ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』 | 文学どうでしょう

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不思議の国のアリス (新潮文庫)/ルイス キャロル

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ルイス・キャロル(矢川澄子訳)『不思議の国のアリス』(新潮文庫)を読みました。

『不思議の国のアリス』は、みなさんご存知ですよね。アリスがへんてこな国へ行ってしまう物語です。ぼく自身もそうでしたが、最初はディズニーのアニメなど、映像化された作品から入るのではないでしょうか。

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最近では、ティム・バートン監督の『アリス・イン・ワンダーランド』というのもありましたね。

アリス・イン・ワンダーランド [DVD]/ジョニー・デップ,ミア・ワシコウスカ,ヘレナ・ボナム=カーター

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ディズニーの『ふしぎの国のアリス』は、あの双子みたいなキャラクターなど、『鏡の国のアリス』からとられている部分もありますが、ほとんど忠実に映像化されているのではないかと思います。笑いだけ残るチェシャ猫は、原作よりも印象的だったりします。

『アリス・イン・ワンダーランド』は、『不思議の国のアリス』のアリスが成長してからまたあの不思議な世界にやって来たという、後日譚みたいになっています。映像がすごくきれいですよ。

ジョニー・デップ演じるマッドハッターが目立ってます。あと白の女王を演じたアン・ハサウェイもよかったですねえ。いやぼくが単にアン・ハサウェイが好きなだけですけど(笑)。「赤の女王」「白の女王」辺りは『鏡の国のアリス』からとられていますね。

ではこれらの映像作品を観たら、原作はもういいのかというと、決してそんなことはなくて、映像化されることによって失われるものがいくつかあります。

まずは原作にある言葉遊び。特に「9 ウミガメモドキの物語」のウミガメモドキの台詞はユニークです。学校で習うのが、読みかた書きかたではなく、「酔いかた掻きかただよね、はじめは、もちろん」(134ページ)というところがあります。

こんな風に、『不思議の国のアリス』の中では、不思議な国のキャラクターの台詞が、アリスの価値観と違っていて面白いところがいくつもあるんです。へんてこな国でへんてこなやつがへんてこなことを言っているわけですが、そこにはちゃんと整然とした論理が働いているような感じもあったりします。

原文のそうした言葉の面白さは、日本語にあわせてよく翻訳してあるなあと感心しましたが、多分英語の方がもっとずっと面白いというか、ちゃんと韻を踏んでいてもっと分かりやすいはずです。いつかは英語で読んでみたい作品の1つです。

それから、映像はどうしてもイメージの固定に繋がりますから、抽象的な方がより面白い部分もあると思います。たとえば「8 女王さまのクロケー場」では、バットをフラミンゴ、ボールをハリネズミでゲームをします。たしかに映像でも同じことは表現されているんですが、この身近なものが動物に変化しているというイメージは、想像するとすごく面白いと思うんですよ。

キャラクター世界にキャラクターがいるので、アニメなどでは違和感があまりないと思いますけども、たとえばですよ、みんなでサッカーをするとしますよね、そのサッカーボールがもしアルマジロだったら、と考えると面白くないですか? 想像しただけでシュールで面白いですよね。野球のバットだと思って握ってるけれど、よく見たらキリンの首だったとか。

シュールな世界観も面白いですが、映像化できない言葉の面白さ、みたいのが詰まった作品でもあると思います。

作品のあらすじ


みなさんご存知だろうと思うので、簡単に。

本を読んでいるお姉さんと一緒に土手にいるアリス。「挿絵もせりふもない本なんて、どこがいいんだろう」(13ページ)と思って退屈しています。

その時、白ウサギが通り過ぎて行きます。「たいへんだ、たいへんだ、遅刻しそうだ!」(14ページ)と言いながら。アリスは白ウサギの後を追いかけて行って、ウサギ穴に飛び込みます。そして穴の中をずっと落ちていきます。ずっとずっと。長い間。

ようやく地面に到着すると、また白ウサギの後を追って、通路を歩き、大広間に行きあたります。たくさんドアがあるけれど、どれも鍵がかかっているんです。1つ鍵を見つけて、その鍵にあう小さなドアを見つけてドアを開けると、すてきな庭が広がっています。でもドアが小さすぎて、アリスはとても通れません。

アリスは他の鍵がないかとテーブルの上を探すと、小さなビンを見つけます。さっきはなかったはずのビン。ビンのラベルには、〈ワタシヲオノミ〉と書かれています。それを飲むと、アリスの体はどんどん小さくなっていきます。ところが折角小さくなったのに、鍵をテーブルの上に忘れてきてしまったので、ドアは通れません。

今度は、テーブルの下にホシブドウで〈ワタシヲオタベ〉と書かれているケーキを見つけます。それを食べると、今度は体がぐんぐん大きくなっていき、頭が天井につかえるくらい大きくなってしまいます。しくしく泣き出すと、涙はあふれて海のようになります。

その状況からアリスがどうやって抜け出したかは、ぜひ本編にて。シュールさというのは、夢の世界に似ているところがありますが、なぜかあるものを持っていて、それが不思議であると同時に、そういうものだという納得できるあの感じ、面白いです。

アリスは様々な不思議な国の住人たちと出会います。イモムシ、チェシャネコ、「め茶く茶会」を開いているウカレウサギと帽子屋、そしてネムリネズミ。トランプたち。ハートの女王などなど。

クライマックスは裁判の場面になります。キャラクターたちがほぼ一堂に会して、誰がパイをとったかという裁判をするんです。

「この子の首を切れい!」(172ページ)とハートの女王は言います。ハートの女王はいつも誰かの首を切ろうとするんです。証言台に立ったアリスはむっとしてこう口を開きます。「なによ、あんたたちなんて」(172ページ)さてなんと言ったでしょう? 本編にてのお楽しみです。

エピローグには、アリスのお姉さんが出てきます。これは原作ならではの特徴だろうと思いますが、アリスは走り去ります。その後、アリスのお姉さんがアリスについて思いをめぐらすんです。しみじみとした余韻が残ると同時に、物語がもう一度違った形でとらえられている場面だと思います。

ここはすごく印象的でしたね。なくてもいい場面。でもこれがあることによって、物語が物語としての大切ななにかを保ち続けている気がします。

おすすめの関連作品


最後に映画を3本紹介して終わります。

まずは、チェコのアニメ作家、ヤン・シュヴァンクマイエル監督の『アリス』です。

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これを観た時は、結構グロテスクな印象があって、あんまりおすすめではないなあと思ってましたが、原作を読み直してみると、意外といい線いってるんじゃないかとも思いました。元々がシュールでグロテスクな感覚を持った小説なのではないかと。

『アリス』は実写とコマ撮りが融合されていて、世界観は独特で面白いですが、ファンタジーな感じではなく、ちょっとリアルで気持ち悪い感じです。その辺りを覚悟して観れば、観る価値は充分あります。

『不思議の国のアリス』は、他の小説や映画にも多大な影響を与えています。特に〈現実世界〉と〈不思議な世界〉という2つの世界が出てくる物語は、ほとんど『不思議の国のアリス』のバリエーションと言ってもよいと思います。特に印象的な映画を2つ。

なにをおいても『マトリックス』でしょう。『マトリックス』相当好きですよぼくは。

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『マトリックス』でも〈現実世界〉と〈不思議な世界〉が描かれます。そこにある驚きの仕掛けがあって、かなり衝撃を受けた映画です。SF的、いやあるいは哲学的に相当面白いです。アクションやあの銃弾の描写など、映像もスタイリッシュでかっこいいんですが、なによりストーリーというか、世界観の設定がすごく好きですねえ。

『マトリックス』の中では、台詞などに『不思議の国のアリス』を彷彿とさせるものがいくつか出てきます。その辺りにも注目しながら、まだ観てない方はぜひ観てみてください。

それから宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』です。

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『千と千尋の神隠し』は、ぼくがジブリ映画の中でもっとも好きな作品です。リアルタイムで劇場で観て、本当に衝撃を受けました。終わって欲しくないと思った映画は始めてです。その後もしばらく物語の余韻みたいのが残りました。一時期、本も映画も読めなかったくらいの衝撃。うまく説明出来ませんけども。

『千と千尋の神隠し』は、非常にうまく『不思議の国のアリス』の要素を取り入れている作品だと思います。ウサギ穴とトンネルなど、イメージが重なる部分がたくさんあります。

『千と千尋の神隠し』と『不思議の国のアリス』を比較すると浮かび上がってくるものがあって、それは千尋とアリスの不思議の国の住人への態度です。

千尋には不安と怯えがあります。一方で、アリスはふてぶてしいというか、全然怖れないんですね。ハートの女王に対しても。ある意味で傲慢というか、すごく強いキャラクターだと思います。不思議な国の不思議な倫理に全く耳を傾けない。

『千と千尋の神隠し』では、千尋の不安や怖れは、やがて強さと勇気に変わります。つまり千尋の成長が描かれているわけで、そこがまさに面白いところなんです。まだ観たことのない方はぜひぜひ。

では全体のまとめを少し。『不思議の国のアリス』は、いわゆる長編の形式ではなくて、断片的なものが集まったような形式になっています。アリスの成長が描かれるわけでもなく、へんてこな国のへんてこな出来事がいくつか並列的に描かれます。つまりストーリーを楽しむ本ではなくて、その断片断片のシュールさを楽しむ本です。設定や言葉遊びがユニークなんです。

原作を読んでいる方は少ないと思うので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。

あっ、そうそう、新潮文庫の翻訳は多少癖があって、語り口調になっているんですが、他にもっといい訳というか、ニュートラルな訳があったら、コメントでぜひ教えてください。他の訳でも読んでみたいと思っています。