星新一『ブランコのむこうで』 | 文学どうでしょう

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立宮翔太の読書ブログです。
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ブランコのむこうで (新潮文庫)/新潮社

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星新一『ブランコのむこうで』(新潮文庫)を読みました。

星新一と言えばやはり、ショートショートですよね。ショートショートというのは、短編よりももっと短いもので、奇抜な発想とあっと驚くオチがその何よりの魅力です。

ぼくが図書館司書をしていた時も、理論社の星新一セレクションが子供たちの人気を集めていました。

ねらわれた星 (星新一ショートショートセレクション 1)/理論社

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同じく理論社で、明らかに同じ読者層を狙った、O・ヘンリーのセレクションがあるんですが、そちらはあまり人気がなかったです。

20年後 (オー・ヘンリーショートストーリーセレクション 1)/理論社

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海外のものは描かれている風景、人物名などに馴染みがないからか、子供にはあまり喜ばれない傾向があるものの、ぼくはO・ヘンリーが好きなだけに、ちょっぴり悲しかったのを覚えています。

星新一のショートショートは、必ずしも子供向けというわけでもないんですが、ストーリーの流れをじっくり楽しむという感じではないので、大人にとっては少し物足りなく感じてしまう部分があるのかも知れません。

さて、今回紹介する『ブランコのむこうで』はショートショートではなく、自分とそっくりの少年を追いかけている内に、夢の世界に入ってしまった少年の冒険を描いた長編です。

少年が入ってしまったのは単に夢の世界ではなく、「誰かの夢の世界」なんです。その「誰か」というのは、少年が移動するたびに変わりますので、短編がいくつかあわさった長編という感じでもあります。

『ブランコのむこうで』に一番近い感覚を持っている小説は、おそらくサン=テグジュペリの『星の王子様』(『ちいさな王子』)だろうと思います。

『星の王子様』でも、王子が訪れた色んな星の話が語られるんですが、いくつかのエピソードが語られること、そしてそのエピソードが極めて寓意的(メッセージ性のあるもの)である点などに共通点があります。

『ブランコのむこうで』で描かれる夢の世界というのは、言わば現実の裏返しなんですね。夢を見ている人は、現実では叶わないことを夢の世界で実現させようとしているわけです。

現実世界でなくしてしまったものを夢の世界で探したり、現実世界では頭を下げて生きていかなければならない人が、夢の世界では皇帝になって威張り散らしたり。

その現実と夢の世界との差が描かれることによって、何らかの意味合いが生まれてきます。『ブランコのむこうで』はそうした寓意性の強い物語なんです。

不思議な夢の世界に入り込んでしまった少年は、何とかこの夢の世界から抜け出そうとします。ところが夢の世界はまた別の夢の世界と繋がっていて、なかなか抜け出すことが出来ません。

はたして少年は、無事に現実世界に帰って来ることができるのでしょうか。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 その日は朝おきた時から、なにかが起りそうな感じがしていた。どんなふうな感じかと聞かれても、ぼく困ってしまうんだな。でも、こんな時にはっきり説明できないのは、だれだって同じじゃないかしらん。(5ページ)


なんだか不思議な予感を感じながら学校へ向かった〈ぼく〉。帰り道で自分とそっくりの後ろ姿をしている少年を見かけて、何だか気になってしまった〈ぼく〉は、こっそり後をつけていきます。

やがて、公園に入って行った少年はブランコをこぎはじめました。そっと顔を見ると、なんと〈ぼく〉とまったく同じ顔をしていたんです。「こんなことって、あるだろうか・・・・・・」(16ページ)と驚く〈ぼく〉。

また歩き出した少年の後をつけていき、少年が入った家に入ると、少年は〈ぼく〉を突き飛ばし、家から出て行ってしまいました。

鍵がかかっているのか、ドアはどうしても開きません。〈ぼく〉は見知らぬ人の家に閉じ込められてしまったんです。

「ここから出してくれよ」
「そのうちにね・・・・・・」
 そっけない返事。ぼくは聞いた。
「ここはだれの家なんだい。きみの家じゃなかったのかい。なぜこんなことをしたんだい」
「そのうちにわかるよ・・・・・・」(22ページ)


〈ぼく〉が家の中を振り返ると、なんと、そこには野原が広がっていました。〈ぼく〉は死んだはずのパパのパパ、つまりおじいさんと出会って、ここが夢の世界であることを知らされます。

夢の世界ではなにかの窮屈な空間に押し込められると、どうやら違う誰かの夢の世界へ行ってしまうようなんですね。

〈ぼく〉は自分でも意識しないままに、次から次へと夢の世界を移動して行きます。動物たちと暮らすピロ王子の夢の世界では、〈ぼく〉は空飛ぶ大きな金魚に乗りました。

風船のような金魚っていうのか、金魚のような風船というのか、ゆっくりと浮かびあがった。口の先で扉を押しあけ、ひれを動かし空気のなかを泳ぎはじめた。ピンクのゾウの上を三回ほどまわる。
 なんといったらいいのか、とにかくふしぎな乗りごこちなんだ。落ち着いていて、ゆらゆらとしていて、静かで、気品があるっていうのかな。ちょっとふりかえって見ると、大きくみごとなしっぽが風のなかでゆれている。いい気分だった。(60ページ)


ピロ王子が夢の世界で眠りにつくと、現実世界のピロ王子が目を覚まします。現実世界ではもちろん王子ではありません。

〈ぼく〉がまぶたを閉じると、現実世界のピロ王子が見ている風景を見ることが出来ます。〈ぼく〉はピロ王子が何故こんな夢の世界を作り上げたかに気が付いて・・・。

〈ぼく〉は、誰かを必死で探している女性、逆らう人間を処刑しようとする皇帝、停留所でバスを待っている女性、石で彫刻を彫っているおじいさんなど、いくつかの夢の世界に行くこととなります。

中でも最も印象に残る話は、彫刻を彫っているおじいさんのエピソードではないかと思います。

おじいさんは若い時から、大理石で理想の世界の彫刻を作ろうと石を掘り続けて来たんです。しかし・・・。

「そうだよ。議論のあげく、その意見が正しいと思ったら、わたしはそれをとりいれて作りなおした。何度も何度も作りなおした。ひとの意見を参考にし、目的に役立てるのはいいことだ。作りなおすたびに、石はいくらか小さくなってゆくが、できはよくなってゆくようだった。よくはなってくるんだが、これで満足できるという気分には、なかなかなれない。その反対というべきだった。一応できあがった形と、心のなかで思っているものとのずれ。それをはっきり感じてしまうんだよ。できあがったとたんに、大きな欠点に気づいたりもする。がっかりしたり悲しくなったりしたものだよ。しかし、こんな話、坊やにはつまんないんじゃないかい」(176ページ)


理想を追い求めて、彫り続けるものの、いつだってその彫刻は完成にはほど遠いんです。

自分の理想と彫ったものとの間には決して埋めることのできない差があります。そしていつしか、石そのものが小さくなっていってしまうんですね。

ちなみに、このおじいさんだけ、〈ぼく〉は現実世界を見ていません。それだけに最も抽象度が高く、最も寓意性の強いエピソードです。

何故、現実世界が描かれていないかは、2通り考えられて、あまりにも誰かを限定する人物であるか、もしくは逆にすべての人がここには重ねられているかのどちらかだと思います。

誰かを限定する人物というのは、言い換えれば、このおじいさんは星新一自身であるという読み方です。おじいさんの語る言葉というのは、作家など芸術家の持つジレンマと重なります。

或いは、このおじいさんの抱える悩み、理想と現実の差というのは誰もが抱えるものでもありますから、すべての人の人生そのものがここで描かれているという読み取り方もできるでしょう。

夢の国をさまよう〈ぼく〉は、はたして現実世界に戻ることができるのか!?

とまあそんなお話です。ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』など、夢を思わせる不思議な世界に行ってしまう話は結構ありますよね。

ただ、『ブランコのむこうで』で特徴的なのは、そこが「誰かの夢の世界」であり、現実世界の影響を大きく受けていることです。

現実の世界と夢の世界との差にメッセージ性が生まれて来るのが、とても印象的な作品です。興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

おすすめの関連作品


リンクとして、アニメ映画を2本紹介します。

夢を舞台にしたSFと言えば、『パプリカ』がおすすめです。

パプリカ [DVD]/ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

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今敏監督のアニメ映画で、原作は筒井康隆の小説です。原作も面白いですよ。

夢を共有できる装置が何者かに盗まれてしまい、やがてそれは事件へと発展してしまいます。犯人を追う刑事は、謎めいた夢探偵パプリカと出会い・・・。

とまあそんなお話でして、『ブランコのむこうで』はどちらかと言えばファンタジーに近いタッチで夢の世界が描かれますが、『パプリカ』では悪夢的な要素、夢の持つグロテスクさもしっかりと描かれているのが特徴的です。

では、続きましてもう1本。

ある意味では伝説のアニメ映画が、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』です。

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー [DVD]/東宝ビデオ

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『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は、高橋留美子のマンガを原作にしたアニメ映画で、『攻殻機動隊』や『イノセンス』で有名な押井守監督作品です。

ある程度『うる星やつら』のキャラクターを知っていた方が楽しめるとは思いますが、この物語の内容がすごいんですよ。

みんなで学園祭の準備をしているんですが、実は同じ日がくり返されているんですね。ところが誰もそれに気が付きません。やがて異変に気が付く人が現れますが・・・。

とまあそんな斬新な発想のお話で、ぼくは詳しくは知りませんが、涼宮ハルヒのアニメなどにも影響を与えたようです。

アニメ映画も機会があれば観てみてください。

明日は、アイザック・アシモフ『ロボットの時代』を紹介する予定です。