ドナルド・E・ウェストレイク『バッド・ニュース』 | 文学どうでしょう

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ドナルド・E・ウェストレイク(木村二郎訳)『バッド・ニュース』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読みました。

 

ドナルド・E・ウェストレイクは、個人的にはとても好きな作家の一人なのですが、まず角川文庫やハヤカワ・ミステリ文庫など色々な所に分散して翻訳されていること、そして何よりその翻訳が絶版になっていることが多いので困ります。

 

小説というより映画でわりとよくあるジャンルなんですけど、小粋な盗賊団の奮闘が、コミカルなタッチで描かれることあるじゃないですか。ああいうジャンルはなんていうんですかね、クライム・コメディでしょうか。

 

クエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』とか、ガイ・リッチー監督の『スナッチ』とかの、ああいう感じです。今公開されている映画で言うと、カレン・ギラン主演の『ガンパウダー・ミルクシェイク』とか。

 

そういうクライム・コメディを書く小説家でおすすめが何人かいて、まず筆頭にあげられるのが、映画化された作品も数多いエルモア・レナード。タランティーノ監督の『ジャッキー・ブラウン』の原作『ラム・パンチ』などを書いた人です。

 

 

 

 

そしてもう一人のおすすめ作家が、そう、今回紹介するドナルド・E・ウェストレイク。以前(2014.02.14日)このブログでもシリーズ第一作『ホット・ロック』を紹介したことがありますが、犯罪プランナーのジョン・ドートマンダーとその愉快な仲間たちの奮闘を描くシリーズで人気を集めました。

 

 

今回紹介する『バッド・ニュース』はシリーズ第十作目。前述した通りハヤカワ・ミステリ文庫や角川文庫などに翻訳が散らばっていますし、そもそも今は絶版で本が手に入らないものが多いと思います。翻訳自体ない作品も。オフビートな感じが抜群に面白いんですけどね。

 

さてさて、『バッド・ニュース』は、墓泥棒のようなこと(棺桶ごと死体を別の死体とすりかえる)を請け負う羽目になったドートマンダーと、いつもおかしな話を持ち込んでくる相棒のケルプが、いつしか巨大な詐欺事件に巻き込まれていってしまうというお話。

 

脛に傷を持つ犯罪者同士の、だらけた会話のやり取りがたまらなくユーモラスで、これはもう好きな人にはたまらない感じだと思います。僕はこういう作品のテイストがめちゃくちゃ好きですね。どことなく間抜けだけど、ところどころかっこいい感じもちゃんとあって。

 

予想していたことと違って、思いがけない不運な出来事がドートマンダーと仲間たちの身に次々と降りかかってしまうわけですが、その絶体絶命の窮地の中で、策士ドートマンダーの頭脳が光るのが見どころです。

 

作品のあらすじ

 

ショッピング・センター〈スピードショップ・ディスカウント・ストア〉で高級カメラを盗もうとしていたジョン・ドートマンダーでしたが、防犯警報器が作動してしまい、店中の明かりがつきます。武装した警察が駆けつけてくるのはすぐでしょう。

 

警官たちに囲まれるという絶体絶命の危機を、驚くべきアイデアで辛くも乗り切ったドートマンダーでしたが、当然予定していたお金は手に入りません。そんな時に相棒のアンディー・ケルプが千ドルの仕事を持ちかけて来たので、ドートマンダーはやむを得ず引き受けたのでした。

 

ケルプは依頼人とはインターネットで知り合ったと言い、その依頼人のフィッツロイ・ギルダーポストとドートマンダー、ケルプの三人はヴァンで墓場へと向かいます。ドートマンダーは別の車がつけてきていることに気づきました。

 

ドートマンダーとケルプが請け負ったのは、棺桶ごと死体を別の死体と入れ替える仕事です。墓地の墓石には「ジョゼフ・レッドコーン」と書かれており、ポタクノビー族という先住民のものでした。シャベルで棺桶を掘り出し、別の棺桶と入れ替えます。

 

仕事が完了した後、入れ替えた死体を橋の上から水路に捨てるとギルダーポストは言い、三人はヴァンで移動しましたが、自分とケルプをここで始末するつもりだろうと見抜いたドートマンダーは、隙を見てギルダーポストからリヴォルヴァーを奪いました。

 

一方ケルプも、尾行していた車の主で、ギルダーポストの仲間のアーウィン・ゲイベルを捕まえてきます。初めから二人に千ドルずつ支払うつもりのないギルダーポストはお金を持ってきていなかったので、ドートマンダーとケルプは進行中の計画に自分たちも入れろと要求し、犯罪の証拠が残された車を奪ったのでした。

 

「おれたちと話したくなったときに、アンディーと連絡を取る方法は知ってるはずだ。インターネットだ」(61頁)と言い残したドートマンダー。やがてギルダーポストが電話をかけて来て、ギルダーポストたちが三人組だと分かったので、バランスを取るため、自分たちも昔馴染みのタイニー・バルチャーを仲間に加えます。

 

仕掛けようとしている大掛かりな詐欺について詳しい話を聞く場で、なおもまだギルダーポストらはドートマンダーたちを亡き者にしようと様々な罠を仕掛けますが、タイニーがピンを外した手榴弾を手に行動してそれを防いだことで、結局は腹を割って話す六人の仲間となったのでした。

 

ギルダーポストが連れて来ていた最後の仲間は、リトル・フェザーを名乗っている、先住民の血を引く美女。この美女が計画の要でした。現在カナダの国境近くにはカジノがあり、三部族がその権利を牛耳っています。

 

ポタクノビー族、オシュカワ族、カイオタ族の三部族の内、ポタクノビー族の血脈は途絶えており、残りの二部族でカジノの売上金を分配しているのですが、もしもポタクノビー族の子孫が現れたなら? 売上金を分配する必要があります。カジノが始まった時からの分も含めて。

 

ドートマンダーは現実に起こったアナスタシア事件を思い出し、リトル・フェザーが、その子孫になりすますのだと詐欺の内容を理解しますが、タイニーは、「だが、今じゃアナスタシア詐欺はできないぞ。今じゃDNA鑑定をされるし、本物じゃないと証明される」(107頁)と指摘します。

 

他の面々は事情が分かっています。むしろDNA鑑定こそが狙いなのです。何故なら、ポタクノビー族のジョゼフ・レッドコーンの墓の中身は入れ替えられ、今はリトル・フェザーの祖父の死体が入っているのですから。

 

ドートマンダーらに約束された報酬は十万ドルで、いくつかの思いがけない出来事が起こったものの、詐欺計画は順調にうまく進んでいきます。ところがドートマンダーはリトル・フェザーたちを信用できず、また特にやることもないので、一緒に暮らしているメイに愚痴をこぼすのでした。

 

「彼女があなたをだますと思うの?」
「自分の母親がたまたまそばにいたら、あの女は自分の母親でもだますと思うね」ジョンが言った。「だが、タイニーは侮辱されるのを好まないと思う。それで、このヤマから何かを手に入れるだろう。遅かれ早かれね。だが、それまでのあいだ、おれはここにいるのに、いろいろな動きがあるのはくそ寒いプラッツバーグだ。おれがあそこへ行っても意味がない。おれはここで何もすることがないし、あそこでも何もすることがない。つまり、どこにいても何もすることがないわけだ」
「もしかしたら」メイが言った。「ほかにすることを捜すべきかもしれないわよ。普段しているようなことを。装甲車とか、宝石店とか」
「捜せるとは思えないな」彼が言った。「このヤマで二進も三進もいかないみたいな感じだ。ほかのことは何も考えられない。もしかしたら、急におれが必要とされるかもしれないので、どこかでほかのことをするべきじゃない」彼は首を横に振り、ボウルの中身のほうに顔をしかめた。そこの灰色の塊は今では乾燥しているように見えた。「おれがこんなことをきみに言うとは思わなかったがな、メイ、問題が何なのか、わかってるんだ。問題は、すべてが簡単にいきすぎることなんだ」(269頁)

 

やがて思いがけない出来事が次々と起こっていき、詐欺計画は暗礁に乗り上げてしまいます。他のみなは絶望して諦めようとしますが、しかしようやく自分の出番がまわってきたとドートマンダーは生き生きとして、困難を解決するための驚くべき作戦を考え始めて……。

 

はたして、カジノの莫大な売上金を狙った、ドートマンダーたちのなりすまし詐欺の結末はいかに!?

 

とまあそんなお話です。ドナルド・E・ウェストレイクの小説はどれもコミカルな雰囲気で面白く、クライム・コメディは、映画ではわりと人気のあるジャンルだと思うので、ドートマンダーシリーズもまた新たに映画化されたら大ヒットしそうな気もしますけどね。

 

逆に言うと、コミカルなタッチにこそ、好き嫌いの分かれる部分があるかもしれません。楽しく読める分、シリアスなハラハラドキドキさには欠ける感じがあるので。ただ娯楽作として、何も考えずに読めるというのはそれだけで魅力的だと個人的には思います。

 

今では絶版となっていて、なかなか本が手に入りづらいのですが、ドートマンダーシリーズも色々と読んでいきたいですね。そして、ウェストレイクがリチャード・スタークという別名義で書いて、何度か映画化されている悪党パーカーシリーズも気になるところです。