんなケロキチ君、気にせずテレビ見てたけど、走ってるから映りが悪くなったりするとブツクサいうんですわ。「あ~、映らん。」とか。「じゃあ、録画してくりゃよかったじゃんか!」と思いましたね。

その後の、彼の生き様は、みなさんご承知の事で。

前回、ケロキチ君のバイクに関する知識の話に少し触れたけど、今回の話は聞くも呆れる、語るも呆れる、お話。ところでケロキチ君。君は、毎日、試験場へ通っても、試験に受かんないってどういうことよ?。

ある日、自動車学校を卒業したケロキチ君。バイト先で、「試験場、行くから翌日、休ませて下さい」と店長に直訴。しかし、これが波乱を巻き起こすのだった。実は、彼ケロキチ君、自動車学校の教習でサジを投げられ「面倒みきれない」とばかり、無理矢理、卒業させられた口なのだ。試験場に行くも、その後、連続10日間、店長のもとに「明日、試験場に~」という電話は鳴り続いた。10日後、店長はふと思ったね。「こんなに、連続して不合格する奴なんて、まず、いねえよ。まてよ?試験場の試験問題は、A、B、Cと三種類。日によって変えるから、同じ試験問題を三回以上間違えて、不合格になっているという事だ。えっ!ええっ~?」
10日目にゃ、母親が電話で店長に休みの直訴。大学出て、いい年こいた兄ちゃんは、自分の休みの事なのに、親を使って電話させる始末。まあ、店長、ついに痺れ切らして母親に説教。「毎日行って、駄目なんでしょ?だったら、少しは休んで勉強し直したらどうなんですか?それにね、バイトで穴、空けられてこちらも困るんですよね」
翌日、渋々出勤してきたケロキチ君。さらに翌日、試験場行ったら、ホントに店長の言ったとうり受かっちゃった。はいはい、よかったですね、はぁ~疲れた。

さてケロキチ君、確か大学を出てるから、就職してるはずなのに、なぜバイト生活?
これには、深くもない事情が。単に、彼は仕事があまりにも出来ないし、ポカが多過ぎて、会社から一言、「君、明日から来なくていいよ」と・・・。本人は、自分から辞めたと言ってたが、そんな事、今までの経緯から誰も信用なんかしていないってば、てゆうか、信用なんかするか!。
この間を利用して、車の免許をとりましょうとなったわけですが、ケロキチ君のお母さん、何を思ったか、一言。
「危ないから、先ずは二輪から取りなさい〓四輪は危ないから二輪から」だって~〓〓〓。
この先、四輪免許取得に車校で何度も落とされ、さらに、試験場で10回も落とされる息子に、この一言。あなたは、明らかに認識不足です。
二輪と四輪、どちらが危ないかって?身体が剥き出しの不安定な二輪に決まっているじゃないか。ましてや、周囲の状況判断すら怪しいケロキチ君に二輪を先に勧めるとは、そっちの方がかなり危ない。だって交差点で右折するにあたり、エンジンブレーキを使わないから減速出来ない。だから、一旦停止出来ない。だから、そのまま対向車が来てる交差点に突っ込んでしまう奴なのに。
試験の結果はいつも一点足らずで不合格。もしかしたら、構造の問題で理解していないエンジンブレーキの問題でも出たから、合格点に及ばなかったのか、それとも、全く進歩がなかったのか。

そうそう、彼は、バイトだから、朝から夜までみっちり働けるはずだが、なぜか勤務時間は10時から3時までって、そりゃパートタイムだよ!しかも、パートのおばちゃんより、動きが悪いんだから、問題だよ、これは。

こんなケロキチ君でも、いいとこ探すと・・・、あっ、やっぱりなかったな。
我々も生きてて、こんな高慢でヘタレな生物、見たことない。

原付き騒動の話、次回にでも。はぁ~。これも、呆れた話なんだよね。

 

昔、昔、DR250SHCを買った。走っていると、油圧で段々、車高が高くなるバイクである。このDRの9リットルしか入らない燃料タンク、オムスビタンクに嫌気がさし、アチェルビスのビッグタンクに付け替えた事がある。これで単純に航続距離は二倍以上。しかし、誤算が生じた。高い重心のバイクにデカイタンクなどつけると低速での運動性が極端に落ちる。いつ転倒するか、わかったもんじゃない。でも、その装備で、霧ヶ峰、軽井沢、草津温泉、戸隠と、一泊二日で約1000キロ近く走り廻った。フロントフォークに小型ビデオカメラを取付、ツーリング記録を撮影。帰ってから映像を見ていたら、気分がわるくなった。画面は小刻みにブレるので、集中すると酔うのであった。
映画「ブレアウィッチプロジェクト」をさかのぼる事10年以上、先取りしていたのであった。
スーパーシェルパ参上! これは箱根において伝説を作ってしまった、ある意味と~ってもスゴイバイク何だろうな~。
もともとは、オンロード一台あるから、オフロードを買いましょうと見つけたバイクだったのだ。その頃、地震が起きる、起きると言われ、何とか帰宅する方法はないかと考えた結果が、オフロード買いましょうという結論。極上中古のスーパーシェルパがうまいこと手に入ったのだ。これがまた、ハンドルの切れ角がスゴイスゴイ!むっちゃ切れまくり。うまくバランス取りながら、回れば、どんなバイクより回転半径は小さいから、狭い路地でも侵入可能。それにDOHCだから走る、はずだった。自分がオイルグレードを間違えなければ。それに気付いたのは、バイクで遠乗りしてからの事。オイルグレードを間違えたもんだから、エライ目にあってしまった。
この遠乗りがまたまた、ラジオリスナーに冒険心を火を付けたのか。

箱根に行ったある日の事。知り合いのおばちゃんに、あることを尋ねた。「おばちゃん、少し前ぐらいに、ここらへんでバイクの集いがあったって噂で聞いたんだけど。」 するとおばちゃん、「あ~、あったあった。何かスゴイ台数が集まったけど、みんな、行儀よかったよ」と。
何食わぬ顔して聞きながら内心は、「実はその発端の当事者なんですが~。」と。

まさしく、バタフライエフェクト!南方の島の小さな蝶の羽ばたきが、いつしか、台風になるって、あれだよ、あれ。

ホントはもう一度適性オイル入れて遠乗りを企画していたのだけど、泣く泣く手放してしまったのだ。今年、カワサキはスーパーシェルパをカタログ落ちにしてしまった。残念。しかし、あの機動性はスグレモノだよ。



モーターショーに行くと以前は未来的な試作品が多数展示してあった。各社は、自社の技術力を誇示するために競い合っていたが、近年は、突飛な発想の試作品の出品は少なくなり、現状からそう遠くない程度の市販も有り得るかもといった参考出品程度となった。しかし、やはり見ていてワクワクするものがある。
ここからは、そう遠くない過去に、遠い未来を目指したバイクのお話。
ヤマハに「モルフォ」という参考出品のバイクがあった。フレームに数ヵ所の稼動軸を設け、乗り手の好きな体制、ヨーロピアンモデルのような運転姿勢やレーサーモデルのような運転姿勢で運転出来るという特殊なバイクがあった。
ホンダは未来的なレーサーマシンの展示やツアラーの未来形を示した。
ホンダのリア片持ちアームVFR400Rが出た時すら、驚いたものだが、さらにフロントまで片持ちのハブステアリング方式の参考出品であった。
前々回のモーターショーでDN-01を発表。来場アンケートを取り、近年発売された。
スズキは、モーターショー開催ごとに近未来的な試作品を出品した。
「ファルコ・ラスティコ」 今から20年前に液晶パネルメーターを採用した試作品。フロントスクリーンがスピードに応じ、競り上がってくる機能を搭載したフルカバードモデル。飛行機の操縦桿を模したハンドルだった。
「NUDA・ヌ-ダ 」
バイクの有機質的デザインから発想されたバイク。当時RGγのスクエアフォー(サイコロの4の目と同じ並び)エンジンを4サイクル化し、チェーンを無くす事で機械的なパワーロスを無くすという特殊な駆動方式を採用。超高圧の油圧でリアタイヤを駆動させるという代物だったのである。ハイドロジェット駆動方式といえばよいのか。チェーンの代わりに油圧ホースが二本、リアタイヤのハブに取り付けられていた。油圧を逆転させたり圧力を変化させることでバックや減速など可能である。実際、モーターショーの「ヌーダ」ブースでは、試作車両で走行実験の映像を流していた。
もしかしたら、前後二輪駆動だったかな。減速方法は電磁式パウダーブレーキって名前だったような。駆動液体内に、細かな金属を入れ、それを電磁で反応させ減速させると表記してあったが、具体的じゃなかったので、いまいち解らなかった。
現在、駆動方式はチェーン駆動とシャフトドライブだけだが、いつしか、第三の市販可能な駆動方式が現れるかも知れない。しかし、動力はエンジンであって欲しいね。
環境からいけばモーターかも知れないが、地球にやさしい排気のエンジンの出現を望むのだ。モーターにあの振動は、あるかい?
ガソリンの代わりに水素ガスを噴射し、連続爆発させ、今のエンジンのような振動、鼓動が発生すれば、今までとなんらかわりない、パイクができるのではないかと、おもっているのだが。


バイクには2ストと4ストがあり、エンジン構造の違いはご存知。しかし、中には、自分が何に乗っているかすら理解していない人もいるから困ったものだ。
後輩が、オフロード125を買ったので車種名を聞いたら、「名前は知らないけとホンダだよ」と。だから、2ストか4ストかも聞いたのだが、「わからない」という。わからない?「えっ?どういうことよ!走る時に困るだろ?」オイルはどうすんだ?呆れ果てて聞くのをやめた。

「エンジンブレーキ下さい」
こんな事をいう奴が、日常、バイクを使う仕事をしている上に、ドイツ製大型バイクに、乗っているのだから、いやにもなる。
こいつ、バイクが好きで乗ってるんじゃない。乗ってる自分がカッコイイと思ってるから、乗ってるんだと思ったね。
こいつはY派らしく、DT50だの、セロー225だのFZR250アメリカーナだのを買った。買うのは勝手なんだが、それに付き合わされる人間は迷惑至極である。急用があったのでコイツからDTを借りたのだがスピードが出ない。決して制限速度だのとかではなく、この持ち主様は、この2ストDTを30キロ以下で走らせている。いや、回転数を上げないで走っているから、マフラー内にカーボンやら未燃焼のオイルやらが溜まり、吹き上がりがこの上なく悪いのだ。だから周囲のスピードに会わせられなくて、怖い思いをした。貸してくれと言った時に、嫌なそぶりを見せたが、戻って来た返す時に、はっきり言ってお前よりは、早く走るぞと言ってやりたかった。と同時に「コイツのバイクに乗ること自体、自殺行為じゃないのか。」と思った。
ある時、この男、名前はケロキチ君とでも、しとこうか。セローを新車で買ってきた。バイト先の店長に一言、「オプションでエンジンブレーキが欲しいんですよ。」とのたまわった。店長は「お前、それ冗談で言ってる?」というとケロキチ君「本気ですよ」と真顔でいうものだから、店長は呆れ果てた。バイクの兄ちゃんが出入りしていたから、ある日、その兄ちゃんに御享受いただいたのだが。「ホントにエンジンブレーキ欲しいの?」「ええ。」いきさつをあらかじめ聞いていたから、先ずはエンジン構造から話を始めた。が、ケロキチは二輪車の免許所有しているわけだから、その辺りは理解していて当然のはずだ。そう、はずだった。兄ちゃんは、2ストより4ストの方が構造上、エンジンブレーキが効く事を理解させようとしていたのだ。二時間弱の質疑応答で問題は片付いたはず。そう、はずだった。そして、ケロキチ君、開口一番に「で、それいくらぐらいなんですか?」と。兄ちゃんとケロキチは人生の中の一日の1/12の時間を無駄に費やしたのであった。 聞いてる方が疲れたよ。
その言葉に軽くキレ、しまいには呆れ果てた兄ちゃんは、カタログのセローのサスペンションから出ているリザーバーのボンベを指差し、「これだよ、付いてるから買わなくていいよ」と言い放った。

その後、ケロキチ君がDTの件を見てもわかるように最低基準の整備が出来るわけもなく、「アメリカーナ買っちゃいました。」ときたもんだから、「セローは?」と店長。「飽きたんで。」と、きたもんだ。以後まともに話をする気も失った。その後、彼は内輪で「新型ジムニーいいよね」と話が出ると二週間後には乗ってくるし、みんなであいつは、そこまでしたいか。と言われていた。彼は過去に普通自動車免許、連続10回、毎日行って、落ちた男である。その後、日本で大きな会社になる前に入ったケロキチ君、そんな男が、よりによって大型二輪免許を取得。「日本の公安委員会も地に落ちたか」と、話をした。「事故が増加するだろうが~。」とかね。だって交差点で右折しようと止まっていたら、前方から対向車来てるのに突っ込むんだから。

ある日、就職して、休みに店長のもとに来たケロキチ君、ドイツ製のバイクに乗ってやってきた。「仕事先にツーリングクラブがあって、みんな、ほぼB〇☆なんで、僕も買っちゃいました。」とヌケヌケとのたまわった。
後日、店長は、俺にそうつげると怒りをあらわにした。俺も、同感であった。大体、いつもそうだ。人が噂をするとか、いいよねとか、みんなと同じでないと不安なのか、買ってくる。変わってない。

こちらの職場には、エラソーな事ばかりいう後輩がいた。ケロキチと同じく「パワーバンド欲しいね」だと。 「馬鹿め、それは、エンジン出力が効率よく出る回転域の事だ。」と思いながら冷ややかに見ていた。うちの周りには、そんな奴しかいないのか。そりゃ、事故も増えますよ。そいつも、帰る時、前方を走っている車に向かって加速していくんだから。
あっコイツも、見映えばかり気にする奴だった。

あ~あ、マイッタナ。

パリダカには、二輪車も走る。改造市販車のプライベートマシンだったり、バイクメーカーのワークスマシンだったり。今回はオフロードの話を。
ホンダのXL系ワークス 500CCのXLパリダカ。燃料タンクを倍近くに容量をアップし、ヘッドライト上にバイザーあるいはスクリーンを装備、その後、丸目二灯に保護用に網目状のパーツを付けた、ブルーやホワイトのロスマンズカラーが登場。市販のXL250と125にタンクを拡張し、トリコロールカラーのパリダカ仕様が出た。
有名な市販車XLアフリカツインやトランザルプがある。
ヤマハからはXT600をパリダカ仕様にした物が参加。名前はテネレ。テネレ砂漠の名を冠したオフロードマシンである。その後、ワークス用にFZ750のジェネシスエンジン4気筒 20バルブを搭載したモンスターを作るも、失敗。オンロードでは優秀なエンジンも苛酷な大自然には、勝てなかった。
単気筒のXT600テネレも市販された。

スズキは当時DR500から参加。その後、DR-Z(BIG-BIRD)を市販し、パリダカへ参加する。一際、異様なスタイリング。フロントフェンダーは、タイヤのすぐ上に取り付けられ、その上にクチバシの様に見えるフェンダーカウル。左右に振り分けられた巨大な燃料タンク、そして市販車として当時、世界最大の800CCの単気筒エンジンを搭載。(BMWは水平対向二気筒で800から1000以上)
DRには125、250、350、400、500、650、800と多種であった。
市販車としてホンダからはファラオ(エジプトの王様)、ヤマハからはテネレ(砂漠)、スズキからは、ビッグバード(怪鳥)が、ビッグオフローダーとして、パリダカを賑わせたのであった。
カワサキは、パリダカに参戦したかは不明だが、KLX天涯がマルチパーパスとして市販されていた。

パリダカ出場ワークスは年々、頻繁に改良したりしているため、大まかな説明、代表機種の表示とさせていただいた。


今回は、
PSP「初音ミク PROJECT DIVA」
ヤマハのボーカロイド「初音ミク」を使用した、リズムゲームである。「太鼓の達人」と同じ、ボタン連打だが、楽曲が全く知られていないという点では、おもしろいかも知れない。(なかなか、お気に入りの曲が、あるんですよ。)
叩くタイミングが表示され、タイミングにより、四つの判定が下される。
楽曲に対しEASYとNORMALがあり、曲を最後まで完遂しても、スコアによっては、「もうちょっとがんばろうねぇ」のセリフが。その他、「よくできました」「グッレート」とセリフが全部で三つ。ただし現時点の話だが、さらに高得点だと何か別のセリフがあるかも知れない。「よくできました」で最後まで行き着くと次の楽曲が現れ、「グッレート」で楽曲のプロモーションビデオが見ることができる。また楽曲のクリア数や点数に応じ、ミクルームのインテリアが増えるとか、ミクの衣装が増えるとか色々趣向がこらされている。現時点では、衣装は、増えていない。
ミスを何度かして、失敗すると楽曲は強制終了し、ミクが、残念そうに「はぁ~」と、「私は、もうダメ!」と言わんばかりのため息をもらしながら膝から崩れ落ちるんですよ。
「あ~、私が失敗したばかりにぃ。」と、なんだか自分を責めたくなるなぁ。
多彩な曲が名前にちなみミクだから39曲入ってます。しかし、まだまだ道のりは遠い。
自分は達成感から満足しても、ミクの判定はいかに?

現在、結構、愉しんでます。
しかし、スローテンポは、上手くいかねえんだよなぁ。

今度、「アイマス(アイドルマスター)」も買いましょうかねぇ。


スズキの水冷V型2気筒400CC、SV400。V型ツインエンジンであるが、アメリカンのようなタイプではなく、ドゥカティと同じくヨーロピアンモデルである。アメリカンモデル以外のVツインのバイクは、当時は国内ではホンダのVTとスズキのSVしかなく、珍しかった。同形車種のカウル付きのSV400Sもあった。国内市販のV型エンジンというと、やはり「ホンダ」というイメージがある。VTシリーズ(VT、VTスパーダ、VTR)、VF400、VFR750やオフローダーのアフリカツイン。それ以外はアメリカンタイプ等で、Vツイン系車種は豊富である。スズキのV型エンジンはアメリカンツアラーのGV1400や、イントルーダーシリーズ、XV800やブルバードがあるが国内市販モデルでは、あまりV型エンジンはお目にかからない。ヨーロピアンやレーサーレプリカモデルでL型ツインのTL1000SやTL1000R、V型ツインのSV1000やSV650、SV400等が存在したが400以外は当時は、逆輸入車であった。
初期型は、98年から生産され、一時期はラインアップから消滅したが、再び生産されたという珍しいモデル。再生産モデルから、フロントディスクブレーキはダブル仕様となる以外は、外観はフレームの塗装、カラーリングの違いだけで、後はキャブレターの変更と、基本的には変わり無し。

98年発表、発売された。因みに現在、私が所有しているバイクである。このバイク、試乗車であったのだが、その試乗車の後は、2年間、倉庫で寝ていた。もし、バイクショップで、見つけていなかったら、ずっとお蔵入りだったのだろうか。
2000年3月末に、幕張まで走行する。その時、初めて目にした人達が、多数いたようだ。「なんだ、あのバイクは?」という目撃情報から、SV400は、注目を浴びることとなる。V型ツインエンジンの排気音と振動、そして太いトルク。独特のデザイン。太いリアタイヤ。
タイヤ交換をしたバイクショップの話では、街中では、扱いやすく、峠では、太いトルクのおかげで、4気筒のバイクより早いそうだ。
ちなみに峠なんか攻めた事はない。こけたくないからである。だいたいそんな腕はない。

ある日、街中のラーメン屋で、食事をして外に出たら、外国製の珍しいカッコイイバイクに乗ったおじさん二人が、SVを見て、「これ、どこの?」と聞かれた。「スズキですよ。」と答えると、「へぇ~。おもしろいなぁ」と珍しがられた。ちょっと、うれしかった。
信号で止まっていたら、隣に停車した車から、おじさんが、窓を開けて、「おもしろいバイクだね。V型?」と話かけられた。いい思い出である。
その頃、すでに生産中止になっていたのだが、ある動きが再びSVを、この世に送り出すきっかけとなった。ラジオ番組が発端となり、リスナーが注目し、再び脚光を浴びようとは。これが、再生産の原動力となったと聞く。現在、どのくらいの人々が、SVに乗っているのであろうか?楽しいバイクライフを送っているのだろうか?
現在では、排ガス規制により生産終了となったが、今年、V型エンジンを流用した「グラディウス650」が、逆輸入されることとなった。おそらく400CCも、国内投入されるかも知れない。

さて、生産されて10年経過したSV400は、昨年、一度、足回りをばらしてグリスアップし、組み直した。同時に、ブレーキディスクも前後交換。ブレーキングのペータルディスクを採用し、自分勝手な自分だけの生産10周年記念車とした。
近々、車検を受け、復活予定である。

さて、何処を、走りましょうかね?

いまだにひっそり、生き残っているはずのバイクである。

ペタしてね


国内市場でステアリング機構が複雑な市販バイク。通常、ステアリング、つまりバイクでは、ハンドル部分だが、乗り手がハンドルを右にきれば、右。左にきれば、左に動く。当たり前の話。これはフロントサスペンションが単独で、車体から支えられている部分がハンドル真下のシャフトが支点になり、そこを中心にして回っているからである。この機構は大多数のバイクのステアリング機構であるが、中には機械式の複雑なバイクもあった。従来のバイクステアリングは先程のハンドル真下のステアリングシャフトが支点と支持の二点を兼ねているが、機械式は、全くの別々なのである。支持アームはフレームに固定され、上下運動だけ。旋回運動は、車輪中央のハブで左右に動くというものである。例えるなら、片手を前方に突き出し、手首を左右に振るという感じだ。腕を上下させれば、サスペンションの働きである。

発売されてかなり経つのだが、最近、偶然目にした。リンクを介してステアリングを稼動させるのだから、間接的になり違和感が、あったという。

市販車ではビモータのdb TESI-1D が、ありタミヤから模型も発売された。ドゥカティエンジンのビモータ製 だからdb。ちなみに、ホンダならH ヤマハならY スズキならS が付く。

機械式ステアリングはGPマシンにも存在した。チームエルフのマシンが装備したが短期間だけ走行した。

現在はビモータが、新しくTESIの後継機種を作り出したらしい。詳細は不明だったが、今頃なら発表されているだろう。しかし、とんでもない価格なのであった。

ヤマハの市販車は、おそらくこのGTS 一車種だけであろう。

ちなみにこの機械式ステアリングは、20年近く前のモーターショーの試作車には多数見られた。ホンダ、ヤマハ、スズキは、夢のバイクとして、これら機械式を採用している。
ペタしてね
1983年、原付きの馬力が7・2馬力となり、パワー競争が起きた。スズキはRG50γ、ホンダはMBX50、ヤマハはRZ50、しばらくしてカワサキはKR50と各社でハイパワー原付きを作りだした。

84年春頃、各メーカーから250CCレーサーレプリカマシンが発売され、ワークスマシンのレプリカ、スズキのRG-γガンマ250、ホンダのNS250RとカウルレスのFが、発売され、後にヤマハのRZ250、カワサキKR250が世に送り出された。いち早くスズキ、ホンダ、ヤマハは250CCレプリカブームより早く、原付にレーサーレプリカのネーミングを採用したいたのであった。というより、レプリカ戦争をいちはやく原付きで、行っていたのかも知れない。正確にはヤマハのワークスマシンは2ストにはYZR、4ストにはFZRのネーミングだが。

このスズキRGγ250、当時\498000の価格で、業界初、アルミフレームの採用。タコメータ3000回転以下無表示。センタースタンド装備無し、オプションでシングルシートという、全くのレーサーマシンの複製、レプリカモデルであったのだ。一時、噂では、そこまでこだわるなら、いっそ、キックスターターも、サイドスタンドも無くしてしまえという話があった。つまり、押し掛けで乗るという噂すらあった。
実際には、どちらも付いているが。

水冷2サイクル2気筒エンジンは45馬力で、当時の250CCの規制枠最大の出力を叩き出した。このγのエンジンは、一度友人のγに試乗させてもらったが、おもしろいのだ。3000回転から8000回転までは、ゆっくり回転が上がって行くが8000を越えた辺りから急激に上がるのだ。様子をトロトロトロトロ、バビューンと表現すれば、わかりやすいか。

カーデザイナーの由良拓也氏が、発売前のγで公道を試乗していたら、それを知らなかった警察官に停められたという話があった。停められ、「なんだ、このバイクは?」と、怒られたという話が伝わっている。レーサーレプリカモデルがブームとなる、発売直前のエピソードである。