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コンサルサルのぶろぐ-思考、読書、雑感などを語る

外資系IT企業で働くコンサルタント&プレイングマネージャーのブログです。日々の雑感や読書日記を紹介します。

先週の日曜日何気なく見ていた「劇的ビフォーアフター」という番組。課題のある家をリフォームするというのが番組のコンセプトであるが、その匠として出てきた川口とし子さんという建築家の仕事振りに感動をしてしまいました。


こちら に番組内容のダイジェスト版があるのですが、① お寿司屋さんの店舗から住環境に移行する際に、店舗の水道管には魚特有の油がこびりつていることに気づかれ、高圧水洗を行ったり、② 立川断層の立つ家のために大学教授という職を利用して同僚の専門家から振動制御装置の教授を受けたり と単純なクライアントから受けたリフォームだけでなく、+αとしての自身の知見に基づいた対応を行っているところにプロフェッショナリズムを感じました。


+αの心配り、考察、どうやったら気づいていくものでしょうか。

1ヶ月前にHPの戦略とリーダーシップに関する記事 を書きました。


そしてこの連休でHPトップ交代という驚くニュースが飛び込んできました。

業績不振というのが理由のようですが、Yahoo!CEOの解任、今回のHP CEOの解任を見ると、米国で会長というポストが強力な会社では、CEOはミドルマネージャーにしか過ぎず、リーダーシップを取り難いのかなと思いました。


これは組織論にも当てはまりますね。


野球やサッカーでも球団代表やオーナー、GMなど監督より権限の大きい職が沢山ある球団は、監督を取替え、選手も戸惑うケースが多いように見受けられます。一方、現場委譲をし監督の役割、GMの役割、オーナーの役割を決めている球団は基本的に組織運営が上手くいっているような気がします。中日や日本ハムは監督の退任が発表されましたが、フロントは長期戦略を描き、現場は短期の結果を出すという役割分担が上手くいっている組織の一例と言えるのではないかと個人的には思います。


今回のHPのトップ交代により企業業績が上向くか注意深く見ていきたいと思います。

週刊 東洋経済 2011年 9/24号 [雑誌]/著者不明
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今週の東洋経済は超円高が進む中で「日本車が消える」のでは?をテーマにとした特集。素晴らしい情報量で、総力取材といった感じの特集でした。


超円高の常態化、国際競争力のない新型車種、世界同時株安それが国内生産能力を余剰し、日系部品メーカーの存続危機、完成車向上の海外流出につながり空洞化が起きるのではないかというのが主旨。


各社経営層のインタビューも載っていたが、一様に現在の円高を嘆き、輸出をする度に赤字を垂れ流しているというメッセージを発信していたのが印象的であった。


自動車は当然ながら鉄が必要であり、半導体を使用し、化学製品などが末端の原材料である。日本の総合力を生かした製品であるため、その産業の衰退は、もの作り日本という観点では、日本経済に大きなインパクトがあることを改めて認識した。


今後のキーは、当然ながら中国を含む新興国、軽自動車の販売、自動車技術を生かした蓄電池機能としてのEVやロボットなどへのビジネスモデルの転換も視野に入れる必要があるかもしれない。

問題解決のための「社会技術」―分野を超えた知の協働 (中公新書)
問題解決のための「社会技術」―分野を超えた知の協働 (中公新書) 堀井 秀之

中央公論新社 2004-03
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何がきっかけで購入したのか忘れてしまったが、タイトルが気になり手に取った本。

文理融合したアプローチの必要性を説いた本である。


社会技術とは、社会問題を解決し、社会を円滑に運営する技術であり、複雑性、高度な知識の必要性、価値の多様化に対処するところに他の問題解決策との差が存在する。問題解決のために活用できる知識を総動員する。(中略)
学問の創造をめざした文理融合は難しいが、問題解決をめざした文理協働は自然な流れである。 P159



【社会技術の大きな特徴】
・ 俯瞰的に見ること
・ ヒューリスティック、アルゴリズム、メンタルモデル、アナロジー推論
・ 組織、個人の問題にも適用可能
・ ノード分析
・ 価値マップ・リスクマップ

韓国のエリート教育に関する記事 を読んでの雑感。


昨日の松下幸之助氏の記事でも少し述べたが、最近日本の教育政策に興味があり、課題に思っているのが、「日本の大学数は多い」ということである。


全入時代というのを日本の基本的な教育政策とするのであればよいが、それによって本来の大学教育の効果が出ているのだろうか。松下氏の本の中でも、日本はアメリカ教育を真似ているとあり、それに伴って大学数も増えたとあった。しかし日本の大学とアメリカの大学の違いは、アメリカは学士は一般教養過程が多く、その後、学生は修士に進むことが多いところである。(注:松下氏は大学数が多いことはどちらかというと反対という立場)。日本の大学教育とは性質が異なっていると言えるだろう。


シンガポール留学時に、シンガポールの教育政策についても勉強していたが、シンガポールの大学数はわずか3つ(もうすぐもう一つ新しい大学ができると言う)。そして同世代の10%程度しか大学には行かない。残りは職業訓練専門学校(ポリテクニック)か、就職である。松下氏もおそらくこの教育機構を望んでいると思われる。


「米国製エリートは本当にすごいのか?」 で佐々木氏も述べていたが、どうやら日本はエリート教育をしたがらないようである。(社会学的に見れば、戦略的にエリート人材を輩出していない可能性もあるが・・・)


一方韓国は本気のようだ。お国柄、元々教育熱心であることは有名であるが、戦略的にノーベル賞を出せる仕組みを作り、具体的に取り組んでいる。記事の韓国の高校だけでなく、大学にも力を入れている。浦項工科大学校 のような取り組みもその一つである。


冒頭の日本の大学数をいきなり減らすことは無理であるが、フランスのグランゼコール のように高等専門教育機関を今の大学からいくつか見繕って作っていくか、または大学内大学のような形でグローバル化・高度複雑化に対応する人材を育成していくのも一つの手かもしれない。(後者はリーディング大学院という形で始まりかけている)


一方で仕組みではなく、やはり志の高い、情熱を持った人材はやはり「人と人」との練磨で鍛えられていくものであろう。自身が関わらせて頂いているプログラムは、何か方法論に走るのではなく、どこまでも手作りで、グローバルリーダーを輩出していきたいと思う。


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韓国の選別主義的英才教育 「ノーベル公園」も

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110919-00000527-san-int


産経新聞 9月19日(月)22時46分配信
【境界~夢を見せる】(2)

 世界トップクラスの科学者育成を目的に、2003年度に設置された超エリート高校の韓国科学英才学校。釜山の高台にある学舎の庭には「ノーベル公園」と名付けられた直径10メートルほどの円形緑地がある。

 中心に木が植わっているが、この形状は永遠ではない。将来、同校出身者がノーベル賞を取ったあかつきには木を抜き、受賞者の銅像を建てるのだという。韓国の受賞者は目下、平和賞の金大中元大統領だけだが、同校は「設立後20年以内に、自然科学分野のノーベル賞受賞者を輩出する」とはっきり標榜(ひょうぼう)している。

 韓国では約30年前から、将来国家を背負う人材を育てる英才教育に力を入れてきた。1986年に科学高校、92年には外国語高校や体育高校、芸術高校を「特殊目的高校」と定義。中でも科学技術系は、明確な国家意志として制度設計を進め、2000年に「英才教育振興法」を制定。科学高校のレベルや教育自由度をさらに高める形で科学英才学校の設立へとつないだ。

 現在4校に増えた科学英才学校は、英才教育の最高峰に立つ。生徒は、学費や寮費が実質無料となる特別待遇や高い教育環境に恵まれながら、米大学院進学を視野に、ひたすら勉学にいそしむ。今春の入試競争率は平均18・2倍に達した。

 「政府の強力な牽引(けんいん)で世界でも珍しい才能教育体制を短期間で作り上げた」。韓国教育に詳しい石川裕之・畿央大助教(34)=比較教育学=は「一点突破の人材育成は、韓国のお家芸とさえいえる」と話す。

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 科挙制度千年の歴史をもつ韓国は、歴史的に学歴重視や序列化志向が高く、国民の受験熱はとりわけ高い。半面、受験競争の過熱はたびたび社会問題化し、制度改正が繰り返され、現在の高校進学率はほぼ100%に達する。それでも「将来のため、少しでもいい大学へ」という意識は強く、親たちはわが子に多大な教育費を費やし、子供たちは必死で机に向かう。

 選別主義的な英才教育に対し、かつては社会的批判が巻き起こったが、韓国が近年経験した国家存亡の危機が、流れを一変させた。

 韓国で「IMF危機」と言われる1997年のアジア通貨危機。韓国通貨や株価が暴落し、同年末には事実上、国家経済が国際通貨基金(IMF)の管理下に入った。企業倒産が相次ぎ、失業者が増大した。

 戦後順調に経済発展を遂げた韓国を突如襲った国家的屈辱は、日韓併合、朝鮮戦争に次ぐ「第3の国難」として深く記憶された。海外進出の必要性と、一握りのトップエリートの育成が、必然として受け止められるようになった。

 「IMF危機を経て、格差ができても国がつぶれるよりはましだという機運が高まった」と石川氏。「1人の卓越した才能が、数万、数百万の国民を養っていくという信念に基づき、才能教育も正当化されていった」と指摘する。

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 IMF危機以降、韓国ではひたすら前へ突き進んだ代償として、さまざまなほころびも表れた。昨年の大卒者就職率は、日本の60・8%に対し、大学院生を含めて55・0%。被雇用者に占める非正規職の割合は、昨年10月現在で約5割に達する。経済協力開発機構(OECD)が昨年5月に発表した人口10万人あたりの自殺率は、主要工業国など加盟約30カ国中ワースト1位の21・5人。同3位の日本は19・1人だった。

 受験に限らず、就職、昇進など、韓国では果てしない競争が続く。石川氏は「光が強ければ強いほど、影の深さも深い」と語る。

 それでも隣国の「光」が際立つのはなぜか。石川氏は「韓国ではトップを目指す子供たちに、将来国家を担う人材として、夢を与えている」と指摘する。

 世界トップを目指す気概は、夢につながる。影の部分は反面教師となるが、閉塞感(へいそくかん)漂う日本では今、その気概を思い出すことこそが必要なのかもしれない。

 在韓日本大使館公使の外交官、道上尚史(みちがみ・ひさし)氏(52)が提起する。

 「韓国では外に出ようとする意欲も戦略もある。外の知識を取り込まないと世界に遅れるという常識もある。明治維新の『五箇条の御誓文(ごせいもん)』にあった『広く知識を世界に求める』精神を、われわれは忘れていないだろうか」

私の夢・日本の夢―21世紀の日本 (PHP文庫)
私の夢・日本の夢―21世紀の日本 (PHP文庫) 松下 幸之助

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松下幸之助が21世紀の日本のあるべき姿に関して、自らの考えを小説仕立てにまとめたもの。


「経済」「企業経営」「教育・宗教」「国土と社会」「政治」をテーマに展開されている。


教育府という政治機構を設け、教育権を三権から分離するほうが望ましいと言われている点、また国土創成省や政治生産性本部など、国の政治のあるべき姿は大きな夢を語ることであり、それに伴い"適切な"自由政治を行うべく監視が必要であると述べている点は興味深かった。

また松下自身の経営のあり方として「ダム」つまり一定のリソースプールの必要性を随所に述べいたことをも印象に残った。


今から40年以上も前に書かれた本であるが、個人的には松下政経塾とはこの大きな夢を実現するための機関であると共に、松下自身の教育論、教育モデルの実験の場であったのかもしれないと感じた。
それは本書の中で大学のあり方について述べられている部分があり、どちらかと言えば大学数は絞込み、職業訓練学校などを多くするほうがよいと松下自身は述べている。松下自身が大学を作るのではなく、あえて私塾を作ったのも、現在の国の教育制度への疑問の投げかけであり、本書に出てきた「国土創成奉仕隊」のような自ら進んで、喜んで学び、仕事をするような人材を作りたかったのではないかと、個人的には感じた。


【印象に残った文章】

日本人には大きな組織の一員として働くよりも、自分で独立して自由な立場で仕事をしたいという考えが強いのです。P70


企業は天下の人、天下の金、天下の土地を、いわば社会から預かって仕事をしている P117


物価の安定もダム経営があればこそ P153


大学は学問の場というよりも、交友の場というか、遊びの場のような雰囲気をおびてきた P198

アナロジー思考
アナロジー思考 細谷功

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"地頭力"で有名な細谷氏の最新刊。


アナロジー(類似)という特性を使うことで、自身の思考の枠組み・オプションを拡大させる方法を教示してくれている。アナロジーには表面的類似と構造的類似があるが、本書籍で言及されているのは「構造的類似」について。筆者は「すべてのものを関係させること」を意識することが、このアナロジー思考の習慣化につながるという。


本書にも書かれていたが歴史や事例研究(ケーススタディ)を学ぶ意味も、過去と現在または自分と紐付けて、よりよい意思決定やアクションを打つためにあるし、また組織の理論や考えを、自身に適用することでこれまでとは違った見方ができることもあるだろう。


私はよくサッカーや野球を例えにして、コンサルワークをしていることが多い。企業活動は難しい言葉や状況が飛び交っているが、日常的なものに例えることでシンプルに、そしてわかりやすく自分の考えを整理、または相手に伝えることができる。これも一つのアナロジーであろう。


また本書でIBMのSmarter Planetに関しての言及されているが、一つのソリューションを作り出すことで、それを地球の構造的問題に横展開することが、このSmarter Planetのコンセプトであり、一種のアナロジーを使っているとのことであった。一つのエッジの利いたソリューションと、壮大なビジョンがあれば、何か新しいものを作り出すことができるという一例かもしれない。


おそらく誰もが行っていたアナロジーという手法を体系だって説明してる本書の価値は非常に大きい。



先日の記事で、液晶のビジネスゲームに関する記事 を掲載しました。


シャープが苦境に立たされているという内容でしたが、追い討ちをかけるかのように多機能端末で鳴り物入りで販売された「ガラパゴス」が販売を終了するようです。iPadという強力なライバルがいる中での参戦でしたが、やはり先行優位が働き、事業として厳しかったのでしょう。


シャープの次の戦略はどう描けばいいのか。競争優位としての液晶、そして新規事業の柱として考えられていた「ガラパゴス」。個人的には新規事業の創造は一度諦め、「原点に戻る」ために今は耐えるか、または国際競争という舞台で活躍するためにサムスンなどの韓国・台湾メーカー連携し、対日本連合を迎え撃つかというのが一つの方向性かなと考えています。




「ガラパゴス」販売終了 成長戦略見直し迫られるシャープ 
産経新聞 9月15日(木)20時35分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110915-00000607-san-bus_all


 シャープの多機能端末「ガラパゴス」が、発売からわずか約10カ月で自社販売の終了に追い込まれた。先行する米アップルの「iPad(アイパッド)」に対抗できずに販売が低迷していたからだ。液晶テレビや太陽電池などに次ぐ新たな柱に育てるという戦略が、裏目に出た。


 「端末とコンテンツ(情報の内容)を結びつける新しいビジネスモデルに乗り出す」。シャープの片山幹雄社長は昨年秋、ガラパゴス発売の狙いをこう強調してみせた。


 液晶テレビを代表するデジタル家電は過当競争による価格下落が響き、採算が悪化。そこで期待したのが、コンテンツと結びつけてハードに付加価値を付けられる多機能端末だった。


 事業を軌道に乗せるためシャープは、DVDレンタル・書店チェーン「TSUTAYA」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)とコンテンツ配信の共同出資会社を設立。値崩れを防ぐために当初は店頭販売をせず、郵送やインターネットによる直接販売に限った。


 だが、ソニーや韓国サムスン電子なども参入し競争が激化する中、当初はゲームや動画を自由に楽しめなかったガラパゴスは、圧倒的なシェアを持つアップルの牙城を崩せなかった。


 調査会社のBCNによると、多機能端末の国内店頭販売シェアはシャープの1・5%(直接販売分含まず)に対し、音楽やゲームなど多様なソフトを楽しめるアップルは59・8%と断トツ。シャープはダーウィンの「進化論」で有名なガラパゴス諸島から名前を取ったが、顧客に多様な楽しみ方を提供する形に“進化”しきれなかった。


 片山社長が平成19年4月に就任以降、好調だった液晶テレビや太陽電池の収益にも競争激化で陰りが見え始め、シャープは需要が急拡大しているスマートフォン(高機能携帯電話)や多機能端末向けの中小型液晶パネルに力を入れる。


 ただ、中小型の分野も韓国や台湾勢との競合が必至で、シャープは成長戦略の見直しを迫られる。SMBC日興証券の三浦和晴シニアアナリストは「(イー・アクセス向けの製品提供を続ける)ガラパゴスには早く見切りを付け、他の分野に経営資源を集中すべきだ」と指摘している。

インド大手のタタグループが、雇用数という観点で英国最大の製造業者となっているという記事 です。


1877年イギリスはインドを従属国として、イギリス領インド帝国として従えていました。分離・独立をした1947年以降も影響を誇っていました。当時存在したイギリス東インド会社も「イギリスを支えるインドの冨」として、ひたすらインドに輸出を行い、貿易黒字を達成したという事実もあります。


しかし現在は、インドが隆盛を誇り、イギリスの経済を支えているという事実。


良し悪しは別として、世界のグローバル化・フラット化により、政治よりも先にボーダレス化を達成した経済が、歴史的な主従関係を逆転させたと言ってもいいでしょう。

5年後にはEメールというコミュニケーションツールが廃れ、インスタントメッセージやSNSが取って代わるという記事 が掲載されていました。


記事にもあるのですが、最近はメール洪水で、大事なメールを見落とししまったり、未読のメールが1年以上ボックスにあったりと本来の目的を果たせなくなっているのかもしれません。それでもメールは一方通行で、自分の好きなときに発信ができるので便利なのでしょう。


インスタントメッセージやSNSが取って代わるというのは、我々のメディアリテラシーの高度化を求めているといえます。こういうケースではこのツールが良いという選択をしていく必要があるからです。


ツールは何にせよ「伝わる」ことを意識したコミュニケーションを心がけねばいけませんね。