中央大学学友会体育連盟ラクロス部 Official Blog

中央大学学友会体育連盟ラクロス部 Official Blog

中央大学学友会体育連盟ラクロス部です!
選手やスタッフの熱き想いを是非ご覧下さい!

私にはどうしても忘れられず、未だ見返すことができていない試合が2つある。

24シーズン法政戦そして、25シーズンの明治戦だ。

どちらも、胸が引き裂かれるような苦い記憶として、今も鮮明に心に残っている。
2試合とも結果以上に、どちらも「自分への後悔」が心に深く刻まれた試合である。

勝てばFinal4に大きく近づく法政戦、増岡陽大の劇的ジャンシューにより4Q残り15秒で1点リード。
5ヤード下げでショートウィングに立つ自分。再開の笛が鳴る、被ブレイクで相手FOが向かってくる、ラスト10秒。
咄嗟に出たのは手いっぱいに伸ばしたクロス。体が動かなかった。あと一歩、足が出せなかった。

相手のスコアが成功し、同点。

「あのときなぜ、一歩、足が動かなかったのだろう」

何百回とやった練習。毎回も自分に言い聞かせていたプレー。
その一歩の重みを、目の前で夢が潰れる瞬間に知った。

そして1年後のリーグ最終戦、勝利以外は入れ替え戦となる明治戦。
1Q終了時3-0。迎えた2Q、ミスから2点を返され、3-2。
次の1点がこの試合を大きく変える、そう意気込んで2Q残り5分、ゴール横から中に切り込む。

相手との接触。

ピッチに倒れ込んだ。その後のことはあまり覚えていない。

ただはっきりと覚えているのは、
植村さんからの「あとは託そう。救急車呼ぶぞ。」の声とあのどんよりとしたやけに遠く感じた曇り空だけ。

今度はピッチに立つことすら出来なかった。

気がつけば救急車の中。隊員さんの声と真っ白な天井がやけに冷たく感じた。

「もうお前のラクロスは終わりなんだ」
誰にも言われていないのに、頭の中で何度もその声が響いた。

それと同時に走馬灯のように後悔が押し寄せてきた。
「もっとできた日」は確かにあった。
抜いた日、妥協した日。自分に負けた瞬間の数々。
見て見ぬふりを続けてきたツケはよりにもよって、
リーグ最終戦という舞台で、最も多くの人が見ている中で、試合という絶対に誤魔化せない場で、容赦なく突きつけられた。

あのとき流した涙は、痛みの涙ではない。
「記憶の片隅にある弱い自分」への後悔だった。

— — — — —
少々感傷的に物語の導入っぽく始めました。
いかがだったでしょうか。

さて、学生コーチのボスである士雄から愛のある素晴らしい紹介をいただきました。

改めまして、2025シーズン、中央大学ラクロス部の主将を務めさせて頂いた34期の横田慈英です。

初めに、平素より弊部に関わってくださっている全ての方々に、心より感謝申し上げます。
この1年間、主将として、数えきれない人と関わる中で、私たちが当たり前にラクロスに打ち込めて、日本一を目指せるのは、そのための環境を作ってくださる方々、応援してくださる方々がいるからだと改めて実感しました。この当たり前を当たり前にしない。感謝を行動で体現できる自分であり、組織でありたいと思います。

私はこれまで沢山の先輩や同期のラストブログを読む度に、心を動かされてきました。

たった数分で終わる文章なのに、4年間の積み重ねがぎゅっと詰まっていて、その人の全てを知ることはできないけれど、読んでいるだけでその人の人生を覗き見したような感覚になります。そして、そこに綴られた言葉たちは、どこか自分と重なって、いつも心がざわついたり、奮い立ったりしていました。

「自分がラストブログを書くとき、どんなことを感じるんだろう」

そんな問いに、いま、ようやく自分なりの答えが見えてきた気がします。

このブログでは、ひとりのプレイヤーとして、そして主将として、ラクロス人生を振り返りながら、正直な言葉で綴っていきたいと思います。

ここまでの人生のバイブルとして、今後の人生で見返せるように、1万字を超える超長編になっていますのでお時間がある際にご一読ください。

(1万字読み切るには、一般的に15分から20分かかるらしいです。)

— — — — —
高校1年

カナダ、オンタリオ州。

体育の授業で、先端に小さな網が付いた木の棒を手にする。

「こんなスポーツあるんだ。世界って広いな。」

これが私とラクロスの出会いである。

そこから時が経ち、高校の終わり頃、大学で何かに打ち込みたいと思っていた私は、親友の塾の先生が大学でラクロス部に所属していて、その話を聞いていた。

ラクロスという競技は、

「ほぼ全員が大学から始めるスポーツ」
「大学からでも日本一や日本代表を目指せる」
「自分次第でどこまでも行ける」

そんな甘い言葉に誘われ、ラクロスの魅力にどっぷりと浸かっていった。

大学入学後は迷わず、ラクロス部に入部。
そこではスタッフとプレイヤーという関係性で、幼稚園の幼馴染と再会したり、主将で日本代表の雄介さんに出会えたり。沢山の出会いと刺激があった。

そんな中、世間ではコロナウイルスの感染拡大が再加速。部活動の停止が決定。その後、校風もあり、他大の体育会が活動を再開する中、一向に始まらない部活。

「ラクロスは最初の100日が大事」

ただただ焦りともどかしさが続く期間だった。

サマーまで1ヶ月半、部活が始まる。
すぐに練習試合があった。当時1部所属の武蔵大学。結果は大惨敗。何より個人として全く通用しなかった。

— — — — —

人生には2つのフェーズがある。

「どの道を選ぶか」
「選んだ道をどう生きるか」

人生の大半は後者のフェーズで生きていく。
身を置く環境として、前者を選べる瞬間は人生で数えるほどしかない。

— — — — — 

最後の学生生活。

何もない「よーいスタート」の地点から、自分がどこまで行けるのかを試してみたかった。
どうせやるなら、人生で一度くらい本気で。

その上で、どうせなら、自分が知らない、想像できない世界が広がっている道を選びたい。

当時、関東では過去10年間で、たった2校が9回の優勝を独占していた。そう、絶対王者であり圧倒的強者、慶應と早稲田である。

そんな中、過去5年間で4度のFinal4に進出している大学があった。17.19.20.21年。一度も決勝の舞台にたどり着いたことはない。

「絶対的な存在を倒して、頂点を獲る」

ずっとスポーツ弱小校に身を置き、全国や世界で活躍する同世代を、画面の向こう側の存在として見ていた人間を奮い立たせるには充分すぎる言葉だった。

中高6年を共にした親友もそこにはいたし、最後は「漫画みたいでおもしろそう、かっこいい」といった勢いも含めた理由で中央大学に入学した。

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大学1年

選んだ道を正解にするべく、まずは同期集めと、新歓活動を誰よりも頑張った。

そしてラクロス大好き少年というままに授業をほったらかし、壁とゴールに向き合い続けた。

練習中は、同期に強く当たる毎日で、周りとの協調なんて上の空、とにかく強くなりたい、勝ちたいの一心で毎日を積み重ねていった。

練習外は、優斗さん日向さんと共に、毎日の練習メニューを考え、試合に出るメンバーを決め、先輩スタッフに共有する。

個人としては、1番上手かったし、敵なし状態、他大とやっても、上級生とやっても、これは通用しているなという圧倒的な自信で溢れていた。

さて、ここまでを聞いてどう感じるだろうか?

恐らく、生意気だとか凄いとか様々な反応があると思うが、私にとってはどれも「当たり前」の感覚であり「当たり前」の日常だった。

そして当たり前に好成績を残すと臨んだ新人戦。

1度も決勝に行くことなく、敗退。

あすなろは不戦敗。

自分が向き合い続けたと思っていた練習も同期も、成果を出す基準には達していなかったし、方向すら間違っていたかもしれない。

いわゆる勘違い、井の中の蛙状態である。自信が実力の蓋をしているだけであると薄々気付きながらも、そんな自分を受け入れられないままシーズンは終わった。

そして結果以外でも、新人戦に全体応援で来ないチーム、不戦敗決定後にヘラヘラしている同期。

チーム愛や同期愛というものは架空のものなのかと心が砕かれた瞬間であった。

冷静に振り返ると、当時の自分は浮いていたと思うし、心が砕かれたなど被害者ヅラをするに足る振る舞いをしていなかったと思う。

それでも走り続けることが出来たのは、自身の怪我と向き合いながら34期に時間を使ってくれる2人の優しさと、同期からの呆れも含めた放任と信頼によって成り立っていたと感じている。

この1年は、「当たり前」とは何かを考えさせられた1年間だった。

ラクロスが出来る当たり前
学生コーチがいる当たり前
1年生がラグビー場で練習出来る当たり前
上級生が応援に来てくれる当たり前
大会に出場できる当たり前

これらの当たり前は今の下級生にとっては当たり前であるが、私が1年生の時は当たり前ではなかった。

そしてこんなことを言っている自分の34期が経験した「当たり前」もまた、誰かの「当たり前」ではなかったということ。

全ての「当たり前」はどれも当たり前ではなく、当たり前に押し上げてくれた人たちがいるからこその産物であるということ。

冒頭にも書いたように、この当たり前の事実を忘れずに当たり前にしない自分でいたいし、組織であって欲しい。


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大学2年

2桁を超える長い選考会を乗り越え、関東ユースに選抜。
ある意味で積み重ねの成果と言えるが、周りの実力の伸び具合が凄まじく、半年前に感じていた圧倒的な自信は揺らぎつつあった。

そんな中、春先から自分のラクロスが完全に楽しいものではなくなった。

圧倒的なフィジカルとシュート力を持つ32期とメンツの揃い具合がおかしい33期。
自分が持っていたOFとしての自信はあっという間になくなった。

いろいろ試しながらプレーする余裕はなかったし、何よりこんなにも上手くいかない。
2年生から活躍している姿を信じて疑わなかった自分にとって、何でこんなに上手くいかないんだ、自分は上手い、上手くなければいけないという実績も根拠もないプライドが自分を邪魔した。

そんな中、毎年恒例となるクリア問題が発生して、自分はALLとしてDFも担うようになった。
当時はOFとしても評価してるとかいろいろ言われたが、今考えるとシンプルにOFでは試合では使えないし、チームとしてSSDMに置きたいと思うのは当然だった。

その後はSSDMというポジションに魅せれた。
抜かれて当たり前というポジションでボールダウンさせた時の脳汁はすごいし、OFの時よりもチームに貢献出来ている感覚がはっきりとあって楽しかった。
この時の経験は今年のOFユニットを作る上で、自分自身のラクロスIQ向上に大きなプラスとなった。

この流れのままリーグ戦期間に突入。
開幕戦スタメンを掴み取り、獨協戦勝利に貢献。
勝つか負けるか分からないギリギリの試合で勝つという経験。
勝った瞬間の胸の高鳴り、心から喜ぶってこういうことなんだと本当に嬉しかった。

しかし獨協戦の3日後、インバートで滉士郎に渾身のプッシュをした後、足に引っ掛かり転倒。
右手親指1本で全体重を支えられるわけもなく悶絶。

「右手親指MP関節靱帯断裂」

診断された時の絶望感は今でも忘れない。

「ぼくはどうすればいいのでしょうか」

放心状態で病院から植村さんに送ったLINEの文章。

今、手術をすれば、リーグ戦出場は絶望的。
プレーを続ければ、今後一生不自由になる可能性。

自分がチームに貢献している感覚が強くあったからこそ難しい決断だった。
植村さん、萌乃さんと何回も相談して、結果的に手術を選択し、長いリハビリ生活が始まった。

リハビリと見学の毎日、出来ることをやろうと当時滉士郎と一緒にモチベ最高潮だった筋トレと増量に励んだ結果、80kgまで増量成功。

オフザピッチで成果が出始めた反面、ピッチ上では、チームが負けていく姿をただボックスの端から眺めることしかできなかった。 

絶対王者の背中はあんなにも遠いのかと、どこか他人事のように感じた慶應戦。
チームがクリアで大苦戦していて、もどかしさを感じた一橋戦。
スタンドから試合を眺めたほとんど記憶がない日体戦。

様々な想いを持って迎えた最終東海戦。
当初の復帰時期より1ヶ月早く復帰。

3Q、中央のマンダウン、ゴリさんが弾いたボールを取り、自陣から5人を抜いてのブレイクショット。
駆け寄ってきてくれた32期の先輩たち。智紀さんに持ち上げられた上空30cmからの景色は一生忘れないし、自分のラクロス人生の中で大きな瞬間だった。

分かりやすい挫折を経験し、プライドなんてものはなくなり、人が変わったかのように自信もなくなった。
こんなにも1年は早く過ぎるものなんだと、自分の無力感を感じながら、あっという間に初めてのリーグ戦シーズンが終わった。


— — — — —
大学3年

挫折のシーズンが終わり、ありがたいことに幹部になった。
チームがどのように作られていくのか、そしていかに難しいものなのか、それを目の当たりにしながらも、基本的にただ眺めているだけだった副将としてのオフシーズン。

そんな中、自分の中で何かが壊れ始めていた。

体が思うように動かない。 

年の瀬から3ヶ月以上、溶連菌、扁桃炎、コロナ、インフルエンザなど、ありとあらゆる体調不良に見舞われた。

2週間に1回のペースで38度を超える熱が出る状態で、 何かがおかしいということで全身の検査を行った。

「自律神経失調症」

診断を聞いたときは何故かそう悲観的にはならなかった。
むしろ時間が経つにつれて「驚きと安堵」という2つの感情が湧いてきた。

1つ目は、自分のことをメンタルの強い人間、切り替えが上手い人間と自負しているくらいには自己肯定感が高いと認識していた。そんな自分が、自律神経失調症というメンタルヘルスが関わってきそうな病気になるとはという驚きである。

2つ目は、ラクロスへのモチベーションはあるのに体が追いつかないもどかしい数ヶ月間の原因が分かったことに対する安心感と、副将や2年生からリーグ戦に出場している立場として、周りからの理解が得られ、ある種の示しが付くという安堵感である。

診断が出てからは休部をした。
死ぬ気で増やした体重も3ヶ月で14kg減少。

文字通り心も身体もボロボロだった。

自分は家にいながら、チームに関する大量のLINEに既読だけを付ける日々。
反対に、チームは春そして夏に向けて動き続けている。

こんなことを感じ始めた。

「自分は必要不可欠な存在ではないということ」
「自分だけの存在価値はないということ」

先輩方のブログでも度々登場する「存在価値」という言葉。

「私の存在価値とはなんだろう?」

何もない、長い1日の中で、何回もこの問いに向き合った。

プロではないし、推薦で来たわけでもない。
寄せ集めの集団である大学の体育会。

各ポジションに主力がいて、そして控えがいて、大学によっては、プレイヤー兼スタッフもいる。

スタッフ業務でいえば、プレイヤーがグラメやテーピングをやるチームもあるし、主務や会計、渉外を1人が担っているチームもある。

中央は部員数が多いため、役割分担として、その業務を専門にやってくれる人がいる。

ありがたいことだが、裏を返せば、必要不可欠ではない。

「あなただけの存在価値はなんだろう」

あなただからこそもたらせる価値は何か。
あなたがいてよかったこと。他の人ではダメなこと。 

この答えのない存在価値の問いには特にスタッフが悩んでいる印象を受ける。

ただ、これはスタッフだけのものではないと思う。むしろ多くのスタッフはこの課題を自覚し、直面している時点で、ただラクロスをプレーしているだけで何も考えていないプレイヤーより一歩先に進んでいる。

存在価値に正解はない。
だからこそ組織の全員が自分なりに探し続けることに意味がある。

残りの期間でそれぞれの存在価値を探してみて欲しい。

と、これだけで終わっても、芸がないと思うので、4年間で出した自分なりの答えを共有したいと思う。

私が辿り着いた結論は、

「存在価値≠誰かの役に立つこと」 

である。

多くの人と話している中で私は気づいた。

存在価値を探し求めている人ほど、自らの存在価値を見失って、自ら苦しくなっていることがある。

「もっと役に立たなければ」
「もっと成果を出さなければ」
「もっと評価されなければ」

そう思えば思うほど、うまくいかない自分に苦しみ、自分を責めるようになる。

他者との比較の中に自分を置けば、必ず心は揺らぎ、傷ついていく。

しかし本当は、存在価値とは「何ができるか」「何を成し遂げたか」「誰にどう思われるか」で決まるものではない。

何もできなかったときも、誰の役にも立てなかったと感じるときも、それでもなお、私たちは唯一無二の存在である。

私たちは存在しているだけで、すでに価値がある。

哲学のような少し抵抗がある響きかもしれないが、この前提を、まず自分自身の中に置いてほしい。

その上で、「どう在りたいか」を軸に、目の前の行動を選んでいけばいい。

「認められるために何をするか」ではなく、「自分がどう在りたいか」で行動を選ぶ。

そしてその積み重ねが、結果として誰かの支えとなり、組織の力となり、あなただけの存在価値を築いていくと私は信じている。

— — — — —
こんなにも存在価値について考える時間があった自宅での療養生活も無事に終わりを迎え、部活に復帰、そしてあっという間にリーグ戦期間に突入した。

やはりリーグ戦期間はあっという間だった。

38度の熱が出ながら強行出場した獨協戦
華麗な下馬評返しをした一橋戦
途中から記憶ないボロボロだった明学戦
4年生の意地をみた東大戦

結果、ブロック3位。
残り15秒の1点に泣く形でFinal4を逃すという結果になった。

冒頭でも触れた法政戦。

同点に追いつかれたシーンで自陣のフィールドにいたのは主将のゴーリーゴリさん以外全員下級生だった(一瀬、抜田、智忠、大雅、自分)。

あのシーンはFOのミスとして責めている人が多かったが、ここでは敢えてそうではないと言い切りたい。
あれこそまさしくチーム力、細部への拘り力の弱さが招いた結果だと思う。

ロンフェという選択肢を出せなかったBOX
ブレイクを作らせてしまうFO
クロスでいき縦長ししかしないSSDM
エースケアで外に大張りしていたLONG

冷静さと堅実さを欠いた考えうる最悪の4連続ミスである。

同じ経験は絶対に2度としない。
そしてこの経験を忘れずに活かすしかない。

そう決意して、厄年2024シーズンもあっという間に終了した。

— — — — —
大学4年

人生で最大級に沈んだ経験を経て、遂に4年生を迎えた。同期からの信頼を始めてリアルに感じながら主将になった。

私が主将として決めた目標

「人の人生に干渉する」

少し聞こえが悪いかもしれないが、これから自分と関わる人に少しでもプラスの導きが出来たら良いな。
その人がラクロスに触れる限られた時間だけでなく、今後の人生に影響するような1年にしたい。そんな想いがあった。

取り組みとして、全部員との個人面談を実施した。

それぞれがどのような想いを持って、何をモチベーションにラクロス部に入部したのか、バックグラウンドを聞いたり、今の率直な感情を聞いたり、本当に良い時間だった。

チームとしてひとつの方向に向いていけるんじゃないかそう思った。

ただ、現実にはそううまくは行かなかった。

幹部は規律を破るし、
最上級生の大半はカンパニーだし
下級生は配慮ない発言で荒らすし、
挙げ句に試合の結果も付いてこない。

チームとしての自信は完全に失われた。
そして何より主将としての自信がなくなっていた。

その中でひとつ転機になったのが日本代表活動である。

植村さんからの「主将として外の世界を知っておく経験も大事だ」と諭され、怖がりながら参加。

結果、運良く1回、また1回と選考を通過していき、代表メンバーに残った。

プレイヤーとして外見がアップデートされたのはもちろん、シンプルに今までスタンドから眺めていた選手たちと同じフィールドでプレーをしているこの経験が自分自身に大きな自信をもたらした。

強度やスピード感、戦術理解度や言語化力含めて、日本のトッププレイヤーと実際に肌感として体験できたことは本当にラクロスプレイヤーとしてのレベルを何段階も引き上げてくれたと思う。

代表の選考会で舟状骨骨折をして、右手にラクロス人生2度目のメスを入れた。結局、3年間まともに春リーグに出場することは出来なかったが、それ以上に収穫のあった代表活動だった。

2年生から運営に関わっていた思い入れの強い中立戦でも惨敗し、お世辞にも調子が良いとはいえない状態でリーグ戦を迎えた。

そして8/15、明治戦前日。

右ハムストリングの肉離れ。

高校生のときに2回重度の肉離れをしてから、耐えてきた太腿がこの肝心な時に悲鳴をあげた。

怪我をしたという事実より、4年間で1番チームから必要とされている時に、ベストな状態で出れず、チームに迷惑をかけるという事実。

申し訳ないというより情けないという気持ちでいっぱいだった。

猛暑による試合順延によって、明治戦は回避したが、9月から4週連続の試合が確定。

そこからは四街道の植村さん、ユニバースの赤松さん,山中さんにお世話になり続け、治療を続けた。

しかし完治する時間もなく、試合前々日だけ練習に参加して、前日は休み、試合当日にぶっつけで臨むというルーティンを繰り返した。

今までのリーグ戦で1番緊張した東大戦
シャットの光栄さと無力さを感じた明学戦
勝ち切る難しさを実感した獨協戦
真っ向勝負で力負けした早稲田戦

結果、1勝3敗1分のブロック4位。
直接対決の関係で入れ替え戦回避という結果だった。

明治戦、勝利した。劇的な勝利だった。
病院での勝利通知と共にリーグ戦が終了した。

春から続いた負け地獄。

この長く苦しい失敗ばかりの時間の中で得た、たったひとつの成功は、それまでの過去を美化しがちだ。

確かに、あの勝利で報われたように感じた瞬間もあった。

でも、それはあくまで表面的で一時的な感情にすぎない。

私たちは4年間抱き続けた理想と現実の差はあまりにも大きく、その乖離を埋めきれなかった。

結果として、日本一という目標は愚かFinal4にすら届かず、支えてくれた多くの人の期待に応えることもできなかった。

プレイヤーとしてピッチに立てる時間は限られ、主将としても解決しきれない問題が積み重なり、不安定なチームを作ってしまった。

今年の中央をこのような結果で終わらせてしまった責任は間違いなく自分にある。本当に申し訳ありません。

それでも、この1年間、自分を削りながら他者に向き合った時間は、人生で初めてだった。

平凡な自分に、主将としての役割を託してくれたこと。

そして、そんな自分についてきてくれた仲間がいたこと。

それだけは胸を張って誇れるし、心から感謝しています。

1年間、本当にありがとう。

さて、そろそろ締めの時間ですが、あと2つだけ主将として学んだこと、感じたことがあるので、残させてください。


1つ、中央大学は強いということ。

中央大学ラクロス部の諸君、もっと自信を持ちましょう。

「勝ち癖、勝ちマインド」

これが他大と1番差がある部分なのではないかと感じました。

優勝校も1部2部の入れ替えもコロコロと変わるラクロス戦国時代のいま、過去5年で、入れ替え戦に行っていないのは早慶、中央、一橋のみ。

安定的な成績という点ではかなりの上位に食い込んでくる中央大学。

これはなぜか。

少なくとも今年、近年稀にみる大混戦、更に例年より、下馬評も限りなく最下位に近い状態から、入れ替え戦を回避した理由。

「現実逃避」

これは「ひゃくえむ」という漫画で出会った考え方である。

良くない結果を現実とし、自分が求めている結果を非現実とする。
だから自分の求めている結果に向かって、よくない結果から逃げるというスタンス。

これは一見、ただの逃げ。
悪いことのように感じるかもしれない。

「現実逃避」

これは現実に目を向けず、夢物語に走る訳ではない。

現実が何か分かっていなければ現実からは逃げれない。

自分たちが置かれている現実、弱さ、それら全てに向き合う。

目を塞いで立ち止まるのではなく、目を開いて逃げることである。

今年のチームが救われた強さでもあり、だからこそ4位という弱さでもあると感じています。

春から勝てていないという現実
まだリーグ戦で1勝もしていないという現実
Final4はもうないという現実
勝たなければ入れ替え戦という現実
自分たちは弱いという現実

これらの現実にしっかりと向き合い認識した。

その上で隠れることなく正面から戦った。

だから救われたんだと思う。

ただ、現実に向き合うのが遅く、現実を対処しきれなかった。

だから4位という弱さになった。

現実への対処はそれなりの時間が必要である。

アップダウンを丁寧に出来ない現実
毎試合、目標得点に届かない現実
毎試合、同じ形で失点する現実
個人の努力量や熱量が足りない現実
毎年、クリア問題が発生する現実

これがFinal4以上に行ったチームとの差。

そして、個人としても、
主将として、ひとりのプレイヤーとして、

チームでの意思決定をして、舵を切らないといけない。
絶対に文句や不満が出ると分かっていても言わないといけない時がある。
板挟みになると分かっていても言わないといけないことがある。
めんどくさくても自分が最後はやらなければいけないときがある。
おまえはやってるのかと言われるかもしれないけどおれが言わないといけないことがある。

だからこそ、そのスキを見せないように自分を固めないといけない。

けどそれが出来なかった。

BMIが足りていない現実
トレーニングに本気で取り組めていない現実
チームを勝たせる圧倒的な実力がない現実

これらの現実を認識はしていた。
それでも自分が出来たことは、割り切って、突き抜けるという選択。

それが弱さ。
だからチームの雰囲気も弱かった。
だから最後の踏ん張りが出来なかった。

組織のTOPに立つということは、単に嫌われる勇気を持つことなどではなく、嫌われた上で認められる力を得ることである。

この認められるということがいかに難しいことなのか。

この1年間苦しみました。

おれは弱いです。そしてそれが悔しいです。

大学1年、現実から目を背け、現実逃避した結果、世代最強を信じて疑わなかった頃から、大学4年、現実を痛いほど見て、その上で応急処置的な振る舞いをすることでしか現実から逃げれなくなった。

そんな人間になった。不思議なことに自分のことを嫌いになりそうな現実ばかりだ。

でも、これも不思議なことに、私自身は「私は何かを掴める人間だ」と信じ切れている。

この現実逃避は自分自身への期待であり、自分が自分を諦めていない証拠である。

誰からどんなことを言われようと、自分だけは信じ続ける。

まだ見たことのない横田慈英が見えるだろう。

絶対に見ます。超えます自分を。


自分の意志で自分の生きる道を選ぶ。

大舞台でプレーしたかった。

脚光を浴びたかった。

何かを掴みたかった。

そんな子供みたいな動機だったかもしれないけど、あの日ラクロスという競技を選び、ある意味で道を外れ、いまここにいる自分を、心から誇りに思っている。

中大ラクロス部は永久に不滅です。

私はラクロスが大好きだ。

旅はまだ続きます。

#7 34期主将 横田慈英


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そして最後に。

シーズンが終わり、ふと思う。

この4年間、ずっと何かを背負っていた。
怪我という足枷、ユースや代表という肩書き。
主将という役職、最上級生という立場。

「責任」という言葉に押し潰されそうになりながらも、走り続けてきた。

けれど、いざ終わってみて思うことは

「本当の意味で、誰も責任なんて取れない」

ということ。

試合に勝とうが、負けようが、
入れ替え戦に行こうが、残留しようが、
どんな言葉を並べても、時間は戻らない。

学生ラクロスには終わりがある。タイムリミットがある。
最後は誰しも、引退という現実を前に、全てを終える。

「責任を取る」

なんて言葉は、どこか綺麗ごとに聞こえる。

「環境を作り、責任を取るのが幹部の役目」
そう言い続けてきた自分が、今改めて感じるのは、

責任とは「取るもの」ではなく、「向き合う覚悟」なのではないかということ。

やるべきだったこと、やれなかったこと。
その全部を自分の中でどう受け止めるか。
何を背負ってきたかよりも、最後に何を残したと思えるか。
それだけが、自分を救ってくれる。

自分自身に問いたい。

「何かこのチームに残せたのだろうか?」

自分の中では「残せた」と信じたい。

点を取った瞬間の感動。
何気ない日々の練習でかけた一言が、
誰かの救いになっていたかもしれない。

プレーでも、生き様でも、
誰かの心に、ほんの少しでも痕跡を残せたなら、
それだけでやってきた意味はある。

それがプラスの影響だけではなく、反面教師だったとしても。

「これはやりたくないな」「こうはなりたくないな」でも、

誰かの判断軸の一部になれたのなら、
それもまた「残したもの」だと思う。

そしてこのブログも、同じ。

この文章を読んだあなたが、
なにかを感じて、明日からの行動が少しでも変わったのなら。

それは私の失敗でも、私の挑戦でも、意味があったってことになるのではないでしょうか。

あなたの人生に関わることが出来たと信じて。


— — — — — 
ここまで本編をご一読いただきありがとうございました。

最後に感謝と激励パートです。

高橋さん
下級生の時と、主将の時と、高橋さんの見え方が何段階も変わりました。部活の先輩として、人生の先輩として、「視座を変えて考える」という姿勢は人生のモットーになるくらいの影響を受けました。今後とも手厚いご指導よろしくお願いします。

新子さん
ラクロス界で1番刺激的な人でした。ビックリスペクトです。生き方やマインドなどまだまだ知りたいことだらけです。自分自身や他の部員にもかなり気を遣ってもらったこと、ひしひしと感じながら過ごしてきました。愛を感じる1年間でした。今後ともよろしくお願いします。

植村さん
何度ディープな相談をしたことか。何度救われたことか。いまや世界の植村さんになり、遠くに行ってしまった気がして少し寂しいです。たくさんお世話になりました。今後ともよろしくお願いします。

中央に関わって下さった全てのコーチ陣の皆様
(諸星さん,茂木さん,袖山さん,天野さん,てるさん,歩さん)
私はきっと扱いづらい選手だったと思います。それでもたくさんの会話を重ね、たくさんの相談をさせていただきました。中央を強くする中央で勝ちたいという同じ想いを持って、手を貸してくれた。本当にありがとうございます。今後とも中大をよろしくお願いします。

うりぼう、ユース、代表関係者の皆さん
(翔太さん,じゃんぽさん,高島さん,平塚さん,あゆとさん,星さん,ミッチーさん/村木さん,淳さん/ウドさん,ごとしゅんさん,さとしゅんさん,川名さん)
私が一方的に覚えているだけの場合がほとんどだと思います。それでも交わした会話、一緒にプレーした経験、全てが刺激になり、今の私を作っています。大人になってもラクロスに携わり続ける。このことがどれほど凄いことなのか。だんだんと理解してきました。貰ったものを返せるように少しずつ還元していきたいと思います。

ラクロスを続けている中大OBOGの方々
ありがとうございます。皆さんの存在は中央ラクロスを背負い、広げていく最前線です。現役世代からひとりでも多く、皆さんの後に続けるように頑張ります。

優斗さん、日向さん
34期は間違いなく2人のおかげで救われました。本当に感謝しかないです。優斗さんの学習戦のゴール一生忘れません。ありがとうございました。

哲史さん、ゴリさん
主将として、2人には遠く及びませんでした。
生意気ながら軽く越えれると思っていたその背中は想像よりも遠くそして重かったです。
そんな2人がシーズン前にやり残したこととして話してくれた、スタッフとコーチの関わり方は自分なりのやり方で、後輩たちに残せる関係性を作ることが出来たと実感しています。改めて主将お疲れ様でした。ありがとうございました。

春佳さん、絵美里さん
息抜き息抜きで、毎度ご馳走様です。他愛もない話から真剣な相談までたくさん救われました。実家のような安心感です。また行きましょー!

6世代のTRの皆さん
お世話になりました。怪我人グルを振り返ると、1.2年は股関節の違和感、3.4年はハムの違和感でちょくちょく練習を抜けてました。手術2回に試合中の救急車なんてなかなかいないと思うけれど皆さまのおかげでなんとか走り抜けました。ありがとうございました。

幹部陣を支えるすべての人へ。
幹部にはどうか遠慮せずに、配慮をもった厳しさを向けてあげてください。中央大学は、まだ日本一を達成したことがありません。「正解のない状態で正解を探し続ける」という途方もない挑戦を掲げる幹部やリーダー達は、想像以上に孤独です。だからこそ、キャパオーバーになったり、判断を誤ってしまう瞬間もあります。そんな時こそ、周囲の声が必要です。ただ、感情のまま投げつける言葉と、相手を思ったうえでの厳しい意見はまったく別物です。配慮のある指摘は、どれだけ厳しくても受け止められ、チームを前に進めます。みんなで支えていってあげてください。

34期
本当にありがとう。34期の代表として歩んだ4年間はとても重かったです。それでも同期という世界で唯一の存在に救われた瞬間がありました。たくさんの喜怒哀楽を超えて、最後まで走り切ったかけがえのない29人。改めて4年間本当にありがとう。

35期
34期と肩を並べるくらいの色濃い集団だと思います。ただそこには自分たちへの厳しさを備えていて、ここ数年で最も結果を残している代だと思います。羨ましいです。どんなに関係性が変わっても、後輩としての可愛いさは変わりません。来年、日本一獲れる代です。獲りましょう。

36期
明るさと優しさに溢れた代だと思います。TOPのメンバーは今年試合での良い思い出を多くは残せなかったけれど、2年生で勝つか負けるかギリギリの試合で勝つという経験が出来たことは本当に財産です。COMPANYのメンバーは2年生で主力を張って、中大初の全国にも行って、羨ましいです。勝ちの高揚も負けの虚しさもどちらも忘れずに想いを繋いでいっていください。スタッフ陣はどうしたらこんな仲良しの良い子達だけが集まるのかと驚くほど奇跡の代だと思います。これから辛いことも増えていくと思うけれど、どんどん挑戦していってください。

35スタッフ
5人がいたから2025シーズンは走り切れました。感謝してもしきれない。本当にありがとう。本来なら掛からない負担をたくさん掛けて、想像出来ないくらい辛い思いをさせてしまったと思います。いくらでも奢るので声掛けてください。2026シーズンも任せました。

ポジリ
無茶苦茶な濃すぎるメンツだったと思います。FOのチーム内立場を復活させた響、超現実主義と思いきや結構ロマンある立、毎リーグ戦中に大やらかしする一瀬、中立戦にクリライに実はたくさん背負っていた玉井。みんな本当にありがとう。

25 TOP OF陣
春から「6点獲ったら勝てる」と言ってきて、苦しい時期が続いたけれど、最後の最後に1番大切な試合でピッタリ6点獲って勝ちました。可愛い自慢の後輩達です。来年以降、今年の鬱憤を爆発させましょう。
(おぐけん)彼女と仲良くしてね。トレーニングは絶対必要だよ。(鼓太郎)可愛い後輩。いろいろ一緒に頑張ろうね。(香西)どこか似ている部分があると思ってます。(山田)こんな野生児みたことないです。プライベートも充実させましょう。(八幡)下級生で1番刺激を受けました。来年再来年と爆発してください。今年の種まきが必ず花を咲かせます。(晴一)チームで1番の才能を持っているのは君です。破壊神になってください。(たなそら)今年上手くいかないこともあったと思うけど、この1年耐えたたなそらは必ず輝かしい未来が待ってます。

OF MAKES VICTORY
2年生からリーグ戦メンバーである滉士郎と俊介に、おれらの前だとすぐ泣いちゃう金子と史上初のB,Cチームを経てのTOP昇格を果たして、最後はチームの救世主となった孝晟。5人で歩んだ1年は最高でした。数えきれないほど画面上で顔を合わせて、くだらない話から真剣な話までたくさん想いを交わしました。明治戦孝晟の得点ばっか擦るけど、獨協戦の同点弾なかったら終わってたからそっちも褒めてね。原家の食卓まだ開催されてないのでやりましょう。

俊介と滉士郎
2年生の時からTOPチームとして、深く関わり、3人で成長してきました。滉士郎には嫌われるくらい強く当たったし、2人の存在に救われてきました。おれよりも優しく、愛される2人だからこそたくさんの悩みを打ち明け、たくさんの会話と思い出を繋いできました。これからもよろしくね。

ジオ、つっちー、おぎ
先日も伝えましたが、まずは1年間本当にありがとう。3人のおかげで34期と37期は前に進めています。プレーしなくてもチームを動かせる存在になれることを、3人は証明してくれた。全体MTGで言った通りの「自信を持って送り出せる3人」でした。改めて、1年間本当にありがとう。そしてお疲れ様。

智也、かず
何もしてないとか言ってるし思ってるかもしれないけど、自分にとって2人の存在は大きかったです。智也はネチネチ言ってきて、うざくて、でもそれが本当に有り難くて、本当に一瀬のことが大好きなのが可愛いです。かずは常に自分の頑張りを認めてくれていて心の支えでした。彼女と個室サウナの夢早く叶えてください。

知貴、高野
思い出いっぱいですね。急にヨーロッパに行けなくなったと言っても、別で旅行計画立てようと言ってくれたり、なんだかんだで優しい愛を持った人たち。インスタ改革班として3年間で1200人以上のフォロワーを獲得しました。結構すごいことだと思ってます。これからもよろしくです。

桃子
背負っているものは自分以上に多く重かったと思います。私には想像できないくらいの孤独を感じ、消化し、平気な顔をして無理をしていたと思います。ほんの少しは肩を貸せたでしょうか?私はたくさん救われました。でも以前言ってくれた残りの感謝とやらは、まだまだ足りていないので待ってます。4年間本当にありがとう。

翠子
真のメンタル強者とは翠子のことを言うのかもしれない。どうしようもないくらい悩んで話し合った懐かしい時期もあったけど、大切な愛すべき同期スタッフです。ここまで共に歩んでくれてありがとう。

大雅
1年間で何回電話をしたことでしょう。この1年で人間的に1番成長したのは大雅なのではないかと思うほど、柔軟に優しくなったね。自分にはないものもたくさん持っていて強いチームを作れると思います。頑張っていこうね。

和奏
同じモノ同士として、和奏の考え方を聞いて参考にしてました。全然違うタイプの人だからこそ、和奏の純粋な優しさに刺激を受けました。主将としての1年間本当にお疲れ様。ラクロス続けなさいよ。

日菜子
4年前、お互い最初の友達として新歓ブースを歩き回ってから、まさかここまで関係性が続くとは思ってもいなかったでしょう。隣のコートで4年間頑張ったんだから今後きっと最上級に良いことあります。また騒ぎに行きましょう。

野毛会
こんなにも野毛イジりされていることは夢にも思わないでしょう。野毛の知名度向上に大きく貢献しました。いつも応援してくれてありがとう。これからもよろしくお願いします。

附属のみんな
いつも気にかけてくれて嬉しいです。ハイスペ集団の中にぶち込まれ、毎度現実を見せつけられるのでありがたい。姐さん早くお祝いしてください。

のぶ
のぶがいたからこそ、この物語が始まりました。
きっと言葉はいらない。ありがとう一生よろしく。

たったん
あなたがいるからどんな時でも自分はまだ耐えてると思えます。これからも変わらずいて下さい。

のぎ
誰かのために頑張ることが、自分にとってこんなにも力になるとは思っていませんでした。いつも変わらず向き合ってくれる姿勢に、たくさん支えられました。ひたむきさや優しさに何度も救われています。言葉にしきれないけれど、心から感謝しています。これからもよろしくお願いします。

あきちゃん、まきちゃん
お母さんお父さんと間違えられるくらい応援してくれてありがとう。会場で1番のファンを体現してくれて大きな力になりました。今度ゆっくり挨拶しに行かせてください。サーフィンとボルダリングまたしましょー!

北海道のみんな
日本最北端から熱いエールをありがとう。今年、そちらでは色々大変なことがあったのに、自分事のように応援してくれるみんなの明るさに本当に元気付けられました。年末行きます!楽しみにしていてください!

最後に、親愛なる家族へ。
こんなにも世話のかかる、わがままな息子は世の中を探しても、そうそういないと自負しています。普段は感謝を伝える事も出来ない子供だから、改めて本当にいつもありがとう。大好きです。
何でも出来る世界一尊敬できるお母さん、調子どうなんだと不器用ながらに聞いてくるお父さん、なんだかんだお兄ちゃんをしてくれるお兄ちゃん。
ブログという性質上、挫折や弱さなどネガティブな部分を曝け出したけれど、家族の愛のおかげで、私はこんなにも多くの人と関わり、名前を覚えてもらい、影響され、そして影響を与えることの出来る人間になりました。ありがとうございます。まだお世話になる期間は続くけど、近い将来少しずつでも必ず返していきます。これからもよろしくお願いします。

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ここまで、2年をかけて紡いだ34期29名のラストブログをご覧いただき、本当にありがとうございました。

改めまして、今シーズンも多くのご支援・ご声援をいただきましたこと、心より御礼申し上げます。
これからも中央大学ラクロス部をどうぞよろしくお願いいたします。




#7 34期主将 横田慈英




名実況者 荻原浩太郎 から紹介いただきました。学生コーチ三部作のラストを担う、川上士雄と申します。彼はラクロス人生2回涙したとブログに書いてありましたが、この前のウィンターラストミーティングにて3回目の涙をこぼすほど熱い想いを持って我々と共に活動してくれました。
ちなみに、数え切れない程の喧嘩はネタではなく本当に怒らさせて頂きました。愛のムチです。


はじめに、この場をお借りして、日頃より中央大学ラクロス部に多大なご支援・ご声援をいただいている保護者の皆様、OB・OGの皆様、関係者の皆様に感謝申し上げます。

また、リーグ戦実況もおぎに潜めながらも相方としてユーモアある実況を心がけてやってきました。厚く御礼申し上げます。


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「早起きするのかっこよくね」


大学生なんてサークルで遊び呆けて昼過ぎに起きるもんだと勝手に思ってた。
元々スポーツが好きだった自分はラクロスという未知のスポーツに出逢い、朝活動する体育会だと知る。
高校の奴らと夜飯食ってて「明日7時に体験会で大学行くんだよね」なんて言うと「いや早すぎだろ」なんて言われたが別に悪い気はしなかった。むしろ「かっこいいだろ」なんて思ってた。

入部して最初は全てが上手くいった。野球経験してたからかパスキャもシュートもなんかできたし、フレッシュマンカップも2位、サマーもAチーム。
同期も面白いやつらばっかで毎日が刺激的で楽しく、幸せだった。

その後もウィンターも試合に出れたし、育成リーグも一応呼ばれたりして順風満帆だった。

2年生はすぐさまファンリーグに登録され現実を見せられたが、そんな中でも32や33の先輩たちに揉まれながらBリーグも完走出来た。



33期の代になった。

来年こそはTopで活躍する。


そう思い自分の強みであるフィジカルを活かす1on1を増岡さんや凡さんの前で見せてはアドバイスを貰ったり、法政の合同練ではあのロングの前田さんに増岡さん伝手で「あの17メッジが上手いよ」なんて言われたりもした。
(その時増岡さんが嘘つけ!って言ったのは忘れませんよ)


2月のAB分けもAに残れて
「なんかめっちゃ伸びる気がする」という増岡さんの言葉や歩さんの「今年ジオだよ」って何回も言ってくれてやる気に満ち溢れていた。




右膝前十字靭帯断裂




今まで大きな怪我はしたことなったため、動揺と頭が真っ白になった。



え、俺今年大事だよな

ん、なにやってんの



先輩たちの期待を裏切ってしまった自分に絶望した。


さすがにキツかった。
表向きでは凹んでるところなんて見せなかったが、診断受けた時はくらった。





"ラストシーズンに懸けよう"





34期で日本一を目指すために、リハビリしてトレーニングして怪我前の自分より強くなって戻ってこよう。



そう覚悟した。



ここから怒涛の日々が始まる。

断裂して1ヶ月は歩けないし太るし、試合は配信見てYouTubeから応援。

術後2週間は入院で、この人たちもお見舞いに来てくれた。ありがとう。





退院した翌日松葉杖ですぐにグラウンドへ向かった。



どーせ覚えてないと思うけど、この時の同期の今まで通りの接し方で泣きそうになってたよ




植村さんとも毎日のようにLINEして、チェックも必ずやって、謎のホワイトボードにその日行ったリハビリを書くってやつも悦喜TRの指示は絶対なので、しっかりとやった。

(金子はテキトーだったけどね)





33期が引退して、2024年10月には34期の代になった。



自分も徐々に対人復帰していき、1年ぶりの実践である2月の練習試合で得点もすることができた。




嬉しかった、内容はなかなかに酷く体力もめちゃくちゃ落ちてたけどリハビリが報われた瞬間だと感じた。



それと同時に誰よりもリハビリに取り組んでいた自信が確信へと変わっていった。




しかしこの時期は4月に入部してくる1年生をみる学生コーチを決める時期。



終電まで続く34期ミーティングが何度も開催された。





薄々気づいていた。




つっちー、おぎもブログに書いてくれたが、




「学生コーチには、人格、技術、熱量の全てを高いレベルで持ち合わせている者を選出する。」




自分で言うのもあれだが、



俺やん



なんて思ってた。



誰が適任かを、同期全員に一人一人発言させたら全員が俺の名前を言う。



嬉しさも当然あった。全員から認められていると思える反面、



何のためのリハビリだったのか、


何のための覚悟だったのか、


お前たちは俺がどんな想いで今までの日々を過ごしたか分かってんのか





内心こう思っていた。





が、




「1年生が4年生になって、俺が応援しに行った時、ジオさんジオさん!なんて言われるの想像すると、やりたい気持ちもあるなぁ〜」



と同期に言った自分もいた。



教え子が2年生、3年生、4年生とリーグ戦に出場するなんて絶対幸せだろ。

日本一になってみろ、やばいぞ



ぐっちゃぐちゃだった。



ふざけんなよマジでって感じ



ミーティングで自分の覚悟や想いを同期に伝えた際、

カワハラを除いたみんなが泣いてくれたのを見て、訳の分からない感情になったのは今では良い思い出だ。



特に吉川は号泣だったね!!

(大暴露すまんな)




コーチ陣の方々にも相談させて頂いた。




(高橋さん、新子さん、植村さん、あの時期はありがとうございました。

自分は目上には変に真面目で照れくさいのですが腹割って話せて良かったです。

最後に改めて感謝述べさせて頂いてます!)




追いコン



33期の追いコンのはずが、自分はあらゆる先輩に対して相談してしまっていた。



増岡さん、ゴリさん、べきし、みっちゃん、がくさん、ぼんさん、あっきーさん、大地さん、のぶさん


酔ってて覚えてないかもしれないですけどほんとありがとうございます。

みっちゃんは二日酔いのはずなのに翌日にLINEもくれて感謝してます。




そして最後の同期ミーティング




"37期を日本一のチームにする"




そう決心した。




学生コーチをやると決まった時、つっちーは覚えてるか分からないけど、すぐ目が合った時はこれやれるぞって確信した。







荻原 浩太郎







正直な話、彼がやるなら俺はやらない、と同期だけじゃなくコーチ陣にも言っていた。


最後の最後まで反対していたが、気づいたら




「やろう」




と言っていた。



すぐさま

「対等だから言い合える関係性でお互いがんばろう」


と言った。



(結局言い合いすぎて喧嘩するほど仲がいいって感じで周りから言われるけど、そんなだよ別に、うん。)





37期と出逢った4月からは全てが



新鮮で、刺激的で、しんどくて、楽しくて、悩んで、怒って、



最高な毎日が始まった。



個性が豊かすぎて、最初は言うことなんでも聞いて、と思えばZ世代な言い訳してきて、それに俺が怒って、土屋は優しくて、そしたらおぎが寝坊して俺が怒って、、



幸せな日々をすごした。




そんな日々の中意識したところが3つある。



【嫌われる覚悟を持つ】


指導する上で1番意識した。1番しんどかった笑


(言い過ぎたなってほぼ毎日思ってたし、ちゃんと反省したし、家では疲れて抜け殻のように寝てた)



最初からわりきって、


「好かれる必要ないなこれ」

って思った。


フレッシュマンは技術は平行線


なら何で勝てる?



GB、気概、ラクロスを楽しむ心




とことん言い続けたし、求め続けた。


絶対に、なんだアイツって37に思われた自信ある。というか確定だ、そんなもん


それもあってか 川上 vs 37スタッフや、

vs1部のプレイヤー みたいなことは日常茶飯事だった



【勝利と敗北】


敗北を知らないまま4年間過ごすなんてもはや美しくない。

37期には優勝の興奮と敗北の悔しさや涙を絶対に忘れないで欲しい。


(おぎが寝坊した)入部式で言ったことを37は覚えているだろうか。



「覚悟を持って臨んで欲しい」



と、みんなに伝えた。



中央大学の代表として学内外から愛されるチームとして覚悟を持って勝利に突き進んで欲しい。



【かっこいいラクロスを目指す】


クロス、防具、ヘルメットの深さ、シルエット、パス探す動作、ステップバック、などなど


上手い人はかっこいい動作をしてる。


だからかっこいいラクロスをしろ


って言ってたの気づいたかな笑


そのかっこよさってのは荷物の並べ方だったり防具の並べ方、挨拶ひとつにとっても繋がってくる。

これらができてるチームで弱いチームはいない。


この辺も常に求め続けてきた。




2025.11.29 


悔しい思いをした。


俺ら3人は引退した。



「学生ラクロスの悔しさは、学生ラクロスでしか越えられない」




いつだってそうだ、


日本一を達成して引退する者もいれば、非常に悔しい思いをして引退する者もいる。



けど俺らは違う。


俺ら3人の想いは37期が継いでくれる。



そう信じてます。






学生コーチをやって全くもって後悔はない。


それは紛れもなく37期みんなのおかげ。



また、学生コーチを決める際、


少なくとも一瞬でも


自分のことを本気で考えてくれた同期や先輩、コーチ陣の方々に出逢えて良かった。



自分は幸せものだ。







だからこそ







生まれ変わっても





出逢った同期、先輩、後輩、コーチ陣、そして37期とラクロスがしたい




勝利を分かち合いたい




叱りつけたい




喜び合いたい




また朝一でバカ騒ぎしたい






そう思える、幸せな4年間だった。





#学生コーチ 川上士雄


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最後に一言、自分の名前があるかドキドキしながらスクロールしてください




家族へ

こんな充実した22年間は家族のおかげです。いつもありがとう。

たくさんの迷惑をおかけしました。

これから少しずつ恩返ししていくので楽しみにしていてください。


植村さん

リハビリ期間は数え切れないくらいの連絡やチェックを受けさせてもらいました。ありがとうございます。

また、学生コーチをするにあたり決断しかねていた時、相談させて頂きました。

「じおには選んだ選択を正解にする力がある」

とても嬉しかったです。ありがとうございます。選んだ選択、正解にできましたかね。

デッドリフトだけじゃなくベンチプレスも魅せますので、報告待っててください!


新子さん

新子さんも相談に乗ってくださいました。ありがとうございます。後押しがなければずっと悩んでいました。

考え方、生き様、振る舞い、密かに憧れてましたし真似てました。

こんな刺激的な人はいないと思うので、全身に焼き付けたいと思います。



高橋さん

高橋さんなしでは育成はできませんでした。ありがとうございます。

当初は笑わない方かと思いましたが、今ではもう大笑いできる仲となりました!

また、人としての教養を叩き込んでいただきありがとうございます。

3期はじめさん、4期木下さん、我々学生コーチと高橋さんでぜひ飲みましょう!笑


永瀬さん,日向さん

僕らでした。やっぱり34の活躍は気になりましたよね。自分たちも37の活躍気になるんだろうなーって当初から思ってました。

また、お2人が当時どう思いながら育成していたのか気になるので飲みにでも誘ってください!


33の方々

33期の追いコンなのにほぼずっと相談してしまったかなと思います笑 べきしはずっとプレイヤーやった方がいいって言ってくれてましたね笑

色々後押ししてくれてありがとうございました!感謝です。


34プレ

ずっと楽しい。居心地がいい。最高なみんな。

じじいになってもくだらん言語で笑い合おうな


「1.2.3.ソレ」 は封印させて頂いた。。


つち おぎ

まあそりゃ書くよ、日頃から伝えてるけどね

真面目な会話もホントくだらないことも毎日毎日LINEしてたし喋ってた

朝ホームで待ってからラグやパンフィー行く生活。練習終わったら翌日のメニュー考えてLINE送って、って思ったら辞めたいとかアパレル無いとかジム滞納とかおぎの話題提供とか、挙げたらキリないことが沢山起きる日々。

体感ラクロス外の問題の方が多かったけどそれもそれで楽しかった。なんだかんだバランス最強だったね。ありがとう、これからもよろしく


カワハラ 一瀬

カワハラは引退してからも1年練参加率堂々の1位。DFとGも見てくれてありがとう。

レッドブルは今後控えめで健康第一でいこう

一瀬くんは今後ともよろしく


タイムアウターズ

まさかこの場に名を連ねるとは。けどそれほど精神的に支えられてたなと実感します。

ブルーシートは俺らの家。慶悟と金子とのタイムアウトとブルーシートでの地味でしんどいリハビリは心の支えでした。ありがとう。


34スタッフ

結局2人になっちゃったな、しかもシーズンインしてから問題が沢山出たね、良い思い出じゃんもう

桃子は37スタッフについてwebexミーティングをやったのが記憶に新しい笑

翠子はもう凄いよ褒めてるよ


37プレ

個性×Z世代=バケモノたち (良い意味でね)


まあもう大変だった、まじかって何回思ったか、

一応自分もZ世代らしいけどすごくジェネレーションギャップを感じましたね

けど、教えてて、関わって、ラクロス内外でも感じたのは

楽しかった。見るのが教えるのが、37で良かった。

君たちの団結力は良い方向に行けばとんでもない力を発揮します。ベクトルを同じにする難しさは分かると思うけどそことどう向き合うか。

みんなの2年生、3年生、そして4年生のラクロスがすごく楽しみです。期待してます。



37スタッフ

川上 vs 37スタッフのバトルあったね、まあそれも今となっては良い思い出です!

嫌われる覚悟でみんなのためを思って言ってたのが最後の方は伝わったのかなと勝手に思ってます。37スタッフも個性豊かであり団結力があるのはとても良い事な反面、みんなで悪い方向に行かないように我々が厳しくしたことを思い出してプレイヤーを引っ張ってください!


ファミD

ちょづる筆頭に楽しいファミでした!ゴリさんからの伝統である業務用のお水はじおジュースとして美味しく進化したので続けてね!笑

あとフジモンには漢D隊長に任命します。

資金源は河内が何とかしてくれるって






さぁ、



続いては34期ブログのラストとなります。


主将 横田慈英 です。


彼の様々なバックグラウンド、ラクロスに対する想い、この1年間の葛藤や挑戦、様々なことしかなかった1年間だったと思います。


彼の新歓で入部した同期は多いですが、自分も少なからず影響を受けました。ありがとう。



親友はChatGPT。彼女は伊東俊介。得意分野は匂わせストーリーとサブ垢の整理整頓。

34期の最後にふさわしいブログに期待です。


では、頼んだよ。

さあつっちーから回ってきましたラストブログ。
彼は共に学生コーチとして活動した最高の戦友です。

3部作2番手はこの私荻原浩太郎が務めさせていただきます。

書きたいことがありすぎてかなり長くなってしまったので短編小説を読む感覚で読んでいただければ幸いです。文才をご覧ください。
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まず初めに、いつも配信を見てくださる皆様に厚く御礼申し上げます。
私は2年生頃からリーグ戦はじめ、試合配信の実況を務めさせていただきました。とにかくユーモアある配信を意識し、音割れするほど喜んでしまうため聞きづらい部分あったと思いますが、配信をご覧になった皆さまからお褒めの声をいただき、心から嬉しく1つの生きがいになっていました。後任の実況にもご期待ください!




「チームのために何ができるか?」

これは私が部活動という組織に所属する上で1番考えなければならないことであり、1番の課題だと考える。私の引退ブログではこの問いに対する考え方の1つとして自身の経験を踏まえ伝えていきたい。


思えば一生分の嬉しさ、悔しさを経験し、上手くいかないことしかない波瀾曲折な4年間だった。


学部、専攻が同じだった末吉に誘われてラクロス部に入部した。ラクロスというスポーツに魅力され、のめり込み、当時ゴーリーだった31期加賀さんに憧れてゴーリーを始めた。


初めの方はうまく行っていた。だか、途中から同期の河原に抜かされ、結局サマーはBチーム、ウィンターも出場機会はなかった。とにかく悔しくて冬のオフ期間金子とほぼ毎日3時間自主練をした。結果、年明け新チーム編成の時にAチームのに自分の名前があった時が最高の瞬間だった。同時に関東ユースにも選出され、ここが自分のラクロス人生の絶頂期だった。


ここから転落人生が始まる。


春先に自身の課題を当時トップチームだった塚田さんに指摘され、Bチームに落とされた。落とされた当初は課題克服し必ずAに戻ると息巻いていた。

しかし、3月末に事件が起きた。

ファンリーグへの登録である。

ファンリーグへの登録がなされた選手はその年にリーグ戦にメンバー入りすることはできない。ここでAチームへの昇格という目標が無くなった瞬間だった。

当時DFリーダーだった仁科さんに「チームのためにお願いしたい」と言われた時、はいとしか言えなかった。チーム第1の考えがあった私は受け入れるしかなかった。
そこで4年間という長い目で見れれば良かったのだが、捻くれ、腐ってしまい、自主練もしなくなり寝坊も増えていった。
結局チームのためにと言いながら素行面が怠惰となりチームに迷惑をかけるお荷物となっていった。

ここからどん底のラクロス人生を送る。とにかくボールへの恐怖心が生まれ、思うようなプレーができなくなってしまった。ただ努力も何もせず時間が過ぎ、ラクロスは好きだったが部活動を辞めたい気持ちが大きくなっていき、シーズンは終わった。

そして当時主将の塚田さんに辞めたいと打ち明けた。ゴーリーというポジション柄、寒い冬に日々体にボールを当てられ、ただただ痛くなぜ続けているのか分からなくなった。
そんな私を塚田さんは見捨てなかった。チームビルディングに精力を注ぐ忙しい中、話す機会を設けてくださり、「まだまだこれから、ポテンシャルは1番あるから恐怖心を無くすだけ、一緒に乗り越えよう」と最後のチャンスを下さった。ラクロス人生2回泣いた内の1回だった。


そこから再び猛特訓した。春先は当然Bチーム。しかし折れなかった。後輩ゴーリーの尊の急成長に感化されながらも懸命に努力した。しかし手遅れだった。1度ついた恐怖心を克服することはできなかった。スタメンを後輩の尊に譲り自分は2枚目へと退いた。

ゴーリーとしての最後の思い出は中立戦だった。ラスト数分で出場機会を得て、フィールドに立った。不安しかなかった。案の定、玉井、加藤慶悟と共に数分で失点し、その後も打たれ続けたがなんとか凌いで勝利を掴んだ。


皆んなが喜ぶ中、1人ここが潮時だなと決心した。


しかし転機が訪れる。ロングへの転向だ。
HCの新子さんに「フィールド能力を活かしてロングをやってみないか」と言われた。ここに来て1年時の毎日壁当ての成果が日の目を浴びたのだ。
何かを変えたかった私はすぐに提案に応じた。

そこからは日々に彩りが戻りラクロスをここから楽しいと感じる時間が訪れた。Companyで師匠の蔵さんに教えを乞いながら成長していった。


迎えたラストシーズンのオフシーズン。
最後の勝負が始まった。


チームのために最高学年として何ができるか考え、私は行動で示すことにした。オフ期間もほぼ毎日ラグ場に来て練習した。壁当ても毎日した。
ラグ場に来ると35期の誰かしらがいてロングでは先輩に当たる綾小路や智ちん、大雅に教えを乞いた。とにかく練習した。そして明学との練習試合にAチームに招集された。

とにかく嬉しかった。このままリーグ戦まで行けると思った。


だが現実はそう甘くなかった。


試合では思うような結果を残せず、他のロングとの力量の差を感じた。初めは挫けず頑張ろうと決心した。


しかしそんな中、改めて『最上級生としてエゴを捨てて本当にチームに貢献できる道は何なのか』
という問いを1人考えるようになった。


そしてつっちーのブログにもあった通り、34期の最上級生としてのミーティングが行われた。
ミーティングの目的は私が考えてきたものだった。

学生コーチを決める際、私は他の同期と違い初めからやろうと考えていた。
それがチームへの1番の貢献であり、
「自分の力を現在ではなく未来へ託す」
ことだと考えたからだった。


しかし猛反発をした人物がいた。
同じ学生コーチの川上士雄である。


学生コーチを決める判断基準としてつっちーのブログにもあったが、これが基準だった。


「学生コーチには、人格、技術、熱量の全てを高いレベルで持ち合わせている者を選出する。」


反発される理由は分かっていた。人格である。
度重なる過去の寝坊やその対応が問題だった。
同期の吉川に言われたこの言葉は今も自分の中に深く残っている。

「やりたいとできるは違う」

これを指摘された時、何も言えなかった。自分が悪いからである。


「私は欠陥人間だったのである。」


引こうとしても一瀬に「チームを去るか、学生コーチをやるか」と言われ訳が分からなくなった。


しかしその真意は覚悟を試されていたのである。
己を変えろということを。


自身が必ず変わるという想いをぶつけ、
先に同期皆んなに了承を得ていたじおとつっちーに「一緒にやろう」と言われた時覚悟を決めた。


そこから1年生40人が入部してきて激動の日々が始まった。
覚悟を持って始めたものの、人は油断をするとすぐ綻びが出る。

5月18日、入部式。自分史上最悪の出来事が起こる。入部式の前に練習があったのだが、寝坊をした。

結局それほどの覚悟だったのだと後からは思う。


じおとつっちー、幹部陣に今後の自分の進退について話してもらった。
皆んなの本音をそのまま聞き、正直心を抉られるものばかりだった。最終的な決定権は2人にあり、2人は37期のために最後のチャンスを私に与えてくれた。変わるチャンスを。





ここから改めて本物の覚悟と熱量を持って取り組んだ。


私はDF,Gメインで指導をしていたが、自分のラクロス技術が中途半端に終わったこともあり、分からないことだらけだった。同期の河原や一瀬を始めとする皆んなの力を借りながら学び還元していった。

そして私のラクロス人生で最高の瞬間が訪れる。


『中央大学史上初のフレッシュマンカップ優勝』


歓喜の瞬間だった。決勝、VS慶應戦。最後のホイッスルがなった瞬間コーチながら嬉し過ぎてグランドに飛び出してしまった(じおに怒られる)


しかし迎えたサマー、Bは予選敗退。Aは決勝1回戦敗退。ラクロス人生2回目の悔し涙を流した。
その上DFのせいで負けた部分が大きかった。
自分の指導不足のせいだっだ。


この結果は最後の覚悟を決めた瞬間だった
全てを捧げてフルフィールドでは必ず勝利する。


フルフィールドになって早3ヶ月。
点を取ってくれるOF陣、今や上級生に対してもターンオーバー誘発する最硬のDF陣。
フルフィ始めたてのあの頃と比べたら天と地の差がある。
学生コーチ他の2人と37期皆んなと1つ1つのプレーで喜びを分かち合う瞬間こそ最高だった。


「全てはチームのため」


この根本の原動力があったからこそやってこれたと信じている。


いよいよ明日は学生コーチ最後の大会だ。
4年間の1つの通過点かもしれないが、明日今までの全てをぶつけよう。
過程がどうとか誰がなんと言おうと勝利という結果でしかやってきたことを証明はできない。


明日は勝とう。あの優勝の景色をもう一度見よう。


この7ヶ月みんなで歩んだ確固たる自信と共に。






最後に
「チームのために何ができるか?」
という問いに対して。

組織の中において人にはそれぞれ役割があると思っている。輝く人もいれば支える人もいる。
そんな中、いかに皆んながチームファーストの精神を持つことが答えだと考える。

私の好きなドラマ、グランメゾン東京にこんな言葉がある。


「ちゃんと考えたのか。目が覚めた時も。飯食ってる時も。帰り道も。女としゃべってる時も。ずっとすべてをかけて考えたのか。お前らそれでいいのか」


これは木村拓哉演じる主人公が料理の開発に関して言及する場面である。

昭和的思考かもしれないが私はこの考えが全てだと思う。

オンオフをはっきりさせる?そのオフをラクロスのことに当てたらどうだろうか。

我々は体育会だ。学生最後の4年間、全てをかけて組織に尽力してこそ最高のチームを目指せ、自分にとってもその4年間はかけがえのない財産となるだろう。


今遊びたい、逃げ出したいと思っている人へ。
私の4年間を見て欲しい。後悔しか残っていない。本当にその緩い気持ちで終わってもいいのか今一度考えてみて欲しい。


本当に偉そうなことを言って恐縮ですが、これが4年間を経て私が感じたことであり、残すべきものだと感じました。


今後の愛すべしBanditsの皆んなに明るい未来が待っていることを祈って。



#学生コーチ 荻原浩太郎


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ブログの終わりにお世話になった方々へ一筆を添えさせていただきます。


両親へ
小学校から続けた部活動人生が幕を閉じようとしています。本当に支えていただきありがとうございました。東京まで試合を見にきてくれる2人が大好きです。ゆっくり恩返ししていきます。


高橋監督
高橋さんが毎朝早くグラウンドに来てくださるたびに、自分も頑張ろうと勇気と覚悟を貰っていました。人として、人生の先輩として尊敬しかない高橋さんの元、学生コーチをできたのは大きな財産です。また飲みにいき、たくさんお話ししたいです!ありがとうございました。


34期の同期みんなへ
皆んなと過ごす時間は最高でした。1人1人色がある皆んなとラクロスできて幸せものでした。
精神的にキツい時もお互いに励まし合って練習した日々を忘れません。社会人になってもよろしくね。


じおへ
この4年間で何度衝突し喧嘩したか分かりません。でも写真フォルダーを見返したらじおがいっぱいいました。間違いなく人生において最も影響を与えてくれ、最も尊敬する人物です。1番です。
つっちーと一緒に最強のOF陣を作り上げてくれてありがとう。3人で飲み行こうね。


つっちーへ
学生コーチとして今まで以上に深く関わるようになって本性を現してくれてありがとう。じおと2人の絡みは聞いていてめちゃくちゃ面白いし朝のLINEに元気づけられてました。その優しさと厳しさの両面を持つ唯一性に惹かれてます。
早く釣りに連れて行ってください。


たつるへ
守護神として中大のゴールを守ってくれてありがとう。同期ゴーリーとしていつもたつるの背中を追いかけていました。実況していてたつるが止める度に喜びが溢れました。免許取るよ。


じえいへ
34期2人しかいないユースとして一緒にユース練行ったりラクロス見た日々が懐かしいです。
学生コーチ決めの時、自分へのメッセージは今でも覚えています。退任しそうな時引き止めてくれてありがとう。34期を、Banditsを引っ張ってくれてありがとう。なんだかんだラクロス好きなじえいが大好きです。


加賀さんへ
私の憧れのプレイヤーでした。どんな相談ごとも親身に接してくださりありがとうございました。
ブログ読んでくださってるか分かりませんが連絡お待ちしております。


えんじ組へ
2人には色々支えていただきありがとうございました。1人は来年の守護神として、1人はチームの中核を担う者としてリーグ戦で闘う姿を楽しみにしています。見に行くね。


37期DFTeamちーへ
何度OFに点を取られ、貶され、気持ちを落としたか分かりません。しかしそんな君たちもミーティングを重ね、自主練をし最硬のDF組織になりつつあります。明日は無失点に抑えよう。
緊張せずにちゃんと喋ってね。


最後に37期へ
この7ヶ月間こんなにも不甲斐ないコーチについて来てくれてありがとう。個性溢れる皆んなは仲間内で最初から声をかけあったり、指摘があったり自分たちの1年生の頃と比べてすごい代になると感じていました。
日本一を目指すチームの中でそれぞれに目標があってそれぞれの価値観があると思うけどブログに書いたことが全てです。全力で4年間駆け抜けてね。何よりもまずはラクロスを楽しむこと。これ以上ない最高のスポーツに出会ったからにはどんどんのめり込んで行ってラクロス狂になってください。今後皆んなが日本一をかけて試合に出る瞬間を楽しみにしています。ありがとう。






ご愛読ありがとうございました。


さあ残すところ34ブログも2人、学生コーチブログは最後の1人となって参りました。
紹介しましょう、3人目の学生コーチブログは
この男、川上士雄くんです。
同じ配信者、学生コーチとして活動して参りました。最近は資格勉強から解放されてすごいことになっています。
そんな彼は皆んなさんにはどんな文章で人生に彩りを与えてくれるのか、乞うご期待!!
学生コーチブログ三部作のトップバッターを務めさせていただく、4年の土屋優大です。
前回の智也のブログの最後には、主将の横田くんの紹介がありましたが、どうやら彼は一番最後に書くようなので、先に学生コーチ3人のブログをお楽しみください。

はじめに、この場をお借りして、日頃より中央大学男子ラクロス部に多大なご支援・ご声援をいただいている保護者の皆様、OB・OGの皆様、関係者の皆様に感謝申し上げます。

こういった文章はいつも長くなってしまうのですが、今回も非常に長編になってしまいました。映画を見るくらいの気合いを入れて読んでいただければ幸いです。



正直、何を書くか迷いましたが、ありのままの部活人生を書いていこうと思います。

五度の骨折に難聴症状による休部、そしてリーグ戦も未出場。

決して華やかな部活人生ではありませんでしたが、その中で感じてきた気持ちや葛藤をここに残したいと思います。



【1年生】

大学1年の10月に、半年遅れて入部した。

未経験者でもスポーツで日本一を目指せる環境があることを知り、勢いだけで部活体験に行き、パンフィーで行われていた34期の一年練に混ぜてもらった。

ラクロスをやるために大学を変えて中央大学に来た34期主将の存在と、みんなの生き生きとした姿に惹かれ入部を決めた。

入部後すぐ、基礎も教わらずに1on1に入り、訳もわからないまま組織練にも入った。奇跡的に6on6で点を取った時はまぐれでもものすごく嬉しかったのを覚えている。この日、OFで点を取る選手になろうと決めた。


【2年生】

自分はすぐ上手くなるという根拠のない自信があったが、そんなものはすぐに挫かれた。5月に行われた中立戦でBチーム(現在はcompanyチーム)の試合に出場させてもらえるも、ボールダウンの連続。

試合に出場できるレベルではないと見切られ、Cチーム(1年生練)に落とされた。

当時は一丁前に悔しがっていたが、当然である。半年遅れて入部してきて、基礎練習も疎かにしてきた奴にできるはずがなかった。

このタイミングから、自主練に本気で励むようになった。この時期に35期と一緒に基礎を学べたことも本当に良かったと思っている。最終的には同シーズン中にBチームでも経験を積ませてもらい、明らかに基礎力が上がったことを実感した。



代は替わり、33期が最高学年になった。

おそらくこの頃が自分の成長を1番実感していた時期だ。毎日YouTubeに上がる1on1の動画を見るのが楽しく、一橋との合同練にAチーム(現在のTOPチーム)帯同として参加したこともあった。

コーチの方からは「あと体重さえ増えればA」と伝えられた。

色々順調に進み始めていると思っていた。


そんな矢先、

持病である難聴の症状が現れた。

耳鳴りとめまいが止まず、急激に聴力も低下した。活動できる状態ではなくなり、休部することになった。

普通に生活を送ることで精一杯なのに。部活を続けるのは厳しいかもしれないと思っていた。こんな状態で部に残る資格は無いとも感じていた。正直心はほぼ折れていた。


そんな状態の中、当時の主将であるゴリさんとOFリーダーであった増岡さんに休部したいとの旨を伝えた。

その時に増岡さんが仰ったのは、


「俺はリーグ戦でつっちーを使うビジョンを持っている。今は回復に専念して欲しい。」


というものだった。


結果的にこの期待に応えることはできず、それが非常に悔しいのだが、間違えなくこの言葉に自分は支えられた。この言葉のおかげで自分自身にもう一度期待することができ、回復のために今できることをしようと思えた。


増岡さん、本当にありがとうございました。



【3年生】

以前のような元気な状態とまではいかないものの、なんとか練習に参加できるまで体調を回復した。


結局3年生のシーズンはcompanyで過ごした。自分への期待を残しつつ、実際は体調を第一に考える"無理をしない"1年間だった。

companyとしても勝てず、自分としても何一つ結果は残せないシーズンだったが、それでも続けることに意味があると思い、耐えるように過ごした。



そしてまた代は替わり、大学4年になる直前の3月、34期全員で数日に及ぶミーティングが行われた。


ミーティングのテーマは、34期一人一人が

"最上級生としてチームにどう貢献するか"

というものであった。

その中で中心の議題となったのが

"学生コーチ決め"である。


「学生コーチには、人格、技術、熱量の全てを高いレベルで持ち合わせている者を選出する。」


我々34期が学生コーチを決めるにあたり設けた基準だ。


Banditsでは例年、学生コーチになる者はプレイヤーを引退し育成に専念する。

学生コーチになる者は、3年間思い描いてきたプレイヤーとしての理想を諦め、コーチとして新たな覚悟を持たなければならない。

34期も、その方針は同じだった。


俺は、学生コーチ候補として名前が挙がった。


正直候補に出ることは予想できていた。

自分にはTOPチームを確約されるほどの武器がなかったからだ。

チームにどう貢献するかという点においても、自分はコーチになった方がいいのかもしれないと、心のどこかでは思っていた。


それでもやはり、プレイヤーとしてリーグ戦で活躍する自分を簡単には諦め切れなかった。

候補になってからも、壁打ちも増量も筋トレも続けた。


選手を諦めたくないという気持ち


育成でチームに貢献できるという期待


選手を続けても活躍できないという不安


育成に熱量を注げるのかという不安



様々な気持ちが入り混じる中話し合いを重ねた。

葛藤があったのは自分だけではない、みんなそれぞれが複雑な気持ちを持ち合わせていた。

高橋監督やコーチの方々、OBの先輩にまで相談し、4月まで時間が限られている中で自分の考えを整理させていった。


そして、最終的に選んだのが、学生コーチというポジションである。

様々な理由があるが最終的な決め手は、


「選手を続けることと同等以上の熱量を注げるという自信、覚悟を持てたから」


「じおと荻と一緒なら強いチームを作り、最後まで学生コーチをやり抜けると直感したから」


である。



【4年生】

学生コーチが決定し、一息つく間もなく新入生が入部してきた。

(本当に申し訳ないが)個人的に3年次までは全く力を入れていなかった新歓活動に、今年はかなり力を入れた。

そして約40人の新入生がBanditsに入部してくれた。人数も多く個性的な37期にこの頃からとても期待していた。


そこからは怒涛の日々を過ごした。


みんな成長は凄まじく、やる気も凄まじい。

次から次へと新しいことを教え、自分自身も教えるために勉強する日々だった。


フレッシュマンカップでは優勝の景色を見た。


サマーでは非常に悔しい経験をした。


そしてフルフィー練に入ってから3ヶ月弱、OFもDFも見違えるほど成長している。

毎日成長を感じられる練習がとても楽しい。


振り返ってみると、コーチという立場でもしっかりと熱量を持ち続けることができたと思う。


「1年生のために」

という気持ちと一緒に

「勝ちたい」

という気持ちを忘れずにやってこれたからだと思う。



そして今、我々学生コーチにとって最後の大会であるウィンターの予選が明後日に迫っている。

実力を発揮できれば必ず勝てるという自信があるし、このチームは1日単位でまだまだ成長するという期待もある。


「リーグ戦を見据えて」

「ウィンターはあくまで通過点」

これは何度も言ってきたことだし、実際にそう思っていることだ。リーグ戦を見据えて、ウィンターがゴールにならずに走り続けて欲しいと思う。


でもやっぱり、めちゃくちゃ勝ちたい。

自分の部活人生最後の、ウィンターという大会で優勝の景色を見たい。


みんなで最後まで戦い抜こう。



さて、熱のピークをブログの中盤に持ってきてしまい失敗したと思っているところですが、

最後はコーチらしく、(一応後輩に向けて?)学んだことを3つ共有したいと思います。



一つ目は、自分に期待すること。


まずは自分に期待することだ。

この4年間を通して感じたのは、

・自分への期待は活力になる。

・自分への期待は自分が進む道の指針になる。

・自分に期待することは、楽しい。

ということ。

休部してた時期、増岡さんの言葉でもう一度自分に期待を持つことができ、活力が湧いた。

そもそも俺がラクロス部に入った理由も、

"自分に期待したいから"だったのかもしれない。

ラクロス部に入部したことで、特に目標もなく楽だけどつまらない日常から、自分に期待できる日常に変わり、より生き生きと過ごせるようになった。

もし自分に期待できていない人がいるなら、自分がどうなりたいのか、なぜこのチームを選んだのか、もう一度考えてみて欲しい。




二つ目は、チームメイトに期待することだ。


学生コーチというポジションに就いてから、1年生に期待することは日常であった。

このチームなら優勝できる、というわかりやすい期待もあれば、荷物を揃えることや集合離散など、日常の小さな行動にまで期待があった。そしてそれをみんなに求めた。


「他人に期待しない方がいい」

よく聞く言葉だ。

他人をコントロールすることはできないし、もし期待通りにならなければ、ネガティブな感情が押し寄せてくるかもしれない。だから最初から期待しない方が楽である。


たしかに理解はできる。

でも、チームとして強くなるためには、仲間に期待する必要があると思う。

仲間に期待して、要求して、ぶつかって、話し合う、これを繰り返してチーム全員の目線を合わせていく。チームの基準を上げていく。そうやって、強いチームになっていくのだと思う。

是非後輩たちは、自分への期待とチームメイトへの期待を持って目標へ進んでいって欲しい。




三つ目は、現実を受け止めた上で、できることをやり続けること。


4年間本気で部活を続ければ、しんどいことや壁にぶつかることがあると思う。しんどい時間の方が圧倒的に多いかもしれない。

それでも、今の自分がやるべきことを地道にやり続ける人が最終的に活躍するチャンスを得る。

これは、他のスポーツやビジネスでも同じなのかはわからないが、少なくとも俺が見てきた大学ラクロス界はそういうものだった。

一年生の時試合に出られなくても、関東ユースに選ばれなくても、4年生のリーグ戦で活躍する人は山ほどいる。

例え今上手くいっていないと感じていても、自分に期待できるのであれば目の前のできることをやり続けて欲しい。やり続けていれば、チャンスが訪れるはずだ。


みんなの4年生になった時の姿を、勝手に期待しています。





#学生コーチ 土屋優大


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お世話になった方々へ


両親

小学生時代のサッカーから、長い部活生活を支えていただき本当にありがとうございました。自分のやりたい部活を続けることができたのは言うまでもなく2人のおかげです。これからたくさん恩返ししていくので、長生きしてね。


高橋監督

学生コーチになってから、改めて高橋さんの視座の高さを痛感しました。そして熱く、チームへの愛にあふれる方だと感じました。

そんな高橋さんの近くで、37期の育成に携われたこと、本当に誇りに思っています。

引退後も、是非またお話しさせてください。

4年間本当にありがとうございました。


34期へ

秋ごろ突然やってきた自分を元気に迎え入れてくれてありがとう。個性の強いメンバーと、ラクロスに限らずたくさんの思い出ができました。折れかけた時期を乗り越えられたのは間違いなくみんなの存在があったからです。ありがとう。今後ともよろしく!


じお

こんなに面白くて仕事ができる人には出会ったことがない。学生コーチになってからは士雄のシゴデキ具合に何度も驚かされ、意味のわからない言動に毎日笑わせてもらいました。本当にありがとう。チームのためにも自分のためにも思ったことをはっきり発言できるとこ、非常に尊敬しています。あと少し、最強のOF陣作り上げよう


おぎ

試合中コーチズエリアからはみ出して指示をしてしまうほど熱い男。荻の感情丸出しの声かけには、プレーヤー時代から励まされていたよ。練習ではOF vs DFの構図が多くてバチバチすることもあったけど、ウィンターはチームBanditsとして一緒に感情爆発させよう。ウィンターはライン踏み出さないようにしてね。



えいき、ひろと

二人とは入部時期が一緒で、何かとお世話になりました。入部当初は二人の存在がとても心強かった。4年次はそれぞれ別のカテゴリーで過ごしたけど、二人が頑張っているのを見て励まされていました。ありがとう。

そして引退してからも37期の練習に来てくれてありがとう。ラストスパート頑張るから応援してくれ!!


慈英

いつかの慈英不在の飲み会で酔っ払いながら「慈英が部活辞めたら俺も辞める」って言い放った記憶があるくらい、なぜか主将慈英について行きたい土屋でした。

そして、ミーティングでの言葉やリーグ戦での姿を見てその直感は正しかったと感じています。34期を引っ張ってくれて、真剣にチームと向き合ってくれてありがとう。



最後に37期へ

短い間だったけど、入部してから学生コーチについてきてくれてありがとう。

練習の質、集合離散、挨拶、声出し、筋トレ、増量、自主練などなどなど、毎日色んなことを求めてきました。それを全て当たり前にやるのが難しいことくらい俺もわかってます。それでもみんなに求め続けるのは、それが目標達成するには必要なことだと思うし、みんなならできるという期待があるから。

最後だから言うけど、過去の自分と比べたらみんな本当によくやっていると思うし、とても尊敬しています。

それでも、日本一になるにはこれからもっと基準を上げていかなければならないと思う。これからはみんなで、その基準を上げ続けてください。このチームにも、37期一人一人にも本気で期待しています。



長編を最後までお読みいただきありがとうございました。


さて、次回二人目の学生コーチブログは、荻原浩太郎くんです。ゴーリー、ディフェンス出身の学生コーチとして、幅広くチームを引っ張ってきてくれました。

四年生になってからも数々の話題を部に提供してくれましたが、必ず立ち直るその精神力と覚悟には脱帽です。

普段から熱い彼がどんな中央旋風を巻き起こすのか、期待です。


時折山宮からのだる絡み被害を受けているゆいちゃんから回ってきました。いつも見やすいビデオ、絶品ポカリをありがとう。

平素よりお世話になっております。
中央大学男子ラクロス部37期の齊藤悠介です。

日頃よりラクロス部の活動にご支援いただいている御父母の皆様、
OB・OGの皆様、そして関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

土曜日に控えたウィンターを前に、今の自分の思いを綴ります。

サークルがしっくりこなくて、早起きして思い切って体験会に行った。
そこで晄生さん、真、柊二に新歓されて、そのまま勢いで入部した。

その日から体育会の生活が始まった。
近場とはいえ毎日5時起きで、それが週5続く。
怠け者な自分には普通にきつかった(今もきつい)。

それでも、ボールに触れば触るほど上達していく感覚はあった。
自分のショットでBOXが沸くのも嬉しかったし、
海外の技や江戸走りを試すのも新鮮で、単純に楽しかった。

何より、サマー優勝という一つの目標に向かって、
プレーヤーもスタッフも全員が全身全霊で取り組むあの空気の中に自分がいられることが嬉しくもあり、誇らしかった。

だけど結果は振るわず、決勝トーナメントに進んだものの初戦敗退。
期待に応えられなかった悔しさと、
サマーがあっけなく終わった喪失感は、しばらく消えなかった。



サマーが終わって3ヶ月。
ミニゲからフルフィールドに変わり、また壁にぶつかった。
戦術は増えるし、ケアレスミス一つで流れは壊れるし、ロングにはぶっ叩かれる。
何回もbadに入った。

この頃から、自分が思っていた以上に
“ラクロスを理解できていない”ことに気付いた。
ミニゲでは点を決められていたのに、フルフィになってからは思うようにいかない。
あそこでついた自信も、すぐに自分の無力さに変わった。
正直、その時はラクロスとの距離感がよく分からなくなった。

それでも部活を続けている理由は単純で、
ラクロスそのものより、みんなといる時間が好きだからだと思う。

練習外のくだらない会話も、みんなでラーメン食べてる時も、ブロスタで騒ぐ時間も、
全部ひっくるめて、この部活にいる理由になっている。



しんどい練習をみんなで乗り越えた瞬間は、
結局いつもいちばん記憶に残る。

8の字グラボを全員でやり切った時。
ステップ練を声を掛け合って乗り切った時。
夏合宿を全員で走り切った時。
フレッシュマンで慶應を倒した時。

ああいう瞬間だけは、素直にラクロスをやってて良かったと思える。
ただ、みんなと越えた景色が好きだった。

明日のウィンターに向けて、みんな辛かったと思う。
体力的にも精神的にも、何度も折れそうになったはずだ。

でも明日、それを全部乗り越えて、
またみんなで輪になってダウンしよう。

ラクロスを“愛してる”とまでは言えないけど、
みんなと勝ちたい。

そう思えるようになったのは、
しんどい日々を“37”で越えてきたからだ。
それだけは胸を張って言える。

37期 齊藤悠介



最近爽やかなスカイブルーのヘアバンドを身につけて気合十分なすぎから回ってきました。すぎがこんなにもスタッフに感謝してくれていると思っていなかったので嬉しいです!
ウィンター頑張ろうね!!

平素よりお世話になっております、1年MGの白石優依です。私は普段あまり自分の気持ちを話さないため少し緊張しますが、せっかくの機会なので、今までの振り返りとウィンターに向けての意気込みを綴らせていただきたいと思います。
大変長く拙い文章となってしまったため、お手隙の際などに読んで頂ければ幸いです。

まず初めに、日頃よりラクロス部の活動にご支援頂いております御父母の皆様、OB•OGの皆様、関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。



サマーの決勝トーナメントが終わってから約3ヶ月が経ち、いよいよ今週の土曜日、ウィンター予選を迎える。

体験会やスタッフ体験会での雰囲気や、様々なスポーツ歴を持つ人が多いラクロスという競技そのものの魅力に惹かれて入部してからこれまでの約8ヶ月、楽しいことがたくさんあった。


練習試合で点を取って喜ぶみんなを見ると、こっちまで嬉しくなった。
ハサミ貸してとか絆創膏ちょうだいとか言われて貸してあげたりした時に、皆から「ありがとう!」という言葉をもらって少しでも貢献できてるんだなと思うと嬉しかったし、みんなとたわいもない会話で盛り上がる時は本当に楽しかった。
MWとして練習を上手く回せた時は少しでも成長できてきたのかなと思って嬉しくなったし、上級生のスタッフの皆さんに仕事のことで褒められた時は、入部してからこれまで頑張ってきて本当に良かったなと思えた瞬間だった。 

毎朝4時頃に起きて、6時過ぎにグラウンドに着いてグラメをして、7時頃から練習が始まる。 
傍から見たら、明らかに朝が早すぎるし、とても辛いことのように感じるかもしれない。

大学の同じ専攻の友達からは、
「ゆいちゃんそんな朝早くから起きてるの!?ニワトリじゃん!」
と驚かれたし、
高校時代野球部で一緒にマネージャーをやっていた子からは、
「ゆいちゃんもうマネージャーやらないんじゃないの!?」
と少し呆れられてしまったが、そんなことは置いておいて、
私は、何よりも皆が練習している姿を見るのが大好きだし、4月に比べて格段に上手くなってる皆を見ると、自分の事のように嬉しかった。だから、どれだけ辛くても、どれだけ朝が早くても、ここまで続けることができた。




そして、みんなの努力が実を結んで掴んだフレッシュマンカップ優勝。

あの時に見た景色と、試合後の高揚感は一生忘れることはないだろう。最高の景色を見せてくれて、最高の思い出を作ってくれて本当にありがとう。
みんなのおかげで本当に楽しかったし、ラクロスの魅力にどんどん浸っていって、どんどんラクロスを好きになっていく自分がいた。

しかし、フレッシュマン、サマーが終わってから現在までの期間、私は、少しずつ部活に行くことが億劫になってしまった。


理由は、自分に自信が無くなってしまったから。


夏頃まではたくさん覚えることがいっぱいあって、その莫大な量の仕事を覚えるのは少し大変だったけれど、日々の練習や練習試合を重ねていく度に出来ることが増えて、自分の成長を感じることができとても嬉しかった。
でも、ある程度基本的なことが出来るようになった秋頃、インクリの判断に自信がなくて笛の音が小さくなったり、フルフィーの画角が難しくて、画面が揺れてプレが見にくいビデオを撮ってしまったりした。
最近では6on6の審判につかせてもらったり、33やゴール前33GBくらいなら一人でビデオを撮る機会も増えてきているのに、いっこうに上手くできない。
中々上手くできない自分が腹立たしかったし、せっかく私たちのために丁寧に教えてくださっている上級生の皆さんに本当に申し訳なかった。

私はこれから何かチームに貢献できるスタッフになれるのか?
私1人くらいいなくても平気なのではないか?
そんなことを考えるようになってしまい、いつしか、この部活における自分の存在意義を見失ってしまった。


そんな時にふと頭をよぎるのは、37プレのみんな、37スタッフのみんな、学生コーチ、高橋さんの存在だった。




37プレ
週5のきつい練習をこなした後のアフターやジム等々は簡単にできることじゃないし、ラクロスにちゃんと向き合ってひたむきに努力しているみんなは本当にすごいです。
あと、皆の素敵なところは、率先して備品を持っていってくれるところです。しかも、重いやつから。いつもとっても感謝してます。ありがとね。
それ以外にも体調を心配してくれたり、練習中パイロンとラダーを積極的に片付けてくれたりと、皆は本当に素敵な代だと思います。
私はそんな皆が大好きです!これからもよろしくね。

37スタッフ 
これまで辛いことを乗り越えることが出来たのは、本当に皆の存在が大きいです。
私はあんまり社交的じゃないから人と話すのとかもちょっと苦手だけど、皆と話してるととても楽しいです。練習中もパイロンとかを率先して置いてくれたり、先回りして行動出来るのはとてもすごいなって思ってます。
ウィンター当日は私たちもプレも緊張するかもしれないけど、私たちの力で皆を鼓舞して盛り上げちゃおう!
大好きだよ!

じおさん
これまで37プレだけでなく、私たちスタッフにも厳しいながらも愛のあるご指導ありがとうございました。
正直最初は少し怖い方なのかな?と思っていましたが、全然そんなことはありませんでした。むしろ、練習中にメニューで分からないことを聞いた時に細かく教えてくださって、じおさんに聞けば何でも教えてくださるという安心感がありました。
個人的には、じおさんは覚えてらっしゃるか分かりませんが、フレッシュマンで優勝した時に握手してくださったことがめっちゃ嬉しかったです。

つっちーさん
つっちーさんは優しさの権化のような存在で、いつでも優しくて、つっちーさんの素敵な笑顔に救われた時が入部してから何度もありました。
あと、つっちーさんは私たちスタッフがラスト何分ー!!と言っている時に必ずと言っていいほどレスポンスしてくれて、そういう細かいところまで気が回るところを本当に尊敬しています。私もつっちーさんのような人格者になれるように頑張ります。

おぎさん
良い意味でプレイヤーともスタッフとも対等な存在となっていて、おぎさんのように友達のように接することが出来る方はとても貴重な存在でした。
でも、ディフェンス陣を指導している時のおぎさんは熱くて、指導の言葉一つ一つに気持ちがこもっていて、とてもかっこいいです。
また、BOXにいらっしゃる時のおぎさんの声掛けに救われているプレイヤーも多いと思います。いつも本当にありがとうございます。

皆さんの存在というのは偉大で、私にとって大切な存在でした。皆さん以外の学生コーチなんて考えられないし、皆さんのおかげで非常に部活が楽しかったです。
ウィンター当日はめちゃくちゃボックスを盛り上げて、選手と一体となってかますつもりなのでよろしくお願いします!!

最後に、高橋さん
ご自身のお仕事の合間を縫って私たちの練習に来てご指導してくださっていつも本当にありがとうございます。
練習に高橋さんがいらっしゃると練習が締まる感じがするのと同時に、プレにかける言葉一つ一つがとても貴重で、本当に私たち37にとってなくてはならない存在です。これからもご迷惑をおかけするかもしれませんが、ご指導よろしくお願いします。



今でも、何回も自分は必要な存在なのか考えてしまうし、スタッフの仕事は目に見えるものばかりではないから、ちゃんとチームに貢献できているのか不安になってしまう。

それでもここまで続けてこれたのは、確実にみんながいてくれたから。

まだまだ頼りがいのあるマネージャーには程遠いけど、こんな私でも頼ってくれる時があると嬉しいし、グラウンドに行ってみんなと会う時間は私にとって本当にかけがえのない時間になっている。
今はまだ自信が無いけれど、私は絶対にこれからの4年間で頼りがいのある立派なマネージャーになるので、その時まで待っていてください。




そして、いよいよ今週の土曜日に迫った2つ目の同期試合であるウィンター予選。

相手は一橋と埼玉/大東文化。
特に一橋に関しては、この間の練習試合で負けてしまっている状況である。

しかし、皆がプレーをしている姿は本当にかっこいいし、根拠を言葉にするのは難しいけれど、今のみんななら勝てる気がしている。
私たちの力はたとえ微力でも、BOXの雰囲気をつくる、見やすいビデオを撮る、おいしい飲み物をつくる、緊張を解すなど、出来ることは何でもするから、当日は、37プレ、37スタッフ、監督、コーチ陣だけじゃなくて、寒い中わざわざ応援に来てくださる上級生の皆さん、保護者の皆様、全員の力を合わせて、また、こうして支えてくださった人たちに対しての感謝の気持ちを忘れずに、最後まで全力で戦い抜こう。  



そして、掴み取る。



この冬最高の景色をーー。



最後までご精読いただきまして、ありがとうございました。

続いてのウィンターブログは、端正な顔立ちをお持ちのゆうすけです。本当にイケメンです。
入部してから夏頃にかけて急激に成長を見せ、現在もまだまだその成長は留まることを知りません。
そんな彼がどんな熱いブログを書いてくれるのか、今から期待が膨らむばかりです!!


37期MG    白石  優依
平素よりお世話になっております。
37期杉山蒼太です。
日頃よりラクロス部の活動にご支援いただいている御父母の皆様、OB・OGの皆様、そして関係者の皆様に心より感謝申し上げます。拙い文章ではございますが、最後まで読んでいただけると幸いです。
いよいよウィンターが始まります。
僕たち37期にとって、この大会は1年間の成長を証明する場です。

特にサマーで負けた時の悔しさは、今でも忘れていません。
「自分たちはまだまだ弱い」って突きつけられたようで、本当にきつかった。
あの試合後の空気、涙、言葉にならない後悔——全部が今でも胸に残っています。

でもその悔しさがあったからこそ、僕たちは変われた。
1人1人が練習に対して本気になって、細かいところまでこだわるようになった。
全員で強くなるために、もう一度同じ悔しさを味わわないために。

ウィンターは、その積み重ねをぶつける場所。
サマーの悔しさを“勝ち”で上書きするために、37期らしく全力で戦い抜きます。

じおさん
厳しい時は厳しいけど、自分が良いプレーをした時とかはすごい褒めてくれて嬉しかったです。正直37期プレの兄貴的存在でした。最後の1年を俺たちに賭けてくれてありがとうございます。おぎさんにもっと優しくしてあげましょう。
つっちーさん
つっちーさんは優しいって印象しか無いくらい優しくて、その優しさに何度も助けられたプレイヤーは多くいると思います。つっちーさんに褒められた時はすごい嬉しかったです。ほんとに一年間ありがとうございました。
おぎさん
おぎさんといえばやっぱり、夏合宿にサウナを壊した事がとっても印象的です。それにじおさんによく怒られていた事も印象的です。でも試合中とかになるとめっちゃ熱くなる姿はとてもかっこよかったです。一年間ありがとうございました。

スタッフへ
ウィンターに向けた練習は、まだ日が昇る前から始まることも多かった。
眠い目をこすりながらグラウンドに来ると、すでに準備が整っている。
テーピングやケア、用具のセット、グラウンド状況の確認……
気づけばスタッフのみんなが、一番早く来て一番遅く帰っていた。

「選手が気持ちよくプレーできるように」
その一心で動いてくれたこと、ちゃんと届いてます。
本当にありがとう。
あなたたちがいなかったら、ここまで積み重ねることはできなかった。

そして最後に37期のみんなへ
ふざけてばっかの時もあるけど(笑)、試合になれば誰よりも熱くて、誰かが落ち込んでいたら自然と寄り添ってくれる。
そんな仲間と1年間プレーできたこと、本当に誇りです。

次はいつも丁寧な仕事で選手を沸かせてくれるゆいちゃんです。どんなブログを書いてくれるのか楽しみです。
共に副将を務める抜田君とご近所さんの大けいより回ってきました。今年度副将兼フィジカルリーダーの加藤智也と申します。


はじめに、日頃より中央大学学友会体育連盟ラクロス部の活動にご支援・ご声援を頂いております、御父母の皆様、OB・OGの皆様、学内外関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。


私はラストブログというコンテンツがとても好きで、お気に入りの先輩方のブログは常にモチベーション維持の1つとして読んでいました。
ただ、好きが故に下級生の頃から散々人のブログに好き勝手言ってきたため、自分のブログを書くハードルが高くなりすぎているような気もしますが...

まあそれはさておき、何を書こうか迷いましたが、4年間の振り返りをつらつらと書こうと思います。意識しないと変にかっこつけた文章を書いてしまう節があるので等身大の言葉で表現できるよう意識したいと思います。振り返ると私のラクロス人生は何度も壁にぶち当たっては挫折することの連続だったように思います。読みにくいかもしれませんが最後まで読んでいただけると嬉しいです。






【ラクロスを知り、楽しさと挫折を知った1年生】

大学入学後、すぐに軽音楽サークルに入った。
高校では野球をやっていましたが、高校野球最後の試合によって強いトラウマを植え付けられてしまい、大学ではもう野球を続けるつもりはありませんでした。何ならスポーツはもういいかなとすら思っていました。

サークルではすぐに仲のいい友達もできたし、ベースも買ってやる気は十分でした。
ただ何かが物足りなかった。大学生活中、この環境が中高6年間の野球部生活で体育会に染まっている自分を満足させてくれるとは思えなかった。

そんなもやもやを抱えた5月の頭ごろ、高校の先輩に誘われてラクロス部の体験会に行った。

そこには高校時代に野球部で触れていた、本気でスポーツをする仲間としか作ることのできない「空気」があったのを肌で感じました。サークルでは絶対に味わえない経験がこの環境にはあるとなんの根拠もなく確信したのを覚えています。入部を決断するまで時間を要しましたが、慈英と一瀬君のいろんな後押し(雑)もあり入部を決意しました。




毎日の練習は本当に楽しかった。
シュートを打てばみんなが速いとほめてくれるし、点を取れば何にも代えがたい喜びを感じることができた。ラグビー場に行けば同期の誰かしらがアフターをしていて授業を切りまくってシュート練習をしたのがとても懐かしいです。
しかし、そんな楽しいラクロスライフは2か月も持たないまま終わることになります。

左鎖骨骨折

一般フィールドに救急車が入ってきたのは史上初めてなのではないでしょうか。
サマーは間に合わないといわれ、とにかく絶望したのを覚えています。
この時はとにかく早くラクロスがしたい!の一心でリハビリをすると同時に、日に日に上達していく同期に焦っていました。今のフィジカルリーダーという立場でカミングアウトするのはあまりよくないかもしれませんが、実際は医者からサマー出場の許可は下りていませんでした。それだけ焦っていたのです。今考えると本当に危険で浅はかな行動だったと思います。
何とかサマーには出場しましたが結果は0得点。悔しかったですが、その後の関東ユースの選考会に「シュートが速い」という理由だけで呼ばれただけなのに慢心している自分もいました。
同期は、上級生のBチームに呼ばれる人もいて、いつか自分も呼ばれるだろうなんて考えている間にウィンターの出場時間もほとんどないまま終えてしまいます。呼ばれなくて当然なのです。このサマーからウィンターまでの期間は特に何も努力していないのに自分は周りよりも上手いと勘違いをしていました。もちろんユースの選考も落ち、ラクロス人生で初めての挫折を覚えました。





【常に自分と向き合い、悔しさを燃料として練習に励んだ2年生】

ウィンターが終わってからは何か変えなければ一生TOPチームに上がれないと考え、とにかく自主練の量を増やしました。私のインスタグラムの過去の投稿を漁れば出てくると思いますが、クロスワークドリル、壁当て、ダッジ練を毎日とにかく繰り返し行っていました。
そして何か新しい武器を身につけなければ、と模索して筋トレを必死で取り組み始めたのもこの時期です。3人組での剛千代さんと歩さんとのトレーニングは本当にきつかったですが、確実に身体はでかくなりました。今自分がフィジカルリーダーを務めることができているのは紛れもなく剛千代さん(歩さんも?)のおかげです。ありがとうございました。

この期間の努力量は誰にも負けていない自信があります。ただ、同期の俊介や滉士郎、慈英はAチームでどんどん評価されていき、一方の私はどれだけ試合で点を取ってアピールしてもAチームに上げてもらうどころか協会登録はBigBanditsにするよう言われる状況でした。このことを伝えられた時はいくら努力して結果を残しても評価すらしてもらえない現実に心が何度も折れかけていました。何度か辞めたいと嘆いたこともあります。
しかし、心が完全に折れることはありませんでした。負けず嫌いでプライドの高い私は「絶対に見返してやる」という復讐心にも似たような思いで日々練習に取り組みました。


そして自分の第一の武器であったシュートをどうしたら生かせるか、それだけを考えて試行錯誤を行い、夏ごろにはBチームのゴーリー相手にはリストレより下では大体のシュートが入るようになりました。この1年間は挫折と負けん気で自分のプレースタイルを確立させることができた期間だったと思います。








【結果を出すことの喜びと怪我との向き合い方を改めて思い知った3年生】

シーズン当初はとにかく先輩にアピールして気に入ってもらうために行動していました。パスメニュー、シュート練習、1on1すべてのポイントで増岡さんや凡さんの近くでプレーし、必ずコミュニケーションを取って質問攻めにしました。周囲からはイヤらしいと思われる行動でも一切気にせず、TOPチームに這い上がるためだけに考えつくことはすべて実行しました。

そんな不器用なアピールが実ったのか年明けのカテゴリー分けではTOPチーム帯同を勝ち取ることができました。そのまま迎えた春リーグでは3得点。それ以降の練習試合でも平均1得点は取っていたと思います。ウィンターから続けてきた努力が実を結び始めて、1年生の時以上にラクロスを楽しめていた期間だったかもしれません。凡さんに「今年のリーグ戦でチーム得点王を目指してほしい」と言われたときは本気で目指そうと思ったのと同時に、認めてもらえたような気がして嬉しかったのを覚えています。

しかし、そんな歓喜も束の間、今度は右鎖骨を骨折。
まさか鎖骨骨折を両肩コンプリートするとは思ってもいませんでした。また始まるユニバースに通ってのリハビリの日々。TOPチームの練習を見るのも辛くて1か月の休部をさせてもらいましたが、なんでこんなに自分は怪我をしてしまうのだろうかと自己嫌悪に陥っていました。

ただ、そんなリハビリの日々の中で、社会人トレーナーの植村さんに「強くなって復帰しよう」という言葉をかけてもらいました。その一言が当時の自分には大きな支えとなり、ただ元に戻るのではなく、以前よりも強くなって戻ることを目標に前を向くことができました。さらに、先輩方が私をBチームに落とさず、TOPチームの一員として居続けさせてくれたことも、何よりの励みでした。もしあの時チームから離れていたら、今の自分はなかったと思います。



復帰後はEMOの右45という限られた出番ではありましたが、試合に出場することができました。鎖骨を折る前の自分では考えられなかったほど、試合の一瞬一瞬がかけがえのないものに感じられ、グラウンドに立てる喜びを心の底から噛みしめました。怪我によって奪われた時間は大きかったですが、それ以上に支えてもらえるありがたさを実感できた期間だったと思います。





【副将としての立ち振る舞いと自分の実力不足に悩み続けた4年】

ラクロス人生で一番濃く、悩んだ1年間でした。

新チーム発足時のミーティングではまさか自分が副将とフィジカルリーダーを兼任すると思ってもいませんでしたが、推薦されたからにはどちらの役職も全うし、慈英を支えて日本一の組織を作り上げると意気込んでいました。それと同時にコーチ陣との面談の場では自分がチームのエースとして得点源になるとも宣言しました。

しかし、現実はそう上手くいかず新チームが発足してからは問題続きでした。
上級生の絶えない遅刻や問題行動、自分よりも実力のある後輩に対して強く発言できない幹部陣、一向に勝てない春リーグetc...

それに加えて自分自身の実力不足を改めて実感させられました。中大のエースになると宣言したものの、現実はそう甘くありませんでした。パスミスやキャッチミスを繰り返し、自己嫌悪の負のループに陥っていきました。次第にプレーに自信を持てなくなり、一種のイップスのような状態に。副将でありながら、チーム全体よりも自分のことばかりに囚われ、仲間に何の影響も及ぼせない人間になっていくのを感じていました。

そして、春リーグ最終戦の日体戦。新子さんからBチーム降格を告げられ、その場で何も考えられなくなり、気づけば人目もはばからず号泣していました。その後は体調も崩し、鬱っぽくなる日々。中立戦でも、ラストプレーの大事な場面で自分のパスミスが原因で負けてしまいました。その瞬間、「もうオフェンスは実力的にもメンタル的にも続けられない」と悟りました。

そんな私に与えられた道は、SSDMへの転向でした。オフェンスへの未練はありましたが、藁にもすがる思いで挑戦を決めました。1年生の夏以来ほとんど経験のないポジションでしたが、とにかくできること、特にグラボやクリアに全力を注ぎました。その中で少しずつ自信を取り戻していけたのは、私にとって大きな転機でした。

副将としての自分に何ができるのかも、常に考え続けました。行きついた答えは「凡事徹底」。誰にでもできることを、誰よりもやり続けること。そしてこれは今のチームに一番足りていないことでもあると思いました。当たり前すぎて恥ずかしいかもしれませんが、常に声を出して盛り上げ、仲間に指摘の声を送り続けること。それこそが、実力が伴っていない自分が副将として存在する意味だと考えている。

そして迎えたリーグ戦。気づけば結果は3敗1分。日本一という目標に到達するといことは叶わなくなってしまいました。ただ、それでもまだ私たち34期に残されているものがあります。それは「1部の舞台で何を起こせるか」ということです。日本一の夢は途絶えても、中央大学として1部に挑み続けることの価値は決して小さくありません。明日の一戦は、そのことを証明できる最後のチャンスであり、34期の存在意義を示す舞台だと思っています。全力を出し切れば絶対に勝てると自分は信じています。








まだまだ書き足りないですが、長くなると玉井君が途中で読むのを止めてしまうそうなのであと少し、後輩へのメッセージと感謝のコーナーへ移ろうと思います。

後輩たちへ(特に35期)

みんなは本当にラクロスが上手いと思います。目の前のプレーに全力で取り組み、負けん気が強いところも大きな武器です。
ただ一方で、凡事徹底の部分は大きく欠落している人が多いと感じます。そして、それが自分のことだなと自覚している人もいるはずです。
アップやダウン、ボール探し、荷物をきれいに並べるなど、正直これらは直接ラクロスのプレーに関係ないと思っている人も多いでしょう。

しかし、強いチームを見てください。必ず規律があり、やるべきところでしっかり声を出し、当たり前のことを徹底しています。そうした「一見ラクロスに関係ないように見える部分」が、試合の場面での集中力や雰囲気づくりにつながり、最終的に勝敗を分ける大きな要素になるのです。今シーズン、私はこのことを最後の最後まで徹底させることができなかった責任があると思っていますが、新チームではこういう細かなことまで徹底できるようになってほしいです。凡事徹底は、才能やセンスとは関係なく、誰でもできることです。だからこそ、そこに本気で取り組めるかどうかがチームの強さを決定づけます。35期のみんなには、ぜひ自分の「上手さ」に加えて、そうした当たり前を大切にしてほしいと思っています。


両親へ

いつもそばで支えてくれてありがとう。
学生の間、ずっとスポーツに打ち込んでこられたのも2人の支えがあったからです。感謝してもしきれません。社会人になったらたくさん恩返しさせてください。


高橋さん

ラクロス以前の人としての大切な部分を学ばせていただきました。本当に感謝しています。
「凡事徹底」「視座を変えて物事を考える」この2つの言葉は私の今後の人生の中でも大切にしていきたいと思います。


新子さん

日体戦後、号泣する私に向けて「一旦Bに落とすけど、智也が積み上げてきたことは知ってるから」と言っていただいたことがあの時、ただ一つの救いでした。
あの言葉があるから今ラクロスができているといっても過言ではないです。
本当にお世話になりました。ありがとうございました。


植村さんへ

入部早々骨折をしてから怪我がちだった私は植村さんなしではラクロスできていません。4年間ずっとお世話になりました。
今シーズンは特にフィジカル部門として何度も相談させていただき、チームを引っ張るフィジカルリーダーとしての考え方を学ばせていただきました。明日は試合中、お世話にならないように頑張ります。


小澤先輩へ

ラクロス部に誘っていただきありがとうございます。
10番を譲っていただいたのにも関わらずOFとしてリーグ戦で戦う姿を見せられず本当に申し訳ないと思っています。あと1戦ですが、10番がDFで活躍する姿を見せられるように頑張ります。


一瀬君へ

出会ってから10年になりますね、高島君の次に腐れ縁です。
君はおそらくその場のノリでラクロス部の入部を決めたのだと思いますが、そのおかげで自分も今ラクロス部にいます。
そして❝ラクロスのプレー中は❞本当に頼りになるなとDFになってからは実感しております。そして君の素直で朗らかな性格に助けられた部分もあるので感謝しています。ありがとう。
ただ、君に何回イライラさせられたかわかりません。もう少し常識を学んでから社会人になってほしいと思います。


俊ちゃんへ

何度も約束を破ってはドタキャンしてきて本当にひどいと思っています。勘弁してください。
OF時代は一番のライバルだと思っていましたが、君はどう思っていたんでしょうか。おそらく君は「眼中にありませんでした」とか言うのかもしれませんが、ずっと僕を意識していたことを知ってるよ!
今度はドタキャンせずに焼肉行こうね~


桃子へ

今シーズンは特にフィジカルのことで一緒に悩んで話すことも多かったね。
いつもニコニコしていますが、その裏でとてつもない仕事量をこなしているのを尊敬しています。
そして文句の多いプレイヤーに対して物怖じせずにはっきり物申す姿は頼りになりました!フィジカル飲み、楽しみにしています。


こうしろうへ

早くバイクの免許取って下さい。また二郎食べに行きましょう。


たまひへ

まさか同じポジションをやるとは思ってもいませんでした。
いつも適当なダルがらみに反応してくれてとてもうれしいのですが、最近面倒だと思っていませんか????
いつもニコニコたまちゃんですが東大戦の後、一人で泣いている姿を見て実は熱い男なんだと僕は知っています。


小野君へ

上手すぎるので明日も期待しています。
ただ、時間にルーズすぎるところと練習でEMOになると怪我抜けするのは直しましょう。


カズへ

同じ副将として頑張ってきましたね。
気づいたらスタッフのもとへ行っているところをよく見ますが、彼女がいないのが本当に不思議です。顔はいいのに...話がつまらn...おっと、危ない。
明日はマジカルグラボでチームを勝利に導いてください、頼むよ!


たつるへ

今日も言いましたが、真に口が悪いのは君だと思っています。
でも、中大のゴールは安心して任せられます。明日もよろしく!


大雅へ

来シーズン、キャプテンやるかはわからないけど、大雅なら必ず日本一を達成できるチームを作れるよ。35期をまとめるのは大変だと思うけど、時には人を頼って、いろんな意見を聞きながら、疲れない程度にがんばれ!
困ったらいくらでも相談乗るので今度こそ飲みに行こう。


綾小路へ

口が達者で生意気な後輩だと思いますが、常に自分の意見を言えるのは綾小路の良いところ。ラクロスが好きなのが伝わってくるし来年は世代ナンバー1ロングになることを期待しています。

智忠へ

OF時代に1on1で何度心を折られたかわからない(笑)
ラクロスに関してはもう言うことないけどしっかりダウンはするように!


晄生へ

いつも騒がしいのでもう少し静かになったら落ち着きが出てくると思います。
ファミ会やりましょう。

たけるへ

何度体にシュートを当てたかわからないけど、そのたび「大丈夫っす」と言ってくれた優しい漢。来年以降の中大のゴールは安心して任せられると思ってる。頑張れ!


しゅんぽへ

2年生とは思えないくらい上手い!これからの中大DFを引っ張て行くのは確実に君なのでいつまでもへなへなしてないでビシっと威厳を持った人になれるよう、頑張ってください。


翔洋へ

圧倒的な身体能力は本当にうらやましい。将来はフィジカルリーダーになってほしいな。
2年生とは思えないくらい上手いと思っているので自信をもって頼ることができます。
来年以降SSDMやっているかはわからないけど頑張れ!


旭へ

今年で急速な成長を見せてくれて、メンターとしてとてもうれしいです。
堅実なDFの裏で実はおふざけな一面があるところはかわいいです(笑)
翔洋との絡みはほどほどに、これからも頑張れ!





さて、次のブログは主将の慈英君です。
私が紹介するまでもないくらいのスーパースターでありますが、最後に個人的なメッセージを送らせていただきます。


慈英へ

君のマシンガン勧誘LINEがなければ私は今頃軽音楽サークルでベースを弾いていたことでしょう。ラクロス部に誘ってくれたことを本気で感謝しています。
おそらく性格も考え方も真逆なタイプなので部活で出会わなければ一生仲良くなることもなかったかもしれません。
今シーズン、副将として君を支えるどころか君に支えられた部分が多かったように思います。主将として多方面の意見を汲み取り、チームを仕切っていく姿は本当に尊敬しています。
そしてこの1年間、特に厳しく君にはああだこうだ言った気がします。もう少し筋トレは頑張ってほしかったものです。それと怒ると破壊神になる癖は直してね。
あんまり一緒に飲みに行く機会もありませんが引退したらたまには飲みにでも行きましょう。




彼の波乱のラクロス人生から綴られるブログは後世に残る偉大なものとなることでしょう。乞うご期待!


「自称」伝説のロング、Mr.思わせぶり抜田君から回ってきました、4年DFの加藤慶悟と申します。端正な顔立ちを持つ抜田君、女の子とのデートで履くと意気込んで買ったAir Force 1は、いまだ真っ白のまま箱の中で埃をかぶっています。そんな彼も試合では雰囲気ががらりと変わり、華麗なパスカットやグラボで試合の流れを変えてくれます。明治戦も頼むよ。

 

 

 

はじめに、この場をお借りして、中央大学男子ラクロス部に日頃より多大なご支援・ご声援をいただいている保護者の皆様、OB・OGの皆様、関係者の皆様に感謝申し上げます。

 

 

 

さて、ついに回ってきたラストブログ。私は正直、悩んでいる。このラストブログは1年生の頃から読んできた。4年生が引退を前に、4年間の「努力」や「裏側」を語る。過去には偉大な先輩たちが、このブログに想いを綴ってきた。果たして自分はそこに肩を並べるにふさわしいだろうか。読む人の心を動かす4年間の努力はあっただろうか。

 

 

 

否。

 

 

 

とはいえ、書かないわけにはいかない。この4年間で学ばせてもらったこと、伝えたいことはある。こんなに学びや刺激の多い4年間は今までも、今後もないだろう。このブログは後輩やお世話になった人に向けて、そして将来自分が息詰まったとき、ラクロス部に所属していた当時の自分が感じたことを思い出させるようなブログにしよう。

 

 

 

「ラクロス」――このスポーツは日本では現在、ほとんどの人が大学から始める。また中央大学では、先輩方の積み上げにより、大学公認の部活として活動することができる。大学から始めても、頑張れば日本代表も夢じゃない。私が入部した理由の一つもこれだ。一見ハードルの低いこの競技。しかし実際は、他のスポーツとは違った厳しさがある。多くの大学スポーツは競技人口が多く、幼少期からの経験や環境が物を言う。比べてラクロスは前述の通り、ほとんどが大学から始める。高校までの部活経験や身体能力の差など、スタートの差は少しあるものの、ほとんど同じ。その結果が4年後に顕著に現れる。つまり「どれだけ自分を律し、積み上げてきたか」がすぐにわかるスポーツである。

 

 

 

このことを4年生の今になって、毎日、痛いほど感じる。練習や試合では奇跡など起こらない。その場その場で対応できるほど私は器用ではないし、まずそんな簡単な競技ではない。小手先だけのものは、横で着々と積み上げてきた努力に一瞬で抜かされる。

 

 

 

私が学び、伝えたいこと。

「苦しい時に自分を律し、積み上げる」――偉そうに聞こえるかもしれない。しかし、これが部活、いや人生における鍵であり、成功への近道だと思う。筋トレやラン、練習はきついし、痛い。結果もすぐには出ない。誰もが辛いし、手を抜きたくなる。しかし、その辛い時に歯を食いしばって進み続けられるか。それが「成長」なのだろう。

 

 

 

私はこれができなかった。だから、これを読む後輩や未来の自分には、どうか同じ過ちを犯さないでほしい。辛い時に手を抜くことはとても簡単で圧倒的に楽だ。しかしその代償は4年後に確実に現れる。

 

 

 

頑張る人がどれだけかっこいいか。

努力する人がどれだけかっこいいか。

中央大学の名を背負い、Aチームとして試合に挑む同期の背中がどれだけかっこいいか。

 

 

 

私はこれに気付けず、4年間を終えようとしている。

 

 

 

しかし、そんな私でも、Companyのリーダーとして慕ってくれる仲間がいる。応援してくれる人がいる。その人たちのためにも「Bリーグ優勝」を果たしたい。4年間で蓄えすぎた力を最後に全て出し切る。愛する仲間たちと、少しでも長くラクロスを続けるために。

 

 

 

6年ぶりのBリーグFinal4進出。相手は立教。中立戦の借りを返そう。勝って関西に行こう。優勝して「’25 Company」の名を残そう。

 

 

 

さあ、やろう。






#37 加藤慶悟
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
以下お世話になった方々へ
 
 
家族
大学生活だけに限らず、今まで好きなことをやらせてくれて、ありがとう。これから少しずつ恩返しをしていきます。
 
34期
みんな大好きだぜ、これからもよろしく。
 
Company
私について来てくれてありがとう。慶應戦に勝ったときは、ラクロス人生で一番嬉しかった。35期、36期はみんな上手いから、自信を持って。みんなが来年、再来年とTopで活躍する姿を楽しみにしています。Final4の立教戦、しっかりと準備をして臨もう。勝って大阪の淡路家を荒そう。
 
増岡悠
仲間として、ライバルとして、まっすーの存在は大きかった。ありがとう。
 
井上、坂本、淡路、松井
来年、再来年と期待しています。君達とのDFは楽しかった(ミーティング以外)。立教戦、このDFユニットでチームを勝たせよう。
 
にしなファミの皆様
末吉はアルハラをやめよう。もっくんはFinal4で待ってるぜ。先輩の皆様には大変お世話になりました。もうすぐそちらへ行きます。また集まりたいです!!
 
慈英
間違いなく今までの人生で1番包容力がある人。君、やっぱ人生2周目だね?慈英が俺らのキャプテンでよかった。ありがとう。最後まで走り抜けよう。
 
 
 
さて、次のブログは同じ苗字、同じ地元の加藤智也君です。バイク、バンド、野球、pなど多趣味すぎる彼。さまざまなポジションを経験し、デカすぎる体と責任感。思うことがないわけがない。彼はどんなブログを書くのか、乞うご期待。
部内だけにとどまらず他の部活やバイト先でも大人気の桃子から回ってきました。4年LSM抜田胤亮と申します。
みんなから「ネイマール」や「オオカミ少年」と呼ばれる私ですが、慈英に押されてテントにぶつかったときは流石に心配したのか桃子が珍しくダッシュで寄ってきてくれて安心しました。
ありがとう。全然平気でした。

 はじめに、この場をお借りして、中央大学男子ラクロス部に日頃より多大なご支援・ご声援をいただいている保護者の皆様、OB・OGの皆様、関係者の皆様に感謝申し上げます。

何を書こうか考えた時に真っ先に思い付いたのが、2年生からリーグ戦でスタメンで出場したことなのでそれについて書きたいと思います。
受験の時から現代文は大の苦手だったので拙い文章かと思いますがお付き合いください。

先に入部していたもっくんと慈英からの勧誘があって体験会に行ってみた
(あのとき2人がいなかったら、もしかしたらサッカーサークルにいたかもね)

直感で自分はセンスがあると思った

「日本一を目指せる」

その言葉に惹かれて入部

運動神経には自信があり、すぐ上手くなった

しかし新人戦は特に活躍もなく予選敗退
(フレッシュマンカップで慈英より得点できた時は本当に嬉しかった)

長いオフシーズンが明け本格的にAB分け

Bチームの欄に自分の名前があった

心が折れた
誰よりもインターミッテントで走れたのに
1on1で先輩を何回も止めたのに

それからは土のグラウンドで練習に身が入らない日々

いつも通り土グラで練習してたある日

自分自身の武器がないからBチームにいることを知った

知らされるまではただ練習をこなすだけだったがどうやったらAチームに入れるか1つ1つのメニューで明確に考えて動画見たり練習したりするようになった
自分が上手くなるのを実感し、入部した時から憧れていた哲史さんに近づいてる気がした

2年の5月
Aチームに呼ばれた
次はどうやったら自分がAチームのスタメンになれるか考えて練習してみた
動画でしか見られなかったプレーを間近で見て
ディフェンスの仕方、ウイングの動きなど考えて、実際にやってみるその繰り返し
結果リーグ戦の途中からスタメンになれた






後輩たちに伝えたいことは「試行錯誤を楽しむ」ということ

ロングの持ち方、チェックの仕方、グラボの拾い方などなんでもいい
間違っててもいい
試合で使わないような事もとりあえずやってみればいい
もしかしたら意味なんて考えずにやってみてもいいかもしれない

考えてやってみるを繰り返す

その毎日の試行錯誤が気づいたら自分を大きく成長させ、最後の最後自分を支えてくれる大きな自信になると思う

そして中央大学悲願の日本一を達成してほしい

偉そうな事言ってしまいましたが、まだ何も成し遂げてないのでせめて残り2戦勝って後輩たちに1部の舞台を残して引退しようと思います

34期、底力を見せてやろう






まとまりのない文章に付き合っていただきありがとうございました。
感謝コーナーです

家族へ
中学から大学まで遠いところも応援に来てくれてありがとうございます
やっとスポーツも一区切りつくので恩返ししていきます


34期へ
みんな4年間ありがとう
酒癖悪すぎる奴、クラロワ弱すぎる奴、夜飯ベビースターだけの奴、車でエミネム流したら発狂する奴など、ここまで個性豊かなチームは初めてでとても楽しかった
引退しても定期的に集まろうね


慈英へ
慈英がキャプテンで本当に良かったと心から思ってる
キャプテンでエースで日本代表の慈英までボール持って行くから絶対決めてね
1回ぐらいはシュート撃たせて


哲史さんへ
哲史さんが引退してから長文を頂いて、自分なりに努力して参りました
14番は11番や55番ぐらい大きい番号になりましたでしょうか、?
14の方が大きくなりましたよね!ありがとうございます!


’25ディフェンス陣へ
頼もしい後輩が多くて来年は特に心配してないよ
みんな怪我がちだから身体のケアは怠らないように
4失点だと勝てなさそうだから無失点目標に残り頑張ろう


‘25オフェンス陣へ
そろそろビッグクォーター欲しいです
さもないと大雅も俺もそろそろ限界なのでシュート撃ちに行きます
八幡、わかるよ期待してるよ


次は中横ーずの1人加藤智也くんです!
なんと彼は初代タン、、、、いや何でもありません。彼はBチームキャプテン、フィジカルリーダー、副将と数々の役職を与えられ、AT、OMF、SSDMと様々なポジションを渡り歩いてきました。
そんな彼がどんなブログを書くか楽しみですね!!
乞うご期待!