中央大学学友会体育連盟ラクロス部 Official Blog

中央大学学友会体育連盟ラクロス部 Official Blog

中央大学学友会体育連盟ラクロス部です!
選手やスタッフの熱き想いを是非ご覧下さい!

まず初めに、父母の皆様、OB・OGをはじめとする中央ラクロスに関わる全ての皆様、日頃からのご支援ご声援本当にありがとうございました。
特に、今年は監督高橋さん、32期佐々木さんの力もあって早稲田戦では今までに見たことのない数の方が応援に駆けつけてくれました。
非常にうれしかったです。
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2026年9月27日  僕の大好きな時間が幕を閉じた。



大好きだった。スポーツが。部活動が。仲間が。試合が。



そして何より、「次」があることが当たり前だった。
負けても来年がある。引退しても高校がある。高校が終われば大学がある。
でも今回は違う。

次はない。

ありがたいことに、僕は2年生からリーグ戦に出場させてもらった。AとBを行き来する苦しさも、大きなけがで長期離脱する経験もなかった。主将になって何か特別な改革をした人間でもない。

だからこのブログでは、4年間ではなく、僕がスポーツから学んできたことを書こうと思う。
後輩がこれを読んで、少しでもやっぱスポーツやっててよかったなと思ってくれたら嬉しい。

先に言っておくと、僕は同期の中でも#5 飯田の次におつむが弱いので、読みにくい文章になると思います。ごめんなさい。




【スポーツは生きていくために必要なものではない。誰もが経験できるものではない。】

スポーツをしなくても、部活動に入らなくても人は生きていける。
朝5時にイラつきながらアラームを止めることも、ベンチを壊した同期と一緒に大学に謝ることも、勝って校歌を歌うことも、負けて布団で突っ伏して一人で寝ることも生きるためには必要ない。

だからこそスポーツは贅沢品なのだと思う。

贅沢とはお金がかかることではない。
生きるうえで必要のないものに、かけがえのない仲間と同じ温度で本気になれる時間のことだ。

そんな時間を過ごせるのは当たり前じゃない。

人生でごくわずかしかない。後輩たちはあとどれだけその時間があるかぜひ数えてみてほしい。だからこそその限られた時間で何を成し遂げて何を得るのか。大事にしてほしい。


ここからは自分史の話になるので興味のない人はスクロールしてください。

【中学生時代】

今もそうだが僕は極度のさびしがり屋である。

そんな僕がスポーツで最初に学んだのは、仲間の大切さだった。

中学3年間はアイスホッケーに打ち込んだ。初めての上下関係もあって、コーチにもよく怒られたし、「もう嫌だ」と思う日も何度もあった。

それでも続けられた理由は、仲間がいたからだ。

同期が怒られて連帯責任として正座させられたり、負けた次の日の練習は全部走りにされたり、厳しい環境だったからこそ、一緒に乗り越える仲間の存在の大きさを知った。

でもそんな時間を過ごした仲間は、何年ぶりに会っても、あの頃と同じように笑える。
中学で学んだのは本当に苦しい時に支えてくれる仲間は、一生の財産になるということだった。

【高校】
高校からは地元を離れて北海道に進学した。
高校3年間は、とにかく「努力」した。武勇伝にする気はないけど、してもいいと思うくらい今でも人生で一番自分を追い込んだ幸せな時間だったと思う。身体能力が格段に上がったのもこのころだと思う。

学校に備え付けのスケートリンクに朝から晩まで幽閉されて1日の半分近く氷の上にいたと思う。気温はマイナス16℃。リンクに入った瞬間に顔が痛くなって、息を吸うだけで肺が冷える。
それでも練習は止まらない。

そんな地獄の3年間、それでも休もうと思う日は来なかった。
「勝ちたいから」「笑って終わりたいから」
その理由だけでどんな苦痛にも耐えられるような気がした。

「努力するしか逃げ道はない」
そう思わされた3年間だった。

【大学】
ここでやっと大学生時代の話になります。

「人生最後の部活動」

僕は4年間なにか自分で行動を起こすときに必ずと言ってもいいほどこれを原動力にしてきた。壁あても筋トレも嫌いなラントレも最後の部活だからやるしかない。やらないときっといつか後悔するから。主将をやったのもこれがあったからだ。

3年生ではこの想いを理由に前主将兼今では大学6年生の#7横田に、当時HCだった新子さんにたくさん嚙みついた。すごくうざかったと思います。ごめんなさい。

もちろん負けてしまって9月にこうしてブログを書いてるのは悔しいし、もっと頑張れば良かった。もっと走れた。もっと練習できた。もっと良い主将になれた。
手を抜いたラントレも、眠さを理由にやめたチェック練も、戻れるならやり直したい。
後悔はある。

でも、「人生最後の部活動だから」という言葉だけは、一度も自分を誤魔化すために使わなかった。


後で自分が納得できる方を選ぶ。そのための言葉だった。


100人近い部員がいれば、育ってきた環境も、価値観も、懸ける想いも違う。だから組織では必ず衝突が起こる。主将になってからは、その衝突を見る側にも、ぶつかる側にもなった。

そんな4年間で気づいたことがある。

組織の中で生きていくには3種類の発言があると思う。
①    「言ったほうが良いこと」
誉め言葉やチームを鼓舞する言葉だ。これは迷わず言ったほうが良い。みんなが幸せになる。
一言で人は強くなるし、前を向ける。

②    「言ったらだめなこと」
悪口やネガティブな発言だ。人を傷つけるだけで何も生まれない。

まあこの2つは当たり前だし、説明する必要もないので割愛する。
3つめが僕が学んだことであり、今でも難しいと感じるものである。

③    「言う必要のないこと」だ。
2つ目と変わらないじゃないかと思う人もいるだろう。しかし、少し違う。正確に言うと

「いま言っても変わらないこと」だ。

試合中に審判の判定が気に入らなくて選手が文句を言ってもたいてい判定は覆らない。

練習でも同じだ。チームにおいても罰走が気に入らなくて文句を言っても、その場では絶対走らざるを得ない。ならその場で文句を言わずただの体力作りと思って全力で走った方が自分の為にもチームの為にも良い。

もちろん、黙って従えとか、我慢しろという話ではない。


納得できないことは、たくさんある。むしろ、何も思わなくなったら、組織にそれより先はない。
大切なのは、感情のままにぶつかるのではなく、「この組織を強くするために今この言葉を伝える必要があるのか」を考えることだと思う。

受け入れることと諦めることは違う。

黙ることと逃げることも違う。

言うべき言葉を言うべき時に言う。

その場の感情をぶつける言葉と、改善するための言葉とは全く別物だからだ。

それが100人規模の組織で過ごして僕が一番難しいと感じたことだった。

自分と価値観の違う人には必ず出会う。
その時に大切なのは、相手に勝つことでも、言い負かすことでもない。
自分を変えるために、そしてチームメイトを変えるためにぶつかること。



【終わり】
中学では「仲間」
高校では「努力」
大学では「組織」


大好きな時間、そして人生で一番贅沢な時間でいくつものことを学んできた。
そんなことはもう知ってるよ、と思う人もいると思う。それならそれでいい。
人は同じスポーツをして同じチームにいても学ぶことは全然違う。
違うこともまた学べばいい。
それができるからスポーツは楽しいし、それを知らずにただ純粋に楽しんだ末に得られるからスポーツは贅沢なのだと思う。

寂しがり屋な僕にとって真冬のクソ寒いスケートリンクも真夏の暑すぎるラグビー場もただ大好きな仲間に会える遊び場でしかなかった。
それがもう人生で2度とないと思うと涙が止まらない。

スポーツは遊びじゃないとよく言われる。
でも生きるために必要ない。
世の中の人全員が経験できるものでもない。
だから僕は遊びでいいと思う。

だからこそ大切にしてほしい。

同じ目標の仲間と

同じ温度で過ごせる

人生で一番

贅沢な遊びを。

「贅沢な遊び」




ここからはお手紙コーナー
両親へ
ブログの半分以上私たちへの感謝を綴れと言われました。難しいです。
幼稚園の頃からスポーツを僕にさせてくれてありがとう。
スポーツに出会わせてくれてありがとう。
高校では事故にあって死にかけた息子をお金を無限に浪費する息子を文句ひとつ言わずに支援してくれて、ありがとう。
これまでどんな試合にも応援に駆けつけてくれてみんなに笑われながらも誇りに思ってました。本当は勝ってユニフォームで写真を撮ってあげたかったです。
のんびりと恩返ししていく予定です。のんびりと。


高橋さん、
4年間、本当にお世話になりました。
本当は日本一になって胴上げをしたかったです。早稲田に勝って高橋さんと喜びたかったです。
高橋さんには人としての視座を変えることを教えていただきました。ラクロス以外の部分でたくさん成長させてもらいました。本当にありがとうございました。


新子さんへ、茂木さんへ
僕は主将としては特に何もしないし、適当な人間でかなり大変だったと思います。それでも、26Banditsに懸けてくれて育ててくれてありがとうございました。本当は勝つことが一番の恩返しになると思っていたのですが叶いませんでした。


植村さん
僕はBanditsで唯一日本一の景色を見ている植村さん(実は違うとこないだ浜松町の居酒屋で明かされた)と一緒なら最高のフィジカルチームにできると思って1年間取り組みました。YOYOテストのチーム平均が毎回上がるとき、ボトムで相手のATに「中大デカくね」といわれたとき、その時々で植村さんについてきてよかったと思っていました。日本一にはなれなかったけどフィジカルの数字を見るたびにうれしくなれたラストイヤーでした。
4年間ありがとうございました。

ここからは26DF

杉江
最後の最後まで手のかかるやつでした。
2年生の時からライバルでたまに参考にしてた。
ずっと俺の隣を走ってくれてありがとう
お金貯めとけよ~

たける
かっこよく終われてよかったね
たくさん助けてくれてありがとう
しゅんぽと俺はまだ許してないよ

飯田
みんなにいじめられて大変だったと思うけどこーショーのおかげでチームが落ち込まず入れたこともたくさんあったよ
1年生からいろんなポジションお疲れ様 

いのまて
SSDM争い大変だったね、それ以外書くこと思いつかない。はやく温泉予約して、早く免許取って、早く8点取って、早く遊ぼう

竹内
努力の塊。1年の頃から一緒に帰ったり、寂しがり屋の僕にはラグに行けばたけそーいるだろーと思って何度もアフター出来ました。最後の最後まで諦めない気持ちは忘れないです。
あと、後部座席で怖い思いさせてごめんね

伊東
まずはありがとう ドライバー
今年はDFとしてたくさん一緒にプレイできたね、最後までWはできなかったけど今年残ってくれてありがとう。たくさんクリアしてくれてありがとう。


服部平次
やっと育成枠じゃなくなるね。淡路の成長速度は並大抵のものじゃないです。すごく頼もし後輩で満足。お泊り禁止

しゅんぽ
去年は俺の方がうまかったけど今年はだいぶ危ないかな、けがが多くてつらいと思うけど気落ちしないでゆっくりケア、あと1年大切に怪我で終わるのが一番だめだよ、あとあーーうんまだ言って無いよ

西澤さん
天才児!!日本一のSSDMがいたのに勝てなくて悔しい。ほんとに助けられた。来年は全部かけられて全部おとせ 俺がチェックしなくなっても油断したらだめだよ

もり
なんかかいてくれといわれたのでここに置いておく
今年のダークホースほんとにうまくなったね、最高です。4年生がいないFOは大変だったと思うけどさすがの後輩力でした。来年は俺いないから大変だぞー

たず
風邪ひかなくてよかった、今年はホントに大変だったと思うけど試合に出たい気持ちは一番伝わってました。リーグ戦始まってからの伸びが良くて毎日密かに楽しみにしてたよ2年生からその土俵にいるだけでもすごいんだよ、淡路となかよくね

はせこてぃむ
ご飯食べて人の心無くしてください。来年からはチームを背負うんだよ。Aチームにいるから対人負けるけど同期とやれば絶対負けないから自信をもって、今年で伸びてる二人だから。

じえい
大学6年間おつかれ まだ授業あるみたいだけど笑
大変な学生生活だったと思うけど最後に同じ目線で戦えてほんとによかった残ってくれてありがとう バーテンダーなったら客第一号になるよ

八幡
次期主将がんばれ 努力もできるし頭のいい八幡なら大丈夫 必ず日本一になれるよ
モラハラはだめ絶対



改めまして、これまで26シーズンのBanditsを応援いただき、ありがとうございました。
これからも中央ラクロスをどうぞよろしくお願いいたします。

26season主将#55 渡辺大雅






はじめに、この場をお借りして、日頃より中央大学男子ラクロス部に多大なご支援・ご声援をいただいている保護者の皆様、OB・OGの皆様、関係者の皆様に感謝申し上げます。
 


自分は、勝負論や哲学、組織論などを持ち合わせている思慮深い人間ではない。


ただ、Final4にすら届かなかった代のいちプレイヤーにすぎない。そんな自分のブログがどれほど有意義で説得力があるのかはわからない。


しかし、この文章が誰かの一回分の練習のモチベーションになればと願い、書こうと思います。
 


これまで生きてきた中で、自分が最初から脚光を浴びるような「何者でもない」ことは理解していた。165cmにも満たない上背に、平凡な身体能力。優れたラクロスセンスもなかった。同期や他大のプレーヤーたちに差を感じることの方が多く、自分が主役ではないことはとうに自覚していた。


それでも、この4年間、ラクロスにおいて苦だと感じたり、辞めたいと思った記憶はほとんどない。技術的に伸び悩んだり、ナイーブになった瞬間もあったが、クロスを握って壁に向かえば、たいていの悩みは消え去った。


純粋に楽しいからやっている娯楽の一つであり、ただ、純粋にラクロスが好きだったのだ。だから、毎日壁当てもしたし、授業を切りまくってグラウンドに向かった。


けどなのか、だからなのか、結果は出なかった。新人戦では何もできず、2年でAチームに上がってもユースには選ばれなかったし、リーグ戦じゃボックスから見てるだけだった。リーグ戦で活躍し始める他大の同期たちを見て、悔しさや焦りを覚えた。


それでも深く落ち込むことがなかったのは、何者でないと理解してたからこそ、余計なプライドを持つことなく、ただ泥臭く真摯にラクロスに向き合えたからだ。


そして、その泥臭さの裏には、全く逆の感情も孕んでいた。


誰に評価されなくても、認められなくてもいい。最後の最後でゴールを決め、チームを勝利に導く。無名のプレイヤーからの成り上がりというシナリオを幾度となく想像し、「最後に一番活躍するのは自分だ」と、ただひたすらに自分を信じ続けた。


その思いを抱えたまま4年になり、副将になった。好感度や言語化能力をどぶに捨てた自分がチームに唯一貢献できるのは、点を獲ることだけだ。


自分が点を決めて勝てればすべて無問題だと本気で思えるくらい、確固たる自信があった。


そして迎えたリーグ戦。最初の二戦はチームとして相手を圧倒し、自分のプレーが十分に通用するという確信を持てた。
 



—第三戦 vs早稲田
中央としては因縁の相手であり、入部以来最も勝利への期待感が高まっていた試合だった。小倉の先制弾から始まり、自分も3qまでに3点決めた。   Dfが守り、ゴーリーが止め、Foも成長を見せてくれていた。


「勝てる」スタンドを含めた全員が思っていた。油断もなかった。


 
 同点で迎えた、
 


 残り30秒余り。
 


 託してもらったラスト
 


 俺は、
 


 ボールを失った。
 


 そして、負けた。
 


情けなさと申し訳なさのあまり、
ボックスやスタンドを見れなかった。
見えなかった。
 


続く明治戦も落とした。


早稲田戦後、みんなすぐに切り替えようとしたし、切り替えられているようにも見えた。


けれど、早稲田戦の負けは想像以上に尾を引いていた。


勝負の世界でタラればの話は意味がないと理解しているが、あの負けがなければ、明治戦の結果も違っていたと思う。
 


一人のプレイヤーがチームの負けを背負うなんて傲慢であることも理解しているし、一人だけに勝敗が託されるほど弱いチームでもなかった。


けど、明確に俺のあのミスが、優勝するはずだった「26bandits」を終わらせてしまった。


最後、ボールを持ったのが俺ではなく、八幡や横田だったら。他大のエースが同じ状況ならどうだったか。


自分で自分の可能性を信じて、積み重ねてきた。何が足りなかったのか。


雑にプレーしたあの1日か、


妥協したあの1レップか、


追いかけなかったあの一球か。


それとも、あれが俺の可能性の天井だったのか。


 
負けた日から今日に至るまで、暗い部屋のベッドに沈むたび、あの30秒が網膜に焼き付いて離れない。


何度シミュレーションを繰り返しても、現実の時計の針は戻らない。


もう二度と、自分の手で借りを返すチャンスは巡ってこないのだ。


だいぶお涙頂戴的な文章になってしまったが、慰めてほしいとかそういうことじゃない。


これが、最後の年に負けた人間のリアルだ。


とにかく、取り返すチャンスは二度となく、ただ負けた日のことを思い出すことしかできない「地獄」があることを後輩たちに教えたい。半分、脅し的な意味合いを含んで。


時計の針が戻らない以上、今の俺が後輩に残せるものは限られている。


この二度と取り返しのつかない負けることの凄惨さと、今振り返って痛感していることだけだ。


俺の過ちは、ラストプレーの落球だけではないと振り返りながらやっと理解した。


それは、自分のプレースキルはあれほど盲信していたのに、自分が他人に与えられる「影響力」を微塵も信じていなかったことだ。


本来、隠れてやるべき影の努力も、泥臭くあがく無様な姿も、副将であるなら意図的に後輩たちに見せつけてもよかったのかもしれない。


煙たがられても、俺の持っているすべてを言葉にしてぶつけてもよかったのかもしれない。


自分の生き様が、必ず誰かの心を動かすと「過信」するべきだったのだ。


孤独なヒーローを気取って自己完結していたことが、何よりも浅はかだった。
 


—慶應戦


正直に言えば、この試合で勝っても負けても順位は変わらず、Final4への道はすでに絶たれている。失ったものはもう戻らない。


けれど、だからこそ、この試合での勝利には大きな意味があると信じる。


この慶應戦での勝利が、来年の新チームの「0ページ目」になることを強く願っているからだ。


早稲田戦のミスを取り返すことはできないかもしれない。


だが、俺は性懲りも無く、また自分に期待してる。


この最終戦で見せる姿勢や、泥臭くゴールに向かう一つ一つのプレーが、スタンドで見ている後輩たちの心に何かを残せると信じている。


自分のワンプレーが、誰かの明日の練習のモチベーションとなり、未来を変える力になってほしい。


それが、何者でもなかった自分の、最後の願いだ。
 


26Bandits最終戦
 



全員が、積み上げてきた技術や感情をフィールドで表現しよう。


それは何かを動かすはずだから。
 
 


最後まで仲間を信じて、それぞれの役割を全うしよう。


決して一人で戦っているわけではないから。
 
 


どんな展開になろうと、勝利を目指し走り続けよう


点は俺が獲るから。                         


                 #3 山田惇矢
 
 
 
 
提出期限を過ぎてしまったので、ここで終わりにしようと思ったが、感謝の気持ちが溢れて止まらなかったので、少しだけメッセージを書こうと思います。


 
○はやと 


俺にはないショットと圧倒的処世術。引退までに、少しだけ分けてください。


得点王になったときは、山田くんの献身的なプレーのおかげとコメントしてください。
 


○田中


来年、優勝するチームのofリーダーとして、もっとエゴを出しましょう。八幡くんにいつも言い負けてますが、たなかが正しいこともあるので、自信をもっていこう



○りょうが


日体のましもに憧れて真似してた時期があるくらい、自分とは真反対の重量級のプレーが大好きなので、最後の冬を経て、さらにデカくなって、相手をなぎ倒すとこを見せてください



○はるいち


度重なる怪我で、もどかしさを誰よりも感じてると思います。復帰までの道のりは長いかもしれませんが、圧倒的なスピードとショット能力で、得点を量産する未来は見えてます。焦らず、単位を取ることも忘れずにがんばれ



○ふじもん


普段の振る舞いとは違って超豆腐メンタルなところがかわいい後輩だなと思ってます。今後もたくさん怒られると思いますが、あまりにも落ち込んだ時は、いつでも飲みに行ってあげます。気兼ねなく呼んでいいよ



○水田、浅岡


俺が2年生のときと比べて、2人ともクソ上手いと思ってます。2人で仲良く、中心となって、他の37も引き上げてください。中大に脈々と続く、ちびっこATとして、花開くことを願ってます。



○しょうよう


一年生の時からうまいとは思ってましたが、なんか鼻につくのであまり言いませんでした。最近は、66でも点を量産して、調子が良さそうで何よりです。でも、自分に自信がなくなった時に、それを隠すように、アフターで他の人を冷笑したりいじめるのはやめましょう。たなかがかわいそうです。



○やわたくん


正直、あんま言うことないです。ラクロスも上手くて、背も高くてイケメンで真面目。さらに、セクハラとパワハラも一流。
もう一年、沢山、点を決めてドパれるのが非常に妬ましいです。いつかラグで行われる結婚式には必ず呼んでください。



○小倉


最初は、中杉で悪名を轟かせていた、おぐらくんに恐怖していました。オフでもサウナで汗を流す仲にまでなるとは思いもしませんでした。慶應戦もゴールパフォーマンス期待してます。        社会人でも遊ぶときは誘ってください。いつでも足になるので、財布は任せました。



○こたろう


7年共にした鼓太郎から受け継いだ3番を、永久欠番になるくらい活躍してから返却しようと思ったけど、ダメでした。


一緒にリーグ戦では戦えなかった分、中杉’sで引退試合は暴れまわりましょう。一年生の指導も小倉を連れて毎日いきます。



○いとしゅん


2年生でAにあがろうと思った時、ちびっこAtがしょうきさん、あゆむさん、いとしゅんの3人もいてダルって思いました。その中で一個上のいとしゅんも当時の自分にはクソ上手く写って、小さい割に大きな壁だなと感じてました。なんか、気づいたらポジションが逆転しましたね。


3年の時に、at起用してくれてなかったら今の自分はないと思います。実は、まじで感謝してます。



○よこた


面と向かっては、口が裂けても言いませんが、入部してすぐの明中戦、よこたくんのプレーに正直言って惚れました。こうなりたいと憧れ、よこたに肩を並べ活躍することが一つの目標でした。同じようなポジション変遷を辿り、まさか、学年も並ぶことになるなんて思ってもいませんでした。横田慈英への憧れは、モチベーションに大きくプラスの影響を与えてくれた気がするので、感謝してますが、コロナを移したことは許してないので、慰謝料お願いします。



以上で恒例の感謝コーナーは終わろうと思いますが、もっと書いて欲しかったって言う人や自分にもメッセージが欲しいって人は、スタッフ、プレイヤー問わず、LINEしてください。引くくらい長文で送ります。



 
ダサすぎるので書くかどうか迷いましたが、人生に一度のブログだし、自分を包み隠さず書くと決めたので、本当に最後にこれだけ。


本文では、誰にも認められなくてもいい的なことを、カッコつけて言いました。もちろん嘘ではないですが、心のどこかでは、褒めてほしいと思ってる自分もいます。明日の試合、勝って尚且つ点を決めることができたら、少しだけ褒めてほしいと願ったりしてみます。
 



         『願い』




「一番になる」




それがいままで自分が人生で固執してきたものだ。


一番は奥が深い

学内で一番になれば、地域と比べられる。

地域で一番になれば、都内で比べられる。

都内で一番になれば、全国と、、


そんな、終わりのないゴールをゆるく追いかけている人生だ。


勉強では一度も一番になったことなんてない。


時には逃げ、時には自分に嘘をつきやりくりしてきた。


小学校では児童会

中学では生徒会、テニス部キャプテン、市大会優勝

高校では学級委員、テニス部キャプテン、都大会優勝


側から見たら褒められる実績かもしれないが、自分の中では全くもって満足していない。


なぜなら、小さい単位での一番に埋もれているからだ。


そんな怠惰さ、自分の弱さ、小手先でうまくやりくりしてきた人生を変えるために最後の学生生活でラクロス部に入部することを高校3年の夏に宣言した。


ラクロス部に入部後の目標は、


日本一になること、日本代表になること


そう定め入部後は人一倍の努力をした。


小学校低学年までサッカーをやっていたが、
それ以降はテニスに打ち込んでいたことで団体スポーツ、接触スポーツに慣れ親しみがなく
初めは苦戦した。


だが、泥臭く継続することで学年でいち早くランシューを習得し、学年ランキングでは1位を取ることもできた。


サマー決勝トーナメントでは、うまく実力を発揮できなかったが、サマー予選、ウィンター予選、ウィンター決勝トーナメントでは今までの成果を発揮できた。


ウィンター後には、関東選抜のセレクションに呼ばれ、2、3回ほどの選考の末関東選抜にも選ばれた。


今まで都内以上の枠組みに食い込んだことがない中、初めて関東という大きな単位での活躍を認められ、ラクロスをやっていて良かったと思った。


このままいけばU20の日本代表に入れる、そう確信した。








だが、全て順調に行くはずがなかった。







ここからは下級生はあまり知らない内容だと思うので、よく読んでほしい。壁に当たる前に



ラクロス部入部時に目標としていた、日本代表


U20の選考会が始まり、自分は誕生日月が9月より前のため、海外の入学年度との擦り合わせの関係で受験資格がないことを知らされた。




頭が真っ白になった。




実力で落とされるならまだしも、同期が選考を受けられる中、受験資格すら与えてもらえない状況にわけが分からなくなった。











腐った。










目標がない中でのラクロスはあまりにもつまらなかった。


Aチームに置いてもらえていたにも関わらず、2年生では一度も試合に出られず、3年生ではほとんどの試合に出られたのに1得点も上げることができなかった。


他の同期には序列を抜かされ、後輩にも抜かされた。


自分には嘘をつき、ごまかし、空白の1年間を過ごした。


適当に人生を生きる姿を見て、周りの人には嫌われていたと思う。


支えてくれている人も離れていった。




転機は、3年のリーグ戦最終戦vs明治

負ければ入れ替え戦の状況、自分は試合中、足が震え全く動けなかった。ボックスでは足の震えを抑えるため、太腿を手で強く抑えた。
あの時の自分には37年間続くBANDITSの歴史を背負えるだけの力を持ち得ていなかった。持っているはずがなかった。
自分を信じて起用してくれた先輩、コーチには本当に申し訳なかった。


偉大な先輩方のおかげで見事勝利を掴み取り祝福に湧く試合後のコートサイドでは自分に居場所はなかった。


この時自分は遅めの決意をした。




もう一度日本代表、日本一を目指す。




日本代表になるには、U20が終わり残すはフル代表の選考のみとなっていた。社会人選手がいる中、自分には到底無理だと思っていた。


そんな目標に挑戦した。


明治戦後からはプライドを捨て後輩の方が遥かに数字の大きな壁当て毎日投稿に参入した。


いつまでも追いつかないその数字の差を噛み締めながら毎日継続した


数字が100を超えた頃、フル代表の選考会が訪れた。


足に爆弾を抱えながらも、全身全霊をぶつけた。感触はかなり良かった。







結果は、落選。






これで日本代表への道は閉ざされた。







だが、全く悲しくなかった。


むしろ嬉しかった。


一番に固執して、自分よがりなプレー、自分よがりな考え方で過ごしてきた自分が


じゃあ次は「チームで日本一を目指せばいい」


すぐにそう頭の中で連想されたからだ。


今までは口先だけの日本一であったが、このチームで絶対に日本一になってやる。本当の意味でそう固く覚悟を決めたのはこの時だった。


ラストシーズンはOFリーダーとしてチームを牽引した。


自分には歴代のOFリーダー達のような実績もなく、不安が大きかった。


だが、覚悟だけはあった。


OFリーダーに就任後、OFコーチからは


「今は全くお前のことを信用していない、春リーグで結果を残せなければすぐにリーダーを変える」


そう言われた。


今までのプレーを見ていれば言われて当然の言葉だった。


そこからは就職活動も迫る中、どちらも全力で取り組んだ。泥臭く


みんなに馬鹿にされたり、罵られても自分の道を信じた。必ず結果は後からついてくると



継続した




挑戦した




U20で行けなかったラクロスでの海外遠征
関東選抜でオーストラリア遠征が任意参加で決まった


かなり高額な遠征のため決心が遅れ、他の選手よりプラスで数万ほど多く料金がかかり、より高額になってしまったが参加することを決めた


自分にプラスになることには、迷わず飛び込むことにした


オーストラリアでは2日目に足首の靱帯を3本断裂し、残りの3日間は歩行困難で他の仲間がプレーする中、片足を上げながら松葉杖に寄りかかり観戦、他の時間はホテルで寝たきり









何にもできなかった


でも、めちゃくちゃ楽しかった
多くのことを経験し、多くのことを学んだ
挑戦してほんとに良かった。


帰ってきてからもリハビリ生活は続いたがそれもなんだかとても楽しかった。


目標に向かって歩めていたからだ。


その後は、練習はハードできついことも多かったが、その瞬間も人生で一番楽しかった


そんな時自分に「一番になる」、それ以外の目標ができた。



堂々とし、自信のある、立派な人間になる



これは
OFコーチ、新子さんの熱血指導から学び憧れ生まれた目標だ。


新子さんからは多くのことを学んだ


その中でも最も心に残っている言葉は


「プロフェッショナルになれ」


自分は一番に固執しているのにも関わらず、自分の身の回りや、物事に真剣に向き合えていなかった。


自分の身の回りのこと、周りの人とのコミュニケーション、物事への向き合い方、準備、マインド...全てのことが洗練されているからこそ一つの勝利があり、全てを準備して挑み敗北した時こそ敗北に意味が見出せる。


小手先で生きてきた自分を真剣に向き合わせてくれた一言だった。


その後は小さなことから変えた


サンダルを履くのはものが落ちてきて怪我してしまったら試合に出られない

次の日の練習のために、前日から食事・睡眠調整、体調管理、体の調整

練習前に、体のケア、マインドセット


いくらでもやることはあったはず
少しずつ変えた



不思議と結果がついてきた。



直接的にラクロスの上達に関わらない行為、あまり意味がないかもしれない習慣にも、意味があることを知った。


そこからは言葉には表せない、気合かパッションか、そのようなものを追い求めた。


周りから見たら頭がおかしくなったように見えたかもしれない




しかし、結果はついてくる




リーグ戦初戦成蹊戦では、初得点を上げ、

2得点1アシスト

第二戦獨協戦では、

6得点

第四戦明治戦では、

2得点

計10得点を挙げ


去年0得点だった自分が、
関東一部リーグ得点王争いの首位に立っている



早稲田戦、明治戦ともに敗戦を喫し


日本一はどう足掻いても届かない目標となってしまった。


だが、今の自分は目標がなくても突き進める。


悲しみは最終戦まで置いておく。


期待してくださったコーチ陣、OB、保護者の方々


今ならそのすべての想い、歴史を背負える


そんな自信がある


最終戦vs慶應


自分のエゴで過ごしてきた部活動生活


このブログも自分のことばかり


でも最後はみんなで笑って泣いて、勝利で終わりたい


先はなくとも今までの自分に嘘はつかない


ここまでやってきた俺たちは強い


自分たちの強さを証明しに


9月27日慶應戦 日吉グラウンド


相手のホームグラウンドで


勝ち誇ったその顔に


思いっきりグーパンチ喰らわせてやろう



#13 香西隼人


________________












最後にいろんな人への感謝の気持ちを




両親

小さい頃から好きなことに全力投球させてくれてありがとうございます。これから恩を返します。


新子さん

新子さんの愛のある言葉、指導にはいつも心動かされました。OFをOneteamとしてまとめてもらい、このリーグ戦期間は人生で最も充実した時間でした。慶應戦必ず勝利を届けます。


茂木さん、高橋さん

茂木さんの効率的な思考、高橋さんの視座の高さなど、多くのことを学び、ラクロス以外にも人として成長することができました。まだまだ成長途中ですが、これからも成長し続け今後BANDITSに少しでも関われたらいいなと思っています。


じゅんや

全力120%じゅんちゃん
ラクロスうますぎるし、ダッチはいつも憧れ
実はしっかり者で俺が不在の時に場を仕切ってくれて、いろんな場面で助けられてました。ありがとう。

小倉さん

試合に出場すると何かしらをやらかしてくる問題児小倉さん、足早すぎるし最近はシューターレベルにシュートうまくてめちゃめちゃ頼りにしてます。小倉さんとのホットラインは依然最強です。カルニタス僕も行きたいです


こたろう

みんなの思いを背負って学生コーチを全力でやってくれてほんとにありがとう。一年生もみんなこたろうのこと大好きだね
ウィンターまで力貸すよ!


じえい

一言書いてくれなかったじえいさん
今年もプレイヤー続けてくれてほんとに助かりました。鍋二郎絶対しましょう


いとしゅん

いつも車乗せてくれるいとしゅんさん
大井帰りのラーメンはいつも最高でした
ゴルフとキャンプは必ず行きましょう
元OFリーダー尊敬してます!

八幡

後輩ながら貫禄を見せる八幡
ラクロスうますぎるし、アドバイスしてくれたり、後輩まとめてくれたり、頼りになりっぱなしでした。ありがとう
八幡なら来年最強のチーム作れるはず!
1人で抱えすぎず頑張ってね


田中

思わせぶりたにー
二郎行きましょうって言われたから奢ってあげようと思ったら、やっぱやめときますと言われました。
そんな一面とは裏腹にラクロスには全力!めちゃくちゃうまい
慶應戦も来年の活躍も期待してるよ!


はるいち

誕生日を共に過ごしたぱるたん
後輩力高すぎて、一緒にいてめっちゃ救われた
はるいちなら怪我も就活もなんだって乗り越えられるから自信持って頑張ってね!
いつでも相談してね


ふじもん

飲み会番長ふじもん
ラクロスはとてもうまいですが、たまにえぐいミスして落ち込んでて可愛いです。
実はまだ一回も飲みに行ったことない?
今度絶対に行こうね

しょうよう

たごさくしょうよう
左ランシューうますぎてびっくり
いつも凍ったオレンジジュース、一口欲しいなーって思って見てます。
最近の66、日々の毎日自主練の努力が形になってきてるね
慶應戦はバンバン活躍してね


りょうが

銀龍のぱちくん
実はBリーグ時代から小倉さん並みのホットラインが存在します。不器用だけど、めちゃめちゃラクロスの才能あるしめっちゃうまいから、慶應戦もこれからも大活躍しちゃってね


浅岡、水田

すぐ拗ねちゃうしゃぶにー、先輩にも果敢にツッコむみずちゃん
2年生なのにリーグ戦得点してるしめっちゃうまくて羨ましい
ここからどんどん上達して2人とも日本代表目指してね


たける

高校から一緒のたける
神セーブにいつも助けられてます。
これからもよろしくね旅行行こうね


つむぎ、ハセコウ、タズ、飯田

いつもトイメンになってくれてありがとう
ご馳走様です。
つむ、ハセコウ、タズは2年生なのにめっちゃいい経験できてるしめっちゃうまいからこれからも腐らずBANDITSに貢献していってね。
ゆういちろうもね。努力は報われるよ
飯田はハイロックス予約頼んだ!

スタッフリーダーの近藤さんから回ってきました。4年DFの杉江です。

彼女の声は練習中とても大きく聞こえやすく、いつも助かっています。ありがとうございます。

はじめに、BANDITSに関わってくださっている皆様、日頃より多大なるご支援、ご声援をいただき、誠にありがとうございます。今後ともBANDITSへの変わらぬご支援、ご声援のほど、よろしくお願いいたします。

現在僕はブログを書くことを催促されそろそろ本当に書かないと怒られそうなので急いで書きます。拙い文章にはなりますが最後までお付き合いいただけると幸いです

ラストブログはよく後輩に何か伝えたりしますが後輩に何かを伝えられるほど立派な4年間でもないので、とりあえず自分のラクロス人生を振り返ってみます。

僕が入部したのは、35期の中では遅い方でした。

アメフト部に入った幼馴染の影響もあって、「大学生活を部活動に捧げるのもいいな」と思い体験に行き、気づいたら流れで入部していました。

ただ、入部してみると思っていたのとは違いました。

正直、楽しくないし、汚れるし、「いつ辞めようかな」と考えていました。辞めるつもりだったので、アパレルもなるべく買わないようにしていました。

それでも、自分たちによくしてくださっていた学生コーチのようたさん、あつしさんや高橋監督に申し訳なさがあってとりあえず頑張ってみることにしました。

その後、サマー、ウィンターと同期のみんなが活躍して意外と勝てました。

それが楽しかった。

そうしているうちにあっという間に2年生になりました。

2年生の頃は上級生についていくのに精一杯でした。それでも、がむしゃらに頑張っていたらAチームに入ることができました。

でも、試合には出られませんでした。

当時は正直、意味が分かりませんでした。

「試合に出さないならBチームにしろよ」
「自分ならもっとできる」
「こうした方がいい」

そんなことを陰ながら思っていました。

でも、今になって上級生の立場から振り返ってみると単純に試合に出せないくらいラクロスを理解していなかったし、下手だったから出られなかっただけだと思います。

そこから自分なりに試行錯誤してAチームに残り続けリーグ戦にも出場することができました。

ただ、試合では足を引っ張ってばかりでした。

その年はファイナル4に届きかけて、届きませんでした。

本当に悔しかったし、自分の無力さが情けなかった。

「来年はもっと上手くなって、自分がチームを勝たせよう」

そう決意しました。

そして3年生。

昨シーズンの悔しさを背負って頑張ろうと思っていた矢先、年始に肉離れをしました。

最初はすぐに治ると思っていました。

しかし、夏前に再発し断裂手前までいきました。

リーグ戦にも出られない。
練習も見ているだけ。
自分には何もできない。

「ここにいる意味はない」

そう考えるようになり少しの間休部させてもらいました。

休部している間は正直部活を辞める方に気持ちが向いていました。

そんな時、同期のマティ(井上魔裟斗)と何回か飯を食べました。

そこで持ち直すことができました。

「次に再発したらプレーヤーを辞める」

最後にそれくらいの覚悟でリハビリに取り組みギリギリ、リーグ戦の1週間前くらいにフルで復帰することができました。

ただ、復帰したとはいえ自分はリーグ戦には出ないと思っていました。

そんな中当時DFリーダーだった一瀬さんが自分をAチームに呼んでくれました。

その後は肉離れもおきずになんとかリーグ戦を戦うことができました。

でも、シーズンが終わってみればシーズン前に思い描いていた自分の姿とは大きくかけ離れていました。

入れ替え戦がかかっていた中で劇的な勝利となった明治戦の後、僕はラクロスで初めて泣きました。

最初は勝ったことが嬉しくて泣いているんだと思いました。

でも、たぶん違いました。

シーズンを通してチームが勝てなかった。
今年も何もできなかった。

自分の無力さが悔しくて泣いていたんだと思います。

そして最上級生になりました。

光栄なことに、DFリーダーも任せてもらいました。

自分なりにDFを強くしようと頑張りました。

結果もついてきました。

練習試合でも勝てていた。
春の大会でも、「歯が立たない」と思うようなチームはいなかった。

「ついに自分たちの代でファイナル4の壁を越えられる」

本気でそう思っていました。

でも、リーグ戦第3戦の早稲田戦。
最後の最後に負けました。

そして第4戦の明治戦。
無惨に負けました。

獨協戦の勝利からの1ヶ月弱は本当にジェットコースターのようでした。

結局、自分たちの代でもファイナル4の壁を越えることはできませんでした。

コーチ、保護者、チームのみんな、たけそう、そしてこれまでBANDITSをつないできてくださったOBの方々に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

自分でもなぜなのか分からなかった。

今でも、早稲田にも明治にも勝てたと思っています。

でも、勝てなかった。

なぜ勝てなかったのか。

自分なりに出した結論は、相手に対しても、自分たちに対しても、「理解」が足りなかったということです。

「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず」という有名な言葉もあるので結構いいとこついてると思います。

そして、9月27日。

リーグ戦最終戦、慶應戦があります。

ここで自分たちは引退します。

その後はもう、ラグビー場でラントレに文句を言うことも、ミーティングでふざけることも、ジムでくだらない話をすることも、全部二度とないものになってしまいます。

いつかこの時が来ることは分かっていました。

でも、ここだとは思っていませんでした。

だから、やっぱりかなり悔しいです。

対戦相手慶應はここまで全勝しています。

自分たちが目指していた姿でもあり、正直羨ましいです。

だからこそ、このチームを倒すこと。

それが今年一年、そして今まで自分たちがやってきたことの証明になると思っています。

ファイナル4には行けない。
日本一にもなれない。

それでも最後の試合は残っています。

この4年間、上手くいかなかったことも、上手くできたことも、辞めたいと思ったことも、怪我で何もできなかった時間も、勝てなくて泣いたことも振り返ってみると本当に濃いラクロス人生だったと青春だったと思います。

最後は勝って笑って終わりたいです。

35期のみんなと26BANDITSとガチラクロスができるのも本当にこれが最後です。

後悔のないように全部出し切りましょう。

慶應倒しましょう。


11杉江智忠


ブログ終わりですがある大きい顔でイケメンの後輩にメッセージ欲しいと言われたので書きます。


家族へ
いつもありがとう、これからもよろしく。
兄弟の中でも自分が一番迷惑や心配をかけてきたと思います。それでも何不自由なくラクロスを続けさせてくれてありがとう。これからもいろいろ心配をかけると思いますが自分なりに頑張るので見ていてください


高橋さん、茂木さん、新子さん、植村さん

おそらく自分はかなり扱いづらい選手だったと思います。それでも近くで支えてくれてありがとうございました。勝たせられずにすみませんでした。


ようたさん、あつしさん
二人のおかげで今もまだ僕はここにいます本当にありがとうございます。

今までお世話になった33.34の先輩方
先輩方を越えようと自分なりにやってきましたが、いつまでも越えられない大きな人たちばかりだったんだと今になって気づきました。いままでありがとうございました。

DFへ
タイガは一番長く近くでプレーしてずっと頼りにしてました、ありがとう。けど最後は僕の方が上手いで異論ないよね

たける  いつも一緒にゴールとジムの秩序を守ってくれてありがとう。
ラストよろしく

まさと 君の言葉と食には助けられましたありがとう。うえむらやいつですか

コウショウ  日大明誠Dチームキャプテンは流石の才能で何度も驚かされました。

たけそう  努力して諦めずに戦ってくれてありがとう

いとしゅん  途中だいぶいなかったけど5年目の貫禄があり助かりました。

しゅんすけ  僕より上手くやれると思います来年のDF期待してるよ

あわじ  色恋にうつつ抜かしてばかりではよくないです、特徴は伸ばしてやってないことを試すといいよ

あさひ いつのまにか期待以上に上手くなっていた来年もこのままの伸びで頑張れ

ハセコウ、ティム   君たちの成長を感じるたびに嬉しかったです。ご飯もっと食べましょう。

タズ   ポテンシャルあるからこそ細かく言ったけど君なら出来ると思うよ


最後にDFのみんなへ。
DFリーダーとして至らないところも多かったと思いますが、1年間ついてきてくれてありがとう。みんなと一緒にDFをやれて本当に楽しかったです。


次は今年のOFを牽引してくれた香西くんです
彼とは家が近く一緒に過ごした時間が長いです。
ラクロスと生きるのがとても上手く最終戦も点をとってくれるでしょう。

じゃハヤトよろしく

中央の絶対的守護神たけるから回ってきました、4年MGの近藤真有と申します。


1つだけ訂正させてください。私は浪人はしましたが一浪なので、まだ23歳です。たけるのブログを読んでいて感動で涙が出かけていたのですが、最後の最後で引っ込みました。笑

そんなお茶目な嘘をつくたけるですが、試合での彼の数々の神セーブには目を奪われた方も多いのではないでしょうか。私も毎試合「ナイスセーブ!」と叫んでいました。

慶應戦でもきっと今まで以上の神セーブを連発してくれるでしょう。期待してるよ!



まず始めに、保護者の皆様、OBOGの皆様、BANDITSに関わってくださっている全ての関係者の皆様、日頃より多大なるご声援、ご支援をいただき、誠にありがとうございます。この場をお借りして、改めて感謝申し上げます。


先日の早稲田戦で、皆様の応援がどれほど選手やスタッフの力になるのか、身をもって体感しました。

どんなに遠いグラウンドでも、どんなに天候が悪くても、試合の日にはいつもたくさんの方が応援に来てくださっています。会場に足を運んでくださった皆様、配信から応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

26BANDITSとしての最後の試合である慶應戦、そしてこれから先も続いていく中央大学ラクロス部の活動にも、たくさんのご声援をいただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。



ラストブログを書かないといけない時期が来てしまいました。4年間というのは本当にあっという間です。

長い文章にはなってしまいましたが、最後までお付き合いいただけるとうれしいです。




3年前の新歓の時期、たまたまラクロス部のブースにめっちゃ可愛い先輩がいて、その人と話をしたくてブースに寄った。そのままの流れで体験会にも参加した。

たくさんの先輩方に相談に乗ってもらっているうちに、この部活楽しそうかもと思うようになり、明中戦の日に入部届を出して、ラクロス部での生活がスタートした。入部の経緯なんてこんな単純なもの。


だけど入部したからには、やめることはせずに最後までやり遂げよう。1年生の5月に自分の中で決めた目標でした。


入部してからの仕事は想像していたよりも遥かに量も多くて内容も重いものばかりで、正直こんなことまでやらないといけないのかと思ったことも少なくない。

自分ではこれで完璧だと思ったことでも、詰めが甘かったりそれが他人には伝わらなかったりして、結果周りに迷惑をかける。

こんなに頑張っているのにどうしてダメなのか、自分がやっていることに意味なんてないんじゃないかと思ったこともたくさんあった。

楽しかった思い出はたくさんあるけれど、ただそれ以上にしんどかった経験の方が印象に残っているような気もします。



そんな経験も踏まえて学んだことを2つ、後輩スタッフのみんなに伝えたいです。あくまで私が感じたことなので、もし少しでも刺さる人がいてくれたらとても嬉しいです。




1つは、みんなの頑張りが全員に見せられるのはフィールド上だということ。


去年の11月頃に、スタッフ組織について新子さんとお話していた時に聞いたものです。(もし解釈がズレていたらすみません🙇‍♂️)


選手が自主練やミーティングをどれだけ頑張っているか私たちが知らないように、彼らも私たちが裏でどんなことをやっているのか知らないと思う。

昨日こんなに丁寧に備品を組んだのに、昨日メニューの予習こんなにしたのに、なんで選手はそれに気づいてくれないんだろう。なんで感謝してくれないんだろう。そう思ったことがある人もいるんじゃないでしょうか。

特に私は気が強い方なので、そんなことを思ったことはしょっちゅうあった。


ただそれは、裏での頑張りをお互いに把握していないだけだから。


じゃあどうすればいいのか。


普段の練習や試合で上手くできるように、裏での頑張りを今まで以上に増やす。これに尽きると思います。


選手が試合で最高のパフォーマンスをするために練習や自主練を頑張るように、私たちも裏で頑張るんです。


前の練習で何を言われたか、選手がぼそっと言っていたことはないか、このメニューだとどんな備品が必要なのか、試合の時に必要な声かけはどんなものなのか。

そういうちょっとした気づきを練習/試合終わりに共有して、次の時にはそこを完全にカバーするつもりでやる。


メニューが変わっても対応できるように、前日の振り返りだけじゃなくて直近1週間分の振り返りまで見ておく。



今挙げたのはほんの一例だし、もっともっと他にあると思う。

日々の練習や試合を100%の状態まで持っていけるように、そしてそれをキープし続けられるように。

そのための裏での頑張りの積み重ねが、フィールド上でみんなの力が発揮されるいちばんの近道だと思います。


それを成し遂げられるポテンシャルはみんな絶対にある。

だからなんか今上手くいかないと感じている人がいれば、ラクロス部について考える時間を今よりも少しだけ増やしてみてね。




2つ目、自分の自信に繋がるような経験をすること。


個人的に印象に残ってるのは

1年生の時に、オフシーズン中の早稲田との上級合同練でMWをやったこと

2年生の時に、法政戦でタイマーをやったこと、夏合宿をメインで回したこと、1人でフルフィールドを走ったこと


34にMGがいなかったこともあって、例年の1.2年MGとしては経験させてもらえないようなことを経験できたと思う。

でもそれでも、こういう経験をやり切ったという事実が、自分自身の揺るがない自信に繋がった。

しんどいことが起こっても、あれを乗り越えられたからきっと大丈夫だと、自分を奮い立たせることができた。



こういう自分の自信に繋がるような経験を、みんなにも作って欲しい。

規模感はあまり関係ない。当日までに抜かりない準備をして、当日それを発揮してやり切ったと思えるような経験が1つあるだけで、これからの部活人生での大きな糧になると思う。


そして、上の学年になって気づいたことは、下の代がこれを経験するためには下に任せてみるという上の覚悟が必要であるということ。

もし失敗をしてしまえばそれは上の責任になるし、自分たちがやった方がよっぽどリスクは減るのは百も承知。

だけどそのリスクを背負わないと、下の成長に繋がらないこともまた事実としてあります。


だから上の代は、下に任せる覚悟をもって、何かあれば全力でフォローできる体制を作ること。

そして下の代は、この子達になら任せてもいいと思われるくらい日々努力をすること。


組織が繋がるためにはこれが大事なのかなと、4年生になって思いました。



36は、自分たちの代で完結しようとせずになるべく下の代も巻き込んでいくということを、頭の片隅で大丈夫だから置いておいて頑張ってみて欲しいです。

既にやってくれてる子もたくさんいるよね。

他人に優しく寄り添えるあなたたちならきっと大丈夫。


37.38は、36の期待に応えられるように自分達なりに努力を惜しまないで欲しいです。

分からないことや不安なことは、たくさん先輩に聞いてください。

失敗することを考えるのは怖いかもしれないけれど、その挑戦を36がきっと後ろから支えてくれるはずです。



今年は特に引き継ぎをしっかりやって、下に任せる機会を作ろうと35に言っていた気がします。

あいなから引き継ぎおばさんだねと言われました。その通りだと思います。笑

私たちの36.37への期待を、少しでも感じ取ってくれていたらうれしいです。





そして最後に

4年間を通してここまでやってくることができたのは、紛れもなく周りの支えがあったからです。


部活嫌だな、しんどいなと思ったことは確かにあったけれど、それでもやめたいと思うことはなかった。


それは、何かあった時に連絡したら最後まで付き合ってくれる同期がいたから。私の良い所をたくさん褒めてくれて、失敗した時は必ずフォローしてくれる先輩がいたから。グラウンドに行けば話しかけてくれる可愛い後輩がいたから。

そういう事が積み重なっていた結果、今の私がここにいるのだと思います。


自分に自信があった私は、このことに気づくのが遅すぎた。

たくさんの人に嫌な態度を取ったし、傷つけたと思う。

それでもここまで毎日一緒に頑張ってくれた同期、見捨てずに向き合ってくださった先輩方、後ろをついてきてくれた後輩たち。本当に本当にありがとうございました。感謝の言葉だけでは足りないくらいです。






慶應戦まであと1週間。


自分たちの代だからという主観もあったかもしれない。

それでも、今年は必ず日本一になれるという自信があった。

だからもうその目標を目指せないことがとんでもなく悔しい。



慶應戦、勝っても負けてもブロック順位は変わらないし、35期はその試合をもって引退する。



この事実は変わらないけれど


今まで応援してくださった全ての方のため、

たくさんのことを教えてくださった先輩のため、

ここまでついてきてくれてくれた後輩のため、

そして何より自分たちのために、



絶対に勝ってみせよう。



私たちならやれる。最後は笑って終わろう。



#MG 近藤真有





最後にお世話になった方へ

(いろいろな人に書きたいなと思ったらとんでもなく長くなってしまいました、ご容赦ください🙇‍♂️)



◎お父さん、お母さん

高3の2月に「まゆが納得するようにやりなさい」と浪人することを承諾してくれたおかげで、BANDITSでこんなにも楽しくて充実した時間を過ごすことができました。

試合がある日は配信を見て感想を家族LINEに送ってくれたり、高い合宿費やアパレル代を嫌な顔せずに出してくれたり、高松からたくさん支えてくれてありがとう。

滅多に帰省しない娘だったけど、引退したら一旦どこかで帰省する予定なので、その時にまたたくさん話聞いてください!



◎高橋さん、茂木さん、新子さん、植村さん

毎日練習に行けばコーチのどなたかがいる、なにかあればすぐに相談に乗ってくださる方がいる。

こんなにも恵まれた環境の中で活動ができているのは、本当に幸せなことだと思います。

たくさんご迷惑をおかけしたし、頭を抱えさせてしまったこともあると思います。それでも最後まで私たちを支えてくださって、いちばん近くで応援してくださって、本当にありがとうございました。



◎35期

ムカつくことも数え切れないくらいあったし、なんでこいつらのためにって思ったこともたくさんありました。だけど、試合で点を決めたりボールを落としたりナイスセーブを連発したりする姿を見れば、そんなもの吹っ飛ぶくらい同期の活躍は嬉しかったです。

みんなと同期だったおかげでたくさんの試合で勝ちを経験して、たくさんの思い出が作れました。ありがとう。

ラスト慶應戦、全員で勝ちにいこうね。



◎36期

35の人数が少なかったこともあって、全ポジションみんながいないと回らなかったと思います。

みんなを頼りにしていた35はたくさんいるはずです。35を支えてくれてありがとう。

来年どんなチームを作っていくのか楽しみです。



◎32スタッフの先輩方

4年生の業務を3人でこなされていた凄さを、いちばん上に立って実感しました。

一緒に部活ができた時間は短かったけれど、右も左も分からなかった私たちにいろいろなことを教えてくださってありがとうございました!



◎33スタッフの先輩方

どういうスタッフ組織にしたいか35で話し合った時、常に私たちの中にあったのは33がいた時のような組織を作ることでした。

本当に生意気な後輩だったと思います。それでも、スタッフのことからそれ以外のことまでたくさん教えてくれて、私たちを信じて仕事を任せてくれて、たくさん可愛がってくれてありがとうございました。

ずっと憧れでずっとずっと大好きです!!



◎34スタッフの先輩方

本当にお姉ちゃんのような存在です。34に頼られるのが嬉しくて、34のためになりたくて、去年1年は頑張れていました。

MGがいないからと私たちの意見も積極的に聞き入れてくれて、何かに困ったときは時間を作って話を聞いてくれて、そんな優しさの塊のような34といちばん長く部活ができて幸せでした!


ももこさん

入部の決め手の1つに、ももこさんの後輩になりたかったというのがあります。

なにか相談に行った時はどうしたの〜!と受け入れてくれて、まゆならできるよとたくさん励ましてもらえたことで、また明日から頑張ろうとなれていました。

ずっと大好きな先輩です!


どんちゃんさん

Cファミとしてたくさん可愛がってくれてありがとうございました!

会計を1人で支えていたこと、本当に大尊敬です。

どんちゃんさんと話すと、辛かったことを忘れられるくらいたくさん元気をもらえていました。Big Loveです!


ゆあんさん

私のラクロス人生で欠かせない先輩です。

ゆあんさんのおかげで備品係をやりきる事ができました。ゆあんさんが菩薩のような心で受け止めてくれていなければ、私はきっとどこかで爆発していたと思います。

引退してからも何度か試合でお会いできてうれしかったです!



◎36スタッフ

1つ下がみんなで本当に良かった。こんなにも仲が良くて可愛くて、それでいて頼もしい後輩がいてくれて私たちは幸せ者です。

どのポジションも例年より必要以上のものを求めてしまったかもしれないけど、嫌な顔せずについてきてくれてありがとう。ここまでやってくれたみんななら、来シーズン必ずもっと良い組織を作ってくれると確信しています。

何かあったらいつでも呼んでね。どこにいても駆けつけます!


りんちゃん

今年1年メインで会計を担ってくれてありがとう。感謝の言葉しかありません。

合宿とか備品の会計のことでたくさん話したね。回数を重ねる度にりんちゃんのやりたいことがどんどん明確になってて、この子が会計を引き受けてくれて本当に良かったと思ったよ。来年もこの調子で自信もって頑張って!


ゆら

オフシーズンの面談や練習中の雰囲気から、タイマー、MWが本当に好きな子だなと思って、そんなゆらに大井での早稲田戦を任せようと決めました。ゆらに任せて良かった!

よく通るその声とみんなへの的確な指示出しで、来年もMGを引っ張っていってね。期待してます!


ちーちゃん

直属の後輩にちーちゃんがなってくれて良かった。備品係、夏合宿担当もよく頑張ってくれました。厳しいこともたくさん言ったと思うけど、めげずについてきてくれてありがとう。

周りを気遣える優しさがあるちーちゃんなら、絶対素敵なスタッフリーダーになれる!しんどくなったらいつでも声かけてね!


ちよ

新歓から育成までよく頑張ったね。思い通りにいかないことの方が多かったと思うけど、それでもめげずに前を向いて頑張るちよを見て、私も頑張ろうと勇気をもらえてました。

まだまだ育成は続くし、TOP渉外も降りてくると思うけど、ちよらしく頑張れば絶対大丈夫。あんまり抱え込みすぎないようにね!あやかと一緒に育成お疲れ様会やろう!


しまはる

とんでもなくしごでき人間。大尊敬です。

広報引っ張ってくれてありがとう。インスタや配信のかっこよさはしまはるあってだと思います。うちの広報が日本一!

既にプレイヤーの手綱を握れているしまはるなら、何も不安に思うことはないでしょう。来年もしまはるらしく頑張れー!


りこ

TRに広報、審判に集客、いろんなことに挑戦してくれた1年だったと思います。

弱音を吐かずに頑張っているりこの背中はかっこよかった!この1年で何か少しでも成果を得てくれていたらうれしいです。

りこのそのタフさがあれば来年も絶対走り抜けられるはず!ファイト!


あやか

よくあいなから、あやかにいちばんTRの仕事を降ろしていると聞いてました。あやかのおかげであいなも楽になっていたはずです。頑張ってくれてありがとう。

新歓、育成もよく頑張ったね。38TRがあそこまで成長したのは紛れもなくあやかの力があったからです。来シーズンも自信もって頑張るんだよー!育成お疲れ様会やろうね!


ゆの

オフシーズンの面談でゆのの覚悟を見た気がします。ASに転向してから、ゆのが思い描いていたことができてたらうれしいです。

来シーズンへの不安もあると思うけど、1人で抱え込まずに、37ASやプレイヤーも巻き込みながらみんなで成長していけば絶対大丈夫!応援してます!



◎37スタッフ

あえて厳しいことを言うなら、今のみんなならまだまだできるし、ポジション関係なくもっと周りを見て行動が出来ると思う。

でもそれは、今までのみんなの成長が当初思い描いたものを上回ったから言えることだと思います。

特に最強決定戦くらいから確実に成長速度が上がってる。だから現状で満足せずに、さらに上を目指して頑張って欲しいです。

1つ下の代が頑張ってくれることが、最上級生のいちばんの助けになります。

来シーズンはみんなも3年生になるね。36を支えながら、38.39のお手本になるような先輩になれることを期待してます!


りの

全部カバーできる、いちばんオールマイティな37MGだと思ってます。りのの存在がいろんな人の助けになるはずです。

広報も本格的に担当になると思うけど、りのなら絶対大丈夫!


かほ

いちばん成長した37だと思ってるよ。

明治戦もサブタイマー任せて正解だった。

かほの存在は間違いなく36の絶対的支えになるし、後輩MGの目指すべき姿になるはず。これからもかほらしく頑張ってねー!


ちなちゃん

1年生の頃からビデオが本当に上手。でも最近はそれだけじゃなくて、MWやタイマーも自信をもってできるようになったのかなと思ってるよ。成長を感じられてうれしいです。

ちよと一緒に渉外頑張ってね!


ゆきな

この前66のビデオ見た時に、びっくりするくらい上手に撮れてて感動しました。

配信でもたくさん頑張ってくれてありがとう。

来年の会計でりんちゃんを支えてあげてね!


ゆずか

TRが代で1人なのは今からでも不安があると思うけど、ゆずかならやり遂げられるんじゃないかという確信があります。

36の3人からたくさん吸収して、BigなTRになってください!


児玉

審判興味もってくれてうれしいよ!この前のサマーもよく頑張った!

ASも審判も主務も、児玉なら大きく頼もしく成長できると思ってます。ゆのやゆらを下から支えてあげてください!


千足

備品係引き受けてくれてありがとう。しんどいことが多いと思うけど、今の頑張りはこの先絶対千足の力になるはずです。

ASとしても、備品合宿係としても、今よりも更なる成長に期待してるよ!



◎38スタッフ

36.37と比べて人数が少なくて不安に思うこともあるよね。でも、みんなの意志を統一しやすい、1人1人が仕事への責任を自覚しやすいといった点では、少人数体制はむしろ武器になります。

人数を言い訳にせずに、ひたむきに頑張れるみんななら絶対大丈夫。失敗することへの怖さに怯えすぎずにたくさん挑戦して、今よりも何倍も大きく成長した姿をまた来年見せてください!


ひかりちゃん、かずはちゃん

MWもビデオも練習前の準備も、この5ヶ月でめっちゃ成長してて感激です。

この先いっぱいぶつかるかもしれない。だけど、しんどい時はお互いがお互いを支え合えるような2人であって欲しいです!

たくましく成長してねー!


はなちゃん、みづきちゃん

いつの間にかテーピング巻けるようになってて感動しました。

先輩から学べるものはたくさん学んで、素敵なTRになってもらえたらうれしいです!2人ならきっと大丈夫!応援してます!



◎最愛の35スタッフ

あなたたちに出会えただけでも、上京してきた価値がありました。

みんなともう週5で会えなくなることが何より悲しいです。

本当に心の底から大好き。愛してます。

最後まで私たちらしく、全力で、頑張ろうね。


ひなの

2年間のシフト係、なんかいろいろ巻き込まれていた主務業務、本当にお疲れ様。

確かに反りが合わないと思ったことは山のようにあったけど、チームのことを第一に考えていて、最善だと思えば自分がしんどい方向に迷わず突き進むその姿勢は、入部当初からずっと目標だったよ。

そんなひなのがうちらのMGリーダーで良かった。ありがとう。高幡大戸屋もう1回行こうか。笑

慶應戦、あなたのバカデカボイスタイマー楽しみにしてます。


さやか

さやちゃんがいてくれたおかげで、35(特にMG)の平和は保たれていたと思います。性格も相まって本当に天使のようだね。

ほわほわしてるように見えて、実は自分の芯がしっかりある。特に中立戦や渉外の成功の鍵は、そんなさやちゃんが先頭で頑張ってくれた結果だと思います。本当にお疲れ様。

一人暮らし仲間がいてくれて心強かったよ。お泊まりとか鍋パとか、一人暮らしならではのことは実は数える程やった事ないから、引退したら2人でも35みんなでもやろうね。


ゆいな

あなたは1人で抱え込みすぎです。いつキャパオーバーするのかいつも不安でした。笑

AS組織の再建、審判、代表練。

どれも投げ出さずに、手を抜かずに頑張っていたゆいなは、とんでもなくかっこよかったよ。

ゆいながたくさんの人から愛されているのは、そういう姿をみんな知っているからだと思います。

愛すべき私たちのマンネ。愛すべきそのフッ軽さ。

引退してもいっぱい遊びに行こうね。運転はよろしく頼んだ。


あいな

私の教育係、平松さん。足癖の悪さへの注意、急に不機嫌になった時の対応、その他諸々、たくさんお世話になりました。

膨大なTR業務を1人で抱えているのに、表ではその姿をほとんど見せずに選手の前に立ち続ける強さ、本当に大尊敬でした。

あいなと一緒に国際寮に残って作業をする時間が大好きだったよ。(私はほとんど寝てたかもだけど)

35のTRがあいなで本当に大正解だったと思います。ありがとう、そしてお疲れ様。

授業で頭いっぱいになって、私たちのこと忘れないでね。合間合間でたくさん遊びにいこう。





次はDFリーダー、杉江智忠くんです。

今年のDFの強さは彼なしでは語れないと思います。

「ともちん」というあだ名がいちばん似合ってるね。(本人がどう思っているかは分かりませんが笑)

どんなことを書いてくれるのか楽しみです。

ゆいなから回ってきました。
今では「世界のTANAKA」ですが一年生のときにゴーリーアップのビデオを撮りながらシューターのプレーヤーとイチャイチャしていたという前科があります。お幸せに。



自分の想いを言葉にするのは苦手ですが、最後なので正直に綴らせていただきたいと思います。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。




あっという間の一週間だった。



早稲田を倒して中大の歴史を変え、強敵明治を倒し、絶対王者慶應に向けてみんなの気持ちに火をつけるようなブログを書けたらいいなと思ってた。


そんな未来を想像してた。



大きな決断をしてくれた学生コーチ、この一年間着いてきてくれた後輩達、OBの方々、保護者の方々、そして家族。

本当に多くの声援をありがとうございました。



なんとか止めて期待に答えたかったですがまだまだ自分の力が足りなかったです。



負けた瞬間は実感が湧かなくて、試合で何もできなくて、同期や後輩が泣いている中自分は涙が出なかった。

呆れた。




今年のリーグ戦は4位。
私は9月27日に引退する。



それでもリーグ戦は続いている。




「消化試合だから」「後輩が出たほうが良い経験になるから」と考えてしまうのも分かる。


明治戦明け一発目の練習は部室からクロスを取った瞬間に2日間考えないようにしていたことが頭の中に浮かんできて正直練習するのも嫌になった。


でももう迷わない。


きついし苦しいかもしれないが最後慶應に最高の準備をして全身全霊でぶつかった先に残せるものがあると信じている。


勝って来シーズン最高の始まりの1日にしてもらう。



そして何より自分のため。



かっこいい姿を見せたいです。

最後に最高の結果を残す。最強の自分で引退する。

自己満足かもしれないけど、結果的にはなんの糧にもならないかもしれないけど、死ぬ気でやるので応援してくれたら嬉しいです。







ラクロスをやって本当によかった。

多くの人を喜ばせたり悲しませたり、本気で泣いたり叫んだり、人生をかけて真剣勝負をしたり、ちょっと恋愛したり、オールスターで白い煙を浴びたり。

ラクロスに出会えたおかげで死ぬまで忘れない最高の時間を過ごすことができました。

ありがとうございました。

#2 酒井尊






最後に後輩と友人に一言

松井
とある日のゴーリーアップで目をガン決まりさせながら「キモチィ…」と言ったときは流石に怖かったです。正直始めた時はこんなに上手くなると思いませんでした。

たまに鬱陶しいくらいのその情熱があればきっと大丈夫、活躍期待してます。


しゅんくん
女の子がコロコロ変わっていてちょっと心配なプライベートとは裏腹に毎日自主練を頑張っていて偉いなと思っています。
しばらく伸び悩んでいたけど最近本当に上手くなったね。

いっぱい食べていっぱい止めていっぱいモテましょう。


きはち
会った時はおじさんみたいだったけど最近は太って丸くなって可愛くなりましたね。

結構繊細で色々悩んでるかもしれないけど気の利いたことは言えないので最後試合で伝えたいと思います。


見てなさい。





高校から一緒のはやと
俺をラクロス部に誘ってくれてありがとう。

おかげで最高の仲間と出会い何にも変え難い時間を過ごすことができました。

人生変わりました。

これからもよろしく。



次はスタッフリーダーの近藤真有さん(24)です。
手のかかる35期をおっきな声で最後までお世話してくれました、ありがとう。しかしお酒の席では瞬く間に出来上がりお世話される側になってしまいます。またたつるさんにご馳走になりましょう。

ラクロスも人生経験も豊富な慈英さんから回ってきました。肩書きだけ立派なものをもらってしまい、まだ何も成し遂げてないのでその呼び名はやめてください。慈英さんは今でもずっとリスペクトしてます。


保護者の皆様、OBOGの皆様、関係者の皆様、そしていつもBANDITSを応援してくださるすべての皆様、日頃より多大なるご声援、ご支援をいただき、本当にありがとうございます。この場をお借りして、改めて感謝申し上げます。


毎試合、観客席を見渡すと、たくさんの方々が応援に来てくださっていて、改めて私たちは本当に多くの人に支えていただいているのだと感じます。

試合前、赤に染まった観客席を見て気持ちを高めながら、同時に心を落ち着かせる時間が、私は大好きでした。最終戦も、赤に染まった観客席を見て心を震わせながら、試合に臨みたいと思います。AWAYでの試合とはなりますが、26BANDITSの最後を、皆様と一緒に見届けられたら嬉しいです。最後まで、熱いご声援のほどよろしくお願いいたします。


人生最初で最後のブログが、まさかのラストブログになってしまいました。書きたいことがまとまらず、長くなってしまいました。2年連続で素晴らしい文章を書いている慈英さんの次というのがとてもプレッシャーですが、どうかTikTokやリールを見るような感覚で、気軽にスクロールしながら読んでいただけたらと思います。



最初は、新歓でビラをもらったことすら覚えていなかった

言語が同じクラスだったひなのに連れられて、なんとなく新歓に来たのが始まりだった


初めて見るスポーツに楽しそうに取り組む同期と、その競技に本気で向き合う先輩たち。スポーツが好きな私がラクロスに興味を持つまでそう時間はかからなかった


高校野球のマネージャーをやってみたいとも思ってたし、プレーする側はもういいかな。支える側にも興味あるし、やってみようかな。ラクロスって面白そうだな。

そんな軽い気持ちでGW明けに入部した。


最初は同期の顔も名前も大雅とこうしょうくらいしか覚えられない。人前で声を出すのは恥ずかしいのに大きな声を出さなきゃいけない。選手より早くグラウンドに行かなきゃいけない。朝は眠い。


それでも、少しずつ同期と話すことが楽しくなって、できることが増えていくことが嬉しくなって。

朝練後にスタバや国際寮、Dスクでダラダラしていたら、気づけば夕方になっていたり、練習終わりに同期とご飯に行ったり。

それがいつの間にか日常になっていた

試合に勝ったとき。自分の成長を感じたとき。同期や先輩、後輩とくだらない話をしているとき。部活終わりのカルピスソーダを飲んでる時

そんな瞬間の積み重ねで、部活が私の生活の中心になっていった


そんな生活がもう終わってしまうのかと思うと、寂しくて4年間なんてあっという間で。

明治戦の日、いつものように最寄駅から自転車で帰っていたら、急に引退が近いことを実感して涙が止まりませんでした。側から見れば号泣しながら自転車漕いでるやばい奴です



もちろん、4年間ずっと楽しかったわけではなかった

自分がいない方がうまく回るんじゃないかと思ったことも、ラクロスを見たくないと思った時期もあった。

それでも続けられたのは、練習に行けば楽しかったから。後輩や同期とくだらない話をする時間が好きだったから。


そして何より、ラクロスが大好きだから


私にとって、BANDITSは「居場所」でした



そんな4年間でたくさんの挑戦をした


「もっとこうしたらいいんじゃないか」

「こんなことができたらいいな」

そんな小さな思いつきから、ASを組織として残したいとやってみたし、審判も楽しいから続けた


ASが4人の組織になったこと。審判でうまくいかなくて涙をこらえながら走ったこと。後輩とビデオmtgしたこと。代表活動にも挑戦させてもらったこと。


振り返れば、最初から大きな目標があったわけではなかった

ただ、「やってみたい」と思ったことに一歩踏み出してみた。楽しいと思ったことを続けてみた。迷ったらワクワクする方を選んでみた。

その先でたくさんの人が背中を押してくれて、新しい景色を見せてくれました。


そして、4年間スタッフとして過ごして、一つ強く感じたことがあります。


選手が最高のパフォーマンスを発揮できる環境を作ること


それがスタッフの役割だと思ってきた。

もちろんそうだけれども、どれだけ頑張っても自分が直接ゴールを決められるわけではない。自分がやっていることに意味があるのかなと思ったこともあった


それでも、選手からの「ありがとう」や、後輩からの相談、選手からの質問。

そんな何気ない一言が、自分の存在が誰かの力になれていると感じさせてくれた


選手を支えるために始めまった部活生活だったけれど、振り返ってみれば、私の方がたくさんの人に支えてもらっていた。

審判でうまくいかなかったときも、部活で悩んだときも、同期とぶつかったときも、いつも誰かがいてくれて。そっと背中を押してくれた


「支える側」だと思っていた自分が、実はたくさんの人に支えられて、4年間を走り切ることができた。


それが、今になってようやく分かった気がします。


ひなのには何度涙を見せて慰めてもらったか分かりません。2年生の時の審判での過呼吸レベルの号泣も、1年生の時の泣きながら食べたスシローも、全部ありがとう。


BANDITSに入っていなければ経験できなかったこと、見られなかった景色、行けなかった場所、出会えなかった人たち。全部が私にとって、かけがえのない経験で、大切な記憶です。


自分が選手をやっていなくても、こんなにも本気になれるんだということを、スタッフとしてBANDITSに入って初めて知りました。

私をここまで成長させてくれたBANDITSに、そして4年間一緒に走ってくれたみんなに、心から感謝しています。


4年間、本当にありがとうございました。



お世話になった方達へ



高橋さん、茂木さん、新子さん、植村さん

たくさんのことを学ばせてもらい人として成長できました。35はスタッフも自我強めの代で色々とご心配もご迷惑もおかけしたと思います。本当にありがとうございました。


審判の方々

見てくれてるかは分かりませんが、少しだけ。審判を始めて本当に多くの方に出会うことができて、みなさんのおかげで成長することができました。まだ目標は達成できてないし審判は楽しいので続けて行く予定です。これからもお世話になります。


32-34スタッフの先輩方

35は扱いにくい後輩だったと思います。それでもたくさんの愛を注いでくれてありがとうございました。先輩方を目標にここまで成長することができました。引退後も気にかけてくださり、DMくれたりご飯連れていっていただいたり、たくさんありがとうございました。


36スタッフ

長くなるので多くはここでは書きません。

1個下の後輩がみんなで本当によかったです。こんなに仲良くなれるとは思ってませんでした。ずっとずっと大好きだぞーー!!ご飯行こうね♡


37スタッフ

たくさん思うことも悩むこともあると思うし、嫌になることもあると思う。それでも37ももう上級生スタッフです。36を支えて立派な3年生になってください!みんなならもっとできると思います。みんなのさらなる成長を期待してます!


38スタッフ

4人と少ない人数ながらも、人数を言い訳にせず頑張ってるみんなを見ると初心を思い出して頑張ろうと思えます。これからもたくさん大変なことあると思うけど、みんなで助け合って乗り越えていってね!

ウィンター楽しみにしてます❄️


ASズ

練習にはいないこと多いし、取り掛かるの大体遅いし、ギリギリだし、すぐ審判入っちゃうし、と思うことたくさんあったと思います。自分が後輩ならこんなリーダーは嫌です。それでもこんなに頼りないリーダーについてきてくれてありがとう。シーズン当初やってみたいことは山のようにあったけど、結局全然実現できず中途半端に終わってしまったことが心残りです。来年もサポートさせてください。


千足と児玉のWはるか

上に直属の先輩いないし、1年生からASやってるのは自分たちだけだし、それでも2人で考えてこういうのやってみたいです!とか言ってくれて、学年試合は立派なスカ資料を出していた時は本当に感動しました。どうしたらいいか悩むこともたくさんあったと思うし、泣き出したくなるくらいに辛いこともたくさんあったと思うけど、それでも前向いて頑張ってくれてありがとう。来年、ゆののこと2人が支えてあげてね。


ゆの

MGからASに転向してくれて、一緒にASやってくれてありがとう。ゆのなしでは乗り切れませんでした。ほんとに頼りになる後輩を持たせてもらってありがたいです。ほんとにありがとうね。単位はちゃんととるんだよ


35期

個性強いし、過激派多いし、ガキばっかりだし、理解できないこともあったけど、それでもやっぱり35期で良かったです。みんなのおかげでいろんな経験をさせてもらいました。やっぱり同期が活躍してるのを見るのが1番嬉しかった。たくさん勝ってくれて誇らしかったです、4年間ありがとう!



大好きな35スタッフ

自我強いし気分屋もいるし大体フッ軽だし本当に最高な同期です。4年間5人で駆け抜けることができて良かった!

もう引退したら連絡とって予定を合わせないと会えないんだと思うと、すごく寂しいし全然想像がつかない。みんなと過ごす何気ない時間が宝物です。これからも一生よろしくね。みんなの全部の節目祝わせてください💞


そして家族

毎朝1度で起きれないくせに大音量でアラームかけて、みんなを起こしておきながら自分は寝坊寸前でバタバタと家を飛び出す娘に、4年間耐えてくれてありがとうございました。勉強も就活も家事も放って取り憑かれたかのようにラクロスばっかで、だいぶ心配と迷惑をかけました。雨の日は駅まで送ってくれて、外部練の時も送ってくれたり車貸してくれたり、同じ時間に起きて朝ごはん持たせてくれて見送ってくれて、娘が試合に出るわけじゃないのにいつも試合見にきてくれるし、ボックスにいなくても見にきてくれる。審判やるよーって言ったらサプライズで見にきてくれてたり、来れなかったら配信で見てくれてたり。たくさんの愛と情熱を注いでくれてありがとう。



最後に、


BANDITSが大好きです。

ラクロスと、みんなと出逢えてよかった。こんなにたくさんの経験をさせてくれて景色を見せてくれてありがとう。BANDITSのスタッフでよかったです。


本当はまだ引退したくありません。

FINAL4が、日本一がどんな景色なのか、見てみたかったです。

後輩たちならきっとやってくれると思います。みんなの成長を楽しみに全試合観に行くね。


まだ最後1試合残ってます。お世話になった人たちへの感謝を胸に精一杯最後まで戦い抜きます。ご声援のほどよろしくお願いいたします。


35期 AS 田中結菜


次はずっとGup撮ってきたたけるです。彼は何度もチームを救ってくれました。そんな彼のおかげで自分が情弱なことを思い出しました。私生活も楽しそうです。お幸せに

「旅はまだ続きます。」

そう書いて、2025年のラストブログを終えた。

あれから一年。

私はいまだにピッチの上に立っている。

2025シーズンは、主将として中央大学ラクロス部を背負った一年だった。

チームのことを考え、組織のことを考え、自分がどう振る舞うべきなのかを考え続けた。

そして2026シーズン。

私はもう一度、ひとりの選手としてこのチームに戻ってきた。

主将でもない。
幹部でもない。

ただ、ラクロスがうまくなりたい。
試合に出たい。
そして、勝ちたい。

そんな当たり前の気持ちを持って、もう一度グラウンドに立った。

— — — — —

最初は、少し不思議な感覚だった。

去年まで自分が決めていたことを、今年は誰かが決める。

自分が先頭に立っていた場所を、後輩たちが走っている。

どこか「お客さん」のような感覚もあった。

でも、練習を重ね、試合を重ねていくうちに、少しずつその感覚はなくなっていった。

気づけば、仲間の一本のシュートに喜び、一本のミスに悔しがり、試合の勝敗に一喜一憂していた。

去年よりも、ずっと素直にラクロスをしていた気がする。

そして、先頭に立たないからこそ見えたものもあった。

主将だった去年も、部員一人ひとりの目線を持とうとはしていた。

でも、実際にひとりの部員になってみると、見える景色は全く違った。

決める側ではなく、決められる側。

チームを動かす側ではなく、動かされる側。

そんな立場になって初めて、去年、自分たちが背負っていたものの大きさに気づいた。

同時に、去年は「主将だから」と、自分自身にいろいろなものを背負わせすぎていたのかもしれない。

今年は、去年まで以上に一人の選手として、自分のためにラクロスをした。

自分が出たい。
自分がうまくなりたい。
自分が点を取りたい。
自分が勝ちたい。

そういう気持ちは、今でも変わらない。

点を取るのは今でも大好きだし、点を決めた瞬間の感情は何にも代えられない。

でも、今年は少しだけ違う楽しさも知った。

自分のプレーで誰かが活きること。
誰かのプレーを支えること。
自分が黒子に回ることで、仲間が輝くこと。

そんな選択肢を持てるようになったことは、5年目で得た大きな変化だった。

さらに、一人の選手として素直にラクロスに向き合えたからこそ、これまでとは少し違うことを考えるようになった。

自分は、何を持っているのか。
そして、それをどう使うのか。

5年目になって、そんなことを考えるようになった。

ラクロス部には、いろいろな4年間がある。

一度もTOPチームに上がらずに終える人。

ABを行き来しながら、毎回のAB分けを待つ人。

ずっとTOPチームで戦い続ける人。

同じ中央大学ラクロス部にいても、見ている景色はきっと全く違う。

そして、自分は「持っているか、持っていないか」で言えば、何かを持っている側だったと思う。

大きな怪我をしたこともあった。
うまくいかない時期もあった。

それでも振り返れば、何かを掴むことに、そこまで苦労せずに来られた部分もある。

だからこそ、5年目になって、自分が残ることで誰かがメンバーから外れるという当たり前の事実を、これまで以上に強く意識するようになった。

そして、

「持っていること=価値があること」

ではない。

持っているものを、どう使うか。

自分に与えられたものを、自分のためだけに使うのか。

それとも、誰かが活きるために使うのか。

考えていくうちに、去年の自分が掲げた言葉を思い出した。

2025年、私は主将として、

「人の人生に干渉する」

という目標を掲げた。

今年になって、その言葉を少し違う形で考えるようになった。

人に何かを残すのに、主将という肩書きはいらない。

一緒に練習すること。

声をかけること。

苦しい時に隣にいること。

泥臭いプレーを魅せること。

何気ない一言を残すこと。

そういうものが、いつか誰かの何かになるのかもしれない。

5年目の自分にできることは、決して多くはない。

それでも、5年間この場所にいたからこそ見えるものがある。

チームが苦しいときに、どう振る舞うのか。

上手くいっている時に、どう引き締めるのか。

そして、最後までこのチームを、このスポーツを好きであり続けること。

それを自分の姿で見せることが、今の自分にできることなのかもしれない。

主役である必要はない。

先頭に立つ必要もない。

ただ、必要なときにそこにいる。

そんな存在になれたらいいと思う。

— — — — —

そして、今年はこの5年間で一番「勝つこと」を経験した。

「勝つことってこんなに楽しいんだ」と改めて感じた。

勝つことが当たり前になって、試合前から勝つことを全く疑っていなかった。

「今日はどれだけ圧倒できるんだろう。」

そんなことを思いながら試合を迎えた。

「勝った。嬉しい。」

それを素直に感じることができた。

「勝つと楽しい。」

これは当たり前のようで、去年までの自分にはなかった感覚だった。

勝つことでしか得られないものも、やっぱりある。

そして、リーグ初戦の成蹊戦。

試合前の円陣。

フェイスオフの笛。

あの瞬間、身体が震えた。

「この場所に帰ってきたんだ。」

そう思った。

会場の熱気。

割れんばかりの歓声。

あのヒリついた空気の中に立ったとき、

「ああ、俺はこれがやりたかったんだ。」

と、心の底から思った。

学生ラクロスには、他では味わえない何かがあると確信している。

そして、前節の早稲田戦。

5-6。

ラスト20秒で逆転されて負けた。

歴代の先輩たちから聞いてきた、早稲田との因縁。

その歴史を知った上で、自信を持って臨んだ。

試合前から、勝つことを疑っていなかった。

「今日はどれだけ圧倒できるんだろう。」

そんなことを考えられるくらい、試合が楽しみだった。

そんな感覚は、これまでのリーグ戦でもなかなかなかった。

だからこそ、勝ちたかった。

本当に、勝ちたかった。

でも、負けた。




悔しかった。

それでも、



「最高に楽しかった。」



これを美談にするつもりはない。

勝たなければ意味がない。
勝つことでしか得られないものもある。

今年、何度も勝ったからこそ、それも分かった。

勝つと、楽しい。

だからこそ、もっと勝ちたい。

でも同時に、5-6で負けたあの試合の中で、

「ラクロスって最高に面白い」

と、心の底から感じた。

あれだけ心が動いて、あれだけ夢中になれる。

勝ちたい。

点を取りたい。

仲間のプレーに興奮する。

相手にやられれば腹が立つ。

最後の一秒まで何が起こるかわからない。

それを全部ひっくるめて、

「やっぱりラクロスは最高に面白い。」

そう思えた。

5年目だから見えたものがある。

主将だったから見えたものもある。

一人の選手に戻ったから見えたものもある。

たぶん、どれが正解だったという話ではない。

ただ、全部経験したからこそ、今の自分がいる。

だから、この1年を選んで、本当に良かった。

— — — — —

そして、まだ終わっていない。

このブログが公開される頃も、リーグ戦は続いている。

まずは、あと2つ。

ここまで来たなら、やることはひとつ。

勝つ。

この仲間と、1日でも長くラクロスがしたい。

このチームで、もっと勝ちたい。

そして最後は、

去年とは違う景色を見て終わりたい。

「旅はまだ続きます。」

あれから1年。

「旅は続いている。」

まだこの場所で。

#7 35期 横田慈英




— — — — — 

まだまだ長いシーズンの途中なので、感謝パートは割愛です。感謝を伝えたい人は無限にいるので、シーズンが終わってから全員に伝えたいと思います。


と、思っていたのですが、やはりどうしても形として残したい人たちに向けて書きます。


@高橋監督、茂木HC、植村TR
キックオフの時に、自分たちもチームの一員だということを、直接伝えに来てくださった高橋さん。最近では、シュートを外した後に顔が浮かぶようになった茂木さん。結局、今年もたくさんお世話になった植村さん。百戦錬磨の皆さんの一言にハッとさせられたり、勇気をもらったり、本当にたくさん支えていただきました。ありがとうございます。最後まで自分らしく走り切ります。

@新子さん
ワンチームとして迎え入れてくださり、今年もずっと気にかけていただき、何度もご飯に連れて行っていただいて、去年以上にお世話になりました。ビッグリスペクトです。まだ終わりじゃない。最後までやります。今後ともよろしくお願いします。

@俊介
元町を車で走りながら、この先の一年を語ったあの夜がターニングポイントだった。ラストスパート、おれらが底から支える。モアザンワーズ!

@鼓太郎とおぐけん
今年、このチームでの居場所を最初に作ってくれた2人。いびきも、かっぱ寿司も最高です。

おれらの前だとすぐ泣いちゃうビッグベイビーの鼓太郎。今年1年はたくさん悩んだだろうし、辛いこともあったと思う。名将鼓太郎が頑張ってるから、今日も頑張ろう。そう思った日は1回や2回だけじゃない。鼓太郎の分まで、文字通り背負ってやり切ります。辛い時は頼りなさいよ。

日本一メンおぐら、ノンデリおぐら、繊細おぐらと、たくさんの顔を持っているおぐけん。たくさん一緒に笑い、思い出を作ってきました。そんな調子の良さに悩まされながらも、楽しい毎日を送れたのはおぐけんのおかげ。早くビュンビュンして、次はKしましょう。お母さんお父さん、鍋パまたしたいです!

あと純矢、たまにボソッと感想ぽい相談をしてくれるようになって?嬉しいこの頃。帽子は脱ぎなよ?

@大雅
今年、ひとり部員に戻ったからこそ、主将の大変さや孤独さを改めて感じました。しかも、部内に前主将がいることで、余計にやりにくい部分もあったと思う。おれにはないものを持っている大雅くん。ラスト、結果を出して、主将として歴史に名を残そう。

@26’ OFユニット
「ONE TEAM」💪🏻❤️




@34期
試合を見に来てくれて、どこか恥ずかしい気持ちもあるけど、嬉しいし安心する。残りの試合も、温かく見守ってください。もちろん卒業旅行は改めて行ってくれるよね?

@35期
最初から最後まで受け入れ続けてくれてありがとう。おれがいて良かったと、心の底から思わせるので、まずは目の前のひとつひとつを倒していこう。本当にありがとう。

@MY FAMILY.
心配や迷惑をかけることが多かった長い学生生活も、もう終わります。やりたいことをやらせてくれて、本当にありがとう。うまくいかない時も、嬉しい時も、いつもそばにいてくれる人がいたこと。何度も救われました。誰かのために頑張ることの強さを教えてくれました。大好きです。ありがとう。

— — — — — 

次のブログは、日本代表ASとして今や「世界の田中」になった田中結菜さんです。昨年までのリスペクトはどこに行ってしまったのやら、ほぼタメ口で話す仲になった、とても仲良くさせていただいているスタッフの1人です。どんな想いを綴ってくれるのかお楽しみに!

— — — — —

最後まで読んでいただきありがとうございました。

中央大学ラクロス部 
#7 横田慈英


親に引かれたレールを10年間共に歩んできた、井上くんから回ってきました。
高3では同じクラスでしたが、話したのはたった3回ほど。それが今では、中高時代のどの友達よりも会う仲になりました。
人生、何があるかわかりません。



はじめに、保護者・OB・OGの皆様、関係者の皆様、日頃より中央大学男子ラクロス部への多大なるご支援・ご声援をいただき、ありがとうございます。

4年間の活動を通して、多くの方々に支えられて活動できていることを実感してきました。特に合宿では、多くのOB・OG、保護者の皆様から差し入れをいただき、改めてBANDITSが多くの方に応援していただいているチームであることを感じました。

この場をお借りして、心より感謝申し上げます。今後とも変わらぬご支援・ご声援のほど、よろしくお願いいたします。




まず高校生までの私はとんでもない人間でした。黒板に貼られる宿題未提出者一覧の紙には常に名前が上がり、高3の1.2学期だけで遅刻は32回に達しました。

井上の紹介文にあった、打って変わって〜の部分はここからきています。




「今からでも日本で1番を目指せる?ほんとにー?」
そんな疑問を抱きながら、インスタを見て気になる程度だったラクロス部のことを母に話した。

しかし高校で遅刻を繰り返していた私に、
「朝7時から多摩キャンで部活なんてあいなには無理。」
横浜駅NEWoMan前のタクシー乗り場で母に言われた一言。

負けず嫌いすぎて、その一言で「絶対ラクロス部に入って日本一のチームのスタッフになってやる」と入部を決めた。


3年までは大きくなったら先輩みたいなTRになりたい!そう思いながらただがむしゃらについていく日々。
上手くトレーニングの仕切りが出来た、アップの声掛けもっとこうすれば良かったな、と目の前のことに一喜一憂するだけ。



そんな人間が4年になり、TRリーダーになった。
目の前のことだけではなく、長期的な目線、そしてTRとしてチームを動かさなければいけない責任のある立場。



一 優しすぎるだけがいいTRではない。
萌乃さんのブログに書いてあった言葉。
TRとして過ごす中で、特に最後の1年は何度もこの言葉を思い出した。


TRをやっていれば、どうしても選手からの厳しい声と向き合わなければいけない。
他の役職にくらべて、TRは選手にとってはめんどくさいと思うことを指示することが多い。
 
選手の言うことは痛いほどわかる。きつい練習後にはきついラントレ。きついラントレの後にはジムでのトレーニング。
また、怪我をして思うようにプレーできない中で、地道なリハビリを続けなければいけないこともある。


「今日くらいいいじゃん」
「これ、本当にやる意味ある?」


そう思う気持ちも、言いたくなる気持ちも分かる。


選手の望むことをそのまま受け入れる方がTRとしては簡単だし、楽なことだと思う。


TRリーダーとして選択を迫られる機会は沢山あった。
選手の不満そうな顔を見るたびに、
「本当にこれでいいのかな」と何度も迷った。

そもそも人に指示を出して、人を動かすような立場を経験したことがなかった。修学旅行の班長レベルのリーダーすらやったことがない。

でも、TRの仕事は、日本一に必要なフィジカルと、怪我を予防し、怪我からの復帰を支えること。
そして、選手が少しでも良い状態でグラウンドに立ち続けられるようにすること。

迷った時は、簡単な方、優しい方ではなく、日本一に近づくと思う方を選んだ。

周りから見ればとんでもないやつだ。自分はやりもしないのに、きつい指示を出し、ダウンやアップ、トレーニングではしつこく注意をする。

それでもやり続けたのは、みんなの持つポテンシャルなら日本一になれると思ったから。
きっとみんななら日本一なれる、そんな目に見えない自信だけはこの1年間ずっとあった。


そして、大きい怪我をして長いリハビリを続けてきた選手が、試合に出場している姿。きついトレーニングを積み重ねてきた選手が試合で最後まで走り切る姿。

そんな姿を見る度に、今の自分に満足してはいけない。まだまだやれること、TRとして成長できることは沢山あると感じた。





1秒でも長く、BANDITSのTRでいたい。

冷たいボトルを作り、レストのときは走って少しでも早くボトルカゴを選手のもとに持っていく。
アップとダウンの質を落とさないような声掛けをし、防げる怪我人を出さない。
会話や経験から、選手の少しの違和感も見逃さない。


今できることを精一杯やる。
選手が少しでも良い状態でグラウンドに立ち続けられるように。

#TR 平松碧渚






最後にお世話になった人へ

@両親
朝5時にわざわざ起きて玄関まで見送ってくれるパパ、高い部費を払ってくれるママ。
あいながやりたいことは今まで何不自由なく応援してくれました。ママとパパのおかげで、素敵な仲間に会えて、色んな経験をして、最高の人生を送れています。ありがとう。
社会人になったら、桜の咲く時期に京都の星のやに連れいく約束、絶対叶えます。


@植村さん
TRを選んで良かったと心から思えるのは、植村さんのおかげです。植村さんから教えていただいたたくさんのことが、TRとしての今の自分をつくってくれたと思っています。引退する最後の1秒まで、一つでも多くのことを植村さんから吸収して、成長し続けます。


@しまはる
入部初期から35スタッフ内でシゴデキすぎると話題でした。人生何周目なのでしょうか。そんなしまはるでも、大変なこと、理不尽だなと思い悩むこともこの先あるかと思います。そんな時は、息抜きで愚痴を吐きに私に連絡してください。

@りこ
審判と、広報と、沢山ある練習外のTR業務を両立することは決して簡単なことでは無いけど、負けず嫌いでガッツのあるりこなら、きっと、どんな壁にぶち当たっても自分なりに乗り越えていけると思っています。
慶應戦、一緒にBOXに入るのを楽しみにしてるよ。

@あやか
オフシーズンの面談であやかの覚悟を感じたのを覚えてます。特に今年は、積極的に沢山の仕事をこなしてくれて、あやかなしじゃ絶対に回りませんでした、ほんとにありがとう。中横からラクロス部という茨の道を選んで、こうしてあやかと一緒にTRとして過ごすことができてよかったです。

@ゆずか
ゆずかがTRに決まってから私が愛情をこめて大切に育てました。代で一人しかTRがいないから4年になったときにほんとにやっていけるか、という目に見えない不安は痛いほど分かります。でも周りが良く見えていて、しっかり者のゆずかならきっと大丈夫。もし大変なことがあったらすぐ連絡してね、どこへでも飛んでいきます。

@はなちゃん、みづきちゃん
サマーで2人が頼もしく成長していて、おばさんは涙が出てしまいました。
いろんなことを吸収しようとする姿勢や、分からないことをそのままにせず、自分が納得できるまで向き合える2人なら、きっと素敵なTRになれると思います。自信を持ってね。

@36スタッフ
ほんとにかわいくていい子たちの集まり。下の代が36のみんなで良かったと思うし、本当ならもっと、ずっと、かわいい36と一緒に部活がしたいです。
上に立てば立つほど、抱える悩み事や不安は大きくなっていくと思います。そんな時は35期を頼ってください。多分みんな暇です。
きっと来年はより一層レベルアップしたスタッフ組織になるんだろうな、と今から楽しみです。

@37スタッフ
これから学年が上がり、後輩も増えていく中で、今まで以上に責任を持つ場面が増えていくと思います。これからは37期が後輩たちに背中を見せていく番です。これからのみんなの成長を楽しみにしています。

@38スタッフ
38スタッフは4人しかいない分、一人一人にのしかかる責任はほかの代より重いし、大変だと感じることもあると思います。でも大変なときこそみんなが持つそれぞれの強みや個性を活かしながら4人で支え合ってください。絶対に最強な代になると思います。

@32.33.34の先輩スタッフの方々
自分が下級生の時に見ていた、かっこよくて、何を聞いても答えてくれて、頼れる、先輩方のようなスタッフになれるように目指してきました。
今では33の方が東大戦で引退する時に書いてもらったメッセージ付きのカッパをお守りに雨の日もがんばっています。
お忙しい中でも、観戦にきてくれる方、配信を見てくれている方、そんな先輩方に恥ずかしい姿を見せないよう、今まで教わってきたこと一つ一つを大切にして最後までがんばります。


@さやか
気が強い35スタッフの調和を常に保ってくれています。入部してくれてほんとにありがとう。優しくて穏やかな雰囲気だけど強い芯を持っていて、とても頼りになる存在です。ふわっと可愛らしい見た目とは裏腹に、実は35スタッフの中で一番お酒が強いというギャップの持ち主です。また一緒に飲もうね。

@ひなの
ザ・マネージャー。
今までスタッフやマネージャーという支える側の立場と程遠い環境で生きてきた自分にとって、周りが見えて気も遣えてシゴデキで、「これがマネージャーかー、すげー」と初めて会った時に思いました。正直めんどくさいなって思う仕事でも、「ひなのなら嫌な顔せず進んでやるんだろうな」って思うと、自分も一歩踏み出せることが何度もありました。今でもずっと変わらず尊敬してます。

@まゆ
日常生活は怠惰で有言不実行ですが、部活のことになると人一倍責任感が強く、頼れるスタッフリーダーです。まゆが頑張っているところをずっと真横で見てきた自信があります。こんまゆは偉大です。これからもずっとついていきます。

@ゆいな
中大での練習に、代表練、審判、マクドナルドのマネージャー、練習外のAS業務という身体ひとつでは足りないようなとんでもないスケジュールをこなすゆいな。上を向いて口を開けて電車で寝過ごしてしまうのも納得がいきます。絶対大変なのにどれも弱音を吐かず完璧にこなすゆいなはかっこいいよ。でも無理せず、たまには弱音を吐いてもいいんだからねー。

最後に。
わたしは、35期スタッフとして、5人で部活ができて最高でした。
生まれ変わってもみんなと部活がしたいくらい、濃くて忘れられない、色んな感情を5人で共に味わいました。
最後は勝って、みんなでハイタッチして終われますように。







続いてのブログは、人生の大先輩、横田慈英さんです。
去年は偉大な主将でしたが、今ではすっかり35期に溶け込むじえいさん。プライベートも充実していて、さすがみなとみらい出身のキラキラシティボーイは生きている世界が違います。
ラクロス6年目、2回目のラストブログで何を語ってくれるのか、楽しみです。

中杉のスピードスター、小倉くんから回ってきました。


リーグ戦での高速ランシューはもちろん、私の地元の近くで始まる彼の商社マンライフにも期待が膨らみます。










ラクロスを始めた当初は何も思うようにいかず、②からのスタートだった。

サマーの直前まで序列はずっと下の方。それでも直前でなんとか序列を上げ、サマーに出場した。チームとしては良い成績を残したものの、自分自身は勝利に貢献したという実感を持てなかった。

その後もしんどいことはあったけれど、ウィンターでは点を取ることができ、少しはチームに貢献できた気がしていた。

振り返ると、1年生の頃から苦手なことを避ける癖があった。

特にオフェンスが苦手で、ディフェンスばかりやっていた。周囲からオフェンスもやるべきだと言われても、結局向き合うことはなかった。

そのツケは、後になって回ってくることになる。

2年生のシーズンはAチームに関わることもなく、2年生だからAに入れなくても仕方ないと自分に言い訳をしていた。

だからといって自主練に励むわけでもない。

毎日の練習はちゃんとするでも、それ以上のことはしない。

今振り返れば、上手くなりたいとは思っていても、そのために何かを変えようとはしていなかった。この頃からはやとにはそれが伝わっていて、この前ではダメだとも言われていた。




3年生になり、ようやくAを意識してラクロスをするようになった。

春合宿後のA・B分けで、自分のポジションだったSSDMがなくなった。ショートはオフェンス力も含めて評価されることになり、ディフェンスしかしてこなかった自分には絶望的だった。

周囲からは以前から「オフェンスもやるべきだ」と言われていた。自分でも分かっていた。それでもやらなかった。

1、2年生で逃げてきたツケが、一気に回ってきた。

オフェンスに向き合い始めても、ロング相手の1on1では全く歯が立たない。オフボールの動きも分からない。練習試合でも結局SSDMに逃げてばかりいた。

しばらくしてSSDMは復活したが、Aに呼んでもらったタイミングで骨折をしてチャンスを逃した。それ以降、呼ばれることはなかった。

当時は「タイミングが悪かった」と思っていた。

今振り返ると、そんな単純な話ではない。強度も足りない、筋トレの数値も上がらない。それなのに、幹事陣との面談で言われた「武器がない」という言葉にばかり気を取られ、「武器はなくても、ある程度の水準にはいる」と思っていた。

そんな自分がAに呼ばれないのは、今考えれば当然だった。

何をしたらAに上がれるのかも分からず、迷いながらラクロスをしていた6月半ば頃、周囲からの後押しもありロングに転向した。








ここから、ラクロスとの向き合い方が大きく変わった。

同期や先輩ロング、あっきーさんにアドバイスをもらった。ショートの時よりもアフターをしたし、チェック練もした。過去のリーグ戦の動画も見た。

できなかったことができるようになる。分からなかったことが分かるようになる。

それが純粋に楽しかった。

当時のBチームはロングが枯渇していて、毎日の練習はきつかった。その分プレーする機会は多く、少しずつ成長している感覚があった。

チームにも一体感と勢いがあり、Bリーグでは結果を残すことができた。最後は関学に1点差で負けた。それでも、3年間の中では一番充実したシーズンだったと思う。





ただ、一つだけ引っかかっていた。

この年も、Aチームの試合には一度も出ていない。

Aにまったく絡めなかった無力感から、リーグ戦を本気で応援できていない自分がいた。

そんな状態で、ラストイヤーを迎えた。

リーグ戦はもちろん、春リーグにすら一度も出場したことがない4年生だった。

ラストイヤーこそは、絶対にリーグ戦に出たかった。

Bチームのシーズンが終わってオフシーズンに入り数ヶ月が経った頃、智忠から「このままではAに入ることはできても、リーグ戦には出場できない」と伝えられた。

悩んだ末、ロングからSSDMに戻ることを決めた。

3年生でようやく自分なりに手応えを感じられるようになったポジションを離れることに迷いはあった。それでも、最後はリーグ戦に出る可能性に賭けたかった。

今まで達成できなかった筋トレの目標にも本気で取り組んだ。植村さんに動画を送り、アドバイスをもらった。オフシーズンにはスクワット強化のメニューを教えていただき、正月にもジムに行った。

ようやく目標としていた数値に届いた。

1、2年生の頃だったら、ここまでやっていなかったと思う。

少なくとも、今までと同じ自分のまま後悔してラストイヤーを終わらせたくはなかった。

それでも、2月にBへ降格した。

春合宿もB。人数が少なく、6on6なんてできる人数ではない。1on1を5人ほどで回す日もあった。

この頃はかなり揺れていた。

練習では声を出したし、本気でプレーしていた。でも、頭の片隅には学生コーチを決める期限が迫っていることがずっとあった。

ラクロスを続けたい。

その一方で、「ここで学生コーチを引き受けたら楽になれる」と思っている自分もいた。

そんな中、たいがと智忠からチャンスをもらい、春リーグの日体戦に出場することになった。

この試合でバリューを発揮できなければ、プレイヤーを引退して学生コーチを引き受ける。そんなことを決めて望んだ試合だった。

4年目にして初めて出場する春リーグが、自分のプレイヤー人生を左右する試合になった。

前日は緊張でなかなか寝つけず、当日はずっと吐きそうだった。試合に出ても、最初は緊張で何度か転んだ。

それでも、なんとか最後までやり切った。

怪我人が出たこともあり、プレイヤーとして残ることが決まった。

まだラクロスができる。

そのことが何より嬉しかった。

その後、学生コーチも決まり、引き受けてくれた2人のためにもAでもっと頑張ろうと思った。

ただ、ここからが一番きつかった。

AとBを何度も行き来した。

中でも1ヶ月ほどBで固定された期間は、精神的にも身体的にもかなりきつかった。「このままBでシーズンを終えるのではないか」と思うこともあった。

4月は土曜日の朝にBで練習をして、その後Aの試合へ行き、日曜日はBの試合に出ることもあった。Aの試合に呼んでもらえても、出場機会は多くなかった。

パンフィーで練習している時には、何度も気持ちが切れそうになった。

それでも、諦めることだけはしたくなかった。

何より、後輩たちに諦めた背中を見せたくなかった。

グラウンドにいる間は声を出して、練習して、試合に出る。Aに上がればそこでやる。Bに落ちれば、またそこでやる。

それを繰り返した。

結果、今シーズンは両方のカテゴリーの試合にほとんど出ていたと思う。

リーグ戦が近づいた頃、智忠からAのメンバーを固定すると伝えられた。

判断基準は「強度」だった。

その言葉を聞いた時、結局ここなのかと思った。

3年生の頃からずっと、自分に足りないと言われてきたものだった。

メンバーが決まるまでの1週間は、とても長かった。

結果、自分はAに残ることができた。

ここまで来るのに本当に時間がかかった。

振り返れば、後悔の多い4年間だった。

もっと早く本気になっていれば、苦手なことから逃げずに向き合っていれば、結果は違っていたかもしれない。

それでも、何度Bに落ちても諦めなかったことだけは、自分の中で良かったと思っている。

もし今、思うようにいかず悔しい思いをしている後輩がいるなら、一度、自分がラクロスとどう向き合いたいのかを本気で考えてみてほしい。

当たり前だけど、Aに上がりたい、試合に出たい、上手くなりたい。そう思っていても、思っているだけでは何も変わらない。自分はそれに気づいていても行動に移すまでにかなり時間がかかった。

苦手なことから逃げたり、「仕方ない」と自分を納得させたりするのは簡単だと思う。でも、いつか必ずそのツケは回ってくる。

だから、少しでも「こうなりたい」と思うものがあるなら、今のうちからそれに向き合ってほしい。

自分と同じような後悔だけはしてほしくない。

そして迎えたリーグ戦。

自分にとって、ずっと遠い場所だった。

1,2年生の時は、そこで戦う自分なんて想像もできなかった。3年生になってもリーグ戦に出ることはできなかった。

4年生になってからもAとBを何度も行き来した。

自分が本当にこの舞台に立てるのか、最後まで分からなかった。

それでも今、自分はリーグ戦の舞台に立っている。

初めてリーグ戦のグラウンドに立った時、ようやくここまで来たんだと思った。

でも、リーグ戦に出ることがゴールではない。

ここまで来る過程で、学生コーチを引き受けてくれた同期がいる。Bで一緒に苦しい時期を過ごしてきた後輩たちがいる。何度落ちてもチャンスをくれた人たちがいる。

自分一人でここまで来たとは全く思っていない。

だからこそ、このチームで勝ちたい。

リーグ戦2戦目を終えた今、自分たちがやってきたことが少しずつ形になっている。

でも、まだ何も成し遂げていない。

ここから先は、一つのプレー、一つのグラボ、一つの声が勝敗を分ける。

自分にできることは決して多くない。それでも、グラウンドに立ったら自分の役割をやり切る。

4年間、順調だったことなんてほとんどなかった。

逃げたことも、諦めそうになったことも、AとBを何度も行き来したことも、全部ひっくるめて今の自分がある。

だから最後は、4年間やってきたことを全部このリーグ戦にぶつけたい。

次の相手は早稲田大学。

相手がどこであろうと、やることは変わらない。

中央大学のラクロスを突き通す。

そして、勝とう。

次は、中学からの同級生で、中高校時代とは打って変わって、今では頼れるTRリーダーとなった平松さんです。

まさか大学で同じ部活に入るとは思っていませんでした。

そんな平松さんは、4年間を振り返って何を書くのでしょうか。